市役所CP、時間は19時半に近づいている「…」腕を組み険しい顔をする副連隊長
「…堤防補強隊、全ての工事を完了したとの事です」3科の陸曹が報告する「…宿泊場所に前進させても?」
「あぁ、そうしてくれ」顔を上げて副連隊長は答える。避難誘導隊ももうすぐ避難活動を終える予定だ
隊員達はよくやってくれた、避難を支援した人は1000人を超え、堤防の決壊も無し。台風の目が通過した今が一番雨風の強い時だが、これを乗り越えたらこの災害派遣も一段落だろう
問題は…「おい、まだ連絡はないのか?」無線手の隊員に声をかける
「いえ…18時半頃に『休憩を終えて前進する』の報告があっただけです」
K集落に向かった4人からまだ連絡はない。信用はしてるが不安がないわけではない副連隊長(大丈夫だろうか…)腕を組み地図を睨みつける
その雰囲気を察してか、CP内にも緊張感が走る。誰一人無駄口を叩こうとしない。落ち着かない様子なのは市の助役だ、手に持っている扇子を開けたり閉めたりしている
ザッ、と無線機のスピーカーに雑音が入る「!」CPにいる面々の注意が一点に集中する
『CP、こちらテイボウ01、宿営地到着、閉所する』ドッと緊張感がとぎれる「こちらCP、了解」返信も投げやりだ
思わず顔を見合わせた前田1尉と助役が笑う
「いやいや、緊張しますな」「まったくです。CT検閲を受閲しているようで…」「CT?」「えぇ、大規模な演習で…」
そこまで話した時、またも無線機から雑音が入った
『CP、こちらオスカー、送れ』中継に上がっているオスカー(岡野2曹)だ。またもCPに緊張が走る、全員の注意が無線機に向いた
「送れ」無線手が返信する
『タンゴより報告…』ゴクリと誰かがツバを呑む、K集落に向かってるタンゴ(田浦3曹)からだ『目的地に到着、異常なし、送れ』
その瞬間…「よしっ!」「やったぁ!」という声とともに拍手が起こった「こちらCP、了解!」返信の声にも力が入った
山あいの小さな村…K集落に到着した面々、台風の目は去り激しい風雨が彼らを襲う「…暗いですね」「停電らしいから…」登山道を降りた先は集落全域を見渡せる高台だった
「田浦3曹、あそこ…」赤城士長が指を指した先に、明かりのついている建物があった「あれは?」「公民館…みたいだな。とりあえずあそこに向かうか」
建物はやはり公民館だった。平屋コンクリート造りで自家発電装置が付いているらしく、どこかでエンジンの音が聞こえる
玄関をのぞき込むが誰もいない、ガラスの扉を開けて入る「すみませーん、誰かいますか〜?」控えめな声で田浦3曹が呼びかける
「はいはい…わっ!」出てくるなり驚いた声を発したのは50代の女性だった「あ…あなたたちは?」
「陸上自衛隊の者です、こちらの集落に患者が発生したと聞きまして…」ポカンと口を開けてた女性がハッと我に返る
「患者?そうそう、大変なのよ〜!和田さんとこの娘さんが急に産気付いちゃって…」ゾロゾロと他の住人も顔を出してきた
「患者はどこですか?」そう聞くのは宮本1尉だ「あ、はいはい、コチラの医務室に…」そう言って住人の一人が案内する
「それじゃ行こうか、岩田2曹」「はっ、了解です」医官の宮本1尉と救急救命士の岩田2曹が雨衣を脱ぎ始める
「休憩しなくて大丈夫ですか?」心配そうに声をかける赤城士長
「歩くのは君たちの仕事。ここから先は僕の仕事さ」そう言って笑う宮本1尉「ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、そんな…」そこまで言った時「おい、赤城!手伝ってくれ〜」住民から質問攻めにあっている田浦3曹がいた
「君らは君らの仕事があるさ」そう言って笑い、宮本1尉は建物の奥に消えていった
「この集落はどうなってるんだ?」「電気も電話も通じないんだが…」「隣町に弟夫婦がいるんじゃがの〜」住民の質問攻め似合いてんてこ舞いの田浦3曹
「ちょ、ちょっと待ってください!まずはここの責任者の方に…」そこまで言った時『タンゴ、こちらオスカー、状況を報告せよ』と無線機のスピーカーから報告を催促する声が流れてくる
その後の田浦3曹達は…
集落の住人の安否を確認して、被害状況を掌握し、住民からの質問に答え、今後の避難活動などについて(わかってる範囲で)説明する…など、文字通り休む間もなく無線機に向かい公民館を走り回った
深夜1時を回った頃、赤ん坊の泣き声が聞こえた「無事生まれました、女の子です」そう言って医務室から出てきた宮本1尉に家族が駆け寄ってきて口々にお礼を言っている
「無事生まれましたね〜よかったです」その様子を横目で見る赤城士長「そうだな、苦労した甲斐があったよ」と田浦3曹
「さて、赤城…朝まで仮眠しとけよ」「えぇ?そんな〜田浦3曹は?」
「オレも休むよ、もうちょっとしたらね。宮本1尉達にも言っておくよ」そう言って二人の元に向かった
「…」さすがに疲れが溜まってるのがわかる。どこか適当な場所を見つけ、備え付けのソファーを持ってきた。背のうを枕にして寝る姿勢を取り目をつぶる
(今日は疲れたな…でもいい事したよね…)そう思いつつ、急速に眠りに落ちていった…
翌朝…目覚めた赤城士長は、同じ場所で寝ている宮本1尉と岩田2曹を起こさないように玄関に向かった
そこには…「寝てないんですか?田浦3曹」
「いや、寝たよ〜ふわあぁ…」そう言って振り向きつつ大きなあくびをする
いつの間にか雨も止み、東の空が少し明るくなってきている。時間は0500…5時過ぎだ
「どうだ?」急に田浦3曹が尋ねてきた「えっ?何がですか?」キョトンとした顔を向ける赤城士長
「悪くないだろ?自衛隊の仕事ってのもさ〜」そう言って照れたように笑う
「ずっと悩んでたみたいだったからな。これで少しは悩みも解消できたんじゃないか?」
「それで私を連れてきたんですか…?」
「そんなバカな」そう言って笑う「あの状況でベストの選択をしたまでだ。まぁ結果オーライかもな」
「…」考え込む顔をする赤城士長「ま、難しく考えるなって事さ」そして田浦3曹は、赤城士長の頭にポンと手を置いた
「そういえば田浦3曹…」「何?」「以前何かあったんですか?マスコミ絡みで…井上3曹が言ってましたよ『田浦の時も朝○新聞が…』どうのこうのって」
ちっ、と舌打ちをする田浦3曹「あいつ、口が軽いんだから…まぁ隠してた話じゃないんだけどね」
そう言って田浦3曹は玄関前の段差に腰掛けた「オレが陸士の時、レンジャー学生だった頃の話さ…」