邸内クラブ「一番星」は新年早々から営業している。さすがに客はまばらだが、店長には余り気にならないようだ
「新年明けましておめでとうございます」そう言いつつ先任は中隊長のコップにビールを注ぐ
「いやいや、今年もよろしく頼むな。4/四は忙しいからなぁ…」どうしても暗い話になってしまう
ちょうどそこへ権藤店長がやってきた「おや中隊長、先任もいるのかい。あけましておめでとう!」そういって焼酎片手にテーブルまでやってくる
「あけましておめでとう店長」中隊長が挨拶する
「や〜店長、年末行事ではうちの若い子が世話になったね。お礼を言わんといかんな〜と思ってたんだよ」そういって先任も挨拶する
「ん、まぁな…」いつもと違う店長の雰囲気に二人は「?」と顔を見合わせた
焼酎をあおり店長が口を開く「なぁ、普通科のWACってのは客寄せなのかい?あの子は宴会の時に見た限りでは、かなりやる気満々だったんだがなぁ」
そういってコップを置く「部隊での女の子の扱いが難しいのは知ってるが、あんな仕事をさせるために雇ってるわけではないだろう?」いつになく真剣なまなざしに中隊長も先任も圧倒される
「ちょうどWAC一期生の人が来ておってが呆れとったぞ『自衛隊は退化してますのね』ってなぁ…」年末行事に来ていた東雲(元)1尉の事だ
先任が口を開く「しかし1科からの命令だったから…それに雑用も大事なのは店長も知ってるでしょう?」「確かに、だが若いモンのやる気を削るってのはいかんじゃろう」「それはわかりますが…」
聞いていた中隊長が口を開く「私は陸士の時、演習場の宿営地の便所に落ちた車の鍵を拾わされた事がありますよ。あの時は辞めてやろうと真剣に思いましたが…」そう言ってビールを一口飲む
「雑用も訓練も事務処理も、すべてこなしてこそ汎用性のある普通科ですからね。あの子もわかってくれるでしょう」
「訓練させるのか?あの子に何をやらすんだい?」「迫…で使えればいいのですが」少し考える権藤店長「大丈夫じゃろう、体力はあるんじゃろう?最近の迫撃砲は軽いからのぅ〜ワシが満州にいた頃は…」
いつもの与太話が始まり、中隊長も相手をするのに苦労している
それを横目で見ながら先任は一抹の不安を抱えていた…
次の週、赤城1士の部隊通信教育が始まった。中隊からはもう一人、対戦車小隊の山崎士長が参加している
「今回は体力面に関して、赤城より山崎の方が心配だなぁ」運幹・森永1尉が心配するように、山崎士長は少々肥え気味体型なのである
「だからあの二人がくっつく事はあり得ないと思いますよ」田浦3曹はこう断言した。ここは中隊長室、いつもの3者会談である
「そうか、ところで田浦」中隊長が口を開く「通信に知り合いはいるか?今回部通に絡んでる人間でだが…」
「履修前同期の金田3曹がいます。すでに話はしていますので…」「さすが早いな。部通での状況によって4月からの配属を考える予定なのでな」中隊長が感心したように言う
「やはり迫、ですか?」田浦3曹が尋ねる「そのつもりだが何か?」
田浦3曹は横目で先任を見る(例の近藤曹長の件、言ってないんですか?)
先任も目で答える(まだなんだ…)
「田中士長、入ります」ノックの音とともに給養付・田中士長が入ってきた「中隊長、お客さんです」
「お〜そうか、じゃ解散だな」そういって3者会談は終わってしまった…
寒い中、赤城1士の部隊通信教育は進んでいった
「まぁ学生には1士から3曹までいるわけだが…」厚生センターの喫茶店で額を合わせるのは田浦3曹と通信小隊(部通助教)・金田3曹だ
「その中でも彼女は結構やってる方だと思うがな。中村の再来みたいだな」
眼鏡をかけた金田3曹は顔だけ見れば大学生のようである。が、首から下はまるでラグビー選手のようである。本人曰く「有線は首から下が命!」だそうだ
「無線機の取扱や学科に関してはトップに近いな、有線も中の上ってとこだ。むしろあの山崎ってのが問題かもなぁ…」紅茶をすすりつぶやく「そんなにか」田浦3曹が尋ねる
「ナンバーは通信をなめてるのか?体力勝負だと何度も言ってきたのに…あれじゃあ159ドラム1缶もたんぞ」
もっとも有線の隊員を泣かせる器材の一つ「JRL-159/u」は重さ30kgを超える有線ドラムであり、徒歩で有線の回線を構成する場合はこれを二人で持ちかなりの距離を走らなければいけない
「だいたい通信が楽な仕事と思ってるヤツが幹部には多すぎる…」「わかった、わかったから押さえて押さえて…赤城は159ドラム持てるのか?」
「あの子はいけるよ、ただやっぱり1缶が限界だな。男と女は基礎体力が違うからな」「ま、そこは仕方ないさ。ありがとよ〜ここは奢るよ」
そういって田浦3曹は領収書を持って席を立った
「あ〜もう、指がヒリヒリする…」夜のWAC隊舎に赤城1士の叫びがこだまする。部隊通信の課題の一つ「結線」をしている
「課題作り?大変ね〜でも慣れたら指の皮が厚くなって作りやすくなるわよ」横から指南するのは中村3曹である
「中村3曹は何で今回助教に来なかったんですか?」指を動かしながら赤城1士は尋ねる「来てくれたら楽しかったのに…」
「順番だから仕方ないわよ、それに助教も大変なのよ〜そこ、銅線が切れてるわよ」さすがにめざとい中村3曹である
「…この携帯電話全盛期に有線ってのも不思議ですよね」少し手を休め赤城1士はペットボトルのお茶を飲む「ず〜っと昔から変わらない技術なんですよね?」
「そうねぇ…部隊通信の教育を受け始めた人はみんな言うわね。でも電子戦の話とか聞いたでしょう?無線では完全にカバーしきれない部分があるのよ」
それからずっと結線を作り続けて、やっと今日の分が終わったようだ「ふ〜疲れましたぁ…目がチカチカします」
「お疲れ様、まぁとにかく今は教育を受ける事ね」「わかってます、毎日結構楽しいですよ〜他中隊の人とも仲良くなれますしね」
部通学生は全部で12人いる。各中隊から派遣されてくるので、知り合いを作るいい機会でもある
「誰か気になる人はいるの〜?」横から東間士長が口を挟む「ん〜いません、今は教育が大事デス!」キッパリと否定する赤城1士であった