まいにちWACわく!その40

「ふ〜ん、幹部ねぇ…ま、選択肢は多い方がいいとは思うよ」「まぁそうなんですけど…」今日の中隊訓練は射撃予習、休憩中に話すのは田浦3曹と赤城士長だ
「確か防大は21才未満までじゃなかったかな?けっこう年齢的にシビアだよな」「現職の自衛官は23才未満だそうです」さすがに詳しい「まだ何年かあるんですけどね…」
「幹部ねぇ…でも赤城はやる気無いんだろ?」「あんまり魅力を感じないっていうか…父も桧町にいた時はつまらなさそうにしてました」桧町には数年前まで防衛庁本庁があった
「防大が女性を受け入れたのは最近だったよな…」ふと気になり愛用の「自衛隊手帳」をめくる田浦3曹

「平成15年度末の時点で、陸の女性自衛官は全部で7276人。うち5921名が医官や看護関係以外の隊員…」「以外と多いんですね」
「ところが幹部となると1179人中333人しか一般部隊にはいないんだな」「ほとんど医官や看護師ってことですか?」
パタン、と手帳をとじる「その333人もほとんどが会計とかだろうな。少なくとも普通科き章は返上することになるだろう」横目で赤城士長を見る
「パイオニアになれる可能性もあるけどね。まぁ焦って決める事はないよ、流れに身を任せるのも手の一つかもしれないよ」「…」

「休憩終わり〜!」教官の佐々木3尉が笛を鳴らす


「もう何度も何度も言ってますが、もう一度言います」前に立つ佐々木3尉が言う
「『射撃は科学、考えれば当たります!』これを念頭に各人ごと練習!」そう言うと全員が2人一組を作り射撃予習を始める

「ええか〜勘とかで射撃が当たるヤツも確かにおる。でもな…」隊員の間を回って指導するのは井上3曹だ
「銃を固定できる姿勢を取って、照準を常に同じに、撃発時には呼吸を止めて、引き金をぶれないように絞る。これだけで絶対当たるんや!」と力説する
「アイツは言うだけあって当たるからね」と田浦3曹「珍しく真剣ですね」さりげなくひどい赤城士長「ま、とにかく練習しようか」「ハイ!」

伏せ撃ちの姿勢を取り引き金を引く赤城士長、それにあわせて田浦3曹がスライドを下げる「…どうだ?2発目以降が狙いにくいとかあるか?」「少し右下に…」「もう少し左肘を前にもってくるんだ」
相手が男なら体を触って姿勢を取らせる事もできるが、WAC相手だとそれもなかなか難しい(セクハラ対策ビデオでもやってたな…)赤城が来る前に見た教育用のビデオを思い出す
「赤城は体が小さいから、銃と体の角度をもっと近づける方がいいな。左肘の上に銃が来るように…」「こうですか?」姿勢を変える赤城士長(ん〜もうちょっと…じれったいなぁ)
この子ならたぶん少しくらい体を触ってもセクハラ扱いはしないだろう…と思ってはいるが、やはりべたべた女性の体を触るのは抵抗がある

「ん〜赤城、もうちょっとケツを前にするんや」そう言って横から手を出すのは井上3曹だ。赤城士長の弾帯をつかみ腰を持ち上げる「…よっと。どうや?」「ちょっと腰がしんどいかも…」「まぁ体格で損しとるからな。少しくらいは我慢や」
そう言って井上3曹は立ち去っていった 「…」「どうしたんですか田浦3曹?」立ち上がった赤城士長が聞く
「ん、いや、何でも…」(アイツずいぶんあっさりと…)少しうらやましい感じもする田浦3曹であった


「そんな考え方は逆に失礼やろ?そもそも自衛隊に入る時点でそれくらいの覚悟はあると思うんやけどな」
その日の夕方、食堂で一緒にメシを食う田浦3曹と井上3曹「上の連中は過剰に『セクハラや〜』とか騒ぎおるけどな」
「そういうもんか?」「そうや、だいたい自分は昔から真面目すぎるわ」夕飯の鮭の塩焼きを箸でほぐしながら言う井上3曹
「逆にやで、『セクハラやから』ってちゃんと射撃教えんと戦争になって、その子がへたくそな射撃のせいで戦死したらどないすんねん」
みそ汁を一口すすりうなる田浦3曹「う〜ん、確かに…」「戦死ならまだマシやわな、生け捕りになったらどないな目に遭わされるか…」
ゴクリとつばを飲む田浦3曹「そうだな、俺たちは『軍人』じゃないから、ジュネーブ条約は適用されない可能性があるし…」
旧ソ連は自衛官に対し「ジュネーブ条約を適用しない」と公言してたそうだ
「教育するモンは責任があるんや。射撃に関してはオレは妥協する気は無いしな」「…」

少し教えられた気がした田浦3曹であった


次の日…朝イチから武器庫を開けて教習・検定射撃に向かう中隊一同。行く先は近くの山の中にある「極楽山訓練場」だ
極楽山訓練場は3km×2kmほどの広さの訓練場で、中にはレンジャーが使うロープ訓練場やヘリポート、それに屋内射場がある
いくつかの車両に分乗し前進を開始する

「あ〜耳栓忘れた!」「煙草のフィルターで代用したら?」「勝負しようぜ勝負!」「何点取ったら検定合格?」3t半の荷台は騒々しい
いつになくハイなのは、やはり「自衛官らしい=普通の社会人じゃできない」射撃訓練だからだろうか
口では「面倒くさい」とか「射撃後の手入れが…」とか言ってるが、やっぱりみんな射撃は楽しいのかな…とぼんやり思う田浦3曹であった

射場に到着、荷物を全員で下ろして射撃準備にかかる「前段勤務員は配置に…」「警戒旗を揚げてきてくれ〜」赤城士長ら新兵達も言われたままにパタパタ動く
極楽山射場には最新のセンサーが取り付けられており、監的が不要になっている。射撃結果は自動的にプリントアウトされるのだ
「ハイテクだねぇ…もう治痕紙の出番は無いのかな?」感心する先任。紙の的を使ってた時は穴をいちいちシールのような「治痕紙」で埋めていたのだ


勤務員が配置に付き、1射群が射撃準備を完了させた「射撃準備完了!」射撃係幹部の岬2尉が中隊長に報告する
「射撃開始!」中隊長の指示を受け射撃が始まった

タン…タン…ドームの中から発砲音が聞こえてくる「始まったね〜」交代係が次の射群を集め銃の点検をしている
「赤城は何射群?」中間姿勢の練習をしてた赤城士長に田浦3曹が声をかける「4射群です。田浦3曹は?」「オレは5射群、まだまだ先だな」
人数を節約する関係上、射撃に必要な勤務員を前段と後段に分け、前段で射撃した者は後段で勤務に就く…というのが一般的だ
ちなみに田浦3曹は後段の的操作である「2射群の薬莢回収員は4射群!」交代係が言う「あ、行かないと…」「気をつけてな」

射手1人には必ず薬莢回収員(コーチ)が付く。実弾の薬莢は100%回収なので、万が一にも無くさないようにするため
それから未熟な射手(新兵など)には、文字通りベテランの陸曹がクリックの修正や姿勢に関してコーチする事も多い
赤城士長の相手は…「…よ〜ろ〜し〜く〜ぅ」小畑士長だ「…は、はい」困った顔を隠すにも隠せない赤城士長であった


「おいおい、小畑のコーチに赤城が付くのか…」射場に入ってきた2射群を見て、岬2尉は思わず口に出して言う
「交代させます?」と聞くのは安全係に付く神野1曹だ「…他も全員陸士か。ま、小畑ならまだ大丈夫だろう」

弾倉に弾を込めながら赤城士長は小畑士長の顔を伺う(…)相変わらずのぼ〜っとした顔、身長180cm体重90kgの体はかなり大きく見える
(大丈夫なの?この人…)先輩ながら心配になる赤城士長だった

1射群の射撃が終わり、2射群の番になった「射手、銃弾薬を持ってその場に立て!」岬2尉の号令で待機場所から立ち上がる「射座まで前に進め!」
各人が自分の射座にやってくる「モニター確認」各射座には弾着を表示するモニターがある
「当初、点検射!射手伏せ撃ちの姿勢を取れ」弾着を確認し、標準の調整をするのが「点検射」だ。だいたい3発を3回撃ち調整する
「当初3発、射撃用意!…撃て!」号令がかかりしばらくして「パン」と派手な音が聞こえてくる
薬莢を受け取る網を持ち、赤城士長は油断無く構えていた(もし何かあったら…)銃を振り回したりされないように警戒する赤城士長
そんな心配をよそに小畑士長は3発を打ち終わる
全員が打ち終わったのを確認して「安全装置、銃置け!」岬2尉が号令をかける。安全装置をかけ、脚を立てて銃を置く射手たち
モニターにはすぐに射撃結果が表示され、監的を使うよりかなりの時間短縮となる。小畑士長もモニターを見るが、照星や照門をさわろうとしない
(?)赤城士長もモニターをのぞき込む「…!」モニターに映る的のど真ん中に3発、黒い点が見事に収まっていた



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