2射群とコーチが射場から出てくる「おぅ、お疲れさん。すぐに射撃準備だよ」田浦3曹が赤城士長に声をかける
「あ、はい」置いてある銃を取る赤城士長「…ビックリしました。小畑士長って射撃うまいんですね」ホントに驚いた…と言った顔で言う
「ん?あぁ…ああいうタイプは時々いるんだよ。昔から射撃はぼ〜っとしてる者ほど当たるってね」「そうなんですか?」「何も考えてないからかね?」昨日の佐々木3尉の言葉を全否定する田浦3曹
「体格もいいから銃を押さえ込みやすいしね。その点赤城は不利なんだよな…」銃の大きさは全員同じなだけに、体格の差はけっこう響くのである
「ま、教育隊では当たってるんだ。迷うと当たらなくなるから自信持ってね」「ハイ!」そう言って射場に向かう赤城士長だった
昼食の時間になった。駐屯地から食事を運んできたのは川井2曹だ「残飯処理が面倒くさいから残さず食えよ〜」と若い連中に言っている
「あの3点射ですか…あれで大失敗でした」残念そうな顔をするのは赤城士長だ「弾があっちこっちに…」
「散るんだろ?銃自体も64に比べると軽い上に、2発じゃなくて3発だからね」とは神野1曹だ
一般部隊で行われる中級検定では、最後に「脚使用の伏せ撃ち」がある。64式では連射にして射手自身が引き金から指を離す「単連射(2発)」だ
対して89式は「3発制限点射機構(通称:3点バースト)」があるため、引き金を引きっぱなしで3発を的にたたき込むのだ
銃自体が軽いのと(連射で銃が跳ね上がりやすい)弾数が増えた事から「64より難しい!」との声もよく聞かれる
「まぁ3点射で銃を押さえるコツはいろいろあるんだけどな…また帰ったら教えるよ」そう神野1曹は言う「はい、お願いします」
1500ごろに射撃も終わり駐屯地に帰隊した中隊の面々、射撃で使った資材をおろし各人の武器手入れの時間となった
廊下に毛布を敷いて、カチャカチャと小銃を分解・手入れしていく中隊の面々「どうだった?」「いや〜調子が…」「照明が暗くて照星が見えなかった」等々、今日の射撃の感想を言い合ってる
「お〜い、田浦」武器手入れをしてる田浦3曹に声をかけるのは井上3曹だ「どした?」「射撃結果見せて〜な」各隊員の射撃結果は訓練で掌握、運幹や射撃のコーチ等に見せてから各隊員に返すのである
「まずは運幹に…」「その運幹に頼まれたんや」井上3曹は射撃のコーチでもある「そうか、事務所のオレの机の上に置いてあるわ」
カチャカチャ…と89式小銃を組み立てる。最後の部品を組み込んで機能点検をする「連発…3点射…単発…そして安全装置よし!と」そして武器庫に銃を格納する
武器庫から出て事務所に入る。訓練の机に座ってるのは井上3曹、横に佐々木3尉だ
「大沼3曹は…弾着がまとまって…」「じゃあ選手要員に…伸びる余地がある人を…」だいぶ先の話だが、射撃競技会に向けての人選らしい
「お、邪魔かな?」事務所に入ってきた田浦3曹を見て佐々木3尉が言う「いや、いいっすよ。選手要員が決まったらまた教えて下さい」訓練として選手名簿を掌握したい田浦3曹である
「で、井上はどうだった?」ニヤリと笑いB5判の記録用紙を見せる「…伏せ撃ちと中間姿勢で49点!満点まであと1点かよ…」やはりスナイパー要員だけある
「ま〜こんなもんや、ゴルゴと呼んでくれや」少しお調子者ではあるが…
射撃も終わり終礼を待つだけとなった。とそこへ補給の鈴木曹長が話しかけてくる「おい、田浦…明後日に作業員5名取れるか?」
「5名?多分いけますよ。でも何で?」「新型半長靴の受領と交付なんだわ」「新型?」はて、半長靴が新しくなるのか…と頭をひねる田浦3曹であった
2日後…「よし、この箱を全部リアカーに積んでくれ」「は〜い!」作業員は各小隊から1名ずつ、新兵ばかりが集まっている「コレって何ですか?」作業員で来ている赤城士長が聞く
「新しい半長靴(戦闘靴)2型さ。赤城のサイズは取るのに苦労したんだぜ」と鈴木曹長「?」新型って何?と言う顔をする新兵たちであった
補給庫に箱を並べる「さて…サイズ26はそこに並べてくれ」そういって新型半長靴を取り出す「お〜」「へ〜」「これは…」新兵たちから声が挙がる
色は全体的に黒く、普通の登山靴のようなデザイン。靴先も本体と一体化しており、くるぶしと足首から上は布のようなモノが張られている
長さも普通の半長靴より10cmは短い「これが戦闘靴2型だ…持ってみな」「…重い!」持ってみて声を上げる赤城士長「中がすげーよ!ゴアテックスか?」誰かが言う
靴の上部まで防水性の素材が張られており、水がしみこまなくなっている「つま先が固いよ」つま先には鉄板が張られている
ひとしきり新兵たちが騒いだあとに鈴木曹長が言う「もう支給されてる部隊では評判いいらしい、まぁ噂だがな。さ、仕事してくれ!」
課業外…廊下に新聞を引いて受領した戦闘靴2型を手入れする赤城士長「まずは靴墨を…」支給された黒の靴墨を革の部分に塗っていく
全体にまんべんなく塗り終わったら、ウェスを使い墨をふき取っていく。そしてブラシをかけて靴を光らせる
「あ〜早速新型手入れしてるんだ?」そばを通りかかったのは衛生小隊の橘1士だ
「今日支給されたんだよ。ユキはまだもらってないの」「まだ…」「この子『サイズがない』って言われたのよ〜」と一緒にいた衛生小隊・中森1士である
「サイズ?」「うん…22.5なんて補給処にも無いって」残念そうに言う橘1士「タダでさえ服も装具も苦労してるのにな〜」
体格のいい普通科隊員を基準に作られている装備品は、身長148cm(見込み入隊)の橘1士には大きすぎるのだ「装具だって、弾帯に弾のうとか付けるでしょ?でも全部は付けられないのよね〜」
腰回りに付ける装具には弾倉を入れる弾のうや水筒、包帯を入れる救急品袋、銃剣も含めるとけっこうな量になる
さらに状況によっては折りたたみ式のエンピも付くので、(最近特に多い)やせ形の隊員は弾帯の内側にカバーを入れてまかなっている
だが、橘1士はカバーを付けても装具全部を付けるのは無理なので苦労しているのである
「補給班長は『何とかしてやる』って言ってたんだけどね」そう言って肩をすくめる橘1士であった