まいにちWACわく!その43:blog版その12(危険を顧みず)

天気のいい日なら絶好のハイキングコースであろう道を4人は進む
山の木々で防がれてるとはいえ、激しい雨も強い風も止む気配は無い

一番歩みが遅いのはやはり宮本1尉だ。赤城士長も雨に打たれているせいか動きに疲労の色が出てきている
「…」先頭を歩く岩田2曹が最後尾を歩く田浦3曹に向かって振り向いた「…?」「一回休憩を入れますか」そう言って腕時計を指で指す。時間は1800…18時を少し回ったところだ

その場にへたり込む宮本1尉、赤城士長もヒザに手をついて肩で息をしている「水と甘いものを口に入れておけよ」声をかける田浦3曹も少し疲れが見える
「現在地はおそらくここ…あと3kmくらいですね」地図を広げて岩田2曹が言う「あと一息、一気に行きたいところですね」田浦3曹も同意する
普通の道なら走って12〜3分もあれば着く距離だが、山道の上に荷物を背負いこの悪条件の中歩く…そう考えると3〜40分はかかりそうだ
「日没も近いですしね」空もどんどん暗くなってきた「…」2人は宮本1尉と赤城士長を見る
木の根っこに座ってうつむいている宮本1尉、赤城士長も座り込んで水筒の水を飲んでいる「あんまりがぶ飲みするなよ」と田浦3曹が忠告する
「さて、そろそろ出発しますよ」岩田2曹が声をかける。ヨタヨタと立ち上がる2人「ヒザとか屈伸しといた方がいいですよ」とアドバイスする



ふたたび歩き始めた4人、平坦な道が続き真ん中の2人もさっきよりは軽快に歩いている
「しばらくこんな道ですよ」後ろから声をかけると(わかった)と言う風に宮本1尉が手を挙げた

暗くなってきたので足元を見て歩く田浦3曹、急に視界の端に宮本1尉の半長靴が見えた「うぉっと」急ブレーキをかける
頭を上げて前を見るとそこには呆然と立ちつくす岩田2曹「どうしました…!」
前をのぞき込んだ田浦3曹が見たものは、土砂や倒木がなだれ込んだ登山道のなれの果てだった…

「これは…!」「上の方の斜面から滑り落ちてきたみたいですね。土砂崩れというより…」そう言って言葉を切る岩田2曹
「地滑り、ですか?」聞く田浦3曹、無言で頷き斜面の上に懐中電灯を向ける

単3電池使用の小さな懐中電灯ではあまり上までは照らせない。だが数10m上くらいから斜面がえぐれているのがわかる
「…どうする?」ハァハァと息を切らせながら宮本1尉が聞いてくる「この土砂の上を渡っていくかい?」「それは…」倒木が乱立し地盤もゆるんでいる、ここを通るとなるとかなりの労力と時間を要するだろう
しばらく辺りを見回していた田浦3曹「この上は?迂回できないですかね?」斜面の上を指さす「しかしどこからこの地滑りが始まってるか…」渋い顔をする岩田2曹
「そ、それにさ〜いつまた地滑りするかわかんないよ!危険だよ〜」慌てたように宮本1尉が言う「ここは残念だけど一旦帰ってから…」
そこまで言ったとき、赤城士長がポツリと呟いた「…事に臨んでは、危険を顧みず…」



振り向く3人、慌てたように手を振る赤城士長「あ、いや、宣誓の中にあったな〜って…」
自衛隊法第52条(服務の本旨)そして自衛隊法施行規則第39条(一般の服務の宣誓)にある「宣誓」の一部分だ

全隊員が入隊時にたたき込まれる宣誓文だ。当然他の3人も知っている「…事に臨んでは、危険を顧みず…」また赤城士長が呟いた
「…身をもって、責務の完遂に努め…」岩田2曹も後を継いで呟く
「…もって国民の負託に、応えることを…」最後は田浦3曹だ「…誓います。か」そう言って宮本1尉の方を向く
「…」深く考え込んだような顔をする宮本1尉「どうします?」田浦3曹が聞く
「自分は行きます、ここまで来て帰るのはイヤですし…」と岩田2曹
「帰る方が手間かもしれませんよ。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』とも言いますしね」と田浦3曹
「…」赤城士長はじっと宮本1尉の顔を見る

ふぅ、とため息を一つ「…そうだな、わかった、行こう!行きましょう!」あきらめたように宮本1尉は言った。雨に濡れた眼鏡を指先で上げて、斜面の上をじっと見た

その時、激しい雨と風がスッと消えた「?」顔を見合わせる4人
「これは…」「何?何だ?」「急に静かに…」その時、赤城士長が叫んだ「空を!空が…」みんな一斉に空を見上げる
さっきまで空を覆ってた分厚い雲が消え、深紅に染まった空と月が辺りを照らした

「台風の目…?」「みたいですね、これは…」全員、顔を見合わせる「行きましょう、こんな幸運を逃す手はない!」岩田2曹が叫び、全員がうなずいた



市役所CP、時間は19時半に近づいている「…」腕を組み険しい顔をする副連隊長
「…堤防補強隊、全ての工事を完了したとの事です」3科の陸曹が報告する「…宿泊場所に前進させても?」

「あぁ、そうしてくれ」顔を上げて副連隊長は答える。避難誘導隊ももうすぐ避難活動を終える予定だ
隊員達はよくやってくれた、避難を支援した人は1000人を超え、堤防の決壊も無し。台風の目が通過した今が一番雨風の強い時だが、これを乗り越えたらこの災害派遣も一段落だろう
問題は…「おい、まだ連絡はないのか?」無線手の隊員に声をかける
「いえ…18時半頃に『休憩を終えて前進する』の報告があっただけです」
K集落に向かった4人からまだ連絡はない。信用はしてるが不安がないわけではない副連隊長(大丈夫だろうか…)腕を組み地図を睨みつける
その雰囲気を察してか、CP内にも緊張感が走る。誰一人無駄口を叩こうとしない。落ち着かない様子なのは市の助役だ、手に持っている扇子を開けたり閉めたりしている

ザッ、と無線機のスピーカーに雑音が入る「!」CPにいる面々の注意が一点に集中する
『CP、こちらテイボウ01、宿営地到着、閉所する』ドッと緊張感がとぎれる「こちらCP、了解」返信も投げやりだ
思わず顔を見合わせた前田1尉と助役が笑う
「いやいや、緊張しますな」「まったくです。CT検閲を受閲しているようで…」「CT?」「えぇ、大規模な演習で…」
そこまで話した時、またも無線機から雑音が入った



『CP、こちらオスカー、送れ』中継に上がっているオスカー(岡野2曹)だ。またもCPに緊張が走る、全員の注意が無線機に向いた
「送れ」無線手が返信する

『タンゴより報告…』ゴクリと誰かがツバを呑む、K集落に向かってるタンゴ(田浦3曹)からだ『目的地に到着、異常なし、送れ』
その瞬間…「よしっ!」「やったぁ!」という声とともに拍手が起こった「こちらCP、了解!」返信の声にも力が入った

山あいの小さな村…K集落に到着した面々、台風の目は去り激しい風雨が彼らを襲う「…暗いですね」「停電らしいから…」登山道を降りた先は集落全域を見渡せる高台だった
「田浦3曹、あそこ…」赤城士長が指を指した先に、明かりのついている建物があった「あれは?」「公民館…みたいだな。とりあえずあそこに向かうか」

建物はやはり公民館だった。平屋コンクリート造りで自家発電装置が付いているらしく、どこかでエンジンの音が聞こえる
玄関をのぞき込むが誰もいない、ガラスの扉を開けて入る「すみませーん、誰かいますか〜?」控えめな声で田浦3曹が呼びかける
「はいはい…わっ!」出てくるなり驚いた声を発したのは50代の女性だった「あ…あなたたちは?」
「陸上自衛隊の者です、こちらの集落に患者が発生したと聞きまして…」ポカンと口を開けてた女性がハッと我に返る
「患者?そうそう、大変なのよ〜!和田さんとこの娘さんが急に産気付いちゃって…」ゾロゾロと他の住人も顔を出してきた
「患者はどこですか?」そう聞くのは宮本1尉だ「あ、はいはい、コチラの医務室に…」そう言って住人の一人が案内する



「それじゃ行こうか、岩田2曹」「はっ、了解です」医官の宮本1尉と救急救命士の岩田2曹が雨衣を脱ぎ始める
「休憩しなくて大丈夫ですか?」心配そうに声をかける赤城士長

「歩くのは君たちの仕事。ここから先は僕の仕事さ」そう言って笑う宮本1尉「ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、そんな…」そこまで言った時「おい、赤城!手伝ってくれ〜」住民から質問攻めにあっている田浦3曹がいた
「君らは君らの仕事があるさ」そう言って笑い、宮本1尉は建物の奥に消えていった

「この集落はどうなってるんだ?」「電気も電話も通じないんだが…」「隣町に弟夫婦がいるんじゃがの〜」住民の質問攻め似合いてんてこ舞いの田浦3曹
「ちょ、ちょっと待ってください!まずはここの責任者の方に…」そこまで言った時『タンゴ、こちらオスカー、状況を報告せよ』と無線機のスピーカーから報告を催促する声が流れてくる

その後の田浦3曹達は…
集落の住人の安否を確認して、被害状況を掌握し、住民からの質問に答え、今後の避難活動などについて(わかってる範囲で)説明する…など、文字通り休む間もなく無線機に向かい公民館を走り回った
深夜1時を回った頃、赤ん坊の泣き声が聞こえた「無事生まれました、女の子です」そう言って医務室から出てきた宮本1尉に家族が駆け寄ってきて口々にお礼を言っている
「無事生まれましたね〜よかったです」その様子を横目で見る赤城士長「そうだな、苦労した甲斐があったよ」と田浦3曹
「さて、赤城…朝まで仮眠しとけよ」「えぇ?そんな〜田浦3曹は?」
「オレも休むよ、もうちょっとしたらね。宮本1尉達にも言っておくよ」そう言って二人の元に向かった
「…」さすがに疲れが溜まってるのがわかる。どこか適当な場所を見つけ、備え付けのソファーを持ってきた。背のうを枕にして寝る姿勢を取り目をつぶる
(今日は疲れたな…でもいい事したよね…)そう思いつつ、急速に眠りに落ちていった…



翌朝…目覚めた赤城士長は、同じ場所で寝ている宮本1尉と岩田2曹を起こさないように玄関に向かった
そこには…「寝てないんですか?田浦3曹」

「いや、寝たよ〜ふわあぁ…」そう言って振り向きつつ大きなあくびをする
いつの間にか雨も止み、東の空が少し明るくなってきている。時間は0500…5時過ぎだ

「どうだ?」急に田浦3曹が尋ねてきた「えっ?何がですか?」キョトンとした顔を向ける赤城士長
「悪くないだろ?自衛隊の仕事ってのもさ〜」そう言って照れたように笑う
「ずっと悩んでたみたいだったからな。これで少しは悩みも解消できたんじゃないか?」
「それで私を連れてきたんですか…?」
「そんなバカな」そう言って笑う「あの状況でベストの選択をしたまでだ。まぁ結果オーライかもな」
「…」考え込む顔をする赤城士長「ま、難しく考えるなって事さ」そして田浦3曹は、赤城士長の頭にポンと手を置いた

「そういえば田浦3曹…」「何?」「以前何かあったんですか?マスコミ絡みで…井上3曹が言ってましたよ『田浦の時も朝○新聞が…』どうのこうのって」
ちっ、と舌打ちをする田浦3曹「あいつ、口が軽いんだから…まぁ隠してた話じゃないんだけどね」
そう言って田浦3曹は玄関前の段差に腰掛けた「オレが陸士の時、レンジャー学生だった頃の話さ…」



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