まいにちWACわく!その41:blog版その10(災害派遣命令)

再び作戦室「1220,県知事からの要請により師団長から災害派遣命令が下った」
集まった面々が副連隊長に注目する

「任務は堤防の補強、並びに危険地域の住民避難誘導」手に持った資料に目を落とす各中隊の先任者「出動地域は県北部・A市一帯。S川上流の降水量が安全基準を大幅に超えたとの事だ」
前田1尉が立ち上がる「すでに情報小隊から先発情報収集班が出動しています。県の地方連絡部からLO(連絡幹部)が県庁に、そして地区施設隊も出動準備を整えている、との事です」
災害派遣時に県庁や市町村役場に派遣されるのがLO(連絡幹部)部隊と行政のパイプ役となる。地区施設隊は方面直轄の「施設団」隷下にある部隊である
「師団司令部も待機に入りました…今回は連隊主力が演習中なので、中隊編成を崩し部隊を再編します。長となる方は確実な人員掌握をお願いします」他中隊の人間となると顔も知らない相手もいる
「さて、我々のこれからの行動を説明します」前田1尉はそう言うと、壁に貼ってある地図の前に立つ。オーバレイと呼ばれる透明なシート(分厚いラップのようなもの)に青や赤のマジックでいろいろ書き込まれている
「駐屯地を出発して県道30号線を北上…」指揮棒で地図をなぞる「集結地はA市市役所、ここに連隊CP(指揮所)を設置します。施設作業小隊を主力とする堤防補強隊はこの地点、市立高校グラウンドを拠点とします」真剣な顔でメモを取る
「避難誘導隊はここ…武道館を避難場所とし救護所もここに設置します。あとは…」細かい説明が続く



「以上です、何か質問は?」さっそく手が上がる
「燃料や食料の補給場所は?」
「後ほど管整小隊が追求します。場所は未定ですが、武道館前のグランドか市役所駐車場になる予定です」

「無線機はこれだけ?」「基地通信隊からも借りました。もう鼻血も出ません」その言葉に作戦室がドッと沸く「ま、通信小隊が検閲だからなぁ」「そういや、演習部隊は?」災害派遣がかかれば演習も中断する事が多い
「演習部隊は現在、宿営地の撤収を開始したとの事です。出発予定は1700…」「間に合いませんなぁ」「主力は当てにしない方がいいですね」

一通り質問が終わり副連隊長が席を立つ「これで動けるな?では出発準備!目標は…」腕時計に目を落とす「今から30分後、1330を目標とする!編成完結を連隊本部隊舎前で実施する。以上、別れ!」全員がガタガタと席を立つ

「おい、車持ってこい!」「水、食料、後は…」「俺は誰の指揮下で動くんだ?」中隊は大騒ぎ、誰も彼もが右に左に走り回っている
「名簿はどこだ〜!」「はいはい、ただいま…」田浦3曹が中隊本部前の掲示板に編成名簿を張り出す「俺は堤防補強隊か…」「え〜っと、誘導隊?高機動車のドライバーね」提示版の前は黒山の人だかりだ
「み、見えない…」その人混みの一番後ろで困っているのは赤城士長だ「どうした赤城?」田浦3曹が聞く「あの〜私はどこに?」「あぁ、俺と同じ連隊本部の支援だよ」「?」
手にするのは無線網図だ「部隊通信を出た要員が欲しいらしくてね。俺、山崎、赤城、それから先任も連隊本部のお手伝いさ〜」「そうですか、何かいるものは?」「そうだなぁ…雨衣は絶対に用意しとけよ。後は食い物だな」いつも必ず食事が来るとは限らない。自衛策として軽い食事(カロリーメイトなど)を用意するのは現場隊員の心得だ



1315…予定通りに各中隊は準備を完了、連隊本部前に集合した
「点呼を取りま〜す、第1中隊の…」「車両はこの隊舎の舎後に…」堤防補強隊の指揮を取るのは施設作業小隊長だ

施設作業小隊は連隊内でも「職人集団」で知られている。土木工事系いわゆるガテン系集団であり、実質の指揮は小隊陸曹である間島曹長が取る
「おぅ、おめぇら!常に俺の言うとおりに行動しろ。素人がヘタ打つんじゃねぇぞ!」カンボジアPKOにも参加したという間島曹長は、まるで現場監督のごとく集まった隊員に檄を飛ばしている

編成完結式のため、各部隊が並び始める。右端に連隊本部、真ん中に堤防補強隊、そして左端に避難誘導隊だ
「副連隊長に、敬礼!」第4中隊長が号令をかける。4中隊は教育隊を受け持っているので、中隊長も演習には行かなかったのだ。第4中隊長は避難誘導隊の指揮を取る
「各人、全力を持って任務に当たって貰いたい。以上!」シンプルかつ力強い副連隊長の言葉を合図に全隊員が車両に向かう
雨の中、各車両が震えディーゼルの黒い煙を吐き出した。田浦3曹も高機動車のハンドルを握る、横には先任だ「さて出発か…」「ですね。では…ん?」一人の若い男性が大きな鞄を抱え走り寄ってくるのが見えた
「ハァ…ハァ…間に合った〜!」運転席のドアにとりつきその男性は言った「これに乗っていけといわれたんだ」窓を開けて応答する田浦3曹「あなたは?」
雨に濡れた眼鏡をそのままに、その細い男性は雨衣の襟をずらす。OD色の作業服の襟には1尉の階級章が縫いつけられている「医務室の宮本1尉です。副連隊長に支援を依頼されまして…」どうやら医務室にいる医官のようだ
駐屯地に常に医官が常駐してる訳ではない。この医官…宮本1尉は自衛隊中央病院から週に1回往診に来ているのだ。1尉の階級章をつけてはいるが、その細い体と白い顔はあまり自衛官に見えない
そんな事は知った事じゃない田浦3曹「とにかく乗ってください。赤城、ドアを開けてくれ」後部座席に座る赤城士長に言う「あ、はい」レバーを引きドアを開ける
「いや〜すごい雨だねぇ」と赤城士長に笑いかける「座ってください、もう出ますよ」と田浦3曹「あ、すみません」と座席に座る
アクセルをゆっくり踏み、高機動車は動き始めた



連隊本部の悌隊がA市市役所に到着したのは1400…出発から45分後だ
鉄筋4階建ての建物、その3階にある会議室に連隊本部CPを設置する

「無線機はこの机、ベニヤ板はそこの壁に…」「アンテナは屋上に設置、連絡交信を…」会議室には県庁から派遣された職員、市の職員をはじめ警察、消防、NTT、電力会社などの人々が集まっているがほとんどが連絡要員のようだ
そこそこ広い会議室も迷彩服の人員ばかりが目立つ。部屋の中央には会議用の机、正面の壁には市の全域地図が張られている「や、どうもご苦労様です。私は市の助役で…」「これはどうも、早速ですが状況を…」前田1尉が背広の男性と何やら打ち合わせを始める

そんな中、無線機の前に張り付く田浦3曹たち「あーあー本日は晴天なり、本日は晴天なり、ただ今試験電波の発射中…」無線機のマイクを持ちプレストークスイッチを押す。電波を出し無線機のチェックをする
「どうです?」横に座る赤城士長「OK!さて…」その時、無線機に声が入る『CP、こちらテイボウ01、感明送れ』堤防補強隊からの連絡交信だ
「感よし、感送れ」
『感よし、堤防補強隊は現地に到着。市役所の職員とコンタクト、これより作業に入る』
「CP了解」手元の紙に時間と交信内容を記録する



3科の陸曹が声をかけてきた「早速か、状況は逐次報告してくれ」
そう言ってベニヤ板に張ってある地図になにやら書き込んでいく

「無線の感度もいいねぇ、これなら安心…」ボソリとつぶやくのは山崎士長だ。無線機にはこの3人に岡野2曹を含めた4人がついているのだ。後ろでは連隊本部の陸曹たちが携帯電話を片手に何やら忙しく動き回っている
副連隊長と前田1尉、そして医官の宮本1尉も加わって市役所、消防、警察の職員などと話をしている
中隊本部とは違う一種独特の緊張感に含まれた雰囲気、田浦3曹も緊張気味だ「なんか忙しそうだよな…」と後ろを振り向く「おぅ、しっかり無線傍受しとけよ」と言いつつ肩に手を置いてきたのは先任だった
「先任は何を?」と聞く赤城士長「俺はねぇ〜宿泊場所の確保、調整さ。天幕は全部演習場だろ?」数百人が動く部隊だ、食事や宿泊、入浴にトイレetc…とやるべき事は山積みである「長引きそうだしね」と窓の外に目を向ける先任、雨と風が窓を叩く…

「ハザードマップは?無いのですか?」強い調子で迫る副連隊長「あ、はぁ…」あいまいな返事を繰り返すのは市役所の職員だ
災害時に危険な箇所を事前に調査して、その場所を示すのがハザードマップだ。これがあれば災害の未然防止、危険箇所の住民非難などに役立つのだ
阪神大震災以来このハザードマップを用意する自治体も増えているのだが…



「まぁ大丈夫ですよ。いろいろ危険な状況は経験してますから」危機感のない市役所職員を前に顔を見合わせる副連隊長と警察・消防の職員
同じような仕事をしてる三者だけに、備えの少なさが気になるようだ

「避難誘導隊、県道34号線を北上中です」無線機に入った報告を伝える山崎士長「34号線…この集落だな」地図にプロットする「もうすでに3個集落の住民誘導が終了か…」前田1尉が時計をちらりと見る。時間は1500…15時を指している「順調だな」ニヤリと笑う
「油断はするな前田、危機管理は…」副連隊長が肩に手を置き話しかける「『最悪を考えて行動しろ』ですね。現状で最悪な状況になるとしたら、どんな状況がありますか?」質問する前田1尉
「そうだな…」考える副連隊長「我々の車両が事故を起こすとか…」そこまで言いかけた時、会議室の床が微動した

「?」一瞬動きを止める田浦3曹、周りも一様に「?」という顔をしている「今何か…」赤城士長が言いかけたその時…

ドン!と突き上げるような衝撃、続いて横揺れが市役所を襲う「地震だ!」「うわぁ!」「危ない!」口々に上がる怒号や悲鳴
「くそっ!」机に張り付き無線機を落ちないように押さえる田浦3曹「おおっと!」先任もパソコンの乗った机を押さえる

ほんの数秒だったのか、それとも数分は揺れ続けたのか…地震が収まった時、会議室は机や電話、書類などが散らばっていた「状況は!?」副連隊長が声をかける
「無線機、無事です」と田浦3曹「パソコンも何とか…」と先任。まず機材から報告してしまう自衛官の悲しい性だった「人員は?怪我は?」みんな周りを見渡す「異常なし!」と誰かの叫ぶ声が聞こえた
「無線で両隊の状況を確認、誰かテレビを!」副連隊長の指示が飛ぶ。テレビが付けられチャンネルがNHKにあわせられる。まだ地震速報は出ていないようだ
「両隊とも異常なしです」田浦3曹が報告する。その時テレビから地震速報の音が流れた。みんなの目が一斉にテレビに向けられる「…震度は…5弱か」「来たねぇ」「土砂崩れとか大丈夫かな?」口々に心配する声
「…」苦虫をかみつぶしたような顔をする副連隊長「これも最悪のウチですね」と前田1尉。ジロッとにらまれあわてて目をそらす



「県道42号線が土砂崩れを起こしてるそうです」と報告してきたのは消防の職員だ
「救急車から報告がありました」「どの辺ですか?」3科の陸曹が場所を聞いて早速プロットする

K集落はS川に流れ込む支流沿いにある小さな集落だ。道路は県道42号線が下流から上流側の隣県に向かって延びている
渓谷沿いを走る片側1車線の県道、その1点に印が加えられる「土砂崩れか…」「道自体が崩落してたら復旧が大変で…」地図を見ながら話す関係職員
「ちょっと待った、救急車?」その話を遮り消防職員に尋ねるのは副連隊長だ「なぜ救急車がそんなところにいるんだ?」
顔を見合わせる面々「確かに…確認します」そう言って消防職員は電話を手に取った
「…はい…えぇ、わかりました」がちゃんと電話を置き注視する面々の顔を見る「どうもこの川の上流…K集落で妊婦さんの様子が急変したようです」ざわざわと顔を見合わせる面々「大丈夫なのか?」と尋ねたのは市の助役だ
「あぁ、上流につながる隣県から代わりの救急車を要請しましたから、特に問題はありませんよ」安堵のため息が漏れる
「まぁそれなら一安心ですな」「この集落には医者がいないですからなぁ」
その時、電力会社職員とNTT職員が青い顔をして部屋に入ってきた「土砂崩れで送電線が切れました…」「電話線も切られました、不通です」と助役に報告する
「なんと…」言葉を失う「でも携帯があるだろう?」「それがK集落一帯の携帯も不通なんです」顔をゆがめるNTT職員
「携帯の中継局は一応、数時間分のバッテリーが備え付けられてあるのですが…K集落にある中継アンテナが何らかの不具合を出したようです」
「不具合?」
「おそらく『アンテナの物理的破損』かと…」ふぅ、とため息をつく助役
「仕方ないなぁ…駐在さんはいるのかい?いなかったら隣県から誰か人を…」その時、消防職員が悲痛な顔をして駆け込んできた「…県道42号、隣県側の橋が崩落してるそうです…」



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