まいにちWACわく!本編 6月も末、新隊員の前期教育終了式が行われている。連隊で教育を受けた隊員たちも、約半数は他部隊に巣立っていく
一人一人が配属先の部隊名とともに紹介されていく。何人かは北海道に、そして何人かは飛行隊や会計隊といった特殊な職種に就く。そして…
「…第1空挺団、2等陸士、山下次郎、同じく加藤大介、同じく…」必ず何人かいる空挺志願者、列席する連隊の隊員から(ほぅ〜)と感嘆のため息が漏れる
式が終わり新隊員たちが助教や同期、家族との記念撮影をしている中、連隊の隊員たちはさっさと持ち場に帰っていく。毎年やってる事なので特に珍しくはない
後期教育から連隊に入る隊員(補士やWACなど)が入ってくるのは月末の30日だ
そうして迎えた6月30日。1/四半期の期末であり、新隊員教育の節目の一つでもある。が、何より大きいのは…
「うわ、相変わらず凄い行列!」と驚く赤城士長。厚生センター前の銀行ATMには何人もの隊員が並んでいる「今日はボーナスだからね」と鈴木士長。厚生センターの前には様々な出店が並んでいる
「ボーナスだしもうすぐ演習もあるからね。必要な物を買っておかないと…」そう言って演習物品などを売る店に目をやる「赤城も何かいるんじゃないか?」「何がいりますか?」
店の前に来た二人「そうだなぁ…まずは私物の戦闘服は?」そう言ってハンガーにつるされた戦闘服を見やる「何か種類があるんですね」
「コレが普通の戦闘服、この分厚いのは冬用、薄手のは麻でできた防暑用、さらにノーアイロン、薄手の夏物…」「多いですねぇ…やっぱり私物の戦闘服っていりますか?」
「人によるかな?洗濯の手間もあるし、警衛用や行事用とかで具合のいいのは残す必要があるからね」値段は一万円前後、取りあえず保留…と考える赤城士長だった
「半長靴の私物…」普通の半長靴と戦闘靴、そして内側にゴアテックスが張られている半長靴がある「普通に考えたらいらないな〜オレは一つ予備持ってるけどね。レンジャーで使ったヤツだけど」
「私物弾帯…」官品と同じ弾帯と、米軍使用らしき色違い(留め具も違う)がある「行事用に一つきれいなのがいるな、状況で私物を使う人も多いよ。官品は留め具が割れやすいから…」
そう言って横に置いてあった帯状の物を手にする「むしろ赤城はこれがいるんじゃないか?」手にしたのは弾帯の内側に装着するクッションだ「腰回りが細いと、必要な装具を付けられないぞ」
「弾納に水筒、装具類は?」「無くすのがイヤなら私物かな?ただ脱落防止をすればそうそうは落ちないけどね」
「ゴアテックス製品…」並んでいるのはゴアの雨衣、靴下、手袋など「雨衣と靴下はあったら便利、官品の雨衣は信用がちょっとね」
「速乾性の迷彩シャツ」スポーツ選手が使うような軽くて薄いシャツ、汗がすぐに乾くので重宝する「これは必要だな。駆け足でも使えるよ」
「L型懐中電灯…」最近はLED(発光ダイオード)式の懐中電灯も多い「何にせよ懐中電灯は絶対にいるよ。L型はフィルターがあるから便利なんだよ」状況中は明るい光が使えない、そのために青や赤のフィルターが必要なのだ
「十徳ナイフ?工具類か〜」「コレはシャバで買った方が安いかもな、あと寝袋とかもそうだ。外のアウトドアショップの方がいい物を安く売ってるぞ」
「双眼鏡に暗視眼鏡…」かなり高価な物も売られている「絶対いらん」
手持ちのない赤城士長は取りあえず商品を見るだけ、いくつか目星を付けて後で買いに来る事にした。その足で他の店も見て回る「いろいろ来てますね〜」「まぁ給料にボーナス、保険の配当と今が一番懐が暖かい時期だからな」
スポーツ用品店には各種の靴やジャージがそろっている「『オリジナルTシャツ作ります』…?」店先にあるチラシに書かれてある「教育や部隊ごとにオリジナルのTシャツを作る事があるからね。オレも作ったよ〜レンジャーのヤツね」
銃剣道用品店に並んでいるのは木銃、防具、胴衣、手ぬぐいなど…自衛隊がある限り需要がある銃剣道用品なのである
服やサングラスなどを売る店も来ている、基本的に男物ばかりなので赤城士長は興味ないようだ
次から次へといろいろな店がある、何度か見た事はあるがここまでたくさんの店が来るのは初めてだ。物珍しく見回っている赤城士長の前にチラシが差し出される(んっ?)と思わず取ろうとする
そこに割り込んできたのは鈴木士長だ「おっと…失礼」そういって赤城士長の袖を掴んで直営売店の中に引っ張り込む「どうしたんですか?」ビックリしたように目を丸くする赤城士長
「あの店は要注意だ…」そう言って目をその店に向ける。机にくくりつけられたのぼりには「…高周波電磁治療器…」と書かれており、前を歩く隊員にチラシを配っている
そしてチラシを取った隊員を強引に机に座らせようとしているのだ「あの店はね…ちょっと問題ありでね」
「問題?」「ほら、見てたらわかるよ」若い1等陸士が半ば強引に机に座らせられている。ただでさえ短い昼の休み、早く立ち去りたい1士を前にずっと長口上を切り出している
「前にオレも巻き込まれたけど、賞品の値段が半端じゃないんだよね」「いくらくらいなんですか?」「安いので20万…」「高っ!」
販売員は口がうまい。おそらく「1日当たり○円で〜」や「このままのきつい訓練だと体が〜」もしくは「将来、体壊すよ〜」などという口上を述べているのだろう
「半分詐欺みたいなものだね」「そんな店がなんで駐屯地内で商売を?」「厚生科長か業務隊長当たりが貰ってるんじゃない?」そう言って親指と人差し指で輪っかを作り胸の前に持ってくる
「賄賂…?」「人聞き悪いけどよくある話さ、前にもこんな話が…」鈴木士長が昔話を始める
数年前、駐屯地にやってきたのはオーディオ機器の販売員だった。本来なら相手にする必要もないのだが、その販売員が数年前に退官した方面総監の名前を持ちだした事から話がややこしくなった
「現方面総監からも紹介を受けまして…」と連隊本部に掛け合い、各中隊にセールスをする許可を得たのだ
連隊本部のお墨付きを受けたセールスマンたちは各中隊に半ば脅しをかけた販売を行い、各中隊ごと課業中に全隊員を集め「教育」の名目でセールスをしたのだ
数十万する高価なセットだけに買う人間も少なかったが、それでも何人かはローンを組んでそのオーディオ機器を買ったのだ
「ウチの中隊は誰も買わなかったんだが、そのセールスマンたちは『他の中隊に比べてダメですね。これは報告しないと』と当時の中隊長に脅しをかけたのさ」「それは…」言葉を失う赤城士長
「ま〜中隊長もよく我慢したよ、結局脅しの結果は無かったけどね」「元総監の紹介ってのは本当だったのですか?」「それが本当だった…てのがこの話のオチなのさ」
がっくりと肩を落とす赤城士長「そんな話もあるんですね…」「そんな商売させておいてあんな事言うんだからね〜」目線の先には「金銭事故防止」のポスターが貼ってあった…
先ほどの1士はまだ販売員に捕まってる「ま〜自衛隊なんて言っても役所だからね。何年か前には調達がらみで汚職もあったし…」そう言って販売員の方に向かう鈴木士長「助けてやるか」
椅子に座って洗脳寸前の1士に声をかける「おい!何してるんだ、行くぞ!」まったく顔を知らない相手に声をかけられた1士はキョトンとしている、が察したのか次の瞬間「はい!」と返事をして席を立つ「あ〜あの…」販売員の制止を振り切り厚生センターから離れる
「助かりました…」「気を付けろよ、同期にも教えてやれ」「はい」そう言って助け出した1士は中隊に帰っていった
「やれやれ、苦労するね〜」そう言って笑う鈴木士長「親切ですね」と笑う赤城士長。だが内心にさざ波が立つのを実感していた…