翌、木曜日、スタンドは半分以上完成している。この調子だと明日の午前中に完成するだろう
そんな中、グランドには連隊本部の各科長、連隊旗旗手、各中隊長、そして各中隊の旗手が集まっていた
記念行事の最初には観閲式が行われる。部隊などの状況を連隊長が観閲官となり検閲する儀式だ
副連隊長が指揮官となり、その後ろに連隊本部の各科長、その後ろには連隊旗を持つ旗手、さらに各中隊の隊員がその後方に並ぶ
連隊のほぼ全員(+音楽隊など)が並ぶ中で一番目立つのが、各中隊の前に並ぶ中隊長とその後方に立つ中隊旗旗手である
さて、我らが1中隊の旗手は…
「『かしらーっ』の号令で旗を上げて…」右手に持つ赤い中隊旗を天に突き出すのは田浦3曹だ
各中隊の旗手は例外を除いて訓練陸曹が勤めるのだ
全部で7本(連隊によっては前後する)の中隊旗が号令にあわせて統制された動きをする…のが格好いいのでが、実際はそうそう上手くはいかないのである
『あ〜今度は2中隊の旗手!少し遅れたよ、しっかり号令聞いてね』スタンドに上がりメガホン片手に指示を飛ばすのは3科の運幹
行事全般の流れを確認する予行は終わり、各科長はさっさと帰ってしまった。残っているのは連隊旗旗手の曹長(防大出の幹部候補生)と各中隊長、そして各中隊の旗手だ
「旗を下ろす時にどうしても棒に引っかかるんですよね…」と田浦「絡んだら手首を少し捻ればいい、でも無理して動かすと目立つからなぁ」と中隊長
「その時は諦めるしかないんだよな」「なるほど…」各中隊長も旗手の指導に回っている
中隊旗は敬礼時の動作が大きいため、動きが揃っていないとどうしても目立ってしまう。そのためこういった行事では、中隊旗の旗手だけが何度も練習する事になってしまうのだ
『あ〜それではもう一度実施します。では各中隊長も指導よろしくお願いします』運幹の声にあわせて中隊旗手が所定の場所に並ぶ
「集中しないとなぁ…じゃ、やりますか」田浦3曹はそう呟き、中隊旗の柄を右足の横に突き立てた
一方そのころ、食堂では…
「…机の配置はこの図の通り、料理を出す屋台は…」糧食班長の指示を退屈そうな顔で聞くのは…
「毎年やる事は同じやなぁ」あくびを押し殺す井上3曹「そうなんですか?毎年こんな事してるんですか」と聞くのは古賀1士だ
食堂は記念日当日、来賓やOBなどを招いての会食場となる
来賓は地元選出国会議員や県知事、各市町村長、県議会議員や市町村議会議員、地元企業の社長や名士と呼ばれる人々だ
広報班や糧食班長が、1年のうち最も神経を使うのもがこの記念行事の日といわれている
「俺は蕎麦の屋台やって、古賀は?」「俺はドリンクコーナーです」
会食は立食パーティー形式を取り、各テーブルに簡単な料理やオードブルが並ぶ。そして会食場の周りに様々な料理を出す屋台が並ぶのだ
「そっちの方がええなぁ…なぁ古賀?酒が余ったらテキトーに持ってきてくれや。余ったヤツでええわ」
「余りますかね?」
「来賓って忙しい人ばっかりやから、意外と酒は飲まへんもんやで。けっこういい酒があるんやで〜」そう言って目を輝かす井上3曹であった
金曜日…観客席も完成し、今日の午前中は全隊員でパレード予行だ
グランドに続々と各中隊が入ってくる
とはいえ今日はまだ本番に準じた予行ではないので、音楽隊の演奏はない。行進曲などはテープで流す
連隊の各中隊、そして観客席から向かって右に駐屯地業務隊や会計隊、基地通信隊が並ぶ
『え〜それではまず、部隊入場から演練いたします。各部隊は所定の位置でスタンバイして…』アンプから3科運幹の声が流れる
観閲式・パレード行事はまず「部隊の入場」から始まる。グランド周辺で待機している部隊がドラムの音に合わせて入場してくる
そして観閲式の隊形を取る
続いて「観閲部隊指揮官臨場」連隊長が部隊を検閲するので、観閲部隊を指揮するのは副連隊長だ
そして「観閲官(連隊長)臨場・栄誉礼」そして「国旗の入場」「巡閲」「式辞」と続く
この間、中の隊員は号令や音楽に合わせて動く。動きが揃ってないと…
『あ〜3中隊の後ろのほう、ちょっと捧げ銃の動きが遅いですよー』などと指摘をされてしまう
『では10分休憩します。次は巡閲から観閲行進に移行するまでを演練します』運幹の声で一気にのんびりムードになる隊員たち
銃を足下に置いて背伸びやタバコを吸い始める
「けっこう腰に来るんだよなぁ」そう言って手を腰に当てて回す片桐2曹「列の前の方だと目立つんスよね〜」と首を回すのは須藤1士だ
「身長がデカいから仕方ねぇよ。オレなんか背が低いからいつも後ろの方だぜ?それも悲しいがなぁ」
自衛隊は行事等で整列する時、基本的に背の高い方から前に並ぶのだ。これを「身間順」という。背の低い隊員は後ろの方であまり目立たないと言うメリットがあるのだ
「一番前のオレが一番目立つんだけどね」と声を掛けてきた佐々木3尉
1個中隊6列が基準で、先頭には各幹部や小隊長が並ぶのだ。幹部の数が足りない時は准尉や曹長が入る
「しっかしこれでまだ半分も終わってねぇってのがな〜」手を組んで背伸びをする片桐2曹、それと同時に
『訓練再開します。各中隊は準備して下さい』と運幹の声が響いた
「ま、倒れない程度に頑張りますか」そう言うと隊員たちは観閲式の隊形に戻っていった
観閲官が各部隊を見て回る「巡閲」が終わり、次は観閲官と来賓の「祝辞」そして「祝電披露」と続く。しかし今日は予行なので祝辞も祝電披露も無し
そして部隊はパレードの隊形に移行する
観閲行進…パレードは通常、観閲官や観客から見て左から右に進む
スタンドの前を左から右に横切り、その途中で観閲官に対し部隊の敬礼を行う
パレードの順番はまず最初にCCVに乗った副連隊長と連隊旗、そしてパジェロに乗った各科長
続いて徒歩行進部隊(通常はナンバー中隊、そして駐屯地所在の業務隊など諸隊)、車両行進部隊(本管、重迫、対戦車中隊など車両化部隊)
そして戦闘団を構成する各職種の部隊(特科、戦車など)最後に飛行隊のヘリコプター
本番の時は音楽隊が行進曲を演奏するが、今日のところはアンプから流れるテープだ。戦車やヘリなども明日の総合予行まで来ない
特にヘリは支援任務が多く、全機揃うのは本番の時だけだ
行進曲「抜刀隊」が流れ始める。そしてスタンドの左端に立った統制員の合図でCCVがディーゼルの低いうなり声をあげた
時速10キロ程度のゆっくりした速度で、CCVとパジェロは進み始めた
「かしらー…みぎぃ!」副連隊長の号令でパジェロの助手席に立った各科長が一斉に顔を右に向けて敬礼をする
2列に並んだパジェロは一定の速度を保ち、前のバンパーを横一線にそろえたまま観閲官の前を通り過ぎていった
続いて徒歩行進、番号通りの順番で1中隊が先頭を行く
「担え〜つつっ!」中隊長の号令で隊員たちが銃を右肩に担いだ。肘の角度は90度、銃の角度は45度、中隊長と各小隊長が銃の角度が悪い者を見つけて指導する
「具志堅、ちょっと肘を引け!」「ちょっと右に銃が傾いてるぞ!」細かい修正を終えて、中隊はスタンド前まで前進する
スタンド前に引かれた白線の前で足踏みをしながら、前方の連隊本部が通り過ぎるのを待つ。そして統制員が手に持った端を振り下ろした
「前へ〜…進めぇ!」音楽のリズムに合わせて、中隊長が号令を発した。足をそろえて動き出す中隊の隊員たち
アナウンスの声が聞こえてくる『…続きまして徒歩行進部隊、先頭は第1中隊、指揮官は…』アナウンスの声は通信小隊のWAC・中村3曹だ
先頭を行く中隊長のすぐ後ろに中隊旗を持つ田浦3曹、その後ろに6列揃った中隊が付いて歩く
徒歩行進部隊で何より一番目立つのは中隊旗旗手だ
(中隊長の号令を聞き漏らさないようにしないとな〜)田浦3曹は緊張の面持ちで腕を振り、中隊長の真後ろをずれないように歩く
スタンドも1/3を過ぎ、観閲官が近くなってきた。号令をかける基準の白線を中隊長が越えた、その時
「かし〜ら〜…」中隊長の予令、と同時に田浦3曹は中隊旗を点に向かって突き上げた
「みぎぃ!」動令と同時に旗を振り下ろす。そして列の一番右端を除く中隊の全隊員が頭を右45度に向けた
そのまま音楽に合わせて観閲官の前を通り過ぎる…そして最後の白線を越えた中隊長が「なおれ!」の号令をかけ、全員の顔が前に向き直った
そのまま行進を続けグランドを出て、隊舎裏まで歩いてきたところで隊員たちは緊張を解いた
「あ〜疲れた」「ちょっと腕の振りが…」「これで終わるかなぁ?」と口々に話し始める
他の中隊も続々と隊舎裏に歩いてきた。車両部隊も全部が行進を終えたようだ
「これで予行終わりだったらいいですね」と田浦3曹が運幹の岬2尉に言う、しかし岬2尉は「甘いな田浦、どんなにうまくいっても1回じゃ終わらさないもんさ」と意味深な笑顔を見せた
と次の瞬間『え〜各中隊は10分後、先ほどの行進隊形に集合して下さい』とアンプから流れる声
田浦以下隊員たち「…orz」
予行は午前中一杯続いた