「…」先任の机の前で仁王立ちしているのは迫小隊の小隊陸曹・近藤曹長である「なぜウチなんだ?承伏できませんな!」
事務所にはいや〜な空気が漂っている…
田浦3曹の報告を受け中隊長が「4月から赤城を迫に入れる予定である」と迫小隊の小隊長・井坂2尉に告げてから10分後である
「いや、あのね近藤曹長…これは命令だから…」後にいるのは井坂2尉だが、蚊の泣くような声である「理不尽な命令には不服を申し立てる権利と義務があります」近藤曹長は全く意に介さない
「何が不満なんだ近藤?あの子は曹学だからしっかりとモスもあるんだがな。むしろ即戦力じゃないか?」先任がたしなめる
「即戦力になると?たかが1士じゃないですか、しかも女に何ができますか!」近藤曹長の四角い顔が赤く染まる
何事かと事務所をのぞき込んでいたのは3小隊の小隊陸曹・神野1曹である「まぁまぁ近藤曹長、使ってみないとわかりませんよ」後からたしなめるように言う
「…そりゃ何だ、迫なら女を使ってもいけるだろうって言いたいのか?あ?」
端整な顔立ち&182cmの高い身長&胸に光る空挺レンジャーの徽章は無用な敵を作る事もある。今回はまさにそれだった
「いや、そんな事は言ってませんが…あの子なら体力も」
「空挺レンジャー様のお墨付きか!てめえらからしたら迫は楽な仕事だろうよ!」さすがにこの発言には神野1曹もカチンときた
「空挺とかは関係ないでしょう!迫が楽な仕事とも言ってません!」そう反論する神野1曹、少しテンションがあがってきてるようだ
「いってるじゃねぇか!てめぇ何様だ?たかがバッタが迫を語るんじゃねぇ!」
「バッタだと…花火屋のあんたらこそ何様だ!」こうなると売り言葉に買い言葉だ。周りも止めにはいる事ができない
ついに近藤曹長の手が動いた「てめぇ…」そう言いつつ右手で神野1曹の襟首をつかむ
神野1曹も左足を引き拳を握る。横にいた田浦3曹が止めに入ろうとしたそのとき
「やめんか貴様らぁ!!!」ドアの方から中隊長の一喝する声が飛び込んできた
事務所にツカツカと入ってきた中隊長はにらみ合いを続ける二人の間に割って入った
「小隊陸曹が衆人環視の元でハッスルしてどうする!考えろ!」と一喝した。二人はにらみ合いを続けつつ、渋々といった感じで離れていった
「井坂、ちょっと中隊長室に来い。田浦、佐々木を呼んできてくれ」そう言って中隊長はきびすを返した。事務所を出る寸前で振り返り、近藤曹長と神野1曹に向かって言った
「今度、こういう騒ぎを超してみろ。一生礼文島で飯炊きやらせるからな…!」
中隊長室に入り井坂2尉がドアを閉める「あの、中隊長…」何かを言いかけるのを手で制し椅子に座る「ま、仕方ないさ。気を落とすな」そう慰めの言葉をかける
「下手したら1年単位で変わる小隊長より、長年部下を見続けて監督してきた小隊陸曹の方が権力を持ってしまうのは仕方がない話でな。ただどこかでけじめはつけんといかんぞ」
「…わかりました…」少し自信なさげに答える。そのときドアをノックする音が聞こえた
「佐々木3尉、入ります」そう言って入ってきたのは第3小隊長・佐々木3尉だ。若干25才にもかかわらず、なぜかいつも自信満々の顔をしている
「ウチの神野1曹が揉めたようで…申し訳ないです」全然申し訳なさそうに井坂2尉に言う「まぁ井坂も佐々木もちょっと座ってくれ」中隊長に促され、二人は応接用のソファーに座った
現場にいなかった佐々木3尉に概略の話を説明する「う〜ん、そこまで反対するとは…近藤曹長は何かWACに恨みでもあるんですかね?」佐々木3尉はポツリと疑問を口にする
「小隊陸曹があそこまで言い切ったら、迫で使うのはしんどくなるだろうな」とは中隊長の弁「…確かに、後々の事を考えますと…」井坂2尉も同意した
「と言うわけで佐々木、おまえの所で彼女を使ってみないか?」一瞬の沈黙「…えっ?」
「彼女の能力は男子隊員と比べても比較的高いレベルにあると言える、モスもあるし本人も戦闘職を希望している。何より神野が彼女を高く買っているんだ。どうだ?」
「しかしウチはゲリラ的な動きをする事も多いのですよ。大丈夫ですかね?雑魚寝どころの話では無くなりますが…」
「その点は彼女も覚悟の上だろう、本人も断りはしないと思うぞ」
「ウチは若い連中が多いから、下手な事をするかもしれませんよ?」
「まぁ確かに3小隊は血気盛んな若者が多いのも事実だ、だがおまえと神野で押さえたらその点は問題無かろう?」
「そうですね…神野1曹がしっかり押さえてるので訓練中や演習中にバカさせる事はありませんが…」
「どうだ?悪い話ではあるまい?」
佐々木3尉はその明晰な頭脳でいろいろと考えていた
(ここで彼女の一族に名前を売っておけば、けっこう出世の足しになるかも…あきらめていた「将」に手が届くかも)
(いや、もしヘマしたら?一生をふいにするんでは?)
(でもダメもとってのもあるしな…それにもしかしたら陸上自衛隊で初の試みになるかも…)
(それに命令だしな、いざとなったら突き返せばいいし。それにあの子の能力にも興味あるしな…)
「わかりました、ただしもし使えないようなら中隊本部にお返しする事になります。それでもよろしいですか?」
「もちろんだ、じゃあ頼むぞ!」
「…といわけで、3小隊配属を検討しているのだがどうだ?」その日の課業外、中隊長室で中隊長と赤城1士が面接をしている
「ハイ、もちろん喜んで!」赤城1士は一も二もなく同意した
「ただし、使えないとわかれば中隊本部に戻る事になる、いいね?」「ハイ、頑張ります!」「よし、じゃあ後で佐々木の所に顔を出すように」そう言って面接は終わった
そのころ、中隊本部…「えぇっ!マジですか…」「思い切った事するな〜」「まぁ近藤があれではなぁ」「自衛隊始まって以来じゃないか?」
みんな口々に「赤城1士3小隊配属」の事を口にしている「大丈夫なんですかね?」先任に尋ねるのは田浦3曹だ
「まぁ幹部の話し合いで決まった事だからな」そういう先任も首をひねっている「よりによって3小隊か…」
「…と言うわけで、部通が終わったらオレのとこに配属になるからね」「ハイ!よろしくお願いします!」佐々木3尉と赤城1士の面接は、普段は使われない調理室でやっている
傍らには神野1曹もいる「期待してるぞ」そう言ってほほえむ神野1曹
「ウチは知っての通り『遊撃』もしくは『ゲリラ』的な使い方をされる事が多い。だから体力錬成は継続してやるようにね」佐々木3尉が注意事項を言う
「地図は読めるか?女性は苦手だと思うがこれも必須だ。あとはロープワークだな、これから大変だぞ」神野1曹も後を継いで言う
「ハイわかりました!」「よし、まぁ今は部通を出る事を考えるようにね」そう言って面接は終わった
「…こうは言ったが大丈夫だろうか?」佐々木3尉が神野1曹に尋ねる「こればかりはやってみないとわかりませんな」現場の人らしく神野1曹は冷静に答える
「ま、オレは大丈夫と思いますよ。来年度はCTもありませんしね」「ボチボチ鍛えられるという事か…」