夜間のスピードは昼に比べて格段に遅くなる。敵を捕捉できないまま時間だけが過ぎていく…だが敵には逃げ道もない。このまま追いつめたら勝てる!との確信が中隊の隊員たちの間に広がっていった
日が昇り始めてきた、森の端もあと少しである。目の前にある小高い丘を登り切ったら、あとは林縁まで下るだけ…つまり敵が最終的な陣地にする=敵のいる可能性が高い、という事だ
丘の下に到達した時、上方から「パーン!」という空砲の音が響いた。全員が条件反射のようにその場に伏せ、または木の陰や岩陰に隠れる
「前方200!敵発見!」誰かが叫ぶ「1、3小隊は援護、2小隊、前へ!」指揮を執る1小隊長が叫ぶ。号令にあわせ2個小隊が一気に銃弾を浴びせ、2小隊が一気に距離を積める。バトラーの発信音が敵方からも味方側からも聞こえる
「…こちらFO-1、支援射撃要請、座標送る…」各小隊に随伴している迫小隊のFOが無線で座標を送っている。迫の支援があれば剥き出しの敵陣は一気に壊滅する
小隊全員が迫の射撃を待つ、随伴していた補助官が偽煙火筒を準備する。時計を見る1小隊長「支援射撃10秒前…5,4,3,2,だんちゃ〜く…今!」偽煙火筒の破裂音が響く
「支援射撃終了5秒前…3,2,1、今!突撃〜!」3個小隊が一斉に丘を駆け上がる。赤城士長も何とか付いていく
丘に駆け上がると補助官が「状況、一時中止」と宣言した。敵の何人かが丘の上で鉄帽を脱いで座っている。バトラーが鳴っているところを見ると戦死扱いのようだ
審判の判定中、小隊は警戒を崩さない。若い隊員の何人かは(これで終わった〜)と楽観的に見ているが、ベテランの連中は顔を曇らせている(真田2尉と情報の連中がいない…)
審判の判定は下った。この丘にいた敵の大半は戦死、だが数名が後方に離脱…という扱いになった
「まだあるのかよ〜」と愚痴る声も聞こえるが、小隊は早速攻撃前進の準備に入った。と、そこに『03、こちらCP、送れ』CPから3小隊を呼び出す無線が入った
マイクを耳に当てる小隊長の顔が少し険しくなる「…了解、ふむ…」と考え込む。そして…「3小隊、現在地から離脱する!」命令を下す。全員「?」という顔になる
各班長が小隊長の元に集まる「…何事ですか?」「実は…」顔を寄せ合って話す。隊員たちは全周警戒中、その場にしゃがみ、掩体に身を寄せて体を休める
「ここの敵兵、少なかったと思わないか?」「確かに、1コ班しかいなかった感じですね」「まだ敵が潜んでると?」「だといいんだが…」「…見逃した?」その言葉に全員顔を見合わせる
「中隊長はそう判断したようだ、3小隊は残った敵の発見に全力を注ぐ。中隊本部要員が高機動車を持ってくるから、それに乗って捜索開始だ」小隊長が命令を下し、各班長は「了解」と頷く
鈴木曹長と高木2曹が高機動車に乗ってきた。道路上に出た3小隊と合流し「歩兵の森」のちょうど中央にやってきた
この地点がもっとも東西の幅が広く、見落としたとするなら一番敵の潜んでる可能性が高い地域である
森の中、車両を停めて全周警戒の態勢に入る。小隊長と小隊陸曹が地図をチェック、そして各班長を集め命令を下達する
「よし、前へ…」手を前に振り小隊は前進を開始する。車両には鈴木曹長に高木2曹、そして須藤1士と赤城士長が残っている。新隊員の2人は「バテてるだろう」という判断で外されたのだ
少し不本意な赤城士長、しかし実際かなりバテているので渋々ながら残留している「…」車の周りにしゃがんで警戒する。構えた銃がいつの間にか地面にめり込んでいる…いつの間にか寝込んでいたようだ
(ふぅ…)改めて銃を構え直す、全身に疲労感が広がっている(疲れた…まだ終わらないのかな?)もう時間は10時を回っている。「朝のウチには終わる」と誰かが言ってたような気がするが…
(時間があるなら…)と立ち上がり同じく警戒中の鈴木曹長に声をかける「あの…曹長ちょっと…行ってきてもいいですか?」いきなり言われて「?」という顔をする「あの…トイレです」あ〜なるほど、という顔をして「あんまり遠くに行かないようにね」と声をかける
とはいえやはり女の子、100m以上離れた森の中まで歩いてきて用を足す。ズボンを上げ銃を手に取った時、視界の隅に動くモノが見えたような気がして、あわてて顔をそっちに向ける
木々の間から見えたその方向には沼地が広がっており、その先100mくらいの所は5〜10mほどの崖になっている。その崖の上で何かが動いたような気がした(みんなに言うべきかな?)一瞬迷う。だが車両には4人しかいない、小隊が帰ってくるのもいつになるのか…(まぁいいや、きっと何もないよね)一人で確認に行く事にした
崖の横はなだらかな坂になっている、そこを登って崖の上にやってきた。崖の上はなだらかな丘になっている(何かあるかな…)とりあえず目の前の斜面を見る。枯れ草と土、木の根っこくらいしかない
辺りを見回しても何も無い、動物か何かだったのだろうか…(帰ろっかな)そう思って踵を返した赤城士長だったが、ふと目をやった足下に足跡があるのを発見した
(…?)しゃがみ込んで足跡を見る。太い模様は新型の戦闘靴だろうか?比較的最近のモノのように思える。辺りの枯れ草や落ち葉を足で払いのける、すると…(これは!)隠蔽された足跡が大量に出てきた
慌てて銃を持ち直し身を起こす。この周辺のどこかに敵がいる、それは間違いないようだ。心拍数が上がる、一人で来た事を後悔し始めている(大声出して呼ぼうか…でもその前に逃げられる…)
次の瞬間(!)丘の斜面側に気配を感じた。足を引いて銃を構える赤城士長、しかし…「わぁ!」引いた足を踏み外し崖に転落する…
転落寸前に左手で近くの木の枝を掴み、なんとか崖にぶら下がっている状態になった。しかし掴んでいる木は細く頼りない…(やばい!どうしよう…!)銃を放して両手で崖を上がるか、大声を出して助けを呼ぶか…
しかし銃を落とせば沼地にドボン、大声を出せば敵に逃げられる…訓練だからケガをするよりはマシなのだが、疲れているせいかそこまで考えが回らない。そう思っているウチに枝が折れはじめた
ズルズルと体が下がる(ど、どうしたら…)パニック状態に陥る赤城士長、下は沼地とはいえかなりの高さだ。足下から落ちても骨折くらいは免れないだろう(死ぬよりは…!)足から落ちる事を決意し身を固くしたその時…
「な〜にやってんだよ」と言う声とともに、左手ががっしりと捕まれて引き上げられる。目の前に現れた声の主は赤城士長の曹学同期、情報小隊の後藤士長だった。180を超える身長にプロ格闘家を目指してたという屈強な体の持ち主だ
軽々と赤城士長を崖の上まで引き上げる後藤士長、上下とも米軍の迷彩服を着て体と頭にはバトラーの受信センサーを付けている。敵ゲリラと味方を見分けるために服装を変えているのだ
「アリガト、喜一ちゃん」一応礼を言う赤城士長「危ねぇな、一人で何してるんだよ?」と後藤士長が聞く「え〜っと、それは…」と言いにくそう。敵に助けられたとなるとさすがにバツが悪い
すぐ後ろの斜面に人一人分くらいが入る穴が見える。ここに隠れて中隊の捜索をやり過ごしたのだ「ずっとここに隠れてたの?」そう聞きながら崖を背にして立ちあがる赤城士長「ゴメンね、隠れてたのに…」何故か謝ってしまう
「ん、いやぁ、まぁ気にすんなよ」と照れる後藤士長「だいたい作戦中に単独行動なんて…それが間違ってる!」と照れ隠しに怒ってみる。顔が赤くなってもドーランで隠されてるのが救いか…
「後藤…遊んでんなよ」斜面の中(穴?)から低い声が響く。まだ誰か隠れているようだ「あ、はい阿比留1曹」と返事を返す「取りあえずだ、赤城には捕虜に…」そこまで言った瞬間
「パン!」と沼地の反対側から響く銃声、低い音は64式の銃声だ。同時に後藤士長のバトラーが「ピーッ!」と大きな電子音を立てはじめた
「わっ!撃たれた!?」と叫ぶ後藤士長「後藤!」と叫び斜面の草を押しのけて誰かが出てきた、と次の瞬間「パン!」と銃声が響きまたもやバトラーの電子音が鳴り響く