まいにちWACわく!その46:blog版その15(パパ来襲)

災害派遣命令から2週間後の駐屯地、3種制服を着た連隊隊員たちが8月の太陽に照らされたグランドに整列している
壇上に上がる連隊長、そしてその横に並ぶのは第1種夏制服を着た十数名の隊員たちだ

A市の被害は堤防の決壊や冠水等がほとんど無く、一部を除いて土砂崩れ等の被害も無かった
全国的に5名ほどの死者・行方不明者が出た大型台風だっやが、A市の死者は0、けが人も数名程度。復旧作業を市側に引き継いで連隊は1週間ほどで撤収した
今日は連隊の臨時朝礼、そして災害派遣に関しての表彰式…連隊長から4級賞詞が授与される壇上の隊員の中に、田浦3曹と赤城士長、そして岩田2曹がいた
「1等陸尉、前田正一、右の者は平成11年4月、当連隊に所属以来…」連隊長が賞状を読み上げ、一人一人に手渡していく
炎天下の中、長袖の1種制服はかなり暑い。しかし表彰を受ける隊員たちは一様に晴れやかな表情だ
「3等陸曹、田浦伸也、災害派遣に関する功績、おめでとう!」田浦3曹が賞詞を受け、次は赤城士長だ

「陸士長、赤城龍子、災害派遣に関する功績、おめでとう!」
以前から赤城士長の父親…赤城龍彦海将に対する心遣い(ゴマすり?)からか、彼女に何か「賞」を渡したかった連隊長は嬉しそうだ
だがゴマすり云々を口にする隊員はいない。今回の災害派遣…岩田2曹以下3人(宮本1尉は連隊の隊員ではない)の活躍は連隊隊員全員の知るところだからだ

「ありがとうございます!」満面の笑みを浮かべ、賞状を受け取る赤城士長だった



「ま、今考えたらけっこうきわどい命令だったかもな」副連隊長室…連隊長室に比べて若干狭い個室。連隊の隊員でも個室を持てる人は数少ない
「ええ、話を聞いた時は驚きました」話を聞くのは中隊長だ。応接用のソファーに座っている

表彰式が終わった後、中隊長は副連隊長に呼ばれたのだった。二人は昔からの個人的な知り合いでもある
「まさか赤城がねぇ…いくら非常事態とはいえ、やはり不安はあったのでしょう?」例の「山越え」の件だ
「田浦3曹…だったか?彼が『大丈夫』と言い切ったからな。部下を信じるのも上官の仕事のウチさ」そう言って笑う副連隊長
「それより宮本1尉が大丈夫だったか…そっちの方が不安だったよ。オレは昨日、中央病院までワビ入れに行ったんだぜ」
「へぇ…それで?何か言われましたか?」
「感謝されたよ」そう言って笑う副連隊長「『貴重な経験をさせてもらったよ。病院勤務だとそういう修羅場を経験する機会が少ないからな』だってよ」
宮本1尉も病院長から賞詞を授与されたという

「そうそう、赤城士長の陸教入校はどうするんだ?」話を変えて副連隊長が言う「軽火器?迫?それとも部隊通信か?」
「う〜ん…」考え込む中隊長「まだ何とも…」
「そろそろ決めなきゃマズイ時期だろ?オレとしては軽火器でも充分いけると思うんだがな」



数日後、夏期休暇を控えた駐屯地正門。昼下がりの太陽が警衛所を容赦なく照らす
哨所の立哨が日に焼かれ溶けそうなほどの日差し、警衛所内のおんぼろクーラーがフルパワーで動いている

「予算が付いたら真っ先に建て直す」事が決まっているこの警衛所だが、近年の予算削減で改築の日程は未だ決まっていない
「あぢぃ…」クーラーの送風口の前に立つのは警衛隊に付いている井上3曹「これはアカンわ…」頭にかぶる中帽から汗が落ちている
「そんなところに立つんじゃねぇ!暑いんだから…」文句を言うのは警衛司令の片桐2曹だ。3種上衣を着ているだけまだ涼しいが、この気温では焼け石に水だ
「このクーラーも全然きかへんなぁ」警衛所と同じ歴史を持つ大型のクーラーはすでに耐用年数を大幅にオーバーしている
胴体部分には拳や半長靴の跡が残り、その上から「暴力禁止」の貼り紙が貼られている

「ホンマにやられますわ〜田浦も運のええやっちゃなぁ」クーラーから離れてぼやく井上3曹「4級でっせ4級!羨ましい…」この前の表彰の事を言っているらしい
「そう言うなって、台風の中10kmも歩いて人命救助なんて大変だったろうよ」とフォローするのは片桐2曹だ
「これでボーナスが大幅増加!何かおごってもらわなアカンなぁ…」「なんだ、金の話かよ」その言い方に警衛所から笑いが漏れる

「ん?」そう言って外を見る片桐2曹。哨所の前で立哨が背広の二人組を前に何やら困った顔をしている。やや小さな壮年の男性と細身でメガネの若い男性だ
「何だろな…?井上、ちょっと見てきてくれ」「へ〜い」警衛所を出て哨所に向かう井上3曹
「どした〜」立哨の側に来る「あ、井上3曹…これなんですが…」1等陸士の立哨は困った顔で二人組が持っているモノを指さす
「ん…?」二人組の手元にあるのは…「あぁ、これは海上自衛隊の身分証や」陸の物とは様式も違う海上自衛隊の身分証は井上3曹も見るのは2回目だ
「え〜っと…」若いメガネの方は20代の3等海尉、そして壮年男性の方を見る…階級をチェックすると、そこにはただ一文字「将」の字が書かれていた
(将…将って…将官!?)思わず直立不動の姿勢を取る井上3曹「服務中、異常なしっ!」そう叫びビシッと敬礼する



「ど〜したんですか?」目を丸くする立哨「アホ!この人は海将や!」思わず大声を出す井上3曹
「あ〜いや、そこまでしなくてもいいよ」と壮年男性…海将は言った

「どうした?」何事かと警衛所から出てきた片桐2曹「あ、司令…この人は…」そう言って身分証を指さす
「ん?えっと…赤城龍彦…海将!?」同じように直立不動の姿勢を取る
「楽にしてくれよ〜話が進まないんだが」苦笑いしながら赤城海将は身分証をしまう「それより、1中隊の中隊本部はどこかな?」
「1中隊?ウチの中隊に用件が…」そこまで片桐2曹が言った時「あっ!赤城士長のオヤジさん!?」突然叫んだのは井上3曹だ
「娘を知っているのか?…あぁ、君が井上3曹か。娘から話は聞いてるよ」胸の名札を見て赤城海将は言う「だったら話は早い、中隊長に面会したいのだが…」
「あ、はい。ウチの中隊はですね、この道をまっすぐ…」「ありがとう、じゃあ通らせてもらうよ」そう言って歩き出す二人、ふと足を止めて赤城海将は振り返る
「あと、私が来た事はあまり言わないで欲しい、特に娘と連隊長にはね…頼んだよ!」

休暇前でも相変わらずの中隊本部、忙しそうな人もいればヒマそうな人もいる。そんな中、内線電話が鳴り響いた
「はい中隊本部…なんだ井上か」(なんだって何や〜!)不本意そうな声
「お前今日は警衛だろ?どうしたんだ?」(あのな〜赤城の父ちゃんが中隊長に面会に来たんや)
「赤城の父親が中隊長に?今日は…大丈夫だけど。そこにいるのか?」ん?といった顔を向ける中隊本部の面々
(いや、もうそっちに向かったで)「何で止めないんだ…こっちの予定とかだってあるんだぞ?」
(ほ〜将官クラスの人間を下っ端3等陸曹で止めろと?)何か楽しそうな声だ「おい、赤城の父親って…」「確か海自のお偉いさん…」「地方総監だっけ?」
「将官?………あっ!」(早よせな間にあわへんでぇ〜)楽しそうな言葉を残し電話は切れた



「おい!高いコーヒーあっただろ?」「紅茶は?いいのがありますが…」「お茶菓子は!?無かったら買って…」突然慌ただしくなる中隊本部
将官クラスとなれば営門の出入りだけでラッパが吹かれるほど、普通科中隊の隊員にとってはまさに「雲上人」だ

陸と海の違いはあれど将官には違いない、中隊本部の慌てようも仕方ないと言えよう
「今日は暑いから麦茶の方が…」田浦3曹が言う「将官が麦茶なんて飲むか?」すかさず突っ込むのは倉田曹長、その時
「飲みますよ」と横から急に声をかけられた

メガネの若い男性を連れたやや小柄な壮年男性が立っていた「急に来てしまって…」誰でもわかる、この人が赤城海将だ
「気をつけっ!」誰かが号令を発する「あ〜いや、あまり大騒ぎされては…」困ったような顔をする赤城海将
とその時、中隊長が出てきた「ようこそいらっしゃいました、さ、どうぞ…田浦、麦茶とお茶菓子を頼む」と言い残して中隊長室に入っていった

「急に押しかけて申し訳ない、仕事の関係でこちらに来る用事があったものでね」応接用のソファーに座り赤城海将は口を開いた
「いえ、大丈夫です。この時期は休み前であまり演習もないので…」同じようにソファーに座る中隊長「で、娘さんの事ですか?」
「えぇ、まぁ…」照れたように笑う赤城海将「親バカですかな?」
「いえ、そんな…」中隊長がそこまで言った時、ドアがノックされ「田浦3曹、入ります」という声が聞こえてきた

「どうぞ…」カチャン、とテーブルに麦茶と菓子を置く「君が田浦3曹かね〜娘からいろいろ聞いてるよ。その節は娘が世話になったようだね」と笑う赤城海将
「は、それは…どうもありがとうございます」照れながらもペコリと頭を下げる
「そ、それでは失礼します…」逃げるように田浦3曹は中隊長室から出て行った

「娘からは何かと相談を受けていたんですよ、この…」そう言って懐から携帯電話を取り出す「携帯でね。まぁ娘とは『める友』とかいうヤツでしてね」照れたように笑う赤城海将
「それはまた…」背中にイヤな汗をかく中隊長、何かマズイ事はあったか…と記憶をフル回転させる
「三島士長…だったかな?面白い先輩がいると」中隊長は思わず口にした麦茶を吹きそうになった



「やはり心配はしとったのです。男ばかりの普通科に娘を入れるとなると…きっと潜水艦みたいな世界なんだろうと」手を組んで渋い顔をする赤城海将
「潜水艦とはまた…」「いや、将官でもそうそう他幕の事はわからんものです」そう言って一口、麦茶を飲む

「何であの子が防大に行く事を拒んで、陸の曹候補学生を選んだのか。そして普通科を選んだのか…あえて現場の道を行こうと考えたあの子の気持ちはわかります」ため息を一つ
「それでもやはり心配はありました…それで矢沢に頼んで、この部隊の様子を見てもらってね…公私混同ですな」「矢沢?…あぁ、師団長ですか」
赤城海将と師団長・矢沢陸将は防大での先輩後輩だと聞いた事がある。しれっと師団長の名を呼び捨てにする辺り、やはりこの人は海将なんだなぁ…と実感する中隊長
赤城士長の配属前に師団長が部隊視察に来た事を思い出す。あの時は…「『口出し無用』と一喝された、と矢沢は笑ってました」そう言って笑う赤城海将
「普通科中隊のWAC配属は初めての事で、市ヶ谷(陸上幕僚監部)でも間違いのない部隊選びをした…と聞きました」中隊長の顔をのぞき込みうんうんとうなずく
「陸幕人事課の目は確かだったようですな」そう言って笑った

「いや、過分な評価で…」と中隊長「いやいや、そんな事はありませんよ。聞いてるとは思いますが、全国にいる娘の同期10人の内、普通科中隊に残っているのは娘を含めて5人しかいないそうですよ」
「それは確かに聞いてますが…」「娘も悩んでいたみたいです、普通科でやっていけるのかどうかを…」そう言って頭を振る
「だがこの前の災害派遣で何か吹っ切れたようです。これもひとえに中隊長のおかげですな…ありがとう」そう言って赤城海将は中隊長に頭を下げた「これからも娘を甘やかさずに鍛えてやってください」

しっかりと扉が閉められた中隊長室の前、じっと立つのは赤城海将の付き人だ。片手に小さな鞄を一つ持ち、メガネの中にある細い目は油断無く周りを見渡している
事務室にいる田浦3曹たち中隊本部の面々も落ち着かない「何の話してんだ…」「気になる…」「う〜ん、この前危ない目に遭わせたからかなぁ?」小声でヒソヒソと話しているその時、中隊長室の扉が開いた
「では、これで失礼」「どうもお疲れ様でした」中隊長が頭を下げる、メガネの付き人がすかさず動いた
「皆さんも娘をどんどん鍛えてやってください」中隊本部の面々に頭を下げて、赤城海将は帰っていった

「何の話だったんですか?」先任が中隊長に聞く「ん?いや、何でもない」そう言う中隊長の顔はなぜか満足げだった…



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