進め銀輪部隊!後編


「お疲れさん。『銀輪部隊』はどうだ?」
水曜の訓練が終わり中隊に帰ってきた松浦士長に声を掛けてきたのは田浦3曹だ

「いや、けっこう面白いっすよ〜今日は斥候とかやったりして…明日は極楽山で訓練です」と少し嬉しそうな松浦士長
昨日に引き続き今日も戦闘行動の訓練、敵陣地の偵察や伝令業務、弾薬の輸送など自転車を使ってできそうな任務を一通り試してみたのだ
それなりの成果はあったのか無かったのか…松浦士長の顔を見る限り、成果はあったんだろうなと思う田浦3曹であった

翌日の終礼時、国旗降下の時間になっても二人が帰ってこない
「ねぇ田浦3曹、ウチの松浦まだ帰ってこないのかな?」第3小隊長、佐々木3尉が聞いてきた
「さぁ…今日はまだ例の『銀輪部隊』の方が忙しいんでしょうね。今日から山に上がるって言ってましたから…」そう言った矢先、ボロボロになった二人が帰ってきた
鉄帽から迷彩服から防護マスクの袋まで土が付いており、戦闘靴も泥とホコリにまみれている。銃口の先に土が付いているのは地面に突っ込んだからか…
何より二人の顔が疲れ切っていた
「…お、お疲れ…」異口同音に口を開く佐々木3尉と田浦3曹だった

「いや、ひどいですよ…」「あぁ、ひどかった…」生活隊舎の喫煙所で疲れた顔を見せる二人
「今日は天気も良かったのに、なんでそんなにボロボロなんだ?今日の訓練はそんなにハードだったのか?」と尋ねるのは田浦3曹だ
「いやいや、まぁ聞いてくださいよ…」そう言って大宮3曹と松浦士長は話し始めた

3t半一台で極楽山演習場にやってきた『銀輪部隊』一行、今日は射場で射撃訓練をしているだけなので、全域を使って訓練ができる
準備体操をして演習場を一周ほど回ってから訓練が始まった
「その時からイヤな予感がしてたんですよ…演習場を一周走っただけで車体にガタが来てたんです」
演習場の砂利道や未舗装道をけっこう速いスピードで飛ばして走ると、タイヤやブレーキ、フレームやハンドルがどうもガタガタと言い始めた
もっともその時は誰も気にはしてなかったのだが…

当初は伝令訓練から始まった。決まった時間内に決まったコースを通り、敵の襲撃を避けて文書を届けるという想定だ
襲撃役と伝令、そして文章を渡す役ともらう役に別れて訓練開始、二人一組で演習場の端から端まで走り抜けるのだ
「最初は良かったんですよ…普通に道を走るだけでしたから」とこれは松浦士長、当初の伝令役だったのだ
まず最初は普通に道を走り、襲撃を受けたら一旦下がって迂回路を行く。話だけ聞いたら簡単なのだが…
迂回した先の道は木の根や岩がゴロゴロあり、訓練で掩体を掘った後の土は軟らかくなっていた。湿地帯のような地点にはまってタイヤが抜けなくなるという悲惨な状態にもなった
それでも自転車で行けないようなコースではなかったのだが…
「ハンドルがですね、急にガタガタになって…制御できなくなって何度転んだことか…自転車で転ぶのなんて小学校以来ですよ!」と腕にできた擦り傷を見せる
「あ〜あ…こりゃひどいなぁ」と顔をしかめる田浦3曹だった

「まぁその後の斥候訓練もひどいもんでしたけどね」とこれは大宮3曹
昼からの斥候訓練は同じように演習場の端から出発、敵がいると思われる地域の近くまで自転車で乗り付けそこから先は徒歩で偵察
敵に発見されたら自転車を使って一気に離脱…という想定だ
「まぁ発見されて追い回される事が前提でしたからね。さっさと見つかって全力で離脱したんですが…」
さっきの松浦士長と同じように悪路で自転車の各部品がガタガタ言いはじめ、加速を付けて離脱しようと下り坂に入り、曲がり角でブレーキを掛けたその時…
「見事にブレーキが効かなくてそのまま…」そう言って大宮3曹は両腕の袖をまくった
そこには何本もの擦り傷がしっかりとできていた


「結局、今日だけで3台の自転車が壊れました…」
「そりゃ非道いね…明日の訓練はどうするって?」予定では明日まで訓練がある
「明日は総合訓練とか言って今日やった斥候や伝令を連続状況でやるらしいけど…どうなるんでしょ?ねぇ大宮3曹」
「知らね。よくあんな訓練考えるよなぁ。予算の無駄遣いもいいとこじゃねぇか」
愚痴る二人を前に苦笑いする田浦3曹だった

結局、金曜日の総合訓練は半日で終わった。残った時間は整備に当てられた
疲れた表情で帰ってきた二人に田浦3曹が声を掛けた
「おぅ、お疲れさん。なんか結局は『銀輪部隊』はあんまり実用的じゃないって結論になるみたいだな」
「そらそうでしょう。はぁぁ疲れた…」ガックリと肩を落とす大宮3曹

「昨日ネットでいろいろ調べたんだがな…本家スイスの自転車部隊、連中の自転車は一台20万するらしいぞ。1台5万の安物を同じように使うこと自体が間違っているって事だな」
自衛隊製品は頑丈なモノが多い(最近はちょっと…という装備品も多いけど)
伊達や酔狂で丈夫にしているワケではなく、やはり野外での使用を考慮して丈夫にしてあるのだ
自転車にしても普通の競技的な乗り方ではなく、重い荷物を背負った隊員が力任せにハンドルを曲げペダルを踏み時として振り回す…
本格的な競技用MTBならともかく、1台5万円の安物では陸自普通科の要求は満たせない…
「結局金の無駄遣い…かぁ。ダッセェな」フン、と鼻を鳴らす大宮3曹だった

完全に壊れた2台を除き、その他の自転車は各中隊に配布(押しつけ?)されることになった
そして自転車部隊構想は封印され、計画書と成果報告は3科の書類棚で永い眠りにつくことになった…

〜完〜


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