「昨日は楽しかったか?」「ええ、久しぶりだったんですよ〜」『迷子案内』と書かれた机の前に座るのは井上3曹と赤城士長だ
「こういうイベントやと他部隊の同期とかに会えるからな。いいもんやろ?支援業務も…」雑用ユニットだった(今も)井上3曹がしみじみ言う
「今日は昼から自由時間ですよね?一緒に遊びに行くんですよ〜」と嬉しそうな赤城士長。予行が順調に終われば昼からは外出ができるのだ。そのために外出証も各人が持っている
「そうか〜でもヘンな事はするんやないで。ジメジメに攻撃の口実を与えんようにな…」声を潜めて言う井上3曹であった
『ただいまから総合予行を開始します。各係の者はそれぞれの位置について下さい』スピーカーから声が流れ全隊員が持ち場に着く
「じゃ、よろしく頼むわね」二人の方にポンと手を置くのは迷子案内の長である中川2尉である。衛生隊所属の若いWAC幹部だ
「ま〜泥船に乗ったつもりで、任せて下さい!」と井上3曹「泥船って…」と少し引く赤城士長。さすがに中川2尉は動じない「沈んでも助けないわよ〜」と言って後方に下がる
客の役をするのは総監部や地連の幹部たち、それに予行を見に来た後援会などの関係者だ「赤色の招待状をお持ちの方は…」「こちらからご入場ください!」受付は大変そうだ
受付の横にあるのが迷子案内だ。しかし今日の時点では子供はほとんどおらず、ただ真面目な顔をして座っているだけだ
「大変そうやなぁ…」横目で受付の惨状を見ながらボソリと呟く井上3曹「見て下さいよ、木島曹長って何もしてませんよ」と赤城士長
確かに木島曹長は受付の後ろで腕を組んで座っているだけだ。特に何かを指示している…わけでもない「あれは全般統制のつもりなんやで、多分…」
「宍戸3佐がいるのに?」「自分を偉く見せたいんやろ、よその部隊の人間やから宍戸3佐もきつくは言えんしな〜せこいヤツや」吐き捨てるように呟く井上3曹であった
演奏が始まり一段落ついた受付業務「今のうちにトイレとか行ってきてくれ」と宍戸3佐が声をかける
何人かが交代で席を立つ、木島曹長も立ち上がり迷子案内の方にやってきた「寝てねぇだろうな、あー?」と絡んでくる
「も〜バッチリですわ」と愛想良く笑う井上3曹「受付の方はどないです?かなりバタバタしとったみたいですけど?」
「…自分の心配しとけよ」少しイヤそうに顔を歪める木島曹長、シャバでの経験が長い井上3曹は調子よく人を煙に巻く
矛先を赤城士長に向ける「『楽な仕事でラッキー』とか思ってねぇだろうな、あー?」
少しムッとする赤城士長「そんな事思ってません」顔も見ずに答える「ちゃっちゃと働けよ新兵が、あー?」相手が弱いと言いたい放題である
カチンと来た赤城士長が顔を向けようとしたその時「おっ、龍子くんじゃないか!」と誰かが声をかけてきた
真っ白な制服に4段はありそうな防衛記念証、胸には羽のマークの徽章が付いている。肩の階級章は金の太線が4本の陸自とは違う階級章、海上自衛隊のお偉いさんのようだ
「秋山のオジサン!お久しぶりです」席を立ちペコリと頭を下げる赤城士長「陸に入ったんだって?残念だよ〜海自に来たらよかったのに」そう言いつつ机に近づいてくる
「お兄さんたちも元気?」「ハイ!相変わらず…」「そうか、赤城一族は陸海空を制覇したな〜」と言って笑う
「秋山1佐、そろそろ…」横から背広を着た(おそらく)自衛官が声をかける(1佐〜?)内心ビビる井上3曹「そうか、じゃあお父さんによろしく!」そう言って秋山1佐は立ち去っていった
「さっきの人は?1佐とはすごいな〜」と尋ねる井上3曹「秋山のオジサンは父の部下だった人です。いい人ですよ〜」
「確かあの人は地連部長じゃなかったかな?」いつの間にか側にやってきた宍戸3佐が言う「そうなんですか?」と赤城士長
いつの間にか木島曹長の姿も消えている「あいつビビりやがったわ」そう言って笑う井上3曹「もう赤城にはちょっかいかけて来ないやろな」
「そうなんですか?」疑問顔の赤城士長「ああいうタイプは自分より偉い人には絶対に逆らわへんからな〜」そう言って笑う井上3曹であった
演奏は順調に続いている。歓声や拍手もときどき聞こえる「楽しそうやなぁ…」と呟く。とその時
「よ〜う、みんな元気してるか〜?」陽気な声でやってきたのはバディーを連れて私服警戒中の小野3曹だ。ジーパンに開襟シャツという出で立ちだが、見る人が見れば一発で自衛官とわかる
「私服で警戒してる意味無いですやん」と井上3曹「そんな腕の太いヤツはそうそういないな…」と呆れる大沼3曹
「何でだよ、どっから見てもシテーボーイだろ?」そう言って腰に手を当てる小野3曹「…どうでしょ〜」苦笑いする赤城士長
「そういや三島は?」「アイツは外周警戒しとるよ。暑い中大変だねぇ〜」とまるで人ごとだ
バディーがちらりと小野3曹の方を見る、確か他中隊の陸士だ「おぅスマンな、じゃあ行くぜ」そう言って小野3曹は立ち去っていった
予行は順調に終わり、受付は帰る人でごちゃ混ぜになっている。相変わらず椅子に座って何もしない木島曹長の姿も…
「ふ〜終わった終わった」宿泊してる駐屯地に帰り、高機動車から降りて背伸びをする赤城士長「お疲れさん」と大沼3曹が声をかける
「さて、どこ行く?」「なんかうまいモノでも…」「ガイドブックあったっけ?」みんなも外出に気が向いている。ところが…
「おぅ、全員集まれや」と木島曹長が全員を集め言った「外出する前にやる事やってけや、あー?」顔を見合わせる隊員たち「やる事って?」
「部屋の掃除と服のアイロンがけ、靴磨きとかあるだろうが、あー?ちゃんとやってけよ。遠戸!指導しとけや」そう言い放ち、木島曹長は歩き去っていった…
少し呆然とする隊員たち「…なんて?」「何だよありゃ…」不満が噴出する「え、えと、あの、じゃぁ掃除から、ね?」慌てたように遠戸2曹がみんなに声をかける
言われたからには仕方ない、外来の部屋に戻って掃除を始める「あの〜私はどうしたら?」赤城士長が遠戸2曹に聞く「WAC隊舎の部屋掃除ですか?」
「え、えと、そうだね。うん」「点検は?」「え、あ、じゃあ無しで…」よくわからない事を口走る遠戸2曹。普通は男子隊員がWAC隊舎に入る事はない
「服とかはどうしたらいいんですか?」苛ついたように聞く赤城士長(実際苛ついてる)「え、あ、後で持ってきて」「わかりました…」
立ち去ろうとする赤城士長に井上3曹が声をかける「ホンマに掃除する事無いで、どうせ明日やるんやから」「は、はい…」
そう広くない居室なので掃除は1時間ほどで終わった「じゃ、じゃあ靴磨きとアイロンがけね」そう言って遠戸2曹は短靴を二つ(木島曹長の分?)と靴手入れ具を持って外に出て行った
「…ったく」不満たらたらと言った感じでみんなが靴磨きと3種制服のアイロンがけに向かう
「終わりましたよ。どうですか?」赤城士長が遠戸2曹に制服と靴を見せに来た「え、あ、うん、合格」ろくに見もしないで言う
「…」何か言いたそうに立っている赤城士長「え、な、何かな?」「外出は…いえ、やっぱりいいです」みんな終わるまで外出なんかできないな…と思う赤城士長であった
全員が靴磨きとアイロンがけを終わらせてやっと外出できるようになった時には、日が西に傾き始めていた
見ていたかのようなタイミングでどこかから帰ってきた木島曹長が全員を集めてネチネチと説教じみた事を言う
「だいたい支援てのは仕事だぜ、あー?遊びに来てるんじゃねえんだぞ。今からの外出あくまで『好意』だからな?あー?」ジメジメの面目躍如と言ったところか
「いらん事しやがったら全員帰ってから外止めにするからな、あー?わかってんのか?」全員渋々と言った感じで頷く「22時までに帰ってこいや、別れ!」
「くっそ〜ムカつくぜジメジメのヤツ!」「だいたい自分は靴磨きも何もしてねぇじゃねぇか!」「誰かアイツを殺してくれよ〜」営門に向かう道すがら、不満を爆発させる陸士達
「まぁまぁ、外出できるようになったんやからええやん。あんなヤツの事は忘れて楽しんでこいや」と陸士達をなだめる井上3曹「井上さん、頭来ないんですか?」誰かが聞く
「オレはシャバで客商売もしとったからな。ま〜理不尽はどこにでもあるもんや。ああいうは忘れるに限るで!」