日曜日…いつもなら朝0700時に鳴る起床ラッパだが、今日は平日通りの0600時に鳴り響いた
駐屯地のあちこちで記念行事の準備が始まっている
「肉〜肉持ってこいよ」「炭は全部出しますか?」「看板はもう出しますよ〜!」中隊で真っ先に動き始めるのは屋台要員だ
「今日は天気がよさそうだな。客の入りも期待できるねぇ…」と店主の川井2曹、空には朝日がすでに高く上がっている
「あれ?今日は私服巡察じゃなかったんですか?」迷彩服を着込んでいる小野3曹を見て田浦3曹が言った
「私服で巡察するのは昼からでな…午前中は警衛所付近にデモ隊が来るらしいんだ。俺たちも詰め所に待機するんだと」
「それは怠い話ですね…」「暇人どもがなぁ…で、田浦たちはまだ着替えないのか?」まだジャージ姿の田浦3曹
「せっかく迷彩服アイロン当てたのに、今から着たらシワになにますからね」行事や警衛の時は迷彩服にピシッとアイロンを当て、靴はキレイに磨き上げるのである
「まぁ残暑でクソ暑い中、ど〜でもいい話を延々聞くよりはええんやけどな…」食堂の厨房では会食の準備が始まっている。そんな中、古賀1士に愚痴るのは井上3曹だ
「忙しくなりますかね?」と古賀1士。業者が運んできたオードブルのトレイをテーブルに並べていく
「酔っぱらいが増えるからなぁ…羨ましいわ」こちらは蕎麦の入ったトレイを冷蔵庫に運び入れる
「おぉ、ステーキですよステーキ!」分厚い肉のかたまりが運ばれてきた「もったいない話やなぁ…来賓って年取った人が多いから、ああいう食い物は余るんや…」
普段は滅多に食堂に並ばないような豪華な食事が、次々と厨房に運び込まれていった
0830時…中隊本部前では武器庫の扉が開き、パレードに参加する隊員たちが銃と銃剣を持ち出している
そして駐屯地メイン道路上の屋台では…
「そろそろ火を入れますか」「今何時?おぉ、もうこんな時間か…」「お釣り用の小銭、持ってきました〜」こちらも準備完了のようだ
まだ営門は開かれていないが、招待客や隊員家族などがポツリポツリと姿を現し始めた
こちらは警衛所裏、駐屯地消防隊の待機所だ。小野3曹を含む警備要員が待機している
正規の警衛だけでは手が足りない時に狩り出されるため、今の時点ではそれほど忙しくはない
「え〜っと、デモ隊が来るのは1030時ごろだと思われる。まぁ規模は10名程度とのことだから…」警備班の長に当たるのはどこかの中隊の幹部だ
デモ隊が来ても、営門を強行突破しようとしない限りはただの監視で終わる。デモ隊が来たら取りあえず交代で外柵警戒を実施する…とのことだ
「パレードに出るよりはのんびりしてていいかもね」「そうだなぁ〜」他中隊の陸曹とのんびり話をする小野3曹
お祭りの準備は整い、0900時…営門が開かれた
『皆様、本日は駐屯地創立○○年記念行事にご来場いただき、まことにありがとうございます…』
アナウンスの声が駐屯地に響く
営門が開かれ、民間人…いや、今日は『お客さん』…が入場してきた。屋台から飛ぶ客引きの声が大きくなる
「いらっしゃーい!」「フランクフルト、安いよ〜!」「焼き鳥3本200円!さぁ寄ってって〜」まるでテキ屋のノリだが、れっきとした国家公務員たちである
客層は基本的に家族連れ、小中学生のグループ、旧軍の帽子を被った老人たちなど…そして隊員家族も多い
意外と「軍事マニア」は少ないのだ
本当のマニアは富士総火演や空自基地の航空祭など、本格的なイベントにお金に糸目を付けずに行く事が多い
観客席の中心は来賓席の指定をされているが、左右の自由席は早い者勝ちなのでどんどん埋まっていく
0920時…グランドの周りに観閲部隊が集合し始めた。普通科職種を示す赤いマフラーが晴天に映える
「ちょっと旗持ってて」近くにいた陸士に中隊旗を預け背伸びをする田浦3曹。肩や背中が子気味良い音を立てる
「今日は暑いですねぇ…」陸士がうんざりしたようにいう。見事な秋晴れの天気、休みの日なら絶好の行楽日和だ
「倒れないようにな。今日はお客さんも多いみたいだしなぁ」
0945時、そろそろ入場の時間だ。隣の中隊も並べてある銃を取り、整列を始めている
「第1中隊、銃取れ!」運幹の号令が響き、隊員たちが銃を取り脚を折りたたむ
「おぉ〜」何でもない行為なのだが、周囲にいた客が感嘆の声をあげた
タン…タン…タンタン♪
音楽隊の太鼓がリズムを奏で始めた。そして各部隊の入場が始まった
『観閲部隊、入場』アナウンスの声がグランドに響いた
グランドの周りに集合した各中隊が動き始める
「担え〜銃!」「前へ〜進め!」中隊長の号令が響き、太鼓の音に足を揃えて各中隊が入場していく
腕を前方90度に振り上げ、揃えた足から規則正しい音が響く
続々と各中隊が入場してくる
部隊は観客席から向かって左側から音楽隊、そして本部管理中隊、1〜4中隊、重迫撃砲中隊、対戦車中隊、業務隊、そして最右翼に会計隊や基地通信隊などの業務諸隊だ
各科長と連隊旗を引き連れた観閲部隊指揮官…副連隊長が入場してきた「かしら〜なかっ」全中隊の敬礼を挙手の敬礼で答える副連隊長
この時点で0956時…4分後の1000時に観閲官である連隊長が臨場するまで、隊員たちは「整列休め」の姿勢で微動だにせず待機する
1000時…『観閲官、臨場』アナウンスの声が流れ、副連隊長の「気を付けぇ!」という号令が響いた
不動の姿勢を取る隊員たち、その前を一台の幌を外したパジェロが止まった。観閲台の前で待機していた隊員がドアを開け、制服を着た連隊長がゆっくりと助手席から降りてきた
そのまま台上に上がり来賓たちに挨拶をする。そしてひときわ高い台上に立った
『観閲官に対し、栄誉礼』アナウンスの声が響く
「ささげ〜銃!」副連隊長の号令に合わせて全隊員が一斉に銃を掲げた。同時に音楽隊が「栄誉礼の譜」を奏で始めた
全部隊の捧げ銃に対し挙手の敬礼で答礼する。音楽が鳴り終わると連隊長はその手を下ろす、と同時に「立て〜銃!」副連隊長の号令で隊員たちは一斉に銃を下ろした
銃床が地面を叩く音がほぼ同時に鳴り響いた
続いて国旗の入場だ
「付け剣!」の号令に全隊員が一斉に左腰の銃剣を抜き銃口に差し込む。国旗と天皇陛下に対する敬礼は、最高の敬意を示す「着剣捧げ銃」を行う
『国旗が入場します。ご来賓の方はご起立下さい』アナウンスの声に観客席の人々が立ち上がる。国旗に対し敬意を表するのは国際社会の常識でもある
連隊長と同じようにパジェロに乗って、日の丸を持った隊員が入場してきた。国旗の旗手はパレードが終わるまでの1時間以上、直立不動の姿勢でいなければいけない
国旗には2人の旗衛隊が付く、彼らも同様に一瞬たりとも気が抜けない
3人が意気のあった動作を見せて、国旗が台上に上がった。一段と高い台上に上がり、隊員の正面に向き合った
「ささげ〜ぇ…銃!」先ほどと同じように隊員たちが一糸乱れぬ動作で銃を持ち上げる、と同時に少しテンポの速い「君が代」が演奏された
「立て〜銃!」銃が地面に置かれるガシャン、という音が響いた「取れ剣!」腰をかがめ銃剣を外し、左腰のさやに収める隊員たち
厳粛な儀式に感嘆の声を上げる観客たち、一糸乱れぬ隊員の動きと真剣な表情には一点の曇りもないように見える
そして式典はこれから始まるのだった