まいにちWACわく!その42:blog版その11(緊急事態!)

あたりがざわつく「崩落?」「渡れないのか?」さっそく地図にプロットされる
「これは…」地図を見た面々が言葉を失う

山あいのK集落には県道42号線以外に道路が通っていないのだ。上流側と下流側がそれぞれ塞がれ、このK集落は完全に孤立した形になってしまった
「おい、なんか患者が出てるんだろ?」「どうするんだよ〜!」慌てる面々

「だいたい土砂崩れするような箇所を放っておいたのが悪いんだ!土木課さん、どうするんだ!?」
「な…それは予算がないから…予算課が悪いんだ!」
「冗談じゃない!だいたい契約課が業者の新規入札をさせてないから…」
「おいおい、責任転換するなよ!だいたい都市計画課が最初からそういう集落を作らない計画を…」
口々にお互いをなじりあう面々、助役は右往左往して止めることもできない。その時…

「やめんか貴様らぁ!!」ドンと机を叩き庁舎中に響き渡るかのような怒号を発したのは副連隊長だった


ビクッと体を震わせ黙り込む面々、悲鳴を上げてトレイに載せたコーヒーを落とす女性職員、会議室内全員の目が副連隊長に注がれる「言うことはそれだけか!今、何をするべきかよく考えろ!」顔を真っ赤にして辺りを睨み回す
あわててフォローにはいるのは前田1尉だ「今はですね〜その集落に孤立した住民の皆さんの安全確保をすべきですよね?」なだめるように言う「まずそれを考えましょう。妊婦さんのことも気になりますし…」そう言って会議室の真ん中にある大きな机に手を向ける
「お知恵を拝借しても?」ニコッと笑い率先して席に着いた「…」「まぁ…確かに」ぞろぞろと席に着く一同「まずはホントに道がないかどうかから考えますか」



「川をボートでさかのぼれないかな?」「橋を崩落させるような流れを?」
「ヘリは…」「この暴風だろ?飛ばせられんよ」
対策を考えては見るが、なかなか結論が出ない…というより対策のしようがない状態だ

道路の土砂崩れを取り除く案は「被害状況の確認ができてない」事と「2次災害の危険性」から却下された。橋をかけ直す案も同様だ
「自衛隊さんには橋がありましたよね?」自走架橋は確かにある、が…
「我々の部隊は普通科ですので…」「?」「ああいう装備品は施設科しか持ってないのです。それに川までの高さとかで条件が厳しく…」苦労しながらも説明する前田1尉
さらに上記の案が出されたがいずれも非現実的である「…」誰もが黙り込んで難しい顔をしている

「…空気が重い…」無線機の前に座りながら冷や汗をかく田浦3曹「ホント、どうするんですかね…」と隣に座っている赤城士長も小声で言った
辺りを見回すと、コーヒーをこぼした女性職員が片づけしてるのが見えた。無線も入ってくる気配がないし、手伝おうと席を立つ田浦3曹
「はい、どうぞ」落ちた紙コップを拾い上げて差し出す「あ。スミマセン」と若い女性職員が頭を下げる。とその時、目の前のA市地図に目が止まった
市役所のある市の中心部、そこから山を挟んだところにK集落がある。その間の山中に幾筋かの点線が描かれているのが見えた



「あの…これは何ですか?」地図上の点線を指さし女性職員に聞く田浦3曹
「えっ?あぁ、ハイキングコースですよ」そう言って地図を指さす

「山自体がなだらかなので小学校の遠足コースにもなってるんです、この展望台からは市が一望できますよ」
市役所側から登ってすぐのところに展望台と三角点がある、が、田浦3曹の目は別のところに注がれていた
「ここ…この場所が問題のK集落だよね?」山を越えた反対側、点線がとぎれている箇所を指さす
「えぇ、そうですが…」何を言ってるんだろう?という顔をして当惑する女性職員
市役所側から山を越えて集落側までの距離を指を使って距離を測る「約10km弱か…」ボソリとつぶやく田浦3曹
その時、背後から「何がだ?」と声をかけられた

慌てて振り向くとそこには副連隊長を始め会議中の面々が揃っていた「何が10kmだ?」「は、はい。この点線なんですが…」
指さした地図を注視する面々。副連隊長の目が険しくなる
「この点線…登山道か」「それほど厳しいわけではないようです」
地図に顔を近づけ点線を指でなぞる副連隊長「等高線は…距離は…」何かを測るように熱心に地図を見続ける
しばらくして顔を上げた副連隊長は開口一番「これは行けるな」と周りの面々に向かって言った
「いけるとは?」誰かが質問する「決まってるじゃないか、歩いていくんだよ。K集落まで」



一瞬静まりかえる会議室「なるほど〜」と感心したのは警察・消防の両職員だけだった
「そんな無茶な!」「この台風の中ですよ!?」慌てるのは市の職員達だ

「だいたい歩くっていっても、10km近くあるんですよ!」「それを言うなら『10kmしかない』ですな」平然と返す副連隊長「陸上自衛隊に入った者なら、誰でも10km程度は歩いてます。入隊1ヶ月目にね」一般2士の教育では10km行軍が入隊して1ヶ月目に行われるのだ
「しかし…」助役の不安そうな顔「今は迷う時ですか?時間がありません」そして近くにいた前田1尉を呼ぶ
「前田!編成を取ってくれ。すぐ動ける隊員で若手を中心に…」
「それなんですが、堤防補強隊や避難誘導隊の連中は呼び戻すだけで1時間近くかかります」
「つまり…」
「日没も近いです。時間的なことを考えると、ここにいる連中だけしか使えない、って事ですね」
周りを見渡すと、連隊本部の中年隊員だけが目にとまる(若い隊員も連隊本部にはいるが、ほぼ全員が演習に行ってるのだ)
「それに医者も必要ですが…あと医療道具もありますね」「それについては考えがある。…仕方ない、ここの連中で編成を取ってくれ」「わかりました」



「えぇっ…!しかし僕は…」市役所内の給湯室で不安そうな顔を隠せないのは救護所にいた宮本1尉だ
医務室に週一回の勤務に来ていた自衛隊中央病院所属の医官である

災害派遣の支援を要請されここまで来たが、まさか「この台風の中、山道を10km歩いて孤立した集落に向かう」なんて仕事は想像もしてなかった
「そこを頼む、人命が危険にさらされているのだ!」真剣な顔を近づけるのは副連隊長だ「基礎の訓練は受けてるだろう?」
「いや、しかしもう5年近く野外訓練なんて…」青白い顔がいっそう青くなる
「…君は中央病院の所属だ。連隊の隊員ではない君に俺が『命令』するわけにはいかん。だからこれはお願いだと思って欲しい」そう言って両肩を鷲掴みにする
「頼む!どうしてもというなら俺が一緒に行ってやる!責任は全て俺が取る!だから…」肩を掴む手に力が入る、真剣な眼差しに宮本1尉は折れた
「…わかりました、そこまでおっしゃるなら…」「そうか!よし、最高のメンバーを付けてやる!安心してくれ」

会議室ではK集落に向かう要員が選ばれていた
「…衛生小隊の岩田2曹、来たね」「はっ、…しかし何をするので?」「それはだね…」前田1尉から任務の説明を受けているのは衛生小隊所属の救急救命士・岩田2曹だ
北海道の普通科連隊でレンジャー訓練を受け、その後「准看護士」試験に合格、優秀な成績で「救急救命士」の教育を受けてこの連隊にやってきた岩田2曹は若干28歳、見た目は細いが胸にはレンジャー徽章がしっかりと縫いつけられている



「田浦3曹、君は体力は?」前田1尉から突然声をかけられる「え、まぁ人並みには…」そこに先任が入ってくる
「田浦はレンジャー訓練で6想定まで行ったんですよ。バリバリですよ」と言って笑う

「え、そうだったんですか〜?」後ろから驚いた声を上げるのは赤城士長だ「何で言わなかったんですか?」「結局は原隊復帰になったんだから、自慢げに言う事じゃないよ…自分も行くので?」と前田1尉に聞く
「ああ、君が一番若そうだ、それと…そこのえ〜と」指さした先には無線機に張り付いてる山崎士長がいた「え、自分ですか〜?」ちょっと肥え気味の山崎士長だが、他に若い隊員がいないらしいのだ
「それと中継が必要ですな」と声をかけてきたのは2科先任・角田曹長だ「中継?」「無線の中継ですよ。ほら…」地図を指さす「山一つ越えてるでしょう?携帯のアンテナも壊れてるそうですからな」
「じゃ、自分が上がります」岡野2曹が手を挙げた
「一人では…誰か若い隊員を付けますか」辺りを見回す前田1尉「いないなぁ…若いのが」「いるじゃないですか」岡野2曹が指さした先には…

「赤城士長!ちょっと来てくれ」手招きする岡野2曹「一緒に山登りしないか?」「?」
それを聞いて慌てる前田1尉「えぇ?おいおい…大丈夫かい?」赤城士長を不安げな顔で見下ろす「赤城なら大丈夫ですよ。なぁ?」と声をかけてきたのは先任だ
「?」状況が飲み込めていない赤城士長「つまりさ…」任務内容を説明する「…一晩は見ておいた方がいい、いけるか?」「…ハイ、頑張ります!」背筋を伸ばし拳を握りしめる
「よし、じゃあすぐに準備してくれ」そう言って岡野2曹も無線機の準備に入った「は、ハイ!」回れ右をして背のうを取りに行った

「ホントに大丈夫なんですか?佐藤准尉…」不安そうな顔を隠せない前田1尉だ「山の中ですから、何かあっても救援とかできないんですよ」
「大丈夫ですよ、けっこう体力ありますから彼女は」あんまり難しく考えてない、という風に先任は言った



高機動車に乗って10数分、一同はハイキングコース入り口に到着した「ここか…」山を見上げる田浦3曹
時間はちょうど1600…16時を指している「日没は何時か知ってますか?」岩田2曹が聞いてくる

「確か19時過ぎだったと思いますよ」「ちょうど3時間ですか…」階級は岩田2曹の方が上だが、年齢はそれほど変わらないためお互い敬語になっている
下車した隊員達が歩く準備を始める「あ〜山崎士長、医薬品とか入ってるから荷物は大事に…」そういう宮本1尉の荷物は小さなリュックサックのみだ
K集落に向かうのは宮本1尉、岩田2曹、田浦3曹、そして山崎士長である。田浦3曹が無線機と医療道具を少し持ち、あとの2人が医薬品などを背のうに入れて持っていく
無線の中継に当たるのは岡野2曹と赤城士長、こちらは無線機と食料に一晩過ごすための簡易テントなど…山を上がってすぐの展望台に中継所を設置する
「展望台は屋根もあるしっかりした建物らしいから安心しなよ」と赤城士長に話しかけ笑う岡野2曹であった
「よし、じゃあ頑張ってきてくれ!ケガするなよ〜」とややお気楽な先任の言葉に押されて、4人+2人は登山道を登り始めた

登山道はさすがに小学生も登るだけあってよく整備されている。ところどころに階段もあり、この天気でも足場はあまり悪くない
雨や風も山の木に遮られており、歩くのにそれほど支障はない。だんだんと雨衣の中が汗で蒸れてくるのが不快だが…
「登りやすいですね」と前を歩く岩田2曹に声をかける田浦3曹「いやいや、これからが不安ですよ」この先、山の中に踏み込んでいけばどうなるか…それが心配のようだ
「急ぎますか」「そうですね…でもなぁ」そう言って後ろを見る田浦3曹、すぐ後ろにいるはずの宮本1尉がさっそく遅れている
「ハァ…ハァ…」息を荒げながらも何とか着いてきている。その後ろには山崎士長、これまた荒い息を吐いている。その後ろは岡野2曹、まだまだ元気だ
最後尾を歩くのは赤城士長、しっかりした足取りで雨にも負けず前を見据えている
「これ以上ペースを上げるのは…」「しかし時間も心配ですね」顔を見合わせる二人



そんなこんなで展望台が見えてきた「あれか…」田浦3曹が指さす先には、思ってたより頑丈そうな木造の建物があった
「これなら一晩くらいは楽勝ですね」岩田2曹が言ったその時…

「痛てっ!」ドサッという音とともに悲鳴を上げたのは山崎士長だ
「どうした!?」慌てて駆け寄る二人、山崎士長は片膝を付いてうずくまっている「足首を…」「足首?」振り向くとハァハァと息を切らせながら宮本1尉が立っていた
「どれ、あの展望台で診よう」引っ張られながらも全員が展望台に入った

「…ふむ、じゃあこれは?」「痛ててっ!」さすがに宮本1尉は医官だけあって、手際よく足の具合を診てテーピングやシップを巻いていく
「こりゃ捻挫だねぇ…歩けないことはないけど、この山道をこれ以上歩くのはオススメできないな」宮本1尉は少し離れたところで岡野2曹と岩田2曹、田浦3曹に耳打ちする
「どうする?田浦」「山崎士長の荷物、我々で分けますか?」3人は額を寄せて話し合う「早くしないと日没が…」分厚い雲が太陽を遮り、辺りも暗くなり始めている
「3人でいけるか?田浦」岡野2曹が聞く「いや…」田浦3曹は少し考える顔をする、そして後ろを振り向き山崎士長に何やら話しかけてる赤城士長に声をかける
「赤城、山崎から荷物を引き継いでくれ」

「えっ…?」「山崎の代わりに俺たちと一緒に来てくれ、って事さ」「私ですか〜!?」驚いた声を出す赤城士長
「できないか?」「…いえ、わかりました!」驚いたのも一瞬、すぐに気を取り直して山崎士長の持っていた荷物を受け取る



驚いたのは2人の陸曹も一緒だ「おいおい、田浦…」「だ、大丈夫なんですかぁ?」
ヒソヒソ話ながら驚きと不安は隠せない

「ここから先はリタイアなんかできないんですよ。台風が来てる山の中に放置なんて事になったら…」
「あの子なら大丈夫ですよ、ねぇ岡野2曹?」
「う〜ん…」岡野2曹は腕組みをして考える「そうだなぁ…他に手はないしな」それを聞き神妙な顔になる岩田2曹
「彼女をよく知るお二人が言うなら従いますが…」「じゃあ決まりですね」そう言って無線機のマイクを手にする田浦3曹

「CP、こちらタンゴ、送れ」すぐに返信が来る『こちらCP、送れ』
「山崎が負傷、赤城と交代させる、送れ」そこまで一気に言うと無線機のプレストークボタンを放す。マイク越しにもCPにいる面々の息をのむ気配がして、それから20秒ほど沈黙が続いた
「…どうしたのかな?」田浦3曹が言ったその時、背のうの中に入れてある携帯がけたたましく鳴り始めた
慌てて防水用のビニール袋を取り電話に出る。発信者名は「佐藤准尉」とある

「はい、田浦です…」『田浦〜何事だ?山崎がどうしたって?赤城を使うって…』「ちょ、ちょっとストップ!今から説明しますから…」電話口で一気にまくし立てる先任を遮って、田浦3曹は経緯を説明する

「…というわけです」『そうか…しかし赤城で大丈夫なのか?』
「…みんな同じ事を言うんですね。大丈夫です、自分が保証しますよ」『…う〜ん…』
何か言いたそうな先任、その時電話口で『替わってくれ』という声が聞こえた
『田浦3曹か?オレは…』電話口に出た声は「…副連隊長!」思わず背筋が伸びる
『赤城士長を連れて行くのか、貴様の判断か?』「は、はい…」『そうか…』そう言って2〜3秒の間だけ無言の状態が続く
「あの…」沈黙に耐えきれず話しかける田浦3曹、その時『信頼してるのか?』と副連隊長が言った



『彼女なら大丈夫、と信じられるのか?田浦3曹』よく通信小隊員から「電波に乗りにくい」と文句を言われるほどの低い声だ
迷いもなく田浦3曹は言った「もちろんです」

『…そうか』納得したように言う副連隊長『よし、すぐに出発するんだ。時間がないぞ!』電話口から(えぇっ!)(いいんですか?)(大丈夫かよ…)などと言う声が聞こえる
『責任はすべてオレが取る!行ってこい』力強い声「わかりました!」田浦3曹も応える

再び先任が電話口に出る『ま、そこまで言うんだから大丈夫だろ…行ってこい』「りょ〜かいです、それとここから先は恐らく圏外になります」山の頂上や展望台といった場所は見晴らしがよく電波も届きやすい
『そうか、無線もあるから大丈夫だろ』「そうですね…それでは」電話を切った

「さて、準備は…と」「できてます!」元気な声が背後から聞こえる「うわっ!」いつの間にかすぐ後ろに赤城士長が立っていた
「…いつからいた?」「ついさっきです」「聞いてた?」「…少し」そう言って嬉しそうに笑う
「頑張ります!」「頑張るよりも任務の完遂を考えてくれ」照れ隠しのようにちょっと素っ気なく言う田浦3曹だった

宮本1尉も医療道具をしまい込み、岩田2曹も準備を整えている
「じゃあ行きますか」と岩田2曹「そうですね…じゃ、岡野2曹。中継よろしくです」アンテナを建てている岡野2曹に声をかける「お〜ぅ、気ぃつけてな」まるで外出者を見送るように手を振った



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