駐屯地の怪談:後編

深夜2時…当直室で一人寂しく深夜放送に見入る国生2士。当直幹部の木村1曹が巡察に出発して20分が経過していた
怪談話なんてただの噂…そうわかっていても、やはり不安なモノは不安だ

夜の隊舎…特に勤務隊舎は昼間の喧噪がウソのように静まりかえっている。隊舎の中にいるのも各中隊の当直が数人だけ…
まだまだ残暑の厳しい季節だが、夜にもなると若干肌寒く感じる。深夜放送のアニメを見つつ、国生2士は「当直幹部、まだかなぁ…」と呟いた
当直幹部が巡察中に電話番として残っているのだが、こんな時間に電話がかかってくるわけもなく…椅子に座りながらウトウトと居眠りを始める国生2士だった

「ガタッ」
何か物音がした。目覚めた国生2士は部屋の電気とテレビが消えていることに気づいた
「あれ…?木村1曹、帰ってきたんで…」周りを見渡すが誰もいない。窓からは街灯の弱い光が入っていて、少しだけ部屋の中が見える
部屋の隅にある電気のスイッチを入れるが…「あれ?何で…?」何度スイッチを入れても蛍光灯はつく気配すら見せない
仕方なくテレビに手を伸ばすが、こちらもまったく反応がない…
心臓の鼓動が早くなり、背筋に冷や汗が流れる…懐中電灯も巡察が持っていってるので、仕方なく携帯を取り出した
液晶の光が当直室を照らし、国生2士は少し安心した…が、その時

「…カッ、カッ…」固い靴底が奏でる足音が聞こえた

「…!」一度は治まった心臓の鼓動が再び激しくなる
(落ち着け〜落ち着け修一…)生唾を飲み込む(木村1曹が帰ってきたのかも…)足音は当直室に近づいてくる、そして当直室の前で止まった…

5分か、10分か…いや、実は2〜3秒の間だったのかもしれない。意を決して扉を開けようと入り口に近づく国生2士
手が伸びたその瞬間、独りでにドアが開いた
そこには…


「日本兵?」「らしいけど、ど〜も要領を得なくてね…」次の日の課業外、先任は隊員クラブ「一番星」で本管中隊先任の泉曹長と飲んでいた
昨日の晩に国生2士が見たモノについての話だ「まぁ、本人の話によるとだね…」

独りでにドアが開き、その先には旧軍の軍服を着た一人の男が立っていた
ボロボロの軍服は血で染まり、青白い顔の半分は焼けただれている
その男を見た国生2士、慌ててドアを閉めて背中でドアを押さえた…が、その兵士はすぐ後ろに立っていたのだ
右手をスッと上げて手のひらを差しだした。その手からは血がしたたり落ちていたという…

そこまでが限界だった
絶叫を上げて部屋から飛び出した国生2士は、巡察から帰ってきた木村1曹と鉢合わせた
血相を変えて飛び出してきた国生2士を見て、木村1曹は腰の警棒を抜き当直室になだれ込んだ…

「でも、部屋には誰もいなかった…と?」相変わらず日本酒をチビチビ飲みながら泉曹長は言った「ありがちなオチですね」そういって口元だけで微笑む
「笑い事じゃないよ〜」と先任「ここ数日の中隊は何かヘンなんだよなぁ…」
「そう思いこむから、そういう事態が起こるのでは?幽霊だの呪いだの不確かな事象を有り得るようにしてしまうのは、だいたいは人間側の思いこみによるモノです」
「そうは言ってもね…度が過ぎるとさすがに『何かある』んじゃないかと思ってしまうんだよなぁ…」

「ちょっと詳しい話を聞かせてくれんか?」そこで話を聞いていた権藤店長が話に入ってきた

話を聞いた店長は腕を組んだままう〜んと唸りはじめた
「店長、どうしたんですか?」と先任「…似たような話があったんだよなぁ…」ボソリと呟くように店長は言った
「そんな話ありましたか?オレは聞いたことがありませんが…」「私もです」と泉曹長も同意する
「そりゃそうだ、佐藤が入隊するはるか前の話じゃからのぅ…」そう言って店長は静かに話し始めた

翌朝
「佐々木3尉、ちょっと…」登庁してきた第3小隊長・佐々木3尉に先任が声をかけた
「先任、おはようございます。何かありましたか?」怪訝な顔をする佐々木3尉
「この前、若い連中を連れて『2号倉庫』に行ったのは佐々木3尉でしたね?何か…変なモノを拾いませんでした?」
「変なモノ、ですか?…あぁ、アレのことかな?」
そう言って幹部室に入り、自分の机から何やら小さな金属を持ってきた。古いコイン…一文銭だ
「すっかり忘れてました…何でこんなモノが倉庫にあるのか聞こうと思って…」
「お〜これですよコレ!」嬉しそうに言う先任「権藤1曹…いや、店長の言ったとおりだなぁ」
「?」話が読めず怪訝な顔をする佐々木3尉であった


「捧げーつつ!」警衛所の方から警衛司令の号令が聞こえ、ラッパの音が聞こえてきた
将官が営門を通過する際に吹かれる「送迎の譜」のメロディーだ

「無事、視察も終わりか…」「イヤ〜疲れた!」椅子に座りネクタイを緩める中隊本部の面々。方面総監の視察が終了し、一気にリラックスモードになる
安堵のため息をつく先任に「ここ数日は変なことばっかりで、どうなることかと思いましたよ」田浦3曹が話しかける
「結局、その…『呪い』の原因はわかったんですか?」「あぁ、昨日の朝にね。原因は『2号倉庫』にあったのさ」そう言って先任は話し始めた

権藤店長から聞いた話…それは戦争中にあった悲劇だった
第2次大戦末期、一人の若い兵士が出征した。すでに敗色濃厚だった日本、その兵士も死を覚悟していたのか『六文銭』をお守りに入れて、戦地に向かい出発したのだ
『六文銭』は三途の川の渡り賃…戦国時代の名将・真田幸村の家紋でも有名だ
しかし、その兵士の許嫁が出征前にこっそりとそのお守り袋から1枚抜いたのだ。生きて帰ってきて欲しいとの願いを込めて…
2人が生きて再会したらよかったのだが、戦争はそれほど甘くはない
その兵士は許嫁の願いもむなしく戦死、そして戦死の報を聞くよりも前に、その許嫁も空襲で命を落としてしまったのだ

「その兵士の戦友が復員後、許嫁の持っていた一文銭を探し出せたのは奇跡だわなぁ…キチンとそろった『六文銭』だが、2人の墓のどちらかに入れるわけにもいかなかった…2人とも家族もそろって亡くなってたしのぅ。だから、警察予備隊に入ったその戦友が保管してたんだな」
「その戦友って…店長の事ですか?」
「いや〜違う違う。ワシの同期じゃ、警察予備隊のな。そいつから話を聞いてたんだが…」
個人で保管していた『六文銭』だが、同じ部隊の隊員に盗まれた事があったらしい。その時に今回と同じような出来事があったという
「中隊長室に保管してあったハズだが、生活隊舎ができて部隊がごっそり引っ越した事があったろう?それからどこに消えたか調べてみたらいいと思うがな」
「あの時はバタバタしてましたから、あるとすれば事務室のロッカーに紛れ込んでるか、古い倉庫に転がってるか…」そう呟いたのは泉曹長だった


変なことが起こり始めたのは『2号倉庫』にいらないモノを搬入した日からだった。おそらく搬入した隊員の中に原因が…
そして聞き込みの結果、最後に聞いた佐々木3尉が原因だとわかったのだ

「で、昨日その一文銭を『2号倉庫』に持っていったんだ…そしたらすぐにコレだよ」そう言って先任は床を指さす
一昨日までは磨いても光らなかった床が、見事な輝きを放っている。まるで鏡のようだ
「効果てきめんですね…」感心したように言う田浦3曹「で、その『六文銭』はどうするの?まさか中隊保管じゃ…」と聞くのは人事の倉田曹長
「いや、資料館に寄贈するよ、その来歴付きでね」資料館に置いておけば紛失の心配は取りあえず無い。ホッと胸をなで下ろす中隊本部の面々だった

夕日に照らされる駐屯地…仕事を終えた田浦3曹は下宿に帰るべく、自転車を走らせて営門に向かう
『墓場だった』『いや、旧軍の施設だった』などと言われているこの駐屯地だが、実際は尋常小学校だったらしい。戦後に進駐軍が入り、その後に自衛隊の駐屯地となったのだ…という話を資料館の館長から聞いた
(ただの小学校だったんだから、昔からの自縛霊とかは無いよな…不確かな噂がふくれあがって怪談話になる…結局はそんなモノかも知れないなぁ)そう思いつつペダルを漕ぐ
(でも実際にそういう話もあるからな…恐ろしいね)ぶんぶんと首を振る、するとすぐ横ある資料館が目に入った
資料館の前には旧軍が使っていた機関銃や山砲が並べて展示してある。実際に使われたものらしく、傷や砲弾の破片の跡などが見て取れる
そして一匹の三毛猫(隊員たちからは『ホームズ』と呼ばれている)が山砲の前に座っている
「ホームズ、何してんの」田浦3曹が声をかける。しかしホームズは振り向かず、山砲を見上げて「にゃ〜」と鳴いた。まるで視線の先に人がいるように…
「…?」怪訝な顔をして視線の先を追う田浦3曹、山砲の後ろにある資料館の窓ガラスが見える
そしてそこに一瞬だけ…数人の人影が映った。資料館はとっくに閉館しており、中に人がいるはずはない
「えっ!?」慌てて目をこらしても、すでにガラスには何も映っていない…しかし、ホームズだけはまるで誰かがいるかのように鳴き続けている

ゾッとする田浦3曹「…見なかったことにしよう、うん」一人つぶやき、営門に向けてペダルを漕ぎ始めた
後ろではホームズがどことなく悲しげな声で鳴き続けていた…

〜完〜


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