『引き続き、音楽隊と特科部隊による音楽演奏を実施します。曲名は…』
音楽演奏が始まるまでの間に腹ごしらえをしよう、と観客たちが各中隊の屋台に入り始めた
「注文、ねぎま3本に胸肉6本!」「ねぎま3,ムネ6!ありがと〜ございまぁす!」威勢のいいかけ声が響く1中隊の焼鳥屋
「お、やってるね〜」と顔を出したのは、老体に鞭打ってパレードに参加していた先任だ
「先任!先任だけに千本くらい注文してくださいよ〜」「おめ、在庫が無くなっちまうだろうが!」陸士たちもそれなりに楽しんでやっているようだ
店長(?)の川井2曹がやってくる「先任、お疲れッス!」「どう?売り上げは」見た様子ではそう悪くはないようだ
「このまま行けば完売できますよ!去年は少し余りましたからね…」売り上げに協力しようと、中隊の隊員も何人かいるようだ
その中の一人、佐々木3尉が先任に声をかけてきた
「先任、重迫の店見ましたか?」「いや、まだですが…」「なかなか面白いことやってますよ。来年はウチでもやりましょう!」
そこまで言われると興味が湧く先任、さっそくやってきた重迫撃砲中隊のクレープ屋。若い女の子の姿が多いのは、やはりクレープのおかげか…と思ったが、何やら様子が違うようだ
店の天幕の横に立てかけてある板、その前にちらほらと女の子の姿が見える。はたして何があるのやら…とのぞき込む先任に、重迫中隊の先任・飯島曹長が声をかけてきた
「佐藤准尉!偵察ですかいのぅ?」「や、曹長。重迫が面白いことをしてるって聞いてね」そう言って立てかけてある板を見る
「…『ミスター重迫中隊コンテスト』…?なんだこりゃ?」板には重迫中隊の隊員たちの写真が貼ってある。デジカメで撮った写真のようで、迷彩服を着た普通の写真から、中には花をくわえた変な写真まである
その下には隊員の名前、階級、、年齢、そして一言コメントが書き添えられている。そして板の横には投票箱が掛けてある
「独身隊員の人気投票をやっとるんです。全員、独身で彼女無しばかりですけんのぅ」「これは…」目が点になる先任
「希望があれば隊員を紹介する事もあります。出会う機会のない若い連中にチャンスをやろうってことですわ」強面の顔と広島弁で恐れられている飯島曹長がこんな企画をよく…と重迫中隊では騒然となったらしい
しかし先任はニヤリと笑い飯島曹長に言った「曹長も駐屯地の祭りで奥さんと知り合ったから、かね?」
「む、まぁそれも…」苦虫を噛み潰したような顔をする飯島曹長「でも駐屯地の中でナンパした相手が、幹部の娘さんだったってのがまずかったね」
記念日行事などに来る客の中には、駐屯地勤務の隊員家族が来ることも多い。飯島曹長が陸士時代にナンパした相手もそうだった
付き合い始めて数ヶ月、その事実を知った時にはすでに遅し…結局、陸曹を目指し昇任と同時に結婚する羽目になってしまった
「…地雷でしたわ」「ま、いいじゃない。今はけっこう幸せなんでしょ?あんな可愛い娘さんが3人もいるんだから」
口では「失敗した」と言っても、結局は円満な家庭を築いている飯島曹長。人生なんて何がどう転ぶかわからない…
ずらりと整列した音楽隊、その横には4門の105mm榴弾砲
チャイコフスキー作曲「1812年」の演奏が始まった
「大砲を使う曲」の割に最初はゆったりしたテンポで始まる。特科部隊は待機中…観客たちもリラックスムードだ
最初に『大砲の音が大きいので、小さなお子様連れの方はお気を付けください』というアナウンスが流れたので、すこし緊張の面持ちで見ている観客も多い
子供連れの親が注視しているのは、大砲を撃つ時に旗を揚げて合図を出す隊員だ
曲も佳境に入り、特科の隊員たちが動き始めた。一人で持てるサイズの105mm砲弾を準備する
そして、曲がだんだんと勇壮なメロディーに変わっていく…合図を出す隊員が旗を掲げた
観客たちも息を呑む。多くの観客が耳を塞いだ…そしてタンバリンが打ち鳴らされた次の瞬間
ドーン!!!
轟音が鳴り響いた
駐屯地内の隊舎、外のマンション、近くの丘に反響した砲声がこだまする
空気自体が振動し、窓ガラスがビリビリと震える…観客たちの歓声、そしてもう一発
ドーン!!!
ドーン!!!ドーン!!!
一気に数発の空砲が鳴り響いた。油断して一発目で耳から手を離した子供が何人か泣き出してしまった
そしてしばらくまた特科部隊は待機…
観客たちはまだザワザワしている
そしてクライマックス
また旗が揚がった。耳を塞ぐ観客たち
ドーン!!!ドーン!!!ドーン!!!
数発連続で轟音が響く、そして…
ドーン!!!
最後に全砲門が同時に火を噴いた
指揮棒を下ろす指揮者、そして…万雷の拍手が鳴り響いた
観閲行進、訓練展示、そして音楽演奏と終わり、グランドでは装備品展示と体験試乗の準備が始まった
観客たちも散り始める
そしてここ、食堂では…先ほどの観閲式で連隊長の後ろに座っていた来賓たちがぞろぞろと集まってきた
記念祝賀会食はまもなく始まる。先ほどから準備に駆け回っているのは…
「これでいいですかぁ?」「ちゃうちゃう、もっとデカい箸や。菜箸って知らんか?」会食支援要員たちがバタバタ動き回っている中、井上3曹もソバの屋台を準備している
豪華なオードブルがテーブルに並べられ、ソバだけではなくステーキや揚げ物、さらには寿司のコーナーまであるという
「つまらんの〜自分では喰えへんのやで?ど〜せ余るんやからちょっとぐらいええやろうに…」「はぁ〜そうですか〜」
文句の多い井上3曹と、相方は他中隊の隊員、18才には見えないくらい童顔の2等陸士だ。何をしていいかよくわかってないようで、さっきからぼ〜っとしている
「…大丈夫やろか…」仕事が増えそうな予感に少し不安を覚える井上3曹であった
「…衛隊の任務はここ数年で大きく変わりました。我々もなおいっそう、国民の負託に…」
会食場に連隊長の挨拶が響く。この後にも政治家や知事、市長などの挨拶が続くことになっている
「…つまらんなぁ」最初のウチはピシッと直立不動で立っていた井上3曹だが、誰も見ていないことに気づいてすっかりだらけモードだ
そんな井上3曹がさっきから気になるモノ、それは…会食場の台上に並べられたお酒の数々だ
特に、親交のある沖縄の部隊から送られてきた泡盛…なんと30年以上前の沖縄復帰の頃に作られた年代物だという
(これは飲まへんわけにはいかんやろ…)往々にしてこういった場での酒は余るモノ、密かに一杯飲むチャンスを、あわよくばくすねるチャンスを狙う井上3曹であった
会食が始まり、最初の頃はバタバタと動き回っていた井上3曹と相方の2士。しかし小一時間もすれば食事より飲む方優先になる
ぱらぱらとしか客が来なくなった屋台(これはチャンスか!?)台上の酒は…あった。封が切られ何人かのコップに注がれているが、まだまだ残量は充分にありそうだった
「…なぁ、ちょっとトイレに行ってくるわ…」そう言って踵を返す、がその時「お、狙撃手クンじゃねぇか!」と誰かに声を掛けられた
「(なんてタイミングの悪い…)お、権藤店長。何です?珍しくスーツなんか着て…」隊員クラブの権藤店長は元自衛官で連隊のOBでもある
「いやいや、若い連中がどうしてるかと思ってのぅ」「まぁこのとーりですわ。雑用ゆぅたら取りあえずオレの名前が出るんです」そう言ってしかめっ面をする
「これも仕事じゃぁ!オレが満州にいた頃はなぁ…」「長話やったら聞きませんよ」「…つれないのぅ」などと話していたら
「あの、天ぷらソバ一つくださいな」と横から注文が入った
「へい、1分ほどお待ちを…」ソバをざるに入れ、湯の中に放り込む。湯がいたあとは鍋から上げてお湯を切り、器に入れたらだし汁とネギ、そして天ぷらを乗せてできあがりだ
「お待たせしました〜」客に差し出す「どうも、ありがと」そう言って客は去っていった
「…あれ、店長?」ふと気づくと権藤店長がいない、それから相方の2士の子も…
(…まぁ飲んでみな…)(…じゃぁいただきまぁす)後ろの方で二人の声が聞こえ、井上3曹が振り返った
店長が2士の子に何かを勧めている。コップの中身は透明な液体…日本酒のようだ「あ、店ちょ…」と声を掛けるが、その瞬間…
ガタッ、と2士の子が崩れ落ちた「うわぁ!」あわてて受け止める井上3曹と権藤店長。見ると顔が真っ赤だ
「何飲ませたんですか店長!?」「ありゃ〜ただの日本酒じゃけど…」「むちゃくちゃ度数高いヤツやないんです?この子まだ18やのに…」
真っ赤な顔をして目を回す2等陸士…さすがに放っておく訳にもいかず、そして自分の屋台から離れるわけにもいかない…
会食が終わるまで、結局お酒は飲めずじまいの井上3曹であった