フェスティバル!その3

「ふ〜疲れたぁ…」午後の課業が始まった中隊本部で、田浦3曹が机に突っ伏した
「まだいいじゃねぇか、パレードで歩いたら終わるんだしさ。こっちは仕込みがけっこう大変でね」と焼鳥屋の準備をしている川井2曹が言う

と、そんな会話をしていると『状況、開始!』という声が外から聞こえてきた。そして次の瞬間、パンパン!という空砲の音が鳴り響いた
「お、訓練展示か」窓から外を見て先任が言う「どうも今回は赤城が大活躍らしいですよ」と田浦3曹

いま流行りの「市街地戦闘」が今回の訓練展示だ。グランドの真ん中には施設作業小隊力作の「家」がいくつか置いてある。パレードや音楽演奏が終わってから建材を持ってきて組み立てるのだ
柱は木、壁はオーバレイ、ドアはベニヤ板、小さな平屋一戸建てくらいの大きさで屋根はない。これが今回の訓練展示における舞台になる

「人質を取って立てこもった敵を包囲・撃滅する」というのが今回のシナリオだ
まず敵のテロリスト役が人質を連れて家に入る、そして高機動車に乗った隊員たちが地域の半周を包囲、テロリストの占拠する建物を一つ一つ掃討していく
包囲網の逆側にヘリからロープで降下したレンジャー隊員が建物に奇襲をかける。と同時に包囲網の一方からも突入・制圧
最後に突入する建物の入り口から逃げ出してきた敵を包囲、銃を捨てて投降するフリをした敵が手錠をかけようとする赤城士長に襲いかかる…そして敵を取り押さえて連行する
以上が訓練展示のシナリオだ

「だから赤城は最後の見せ場で活躍するワケです」と田浦3曹「ほぉ〜」「そりゃすごい」と感心するのは中隊本部のオジサマたち
「しかし危ない事をさせるな…失敗しない事を祈るだけだなぁ」と先任がボソリと呟いた

テロリスト役は8名、いずれも外国の迷彩服やジーパンなどで「それらしく」演出している。そろいの覆面をして一人だけが89式小銃を持っている。これは空砲を撃つためのようだ
残りはエアガンのライフルやモデルガンの拳銃などで武装(?)している
人質役は男女2名、いずれも普通の私服を着ている
そして建物を包囲している部隊は、防弾チョッキにニーパッドやエルボーパッド、そしてゴーグル…包囲する部隊の一部は盾を装備している
「どれが赤城だ?」「アレですよ、盾を持ってる部隊の中に…拳銃を持ってる隊員がいるでしょ?」盾に隠れて拳銃を構えているひときわ小さな体格の隊員が目に付く
「2中隊の猛者どもに囲まれたら、さすがの赤城も小さく見えるな」とはいえ彼女は元々そんなに大きくはないのだが…

ヘリは明日にならないと来ないので、今日は降下要員も徒歩で建物に接近している。そして突入、ドアから出てきた敵に赤城士長が接近する
次の瞬間、飛びかかってきた敵の腕を取り投げ飛ばす
そしてそのまま腕を決めて手錠をかける…そのまま敵を高機動車に乗せて、隊員たちも撤収していった

「…ほぉ〜格好いいじゃん」「なかなか派手ですねぇ!」感嘆の声を上げる中隊本部の面々だった


「や、でもあれはあれでけっこう気を遣ってるんですよぉ…力を入れすぎたらケガさせちゃいそうですし」
「でも手を抜いたら格好悪いしな」朝礼前の中隊で田浦3曹に話すのは、訓練展示に参加している神野1曹と赤城士長だ

今日は土曜日。本来なら休みの日だが、明日の記念日行事のための総合予行がある
午前中は本番に沿った行事、昼からは連隊長直々に各施設の点検に回る
「神野1曹は手の抜きようが無いでしょ?今日はヘリからリペリング降下ですよね?」「リペじゃない、今回はファスト・ロープだ」
「…マジッスか!?」「何ですかそれ?」驚く田浦3曹とキョトンとした顔をする赤城士長
ファスト・ロープとは両手両足で太いロープを掴み、そのまま滑り落ちるロープ降下の方法だ
降下用の金具にロープを通して降下するリペリングに比べ降下速度も着地してからの展開も格段に早いが、手を滑らせると真っ逆さまに転落する危険な技術でもある
「だからここ数日は練習ばっかりしてたよ…見て、この手」差し出された神野1曹の手はあちこちすり切れてボロボロになっている
「これは…」「うわぁ…」言葉を失う2人であった

昨日と同じように予行は進んでいった。今日からは音楽隊や特科・戦車・ヘリも観閲行進に参加する
10月に入っても駐屯地のある地域はまだ少し暑いくらいだ。今日は曇りがちなのがまだ救いか…
「誰か倒れないかな〜」完成したスタンドに座り不謹慎なことを口にする国生2士「ここで倒れたら格好悪いぞ」と大沼3曹
その他屋台要員や手の空いている隊員たちが同じようにスタンドに座っている
屋台や会食場、受付のテントや警備要員詰め所などの施設点検は昼からだ

「戦車が走ってるとこって初めて見ますよ〜アレって何ですか?」「ん?特科の大砲FH−70だよ。トラックでけん引して運ぶんだ」入隊して半年ちょっとの国生2士は、これが初めての駐屯地記念行事だ
「もう何度も見たから飽きたよ…それに朝霞のはもっと派手だしな」と警備要員の小野3曹
「体育学校にいた時に陸自の観閲式を見たからな。総理大臣だって目の前で見たんだぜ」「へぇ〜」感心する国生2士に「しょーがないさ、駐屯地の規模が違うしな」と軽く流す大沼3曹
「これでもこの地域じゃ大きい祭りなんだがなぁ」「デモ隊も来るらしいわ。この暑いのにご苦労さん!ってな」

行進も終わり次のプログラムは訓練展示だ
施設作業小隊のトラックが誰もいなくなったグランドに進入、手慣れた動作で『建物』を組み立てていく
ものの10分で準備が終わり、アナウンスの『状況、開始!』の声とともにラッパの音が鳴り響いた


空砲音とともに登場する敵テロリストと人質、そしてグランドの土を削りながら疾走してきた高機動車
フル装備の隊員たちが下車して展開、それと同時にグランドにヘリの爆音が近づいてきた

『皆様、左手上空をご覧下さい。降下要員を乗せたヘリが1機、近づいてまいります。このヘリは…』アナウンスの声に反応して左を見る観客たち
建物近くの上空でホバリングを始め、開かれた機体左右のドアから太いロープが投げ出された
次の瞬間、左右同時に飛び出す影…ロープをしっかり掴み、レンジャー隊員たちが滑り降りてきた。そして着地と同時に銃を構える
下に降りた2人が銃を構えるのを確認して、ヘリから銃を出して構えていた残る2人の隊員が同じように降下してきた
そしてロープを引き上げ、ヘリはグランドから去っていった…この間わずか2分だった

「お〜小隊陸曹すごいッスね!」興奮気味に話す国生2士「なんか格好いいなぁ…」「でもありゃ大変だぞ?」と大沼3曹と小野3曹
「そう言えばコブラは来ないんですね…」当初の予定では、レンジャー隊員の降下中は対戦車ヘリAH-1S「コブラ」が上空を旋回して支援する予定だったのだ
しかし、少し前に遠く離れた駐屯地の記念行事で戦闘飛行中に墜落。原因がわかるまでコブラの飛行は中止になってしまったのだ
「ニュースで見たけど、見事に落っこちてたもんな。見たかったのか?国生」「いや〜そんなにってワケじゃ…」別に軍事オタクじゃないけど、見る機会があるなら見たかったというのが本音だろう
「次はアパッチが見れるかもな」と笑う大沼3曹だった

次は音楽隊による音楽演奏
「チャイコフスキー作曲『1812年』…これってアレですか?」「そう、アレだよ」音楽隊の後ろには旧式の野戦砲「105mm榴弾砲」が4門並んでいる
人気テレビ番組で取り上げられた「大砲を使った曲」自衛隊ならでは…という事で、この曲の演奏依頼が最近増えているそうだ
とはいえ105mm榴弾砲を持つ部隊も最近は減ってきている。これから先もこの曲を演奏し続けるかどうか…

施設点検も終わり、今日はちょっと早めの終礼
「明日は0700時に朝礼、事後、各区分ごとに行動してください…え〜パレード参加組は0830武器庫開放…」
記念日行事自体は0900時に営門開放となるが、隊員たちはそのはるか前から準備があるのだ
「…こういった行事をもって我々の姿を知ってもらう事も大事である。明日は頑張っていこう!」中隊長の言葉で終礼は終わった


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