まいにちWACわく!その57

スタート前でいろいろ勤務に就いているのは連隊本部要員と各中隊から差し出されたドクターストップのかかった隊員達だ
連隊本部要員は交代で走るが、ドクターストップ組は走らない(走れない)ので、一日中勤務に就いている「頑張れよ〜!」と声をかけてくるのはかなり腹の出ている山岸1曹だ
連隊の援護室(隊員の再就職支援や資格試験の案内などを担当)に臨時勤務の形で出されている山岸1曹は、不摂生がたたって高血圧で一度倒れた事もあるのだ
みんな「山さんか…」という顔をする。決して悪い人ではないのだが、普通科で太っている隊員はあまり尊敬されない(特に若い隊員から)のも事実だ。健康管理も自己責任というわけだ
「山根がAグループで3着に入ったぞ〜みんなも頑張りなよ」空気を全く無視して呑気な声をかける

「スタート1分前!」呼び出しを受け隊員達がスタートラインに並ぶ。上着を脱いだりヒザ屈伸をしたり、太股をペチペチと叩くなど落ち着きがない「若い連中は前に出とけよ〜」などと古手陸曹が言う
「30秒前!」少し前に詰める。まだまだ騒がしい
「10秒前!」あちこちでピッ!と腕時計を操作する音が聞こえる
「5秒前!」急に静かになる「3,2,1…」パーン!と鉄砲が鳴った


「は〜は〜…げぇっ!」ゴールになだれ込む隊員たち。スタートから19分が経過し、そろそろゴールする隊員が増えてきた
我が中隊もゴールしてきた隊員がいる「は〜…は〜…」赤城士長だ「ほら、止まらずに歩くんだよ」と声をかけるのは持続走錬成隊所属の山根士長だ
ゴールした時に貰ったのは薄いプラスチック製の板だ。順位の数字が書き込まれており、その板に名前を書き込んで提出するのだ
3科や各中隊はレシートのような紙に記録が打ち込まれるストップウォッチを持っており、それを使用して各隊員の記録を出すのだ

「ふ〜は〜…」ヒザに手をつき肩で息をしているのは田浦3曹だ「タイムは…」自分の腕時計(大枚をはたいて買ったG-SHOCK)を見る「21分10秒…落ちた」ガクーと肩を落とす田浦3曹だった
さらに遅れて小野3曹、そして続々と入ってくる隊員たち、最後の隊員と衛生小隊の救護員が自転車で入ってくる

「は〜終わった終わった、今日の仕事はコレで終わり!」意気揚々と営内に引き上げる小野3曹「応援もしてあげて下さいね」まだ仕事が残っている田浦3曹はそう呟いて事務所に戻った


午後…着々と競技は進んでいく「そろそろアップしてくるわ」昼下がりに先任が席を立った「お、いよいよですか〜?」と嬉しそうな田浦3曹
「あぁ…先に終わらせた方が気が楽で良いよなぁ」チラッと田浦3曹を見てため息をつく「先にやったらその日一日仕事にならないんじゃないの〜?」と茶々を入れる鈴木曹長
事務所の前では中隊長以下幹部連中がそろっている「さ、行きましょ〜先任!」一人元気な佐々木3尉。Gグループは統制してアップするのだ

唯一20代の佐々木3尉は元気満々、30代のI幹である井坂2尉は少し元気がない。普通科中隊の小隊長は基本的に20〜30代が多く、まだまだ体が動く年代だ
面子にかけてみっともない走りができないのは中隊長だ「ふ〜佐々木、もう少しペースアップするか?」アップ走で先頭を走る佐々木3尉に声をかける「あんまり本番前に無茶はオススメしませんよ」と冷静に答える
中隊長はユニクロの速乾性Tシャツ(娘さんからのプレゼントらしい)にピチピチのランニング用スパッツ、靴はナイキと格好だけは若々しい
かたや佐々木3尉は「N,D,A(防大)#4X」と書かれたTシャツに太股丸出しのランニング用パンツ、オークリーのサングラスをかけているが今日の天気ではいらないだろう


ピンポンパンポン…「ただいまから連隊持続走大会最終グループが出走します。多数の応援をよろしくお願いします」駐屯地一斉放送を聞きぞろぞろとギャラリーが集まってくる
「みんな暇人だなぁ…」コースの途中、本部隊舎の舎後に中隊ののぼりを持って出てきた田浦3曹がつぶやく
周りを見れば連隊の隊員だけでなく…基地通信隊の隊員、共済組合の事務官、ボイラー技官(風呂はどうした?)、会計隊員(ボーナス近いのに…)、警務隊の派遣隊長まで…「みんな意外と暇人なわけやな〜」と後ろから声をかけてくるのは井上3曹だ
「そういうお前だって…どうせ今までサボって寝てたんだろ?」井上3曹はCグループだった「人聞き悪いなぁ〜ちゃんと応援しとったで。心の中で…」「ダメじゃん!」「ええ突っ込みやなぁ、仕込んだ甲斐があったわ」そう言ってごまかす井上3曹だった

ざわざわと群衆がうごめくスタート地点、ちょっと太り気味の連隊長はお世辞にも速くなさそうだ。その反面、副連隊長は鍛え抜かれた体躯をしている
アンパンマンのような丸々した顔の連隊長と、浅く日に焼け狼のように精悍な顔(ただし白髪頭)の副連は見事な好対照と言える
各科長、連隊本部の各幹部、各中隊長に小隊長、各先任たちが顔見知りと談笑しつつ体をほぐしている
「あの黒いTシャツが2科長、2科長と話しているのは情報幹部の前田2尉と情報小隊長の真田2尉…」「なんか速そうな人ですね」片桐2曹と赤城士長がスタート前で話している
「あそこで屈伸してるのが車両幹部、よくあの人に殴られたなぁ…」と懐かしい目をする「誰が一番速いんですか?」空気を読まない赤城士長「ん?そうだなぁ…」走る面子を見回して少し考える
「やっぱり佐々木3尉か真田2尉、あとはわからんな〜他中隊のB幹までは知らないよ」やはり若いB幹(防衛大出の幹部)が本命のようだ「若さには勝てないよ、いくら昔は速かったって人でも…」「そうですねぇ」相づちを打つ赤城士長
「同時に男女の体力比もそうそうは覆せないものさ、だから赤城はスゴイとホント〜に思うよ」「まだまだ足りないです、もっと鍛えたいですよ〜」と言って笑う赤城士長であった


「スタート1分前!」呼び出しを受け選手がスタートラインに並ぶ「連本〜ファイッ!」「重迫〜や〜!」「お〜!」などなど気合いを入れる声が聞こえる「30秒前!」ざわざわと話す声が聞こえる「10秒前!」少し前に詰める
「5秒前!」急に静かになる 「3,2,1…」パーン!と鉄砲が鳴り、最後のGグループがスタートした。ギャラリーからわき出す歓声に応え飛び出したのは…「佐々木3尉、ふぁいっと〜!」赤城士長が声を上げる
佐々木3尉を含む各中隊の若手幹部が団子状態で飛び出した。その後に続くのは副連隊長を含む数名のグループだ

「お、来たかな?誰が先頭か見えるか?」田浦3曹は事務仕事のせいか目があまり良くない「先頭は…お、小隊長おるわ〜!」井上3曹はスナイパー要員だけあって目がいい
「佐々木3尉か?…お、ホントだ」のぼりを振り声を上げる「佐々木3尉ふぁいっと〜!」「がんばれー!」と野太い声で応援する
当然ながら他中隊も応援に熱が入る。太鼓まで持ち出しているのは重迫だ。そんな中…「真田2尉ファイト!」と黄色い声、通信の中村3曹をはじめとする本管のWACたちだ
「やっぱり男の応援より…」「あっちがええわな〜」顔を見合わせる田浦3曹と井上3曹であった


最後の周回になるとさすがに団子も崩れてくる。2人や3人の固まりが多いのは、速い選手に食らいついてペースを上げようという選手が多いからだ。佐々木3尉も先を走る他中隊の選手に食らいつく
「あの前の人を抜かしたら3着かな?」「そうやな〜でもアゴが上がってきてるわ…」さすがに苦しい表情を見せる佐々木3尉を応援する
「ところで中隊長は?周回遅れに…」「なってへんみたいやで」そう言って視線を向ける。連隊本部の幕僚達と一緒にひーひーと言った顔をしている中隊長がやってきた「先任は…さらにその後か」
その時、ゴール前の直線では… 「お、来たぞ小隊長」片桐2曹が声をかける「あ、ホントだ〜…かなりバテてますねぇ」アゴは完全に上がり前を走る人と差がつきそうになっている「応援だ赤城!」「は、はい!」すぅっ、と息を吸い込み口の前で両手を合わせる
「小隊長ふぁいっと〜!」黄色い声援が飛んだ次の瞬間…佐々木3尉は目を見開き、アゴを引いて猛然とペースを上げ始めた「お〜凄いな…もっと応援だ!」「ハイ!小隊長、ラストで〜す!頑張って!」
佐々木3尉が赤城士長たちの前を通過する、そして…ゴール100m前で前を走っていた選手を抜いた「お、抜いたぞ!」そしてそのままゴールになだれ込んだ

「お疲れ様でした小隊長!」赤城士長が水の入ったコップを座り込んでいる佐々木3尉に差し出す「は〜は〜…ありがと」そう言ってコップの水を一口飲む「ふぅ」と一息
「お疲れです小隊長!しっかしわかりやすいですね〜」片桐2曹がニヤニヤしながら近づいてくる「え?わかりやすいって?」当惑する佐々木3尉「またまたぁ、赤城が応援した瞬間にスピードアップしたじゃないですか〜」
「えぇ?あ〜まぁ確かに…でもそれはさ、小隊の隊員が応援してくれたんだからがんばんないとな〜って、ねぇ?」顔が赤いのは走った後だからだろうか?「そうですかね〜?」ニヤニヤする片桐2曹



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