まいにちWACわく!その78

「まぁ大丈夫ですよ。いろいろ危険な状況は経験してますから」危機感のない市役所職員を前に顔を見合わせる副連隊長と警察・消防の職員
同じような仕事をしてる三者だけに、備えの少なさが気になるようだ

「避難誘導隊、県道34号線を北上中です」無線機に入った報告を伝える山崎士長「34号線…この集落だな」地図にプロットする「もうすでに3個集落の住民誘導が終了か…」前田1尉が時計をちらりと見る。時間は1500…15時を指している「順調だな」ニヤリと笑う
「油断はするな前田、危機管理は…」副連隊長が肩に手を置き話しかける「『最悪を考えて行動しろ』ですね。現状で最悪な状況になるとしたら、どんな状況がありますか?」質問する前田1尉
「そうだな…」考える副連隊長「我々の車両が事故を起こすとか…」そこまで言いかけた時、会議室の床が微動した

「?」一瞬動きを止める田浦3曹、周りも一様に「?」という顔をしている「今何か…」赤城士長が言いかけたその時…

ドン!と突き上げるような衝撃、続いて横揺れが市役所を襲う「地震だ!」「うわぁ!」「危ない!」口々に上がる怒号や悲鳴
「くそっ!」机に張り付き無線機を落ちないように押さえる田浦3曹「おおっと!」先任もパソコンの乗った机を押さえる

ほんの数秒だったのか、それとも数分は揺れ続けたのか…地震が収まった時、会議室は机や電話、書類などが散らばっていた「状況は!?」副連隊長が声をかける
「無線機、無事です」と田浦3曹「パソコンも何とか…」と先任。まず機材から報告してしまう自衛官の悲しい性だった「人員は?怪我は?」みんな周りを見渡す「異常なし!」と誰かの叫ぶ声が聞こえた
「無線で両隊の状況を確認、誰かテレビを!」副連隊長の指示が飛ぶ。テレビが付けられチャンネルがNHKにあわせられる。まだ地震速報は出ていないようだ
「両隊とも異常なしです」田浦3曹が報告する。その時テレビから地震速報の音が流れた。みんなの目が一斉にテレビに向けられる「…震度は…5弱か」「来たねぇ」「土砂崩れとか大丈夫かな?」口々に心配する声
「…」苦虫をかみつぶしたような顔をする副連隊長「これも最悪のウチですね」と前田1尉。ジロッとにらまれあわてて目をそらす



「県道42号線が土砂崩れを起こしてるそうです」と報告してきたのは消防の職員だ
「救急車から報告がありました」「どの辺ですか?」3科の陸曹が場所を聞いて早速プロットする

K集落はS川に流れ込む支流沿いにある小さな集落だ。道路は県道42号線が下流から上流側の隣県に向かって延びている
渓谷沿いを走る片側1車線の県道、その1点に印が加えられる「土砂崩れか…」「道自体が崩落してたら復旧が大変で…」地図を見ながら話す関係職員
「ちょっと待った、救急車?」その話を遮り消防職員に尋ねるのは副連隊長だ「なぜ救急車がそんなところにいるんだ?」
顔を見合わせる面々「確かに…確認します」そう言って消防職員は電話を手に取った
「…はい…えぇ、わかりました」がちゃんと電話を置き注視する面々の顔を見る「どうもこの川の上流…K集落で妊婦さんの様子が急変したようです」ざわざわと顔を見合わせる面々「大丈夫なのか?」と尋ねたのは市の助役だ
「あぁ、上流につながる隣県から代わりの救急車を要請しましたから、特に問題はありませんよ」安堵のため息が漏れる
「まぁそれなら一安心ですな」「この集落には医者がいないですからなぁ」
その時、電力会社職員とNTT職員が青い顔をして部屋に入ってきた「土砂崩れで送電線が切れました…」「電話線も切られました、不通です」と助役に報告する
「なんと…」言葉を失う「でも携帯があるだろう?」「それがK集落一帯の携帯も不通なんです」顔をゆがめるNTT職員
「携帯の中継局は一応、数時間分のバッテリーが備え付けられてあるのですが…K集落にある中継アンテナが何らかの不具合を出したようです」
「不具合?」
「おそらく『アンテナの物理的破損』かと…」ふぅ、とため息をつく助役
「仕方ないなぁ…駐在さんはいるのかい?いなかったら隣県から誰か人を…」その時、消防職員が悲痛な顔をして駆け込んできた「…県道42号、隣県側の橋が崩落してるそうです…」



あたりがざわつく「崩落?」「渡れないのか?」さっそく地図にプロットされる
「これは…」地図を見た面々が言葉を失う

山あいのK集落には県道42号線以外に道路が通っていないのだ。上流側と下流側がそれぞれ塞がれ、このK集落は完全に孤立した形になってしまった
「おい、なんか患者が出てるんだろ?」「どうするんだよ〜!」慌てる面々

「だいたい土砂崩れするような箇所を放っておいたのが悪いんだ!土木課さん、どうするんだ!?」
「な…それは予算がないから…予算課が悪いんだ!」
「冗談じゃない!だいたい契約課が業者の新規入札をさせてないから…」
「おいおい、責任転換するなよ!だいたい都市計画課が最初からそういう集落を作らない計画を…」
口々にお互いをなじりあう面々、助役は右往左往して止めることもできない。その時…

「やめんか貴様らぁ!!」ドンと机を叩き庁舎中に響き渡るかのような怒号を発したのは副連隊長だった


ビクッと体を震わせ黙り込む面々、悲鳴を上げてトレイに載せたコーヒーを落とす女性職員、会議室内全員の目が副連隊長に注がれる「言うことはそれだけか!今、何をするべきかよく考えろ!」顔を真っ赤にして辺りを睨み回す
あわててフォローにはいるのは前田1尉だ「今はですね〜その集落に孤立した住民の皆さんの安全確保をすべきですよね?」なだめるように言う「まずそれを考えましょう。妊婦さんのことも気になりますし…」そう言って会議室の真ん中にある大きな机に手を向ける
「お知恵を拝借しても?」ニコッと笑い率先して席に着いた「…」「まぁ…確かに」ぞろぞろと席に着く一同「まずはホントに道がないかどうかから考えますか」



「川をボートでさかのぼれないかな?」「橋を崩落させるような流れを?」
「ヘリは…」「この暴風だろ?飛ばせられんよ」
対策を考えては見るが、なかなか結論が出ない…というより対策のしようがない状態だ

道路の土砂崩れを取り除く案は「被害状況の確認ができてない」事と「2次災害の危険性」から却下された。橋をかけ直す案も同様だ
「自衛隊さんには橋がありましたよね?」自走架橋は確かにある、が…
「我々の部隊は普通科ですので…」「?」「ああいう装備品は施設科しか持ってないのです。それに川までの高さとかで条件が厳しく…」苦労しながらも説明する前田1尉
さらに上記の案が出されたがいずれも非現実的である「…」誰もが黙り込んで難しい顔をしている

「…空気が重い…」無線機の前に座りながら冷や汗をかく田浦3曹「ホント、どうするんですかね…」と隣に座っている赤城士長も小声で言った
辺りを見回すと、コーヒーをこぼした女性職員が片づけしてるのが見えた。無線も入ってくる気配がないし、手伝おうと席を立つ田浦3曹
「はい、どうぞ」落ちた紙コップを拾い上げて差し出す「あ。スミマセン」と若い女性職員が頭を下げる。とその時、目の前のA市地図に目が止まった
市役所のある市の中心部、そこから山を挟んだところにK集落がある。その間の山中に幾筋かの点線が描かれているのが見えた



「あの…これは何ですか?」地図上の点線を指さし女性職員に聞く田浦3曹
「えっ?あぁ、ハイキングコースですよ」そう言って地図を指さす

「山自体がなだらかなので小学校の遠足コースにもなってるんです、この展望台からは市が一望できますよ」
市役所側から登ってすぐのところに展望台と三角点がある、が、田浦3曹の目は別のところに注がれていた
「ここ…この場所が問題のK集落だよね?」山を越えた反対側、点線がとぎれている箇所を指さす
「えぇ、そうですが…」何を言ってるんだろう?という顔をして当惑する女性職員
市役所側から山を越えて集落側までの距離を指を使って距離を測る「約10km弱か…」ボソリとつぶやく田浦3曹
その時、背後から「何がだ?」と声をかけられた

慌てて振り向くとそこには副連隊長を始め会議中の面々が揃っていた「何が10kmだ?」「は、はい。この点線なんですが…」
指さした地図を注視する面々。副連隊長の目が険しくなる
「この点線…登山道か」「それほど厳しいわけではないようです」
地図に顔を近づけ点線を指でなぞる副連隊長「等高線は…距離は…」何かを測るように熱心に地図を見続ける
しばらくして顔を上げた副連隊長は開口一番「これは行けるな」と周りの面々に向かって言った
「いけるとは?」誰かが質問する「決まってるじゃないか、歩いていくんだよ。K集落まで」



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