まいにちWACわく!その85

山あいの集落に日が昇り始める。台風で飛ばされ散り散りになった空の雲に朝焼けが反射する
公民館の玄関で座っている二人…田浦3曹に赤城士長だ

「そんな事が…で、その女の子はどうなったんですか?」「さぁ?」首を捻る田浦3曹
「さぁ、って…」呆れた顔をする赤城士長に顔を向ける
「診察に何度か行ってそのたびに会ってたんだが、完治してからは病院にもあんまり行かなくてね。いつの間にか退院してたよ」
「連絡先とかは…」「聞いてない。ヘンタイ扱いされるのもごめんだったしね」そう言って笑う
「あの子は親戚の家に引き取られてたらしいから、今もその家にいるんじゃないかな?今頃は高校生くらいかなぁ」「…」不満そうな顔をする赤城士長に田浦3曹は言う
「あの子が元気でやっててくれたらそれで充分、そのために俺たちの仕事はあるんだから…感謝も賞賛も非難も中傷も『困っている人たちを助ける』っていう仕事の前には軽いモノさ」
そう言ってポン、と赤城士長の頭に手を置いた
「カッコつけすぎたかな?」「いえ、そんな…」少し小さい声で赤城士長はささやいた

その時、空からかすかに爆音が聞こえてきた「来たか…」田浦3曹が立ち上がる

「来たって、何がですか?」キョトンとした顔をする赤城士長。あさっての方向を向いている田浦3曹に聞く
「アレだよ、まだ見えないが…」そう言って空の一点を指さした



朱に染まる空の一点、黒い粒のようなモノが動いているのが見えた。こちらに向かっているらしく、だんだんと大きくなっていくその物体は…
「…ヘリ?」「そう、患者さんを運ぶために朝一番で飛んできたんだ」大きなローターを回し、こちらに向かってくる影

左右に付いてある燃料タンク、カモノハシを思わせる機首の形状…陸上自衛隊が誇る最新鋭のヘリコプター「UH−60JA」通称ブラックホークだ

「お、来たね」後ろから声をかけてきたのは医官の宮本1尉だ「昨日はお疲れ様でした」ピシッと敬礼をする田浦3曹
「僕は患者さんと一緒に病院まで行くから…迎えは来るのかな?」「大丈夫だと思いますよ、自分から連隊本部に伝えておきます」そんな会話をしている間にも、ヘリはどんどん近づいてきている

風向きを考慮して目の前の上空でゆっくり旋回する。あまり広くはない公民館前の駐車場に右側からゆっくり進入してくる…
駐車場の上空1mでいったん止まり、そのまま徐々に高度を落としていく…強烈なダウンウォッシュが公民館前にいる人たちを襲う
ふわり、という音がするかのようにヘリのタイヤが駐車場に着いた。辺り一面の水たまりから水しぶきが舞い上がる
着地したヘリはメインローターの回転数を落とした。辺り一面に航空燃料の甘い香りが立ちこめる
スライドドアが開き、中から白衣を着た数人の男性がストレッチャーを持って降りてきた。その後から降りてきたのは連隊本部第2科情報幹部・前田1尉だ

「お疲れさん!よくやってくれた」田浦3曹達を見かけて駆け寄ってくるなり前田1尉は言った
「ホント、CPでハラハラしっぱなしだったよ〜」朝からやたらとハイテンションだ

ストレッチャーに乗せられて女性が一人運ばれてきた。どうやら昨日の晩に出産を終えた患者のようだ。後ろから白衣の男性が生まれたての赤ちゃんをそっと抱いて付いてきている
「え〜っと、宮本先生!いますか?」白衣の男性の一人…救急隊員らしき人物が宮本1尉を呼ぶ「は〜い、今行きます」そう言って宮本1尉は田浦3曹と赤城士長の方に振り向いた
「助かったよ、いい経験させてもらったよ」スッと手を差し出す「いえいえ、こちらこそ…お役に立てて何よりです」そう言って田浦3曹も手を差し伸べる。そして二人は固い握手を交わした
「じゃ、行ってくるよ」そう言ってきびすを返し、宮本1尉はヘリに乗り込んでいった

気づいたら周りには公民館に避難していた住民たちが集まっていた。祈るような面持ちでヘリを見ているのは患者の家族だろうか…
ヘリのメインローターが回転数を増す、航空灯が赤い光を放ち始めた。またも辺り一面の水たまりから水しぶきが舞い上がる
回転数がさらに上がった…その瞬間、フワリとヘリが地面から離れた。ゆっくり上昇して機首をもと来た方向に向ける
ゆっくりとヘリは高度を上げ、機首を町の方に向けた。そのままスピードを上げて、ヘリは飛び去っていった…



「赤城…見てみろよ」田浦3曹はそう言って目線を横に振った。そこには両手を合わせたり涙を浮かべている人たちの姿…患者の家族のようだ
「よかったですね…助かって」「あぁ」そう言って田浦3曹はまたも赤城士長の頭に手を置いた

「捨てたモノじゃないだろ?俺たちの仕事もさ」そう言って田浦3曹は微笑んだ
「…!」突然ドキッとする赤城士長、なぜか耳まで赤くなる(あれ…どうしたんだろう?)少し心臓の鼓動が早くなった気がする…

「ん?どうした赤城士長」後ろから声をかけてきたのは岩田2曹だ「顔が赤いよ、風邪でもひいたんじゃないか?」
「い、いや!何でもありませんっ!」慌てて否定する赤城士長(何でドキドキするんだろ…)チラリと田浦3曹の顔を見る
「ん?」怪訝そうな顔をする田浦3曹「ホントに風邪じゃないか?」「い、いやいや大丈夫です!」

「お〜い、3人とも来てくれ」突然3人を呼ぶのは前田1尉だ
「疲れてるところ悪いが、住民の避難誘導を手伝ってくれ。ここじゃ電気も電話も止まってるし、交通手段も遮断されてるからね」住民を集落の外に誘導するらしい
「わかりました、何から始めますか?」「そうだねぇ…取りあえず住民の皆さんに集まってもらうか」

名簿の作成、ヘリに乗せる順番、家財道具・貴重品の持ち出し支援、避難を承諾しない住民に対する説得…それからの仕事はまたも多忙を極めた

「ヘリに乗る時、降りる時は絶対に機体の後ろに行かないように!テイルローターに巻き込まれますから…」夕方近くになり、最後に避難する住民に説明する前田1尉
消防・警察・自治体がチャーターした数台のヘリに住民を分乗させ、市内の避難場に誘導。ここに残る数名が最後の住民だ。どんな事故現場・災害現場でも女子供と老人を優先させ、最後には若い男と公職にある者が残る
前田1尉を始め残った4人の自衛官も最終便に乗って帰る「歩いて帰れ、って言われなくて良かったよ」と岩田2曹
そして最後にやってきたヘリは、朝に来たのと同じUH−60JAだ
「全員乗ったか!?」爆音が響くヘリの中で声を張り上げる前田1尉「OKです!」同じく大声を張り上げて親指を立てる田浦3曹
ドアが閉められ、ヘリがゆっくりと上昇を始めた。フワリと体が浮く感覚、エレベーターに乗っているような感じだ
「わぁ…」住民と一緒に外を眺めて感嘆のため息を漏らす赤城士長。レンジャーや演習でなんどかヘリに乗った事のある田浦3曹は苦笑いだ(オレもあんな風だったのかな?)
ぐんぐんと小さくなっていく山肌、西に傾いた太陽、台風一過の空はスモッグやホコリが飛んでひときわキレイに映る
まるで子供のように目を輝かせている赤城士長を横目に見て田浦3曹は思う(ま、悩みも吹っ飛んだみたいだし…よかったな)
窓から外を見るとOD色の自衛隊車両が周りを走り、迷彩服を着た隊員たちが見える。連隊の主力が富士の演習場からやってきたようだ

ところどころに明かりが見える町の上空を、ヘリは爆音を響かせて飛んでいった…



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