まいにちWACわく!その6

隊内クラブ「一番星」は、営門のすぐ横にある。平屋1階建てで座敷の宴会場とテーブル、カウンター席に分かれている。
そのカウンター席で先任と本管先任・泉曹長と重迫先任・飯島曹長が並んで座っている。

「WAC来たらしいのぅ、どんな感じや?」広島弁で飯島曹長が聞く。すでに目の前には空になったジョッキがある。
飯島曹長は50歳、四角い体と四角い顔を持ち「千人しばいたから先任になった」と豪語する武闘派である。
「これから苦労しそうですね」メガネを中指で持ち上げて泉曹長が聞く。日本酒をチビチビと舐めるように飲んでいる。
泉曹長は41歳、情報小隊〜連隊2科〜師団2部〜方面調査隊と、ずっと調査畑を歩いてきた。髪を伸ばせば「市役所の職員」で通じる風体である。


「重迫にもWACいたよね、どうだった?」先任が聞く「あんまりよくなかったのぅ、うちは二人入ったんじゃ」飯島曹長は苦い顔をする。
「二人っちゅうのは助け合える事もあるんじゃけど、一人が堕落したらすぐもう一人も落ちるんじゃ」
一日限定10個の「馬刺し」を食べつつ先任が聞く「どんな風に?」
「一人は頑張ろうって気があったんじゃ、率先して仕事も覚えようとしとったしな」すでにジョッキ3杯目だ。
「でもなぁ…もう一人が舐めたヤツでな。弾は持てないし有線張らせたら草で手を切ったと大騒ぎ、射撃もヘタクソで書類をやらせたらミスの連発。ありゃひどかった…」
「そんなにか?」「でも努力しようとしちょったら、鍛えてやろうとも思うけんね。あいつは『女だからできな〜い』とハッキリ言いやがった!」ドンと机を叩く。
「もう一人もそんな考えに感化されてな、結局任期満了で辞めていったわ」「二人とも?」「いや、舐めちょったヤツは師団司令部に行きやがった」焼き鳥を口に運ぶ。
「要領ばっか覚えやがって…もうWACなんざいらん!」「声がでかいよ…」先任がたしなめる。

「WAC云々より、個人の資質の問題かもしれませんね」じっと話を聞いていた泉曹長が言う。


「本管には今もWACがいるね。中村3曹には世話になるよ」熱燗を注いで先任が言う。「いえいえ、たいした事もできませんで」
「本管のWACはどうなんじゃ?問題ないんじゃけぇうまくいっとるんやろな?」飯島曹長はすでに真っ赤である。
「ええ、まぁウチも受け入れたときはごたごたしましたがね」「例えば?」「そうですね…古手の陸曹が少し甘やかしたのです」酒を舐める泉曹長。
「甘やかした?」「えぇ、キツい指導もなしで…上の陸士長連中は明らかに不満顔でしたね、『俺たちのときと違う!』って」
「今はどうなの?」「通信にWACが入った後に中村3曹が曹学で入ってきまして、泣き言ひとつ言わず部隊通信の教育を終わらせたのです」
「それで意識が変わった?」「ええ、我々も彼女たちも…結局は人によるんですよ、男も女も代わりませんよ」


明太子チーズポテトをつまみながら泉曹長は続ける「赤城1士でしたか?真面目そうな子でしたね」「あぁ、真面目だな。血もあるのかね?」
「やはり赤城海将の娘さんでしたか」「知ってるのか?」「元々はP3-Cの乗員で、情報調査のプロですよ。一度勉強会で公演してました、自衛隊屈指の情報の専門家です」

「なんでぃ、先任が3人もそろって湿気た面だなぁ!」ビールを持ってきたのは「一番星」マスターの権藤店長である。
権藤店長は81歳、自称「沖縄戦の生き残り」で「玉音放送を特攻機のコックピットで聞いた」という「ルバング島の生き残り」である。まぁ全部ウソだろうと言われているが…
警察予備隊からずっと自衛隊に在籍し、定年を迎えてから20年以上クラブの店長として働いている。
「先任がそんな面しちゃあいけねえや、部下が不安がっちまうぞ!」ひゃっひゃと笑う権藤翁「ワシが満州で馬賊と戦ってた時なんざぁ…」
「こないだはビルマでえげれすと戦ってたと聞きましたが?」泉曹長は真面目&冷静だ。「おぅ、武勇伝ですか〜」面白がってはやし立てる飯島曹長。

そんな騒ぎをよそに先任は考える(個人の資質か…)


同じころ、WAC隊舎屋上…

「もしもし、信ちゃん?」(龍子?元気〜?って今朝別れたばっかりだったよね)同期で同じく普通科中隊に配属された清原信江1等陸士だ。
「どう?配属先は」(だめだめ!「女が何しに来た」ってみんな顔に書いてあるんだもん、龍子のほうは?)「ウチは普通かな?でもやっぱり通信だったよ…」
(それは仕方ないよ〜私なんかいきなり「業務隊に臨時勤務」とか言われたの。あったまきちゃう!)「それはひどいね〜」



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