まいにちWACわく!その65

行軍は無事終了した。朝日の中、フラフラになっているのは1小隊の小畑士長だ「ほら、オバ!あと少しだ、頑張れ!」と二人に脇を抱えられながらのゴールだった
「…」と複雑な顔の中隊長(いきなり脱落者か…)とかなりへこんでいる。中隊は一時状況を中止して、バトラー資材の受領に入る

すぅ…と息を吸い込み軽く息を吐く、銃を持つ腕に力を込め照門をのぞき込む、照星に的をあわせてゆっくりと、力を込めずに引き金を引く…カチン!と撃鉄が落ちる音、と同時に前方にある機械からブザーが鳴り響く

「もう少し右…3クリックくらいかな?」「りょ〜かい…こんなもんかな?」また銃を構え引き金を引く井上3曹。バトラーのレーザー発射機を調整しているのだ
「よし、OK」ブザーが鳴り調整を終えた井上3曹が立ち上がる。狙撃手なので小隊で一人だけ64式小銃(照準眼鏡付き)を持っている
身長170センチ弱の井上3曹が持つと、64式小銃は少し大きく見える
だいたいバトラーの装着は終わったようだ。レーザー発射機のみならず、レーザーが当たればブザーが鳴り響く受信機も装着している「これって重たいし面倒くさいんやな〜」と愚痴をこぼす
「テッパチのセンサーが体の受信機と繋がってるから、脱いでもポンと置かれへんし…センサーをふさぐからって偽装もできへんねんで?」動きにくさに珍しく愚痴をこぼす

バトラーの装着も終わり状況は再開された。中隊本部と対戦車小隊が陣地構築のために「防護施設」まで先発する。迫小隊も陣地まで向かった
小銃小隊は敵の襲撃まで待機している、この前の訓練と同じ流れだ。数名の警戒を出して銃を片手にゆっくり休む。木陰で木にもたれかかる者、高機動車の座席で警戒しつつ休む者…

3小隊の編成は小隊長に佐々木3尉、小隊陸曹に神野1曹、そして通信手に赤城士長だ
小野3曹以下数名が中隊本部に貸し出されている。何に使うかは不明だ

日も上がった10時頃、演習場に空砲の音が鳴り響いた「始まったか…みんな、起きろよ」と声をかける神野1曹。銃声とそれから擬煙火筒(破裂して迫撃砲の着弾を示す筒)の音もする
しばらくして銃声が止み、しばしの沈黙。そして…『各小隊、前進せよ』と無線機に入る岬2尉の声「よし、行くぞ〜!」気合いを入れて全員が高機動車に乗り込み、命令受領するために中隊本部のある「防護施設」に向かう



「防護施設」と言っても、そこは演習場にポツンとあるプレハブの倉庫でしかない。その横に建っている業務用天幕2号が中隊本部のようだ
同じ地域に衛生小隊の救護所もある。天幕をいくつか並べて救護所を設置し、赤十字の旗を掲げる

下車した小隊長たちが命令受領のためそこに向かう。その間、銃を敵方に向けて警戒する各小隊
しばらくして小隊長たちが帰ってくる。さっそく各班長を集めて指示を出す「…小隊は最左翼を前進、右から…」と細かい指示を出す
命令下達が終わり、車両を分散して停める。森の中などに入れて偽装網を広げる。道路の入り口にも木や草を立てかけて偽装する

各小隊はなだらかな20mほどの深さの渓谷「小谷川」の橋を渡り、敵が逃げ込んだとされる「歩兵の森」の前にやってきた。ここから各小隊は分散、横一列になって敵ゲリラを狩り出すのだ
「歩兵の森」は南北に長く東西に短い、真ん中が少しふくらんだ長方形をしている。起伏も少しあり、周りはすべて道路に囲まれている。そこから先は「行動不能地域」に指定されている
中隊は南側から北に向けて前進、敵を狩り出して殲滅する。各小隊に迫のFOが同行しており、敵を発見したならば直ちに支援射撃が要求できる
「かなり俺たちに有利だよな?」「あぁ…相手が真田2尉じゃなけりゃね…」そういう会話も聞こえてくる。確かに攻め手有利だが、敵は全員がバトラーを装備している。小隊長が狙われたらかなり苦境に立たされるだろう
「…と言う訳で、オレも小隊長のすぐ側に付くんやわ」と赤城士長に言うのは井上3曹「敵が集中的に狙うんは小隊長、オレはそれを見つけて逆に狙うんやな」「は〜なるほど…」と感心する赤城士長
「赤城も人ごとみたいに言うけど、通信手も狙われやすいんやから注意せぇよ」と忠告する



「前進開始しました」中隊本部の天幕の中、田浦3曹が中隊長に報告する。天幕の中には統裁官である連隊長やその他の幹部も詰めている。緊張感漂う中隊本部(早く逃げたい…)と内心思う田浦3曹であった
中隊本部は交代でCP(指揮所=中隊本部)の警戒に当たる。それ以外の人員は天幕の中で地図に状況を記入したり書類の記入を行う。川井2曹以下数名は食事の運搬やレトルト食のボイルを実施する
前線に出る小銃小隊の面々は各人携行で食事を持たせてあるため、温かい食事は期待できないだろう。かわいそうだが「メシが食えるだけマシ」と思うしかない

前進が始まってもう8時間になろうとしている。途中、休憩は食事を含めて2度しか取っていない。思ったよりも草が多く起伏もあり、捜索に手間取っているのだ
小隊の少し後ろを歩く小隊長、そのさらに後ろに赤城士長がいる。井上3曹は小隊長から10mほど左手を付いている。いつものふざけた顔とはうって変わって、ドーランが塗られた顔は真剣そのものだ。眼球も見えないような細い目がさらに細められる
(これは…けっこうしんどい…)小高い丘を登りつつ赤城士長は思う。行軍の時はそうでもなかったが、さすがに睡魔と足腰の疲労が来ているのがわかる。さほど重くない携帯無線機が肩に食い込むようだ
ヒザが笑っているのがわかる、銃を持つ腕も怠い、テッパチの重さが頭と首を容赦なく痛めつける。顔に塗られたドーランが気持ち悪い上に、皮膚呼吸がしにくいため苦しくなる
足元ばかりを見ていたため、前を歩く小隊長にぶつかってしまった
「ぉ!」ビックリしたように呟き後ろを見る小隊長「あ…すみま…」謝ろうとしたのを手で制する。そして口元に人差し指を当てる。索敵中は私語厳禁、これもまた疲れがたまる要素の一つである
丘の頂上まで来たようだ、部隊は嶺線上から銃を構える。赤城士長も後方を向き、立ち木にもたれかかりながら銃を構え後方を警戒する
神野1曹が嶺線の向こう側に頭をだして警戒する。そして一通り見終わった後、手信号で(異常なし)と報告する
日もだいぶ落ちてきた。夜間の警戒は低所に位置する方が有利なので、この丘を降りたところに警戒線を設定して中隊は停止する事になった
丘の下に到着、警戒員を前方に配置してピアノ線を使った罠を仕掛ける。ローテーションを決めて残りの者は休憩だ。とは言え銃は手放せない
森の木々の隙間から星空が見える、田舎の演習場は星がきれいだ。無線機をおろし枯れ草の上に寝る赤城士長。心身共にかなり疲労しているのがわかる
(…これはきつい…みんな平気なのかな?)そこらに人の気配はするが、話し声は聞こえない。実際、赤城士長の同期達はほとんどみんな同じような状態なのだが、彼女にはそれがわからなかった
(私は体力無いのかなぁ…)一人落ち込みつつあっという間に熟睡していった…



同じ頃、中隊本部の天幕では…「中隊長、寝ないんですか?」無線機の前に張り付いている田浦3曹が聞く。CPを視察していた連隊長以下の幹部連中はほとんど廠舎に帰り仮眠を取っている。表のパジェロの中で仮眠しているのは副連隊長だ

「さすがに寝る気にはならんな…」う〜んと唸りながら言う。天幕の近く、衛生小隊の救護所からはいろいろ声が聞こえてくる
「向こうは騒がしいな」「衛生は『大量傷病者の受け入れ』をしているそうで…」数多くの負傷者を選別し有効な治療を行う訓練だ。各中隊から患者要員が参加している
「こっちは静かなもんだな」「夜間は向こうもなかなか動けないでしょう…さて、警戒の交代してきます」そう言って田浦3曹は席を立った

天幕を出て空を見上げる。演習場の空は満天の星空だ、田舎なので空がキレイなのだ。空を見上げ一瞬だけ感動する田浦3曹…
が次の瞬間(晴れてるから放射冷却で冷え込むかも…明かりはあるから安心だな)頭を状況中に切り換え冷静に状況を分析する

……夢も見ないで熟睡する赤城士長、むしろ気を失っている状態に近い。時間は午前2時、中隊が止まってから4時間が経過した頃…「ピーッ!」と警戒用の痴漢防止ブザーが鳴り響いた
「敵襲!」誰かの叫びに全隊員が目を覚ます。陸曹やベテラン陸士の動きは素早かった、装備を付けつつ警戒線に張り付き銃を構える
「赤城、まだか?」小隊長の声だ「は、はい!」慌てて声のする方に向かう「ギャッ!」木の根に足をかけてすっころんだ
「赤城、無線機を!」今度は神野1曹の声だ。体を起こしやっと二人の元にたどり着いた。小隊長がマイクをひったくるように奪う
「CP、こちら03。敵と接触、現在地…」無線でCPに状況を送る
敵の姿は確認できていない。斥候を数名送ってきただけなのか、それとも敵の主力が近いのか…それともワナか?判断の難しいところである
『01、02、03、こちらCP。直ちに攻撃前進に移れ』CPからの指示は「前進せよ」だった。ワナではないと判断したようだ
「了解」短く返信を出す。各小隊は罠線を撤収し前進体制に入った



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