一方、観閲行進が終わったグランドでは、隊員たちが訓練展示用の「建物」を組み立てている
小さな平屋の建物が数戸、やや大きめの小屋が一つ、そしてベニヤ板で作った車や障害物が手際よく並べられている
『お待たせいたしました、ただ今より第2中隊によります訓練展示を開始いたします』10分ほどの準備の後、アナウンスが流れた
空いた時間に各中隊の屋台に行っていた人達も、いそいそと帰っていく
『…観客席向かって左側の建物に数名の敵が人質を取って立てこもっているという想定で…』
解説に合わせて観客たちの顔が右に左に動くのが面白いな…と同じように観客席に座る野村2曹は思った
訓練展示の演出を担当した迫小隊の野村2曹。前日まで訓練展示の指導に当たっていたため、今日は特に勤務は無い
しかしやはり自分が演出した訓練展示が気になるのか、こうしてこっそりと観客席に紛れ込んでいるのだ
『訓練展示部隊指揮官は第2中隊、島本2尉です。それでは状況を開始します』同時に状況開始のラッパ音が鳴り響いた
そして鳴り響く音楽、訓練展示では定番である「ワルキューレの騎行」だ(「地獄の黙示録」で使用された音楽)
<状況、開始!>スピーカーから流れてくる声は、訓練展示部隊の隊員たちが使用している無線機の声をそのまま放送している
物陰に隠れていた敵テロリスト役の隊員たちが、人質役を連れて「建物」の陰から飛び出してきた
エアガンやモデルガンで武装する敵の中に一人、89式を持つ隊員が引き金を引いた。空砲の発射音が鳴り響き、観客たちがどよめく
人質を連れた敵数名は少し大きめの小屋に、他の敵は平屋の小さな建物に入っていった
『敵が人質を取り、観客席から向かって左側の小屋に陣地占領しました。治安出動命令を受けた連隊長は、飛行隊に偵察飛行を要請しました』
かすかに聞こえていた羽音が徐々に大きくなってきた。駐屯地近くにある丘の陰から姿を現したのは汎用ヘリOH-6だ
小さくて丸っこい機体がまず観客席の目の前を高速で通過、軽快な旋回を見せて今度はゆっくりとグランドの周りを回り始める
<こちら偵察ヘリ、左の小屋に敵散兵と人質の姿を確認、送れ>ザッ、という無線機のノイズが走る
<こちら隊長、了解!偵察ヘリは、ただちに帰投せよ>返信を受けてヘリはゆっくりと機首を前に倒し、徐々に速度と高度を上げて飛び去っていった
ヘリの後は地上部隊の突入だ、ターボの音を響かせて、高機動車が全速力で進入してきた
幌は全て外し、フレームに機関銃を取り付けている
グランドを一周した後、建物の近くで停車…銃口を敵方に向けて素早く下車、そして展開…隊長の合図で前進を開始した
平屋から敵が飛び出し接近する隊員たちに銃口を向ける、と同時に隊員の一人が89式の引き金を絞った
「パン」という乾いた音と同時に倒れる敵。数名の隊員が近づいて手慣れた様子でボディチェックを行う
<隊長、こちら第1分隊。敵1名を射殺、さらに前進する。送れ><こちら隊長、了解!>そして前進を再開する隊員たち
しかし、小屋に陣取る敵の89式が銃撃を開始した。建物の陰に隠れて応戦する隊員たち
<こちら第2分隊、敵からの銃撃を受けている!><了解!>と隊長の声、そして『敵の反撃を受け、隊長はレンジャー部隊の投入を決意しました』とアナウンスが流れる
<ヒューイ、こちら隊長。レンジャーを投入する!><了解>ザッ、というノイズ、そして先ほどのOHとは違ったヘリの爆音が響く
『皆様、左手上空をご覧ください。レンジャー隊員を乗せたヘリ、UH-1が進入してきます』
観客の目が一斉に左上空に注がれる。近づいてくるのは陸上自衛隊でもっともメジャーなヘリであるUH-1だ
敵が占拠する建物の後方でホバリングを始め、ドアが開き太いロープが投げ落とされた
『…レンジャー隊員が…突入を…ロープで…』アナウンスの声はヘリの爆音にかき消されてよく聞こえない
このシーンをカメラで撮影しようと携帯電話を向ける観客たち、そしてスルスル…と隊員たちがロープを掴み降下してきた
「おぉ〜」と感嘆の声が挙がる。だが残念ながらヘリの爆音でよく聞こえない…
地上に舞い降りた隊員たちが銃を構える。そして建物の裏に接近した。それと同時にヘリは高度を上げ、そのままヘリ隊の駐屯地に向けて飛び去っていった
<隊長、こちらレンジャー…突入準備完了!><了解、突入せよ!>
レンジャー隊員が建物に突入、同時に包囲部隊も接近を開始する。平屋に隠れていた敵が掃討されていく
そして小屋に突入したレンジャー隊員たちが人質を確保、壁が透明なフィルムで作られているため観客からもよく見える
逃げ出した敵を包囲部隊が捕捉、両手を上げて銃を捨てる敵たち…ここからが赤城士長の見せ場だ
(さぁ、ガンバレよ赤城!)野村2曹が祈るような心境で見守る
赤城士長が両手を上げている敵に接近する。手にしていた拳銃をホルスターにしまい込んだ…その瞬間、敵が懐からナイフ(発泡スチロールで作った模型)を取り出した
そして赤城士長に向けて突っ込む…とここまでは練習通り、しかし…(…動きが違う!)
何かに足を取られ、重心を崩す敵役。本来ならナイフを突くはずだったが、重心を戻そうとした弾みで「逆袈裟」に切り上げるような形になってしまった
戦慄する野村2曹、そして現場の分隊長、突いた手を取り投げるはずだったのだが…このままでは赤城士長の体にナイフが当たる!…と誰もが思ったその瞬間
体を左に反らしナイフを避けた赤城士長、そのまま右手で敵役の襟を掴み足払いをかけた…
半回転くらいして地面に叩きつけられた敵役、そのまま腕を決められ後ろ手にプラスチック製の手錠がかけられた
「おぉ〜!」観客から歓声が上がる。一瞬ヒヤリとした野村2曹もほっと胸をなで下ろす
「なぁ、あの隊員って女の子じゃね?」「マジ!?」「まっさか〜あんなおっかない女がいるわけねぇじゃん」隣の男子高校生たちの話し声を聞いて、内心ニヤリとする野村2曹だった