〜自衛隊法第83条(災害派遣)〜
都道府県知事その他政令で定める者は、天災地変その他の災害に際して、人命又は財産の保護のため必要があると認める場合には、部隊等の派遣を長官又はその指定する者に要請することができる
秋の日はつるべ落とし、とはよく言ったモノ
10月も末になると、6時でももう外は真っ暗になる
とはいえ残留隊員の1小隊、大島士長には関係ない。食堂で夕食を済ませ、その足で風呂に入り、土曜日の営内待機というのんびりした時間を楽しんでいる
「洗濯もアイロンがけも終わったし…靴もピカピカ。駆け足もしたし、今日はもう寝るだけだな〜」
大きな独り言を口にして、大島士長はプレステ2をロッカーから取り出した
テレビにケーブルを接続し、電源を入れる。トレーにCDを入れて、いよいよゲームの始まり…その時だった
グラリ、と足下が揺れた気がした
「?」一瞬動きを止める
「気のせいかな?」と言った次の瞬間
目眩がした、いや、床が揺れ始めた
「をぉ!地震か!?」慌てて冷蔵庫の上に乗っかっているテレビを押さえる。震度はそれほどでもないが、テレビが落ちるのは避けたい事態だ
数分後、いや、実際は数十秒程度だったかもしれないが、地震は治まり揺れが止まった
「あ〜びっくりした…」ふぅ、と一息ついてソファに座り込む大島士長。そのまま手元のリモコンでテレビのチャンネルをNHKにあわせた
「震度はどれくらいだったのかな?」こういった情報はNHKが一番早いのだ
数分後、電子音が鳴りローカル番組をやっている画面の上に「地震速報」の文字が躍った
「さて、震度は…」一定の震度を超えると、無条件に呼集がかけられるのだ
<午後5時56分頃、N県南部で震度4の地震が発生、この地震による津波の心配はありません>
「お、震度4か…N県だと呼集かかるかな?」N県は駐屯地がある師団の北部にあり、同じ方面隊の1X旅団の警備担任地域なのだ
残留隊員だからひょっとしたら準備しないといけないか…と思った次の瞬間
番組に出ていた純朴そうな農夫の姿がテレビから消え、殺風景なスタジオと固い表情をしたニュースキャスターが映し出された
『たった今入った情報です。N県中部地方で震度6強の地震が発生、各地の震度です』
映し出されたN県の地図、そこは赤い丸に「6」と書かれた印にびっしりと埋め尽くされていた
「…これは…」画面を見て凍り付く大島士長『現在、N県中部のO市、N市、Y村などと連絡が取れない状況に…』淡々と話し続けるニュースキャスター
その時、生活隊舎に放送が鳴り響いた
『残留隊員、ただちに当直室前に集合!』
「え〜知っての通り、N県で震度6強の地震が発生した!と言うことは…わかるな?」当直幹部が残留者を前に言う
「非常呼集っすか?」隊員の一人が答えた「その通り!3種発令、全員集合だな」
第3種非常呼集…指定された隊員だけが呼集を受ける1種や2種と違い、3種は問答無用で全員が呼び出されるのだ
「とりあえず今から準備に入ってもらう。まずは…」数名の残留隊員たちに指示を出す当直幹部
その後ろでは当直陸曹が携帯電話を片手に電話をかけ続け、当直士長が内線電話を受けて忙しそうに走り回っている
中隊長、そして運幹や各小隊長に連絡が回りはじめた
「お父さん、そんなところで寝ると風邪引くわよ」奥さんの声に起こされて、ソファーの上でうたた寝をしていた中隊長は目を覚ました
部活帰りの息子は風呂でシャワーを浴び、狭い官舎の台所では娘が母親の手伝いをしている。典型的な土曜日夕方の光景だ
「…おぉ、こりゃ失礼」むっくりと起きあがる中隊長、暗くなった外を見て「今、何時だ?」と尋ねる
「もうすぐ6時よ、晩ご飯は7時までにはできますからね」「そっか、今日は何かな…」そう言ってソファーから立ち上がろうとした瞬間
グラリ、と床が揺れた
「お、地震か!?」「わ、わ、ちょ…」「火、火を止めて!」と大騒ぎの中隊長宅…幸い、何かモノが落ちる事はなく地震は治まった
「地震だ!ビックリしたなぁ〜」風呂から素っ裸で飛び出してきた兄に大騒ぎする娘…地震以上の大騒ぎが治まったとき、中隊長の携帯が鳴り響いた
「震度6!わかった、すぐ行く」そういって携帯を切る中隊長
「あら、非常呼集?」さすが奥さんは事情をよく知っている「じゃあ準備しないとね。ゴハンはどうする?」「おにぎりでも握ってくれ。駐屯地で食べるよ」
慌てて服を着替え靴を履く父に「親父は忙しいなぁ」「気を付けてねお父さん」と子供たちの声
「じゃ、行ってくる。たぶん数日は帰れないから」「わかった、行ってらっしゃい」家族の見送りを受けて中隊長は官舎を後にした
とその時、横に並ぶ人影…「副連隊長、お疲れ様です」「おぉ、非常呼集だな。今年は多いな〜夏場の台風といい…」二人は自転車置き場に向かった
「晩飯はまだだったんだろ?たまの家族サービスもできんのは大変だな」「まぁ…副連隊長は単身赴任でしたね?」「こういうときは単身の方がいいさ」
自転車置き場には、同様の連絡を受けて駐屯地に向かう隊員の姿があった。上は2佐から下は2曹まで…彼らは慌ただしく駐屯地に向かった
「…いぇ〜い!ストライぃク!」「きゃ〜すご〜い!」一方、こちらは駐屯地から少し離れたボウリング場
田浦・井上・金田3曹の同期トリオが女の子たちとボウリングを楽しんでいた
「田浦うめぇな〜」「すご〜い田浦さん!」5本連続のストライクを決めて調子に乗る田浦3曹「まぁこれが実力、ってヤツ?」と言ってポーズを決める
「調子乗っとたら痛い目見るでぇ〜!」こちらもスコアでは負けていない井上3曹、ボールを構えてレーンに転がした…その瞬間
グラリ、とレーンが揺れた
「お、地震?」「揺れてる?」「気のせいじゃない?」ボーリング場なので、地震の揺れなのか施設の揺れなのかよくわからない
「あ〜ガーターや!地震やって!」溝に乗ったボールを指さし井上3曹が必死に主張する
「また言い訳?言い訳?」とニヤニヤする金田3曹「いやマジやって!オレは阪神大震災も経験したんやから間違えへんて!」女の子たちもクスクスと笑い始めている
「ま〜ったく…言い訳しない。しっしっ」手を振り井上3曹を追い出す田浦3曹、とその時…携帯の着信音が鳴り響いた
「あれ?誰からだ…」着信音は無骨な電子音だった…という事は、仕事関係の着信だ。携帯の設定で『指定した相手からの着信音』を変えてあるのだ
電話先は訓練Aの中島1曹「はい田浦で…」『田浦か?3種かかったぞ!N県で地震だ』「N県で地震?震度は?」その声に井上と金田も反応する
「…震度6!」3人は顔を見合わせた、とその瞬間…金田3曹の携帯電話が鳴り響いた
「…これは…」携帯を取り出す金田3曹、と次の瞬間、井上3曹の携帯も鳴り響いた
「ゴメンね〜またこの埋め合わせはするからさ!」「え〜?も〜」ふくれっ面の女の子たちに頭を下げる3人
「ま、仕事だもんね。しょーがないか」「ゴメン、それじゃまた連絡するね!」そう言って3人は車に乗って駐屯地に向かった
帰りの車中
「…まぁメルアドGetしたから良しとするかね」と金田3曹「なに〜!いつの間に…」と驚く田浦3曹
「なんや、田浦は聞いてへんのか?」とドライバーの井上3曹「オレはあのコマい(小さい)子や、淳ちゃんやったかな?」
「お前らいつの間に…」呆然とする田浦3曹
「田浦は頭いいけど要領悪いもんな〜」「昔っからやな」と笑う二人だった
「…で、蹴ったときの軸足はしっかりと…」「こう?えぇい!」
駐屯地近くの空手道場で子供を相手にしているのは赤城士長だ
「そういや赤城くん、この前の自衛隊のお祭り見に行ったよ」休憩時間に師範代の男性が話しかけてきた
「あの敵を投げ飛ばしていたのって赤城くんだよね?いや、格好良かったよ〜子供たちも大興奮でね」「え、いや〜どうもありがとうございます」ちょっと照れながらも嬉しそうな赤城士長
「僕も見たよ〜」「オレもオレも!」さっきまで教えていた子供たちが駆け寄ってくる「赤城先生、どこにいたの?」「アレだよ、なんか悪い人を投げ飛ばしてた…」と大盛り上がり
「…意外と見てる人多いんだ」と驚く赤城士長であった
組手の時間、ドタバタと揺れる道場。赤城士長も道場で一番強い女性と汗を流す
「…ふぅ、いいのをもらっちゃったわね〜」「いやいや、私も下段の受けが今ひとつで…」組手の合間に一休み
周りでは黒帯の男性から子供までバタバタ動き回っている
そのせいか、少し道場も揺れているような…「あれ?地震?」と相手の女性が言った
「…何か揺れてますね」「ん〜でも気のせいかも…」「そうですね」
そのまま19時半までたっぷり汗を流した赤城士長
「よし、今日の稽古はここまで!」「オス!」師範の声が道場に響き、今日の稽古は終わった
パタパタと更衣室に向かう子供たち、赤城士長もそれに付いていく…その時、道場の片隅に置いてあるテレビが目に入った
「おぉ、なんか地震があったみたいだよ」テレビの前に座っている師範代の一人が言った「地震ですか?おっきいですか?」
「かなりだな、N県で震度6強だって…どうした赤城くん」ハッとした顔の赤城士長を見て師範代が怪訝そうな顔をする
「…非常呼集がかかってるかも!」慌てて更衣室へ行き携帯電話を見る、すると…
『不在着信、15件』
「あ、やっばい…」大急ぎで着替えて挨拶もそこそこに自転車に飛び乗った赤城士長だった