フェスティバル!その8

一方こちらは駐屯地内、私服に着替えた小野3曹が巡察に回っている
短い髪、伸びた背筋、Tシャツの袖からはみ出る二の腕の太さ、どう見ても自衛官という事がわかるので、あまり私服の意味がないのだが…

昼過ぎになり、観客の姿も減っている…訳はなかった
グランド周りの道路では屋台が並び、音楽隊の演奏会なども開かれている
グランドでは訓練展示で使ったヘリや装甲車、先ほどの音楽演奏で使った105mm榴弾砲、小銃や無反動砲などの装備品展示
有線電話や暗視眼鏡などの体験コーナー、迷彩服や個人装備の体験試着などが行われている
そして大人気なのが高機動車と戦車の体験試乗だ

戦車の体験搭乗コーナーには長蛇の列ができている。高機動車の方はまだ短いが、それでもけっこうな人が並んでいる
(みんな暇人だな〜)長い列を見て小野3曹は思う

自衛官というのは基本的に、軍事マニアはあまり多くない
仕事でさんざん銃や兵器に関わっているので、趣味の世界まで「そっち」の方に行きたくない…という考えをしている隊員も多く
マニアには自衛隊の訓練は内容的に物足りなく体力的に過酷なので、あまり軍事マニアは入隊しない(しても長持ちしない)事が多いのだ
小野3曹もマニアではない。もともとレスリング一本で自衛隊に入隊し、体育学校で数年間汗を流した後に部隊に配属された
だからこういった行列を見るとついつい苦笑いしてしまうのだ

ドンッ!と左足に軽い衝撃を受け、小野3曹は足下に目をやった
そこには小さな子供が尻餅をついていた。年齢は5才くらいか(あれ?どこかで見たような…)
キョトンとした顔で小野3曹を見上げる子供「ボウズ、ケガは無いか?」一応は笑って声を掛けてみる

周りに保護者らしき人の姿は見えない、するとその子が「あのねー、おかーさんがまいごになったのー」と話しかけてきた
「迷子はボウズじゃないのか?」プッと吹き出す小野3曹
「ちがうのー、戦車にのってぇ…そしたらおかーさん、気分が悪くなったのー」「ふーん…迷子案内所に連れて行くか…」
正門付近に来賓受付などのテントがあり、その一角に「落とし物・迷子案内所」が設置されている
子供の手を引き迷子案内所にやってきた

『迷子の案内をいたします…』普段は起床から消灯までのラッパをながしている駐屯地のスピーカーから、衛生小隊のWAC橘1士の声が響く
「ま、しばらく待ってたらお母さんも来るだろ…それじゃぁな、ボウズ」「えー?どこいくのー」「オレは仕事なんだって…」そう言って迷子案内所を後に…しようとしたその時
「おい!衛生の子いるだろ!?ちょっと来てくれ!」血相を変えた警務隊の巡察隊員が飛び込んできた
「すぐそこで軍人会の人が倒れたんだ!ちょっと見てやってくれ」「え〜私がですかぁ?ここって今、私一人なんですけど…」とその瞬間、小野3曹と橘1士の目が合った
「…オレが残るしかないのね」「すみませ〜ん。じゃ、お願いしま〜す」そう言うと橘1士はテントの外に飛び出していった


「ねーねー、お兄ちゃんってじえーかんなの?」「あぁ、今は私服だけどな」
その子はニコニコして小野3曹に話しかけてくる

「きょうはめーさい服じゃないの〜?いつも何してるのー?鉄砲ってうったことあるー?腕ふと〜いね〜なんで?でさー…」むんず、と子供の頭を掴む小野3曹「うるさいっての」
それでも何が嬉しいのか、キャッキャとはしゃぎながら小野3曹にまとわりついてくる
「あ〜も〜うっとおしぃ!おとなしくお母さんを待ちなさいって」引き離そうとするとこれまた嬉しそうに絡んでくる
「…とほほ」頭にしがみつく子供を引きはがすのも面倒になり、母親の到着をひたすら待つ小野3曹だった

「…戦車っておっきいんだよ〜も〜こんなに!」そう言って両手を一杯広げる子供「はいはい」生返事の小野3曹、しかし気にする様子はない
「でさ、ブォーン!っておっきな音たてるんだよ〜」「知ってるよ、戦車はリッターで500mしか走らないくらい燃費が悪いしな。エンジン音もデカいだろ」
「ふーん」「…意味わかってんのか?」「わかんなーい」あっさり答える
「…帰ったら父ちゃんに聞きな」「いないよ」「いないって?出張とかか?」小野3曹が聞くと
「ん〜ん、じこでてんごくにいったんだって」「…そうか、すまん」地雷踏んだか?と顔をしかめる小野3曹
「ホントはへりこぷたとか飛んでるトコ見たかったんだけどーなんか『でもたい』やらないといけないから見れなかったんだ」
「デモ隊?」そういえばこの子の顔は、午前中に見たデモ隊の中にいたような…と思い出す
ぐったりしてる子供を連れてデモ隊を離脱した母親がどうなったかわからなかったが、駐屯地の中にいたとは思わなかった

「待っててもらってすみませーん、処置は無事終わりましたー!」元気いっぱいの橘1士が帰ってきたと同時に
「あの〜うちの息子がお邪魔してないでしょうか…?」顔を出したのは20代前半の女性だった


「スミマセン、うちの子が…」頭を下げる女性は、確かに午前中デモ隊の中に見た顔だ
二人はまだ駐屯地内を回るということで、小野3曹が案内をすることになった

「お仕事中じゃないんですか?」と母親…綾崎という名前らしい…が聞いてきた
「見回りですから、別に案内しながらでもできますしね。それに今はホントなら休憩時間でして…それに」そう言って腕にぶら下がる子供を持ち上げる
「この子が離してくれないんですよ」と苦笑いする

小野3曹の太い腕で持ち上げられて大喜びの子供「スミマセンこの子はホントに…」
「いやいや、さっきはグッタリしてたんで心配だったんですけどね」その言葉にふと顔を上げる綾崎さん「さっき…って?」
「午前中にデモ隊の中にいたでしょ?まぁこの子も言ってましたけどね」「…見てたんですか…」と顔を曇らせる
「…もしかして、今って見張られてる?」上目遣いに小野3曹を窺う
「まっさか〜!オレ達にそんな暇があるわけない、そういうのは警察のお仕事です」と言って笑う「それにデモ隊の人達がみんな『活動家』ってワケじゃないことぐらい知ってますからね」
自衛隊の基地や駐屯地に来るデモ隊の半分以上は、労働組合から動員された人や大学などで募集されたバイトだという
揚陸訓練の抗議に来ていたデモ隊のメンバーが、解散後に自衛官と一緒の記念写真を撮っていた事もあったという…
最近はその手の「市民団体」も予算が少ないらしく、デモ隊の人数もここ数年で目に見えて減ってきている

「…勤め先の上司から強引に誘われて…断り切れなかったんですよ。でも飛び出してきちゃったから、職場にも居づらくなります」そう言ってため息をつく綾崎さん
「そんな職場は辞めた方がいいんじゃないですか?と、簡単にはいかないか…ん?」正門のすぐ横にある隊員クラブ、今日は営業していないため人もあまりいない。外においてあるテーブルと椅子に何人かの酔っぱらいが座っているくらいだ
その入り口のドアの前に、一枚の紙が貼ってある事に小野3曹は気づいた
「…『店員募集、時間1500〜2200頃まで、時給900円以上』か。アレなんかどうです?」「アレって…『隊員クラブ・一番星』何ですかここって?」
「簡単に言うと駐屯地内の飲み屋です。許可が出ない限り、駐屯地内は隊員クラブ以外飲酒禁止です」「でも隊員の人の屋台でビール売ってましたけど…」
「今日は許可が出ているのです。お祭りですからね」駐屯地の行事などでは飲酒許可が下りることが多い。しかし、行事の勤務員や車両操縦要員などは当然飲めないが…
「あんまり夜遅くの勤務は…この子もいますし」「店長なら子連れ出勤もOKしそうですけどね、変な人だけど悪い人じゃないですよ」
ふ〜ん…と考え込む「そうですねぇ、考えてみます。連絡先は…」「さぁ、駐屯地に電話をすれば大丈夫だと思いますけど…」
ここでふと思いつく小野3曹「じゃあオレの携帯番号を教えますよ。オレから店長に話しときますし」
「そんな…悪いですよ〜」「いやいや別に気にしなくてもいいっすよ〜」まだまだ若い女性相手に、少し下心もある小野3曹
「そうですか…?じゃあお願いします。私の番号は…」

「それじゃーねお兄ちゃん」「では…」手を振る子供と頭を下げるお母さん、無帽だが挙手の敬礼で返す小野3曹
そして二人は営門を後にした
そんな二人の背中を見て「…なんかナンパしたみてーだな」と照れたように顔を掻き苦笑いする小野3曹だった


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