まいにちWACわく!その19

「よ、おかえり」師団司令部から帰ってきた井上3曹に声をかけたのは田浦3曹だった「どうだった?売られた先は」
「ん〜まぁいつも通りやな。それより話を…」いつになく真剣な顔をする「赤城がウチに来るんやって?マジな話なんか?」
「あぁ、こないだ…」事務所であった近藤曹長と神野1曹のするは「…というわけでな、営内班長も神野1曹に変わったぞ。オレが補助に付くのは変わらないんだけどな」
「そんな事があったんや…」井上3曹そうつぶやきち頭を掻く「あれ?反応薄いな〜てっきり『オレが班長になって、夜の個別指導をやったるわ〜!』とか言うと思ったのに」
「あのなぁ…」ょっとあきれ顔だ「オレがそんな風に見えるかぁ?」「見えるけどな」きっぱり断言する田浦3曹

場所を自販機前のベンチに移す
「そりゃWACが来るってなったら冗談でも『ウチに来んかな〜?』とか思うわなぁ。でもマジで来るってなるやろ?こっちの訓練や仕事に絡んでくるんやから真剣になるわな」
「真剣に考えてるのか?」「そりゃあなぁ…」コーヒーを一口飲む
「例えばトイレは?寝るとこは?どこまでの事ができるんや?生理とかもあるやろ?問題点は山積みやぞ。そこまで考えとるんかいなぁ、ウチのボンボン小隊長は…」
「悲観視しすぎじゃないか?あの子の能力は高いぞ」「能力だけの問題や無いと思うが…ま、命令なら従うんやけどな」空になった缶を投げ捨てる

「とにかくあの子の部隊通信が終わってからやろ。いつもの事やけど様子見するわ」「そうしてくれ、考えすぎは健康によくないぞ」


クラブ「一番星」では3小隊のメンバーが6人ほど集まって飲み会を開いている
「いやいや、予備自が終わってホッとするよ。あいつらの射撃訓練に付き合うのは命がけだからな〜」そうぼやくのは3小隊のbRである片桐2曹だ
片桐2曹は39才、3小隊の中で最年長である
「そんなに危険なの?」そう聞くのは佐々木3尉だ「危ないですよ〜弾を装填した銃を右に左に振り回すわ、安全装置をかけずに銃を肩から外すわで…」
「ま、お疲れ様だね」そう言ってビールを注ぐのは神野1曹だ
「ホントに元自ですかね?危ないなぁ」と呆れるのは鈴木士長だ。レンジャー鈴木士長は現在陸曹候補生を目指して猛勉強中である
「ま、頭数合わせだからな」たこ焼きを突くのは小野3曹、体育学校でレスリングをしてた経験があり、そのせいか丸太のような腕をしている。そのパワーを生かして小隊では「不朽の無反動砲手」で通っている
「は〜危ないさぁ、そんな人らに援護射撃とか頼みたくないなぁ」そうつぶやくのは具志堅士長だ
沖縄出身の具志堅士長は母親が米軍の黒人とのハーフだったらしく、少し浅黒い肌をしている。名前通り(?)ボクシングでインターハイ出場の経験がある

「ところでだ、例の件はもう聞いたかな?」佐々木3尉が口を開く。「例の件」とはもちろん赤城1士の事だ
「何させるんですか?」と聞くのは片桐2曹「無反動の副砲手?使えるかなぁ…」とは小野3曹だ「いや、通信手じゃないかなぁ〜」とは具志堅士長だ
「具志堅、当たりだ。当初は小隊長通信手で使う予定だ」と神野1曹が言った「具志堅もついに班復帰だな〜」鈴木士長が嬉しそうに言う
「しかし使えるのかね?俺達全員WACと一緒に演習なんて経験無いぞ」そう心配するのは片桐2曹だ。陸士時代が長かったために年の割には階級が低いが、よく上の二人を立ててサポート役に徹している
みんな同様に考え込んだ顔をしている、普段は馬鹿話をしていてもやはり現実問題となると扱いが変わるようだ
「まぁ、まずは彼女の部隊通信教育が終わってからだな。それにクーリングオフも効くから心配すんなや!」少々たとえは悪いが神野1曹がこう言ってまとめる
しかし顔には出さないが、一番不安なのはその神野1曹であった(ホントにうまくいくんだろうか…)


中隊でのそんなこんなの心配をよそに、赤城1士の部隊通信教育は順調にそのカリキュラムをこなしていく
そして3月頭、教育の最後を飾る「総合野営」が始まった

「…と言っても1夜2日なんだがな。最初の日の午前中に移動、午前〜午後にかけて無線傍受、午後から有線構成、晩に断線状況、翌朝に小銃中隊の突撃に合わせた追随構成、そして状況終わりだな」
そう説明するのは通信小隊の金田3曹、聞いてるのは田浦3曹だ「結構本格的じゃないか?」「だから各中隊から支援を貰うんだよ」
最後の追随構成のために2コ小銃班、そして食事等の管理要員で各中隊から支援人員が出ているのだ
「ウチからは小銃班に5名、管理にオレを含めて2名来てるよ。そうそう、井上もいるぞ」「アイツが?うるさいんだよなぁ…」
田浦3曹と金田3曹、そして井上3曹は陸曹候補生同期である「まぁまぁどうせ明日までなんだからさ」

車で2時間ほどかかって近くの演習場に到着した。管理要員は廠舎に泊まれるようになっているので、田浦3曹たちはさっそく荷物の卸下を始める
「じゃ、オレは学生どもを見てくるわ」そう言って金田3曹は学生たちの所に向かった


『…こちら00、電あり筆記用意、送れ』無線機から流れる電報に学生たちは耳をそばだてている。12名の学生はそれぞれ4人ずつ3コ班に分かれて、各組ごと行動している
「こちら02、001の電了解終わり」電報を取り終わり各班に付いている助教に電報用紙を渡す「できました、金田助教」そう言ったのは赤城1士だった
「ん、貰おうか」そういって用紙を受け取る。武闘派でもやはり女の子、丸っこい字が少しかわいい感じがした「よし、次は1430から有線構成!159とリールの27を用意しておくように」
「はい!」学生たちが返事する「それまで食事。レーションはおいしくないがちゃんと食べておけよ」

「…けっこう早口だったよな?」「いや、あれくらいなら…」「雑音が多くて…」食事をしながらさっきの電報の件を話している
赤城1士を含む「第2班」は、本管の情報小隊の若手3曹である冬木3曹、通信小隊の新兵である森1士、そして山崎士長と赤城1士である
「まずは159の徒歩構成か、最初が一番キツいのって運がいいな」そうニヤッと笑うのは冬木3曹だ「あとがキツい方がいやだからな」
レンジャー助教でもある冬木3曹には1夜2日の状況など屁でもないようだ
「次は車両構成かJDR−8(小型のドラム)の徒歩構成ですね」そうつぶやくのは森1士、大卒で補士として入隊した彼はちょっと線が細く頼りなく見える
「…あんまりおいしくないなぁ」そうぼやきつつレーションを平らげたのは山崎士長だ

「…どうした赤城?元気ないな」普段は明るく元気な赤城1士だが、今日に限ってはなぜか普段より無口だ。それを心配してか冬木3曹が尋ねる
「いえ、大丈夫です」そういう口調にも元気があまり感じられない「ホントか?無理はするなよ」釈然としない顔をしながらもねぎらいの言葉をかける
その様子を見ていた森1士は、小便と称して金田3曹と冬木3曹を人気のないところに誘い出した


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