フェスティバル!後編

観閲行進、訓練展示、そして音楽演奏と終わり、グランドでは装備品展示と体験試乗の準備が始まった
観客たちも散り始める

そしてここ、食堂では…先ほどの観閲式で連隊長の後ろに座っていた来賓たちがぞろぞろと集まってきた
記念祝賀会食はまもなく始まる。先ほどから準備に駆け回っているのは…
「これでいいですかぁ?」「ちゃうちゃう、もっとデカい箸や。菜箸って知らんか?」会食支援要員たちがバタバタ動き回っている中、井上3曹もソバの屋台を準備している
豪華なオードブルがテーブルに並べられ、ソバだけではなくステーキや揚げ物、さらには寿司のコーナーまであるという

「つまらんの〜自分では喰えへんのやで?ど〜せ余るんやからちょっとぐらいええやろうに…」「はぁ〜そうですか〜」
文句の多い井上3曹と、相方は他中隊の隊員、18才には見えないくらい童顔の2等陸士だ。何をしていいかよくわかってないようで、さっきからぼ〜っとしている
「…大丈夫やろか…」仕事が増えそうな予感に少し不安を覚える井上3曹であった

「…衛隊の任務はここ数年で大きく変わりました。我々もなおいっそう、国民の負託に…」
会食場に連隊長の挨拶が響く。この後にも政治家や知事、市長などの挨拶が続くことになっている
「…つまらんなぁ」最初のウチはピシッと直立不動で立っていた井上3曹だが、誰も見ていないことに気づいてすっかりだらけモードだ
そんな井上3曹がさっきから気になるモノ、それは…会食場の台上に並べられたお酒の数々だ
特に、親交のある沖縄の部隊から送られてきた泡盛…なんと30年以上前の沖縄復帰の頃に作られた年代物だという
(これは飲まへんわけにはいかんやろ…)往々にしてこういった場での酒は余るモノ、密かに一杯飲むチャンスを、あわよくばくすねるチャンスを狙う井上3曹であった

会食が始まり、最初の頃はバタバタと動き回っていた井上3曹と相方の2士。しかし小一時間もすれば食事より飲む方優先になる
ぱらぱらとしか客が来なくなった屋台(これはチャンスか!?)台上の酒は…あった。封が切られ何人かのコップに注がれているが、まだまだ残量は充分にありそうだった
「…なぁ、ちょっとトイレに行ってくるわ…」そう言って踵を返す、がその時「お、狙撃手クンじゃねぇか!」と誰かに声を掛けられた
「(なんてタイミングの悪い…)お、権藤店長。何です?珍しくスーツなんか着て…」隊員クラブの権藤店長は元自衛官で連隊のOBでもある
「いやいや、若い連中がどうしてるかと思ってのぅ」「まぁこのとーりですわ。雑用ゆぅたら取りあえずオレの名前が出るんです」そう言ってしかめっ面をする
「これも仕事じゃぁ!オレが満州にいた頃はなぁ…」「長話やったら聞きませんよ」「…つれないのぅ」などと話していたら
「あの、天ぷらソバ一つくださいな」と横から注文が入った
「へい、1分ほどお待ちを…」ソバをざるに入れ、湯の中に放り込む。湯がいたあとは鍋から上げてお湯を切り、器に入れたらだし汁とネギ、そして天ぷらを乗せてできあがりだ
「お待たせしました〜」客に差し出す「どうも、ありがと」そう言って客は去っていった

「…あれ、店長?」ふと気づくと権藤店長がいない、それから相方の2士の子も…
(…まぁ飲んでみな…)(…じゃぁいただきまぁす)後ろの方で二人の声が聞こえ、井上3曹が振り返った
店長が2士の子に何かを勧めている。コップの中身は透明な液体…日本酒のようだ「あ、店ちょ…」と声を掛けるが、その瞬間…

ガタッ、と2士の子が崩れ落ちた「うわぁ!」あわてて受け止める井上3曹と権藤店長。見ると顔が真っ赤だ
「何飲ませたんですか店長!?」「ありゃ〜ただの日本酒じゃけど…」「むちゃくちゃ度数高いヤツやないんです?この子まだ18やのに…」

真っ赤な顔をして目を回す2等陸士…さすがに放っておく訳にもいかず、そして自分の屋台から離れるわけにもいかない…
会食が終わるまで、結局お酒は飲めずじまいの井上3曹であった


一方こちらは駐屯地内、私服に着替えた小野3曹が巡察に回っている
短い髪、伸びた背筋、Tシャツの袖からはみ出る二の腕の太さ、どう見ても自衛官という事がわかるので、あまり私服の意味がないのだが…

昼過ぎになり、観客の姿も減っている…訳はなかった
グランド周りの道路では屋台が並び、音楽隊の演奏会なども開かれている
グランドでは訓練展示で使ったヘリや装甲車、先ほどの音楽演奏で使った105mm榴弾砲、小銃や無反動砲などの装備品展示
有線電話や暗視眼鏡などの体験コーナー、迷彩服や個人装備の体験試着などが行われている
そして大人気なのが高機動車と戦車の体験試乗だ

戦車の体験搭乗コーナーには長蛇の列ができている。高機動車の方はまだ短いが、それでもけっこうな人が並んでいる
(みんな暇人だな〜)長い列を見て小野3曹は思う

自衛官というのは基本的に、軍事マニアはあまり多くない
仕事でさんざん銃や兵器に関わっているので、趣味の世界まで「そっち」の方に行きたくない…という考えをしている隊員も多く
マニアには自衛隊の訓練は内容的に物足りなく体力的に過酷なので、あまり軍事マニアは入隊しない(しても長持ちしない)事が多いのだ
小野3曹もマニアではない。もともとレスリング一本で自衛隊に入隊し、体育学校で数年間汗を流した後に部隊に配属された
だからこういった行列を見るとついつい苦笑いしてしまうのだ

ドンッ!と左足に軽い衝撃を受け、小野3曹は足下に目をやった
そこには小さな子供が尻餅をついていた。年齢は5才くらいか(あれ?どこかで見たような…)
キョトンとした顔で小野3曹を見上げる子供「ボウズ、ケガは無いか?」一応は笑って声を掛けてみる

周りに保護者らしき人の姿は見えない、するとその子が「あのねー、おかーさんがまいごになったのー」と話しかけてきた
「迷子はボウズじゃないのか?」プッと吹き出す小野3曹
「ちがうのー、戦車にのってぇ…そしたらおかーさん、気分が悪くなったのー」「ふーん…迷子案内所に連れて行くか…」
正門付近に来賓受付などのテントがあり、その一角に「落とし物・迷子案内所」が設置されている
子供の手を引き迷子案内所にやってきた

『迷子の案内をいたします…』普段は起床から消灯までのラッパをながしている駐屯地のスピーカーから、衛生小隊のWAC橘1士の声が響く
「ま、しばらく待ってたらお母さんも来るだろ…それじゃぁな、ボウズ」「えー?どこいくのー」「オレは仕事なんだって…」そう言って迷子案内所を後に…しようとしたその時
「おい!衛生の子いるだろ!?ちょっと来てくれ!」血相を変えた警務隊の巡察隊員が飛び込んできた
「すぐそこで軍人会の人が倒れたんだ!ちょっと見てやってくれ」「え〜私がですかぁ?ここって今、私一人なんですけど…」とその瞬間、小野3曹と橘1士の目が合った
「…オレが残るしかないのね」「すみませ〜ん。じゃ、お願いしま〜す」そう言うと橘1士はテントの外に飛び出していった


「ねーねー、お兄ちゃんってじえーかんなの?」「あぁ、今は私服だけどな」
その子はニコニコして小野3曹に話しかけてくる

「きょうはめーさい服じゃないの〜?いつも何してるのー?鉄砲ってうったことあるー?腕ふと〜いね〜なんで?でさー…」むんず、と子供の頭を掴む小野3曹「うるさいっての」
それでも何が嬉しいのか、キャッキャとはしゃぎながら小野3曹にまとわりついてくる
「あ〜も〜うっとおしぃ!おとなしくお母さんを待ちなさいって」引き離そうとするとこれまた嬉しそうに絡んでくる
「…とほほ」頭にしがみつく子供を引きはがすのも面倒になり、母親の到着をひたすら待つ小野3曹だった

「…戦車っておっきいんだよ〜も〜こんなに!」そう言って両手を一杯広げる子供「はいはい」生返事の小野3曹、しかし気にする様子はない
「でさ、ブォーン!っておっきな音たてるんだよ〜」「知ってるよ、戦車はリッターで500mしか走らないくらい燃費が悪いしな。エンジン音もデカいだろ」
「ふーん」「…意味わかってんのか?」「わかんなーい」あっさり答える
「…帰ったら父ちゃんに聞きな」「いないよ」「いないって?出張とかか?」小野3曹が聞くと
「ん〜ん、じこでてんごくにいったんだって」「…そうか、すまん」地雷踏んだか?と顔をしかめる小野3曹
「ホントはへりこぷたとか飛んでるトコ見たかったんだけどーなんか『でもたい』やらないといけないから見れなかったんだ」
「デモ隊?」そういえばこの子の顔は、午前中に見たデモ隊の中にいたような…と思い出す
ぐったりしてる子供を連れてデモ隊を離脱した母親がどうなったかわからなかったが、駐屯地の中にいたとは思わなかった

「待っててもらってすみませーん、処置は無事終わりましたー!」元気いっぱいの橘1士が帰ってきたと同時に
「あの〜うちの息子がお邪魔してないでしょうか…?」顔を出したのは20代前半の女性だった


「スミマセン、うちの子が…」頭を下げる女性は、確かに午前中デモ隊の中に見た顔だ
二人はまだ駐屯地内を回るということで、小野3曹が案内をすることになった

「お仕事中じゃないんですか?」と母親…綾崎という名前らしい…が聞いてきた
「見回りですから、別に案内しながらでもできますしね。それに今はホントなら休憩時間でして…それに」そう言って腕にぶら下がる子供を持ち上げる
「この子が離してくれないんですよ」と苦笑いする

小野3曹の太い腕で持ち上げられて大喜びの子供「スミマセンこの子はホントに…」
「いやいや、さっきはグッタリしてたんで心配だったんですけどね」その言葉にふと顔を上げる綾崎さん「さっき…って?」
「午前中にデモ隊の中にいたでしょ?まぁこの子も言ってましたけどね」「…見てたんですか…」と顔を曇らせる
「…もしかして、今って見張られてる?」上目遣いに小野3曹を窺う
「まっさか〜!オレ達にそんな暇があるわけない、そういうのは警察のお仕事です」と言って笑う「それにデモ隊の人達がみんな『活動家』ってワケじゃないことぐらい知ってますからね」
自衛隊の基地や駐屯地に来るデモ隊の半分以上は、労働組合から動員された人や大学などで募集されたバイトだという
揚陸訓練の抗議に来ていたデモ隊のメンバーが、解散後に自衛官と一緒の記念写真を撮っていた事もあったという…
最近はその手の「市民団体」も予算が少ないらしく、デモ隊の人数もここ数年で目に見えて減ってきている

「…勤め先の上司から強引に誘われて…断り切れなかったんですよ。でも飛び出してきちゃったから、職場にも居づらくなります」そう言ってため息をつく綾崎さん
「そんな職場は辞めた方がいいんじゃないですか?と、簡単にはいかないか…ん?」正門のすぐ横にある隊員クラブ、今日は営業していないため人もあまりいない。外においてあるテーブルと椅子に何人かの酔っぱらいが座っているくらいだ
その入り口のドアの前に、一枚の紙が貼ってある事に小野3曹は気づいた
「…『店員募集、時間1500〜2200頃まで、時給900円以上』か。アレなんかどうです?」「アレって…『隊員クラブ・一番星』何ですかここって?」
「簡単に言うと駐屯地内の飲み屋です。許可が出ない限り、駐屯地内は隊員クラブ以外飲酒禁止です」「でも隊員の人の屋台でビール売ってましたけど…」
「今日は許可が出ているのです。お祭りですからね」駐屯地の行事などでは飲酒許可が下りることが多い。しかし、行事の勤務員や車両操縦要員などは当然飲めないが…
「あんまり夜遅くの勤務は…この子もいますし」「店長なら子連れ出勤もOKしそうですけどね、変な人だけど悪い人じゃないですよ」
ふ〜ん…と考え込む「そうですねぇ、考えてみます。連絡先は…」「さぁ、駐屯地に電話をすれば大丈夫だと思いますけど…」
ここでふと思いつく小野3曹「じゃあオレの携帯番号を教えますよ。オレから店長に話しときますし」
「そんな…悪いですよ〜」「いやいや別に気にしなくてもいいっすよ〜」まだまだ若い女性相手に、少し下心もある小野3曹
「そうですか…?じゃあお願いします。私の番号は…」

「それじゃーねお兄ちゃん」「では…」手を振る子供と頭を下げるお母さん、無帽だが挙手の敬礼で返す小野3曹
そして二人は営門を後にした
そんな二人の背中を見て「…なんかナンパしたみてーだな」と照れたように顔を掻き苦笑いする小野3曹だった


1500…駐屯地に「蛍の光」が流れはじめた。駐屯地の開放時間も終了となり、一般客がぞろぞろと帰り始めている
商品が売り切れとなった各中隊の屋台が撤収作業を始めている

とはいえ各中隊の娯楽室などでは、隊員家族やOBがまだまだ残っているのだが…
古手の上級陸曹たちがOBの相手をしている間、若い陸士たちが屋台の後かたづけをしている
「邪魔だよなーあの人たち」「早く帰ってほしい…」洗面所や洗濯室で大鍋や食器を洗いつつ文句を言う隊員たち
それはOBたちの相手をしている上級陸曹たちも同じだ。酔っぱらい相手は疲れる…
その反面、OBたちは上機嫌だ。思い出話に花を咲かせて、まだまだ帰りそうにもない

同様に片づけをしている隊員たちの足下を、小さい子供がパタパタと走り回っている
こちらは隊員家族…課業終了を待ち、父親と一緒に帰ろうという腹づもりだ
「とーちゃん、まだ帰れないの〜?」「ちょっと待ってなって…終礼が終わったら一緒にゴハン食べに行こう」あちこちの事務室や営内班で、同じような会話がされている
まだまだ終礼まで間がありそうだ…

食堂では会食場の撤収作業で大忙し
皿を洗い、鍋を洗い、食器を洗い
食い散らかされた机の上を拭き、酒と食事がこぼれた床を拭き、あちこちにちらばったビールの空き缶を回収
屋台を片づけ、お立ち台を片づけ、カラオケセットも業者に返納するべく整備する
ろくに昼食もとっていない会食支援要員たちが一休みできたのは、全ての片づけが終わって食堂を復旧させてからだった

「あ〜しんど…」日本酒一杯で酔いつぶれた2士の分も働いた井上3曹も少し疲れ気味だ
「みんな、お疲れさん!よくやってくれて…」業務隊の糧食班長が前に立ち話を始めた。ここでも(早く終わらね〜かな…)と皆の心は一緒だ
「…と、これで解散となるけど」そう言って糧食班長は皆の顔を見回す「後ろに残ったオードブルとかお菓子があるから、みんな好きに持って帰ってくれ。あとまだ中隊に戻らなくてもいい、という者は…」
そう言って手を食堂の隅に向けた。その先にある机の上にはビールから焼酎、ワイン、日本酒までずらりと並んでいる
「ここで1時間ほど飲んでいっても構わんから」

一瞬の間を置いて「おぉ〜!」と歓声が上がる「それでは解散!」糧食班長の声と同時に隊員たちが酒や余ったお菓子類に群がった
「よっしゃ〜イタダキや!」一気に元気を取り戻した井上3曹が、食い物を尻目に酒の乗った机に向かって駆け寄っていった
ずらりと並んだ酒のビンを片っ端から見て回り、さっきから目を付けていた泡盛を発見…
「まだ残ってる…よっしゃ!」さっそく紙コップに注ぎ口を付ける…「ふ〜…やっぱうまいわコレ」満足したように一息つく

空きっ腹に飲むと酔いやすい…井上3曹が中隊に帰る頃には、すでに完全な泥酔状態になっていたのだった…


「かしらーなかっ!」運幹の声が響く。結局、終礼はいつもと同じ1650だった
酔っぱらってすぐにベッドで寝込む隊員、家族と一緒にいそいそと帰る営外者、さっそく飲み会に繰り出す若手隊員たち
しかしまだ働いている隊員もいるのだ

その日の夜2200時、明日が代休なので人が少なく、駐屯地内もどこか静かだ。残っている隊員たちも今日はさっさと寝てしまっている
そんな中、数台の車両がエンジンの音を響かせている
超大型のトレーラーに積載された74式戦車が数台、そして戦車輸送をするトレーラーの前後で誘導と安全監視としてジープが1台ずつ
交通量の少ない夜中を狙い、田舎にある戦車大隊の所在駐屯地まで帰るのだ
青色の回転灯が光り始め、駐屯地が照らされる。大きく開かれた正門からトレーラーが出てくると、警衛隊員が正門前の道路の左右を確認する
トレーラーは大きく、正門前の道路は片側1車線しかないので、どうしても車線をはみ出してしまうのだ
最後のジープには後部に「戦車輸送中」の看板が張ってある。そしてゆっくりと、戦車は帰路についていった…

続いて2300時…今度は特科の野戦砲FH−70が数門、そして105mm榴弾砲が同じように出発した
戦車ほどの車幅は無いが、大型トラックと連結されたFH−70は長さが数10mにもなるのだ
こちらも交通量の少ない時間を見計らい、長居は無用とばかりに帰っていった…
しかし、105mm榴弾砲はまた再来週にある別の部隊の駐屯地祭に参加することが決まっているのだ。これもテレビの力、隊員たちも休み返上だ…

翌朝…駐屯地統一代休
今日は駐屯地自体が休みなので、日課時限も休日と同じだ
しかし何人かの隊員たちが仕事に就いている…スタンドの撤収だ
施設団本部が所有しているスタンドは、また別の駐屯地が使うためにすぐ返納しなければいけないのだ
こちらは3日かけて撤収、輸送する運びとなっている

こうしてお祭り騒ぎは終わり、明日からまた訓練と雑用と演習の日々が始まるのだった

〜完〜


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