後ろを振り向く赤城士長、森の中に見える人影は64式に狙撃用のスコープを付けている。狙撃手の井上3曹のようだ
斜面の向こう側から声が聞こえる「阿比留1曹と後藤が撃たれました〜!」「敵は!?」「反撃しろ!」斜面の頂上から数人が身を乗り出し、89式の銃口を突き出す
「危ない!」後藤士長はそう叫び、赤城士長を引きずり倒した
「きゃっ!」と叫び赤城士長が地面に倒された瞬間、斜面の上と森の向こう側から89式の銃声が響き始めた「伏せとけ!」頭をしっかりと押さえられる。斜面の方からの銃声はすぐ止み、誰かの「撤収!」という声が聞こえた
沼地を迂回し小隊の面々がやってくる。撃たれた二人はその場に座り鉄帽を脱いでいる「赤城、無事か?」最初にやってきたのは小隊長だ「あ、はい!」「単独行動は避けろと言ったのに…」とは神野1曹だ「すみません…」と小さくなる
小隊の隊員たちが手際よく全周警戒の態勢を取る「まぁいい、状況は?」「え、えっと、この付近にみんな隠れてました」「連中の残りはどこに?」「斜面の向こう側に…」そう聞いて地図を持ち出す小隊長「この向こうは…」神野1曹も地図を見る「南ですね…」森の南に流れている「小谷川」を渡ると、最初の襲撃地点である「重要防護施設」に着く
「まさか再襲撃を?」「起死回生の一発、あの人ならやりますね」チラリ、と鉄帽を取り地面に座る二人を見る
「オレは何も知らない、と言うか死人だしな」阿比留1曹、と呼ばれた中年の隊員が言う「オレも…」と後藤士長「アビさん、どうせ聞いても答えないでしょ?」とは神野1曹だ
「無線機を」小隊長はそう言って神野1曹の背中にある無線機のマイクを手に取り、CPに状況報告をする
一人になる赤城士長に声をかけてきたのは…「よ、無事やったな〜」井上3曹だった「あ、どうも…」「どうやった?オレの狙撃は…まさに一撃必中!やろ?」と嬉しそう。お調子者のスナイパーというのはかなり危ない(黙ってたらいいのに…)と周りの誰もが思っている
「…では小隊を半数に分けて、追跡と防御に割り振ります」と神野1曹「誰を追跡に?」と小隊長「片桐2曹でいいでしょう。ギリさん、聞いてた?」傍らにいた片桐2曹に話を振る
対遊撃、もしくはゲリラ戦において大事なのは「敵を発見する」事だ。たとえあらゆる戦技を極めたような精強部隊の隊員であっても、正規軍の圧倒的火力の前には全くの無力と言っても良い
この場合、一度発見した敵を見失わないように追跡要員を出すのは妥当な判断と言える
「おう、じゃあウチの班は追跡に…」そう言って班員を集める「井上、具志堅と松浦を連れて前に出ろ。ポイントマンだ」「了解ッス、グシ!マツ!」二人を呼び寄せる
「グシは左、マツは右側に…おい、大丈夫か?」松浦士長の顔色がどうも良くない。ドーランの上からでも疲れが顔に出ているのがわかる
「動けへんのやったら代わってもらうか?」「いえ!大丈夫です」無理してる感じはするが(死ぬ事はないやろう…)と思い、そのまま南の方に向けて追跡を始めた
一方、こちらは中隊CP「中隊長、3小隊が敵を発見しました」無線機の前に座り報告するのは田浦3曹だ「どこだ?」「座標326…」地図にプロットする「2名を射殺、残りは5名、南側に逃走したようです」「マイクを貸してくれ」そう言って指示を出す中隊長
「敵はどうする気かねぇ」地図を見て考える先任「真田2尉の事ですから、おそらくここを再襲撃かと…」と田浦3曹「む、そりゃヤバいぞ。対戦も半数は捜索に出てるんだよな?」と顔を曇らせる先任「運幹も出てます、捜索の指揮に…」と田浦3曹も顔を曇らせる
無線機から指示を出していた中隊長がこちらに向き直る「中隊本部は全力を持ってCPの防御に当たる!武器を取れっ!」そう言って自らも腰の拳銃を抜く
「『保険』はどうされますか?」と田浦3曹が89式小銃を手に取りつつ聞く「当然『打合せの通り』だな。連絡を」「わかりました」そう言って野外電話機JTA-T1の受話器を取り呼び出し用の転把を回した
班の前方100mを前進する井上3曹以下3名。敵の兆候に注意し慎重に歩を進める(グシは…おるな。マツ…かろうじて着いてきてるか)横目で10mほど先の両サイドを歩く二人を確認する
起伏はあまり無い森の中だが、木の根っこなどが剥き出しになり歩くのには苦労する。前を見ながら足下を注意して歩くのは難しい…「ドサッ」っという音とともに右サイドの松浦士長が派手に転んだ。横目で確認する二人
(大丈夫かいな…)手信号で「その場に停止」の指示を具志堅士長に出して、体を右に向けた井上3曹。次の瞬間「ターン!」と軽い銃声が聞こえた。89式小銃の銃声だ
「おおっと〜!」慌ててその場に伏せる井上3曹。銃声のした方向を見るが、隠れているのか敵の姿は見えない
3人のうちバトラーを付けているのは井上3曹だけだ。補助官も付いてきてないので「誰々が撃たれた」という判定も受けなかった
身を伏せて松浦士長の元に駆けてきた井上3曹「マツ、無事か?」「はぁはぁ…ハイ、何とか…」息も絶え絶えといった様子(これ以上速くは動けへんな…)「マツ、お前はここで待っとけや」そう言い残して具志堅士長の方を向く
「グシ!…」力強くささやくように具志堅士長を呼び、手信号を繰り出す(左…50…回り込んで…射撃せよ)
(了解)親指を立ててカモシカのように素早く森の中を駆けていく具志堅士長、井上3曹は銃を前方に構える
しばしの沈黙、片桐2曹たちも銃声を警戒してまだ前には出てきていない。お互い動きもなく数分が過ぎた…と突然「パパパン!」と3発連続の射撃音が、左側から聞こえた。具志堅士長の射撃だ
木に隠れ前方を警戒する井上3曹。散発的な銃声に業を煮やしてか、ロシア軍の迷彩服を着た敵が動き始めるのを確認した
(さて…もうちょっと前に…きた!)照準眼鏡の十字を敵の頭に合わせ、じわりと引き金を絞り込んだ…手応えを感じた瞬間「バン!」という銃声と衝撃を感じた
「ピー」という発信音が聞こえる。照準眼鏡の向こうでは敵が天を仰ぎ鉄帽を取るのが見えた。命中したようだ
「…で、結局彼だけだったというわけか」ブスッとした顔をして座り込む情報小隊の陸士を前に片桐2曹は言った「そうです、足止めやったみたいですね」と答える井上3曹
結局、この一人のために10分近い時間を浪費した。味方の前線を越えて情報収集を行う情報小隊は、連隊でも一番の野外機動速度を誇る
「情報相手じゃもう追いつかんな」「そうですね…」残りは4人、あとは味方の防御網に賭けるしかない…
「小さな谷の川」の名の通り、小谷川は浅い谷の底に流れている。小谷川にかかる2つの橋には防御用の機関銃が据え付けられているため、真田2尉以下情報小隊仮設敵の面々は谷底に降りて川を越えるコースを選んだ
一番川幅が小さく崖もなだらかな地域を事前に偵察しており、もしもの時はそこを渡河すると最初から目星を付けていたのだ
崖を下り川岸にたどり着く。一人ずつ音を立てないように川を渡る…しんがりを努めるのは真田2尉だ(…後方は異常なし、前方は?)手信号で最初に渡った隊員に確認する
(異常なし)の合図を受け、手信号で全員に(前進)の指示を出す。その瞬間、谷の底に一瞬だけ突風が吹いた
その突風で川岸の土手になっている場所の落ち葉が吹き飛んだ。真田2尉がその場所に視線をやる、そこには大型の液晶テレビくらいのサイズの青い板状のモノがあった…
(あれは…!!)戦慄、次の瞬間「指向性散弾!」と真田2尉が叫ぶと同時に、崖の上から「爆破!」という声が聞こえ、同時に「ピピ〜ッ!」と審判の笛が谷底に鳴り響いた