6月…ジューンブライドはあまり中隊に関係ないが、梅雨のシーズンであることは大いに関係がある
師団規模で行われている演習場整備、演習場内の廠舎は当然のごとく師団司令部や飛行隊・音楽隊等に取られている
普通科連隊や特科・機甲科等の野戦部隊は宿営地で天幕生活である。サッカー場の数倍はある宿営地に数千人が寝泊まりしている
演習場整備3日目、昨日は晴れたが今日は雨…天気予報では明日からは晴天続きらしい。でもあてになるかどうか…
(去年は「いつ梅雨明けしたかわかりませーん」なんて言いやがったからな、気象庁…)中隊本部の業務用2号天幕(通称:業天)の中で、田浦3曹は読書の手を休めぼんやり考えていた
先任は宅建の勉強中、後ろには…「…井上和香チャンかわいいな〜同じ井上とは思えんわ」「うわ〜やらしいカラダしてますね。井上3曹の好みのタイプなんですか?」
マンガ雑誌を読んでいる井上3曹と、(勉強のために)服務小六法を読んでいる赤城士長だ
「あの〜八尾駐屯地と八戸駐屯地ってありますよね?」「ん?あぁ」「八尾駐屯地業務隊も八戸駐屯地業務隊も略して『八業』になるんですかね?」
車両のバンパー等には部隊の略称が書き込まれている。例えば第11普通科連隊第2中隊なら「11普ー2」第6施設大隊本部管理中隊なら「6施ー本」などだ
「どっちも『八業』になるんですかね?同じってまずくないですか?」「まぁ東北と大阪やから会う事は無いと思うんやけど…田浦?どうなんや?」
「あのなぁ…」本を置き後ろを振り返る田浦3曹「お前らヒマなんか!?」
「お〜ヒマや、晩飯の調理開始は1500からでな。誰が俺らを炊事班に入れたんや?」と井上3曹「うんうん」同意したかのように頷く赤城士長
今回の演習場整備でこの二人は連隊全員のメシを作る「炊事班」に入っているのである「ホントは三島を入れたかったんだけど…」と田浦3曹
「三島は糧食班だろ?だから先代『雑用手』井上3曹を入れたのさ」井上3曹は三島士長が来るまで、ありとあらゆる雑用・臨勤をこなす「雑用ユニット」だったのだ
「じゃ、私は?」と赤城士長「若いモンの仕事だから…だろ?田浦」勉強の手を休め先任は煙草に火をつける
「まぁそれもありますし、やっぱり家庭科の授業とか受けてるかな〜と…」チラッと赤城士長の方を見る田浦3曹(調理実習でサンマを炭にしたことがあるんですけど…)とは言えない赤城士長であった
「で、どうなん?」と井上3曹が聞く「何が?」「いや、だからどっちが『八業』なんや?」「そんなの知らね〜…地の果ての話だからな」「八尾は大阪なんやけど…」「やっぱり地の果てだな」あっさり言う田浦3曹
「地の果てちゃうわ〜!日本第2の都市やぞ」「でも飛行隊の駐屯地ってだいたい田舎だよな?」「まぁそれは…実は八尾なんて行った事無いんや」と頭を掻く井上3曹
「ま、いつか行く事があったら確かめりゃいいよ」と先任「メシは何時くらいに上がる?我々で取りに行かなきゃならんからな」
先任たちはメシ上げや不測事態への対応のために残っているのであった「そうですね…1630ごろかな?今日はカレーですよ」と赤城士長「ところで先任は何してらっしゃるんですか?」
「宅建の勉強だよ、近いうちに定年だからね…資格が欲しいところでね」現実的な話をする先任(資料館の管理人とか、楽な仕事に就けたらいいんだけどね)と本音が出そうになるが、若い連中の手前グッと本音を飲み込む
「田浦3曹は?」その手には分厚い小説本がある。実は読書好きな田浦3曹なのだ
「今回の演習はヒマになると読んでたからね、もう何冊本を読んだか…」と言って肩をすくめる。よく見たら机の上に週刊誌、マンガ雑誌、パチンコ雑誌etcとたくさんの雑誌が乗っている
「とはいえパチンコ雑誌なんか読んでもね〜オレはしないからね」「オレもやけどな」同意する井上3曹
自衛隊にはパチンコ好きが多いが、珍しくこの二人はパチンコはしないのである「結局はこういう小説が一番時間がつぶれるのさ」
改めてCP天幕のなかを見る赤城士長 業天2号に作られた中隊CPは入り口すぐ右に机が置いてあり、机の前にベニヤ板が立てかけてある。そのベニヤ板には中隊の編成・日程表・無線網図・各種の命令指示文書・宿営地の配置図etc…が張られてある
机の上には携帯無線機・野外電話機・起案用紙に筆記用具などがそろえられている
入って真正面の柱にはベニヤ板がくくりつけられており、演習場の地図とその上にオーバレイが張られている。中隊の作業区域や段列などが青いグリースペンシルで書き込まれている
左側の机の上には食器や飯缶が逆さに向けておかれている。100名を超えるだけにかなりの量だ。天幕の奥には田浦3曹の野外ベッドと荷物が置かれている
「中隊長はどこで寝てるのかな?」赤城士長がボソッと言う「隣の業天2号に先任と田中士長、それに中隊長が寝てるよ」と田浦3曹。田浦3曹は一人で当直のようにCPで寝泊まりしている
「ま〜日中は交代してるしな、明日はオレも作業に出るよ」中隊本部の面々も交代で作業に出ているのだ
1430…「そろそろ戻りますか?」「そうやな、じゃ〜また来るわ」そう言って井上3曹と赤城士長は炊事場へ向けて出て行った「うまいカレー作ってくれよ〜」と二人の背中に先任が声をかけた
宿営地の外れに作られている炊事場は、一応コンクリート造りの建物である。電気も水も来ているので調理に困る事はない
「野外炊事の苦労に比べたら…なぁ井上3曹?」今演習の炊事班長である本管中隊(管整)斉藤曹長が炊事車の火加減を見ながら声をかける
「水も電気もありますし、なにより地面が水平なんがええですよね」と井上3曹「屋根も壁もあるから、雨が降っても気にならへんし…」
阪神大震災でも活躍した「炊事車(野外吹具一号)」は、野外で部隊の糧食を調理するための装備で大型トラックで牽引して移動する
還流式炊飯器6個と万能調理機を搭載しており、灯油を使ったバーナーにより炊飯のほか、煮物、炒め物、揚げ物の調理が可能である
ちなみに移動しながらの調理も可能という優れものだ
「お〜い、みんなご苦労さん!今日はカレーかい?」やってきたのは補給班長・加賀美2尉だ「おや班長!忙しい中ご苦労さんです。様子見ですか?」と斉藤曹長
何かと忙しい補給班長だが、時間を作って炊事班の様子を見に来たようだ「みんな朝早くから頑張ってくれてるからね。助かってるよ!」とねぎらいの言葉をかける
本隊と違う仕事をする炊事班やその他の支援業務は、どんな演習においても軽視されがちである
こういう演習場整備でも「俺たちは雨の中頑張ってるのに、炊事の連中は…」という感情を持っている隊員も(特に若い隊員や経験不足の幹部に)多い
各中隊に朝6時に食事を上げるには、炊事班が朝の3時や4時から飯炊きなどの調理を始めないといけない。そのほかにもいろいろ制約や仕事があるため、決して楽とは言えないのだが…
その点現場勤めの長い加賀美2尉はよくわかっており、炊事班や風呂炊きと言った支援業務の人間にもよく声をかけている
手と靴の裏をアルコールで消毒し厨房に入る「明日も朝は3時起きかい?頑張ってくれよ〜」各隊員の仕事ぶりを見ながら声をかける
その時、厨房の入り口に3人の陸曹が現れた「補給班長!ちょっとお話が…」一人が声をかける「それじゃ頑張ってくれ…どうした?」斉藤曹長に一言言ってから3人の元に向かう
4科の陸曹と見られる3人は一斉に話し始める
「3中隊からチェーンソーの替え刃を支給して欲しいと連絡がありまして…」
「師団の補給隊から燃料の見積りを早めに出して欲しいと言ってきまして…」
「戦車大隊がウチの給水車を一時借りたいと…」3人ほぼ同時に話し始める
「ちょっと待った!聖徳太子じゃないんだから…一人一人頼むよ」そう言いつつ加賀美2尉は立ち去っていった
その様子を見ていた赤城士長「うわ〜大変そう…」と呟く「4科業務は実際にモノと金が動くからな、大変なんだわ…」斉藤曹長が頭を掻きながら言う
「1科の仕事は人事とかみたいに未来の仕事、2科は情報っていう目に見えないモノ、3科は言ったら動く人を扱ってるけど…」言葉を切り雨空を見る
「4科の仕事は実物がある上に誰かが整備して運ばないといけない『モノ』を扱ってるからね。しかも貧乏な自衛隊だから…」そう肩をすくめて仕事に戻る斉藤曹長
(戦ったり動いたりばっかりじゃ無いんだ…奥が深いな〜)自衛隊の仕事の現実をかいま見たような気がした赤城士長であった
スキップ・ビート 番外編・臨時勤務
「えっ?カレー?あ〜、あんなモンはニンニクを多めに入れときゃみんな喜んで食べるンだよ〜ん」
ここは駐屯地糧食班、三島は休憩時間を音楽隊の宮野との電話に費やしていた。他の面子は喫煙所で
グダグダやっていたが、三島は一人糧食班の外に出てきている。「いやいや、方面の音楽祭りなんざァ
目じゃないのよ。多分らっぱ隊で出ると思うケド・・・おれが目指してるのは武道館よ武道館!ひゃ
ひゃひゃ!」三島の言う「武道館」とは11月下旬に武道館で行われる自衛隊音楽祭りの事である。
三島はその音楽祭りに連隊史上初の出演者として参加した過去があった。それまでは受付、警備、黒子
などの「裏方」で参加した隊員は数あれど、三島は出演者、それも「チアリーダー」として武道館の舞
台に立ったのであった。勿論その支援に来るのはWACばかりであり、(当然である。男ばかりのチア
リーダーなど誰も見たくない)男子隊員は6〜7人にしか満たない。三島はその「チャンス」を逃さず
に各方面に「魅力的な人脈」を築いたのであった。男所帯の普通科連隊において、この人脈はかなり衝
撃的なものだ。今電話をしている宮野は中央音楽隊の所属で、三島とはビートルズ信者というのが共通
点なのだ。「またカラオケ行こうね〜!え?64歳まで愛してやるっつーの〜」か・軽い・・・
こうして三島は休憩が終わるまで「ビートルズマニア」な会話を楽しんだのであった・・・
番外編、不定期に気まぐれにつづく・・・