日曜日…いつもなら朝0700時に鳴る起床ラッパだが、今日は平日通りの0600時に鳴り響いた
駐屯地のあちこちで記念行事の準備が始まっている
「肉〜肉持ってこいよ」「炭は全部出しますか?」「看板はもう出しますよ〜!」中隊で真っ先に動き始めるのは屋台要員だ
「今日は天気がよさそうだな。客の入りも期待できるねぇ…」と店主の川井2曹、空には朝日がすでに高く上がっている
「あれ?今日は私服巡察じゃなかったんですか?」迷彩服を着込んでいる小野3曹を見て田浦3曹が言った
「私服で巡察するのは昼からでな…午前中は警衛所付近にデモ隊が来るらしいんだ。俺たちも詰め所に待機するんだと」
「それは怠い話ですね…」「暇人どもがなぁ…で、田浦たちはまだ着替えないのか?」まだジャージ姿の田浦3曹
「せっかく迷彩服アイロン当てたのに、今から着たらシワになにますからね」行事や警衛の時は迷彩服にピシッとアイロンを当て、靴はキレイに磨き上げるのである
「まぁ残暑でクソ暑い中、ど〜でもいい話を延々聞くよりはええんやけどな…」食堂の厨房では会食の準備が始まっている。そんな中、古賀1士に愚痴るのは井上3曹だ
「忙しくなりますかね?」と古賀1士。業者が運んできたオードブルのトレイをテーブルに並べていく
「酔っぱらいが増えるからなぁ…羨ましいわ」こちらは蕎麦の入ったトレイを冷蔵庫に運び入れる
「おぉ、ステーキですよステーキ!」分厚い肉のかたまりが運ばれてきた「もったいない話やなぁ…来賓って年取った人が多いから、ああいう食い物は余るんや…」
普段は滅多に食堂に並ばないような豪華な食事が、次々と厨房に運び込まれていった
0830時…中隊本部前では武器庫の扉が開き、パレードに参加する隊員たちが銃と銃剣を持ち出している
そして駐屯地メイン道路上の屋台では…
「そろそろ火を入れますか」「今何時?おぉ、もうこんな時間か…」「お釣り用の小銭、持ってきました〜」こちらも準備完了のようだ
まだ営門は開かれていないが、招待客や隊員家族などがポツリポツリと姿を現し始めた
こちらは警衛所裏、駐屯地消防隊の待機所だ。小野3曹を含む警備要員が待機している
正規の警衛だけでは手が足りない時に狩り出されるため、今の時点ではそれほど忙しくはない
「え〜っと、デモ隊が来るのは1030時ごろだと思われる。まぁ規模は10名程度とのことだから…」警備班の長に当たるのはどこかの中隊の幹部だ
デモ隊が来ても、営門を強行突破しようとしない限りはただの監視で終わる。デモ隊が来たら取りあえず交代で外柵警戒を実施する…とのことだ
「パレードに出るよりはのんびりしてていいかもね」「そうだなぁ〜」他中隊の陸曹とのんびり話をする小野3曹
お祭りの準備は整い、0900時…営門が開かれた
『皆様、本日は駐屯地創立○○年記念行事にご来場いただき、まことにありがとうございます…』
アナウンスの声が駐屯地に響く
営門が開かれ、民間人…いや、今日は『お客さん』…が入場してきた。屋台から飛ぶ客引きの声が大きくなる
「いらっしゃーい!」「フランクフルト、安いよ〜!」「焼き鳥3本200円!さぁ寄ってって〜」まるでテキ屋のノリだが、れっきとした国家公務員たちである
客層は基本的に家族連れ、小中学生のグループ、旧軍の帽子を被った老人たちなど…そして隊員家族も多い
意外と「軍事マニア」は少ないのだ
本当のマニアは富士総火演や空自基地の航空祭など、本格的なイベントにお金に糸目を付けずに行く事が多い
観客席の中心は来賓席の指定をされているが、左右の自由席は早い者勝ちなのでどんどん埋まっていく
0920時…グランドの周りに観閲部隊が集合し始めた。普通科職種を示す赤いマフラーが晴天に映える
「ちょっと旗持ってて」近くにいた陸士に中隊旗を預け背伸びをする田浦3曹。肩や背中が子気味良い音を立てる
「今日は暑いですねぇ…」陸士がうんざりしたようにいう。見事な秋晴れの天気、休みの日なら絶好の行楽日和だ
「倒れないようにな。今日はお客さんも多いみたいだしなぁ」
0945時、そろそろ入場の時間だ。隣の中隊も並べてある銃を取り、整列を始めている
「第1中隊、銃取れ!」運幹の号令が響き、隊員たちが銃を取り脚を折りたたむ
「おぉ〜」何でもない行為なのだが、周囲にいた客が感嘆の声をあげた
タン…タン…タンタン♪
音楽隊の太鼓がリズムを奏で始めた。そして各部隊の入場が始まった
『観閲部隊、入場』アナウンスの声がグランドに響いた
グランドの周りに集合した各中隊が動き始める
「担え〜銃!」「前へ〜進め!」中隊長の号令が響き、太鼓の音に足を揃えて各中隊が入場していく
腕を前方90度に振り上げ、揃えた足から規則正しい音が響く
続々と各中隊が入場してくる
部隊は観客席から向かって左側から音楽隊、そして本部管理中隊、1〜4中隊、重迫撃砲中隊、対戦車中隊、業務隊、そして最右翼に会計隊や基地通信隊などの業務諸隊だ
各科長と連隊旗を引き連れた観閲部隊指揮官…副連隊長が入場してきた「かしら〜なかっ」全中隊の敬礼を挙手の敬礼で答える副連隊長
この時点で0956時…4分後の1000時に観閲官である連隊長が臨場するまで、隊員たちは「整列休め」の姿勢で微動だにせず待機する
1000時…『観閲官、臨場』アナウンスの声が流れ、副連隊長の「気を付けぇ!」という号令が響いた
不動の姿勢を取る隊員たち、その前を一台の幌を外したパジェロが止まった。観閲台の前で待機していた隊員がドアを開け、制服を着た連隊長がゆっくりと助手席から降りてきた
そのまま台上に上がり来賓たちに挨拶をする。そしてひときわ高い台上に立った
『観閲官に対し、栄誉礼』アナウンスの声が響く
「ささげ〜銃!」副連隊長の号令に合わせて全隊員が一斉に銃を掲げた。同時に音楽隊が「栄誉礼の譜」を奏で始めた
全部隊の捧げ銃に対し挙手の敬礼で答礼する。音楽が鳴り終わると連隊長はその手を下ろす、と同時に「立て〜銃!」副連隊長の号令で隊員たちは一斉に銃を下ろした
銃床が地面を叩く音がほぼ同時に鳴り響いた
続いて国旗の入場だ
「付け剣!」の号令に全隊員が一斉に左腰の銃剣を抜き銃口に差し込む。国旗と天皇陛下に対する敬礼は、最高の敬意を示す「着剣捧げ銃」を行う
『国旗が入場します。ご来賓の方はご起立下さい』アナウンスの声に観客席の人々が立ち上がる。国旗に対し敬意を表するのは国際社会の常識でもある
連隊長と同じようにパジェロに乗って、日の丸を持った隊員が入場してきた。国旗の旗手はパレードが終わるまでの1時間以上、直立不動の姿勢でいなければいけない
国旗には2人の旗衛隊が付く、彼らも同様に一瞬たりとも気が抜けない
3人が意気のあった動作を見せて、国旗が台上に上がった。一段と高い台上に上がり、隊員の正面に向き合った
「ささげ〜ぇ…銃!」先ほどと同じように隊員たちが一糸乱れぬ動作で銃を持ち上げる、と同時に少しテンポの速い「君が代」が演奏された
「立て〜銃!」銃が地面に置かれるガシャン、という音が響いた「取れ剣!」腰をかがめ銃剣を外し、左腰のさやに収める隊員たち
厳粛な儀式に感嘆の声を上げる観客たち、一糸乱れぬ隊員の動きと真剣な表情には一点の曇りもないように見える
そして式典はこれから始まるのだった
『…のような事件・災害に対し、これからますます国民が自衛隊に寄せる期待は…」連隊長は話が長い
秋晴れの日差しが容赦なく隊員を照らし続ける
(…話長げぇよ…)
頭を台上に向け、右手でしっかりと中隊旗を保持し、後ろに回した左手も微動だにさせていない
顔だけは真剣なふりをしつつ、田浦3曹は内心ウンザリしていた
入場時に何かの弾みで首に巻いたマフラーの結び目がずれてきて、それがさっきから気になっているのだ
直したいが手は動かせない、どころか首を少し回すこともできない。中隊長の後ろに控える旗手は目立つのだ
おまけに軍手の中には汗をびっしょりかいていて、表まで染み出しそうな勢いだ。敬礼の際に旗を振るのだが、汗で滑ってすっぽ抜けないかも心配だ
同様な思いは後ろの隊員たちも…
(あぁ、腰が痛てぇ…あと何人話すんだっけ?)と思いつつ、後ろに回した左手でコッソリ腰をマッサージする1曹
(ヒザがしびれてきた…)迷彩服の中、ほんの少しだけヒザを曲げる陸士長
(うわ、汗が目に入ってきた!)眼鏡の隊員が顔をしかめる。しかし手で汗はぬぐえない…
一見ビシッと統制の取れた動きをする隊員たちだが、実際の本音はこんなところだろう。ただあまりにヒマなので、普段は耳から耳へ抜けるような連隊長の話を聞いている隊員も実は多かったりする…
『…続きまして、県議会議員○野×夫さまからご祝辞を…』
3人目が話し始めると同時に、業務隊の方から人が倒れるような音がした
観客たちが慌てたようにざわめき始めるが、祝辞を述べる議員さんや台上の連隊長・来賓たちは心得たもので表情一つ変えていない
(あ〜あ…)(大丈夫かな…)(後何人くらい倒れるかな?)隊員たちも内心思うが、こちらも微動だにしない
長話にしゃがみ込む隊員もチラホラと出てきたところで、長い長い祝辞は終わった
が、次は…『続いて祝電を披露いたします』もう少しだけ、苦行の時間は続く
『…部隊は観閲行進の隊形に移行してください』そして動き始める各中隊・部隊
立ちっぱなしでヒザがしびれている隊員も多いがそれでも我慢、リズムに合わせて足を揃える
グランドを離れ観閲行進のスタート位置付近にさしかかると、隊員たちもだんだんとリラックスし始める
前に振り上げる腕は90度からだんだんと下がり、足の動きも少しバラバラになってくる。肩に担いだ銃も角度がバラバラになってきた
そして行進の始まりまで少しの待機時間、各隊員がヒザを回し腰を伸ばす
「あ〜長かった…」「あと少し話が長かったら倒れてたかもなぁ」「あとは歩いたら終わりか〜」隊舎の陰に隠れてくつろぐ隊員たち
しかし「それでは連隊本部、それと情報小隊!準備してください」行進の統制員が声をかける
観閲行進はCCVに乗った副連隊長と連隊本部が先頭、その後を偵察用のバイクに乗った情報小隊が進む
1〜3中隊そして業務隊と会計隊は徒歩行進、その後に4中隊が車両行進
その後は本管、重迫、対戦車中隊の特殊車両、特科のFH-70、高射特科の対空機関砲L-90、74式戦車、最後に駐屯地上空を通過するのは方面航空隊のUH-1とOH-6だ
「さて…やりますか」徒歩行進部隊の先頭を行く我が1中隊、旗手の田浦3曹も力が入る「1中隊、気をつけぇ!」中隊長の号令が響いた
『…最初に行進してまいりますのは観閲部隊指揮官、2等陸佐…』
CCVの上から顔を出すのは副連隊長と連隊旗旗手、音楽隊の演奏に合わせてゆっくりと連隊本部の幕僚たちがパジェロに乗って前進してきた
CCVの派手なエンジン音が駐屯地内に響く
が、ここ警備班の詰め所である外柵沿いの詰め所(外来宿舎の一室)には、デモ隊のシュプレヒコールの方が大きく聞こえる
「次はなんだと思う?」「え〜と、たぶん『じえいたいはぁ〜かいさんせよ〜』じゃないスか?」「オレは『へいわけんぽぉを〜まもれぇ〜』だと思うぞ」
カーテンが閉められた薄暗い部屋、3人の隊員が額を寄せ合って話している、外から聞こえてきたのは…
『いますぐぅ〜じゅうをぉ〜すてよ〜!』ちっ、と指を鳴らす隊員たち
「新しいパターンですね」「また外れた…」つまらん、という顔をして携帯を取り出す「オレは無反動砲手だから、銃を捨てても意味はないんだけどな」そう言うのは警備班に当たっている小野3曹だ
他中隊の隊員たちと警備詰め所に入って小一時間、外柵沿いには10名前後のデモ隊が見える
チューリップハットにマスク、サングラスをかけた中年男性がデモ隊のリーダーのようだ。そして副官とおぼしき大学生風の男、こちらは大きな眼鏡をかけている
後の面々はやる気の無さそうな若者たちと子連れの若い女性、中年夫婦が目に付くくらいだ
リーダーの中年男性はかなりの「大物」らしく、警衛所のみならずここ外来宿舎の一室や外の駐車場などから刑事たちが大きなカメラを持って張り付いている
しかしはっきり言って、駐屯地を襲撃できるような戦力には見えない。「朝霞事件」の例もあり警戒はしているが、それでも小野3曹たちはリラックスモード全開である
営門から少し離れた外柵沿いで騒ぐこと自体、彼らのやる気の無さが見て取れる
柵の内側で監視する隊員一名は30分交替、小野3曹の出番は次である
「さて、…じゃ行ってきます」警備班の班長に一声かけて、小野3曹は部屋を後にする
そのまま柵の前に向かい、今まで張り付いていた隊員と交代する
「お疲れさんです、何かありました?」「いや、特に無いですね。あの子がちょっと心配なくらいですか」指を差すと何かと問題があるので、視線だけを外に向ける隊員
若い主婦の手を握る5才ぐらいの子供が、暑さのせいかぐったりしてきているようだ
「…熱中症になりそうですね…ま、柵の内側からだとどうしようもありませんな」「ですね、じゃあ後は宜しく」警棒を受け取り、小野3曹は柵の外側に顔を向けた
「じえたいはぁ〜けんぽおいはんだぁ〜!!!」「じえいたいはぁ〜…」
同じようなセリフをもう30分以上叫び続けている。リーダーと若い大学生風だけが声を張り上げ、他の人間はやる気ゼロといった感じだ
(いい加減飽きてきたな〜つまらん)あくびをかみ殺し、それでも油断無く外のデモ隊を見続ける
さっきからシュプレヒコールの音頭を取っているのは眼鏡の大学生風、それを横から見ているのがチューリップハットのようだ
他の大学生風数名は小野3曹が来た時からやる気無しな顔をしている。中年夫婦は一応は声をあげているが、こちらは疲れ気味の様子…そんな中、若い主婦の傍らに立っていた子供が遂にしゃがみ込んでしまった
(今日はけっこう暑いからな、子供にはきつかろう)母親が慌てて水筒の水を取り出す。それを見た眼鏡の大学生風が彼女たちに駆け寄った
しかし子供の心配をするのかと思いきや、母親の腕を取ってすごい剣幕で何か叫び続けている
「…をしゃがんで…とこえを…こども…んけいあるか…われわれ…とうそうに…」どうやらシュプレヒコールに参加せず、子供の面倒を見ていることを非難しているようだ
(おいおい…子供の心配もしてやれよ)他人事ながら気になる小野3曹
満足そうにうなずくチューリップハット、そしてドン引きの表情を見せるその他の人々…主婦は子供を抱え上げ、眼鏡の大学生風に何やら言い返している
チューリップハットも混ざって何やら話をしているが、結局その主婦はデモ隊を離れていってしまった
残った面々の気まずそうな顔…シュプレヒコールの声も一気に小さくなった
そしてそのままイヤな空気のまま、デモ隊は流れ解散していった…
憎々しげな視線を駐屯地内に向けるチューリップハット
その上を数機のヘリが爆音を響かせて通り過ぎていった
一方、観閲行進が終わったグランドでは、隊員たちが訓練展示用の「建物」を組み立てている
小さな平屋の建物が数戸、やや大きめの小屋が一つ、そしてベニヤ板で作った車や障害物が手際よく並べられている
『お待たせいたしました、ただ今より第2中隊によります訓練展示を開始いたします』10分ほどの準備の後、アナウンスが流れた
空いた時間に各中隊の屋台に行っていた人達も、いそいそと帰っていく
『…観客席向かって左側の建物に数名の敵が人質を取って立てこもっているという想定で…』
解説に合わせて観客たちの顔が右に左に動くのが面白いな…と同じように観客席に座る野村2曹は思った
訓練展示の演出を担当した迫小隊の野村2曹。前日まで訓練展示の指導に当たっていたため、今日は特に勤務は無い
しかしやはり自分が演出した訓練展示が気になるのか、こうしてこっそりと観客席に紛れ込んでいるのだ
『訓練展示部隊指揮官は第2中隊、島本2尉です。それでは状況を開始します』同時に状況開始のラッパ音が鳴り響いた
そして鳴り響く音楽、訓練展示では定番である「ワルキューレの騎行」だ(「地獄の黙示録」で使用された音楽)
<状況、開始!>スピーカーから流れてくる声は、訓練展示部隊の隊員たちが使用している無線機の声をそのまま放送している
物陰に隠れていた敵テロリスト役の隊員たちが、人質役を連れて「建物」の陰から飛び出してきた
エアガンやモデルガンで武装する敵の中に一人、89式を持つ隊員が引き金を引いた。空砲の発射音が鳴り響き、観客たちがどよめく
人質を連れた敵数名は少し大きめの小屋に、他の敵は平屋の小さな建物に入っていった
『敵が人質を取り、観客席から向かって左側の小屋に陣地占領しました。治安出動命令を受けた連隊長は、飛行隊に偵察飛行を要請しました』
かすかに聞こえていた羽音が徐々に大きくなってきた。駐屯地近くにある丘の陰から姿を現したのは汎用ヘリOH-6だ
小さくて丸っこい機体がまず観客席の目の前を高速で通過、軽快な旋回を見せて今度はゆっくりとグランドの周りを回り始める
<こちら偵察ヘリ、左の小屋に敵散兵と人質の姿を確認、送れ>ザッ、という無線機のノイズが走る
<こちら隊長、了解!偵察ヘリは、ただちに帰投せよ>返信を受けてヘリはゆっくりと機首を前に倒し、徐々に速度と高度を上げて飛び去っていった
ヘリの後は地上部隊の突入だ、ターボの音を響かせて、高機動車が全速力で進入してきた
幌は全て外し、フレームに機関銃を取り付けている
グランドを一周した後、建物の近くで停車…銃口を敵方に向けて素早く下車、そして展開…隊長の合図で前進を開始した
平屋から敵が飛び出し接近する隊員たちに銃口を向ける、と同時に隊員の一人が89式の引き金を絞った
「パン」という乾いた音と同時に倒れる敵。数名の隊員が近づいて手慣れた様子でボディチェックを行う
<隊長、こちら第1分隊。敵1名を射殺、さらに前進する。送れ><こちら隊長、了解!>そして前進を再開する隊員たち
しかし、小屋に陣取る敵の89式が銃撃を開始した。建物の陰に隠れて応戦する隊員たち
<こちら第2分隊、敵からの銃撃を受けている!><了解!>と隊長の声、そして『敵の反撃を受け、隊長はレンジャー部隊の投入を決意しました』とアナウンスが流れる
<ヒューイ、こちら隊長。レンジャーを投入する!><了解>ザッ、というノイズ、そして先ほどのOHとは違ったヘリの爆音が響く
『皆様、左手上空をご覧ください。レンジャー隊員を乗せたヘリ、UH-1が進入してきます』
観客の目が一斉に左上空に注がれる。近づいてくるのは陸上自衛隊でもっともメジャーなヘリであるUH-1だ
敵が占拠する建物の後方でホバリングを始め、ドアが開き太いロープが投げ落とされた
『…レンジャー隊員が…突入を…ロープで…』アナウンスの声はヘリの爆音にかき消されてよく聞こえない
このシーンをカメラで撮影しようと携帯電話を向ける観客たち、そしてスルスル…と隊員たちがロープを掴み降下してきた
「おぉ〜」と感嘆の声が挙がる。だが残念ながらヘリの爆音でよく聞こえない…
地上に舞い降りた隊員たちが銃を構える。そして建物の裏に接近した。それと同時にヘリは高度を上げ、そのままヘリ隊の駐屯地に向けて飛び去っていった
<隊長、こちらレンジャー…突入準備完了!><了解、突入せよ!>
レンジャー隊員が建物に突入、同時に包囲部隊も接近を開始する。平屋に隠れていた敵が掃討されていく
そして小屋に突入したレンジャー隊員たちが人質を確保、壁が透明なフィルムで作られているため観客からもよく見える
逃げ出した敵を包囲部隊が捕捉、両手を上げて銃を捨てる敵たち…ここからが赤城士長の見せ場だ
(さぁ、ガンバレよ赤城!)野村2曹が祈るような心境で見守る
赤城士長が両手を上げている敵に接近する。手にしていた拳銃をホルスターにしまい込んだ…その瞬間、敵が懐からナイフ(発泡スチロールで作った模型)を取り出した
そして赤城士長に向けて突っ込む…とここまでは練習通り、しかし…(…動きが違う!)
何かに足を取られ、重心を崩す敵役。本来ならナイフを突くはずだったが、重心を戻そうとした弾みで「逆袈裟」に切り上げるような形になってしまった
戦慄する野村2曹、そして現場の分隊長、突いた手を取り投げるはずだったのだが…このままでは赤城士長の体にナイフが当たる!…と誰もが思ったその瞬間
体を左に反らしナイフを避けた赤城士長、そのまま右手で敵役の襟を掴み足払いをかけた…
半回転くらいして地面に叩きつけられた敵役、そのまま腕を決められ後ろ手にプラスチック製の手錠がかけられた
「おぉ〜!」観客から歓声が上がる。一瞬ヒヤリとした野村2曹もほっと胸をなで下ろす
「なぁ、あの隊員って女の子じゃね?」「マジ!?」「まっさか〜あんなおっかない女がいるわけねぇじゃん」隣の男子高校生たちの話し声を聞いて、内心ニヤリとする野村2曹だった
『引き続き、音楽隊と特科部隊による音楽演奏を実施します。曲名は…』
音楽演奏が始まるまでの間に腹ごしらえをしよう、と観客たちが各中隊の屋台に入り始めた
「注文、ねぎま3本に胸肉6本!」「ねぎま3,ムネ6!ありがと〜ございまぁす!」威勢のいいかけ声が響く1中隊の焼鳥屋
「お、やってるね〜」と顔を出したのは、老体に鞭打ってパレードに参加していた先任だ
「先任!先任だけに千本くらい注文してくださいよ〜」「おめ、在庫が無くなっちまうだろうが!」陸士たちもそれなりに楽しんでやっているようだ
店長(?)の川井2曹がやってくる「先任、お疲れッス!」「どう?売り上げは」見た様子ではそう悪くはないようだ
「このまま行けば完売できますよ!去年は少し余りましたからね…」売り上げに協力しようと、中隊の隊員も何人かいるようだ
その中の一人、佐々木3尉が先任に声をかけてきた
「先任、重迫の店見ましたか?」「いや、まだですが…」「なかなか面白いことやってますよ。来年はウチでもやりましょう!」
そこまで言われると興味が湧く先任、さっそくやってきた重迫撃砲中隊のクレープ屋。若い女の子の姿が多いのは、やはりクレープのおかげか…と思ったが、何やら様子が違うようだ
店の天幕の横に立てかけてある板、その前にちらほらと女の子の姿が見える。はたして何があるのやら…とのぞき込む先任に、重迫中隊の先任・飯島曹長が声をかけてきた
「佐藤准尉!偵察ですかいのぅ?」「や、曹長。重迫が面白いことをしてるって聞いてね」そう言って立てかけてある板を見る
「…『ミスター重迫中隊コンテスト』…?なんだこりゃ?」板には重迫中隊の隊員たちの写真が貼ってある。デジカメで撮った写真のようで、迷彩服を着た普通の写真から、中には花をくわえた変な写真まである
その下には隊員の名前、階級、、年齢、そして一言コメントが書き添えられている。そして板の横には投票箱が掛けてある
「独身隊員の人気投票をやっとるんです。全員、独身で彼女無しばかりですけんのぅ」「これは…」目が点になる先任
「希望があれば隊員を紹介する事もあります。出会う機会のない若い連中にチャンスをやろうってことですわ」強面の顔と広島弁で恐れられている飯島曹長がこんな企画をよく…と重迫中隊では騒然となったらしい
しかし先任はニヤリと笑い飯島曹長に言った「曹長も駐屯地の祭りで奥さんと知り合ったから、かね?」
「む、まぁそれも…」苦虫を噛み潰したような顔をする飯島曹長「でも駐屯地の中でナンパした相手が、幹部の娘さんだったってのがまずかったね」
記念日行事などに来る客の中には、駐屯地勤務の隊員家族が来ることも多い。飯島曹長が陸士時代にナンパした相手もそうだった
付き合い始めて数ヶ月、その事実を知った時にはすでに遅し…結局、陸曹を目指し昇任と同時に結婚する羽目になってしまった
「…地雷でしたわ」「ま、いいじゃない。今はけっこう幸せなんでしょ?あんな可愛い娘さんが3人もいるんだから」
口では「失敗した」と言っても、結局は円満な家庭を築いている飯島曹長。人生なんて何がどう転ぶかわからない…
ずらりと整列した音楽隊、その横には4門の105mm榴弾砲
チャイコフスキー作曲「1812年」の演奏が始まった
「大砲を使う曲」の割に最初はゆったりしたテンポで始まる。特科部隊は待機中…観客たちもリラックスムードだ
最初に『大砲の音が大きいので、小さなお子様連れの方はお気を付けください』というアナウンスが流れたので、すこし緊張の面持ちで見ている観客も多い
子供連れの親が注視しているのは、大砲を撃つ時に旗を揚げて合図を出す隊員だ
曲も佳境に入り、特科の隊員たちが動き始めた。一人で持てるサイズの105mm砲弾を準備する
そして、曲がだんだんと勇壮なメロディーに変わっていく…合図を出す隊員が旗を掲げた
観客たちも息を呑む。多くの観客が耳を塞いだ…そしてタンバリンが打ち鳴らされた次の瞬間
ドーン!!!
轟音が鳴り響いた
駐屯地内の隊舎、外のマンション、近くの丘に反響した砲声がこだまする
空気自体が振動し、窓ガラスがビリビリと震える…観客たちの歓声、そしてもう一発
ドーン!!!
ドーン!!!ドーン!!!
一気に数発の空砲が鳴り響いた。油断して一発目で耳から手を離した子供が何人か泣き出してしまった
そしてしばらくまた特科部隊は待機…
観客たちはまだザワザワしている
そしてクライマックス
また旗が揚がった。耳を塞ぐ観客たち
ドーン!!!ドーン!!!ドーン!!!
数発連続で轟音が響く、そして…
ドーン!!!
最後に全砲門が同時に火を噴いた
指揮棒を下ろす指揮者、そして…万雷の拍手が鳴り響いた