「な〜にやってんだよ」と言う声とともに、左手ががっしりと捕まれて引き上げられる。目の前に現れた声の主は赤城士長の曹学同期、情報小隊の後藤士長だった。180を超える身長にプロ格闘家を目指してたという屈強な体の持ち主だ
軽々と赤城士長を崖の上まで引き上げる後藤士長、上下とも米軍の迷彩服を着て体と頭にはバトラーの受信センサーを付けている。敵ゲリラと味方を見分けるために服装を変えているのだ
「アリガト、喜一ちゃん」一応礼を言う赤城士長「危ねぇな、一人で何してるんだよ?」と後藤士長が聞く「え〜っと、それは…」と言いにくそう。敵に助けられたとなるとさすがにバツが悪い
すぐ後ろの斜面に人一人分くらいが入る穴が見える。ここに隠れて中隊の捜索をやり過ごしたのだ「ずっとここに隠れてたの?」そう聞きながら崖を背にして立ちあがる赤城士長「ゴメンね、隠れてたのに…」何故か謝ってしまう
「ん、いやぁ、まぁ気にすんなよ」と照れる後藤士長「だいたい作戦中に単独行動なんて…それが間違ってる!」と照れ隠しに怒ってみる。顔が赤くなってもドーランで隠されてるのが救いか…
「後藤…遊んでんなよ」斜面の中(穴?)から低い声が響く。まだ誰か隠れているようだ「あ、はい阿比留1曹」と返事を返す「取りあえずだ、赤城には捕虜に…」そこまで言った瞬間
「パン!」と沼地の反対側から響く銃声、低い音は64式の銃声だ。同時に後藤士長のバトラーが「ピーッ!」と大きな電子音を立てはじめた
「わっ!撃たれた!?」と叫ぶ後藤士長「後藤!」と叫び斜面の草を押しのけて誰かが出てきた、と次の瞬間「パン!」と銃声が響きまたもやバトラーの電子音が鳴り響く
後ろを振り向く赤城士長、森の中に見える人影は64式に狙撃用のスコープを付けている。狙撃手の井上3曹のようだ
斜面の向こう側から声が聞こえる「阿比留1曹と後藤が撃たれました〜!」「敵は!?」「反撃しろ!」斜面の頂上から数人が身を乗り出し、89式の銃口を突き出す
「危ない!」後藤士長はそう叫び、赤城士長を引きずり倒した
「きゃっ!」と叫び赤城士長が地面に倒された瞬間、斜面の上と森の向こう側から89式の銃声が響き始めた「伏せとけ!」頭をしっかりと押さえられる。斜面の方からの銃声はすぐ止み、誰かの「撤収!」という声が聞こえた
沼地を迂回し小隊の面々がやってくる。撃たれた二人はその場に座り鉄帽を脱いでいる「赤城、無事か?」最初にやってきたのは小隊長だ「あ、はい!」「単独行動は避けろと言ったのに…」とは神野1曹だ「すみません…」と小さくなる
小隊の隊員たちが手際よく全周警戒の態勢を取る「まぁいい、状況は?」「え、えっと、この付近にみんな隠れてました」「連中の残りはどこに?」「斜面の向こう側に…」そう聞いて地図を持ち出す小隊長「この向こうは…」神野1曹も地図を見る「南ですね…」森の南に流れている「小谷川」を渡ると、最初の襲撃地点である「重要防護施設」に着く
「まさか再襲撃を?」「起死回生の一発、あの人ならやりますね」チラリ、と鉄帽を取り地面に座る二人を見る
「オレは何も知らない、と言うか死人だしな」阿比留1曹、と呼ばれた中年の隊員が言う「オレも…」と後藤士長「アビさん、どうせ聞いても答えないでしょ?」とは神野1曹だ
「無線機を」小隊長はそう言って神野1曹の背中にある無線機のマイクを手に取り、CPに状況報告をする
一人になる赤城士長に声をかけてきたのは…「よ、無事やったな〜」井上3曹だった「あ、どうも…」「どうやった?オレの狙撃は…まさに一撃必中!やろ?」と嬉しそう。お調子者のスナイパーというのはかなり危ない(黙ってたらいいのに…)と周りの誰もが思っている
「…では小隊を半数に分けて、追跡と防御に割り振ります」と神野1曹「誰を追跡に?」と小隊長「片桐2曹でいいでしょう。ギリさん、聞いてた?」傍らにいた片桐2曹に話を振る
対遊撃、もしくはゲリラ戦において大事なのは「敵を発見する」事だ。たとえあらゆる戦技を極めたような精強部隊の隊員であっても、正規軍の圧倒的火力の前には全くの無力と言っても良い
この場合、一度発見した敵を見失わないように追跡要員を出すのは妥当な判断と言える
「おう、じゃあウチの班は追跡に…」そう言って班員を集める「井上、具志堅と松浦を連れて前に出ろ。ポイントマンだ」「了解ッス、グシ!マツ!」二人を呼び寄せる
「グシは左、マツは右側に…おい、大丈夫か?」松浦士長の顔色がどうも良くない。ドーランの上からでも疲れが顔に出ているのがわかる
「動けへんのやったら代わってもらうか?」「いえ!大丈夫です」無理してる感じはするが(死ぬ事はないやろう…)と思い、そのまま南の方に向けて追跡を始めた
一方、こちらは中隊CP「中隊長、3小隊が敵を発見しました」無線機の前に座り報告するのは田浦3曹だ「どこだ?」「座標326…」地図にプロットする「2名を射殺、残りは5名、南側に逃走したようです」「マイクを貸してくれ」そう言って指示を出す中隊長
「敵はどうする気かねぇ」地図を見て考える先任「真田2尉の事ですから、おそらくここを再襲撃かと…」と田浦3曹「む、そりゃヤバいぞ。対戦も半数は捜索に出てるんだよな?」と顔を曇らせる先任「運幹も出てます、捜索の指揮に…」と田浦3曹も顔を曇らせる
無線機から指示を出していた中隊長がこちらに向き直る「中隊本部は全力を持ってCPの防御に当たる!武器を取れっ!」そう言って自らも腰の拳銃を抜く
「『保険』はどうされますか?」と田浦3曹が89式小銃を手に取りつつ聞く「当然『打合せの通り』だな。連絡を」「わかりました」そう言って野外電話機JTA-T1の受話器を取り呼び出し用の転把を回した
班の前方100mを前進する井上3曹以下3名。敵の兆候に注意し慎重に歩を進める(グシは…おるな。マツ…かろうじて着いてきてるか)横目で10mほど先の両サイドを歩く二人を確認する
起伏はあまり無い森の中だが、木の根っこなどが剥き出しになり歩くのには苦労する。前を見ながら足下を注意して歩くのは難しい…「ドサッ」っという音とともに右サイドの松浦士長が派手に転んだ。横目で確認する二人
(大丈夫かいな…)手信号で「その場に停止」の指示を具志堅士長に出して、体を右に向けた井上3曹。次の瞬間「ターン!」と軽い銃声が聞こえた。89式小銃の銃声だ
「おおっと〜!」慌ててその場に伏せる井上3曹。銃声のした方向を見るが、隠れているのか敵の姿は見えない
3人のうちバトラーを付けているのは井上3曹だけだ。補助官も付いてきてないので「誰々が撃たれた」という判定も受けなかった
身を伏せて松浦士長の元に駆けてきた井上3曹「マツ、無事か?」「はぁはぁ…ハイ、何とか…」息も絶え絶えといった様子(これ以上速くは動けへんな…)「マツ、お前はここで待っとけや」そう言い残して具志堅士長の方を向く
「グシ!…」力強くささやくように具志堅士長を呼び、手信号を繰り出す(左…50…回り込んで…射撃せよ)
(了解)親指を立ててカモシカのように素早く森の中を駆けていく具志堅士長、井上3曹は銃を前方に構える
しばしの沈黙、片桐2曹たちも銃声を警戒してまだ前には出てきていない。お互い動きもなく数分が過ぎた…と突然「パパパン!」と3発連続の射撃音が、左側から聞こえた。具志堅士長の射撃だ
木に隠れ前方を警戒する井上3曹。散発的な銃声に業を煮やしてか、ロシア軍の迷彩服を着た敵が動き始めるのを確認した
(さて…もうちょっと前に…きた!)照準眼鏡の十字を敵の頭に合わせ、じわりと引き金を絞り込んだ…手応えを感じた瞬間「バン!」という銃声と衝撃を感じた
「ピー」という発信音が聞こえる。照準眼鏡の向こうでは敵が天を仰ぎ鉄帽を取るのが見えた。命中したようだ
「…で、結局彼だけだったというわけか」ブスッとした顔をして座り込む情報小隊の陸士を前に片桐2曹は言った「そうです、足止めやったみたいですね」と答える井上3曹
結局、この一人のために10分近い時間を浪費した。味方の前線を越えて情報収集を行う情報小隊は、連隊でも一番の野外機動速度を誇る
「情報相手じゃもう追いつかんな」「そうですね…」残りは4人、あとは味方の防御網に賭けるしかない…
「小さな谷の川」の名の通り、小谷川は浅い谷の底に流れている。小谷川にかかる2つの橋には防御用の機関銃が据え付けられているため、真田2尉以下情報小隊仮設敵の面々は谷底に降りて川を越えるコースを選んだ
一番川幅が小さく崖もなだらかな地域を事前に偵察しており、もしもの時はそこを渡河すると最初から目星を付けていたのだ
崖を下り川岸にたどり着く。一人ずつ音を立てないように川を渡る…しんがりを努めるのは真田2尉だ(…後方は異常なし、前方は?)手信号で最初に渡った隊員に確認する
(異常なし)の合図を受け、手信号で全員に(前進)の指示を出す。その瞬間、谷の底に一瞬だけ突風が吹いた
その突風で川岸の土手になっている場所の落ち葉が吹き飛んだ。真田2尉がその場所に視線をやる、そこには大型の液晶テレビくらいのサイズの青い板状のモノがあった…
(あれは…!!)戦慄、次の瞬間「指向性散弾!」と真田2尉が叫ぶと同時に、崖の上から「爆破!」という声が聞こえ、同時に「ピピ〜ッ!」と審判の笛が谷底に鳴り響いた
1998年9月30日、日本は対人地雷禁止条約を批准、そして自衛隊最後の対人地雷(教育用の物を除く)が2003年3月に爆破処分された
その代替品として開発されたのが「指向性散弾」だ。中型液晶テレビくらいの大きさ(重さは数倍)がある板状の物で、その中にはパチンコ玉のような散弾が敷き詰められている。一方の面からその散弾が放出されるという仕組みだ
米軍の持つクレイモアを大きくしたような物だが、直接人が操作して爆破させるため、地雷のような「無関係の民間人が巻き込まれる」といった被害は出ない
だがその破壊力は凄まじく、狭い河原に集まった4人を肉片にするには十分すぎる威力を持つ
「爆破成功!判定に移る」そう言って補助官は斜面を降りていった。崖の上に設置された歩哨壕では小野3曹が「よし!」と叫び小さくガッツポーズを決めた
中隊本部が用意した「切り札」として状況開始からずっと穴掘り&指向性散弾の設置をしていたのだ。小野3曹の地味な苦労が一気に報われたのだ
「やりましたね!俺たちヒーローッスよ!」隣にいた陸士も喜ぶ「おいおい、まだ判定待ちだぜ?取りあえずCPに連絡だな」そうは言っても顔が笑っている。電話機の受話器を取り転把を回した
「小野3曹から連絡です『爆破成功、現在判定待ち』だそうです」電話を受けた田浦3曹が報告すると、中隊本部でも安堵のため息が漏れ聞こえた
「まだ状況中だから油断するなよ」統裁官の手前、まだまだ気を抜くわけにはいかない「田浦、小野に84を準備させておいてくれ」と指示を出す
「ああ、油断はしてねぇ。84?…わかった」そう言って受話器を置く小野3曹。そして歩哨壕に置いてあった84ミリ無反動砲を構える「あれ?まだ終わらないんですか?」と陸士が尋ねる
「中隊長は心配性だよ。まぁ判定が出るまでは油断すんなよ」とは言え小野3曹も(もう終わりだろう)と思っている。指向性散弾の直撃を食らってまだ戦闘力を維持できるとすれば、その生き物はもう人類ではない
「…完全閉鎖、後方よし。準備よし!」無反動砲に弾を装填して陸士が小野3曹の肩を叩く。そして腰を支えて射撃姿勢を取る「ま、撃つ必要は無いだろうな」と余裕の小野3曹
指向性散弾の位置、そして敵の配置などを見ていた補助官が無線機のマイクを持ち何か話している。おそらくは判定結果の報告だろう
「中隊長」無線での報告を受けた統裁官が声をかける「は」中隊長も立ち上がり統裁官に向き合う
「1035をもって敵遊撃隊の全滅を確認した。ご苦労だった」「それでは…」「現時刻をもって状況終了とする!お疲れさん」
「状況終了〜!」無線で一斉に放送された「状況終了」の声に中隊は湧いた。この「状況終了」だけはどんなに無線機の調子が悪くても伝わるのだ
「全員、異常無いか〜?銃、銃剣、防護マスク、装具、落としてないか壊してないか確認するように」状況終了を受けて3小隊も全員合流、異常の有無を点検している
「全員異常なし…と」一安心といった顔をする小隊長「終わった終わった〜!」「あ〜疲れたぁ」などと隊員たちもハイテンションだ「お前ら、今からまだ撤収とかあるからな〜」一応クギを刺す片桐2曹
歩哨壕などの穴を埋め戻し、有線を撤収する。そして各陣地の土嚢を集めて土を抜く、土嚢袋も使い捨てではないのである
あちこちで「パパパン!」と銃の射撃音が聞こえる。89式ばかりでなく数少ない64式、MINIMI、そしてM2重機関銃(通称キャリバ.50)などだ。余った空砲も使い切らないといけないのである
「田浦、銃借りるぞ〜」そう言って中隊本部の面々が空砲を処理していく。自分の銃を汚したくない(空砲や実包の火薬から出るガスは、銃の機関部をかなり汚すのだ)ので、田浦3曹の銃を使って支給された空砲を処理するのだ
「…まぁ仕方ないか」これも一番下っ端の宿命…とあきらめる田浦3曹であった
撤収を終わらせ昼食をすませた中隊一同が宿営地に帰ってきたのは15時過ぎだった。さっそく武器を手入れする
「行軍の時はけっこう余裕が…」「お前ばててたろ?」「楽勝だったな〜」「よく言うよ…」検閲が終わった開放感からか、隊員たちの口も軽い
「あ〜あ〜ガスでどろどろ…」89式を分解してため息をつく田浦3曹。たっぷり付いたガスやススは簡単には落ちそうもない。野外ベッドの上に新聞紙を広げて部品を一つ一つ手入れしていく
「なんかよくわからん検閲だったな」とは鈴木曹長だ。3小隊の面々を高機動車に乗せて前進中に状況が終わったのだ「『対遊撃』はそういうもんらしいですよ」と田浦3曹
「まぁ今までやってこなかった分野だからな」と先任「これからは主流になってくるんでしょうね。大変ですよ〜」「オレ定年だから関係ないな」あっさりかわす先任だった
「きれいなウエス無いか?」そう言ってやってきたのは井上3曹「なんでよ?」「照準眼鏡のレンズを拭くんや。油付いたらえらい事やからな〜」「あ〜そこにあるよ」うなずき近くにある箱を指さす田浦3曹
「今回は大活躍だったって?井上」先任が声をかける「3人仕留めたもんな、優秀隊員決定だな?」と田浦3曹「いや〜褒めんなや」頭を掻きながらも嬉しそうな井上3曹、短い髪の毛からフケがボロボロ落ちる
「うわっ!汚ねぇなぁ…」「お前も似たようなもんやろ?」検閲が終わり風呂にも入っていない状態では汚いのが当たり前、汗でべたつく戦闘服も化学兵器のような臭いを醸し出している「早く風呂に入りたいねぇ…」と先任がボソリと呟いた