まいにちWACわく!その64

個人のテンションに関係なく演習は始まる。まずは受閲部隊の準備を見る「隊容検査」だ。宿営地の空き地に整列する
「ただいまより隊容検査を実施します。各補助官は配置について下さい」3科運幹が司会を務め検査が始まった
補助官が中隊の周りにやってくる。彼らは検閲中に部隊の行動をチェックし、交戦などの際に効果の判定(審判)なども行う。基本的に他中隊の幹部だ
まずは各人の背のうの中身をチェックする「…3列目、背のうの中身を出すように」ランダムに選んだ隊員をチェックする
「着替え…タオル…戦闘服…」各人の中身をチェック「防水処置が甘いね。あとで処置しておきなさい」背のうの中身をビニール袋に入れてなかった隊員がチェックを受ける
各車両の点検、故障の有無や工具そして偽装などを確認する
続いて時刻規制、3科の通信幹部が前に出てくる「時刻規制を実施します。時間は1334に実施」全隊員が腕時計を操作する。あちこちで「ピッ」という音が聞こえる
「30秒前…20秒前…」カウントダウンが聞こえる「5秒前…3,2,1,今!」いっせいに「ピッ」という音が聞こえる「13時34分2,3,4…時刻規制を終わります」

検査が終わり統裁官(連隊長)の訓辞だ「統裁官登壇、部隊気をつけ」統裁官が台に上がる。そして…司会が叫んだ「特別状況、ガス!」
全隊員が鉄帽を脱ぎ腰に付けた防護マスクを取り出す。下あごからマスクを装着し気密点検を終わらせる。この間7秒…数名がもたついたがほぼ全員が時間内に終わらせた
「ガス無し!」同様に司会が叫びまず運幹の岬2尉がマスクを外す。その後全員がマスクを外し袋に入れる
隊容検査に付き物の「装面動作」だ。これが原因で隊容検査のやり直しを命ぜられる事もある。ある事はみんな知っているので、鉄帽のヒモをゆるめたり眼鏡の隊員は眼鏡をあらかじめ外すなどの準備もしている



改めて統裁官の訓辞だ「訓辞…本日より3日間、第1中隊と衛生小隊の検閲を実施する。休ませ…」「休め!」中隊長の号令で直立不動の姿勢を解く
「…対遊撃は今後の自衛隊において主要な訓練となる事は想像に難くない。そこで統裁官として2つ要望する」要望事項は検閲の評価に繋がる大事な部分である
「1つ、常に部隊行動を心がける事。少数精鋭の敵ゲリラに対して優位を保つには、常に敵より多くの部隊で…」うなずきつつメモを取る運幹
「2つ、事故防止。戦力の低下は敵を優位に立たせる原因ともなる…」毎度おなじみの「事故防止」だ。過剰なまでに「事故」を気にするのは自衛隊が左翼陣営から集中砲火を浴びていた頃の名残なのだ

「統裁官に敬礼…かしら〜なか!」訓辞が終わり中隊全員が天幕の位置に帰る。車両も駐車位置まで戻す。行軍の開始までまだ数時間ある
背のうの荷物を積み直す(こっそり中身を抜く)者などもいるが、ほとんどの隊員はゆっくり休んでいる。7月の強烈な日差しが天幕を容赦なく焼く
「…暑い!」ガバッと野外ベッドから身を起こした田浦3曹。行軍開始まで間があるのでゆっくり休もう…と思い横になっていたのだが、あまりの暑さに天幕の外の日陰部分に逃げてきた
折りたたみ式の椅子に座って空を見上げる(天気はしばらく心配はなさそうだな…)ボ〜っと空を見上げる視界の中を人影がよぎる。首を倒してみると、そこには赤城士長がいた
「よう、休まないのか?」声をかける「なんか暑くって…」と手で顔を扇いでみせる。強い日差しが気になるのか、帽子を目深に被って袖も長いままにしている
「袖まくりはしないのか?」「えぇ、日焼けが…」男勝りでもそういう点は女の子っぽい「長袖のままだと暑いだろ?あきらめたら?」「…う〜ん」と悩んだような顔をする
今月に入ってからこの子は妙に元気がない。何か声をかけようか…と思う田浦3曹だが、男社会で暮らしてきたからか、こういう時にかける言葉が思い浮かばない
結局「ケガしないようにな」と当たり障りのない言葉をかける「はい」と返事をして赤城士長は立ち去っていった…



いよいよ行軍が始まった。演習場を少し歩いて外に出る、それから演習場周辺の田舎道を歩きまた演習場に戻ってくるコースだ。距離は35km、行程は10行程、大休止が1回ありその時に夜食が配られる
7月はもっとも夜が短い季節、夕方7時を回っても夕日がさんさんと輝いている。1行程が終わり演習場の外へと向かう中隊一行「…」無言で歩く武装集団は端から見るとかなり不気味だ
田舎道とはいえ車の通りもそれなりにあり、車道にはみ出さないように隊列は一列を維持する。すれ違う車から投げかけられる好奇の目も慣れてしまえば気にならない。むしろすれ違う車の中を見て…(お、かわいい子が乗ってたな〜)と余裕さえ感じさせる隊員もいる

岬2尉が手を挙げて全隊員を停める「現在地で休憩、後方から異常の有無を逓伝せよ」最後尾を歩くのは中隊本部、先任から「異常なし」の連絡が回ってくる
一番前は中隊長、運幹の岬2尉、そして田浦3曹だ「異常なし、了解…2小隊から2名、前方警戒に。後の者は休憩」中隊に指示が伝えられる
銃を整頓して足下に置き、同じく背のうと防護マスクを整頓して置く。あとはどれだけ短時間にリラックスできるかが勝負だ

一番若い1士連中も最近は慣れてきたようで、靴ひもをゆるめ戦闘服のボタンを外す。そしてリラックスした姿勢をとり、スポーツドリンクやチョコレート、キャラメルなどを軽く口に含む
日は落ちてだんだんと空が暗くなってくる。月は夜半に出るらしく、しばらくは暗い状態が続く。田舎道は街灯の数も少ない
「出発3分前」靴ひもを締め直し装具を点検、背のうを背負い銃を担いで「異常なし」の報告を前に伝える。全員の異常無しを確認して中隊長がまた歩き始めた。その後を中隊の全員が無言で付いていく
暑さと暗闇は容赦なく体力を奪っていく。特に今日は蒸し暑い気がする…(この暑さは異常だな)と中隊長の背中を身ながら田浦3曹は思う(脱落者が出なけりゃいいが…)

田浦3曹の心配通り、夜半に入り1人の脱落者が出た。1小隊の遠戸2曹だ
衛生の救護員が中隊長の下にやってきて「熱中症ですね。これ以上は危険です」と進言していく。事実上のドクターストップだ
「…仕方ない、後送してもらうか」中隊長が肩を落とす、検閲で脱落者を出すと後々の評価に響く。しかし、脱落者はこれだけではなかった

大休止地点は村役場前の駐車場、ここでおにぎりが各人に一つずつ配られていく。背のうにもたれかかり中隊長と岬2尉が何やら小声で話をしている
そこにやってきたのは衛生の救護員だ「中隊長、ちょっと調子の悪い者が…」えっ?と言う顔をする中隊長「…また?」
迫小隊の2名が足首のねんざと脱水症状で同じくドクターストップ。これで脱落者は3名となった「…何て事だ…」落胆の色を隠せない中隊長「危なそうなヤツはいるか?各小隊でチェックしてくれ」すかさず指示を出す岬2尉
「危なそうなヤツの荷物を余裕があるヤツに持たせてくれ」訓練にはならないが仕方ない。各小隊が危険な隊員をチェックして荷物の積み替えを実施させる

7月の夜は短い、朝の4時くらいになると空も白み始めてきている。暗い闇の中を歩く事を考えれば体力の消耗も少ない
(あと少し…)(あとちょっと…)心の中でそう呟きながら最後の道のりを歩く。ただこれからが本番なのだ



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