フェスティバル!その1

9月も終わろうというその日、先任が1冊の分厚い書類を手に命令会報から帰ってきた
「やっと来ましたか、待ってたんですよ〜」「あ〜待て待て、オレにも見せろよ」「え〜っと、今回はどこに屋台を置くんだ…?」書類に群がる係陸曹たち
この書類こそ、10月第1日曜日に行われる「駐屯地創立記念行事」の命令文書なのだ

全国ほとんどの駐屯地で毎年1回は行われる「記念行事」
方面総監部や師団(旅団)司令部など隷下部隊の多いところほど派手なお祭りになるが、1個連隊しかない駐屯地でもそれなりのビッグイベントだ
滅多に駐屯地に入ることの無い民間人も、この日だけは誰でも気軽に入ることができる(ちなみに陸自の観閲式や富士総火演などは招待制)
パレードや訓練展示、装備品展示や出店など、学校の文化祭みたいな一種のお祭りである
駐屯地挙げての大きな行事、命令文書も分厚くなる
この日から中隊は「記念行事」に向けて動き出すこととなった

とはいえ、命令が出てからでは間に合わない部署もある。かなり前から全力で動いているのは広報班だ
招待客の名簿作成、招待状の送付、式典や会食などの席順も大事だ
衆参両議院、知事に市町村長、県会議員に市町村議会議員、後援会の会長や会員、地元企業の社長、自衛隊OBなどなど…
駐屯地記念行事にはそれなりの地元名士が顔をそろえるのだ

そして同じく命令を受ける前から動いているのは、3科が企画し(今年は)2中隊が主力で行う「訓練展示」だ
今回の訓練展示は最近のトレンド「市街地戦闘」
ベニヤ板とオーバレイで軽易な建物を造り、その建物を占拠した敵に対し高機動車で接近、ヘリからのロープ降下、そして突入…
すでに2中隊主力で、各中隊から選抜された隊員たちが各訓練を開始している
我らが1中隊からはヘリからの降下要員に神野1曹が選ばれている。レンジャー訓練も始まっており、2中隊から多くの教官助教が抜けているからだ
そしてもう一人、突入要員として選ばれたのが…

「じゃあ赤城士長、突入までの要領はわかったか?」突入する分隊の長にあたる2中隊の陸曹が言う
「はい、え〜っと…高機動車が止まったら下車して、投降してきた敵に対して接近…飛びかかってくる相手を投げ飛ばして押さえ込むんですね?」
今回の訓練展示、最後の目玉となるのは赤城士長だ。WACが派手に動くのは見栄えがいいから…という理由だそうだ
ここ駐屯地内の体育館で、訓練展示の練習を行っている。周りには訓練展示の要員と敵役の隊員がいる
「そう、まぁ派手に見えるようにやったらいいよ。確か格闘技の経験はあるんだよな?」と1中隊の野村2曹
格闘の上級指導官でもある野村2曹は、訓練展示の格闘シーン演出を担当している
「はい、でも一番長くやってきたのは空手なんですよね」ふむ…と考える分隊長、その胸には格闘徽章とレンジャー徽章がある
「じゃあ打撃系の技も入れてみるか…」そう言って赤城士長に投げられる役の隊員を呼ぶ


「…で、お前が赤城士長に掴みかかる。赤城はそれをかわして懐に入り込み…腹に肘打ち、そのまま背負い投げして後ろ手に押さえ込む!」
さすがは格闘指導官、分隊長が見事な動きを披露して敵役の隊員を押さえ込んだ

「は〜なるほど…やってみます!」「よし、演技臭くないように最初の肘打ちは本気で打ち込んでみてくれ」それを聞いて顔が引きつる敵役の隊員
「えっ…!それは…」「大丈夫だろ、腹にsoyouでも入れとけ」陸曹階級の互助会(のようなもの)である曹友会の会報である「soyou」は、ノートほどの厚さがある雑誌である
体育館の管理室に転がっていたsoyouを何冊か腹に入れ、取りあえずやってみることとなった

「よし、じゃあいくよ」「はい!」畳の上で構えを取る赤城士長、敵役の隊員が両手を挙げて突っ込んできた
小さい赤城士長がさらに身を沈めて、突っ込んできた隊員の腹に肘を打ち込む…見事クリーンヒットしたように見えた
…次の瞬間「ぐえぇぇ…」声にならない悲鳴をあげて、その隊員はその場に突っ伏してしまった

「スミマセン!大丈夫ですかぁ〜!?」慌てて倒れ込んだ隊員に駆け寄る赤城士長、周りの隊員たちは大爆笑だ
「やっぱりsoyouじゃ薄いか〜誰かサンデー持ってこいよ」「鍛え方が足りねぇよ!」「強いね〜赤城士長は」さすがこの状況にも動じないのは、精強揃いの2中隊だけある
「けっこう効くもんだな、さすが中国拳法の技…」と野村2曹「さてどうするかね」ふーむと考え込む分隊長だった

ところ変わってこちらは1中隊、中隊本部…
般命を見ながらカタカタとキーボードを叩くのは田浦3曹だ
「警備要員にS×3、P×6…で、これは会食支援?なになに『糧食班経験者が望ましい』?贅沢だねぇ〜…んで、これは訓練展示…もうこれは3科から示されてるからいいか…」「田浦、うるせぇっての!」隣に座る中島1曹が文句を言う
「あ、スミマセン。声に出てました?」「ばっちりな」「いや、どうにもこうにも人員が細かくて…」
記念行事では基本的に隊員は式典参加となる。観客の座るスタンドの前に整列、連隊長の巡閲を受けて偉い人の祝辞を聞き、最後にスタンド前を観閲行進するのである
その他の隊員は駐屯地の警備や会食支援、受付、訓練展示、装備品展示、戦車や高機動車などの体験試乗etc…の勤務に分けられる
むしろ勤務以外の人間が式典に参加する、と言った方が適当かも知れない

「よし、これでOK…あとは誰を出すか、ですね」勤務員の人数をまとめて、これから運幹や先任などと誰を出すか調整することになる
「あ〜ちょい待ち田浦。出店の要員を忘れてないか?」と林2曹
「…あ、そうだった…」「運幹からはまだ指示はないけど、給養の川井2曹かオレ辺りが店長になるんじゃね?」「ですね、運幹に確認します」
記念行事や駐屯地一般開放の時には各中隊が屋台や店を出す。メニューはありきたりの焼きそばやうどん、そば、お好み焼き、ジュースなどなど…1中隊はいつも焼き鳥の店を出している
ここで稼ぎを出せば中隊の予算も暖かくなる…中隊として一番力が入るのは、この出店だったりするのである


グラウンド前に集まった若い隊員たち。そして目の前には鉄の骨組みと鉄の板
本管・施設作業小隊の間島曹長が彼らの前に立つ

「本日から金曜までの3日間、スタンド設営の指揮をとる間島曹長だ…」見た目はまるでヤクザと言われる間島曹長が前に立つと、若い連中の間に緊張が走った
グランドの端に観客が座れるスタンドを作り、その前で式典やパレードなどを行うのだ
真ん中のスタンドには連隊長のお立ち台、国旗の台、そして来賓の席。左右のスタンドは一般席、これは誰でも座れる
スタンド自体は方面の施設団が持っている物で、昨日の夕方に輸送小隊が特大のトラックで運んできたのだ

「まずは材料を卸下する。取りあえず作業の前に…革の手袋を持ってこなかった者はいるか?」支給されている軍手では作業の際、安全性に疑問がある
ほとんどの隊員は演習やこういった作業の時、私物の革手袋を使用している
「全員持ってきてるか…作業は必ず手袋をはめて行うこと。では作業かかれ!」

トラックの荷台にわらわらと人が集まる。こういった作業に狩り出されるのは、ほとんどが若い1士2士だ。チラホラと陸曹の姿も見えるが…
人数が多いためか、荷物の卸下は数分で終わった。次はスタンドの組立のにかかる

「…このポールを立てて、ここにこのタイプの鉄パイプを差し込む。そしてこの金具を使って固定する…これが土台になります」指揮するのは施設作業小隊の隊員たちだ
スタンド設置予定の場所には、基準となる糸が張られている。ここでも「直角水平一直線」だ
基点に土台となる板を敷き、スタンド設置が始まった

目の前のグランドでは訓練展示組が練習をしている
記念行事当日まであと5日だ

いっぽう、中隊本部…川井2曹と数名の陸士が段ボール箱を娯楽室に運び込んでいる
「とりあえず串は用意した、あとは皿と…」出店の準備も着々と進んでいる
焼鳥屋を開くに当たってまず準備するモノ…串や皿などの消耗品、そしてコンロに木炭、売り子のはっぴ、肉は前日に届くことになっている
準備に当たるのは全員が当日の出店要員だ「…と言ってもオレは恒常業務もあるからね〜というわけで、後は頼むよ大沼クン!」
作業の指示を与えて、川井2曹は事務室に戻っていった

「…ま、のんびりやるかね」と大沼3曹「取りあえず道具を持ってくるか。じゃあ倉庫へ行くか」
リアカーを引いて2号倉庫に向かう面々、どこの中隊も同じように屋台の準備に入っているようだ
「まさか自衛隊に入って焼き鳥を焼く事になるなんてな〜」リアカーを引きながらぼやくのは国生2士だ
「ま、そう言うな。自衛隊は何でもするからな…ところで菌検索はやったか?」食中毒予防のため、こういった食料を扱う隊員には大腸菌などの検索が義務づけられている
「やりましたよ。あのケツに棒を突っ込むのが…」「じき慣れるさ」「そんなのに慣れたくないです…」


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