1500…駐屯地に「蛍の光」が流れはじめた。駐屯地の開放時間も終了となり、一般客がぞろぞろと帰り始めている
商品が売り切れとなった各中隊の屋台が撤収作業を始めている
とはいえ各中隊の娯楽室などでは、隊員家族やOBがまだまだ残っているのだが…
古手の上級陸曹たちがOBの相手をしている間、若い陸士たちが屋台の後かたづけをしている
「邪魔だよなーあの人たち」「早く帰ってほしい…」洗面所や洗濯室で大鍋や食器を洗いつつ文句を言う隊員たち
それはOBたちの相手をしている上級陸曹たちも同じだ。酔っぱらい相手は疲れる…
その反面、OBたちは上機嫌だ。思い出話に花を咲かせて、まだまだ帰りそうにもない
同様に片づけをしている隊員たちの足下を、小さい子供がパタパタと走り回っている
こちらは隊員家族…課業終了を待ち、父親と一緒に帰ろうという腹づもりだ
「とーちゃん、まだ帰れないの〜?」「ちょっと待ってなって…終礼が終わったら一緒にゴハン食べに行こう」あちこちの事務室や営内班で、同じような会話がされている
まだまだ終礼まで間がありそうだ…
食堂では会食場の撤収作業で大忙し
皿を洗い、鍋を洗い、食器を洗い
食い散らかされた机の上を拭き、酒と食事がこぼれた床を拭き、あちこちにちらばったビールの空き缶を回収
屋台を片づけ、お立ち台を片づけ、カラオケセットも業者に返納するべく整備する
ろくに昼食もとっていない会食支援要員たちが一休みできたのは、全ての片づけが終わって食堂を復旧させてからだった
「あ〜しんど…」日本酒一杯で酔いつぶれた2士の分も働いた井上3曹も少し疲れ気味だ
「みんな、お疲れさん!よくやってくれて…」業務隊の糧食班長が前に立ち話を始めた。ここでも(早く終わらね〜かな…)と皆の心は一緒だ
「…と、これで解散となるけど」そう言って糧食班長は皆の顔を見回す「後ろに残ったオードブルとかお菓子があるから、みんな好きに持って帰ってくれ。あとまだ中隊に戻らなくてもいい、という者は…」
そう言って手を食堂の隅に向けた。その先にある机の上にはビールから焼酎、ワイン、日本酒までずらりと並んでいる
「ここで1時間ほど飲んでいっても構わんから」
一瞬の間を置いて「おぉ〜!」と歓声が上がる「それでは解散!」糧食班長の声と同時に隊員たちが酒や余ったお菓子類に群がった
「よっしゃ〜イタダキや!」一気に元気を取り戻した井上3曹が、食い物を尻目に酒の乗った机に向かって駆け寄っていった
ずらりと並んだ酒のビンを片っ端から見て回り、さっきから目を付けていた泡盛を発見…
「まだ残ってる…よっしゃ!」さっそく紙コップに注ぎ口を付ける…「ふ〜…やっぱうまいわコレ」満足したように一息つく
空きっ腹に飲むと酔いやすい…井上3曹が中隊に帰る頃には、すでに完全な泥酔状態になっていたのだった…
「かしらーなかっ!」運幹の声が響く。結局、終礼はいつもと同じ1650だった
酔っぱらってすぐにベッドで寝込む隊員、家族と一緒にいそいそと帰る営外者、さっそく飲み会に繰り出す若手隊員たち
しかしまだ働いている隊員もいるのだ
その日の夜2200時、明日が代休なので人が少なく、駐屯地内もどこか静かだ。残っている隊員たちも今日はさっさと寝てしまっている
そんな中、数台の車両がエンジンの音を響かせている
超大型のトレーラーに積載された74式戦車が数台、そして戦車輸送をするトレーラーの前後で誘導と安全監視としてジープが1台ずつ
交通量の少ない夜中を狙い、田舎にある戦車大隊の所在駐屯地まで帰るのだ
青色の回転灯が光り始め、駐屯地が照らされる。大きく開かれた正門からトレーラーが出てくると、警衛隊員が正門前の道路の左右を確認する
トレーラーは大きく、正門前の道路は片側1車線しかないので、どうしても車線をはみ出してしまうのだ
最後のジープには後部に「戦車輸送中」の看板が張ってある。そしてゆっくりと、戦車は帰路についていった…
続いて2300時…今度は特科の野戦砲FH−70が数門、そして105mm榴弾砲が同じように出発した
戦車ほどの車幅は無いが、大型トラックと連結されたFH−70は長さが数10mにもなるのだ
こちらも交通量の少ない時間を見計らい、長居は無用とばかりに帰っていった…
しかし、105mm榴弾砲はまた再来週にある別の部隊の駐屯地祭に参加することが決まっているのだ。これもテレビの力、隊員たちも休み返上だ…
翌朝…駐屯地統一代休
今日は駐屯地自体が休みなので、日課時限も休日と同じだ
しかし何人かの隊員たちが仕事に就いている…スタンドの撤収だ
施設団本部が所有しているスタンドは、また別の駐屯地が使うためにすぐ返納しなければいけないのだ
こちらは3日かけて撤収、輸送する運びとなっている
こうしてお祭り騒ぎは終わり、明日からまた訓練と雑用と演習の日々が始まるのだった
〜完〜