まいにちWACわく!その56

休みも明けて週の真ん中水曜日、今日は連隊の持続走大会である「なんで週の真ん中なんだ…しかもこの期末に…」グランドで野外机を設置しながらぼやく田浦3曹
「ま、そう言うなって〜」とは田中士長だ。リアカーから中隊ののぼり、やかん、コップ、クーラーボックスなどを取り出す
ここはグランドのゴール付近、ゴールに到着した隊員のために水などを準備してるのだ。グランド沿いの道路の向こう側には、3科の天幕が立っている。机の上にパソコンなどが置いてあるのは集計のためだろう
「ところでオレの後は誰が来るの?」と田中士長。陸曹候補生に合格した田中士長は7月から小隊に復帰する。中隊長伝令(ドライバー)兼給養付の陸士を誰にするか現在調整中なのである
「そうですね…鈴木あたりが有力ですよ」鈴木士長は先の試験で惜しいところで不合格となったのだ「あとはパッとするのがいないでしょう?」「誰でもいいから早くして欲しいよ。申し送りがあるからなぁ…」

普段より少し早い朝礼の時間に合わせ、中隊事務所前には続々と人が集まっている。グランドから帰ってきた二人は事務所に向かう。とそこで赤城士長を見かける田浦3曹「おっ赤城〜!」と声をかける
「おはようございま〜す田浦3曹」と笑顔で挨拶「おう、おはよう。ところで…月末に新隊員のWACが入ってくるらしいんだ。聞いたか?」渋い顔をして答える赤城士長「田浦3曹で6人目です…」
朝イチに顔を出した中隊本部の前で人事の倉田曹長から、事務所の先任から、小隊長と小隊陸曹から顔を見るたびに同じ事を言われたらしい
「そうなの?まぁ大事な事だしな〜連絡無いよりいいじゃん!」苦笑いして答える田浦3曹であった


持続走大会の開会式に合わせて中隊の朝礼も早い。今日の持続走大会の流れは…
0800 開会式(グランド) 0900 Aグループ(持続走錬成隊&各中隊上位者)出走
0930 Bグループ出走 1000 Cグループ出走
1030 Dグループ出走 1400 Eグループ出走
1430 Fグループ出走 1500 Gグループ(連隊本部幕僚&各中隊長・先任・幹部)出走
1630 閉会式(連隊本部隊舎前) コースは駐屯地外柵コース(1周2km)を2周半の5km、参加隊員の平均タイムで中隊の順位が決まる。個人は幹部・陸曹・陸士で上位10人(幹部は3人)まで表彰される


「今日一日はしっかり走って欲しい、無茶をしろとは言わないが妥協はするな!今年こそ連隊No1を目指すぞ!」中隊長もテンションが高い
中隊の朝礼が終わり、グランドに前進する中隊一同。ジャージに識別帽、中隊旗といったヘンな格好の田浦3曹が先頭を歩く

パッパッパッパカパ〜♪とラッパが鳴り響き連隊本部隊舎前に国旗が掲げられる。0800、今日も一日の始まりだ。連隊のほぼ全隊員がグランドに整列している
「連隊長臨場、部隊気をつけ」司会が言う「きをつけ〜」各中隊長の声が響く。連隊長が朝礼台に上がる「連隊長に敬礼!かしら〜なかっ!」全隊員が連隊長を注視し、連隊長も敬礼を返す

「薄く雲もかかり、走るにはちょうどいい天候になった。これも日頃の隊員たちの行いがいいからだと…」相変わらず話が長い。聞いてるフリはしているが、皆心ここにあらずといった感じだ
「…ただし無茶はするな。危険な兆候を感じたらすぐに止まるように!死ぬまで無茶はしないように…」毎年数人は持続走で死亡者が出ている自衛隊なので、健康管理にはかなりうるさい
今回の大会もけが人や「健康上問題のある隊員」は除外されている。心電図を取り出走前の問診も行い、自衛隊病院から医官も呼んでいる

開会式も終わり、各グループごと解散となった。Aグループは早速アップを始めている「Aは誰が走るのかな?」と事務所前の名簿を見る先任。名簿には持続走錬成隊に籍を置く陸曹1名、陸士2名を含む20名の名前がある
「たぶん全員20分以内で入るでしょうね」後ろから田浦3曹が声をかける「オレは最後か…勘弁してくれよな〜」泣きそうな声を出す先任だった


午前中最後の組、Dグループが集合している。ちょうどBグループが出走したころだ「よ〜し、体操は…小野、頼むわ」グループ長の木村1曹が言う
「へいへい、…手組んで上〜」適当に散らばっているメンバーの真ん中で小野3曹が体を動かす。田浦3曹の前には赤城士長がいる
(赤城はCかBでもよかったかな?)と思う田浦3曹。短パンに薄手のTシャツを着た赤城士長が号令に合わせて体を動かしている
「体の前後屈〜」体を前に倒し足の裏側と腰を伸ばす(おっと…)目の前の赤城士長から目をそらし下を見る田浦3曹。さすがに若い子がケツを突き出すカッコを注視するのは気が引ける
頭を下げて腰を伸ばしたり、大股を開いて股関節を伸ばしたりする。まったく無防備な赤城士長を後ろから見て少し邪な考えが頭をよぎる。よく見たらスポーツブラ?の線もTシャツの下から見える
(…う〜ん)頭を振り邪念を追い払う田浦3曹であった

体操も終わり軽くジョッグで体をほぐす「あ〜自信ねぇな〜」「テキトーに走ろうぜ」などという声も聞こえる。と言っても実際走り始めるとみんな真剣になるのだが
(この辺は高校生とかと変わらんよな)と思う田浦3曹、無口なのはホントに自信がないからだ。隣を走る赤城士長が声をかけてくる「田浦3曹、自信あります〜?」
首を振り「無い…」と答える「ここのところあんまり走ってなくてな〜まぁもともとそんなに速くないんだけど…」「今までの自己ベストは?」「5km?う〜ん、確か20分42秒…」
「オレはもっときついと思うぞ〜この体型だからなぁ」珍しくウツな表情の小野3曹が声をかけてくる。レスリングをやっていた小野3曹は筋肉質、短パンTシャツからはみ出た手足は丸太のように太い
「痩せてる方が有利ですもんね」「何が嫌いって、走るのが一番嫌いだよ…」はぁ、とため息をつく小野3曹だった


愚痴っても嫌がってもスタート時間は迫ってくる。出走10分前の点呼時間に間に合わせるように、各中隊の隊員達が集まってきた
ゴール付近ではちょうどCグループが続々とゴールしている。Aグループの一着は15分代という化け物のようなタイムを出していたが、さすがにCくらいになると17〜22分くらいに収まっている
「田浦はどのくらい?」と小野3曹「そうですね〜目標は22分以内ですかね?」今までのベストと比べるとかなり遅いが仕方ない「じゃあ田浦についていこうかな…」

天気は相変わらず曇っている、湿気があるので快適とは言えないが、カンカン照りよりはまだマシだ。衛生小隊の橘1士が問診中だ「今朝、ご飯を食べてない人いますか?…」
小さい体で大きな声を張り上げる。一部隊員にマニアックな人気があるらしい…という噂を田浦3曹は聞いた事がある
持続走錬成隊や若手隊員ばかりのAに比べるとB〜Dグループは若手陸曹や中堅隊員が多い。周りにも顔見知りが…「田浦〜お前もここか」通信小隊の金田3曹だ
「お〜金田、元気〜?」「まぁな、20分後は死んでるだろうけど…」筋肉質な金田3曹もまた持続走は苦手なようだ「あれ?赤城もいるのか…何で?」
赤城士長の速さならもう少し上のグループじゃないか?という意味だ「ん〜深い意味はないよ。各グループに少し速めの人間を入れて引っ張ってもらおうとね」
「いろいろ考えてるんだな…たいしたもんだ」ちょっと感心したように言う金田3曹であった



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