まいにちWACわく!その37

演習場の砂利道をモノ一つ言わずに数百名の人間が歩く、足音が山に響きかなり不気味だ。夕日を浴びながら演習場の外に出る
アスファルトの道は足の負担が大きい反面歩きやすい、月も明るく足下も見やすい。そして第1休止点に到着した
ここでも無駄な声は発さず、各人が休憩しやすい体型を取る「…赤城、靴ひもはゆるめた方がいいぞ…」後から神野1曹のアドバイスがあった
「靴擦れ等無いですか〜」衛生の救護員が各隊員に声をかける、彼らは休憩時間も忙しい「衛生の人たちは大変ですね」小さい声で前の鈴木士長に言う
「あぁ、普通科衛生は衛生科でも人気無いらしいよ」衛生小隊の隊員は教育を衛生隊で受ける、その時点で普通科を希望する人間は少ないらしい

行軍はまだまだ続く、ただひたすら歩くだけの時間…歩きながら寝る人間もたまにいる。ときどき前の人間にぶつかる音が聞こえる
そんな時…「雨?」少し雲が出てきて、ポツリと顔に雨が当たるようになってきた「…中隊長」先頭を歩く中隊長に声をかける岬2尉「わかっとる、次の休止点までは?」
すぐ後にいた田浦3曹が防水加工をした地図を広げる「あと約2kmですね、半分です」
「…よし、現在地で」「わかりました」そう言って岬2尉は手を挙げて中隊を止める「雨衣着用、5分以内!」すぐ後の隊員に伝え、1列に長く伸びた中隊に逓伝される

中隊が雨衣を着けている間、1コ中隊が追い越していった「抜かされたけどいいのかなぁ…」と赤城士長「びしょ濡れになったら体力の消耗が激しくなるからね」とは鈴木士長だ

5分後…雨は小降りになってきた「正解でしたね」と岬2尉「もちろん」中隊長がニヤッと笑い言った「よし、出発だ」


雨は2時間ほどで止んだ「にわか雨でしたね」岬2尉が言う「大休止点まであと少しです」とは田浦3曹
「よし、大休止点で雨衣を脱ごう」と中隊長

村役場前の大休止点に到着した「出発は0200!」岬2尉が指示を出す「マメ等ありますか〜」ここでも救護員は大活躍だ
おにぎりが各隊員に配られる「おいしいぃ〜」赤城士長もがっつくように食べている「食べられるだけマシだな、食欲もなくなったら危ないぞ」声をかけるのは神野1曹だ
「でも少し疲れました…眠いですよ〜」「もうすぐ夜も明けるからな、明るくなったら動きやすくなって体力の消耗も減る、それまで頑張れよ」そう言って他の隊員の様子を見に行った

0200…「各人、装具点検!」出発前に武器や装具を落としていないかの点検をする「異常なし」各小隊から報告が来る「よし、出発!」
夜明け前がもっともくらい時間である、月明かりがあってもさすがに暗い(眠い…)睡魔が赤城士長を襲う…ドンッ!前を歩く鈴木士長にぶつかった
「あ…スイマセン」ペコリと頭を下げる「寝てた?」少し笑う鈴木士長「何か考えたほうがいいよ」小声でそう言って前を向く
(何かか…何かって?)考える赤城士長(そう言えば田浦3曹は「筋を覚えた映画を頭の中で上映する」って言ってたなぁ)
何か映画を思い出そうとする赤城士長(眠気の覚めそうな映画…プライベート・ライアンとか?セカチューは…逆に眠くなりそう)
いろいろ考えて眠気も覚めてきた。辺りも少し明るくなってきている


明るくなってきた頃に演習場が見えてきた。隣接する駐屯地の給水塔が朝日を浴びて輝いている
演習場を少し歩き、廠舎に向かう道を歩く。が、中隊はさらに訓練を実施するのだ「我々はこっちだ」廠舎の前を通り過ぎ、訓練場所に向かう
(行軍してから訓練なんて…教育隊は甘いところもあったんだ)と思う赤城士長。周りの先輩方は当たり前のような顔をしている

訓練場所の西の台に到着、各小隊ごと背のうを集積して分散警戒をする「各小隊長は中隊長の位置まで」命令下達のため佐々木3尉も前進する
木にもたれかかり銃を構える赤城士長、ところが…(…あッ!)気付いたら銃口が地面に刺さっている(眠いぃ〜な〜)改めて銃を構える
「赤城、コレやるわ」その時井上3曹が声をかけてきた「?」渡されたのは眠気さましのガムだった「あと少しやで〜」「あ、ありがとうございます」ペコリと頭を下げる

佐々木3尉が帰ってきた「小隊は西の台の東側、この道路に沿って各人間隔10mで展開する。各班長は…」細かい指示を出す「それから荷物監視に1名残すんだが…」そう言って小隊員の顔を見回す
「誰か希望者は?」ゆっくり休めるのは確かだが、この場で「休みます!」とはなかなか言えない「じゃあ…あ」かぎしちょう、と言おうとして佐々木3尉は口をとじた
(WACだからって気を遣う必要は無いか…むしろどこまでできるか見てみるか)そう思い直した佐々木3尉「松浦、残っておいてくれ」と指示を出した

各小隊が1kmほど先の展開位置に向かい走り出す「たまには高機動車に頼らない事も必要だな〜」と言うのは片桐2曹だ。3小隊も展開位置に到着
手信号で各班ごと1列の横隊になって展開を始める。さすがに赤城士長も息が上がってる「大丈夫か?」声をかけるのは小野3曹、無反動砲を軽々持って走っている
「ハァ…は、はい」少ししんどそうだがまだいけそうだ「よし、あと少しだ!」


各小隊が展開し、いつでも前進できる体制を取った時「状況終了〜」の声がかかった「各小隊ごと人員装具の異常の有無を報告!」
3小隊も佐々木3尉の元に集まる「健康状態…異常なし、武器・装具…異常なし!いいね〜」

訓練を終え廠舎に帰ってきた中隊の面々。ふっと見ると小畑士長が鼾をかいてぐっすりと熟睡していた
たまらず田浦3曹が「こら〜!オバぁ!行軍もしてないのに寝るんじゃねぇ!」と珍しく雷を落とす
「武器手入れは昼から、それまで仮眠時間とする…別れ!」岬2尉の指示が終わり、やっと眠れる時間となった
ふらふらと廠舎に向かう赤城士長「大丈夫〜?」と声をかけてきたのは橘1士だ「も〜ふらふら…何してたの?」「なんかねぇ、1コ中隊だけ熱発患者がたくさん出て…」
どうやらあの抜かしていった中隊のようだ「雨衣着てなかったから、風邪もひくよね」「それだけじゃなくて…なんか道に迷ったらしいよ」小声でこっそりと言った橘1士
「道に迷った?」「うん、運幹が間違えたらしいよ」「…」片桐2曹の「不良品」発言を思い出す(幹部にもいるのかな…?)


昼からの武器手入れも終わり、演習も最後の晩を迎えた「飲み会は…しないか」3小隊に顔を出した田浦3曹が言った
「そっちは?三島が盛り上げてるんだろ〜?」「らしいですね、でも今晩はみんなダウンですね」神野1曹に言う田浦3曹
「そういや田浦?例の道を間違えた中隊、安全係は…」「えぇ、木島曹長です」ため息をつく田浦3曹「ジープの助手席でぐっすり…だったそうです」「あ〜あ…」
「他中隊から来てた陸士のドライバーの子に責任を押しつけようとして、少し揉めてるらしいですよ」「そりゃ〜そこの中隊も黙ってられんだろう?」「先任が頭を抱えてました…」

翌朝…廠舎の清掃も終わり、出発の時間となった「どう、疲れた?」出発までの時間に赤城士長に声をかける田浦3曹
「少し筋肉痛が…マメも痛いです」そう言って笑う赤城士長「でも行軍しかしなかったような気がします」
「そうさ〜野営って言ってもこういうのも多いよ。いつも状況にはいるわけじゃないし…でも次か7月には状況にはいるからね」「ハイ!楽しみにしてます」
(楽しみって…)苦笑いする(若いっていいねぇ)そんなに年でもないのに思う田浦3曹であった「そろそろ出発だぞ〜」誰かの声が聞こえた

駐屯地に帰り事務所に顔を出す本部の面々「よぅおかえり〜」倉田曹長が出迎えてくれた「何か…」「ありました?」先任と田浦3曹が同時に言う
「いや、何にも。平和なもんだったよ」そう言って笑う倉田曹長であった



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