まいにちWACわく!その63

「中隊長に敬礼…かしら〜なかっ!」朝日を受けて中隊隊員が中隊長に頭を向ける。中隊長も挙手の敬礼で返す。月曜朝の5時45分、いよいよ演習場に向かう日だ
武器は銃架・銃箱ごと車両に積載している。全員戦闘服に装具の格好だ
「いよいよ中隊検閲である。全員、今までの訓練通り行動すれば問題ない。まずは事故に気を付けて演習場に向かう」中隊長の一言が終わり、いよいよ演習に出発する
出発までの数分、トイレに行く者や自販機に向かう者、ドライバーは車両の点検や暖機に余念がない。7月の太陽が快晴の空に昇る、今日も暑くなりそうだ…

高速や国道、田舎道を経て演習場に到着した。廠舎横の宿営地にさっそく宿営準備をする「オーライ〜オーライ…」「よし、まずは幕体からおろせ〜」あちこちで声が響く。宿営準備が早く終われば、それだけ自由時間が増える。それがわかってるのかみんなキビキビと動く
若手3曹や古手士長が、1士連中に天幕張りを指導する「杭はもっと角度を浅く…」「待て待て、天幕の前の面は、隣とそろえるんだぞ」どこでも「直角・水平・一直線」にこだわる自衛隊である
さっさと天幕を建てた時点で昼食となる。戦闘糧食2型の封を切り、各人はそれぞれの場所で食事を始める

「中隊長、どうぞ」中隊本部の2号天幕、野外用の食器に戦闘糧食2型(レトルト)の山菜ご飯やおかずを並べて中隊長に差し出す田浦3曹。給与付き兼中隊長伝令・ドライバーであった田中士長の後任は鈴木士長が上番する事となった
だが時期が時期であり3小隊も「人手が足りん」という事で、今回の検閲までは田浦3曹が伝令役を務める事となる「ん、ありがとう」ペットボトルのお茶を片手に食器を受け取る中隊長
中隊本部の面々も今回はほぼフル参加だ。人事の倉田曹長は人事異動の時期も近く多忙であり、当直幹部として駐屯地に残っている

「中隊長、昼から早く宿営準備をさせて、1500には課業を終了させようと思うのですが…」岬2尉が中隊本部の天幕にやってきた「それまでに終わりそうか?」「可能です」「ならそうしよう。明日のためにも英気を養わないとな」
終礼が早くなるとわかれば隊員たちの行動も早くなる。発電機の設置からコード延長、各天幕に照明を設置し野外ベッドを組み立てて配置する。若手陸曹と1士たちの天幕には武器が納められた
そして…1440「少し早いが終礼とする。各人は明日に備えて準備をし、ゆっくり休むように!」「中隊長に敬礼!」「かしら〜なかっ!」



さっそく半長靴を脱ぎジャージに着替える隊員たち。検閲前でも何人かは演習場を軽く駆け足している「…ようやるわ〜」とあきれ顔なのは井上3曹だ「まぁ走らないと体に悪い人もいるらしいですよ」と鈴木士長だ
「お〜い、暇人ども。廠舎まで行ってジュース飲もうぜ」と声をかけたのは片桐2曹、さっそく中隊の暇人たちが集まる「私たちも行きます〜」と駆けてきたのは赤城士長に衛生のWAC2名だ
WACは数が少ないため、中隊の編成を崩して天幕の割り振りを行う。風呂なども近くの駐屯地(場合によっては廠舎の風呂)にまとまって入りに行く

廠舎に泊まっているのは連隊本部や各支援要員、そして仮設敵要員だ。なぜ中隊が廠舎に泊まれないかというと…「お、自走架橋」「FH-70がこんなに…」施設や特科が訓練で演習場に来ているのだ
ただでさえ廠舎は狭いので、長期にわたり(といっても10日くらいだが)訓練する部隊が優先的に宿泊する権利がある
廠舎のジュース自販機前でたむろする隊員たちに「よう!元気してっか?」と明るく声をかけてくるのは情報小隊長の真田2尉だ
爽やかな顔は防大時代に何人もの女を泣かせてきたと噂される「今回は真田2尉が敵ですか…」と佐々木3尉が言う。当然ながら防大の先輩後輩だ
「手加減してくれへんのですか〜?」と井上3曹「しねぇよ、最後だから思いっきりやるぜ!」真田2尉の後ろには情報小隊の面々がそろっている。常に連隊の最前線を行く彼らは、なかなか手強い敵になりそうだ
その中の一人、後藤士長が赤城士長と話している「喜一ちゃん、今回は何するの?」「オレも敵役、赤城を見つけたら襲うぜ!覚悟しとけよ」二人は曹学の同期で仲がいい
「おい、後藤!いつまでもラブラブトークしてんじゃねぇ!」情報小隊の先輩に冷やかされて、少し顔を赤らめる後藤士長だった



「じゃ、買い出し行ってきま〜す」高機動車に何人か乗り込む。今晩の飲み会と明日からの演習に備えて近くのコンビニに向かう
さっそくあちこちの天幕で宴会準備が始まっている。こんな日くらいは飲まなくても…と田浦3曹は思う。中隊本部の天幕でも酒を飲む人がけっこういる「飲まんか?田浦」と中隊長
「明日からの事もありますので…」丁重に断る「そうか、オレは飲まんとよく寝られないんでな〜」発泡酒を飲みながら晩飯の余りである鮭の切り身を口にする

天幕に置いてあるラジオからは、地元のローカルFM局の放送が流れている「いよいよだな」と中隊長が呟く「いろいろ気になる事が多いよ…赤城とか小畑とかなぁ」酒が入ると少し弱気になる中隊長だ
「赤城は大丈夫ですよ。本人もやる気ですし…何より3小隊は強者揃いですから、うまくフォローすると思いますよ」と酒飲みに付き合っている先任が言う「フォローされるような状況じゃダメだな…中隊の戦力になって欲しいよ」と中隊長
「田浦、赤城の様子はどうだった?」と先任が話を振る。読んでいた文庫本を閉じて田浦3曹が身を起こす「最近少しテンションが低いようでしたが…」
「なんで?田浦が何か言ったのか?」中隊長が聞く「え〜?自分が原因では無いですよ〜何か仕事に疑問が云々と…」トン、と缶を野外机の上に置く中隊長「仕事に疑問ねぇ…真面目な子ほど考え込むからな」
「そういや田浦もだったな。けっこう凹んでたじゃないか〜?」と先任「え?まぁ…昔の話です」と照れたように言う「ま〜この仕事を続けていたら、テンションの下がる時もあるわな。時間が解決してくれるだろう…」先任も少し酔っぱらってきたようだ
ラジオからは最近のヒット曲が流れ、外からは宴会で騒ぐ声も聞こえる「かなり飲んでるな…大丈夫か?どこだ?」「衛生小隊らしいですよ」「衛生が『患者』になったらシャレにならんな〜」演習場の夜はこうして更けていく…



翌朝、何人かが二日酔いの青い顔をしている「中隊長に敬礼…かしら〜なかっ!」朝6時に起床し、そのまま朝礼する。朝食を食べたら午前中は検閲準備だ
高機動車と各小隊長用のジープは幌を外して偽装網を取り付け、中隊本部のジープにはキャリバ50を取り付ける。高機動車にも銃架を取り付け、上から偽装網をかける 「偽装網は表裏を間違えるなよ!」「どっちが春夏用ですか?」「こっち、この偽装を取り付けているヒモが上に来てる方が秋冬用で…」
「この竹はどこにつけるんですか?」「高機動車のフレームに取り付けて、MINIMIをここから出せるようにするんだ」
「ミラー類や照明のガラス等は全部塞いで遮光するんだ」「無線機の防水を…ビニールをかぶせて…」あっちこっちで騒々しく進む検閲準備。車両の準備が終わったら今度は武器の準備だ。脱落防止のテープを貼り、迫撃砲などを積載する
「各小隊2名、食事の受領に来い」川井2曹がジープで戦闘糧食を受領してきた「白飯が一人6つ、赤飯が…」チョコレートやペットボトルのスポーツドリンクもある「こっちは増加食!持っていけ〜」

7月の太陽は朝から強烈に暑い。この3日間は晴れらしいが、山の天気はあてにならない。各小隊長が中隊本部に集まってきた
「…と言うわけで、特に変更事項等はありません。無線の周波数は…」最終的な打合せをしている「それから演習場管理班から…『残飯は熊が漁りに来るので埋めないように』との事です。これは徹底を願います」と岬2尉が締めくくる

11時には演習準備も終わり、昼からの隊容検査まで個人の準備となった「え〜っと…重たい方が上でよかったんだっけ?」中森1士が聞く「そうそう、中身が動かないように…」と赤城士長
曹学で入った赤城士長は、衛生の二人に比べてこういう知識が豊富である
「よっと…」新型の背のうは縦に大きい。小さい橘1士が持つとさらに大きく感じる「は〜行軍は苦手…」とため息をつく。体格が小さくても装備品の重さはそうそう変わらない、小さい橘1士はこの点が不利なのだ
「だいたい車があるのになんで行軍なんかするのよね〜?」と中森1士「そうそう、車の意味がないじゃない?」と橘1士も同意だ「…」何も言わないが、さすがに赤城士長も疑問はあるようだ
どうも最近、気分が乗らないのがよくわかる。自衛隊の仕事やその他、いろいろな事に疑問を持ってしまう。今回の演習も、行軍する意味がよくわからない
(いったい何の意味があるんだろう…)しんどいから嫌がってるわけではないが、テンションが下がっているのがよくわかる
そうは言っても検閲は検閲、弾帯に弾納や水筒を取り付け金具の穴にヒモを通す。これが脱落防止になるのだ(でも、最初から落ちないような装備にしたらいいのに…そもそも一つ落としただけで訓練がストップするなんておかしな話…)こういった疑問を持つたびにテンションが下がっていく…



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