陸曹候補生試験も終わり、中隊の次の目標は「第2野営」へと移った。今回の野営の主目的は「迫撃砲、ATM射撃」と「連隊40km行軍」だ
中隊本部も準備に大わらわだ 「え〜っと…行軍参加者は…」パソコンで名簿を作成するのは田浦3曹
「使用する弾は…請求の書類を…輸送の調整は4科に…」いつもは親父ギャグを飛ばす高木2曹も真剣だ
「なんだかんだと仕事があるねぇ…ヒマが無いなぁ〜」ぼやくのは先任だ
外では迫小隊が訓練中だ「半装填よし!」などと叫んでいる
「出発は明日の朝0600、というわけで本日の終礼は少し早めの1600だ」先任が事務所の各係に連絡する
「相変わらず早いね〜」と嬉しそうに言う倉田曹長、今回は残留先任だ「明日の昼からさっそく演習場整備をするみたいでね、行軍が終わってからではしんどいからね」とは先任だ
演習場で訓練するたびに必要なのは「演習場整備」だ。内容は草刈り、側溝上げ、木の伐採等多岐にわたる「草刈り機は準備したからな、たっぷり刈ってきてくれ!」とは補給・鈴木曹長だ
「さて…増加食を取りに行くか、来てくれ田中、田浦」そう言って給養の川井2曹は席を立つ
各演習やハードな訓練等には正規の食事とは別に「増加食」と呼ばれるモノが付いてくる
訓練内容等によって中身は変わるが、菓子類からカップ麺にペットボトルなどなど種類は豊富だ。たまに「審査会」を開き、隊員からの意見も採り入れる
「お、今回はカロリーメイトか〜チョコ味好きなんですよね」とは田浦3曹「それとポカリ、まぁ定番だな」とは田中士長だ
「明日からかい?大変じゃのう〜」と笑うのは業務隊に転属した東野1曹だ「こっちも忙しくてな、なかなか楽隠居はできんわい」と苦笑いする
「残りは現地受領だな。さ、積み込んでくれ」そう川井2曹が言い、荷物を手際よくリアカーに積み込んでいく「配分したら後は各小隊に渡すよ」
そんなこんなで終礼「明日からの演習、ケガの無いように!今日はゆっくり休んでくれ。課業終わり!」中隊長が言う
「中隊長に敬礼!」運幹・岬2尉の指示が響く「かしら〜なかっ!」各小隊長の号令にあわせ、隊員の顔が一斉に中隊長に向けられる
演習準備の買い出しに来た田浦3曹「…行軍時にはウイダーを…飴も買っていくか」ここは駐屯地近くのスーパー「ニッショー」である
駐屯地に近く品揃えも豊富なこのスーパーは自衛官御用達の店でもある。今日も明らかにカタギじゃない連中がうろうろしている
短髪で背筋が伸びてガタイがいいのはほとんど自衛官である(オレもそう見られてるんだろうな…)ちょっとブルーになる田浦3曹であった
「田浦3曹!」懐中電灯の電池を選んでいた田浦3曹に声をかけたのは赤城士長だった「おぅ、買い出し?」「ハイ!田浦3曹も?」買い出し以外に何の用事があるのだろうか…
「何を買ったの?」「え〜っと…」赤城士長の買い物かごの中には、お菓子類やジュース類がいっぱいあった「そんなに食うのか…?」「多いですか?」恥ずかしそうに聞く
「正直言って今回の演習は行軍以外にやること無いぞ、特に小銃小隊はな〜」「そうですか?何か『射撃時の警戒』ってのに入ってたんですけど…」「それじゃあますます動かないな」
そんな会話を続け、買い出しも終わり駐屯地に帰る二人「オレは一旦下宿に帰るけどな」とは田浦3曹
「下宿っていりますか?」「そうだな…たまには一人の時間が欲しい時もあるのさ」「田浦3曹、実家は遠いんですか?」「まぁね、電車で3時間」「それは遠い…」
暗い夜道を二人で歩く「月は…11才くらいか。行軍時は満月かな?」空を見上げて田浦3曹が言う「月明かりですか?」「あぁ、重要だよ。あと日の出や日の入りとか…ま、これから覚えていくさ」
下宿の前に到着した「じゃ、ここが下宿だから」「けっこういいアパートですね?」興味ある目でアパートを見上げる
ふと(今誘ったら付いてくるかな?)と考える田浦3曹(この子は…男に対してあまりにも警戒心が無さすぎるな)
その性格が自身の強さから来るのか、男ばっかりの家庭から来るのかはわからない。が、あんまり警戒心を持ってないのは事実のようだ
(危ういな…自衛隊で逆によかったかもな)普通に会社勤めだったら、あっという間にホテルとかに連れ込まれるような気がした
(やめとくか…俺が大人にならないとな)そう思い直す田浦3曹「それじゃお疲れさん!」と言ってアパートに入っていく
「おやすみなさい!」そう言って去っていく赤城士長だった
演習当日の朝、営内者は0500起床だ「うぁ〜眠い…」半分寝ぼけた顔で洗面等を済ます。各車両のドライバーは一足早く隊舎を後にする
そして0600…「かしら〜なか!」中隊の朝礼をやって出発となった
「ウチが連隊の先頭を行く、営門通過は0615」岬2尉が細部指示を伝達する「着いたならば速やかに荷物の卸下、武器を優先します」
みんな聞いているのかいないのか、ぼ〜っとした顔である「…何か質問は?」し〜ん「よし、各車両ごと乗車、わかれ!」
朝焼けの中をディーゼル音が響く、隊舎の横の道に一列で停めてある中隊車両に隊員達が乗り込んでいく。先頭は岬2尉、最後尾に中隊長だ
岬2尉のドライバーは田浦3曹だ「さて、行きますか」ジープに乗り込みロータリースイッチを回しエンジンをかける田浦3曹、後部には無線機と林2曹が乗り込む
「パジェロならクーラーも効くのに…狭い!」ブーブー文句を言う林2曹「まぁまぁ、いつでも交代しますよ」苦笑いする田浦3曹
「さて、そろそろ出発だな」岬2尉が言う「わかりました」そう言ってウインカーを出す。後方の車両も一斉にウインカーが点灯する
「よし、出発!」ギアを入れクラッチをつなげようと左足を浮かせる「では、出ぱ〜…アレ?」前方に持続走訓練隊の監督が手を広げて通せんぼするように立っている
あわててブレーキを踏む田浦3曹、岬2尉がジープを降りる「今、訓練隊でタイム走してるんですわ、しばらく待っとってください」監督が言う
「ちょっと待って下さい!こっちだって命令に則った出発時間が…」抗議する岬2尉「そうは言ってもこっちも訓練なんですわ」聞く耳を持たないといった感じの監督
そうこうしてるうちに訓練隊の面々が前の道路を走り抜ける。後方を走る自転車の隊員がタイムを読み上げていた「もういいですわ、どうも!」そう言って監督は去っていった…
「こっちは連隊の般命に則って動いてるってのに…」ジープに乗り込んだ岬2尉が言う「まぁ彼らは一種の治外法権ですからね」呆れたように言う田浦3曹「じゃ、出発しますよ」
今度こそホントに出発だ。健康に悪そうな煙を吐き出し、ジープと後続の車両は駐屯地を出発していった
途中1度の休憩を挟んで、中隊は演習場に到着した。さっそく全員を集め中隊本部からの指示が始まる
「5号廠舎は中隊本部に1,2小隊、6号廠舎に残りの小隊、武器は…」細部指示を出し、宿営準備となった
さっそく荷物の卸下が始まる。陸士長以上は心得たモノで、全く無駄なく武器から宿営資材、個人の荷物までを下ろしている
「あの〜…」荷物の場所を指示していた先任に声をかけるのは赤城士長だ「私はどこに行ったら…?」当然ながらWACは別の廠舎に泊まる
「お〜そうそう、田浦〜!」先任に呼ばれて田浦3曹が来る「はい?」「赤城を案内してやってくれ」「わかりました」
「WACの宿泊場所はあそこに見える0号廠舎だ」田浦3曹が指す先には、少し新しい小さなプレハブが建っていた「本管のWACも来てるからね、一緒に泊まる事に…」
そこまで言った時、少し離れたところで甲高い怒鳴り声が聞こえた
「持ってきてないって〜!?何やってんだよ〜!」若い1士に背の低い曹長が怒鳴っている「普通は気を回して車に積むもんだろうがよ〜」どうやら何か忘れたようだ
「でも表示もなかったんでわからなくて…」「言い訳か〜?今から駐屯地に帰って取ってこい!」かなり無茶な事を言っている「今晩の酒が無くてどうやって宴会するんだ〜?」
「1小隊の小隊陸曹、木島曹長だよ」怪訝な顔で見る赤城士長に田浦3曹が言う「酒なんか買い出しに行ったらいくらでもあるのにね」
「言ってる間に宿営準備が終わりそうですね〜」呆れたように赤城士長が言う「あんまり『ジメジメ』にはかかわらへんほうがええよ」後から声をかけるのは井上3曹だ
「『ジメジメ』?」「そう、キジマやからみんな『ジメジメ』って言ってるんや。ジメジメしとるやろ?」
「しつこいからなぁ…」田浦3曹も言う「あんまり事務室から出てこないから、赤城はあんまり知らないよな?」「知らない方がええって〜今回は『3兄弟』がそろっとるわ…」井上3曹が眉をひそめる
「『3兄弟』?」赤城士長が聞く「今にわかるよ…」ため息をつく田浦3曹であった