まいにちWACわく!その2

番外編・生活隊舎
「飯島士長〜、事務室で小耳に挟んだンすけど、今度ウチの中隊にWACが来るらしいですよ!」
ここは生活隊舎・談話室。連隊長の「鶴の一声」により営内班が禁煙になって以来、喫煙者の溜まり場である。
「何ャ〜!マジでか!三島君、その情報はどっから仕入れたのかね?」三島士長は丁寧にプレスをしながら答える。
「ダテに中隊長伝令やってませんよ。昨日、中隊長室の掃除してる時に聞いたンすよ。事務室で中隊長が幹部やら係陸曹やら集めて相談してました」
飯島士長は先任士長だ。 「昔さ、重迫にWACが居たけどさァ、ロクなもんじゃなかったぞ。演習ン時だって大変だろ?」
飯島士長は煙草を美味そうに吸いながら続ける。
「それとも三島あたりがヤっちまうかァ〜!?」

そうなのだ、三島士長は「中隊の便利屋」と言われる様にドライバー、通信、らっぱ、炊事、伝令などをその時の要望に応じてそつなくこなす陸士なのだ。
つまりWAC赤城1士と任務を共にする可能性が高い・・・。しかも入校やら支援やらで関わったWACとは何かしらのつながりを残してくる様な男である。
今年の初めにも、音楽祭り支援で一緒だったWACから年賀状が多数届いて中隊で話題になった事がある。
「ま、来てからのお楽しみですな・・・!」
二人は若干淫靡な笑いを共有した。
こうして営内に住む陸士の間に「WAC来たる」の噂は広がっていったのであった・・・。

生活隊舎編、不定期につづく・・・

そのころ師団司令部では 「というわけでお世話になりますがよろしく・・・。」がちゃん。
赤城総監と師団長は防大の先輩後輩の中である。
師団長がラグビー部で鍛えに鍛えられた4年が今の総監である。
以来幾星霜30年近い付き合いになる。 「そうか・・あの子もな。」
しばらく会っていないがどんな子になったのだろうか?
「母親はひょうばんの美人で仲間のアイドルだったからな・・。」

「はい・・・・・・・・わかりました。そうですか」がちゃん。
「先任・・・。」 「中隊長どうされました」 「師団長検閲が決まった、1週間後だそうだ。」

検閲はつらかった。しかし、終わった。事故もなく
そして、赤城1士が配属された・・・


「WAC受け入れ命令」以来上も下もバタバタしてたが(キレた中隊長、通信陸曹の苦悩、ゲットを狙う「不穏分子」の存在)ついに、赤城1士の着隊の日を迎えた。中隊長は先日の「師団長点検」のことを思い出していた…

急な点検が決まって、3日間を「環境の整備」に費やした。生活隊舎は見ないとのことだった。この点検が赤城1士受け入れに絡むということは全隊員が薄々感ずいていた。
実際点検自体は数分で終わり、中隊長以上の幹部と師団長との懇談が連隊長室で始まった。

「連隊もまぁよくやってるねぇ」師団長が横に少し大きい巨体を揺らし発言する。「はっ、アリガトウゴザイマス!」これ以上はないというくらい背筋を伸ばした連隊長が答える。そうした雑談が10分も続いた後、やっと本題に入り始めた。

「ところで、今年の曹学の受け入れ準備はどうかね?」「はっそれはもう各中隊が準備を万端にしております!」
「急なWACの受け入れを快く引き受けてくれて助かるよ。赤城1士はどこの中隊かね?」
「ウチであります」中隊長が答える。幕僚や他の中隊長も注目する。
「そうか、全国でもナンバーにWACを受け入れるのは10個連隊しかいないのでな、よろしく頼むよ!」微笑みながら師団長が言う、幹部の微笑みには警戒が必要なことは中隊長も承知している。
「了解しました…」やや警戒しつつ答える中隊長。さらに師団長が続ける。
「赤城1士、いや龍子くんは私も生まれたときから知っている、彼女の父親とは懇意にしててね」目を細め懐かしむように語る。「よく兄たちとおもちゃの取り合いをしてたものだ、知ってるかね?彼女の上の兄は来年防大を卒業、陸に入ることが決まってるのだよ」

「ナンバーには本人の強い希望だそうだ、面倒を見てやってくれたまえ」……すぐさま返事をしない中隊長、一瞬の間を置き中隊長は意を決したように話し始めた。
「中隊配属された隊員は分け隔てなく面倒を見て鍛え上げます。赤城1士にも同様に接してよろしいのですね?」「もちろんだとも」「では、私の指導方針にお任せいただきます。問題となるような事があった場合以外、これからは口出し無用に願います!」

空気が凍りついた、幕僚たちは動揺し連隊長も言葉を失ってる…一介の中隊長ごときが師団長に対して意見する、高級幹部の頭では理解できない事態が起こってしまった。

ようやくフリーズから解けた連隊長が席を立ち話そうとする「中た…」それを傍らにいた副連隊長がひざを抑え制する「お待ちを」低くつぶやき師団長の方を見るよう目配せをした。

師団長が口を開いた「それはもちろんだ、師団長が一介の陸士の事に口を出すことではないな。これはあの子の父親と私個人の頼みと思って聞いてほしい」そうして師団長は席を立ち中隊長に向かい合う、そして軽く頭を下げて
「あの子のことを頼む、甘やかさずに一人前の自衛官にしてやってくれ。それは彼女の願いでもあるのだから…」中隊長も席を立ち頭を下げる「わかりました」

連隊隊舎前で幕僚と中隊長たちが師団長の黒塗りプリウスを見送る、そして解散となった。誰も中隊長には声をかけない。
先ほどの件を叱責すれば師団長への背信行為になりかねず、激励すれば問題発生時に巻き添えを食らう可能性がある…という考えがあるようだ。中隊長は硬い表情のまま中隊に帰ろうと隊舎に入った、そのとき不意に肩をたたかれ振り返った。

「大見得を切ったな」副連隊長だった「ハラを決めましたからね」中隊長が答える。
フッと表情を和らげ副連隊長が言う「ロープ橋で泣いてたレンジャー学生が立派になったなぁ」「『鬼のレンジャー教官』は丸くなられましたね」同じく表情を和らげ中隊長が答える。
「私にできることがあれば協力しよう。一人の女の子を一人前の自衛官にする、やりがいのある仕事じゃないか!」笑いながら副連隊長が言う「どうせならレンジャーに入れてみるか?」「それは無茶でしょう…」

それ以来受け入れ準備は飛躍的に早くなった。営内班長は先任と訓練Bの田浦に任せることになり、営内の指導は本管・通信小隊の中村3曹に任せることとなった。中村3曹も曹学出身なので、なにかと助けてくれるだろう。 中隊の隊員にはセクハラ防止教育も行った。岡野2曹も教育資料をそろえ、受け入れ準備は考えうる限り万全を期して準備された。

そうして、受け入れの日がやってきた。


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