施設を襲撃して撃退された敵遊撃部隊は、南北に長いここ極楽山訓練場の「レンジャーの森」に離脱、これを各小銃小隊が捜索・殲滅するのが今回の訓練の想定だ
今回の想定では「銃器使用制限無し・発見し次第殲滅行動に移行」つまり「見つけ次第撃ってよし」となっている。ややこしい「正当防衛」や「緊急避難」は無し、という事だ
全隊員が横一列になり、南から北へと森を進む。ゆっくりと注意深く、あらゆる兆候、物音、不審物、ブービートラップ等を警戒、捜索していく
「慎重に…全身を神経の固まりにするようにな…」通信手として小隊長のあとを続く赤城士長に神野1曹がひそひそ声をかける
今回は検閲ではなく訓練なので、若い連中を鍛える目的もある。細かい指示やテクニックの伝授があちこちでなされている
「当然ながら銃撃戦は高い位置にいる方が有利だ…こういう丘を登る時は注意するように…」だまってうなずき慎重に坂を上る赤城士長
全体が止まり斥候要員が丘の向こう側を覗く。安全を確認してさらに前進する
手信号で休憩の合図が出る。小隊を二つに分けて警戒要員と休憩要員で別れて休憩する「ふ〜」腰を下ろしてリラックスする「休める時に休んでおけよ」と誰かが言うのが聞こえた
短時間で休むのには口では説明できないコツがある。コレばっかりは熟練の陸士長、古手陸曹にならないと難しい。わずか10分の休憩で小隊は前進を開始した
無線で報告を受けて地図上のオーバレイに小隊の線を書き込んでいく田浦3曹「ペースとしてはこんなもんですかね?」
ここは中隊本部の業天2号、中隊長は難しい顔をして野外用の椅子に座っている「このペースだと…少し遅いか?」そう言うのは岬2尉だ
「まぁ、相手がゲリラなら致し方ないのでは?」そう先任が言う「先任が若い頃はベトナム戦争のあおりでゲリラ戦全盛期だったそうですね」横から声をかける田浦3曹
検閲や状況となると意外にヒマな中隊本部、普段は警戒要員を出すが、今回は対戦が警戒に付いているのでますます仕事が減り気味だ
無線機から逐次部隊の状況が入ってくる、まだ敵との接触はないようだ。森を半分くらい行ったところで部隊は前進を止めて夜間に備えての防御態勢に入る
3交代で警戒するようにシフトを組み、部隊の前方に「痴漢防止用ブザー」を利用した罠を仕掛ける「これでよし…と」細いピアノ線を低く張り巡らせて片桐2曹が言う
「こういうのって官品なんですか?」その様子を勉強のために見ていた赤城士長が聞く「そんなわけないな、自腹だよ…」小さい穴を掘ってそこにもピアノ線を張る
「お父さんのところ(=海自)は予算に恵まれてるらしいけどね」「そうですかぁ?けっこう貧乏してたような…」
明るいウチに戦闘糧食を胃に収め、今は夜中の午前2時。細い月の明かりは森の中まで届かず「草木も眠る丑三つ時」はとても暗い
中隊本部の天幕も起きているのは田浦3曹だけだ「ヒマだ…」と呟く
今回の訓練では他中隊のレンジャー要員から数名の仮設敵を取っている。広い森の中で動かない数名の人間を捜すのは難しいなぁ…としみじみ実感している
同じ頃、警戒に付いている赤城士長。微光暗視眼鏡V−3をのぞき込み警戒している。最初のウチは物珍しさがあったが、狭い視界に緑一色の世界は意外と気分を悪くする
「微光」の名が付くように少しの明かりがないと効果がない。月明かりも小さい今の状況ではあまりよく見えないのが現実だ
(うう…気分が悪い…)何で一緒に警戒に付いてる井上3曹が「コレやるわ」と言ってV−3を貸してくれたのがわかった気がした
(この状況なら裸眼でいいんじゃないかな?)夜目が利くならV−3よりも裸眼の方がいい場合もある。実際、井上3曹はそうしている
(はずしちゃおうかな?…!)V−3に手をかけた瞬間、前方に何か動くモノが見えた
急な動きは逆に目立つ、動くモノを見つけて赤城士長は石のように固まった(敵の斥候?本隊?どっちにしろ知らせないと…)
しかし動けば敵に察知される。敵との距離は数十メートルか…(もう少し接近したらみんなを呼ぼう、でもその前に罠に引っかからないかな?)
そう思った瞬間、目の前の人影がバランスを崩すのが見えた。次の瞬間、痴漢防止用ブザーが鳴り始める「敵襲!」と横で叫んだのは井上3曹だ
たちまち何人か警戒線に入り応戦する態勢を取る「赤城!見えるか?」と聞くのは神野1曹だ「えぇっと…一人ぐらいしか」と言いかける
その言葉を待たずに「借りるぞ」と言ってV−3が取り上げられる「前方に2名、他は…無し!斥候ですね」後からやってきた小隊長に報告する
「そうですか…追跡は」小隊長が言う「数名を出しましょう、とりあえず中隊本部に報告を」
「中隊長!先任!3小隊が敵と接触しました」無線機に付いていた田浦3曹が報告する「どこだ?」弾帯を付けつつ中隊長が聞く
「ここです」と地図の一点を指す「斥候のようです、片桐2曹と数名で追跡中。本隊も前進させますか?」そこに岬2尉がやってきた
「せっかく敵が出てきたんです。追跡させましょう!私も前進します」そう中隊長に言う「そうだな…田浦、無線機を」そう言ってマイクをひったくる
結局深追いはしないという事で斥候要員も帰ってきた「実戦なら仕留められてると思うんだけどな〜」と片桐2曹がぼやく
付近住民との関係でここ極楽山訓練場では空砲が使えない。バトラーも前の検閲で使用しており今回は使えなかったのだ
「実際に見ないと敵がいるって感じがしませんでした…」ちょっとドキドキしている赤城士長であった
夜明け…明るくなると同時に中隊は前進を開始する。敵の斥候が来てるって事は、敵の本隊の位置も近い…そう考えているのか皆のテンションは高い
だがそれも10時くらいになると中だるみしてくる。実戦ならいつ飛んでくるかわからない実弾に備えて、緊張がとぎれる事など無いハズだが…
「実戦的な訓練は難しいよ。なぁ?」と中隊長が言う「確かに…難しいですね。対遊撃は特にですね」同意する田浦3曹
「空砲も使えませんしね」と相づちを打つ先任「やはり実戦を知る人がいなくなったのが痛いのかもしれませんね」
頷く中隊長「権藤さんにでも支援してもらうか…」
敵を発見したのは1小隊だった。小高い丘になっている地点に軽易な陣地を築いていた「これはあれだな…FOはいるか?」岬2尉が迫小隊のFOを呼ぶ
「野村2曹、現在地!」とすぐ後ろで迫小隊の野村2曹が声をかける「お〜あの陣地に落とせるかい?」「…座標が…現在地は…わかりました、小隊に連絡します」
そう言って無線機で座標等の細かい指示を出す「1035から3分間、一旦小隊を下げてください」そう岬2尉に言う「わかった、各小隊長!」そう言って細かい指示を出す
対遊撃に関しては敵を発見するまでが勝負。重火器を持たず陣地も軽易なゲリラ部隊は迫撃砲の前に無力である。最終弾落下と同時に1小隊が突撃
3科から支援に来た審判要員が「敵全滅」の判定を下したのはその数分後だった
「状況終了!」無線機で指示を出す田浦3曹「いつもこの瞬間は嬉しいですね」先任もため息をつく「そうだな…各小隊ごと異常の有無を報告させてくれ」と田浦3曹に指示を出す
「ここでモノを落としてたら洒落にならんな…」補給の林2曹が呟く。訓練が終わったのに這いつくばってモノ探しなんて誰もゴメンである
「3小隊異常なし、了解」全小隊から異常なしの報告を受ける「一安心だな…よし、撤収!」