まいにちWACわく!その42

同じ頃…中隊の幹部室。各小隊の小隊長・小隊陸曹に係陸曹が集まっている「では、6月の勤務調整を始めます。まずは6月の予定から…」前に立つのは岬2尉だ
「6月始めに5日間の師団規模演習場整備、直後に情報・施設作業・管理整備小隊と3中隊の検閲があります」全員が配られた書類に目を落とす
「予定してました中隊錬成野営は…演習場が取れなかったので中止。ただし、極楽山訓練場で1夜2日の錬成訓練を実施します」ほぅ…と誰かが息を漏らす
「そして月末に連隊持続走競技会、距離は5km、コースは駐屯地内、参加範囲は基本的に全隊員。以上、大まかな6月の動きです」そう言って岬2尉は腰を下ろす

次に先任「6月の特別勤務等は事前に示したとおり、不都合等あればまた個別に調整します。それから…」ゴホンと咳払いする「6月前半の2週間、糧食班に1名の差し出しが来ています」
「それは何でですか?」質問するのは木島曹長だ「本管の検閲での交代要員だ。田浦、誰にするか決まってるのか?」書類から顔を上げる田浦3曹「三島を予定してます」
「む〜三島か…候補生も受かりそうだから小隊に返して欲しいんだがな」渋い顔をするのは近藤曹長だ「業務隊から『即戦力が欲しい!』と要望が…」困った顔をする田浦3曹
「泣く子と業務隊には勝てんよ、それに合格者発表もまだだしな。7月までは貸してもらうぞ」先任の言葉に笑いが起きる
「ま〜だ合格者わからんのですか?」と聞くのは神野1曹「人事班の口が堅くてね…」肩をすくめる倉田曹長であった


「演習場整備の参加者は基本的に中隊主力です。検閲支援は…」書類をめくる田浦3曹「補助官に各小隊長とドライバー、仮設敵に神野1曹以下3名、以上です」
「帰れないんだね…10日くらい連続で演習か〜」悲鳴を上げるのは佐々木3尉だ
「検閲支援に参加する人は頑張って下さい。代休も計画的に」とあっさり言う田浦3曹。そうそう簡単に代休が取れる状況でも無いのだが…
「あと急な話で何ですが、月末に方面の音楽祭支援があります」ざわざわとざわめく中隊一同「具体的な人員等は後日、1科から示されますので、心の準備をお願いしますね」
「見積等はあるんだろ?」そう質問するのは近藤曹長だ「そうですねぇ…中隊で15名くらいになりそうです」
「それくらいなら…」「主力じゃないのか…」安心したような声が漏れる
「支援に参加したら持続走大会は参加無し?」誰かが言う「いやいや、支援は土日で次の週の水曜日が大会です。もちろん参加っす!」力強く答える田浦3曹であった


「次、係陸曹から何かありますか?」岬2尉が言う「まず訓練!」
「先ほど田浦が言ったとおりです。持続走大会はドクターストップがかかってる隊員以外は絶対参加なので、体力錬成をしっかりと頼みますよ!」と訓練Aの中島1曹
「補給!」鈴木曹長が立ち上がる「新型戦闘靴を逐次行進してますが、一部隊員に旧戦闘靴の返納状況が悪い者がいます」後を継いで林2曹が言う
「戦闘靴の返納は墨を使わず靴を磨く、靴の底も水洗いして泥を落とす。各隊員にさらなる徹底をお願いします」
「次は…武器!」「え〜89式の銃床や握把部分、ここに油を付けてる人が散見されます。プラスチックが劣化するので油は極力付けないように!」と高木2曹
「まぁ顔の脂はしゃ〜ないですな」クスクスと笑いがおこる
「給養!」「前から言われてるのですが、営内者の喫食状況がよくありません。できるだけ駐屯地内で食事をするようにしてください」川井2曹は渋い顔だ
「もったいねぇよな〜タダメシならオレが食ってやるのに…」とぼやくのはローンに苦しむ鈴木曹長だ
「人事!」「保険の配当金が来月支払われます。時期については…」と倉田曹長が言う「当日不在の隊員については、代理人が受領して下さい」
「通信!」「7月の検閲でバトラーを使用します。全員にはわたりませんので各小隊は誰にバトラーを装着するか検討しておいて下さい」と岡野2曹
バトラー(交戦訓練装置)とは銃にレーザー発射機、各隊員に受信機を装着してより実戦的な訓練ができるように作られた装置である
「割当数は各小隊5〜10セットくらい、各小隊長と小隊陸曹は必ず付けるようになってます」
「え〜と、次は…先任?」先任が手を挙げている「もうすぐ陸教に行ってる木村1曹と藤井士長が月末に帰ってくるよ。二人とも優秀な成績らしいぞ」
木村1曹は上曹、藤井士長は初級陸曹課程からもうすぐ帰ってくる


「あと何かありますか?」岬2尉が言う。課業外な事もあり全員早く帰りたい、というわけで誰も何もないようだ「では中隊長…」

中隊長が立ち上がる「訓練最盛期となり非常に忙しくなってきている。隊員には逐次代休を取らせるのでそのつもりでな」全員の顔を見渡す
「7月には中隊検閲があるからな。各班長から小隊長まで隊員たちを盛り上げていくように!以上」


会議も終わり事務所に戻る面々「いや〜6月も忙しそうだね」と先任「訓練サイドで『訓練管理』があるんですよ…」と田浦3曹だ
「いつ?」「6月末、1/四半期末ですね」各期ごとに各中隊の訓練成果を3科がチェックして、次の期の訓練内容等を指導するのが「訓練管理(指導)」だ
補給関係は「現況調査」等でチェックされ、訓練関係は「訓練費」や「訓練管理」でチェックされる。なかなか気の抜けない中隊本部である

そう言いつつ机に座り仕事を始める田浦3曹、他の面々もなんだかんだで残業のようだ「なかなか楽にならんよ」と先任がつぶやく
先任も師団司令部から回ってきた「師団服務規律強化期間」の所見を書いている
「隊員の服務規律強化」のため年間何度か設定されるこの期間中は「敬礼・答礼・挨拶の確行」や「服務規律強化施策の実行」などが行われる
「て言うか幹部が率先して服務規律違反してるのに、現場部隊に何を守れと言うのかねぇ…」いつも同じ事をつぶやいてるような気がする先任であった
「最近そういう事があったんですか?」つぶやきを聞いた田浦3曹が聞く「知らないのか?GW前に師団司令部でセクハラだよ」と先任「セクハラ?」
ふ〜とため息をつく先任「あぁ、ま〜露骨にケツを触ったとかじゃないんだけどな」

「普通科部隊から転属してきた幹部が、庶務班の陸士WACに『お茶くみは女の仕事だ』みたいな事を言っちゃったんだよ」「それはあんまり良くないですね…」
「ま〜でもそのWACも大人げないよ。いきなり師団を飛び越して方面総監部に直訴したんだ」


同じ師団司令部内での告発なら、話を大事にせず内々の処理も可能だっただろう。それを方面総監部に持っていくとは…
「ま、内輪で話をもみ消されるのがイヤだったのかもな」「その幹部はどうなったんですか?」「『戒告』だったかな?」
懲戒処分の中でも「戒告」は一番軽い処分だ。が、懲戒処分は一生その人の経歴に残る。しばらくの間は昇任も昇給もなく、事後の出世も危うくなる
「その幹部はずっと普通科で勤務して、中隊長として勤務してた時は3級賞状まで受けていたんだ」「そりゃスゴイ!なかなかいませんね〜」
連隊長を飛ばして師団長や方面総監から直々に表彰されるというのは、普通科中隊では滅多にない事である。つまりはその中隊長がどれだけ優秀であったかを物語っている
「部下にも慕われ上官からは信頼されていた野戦指揮官も、司令部でのたった一言で未来がパーって事だ。恐ろしい話さ」「…」
防衛庁はセクハラに関して、ほとんどの場合「言った者勝ち」のような処分を下している。過敏すぎる反応と現場でも言われているのだが…
「ま〜最初は心配してたんだよ。赤城が来る時はな」「そうでしょうね、でもいい子で良かったじゃないですか〜」気楽に言う田浦3曹
「ま、お前らもよくやってくれてるよ。まだ心配の種は尽きないんだが…」とため息をつく先任

(しかし普通科中隊最初のWACにああいう子を選ぶってのは…陸幕や方面総監部の連中もバカじゃないんだろうな)密かに思う先任であった


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