まいにちWACわく!全ストーリー

66 名前:まいにちWACわく!その1 投稿日:04/02/02 19:10

師走も近い11月のある日、中隊長の元にめったに見る事の無い連隊本部の人事幹部が入っていき、その後何時間も話し合いを続けていた…
「何すかね?」訓練Bの田浦3曹が怪訝な顔をする、佐藤准尉には何か嫌な予感がした…経験の浅い田浦3曹にはその気配が読めないようだ。
人事幹部が出ていって数分後、電話番の田中士長を残して中隊本部、そして各小隊長が集められた。

「何事ですか先任?」防大出の佐々木3尉がこれまた怪訝な顔をする。「さぁねぇ…」先任の声にも覇気が無い、嫌な予感はますます強くなっている。

「急に集まってもらったのは他でもない、わが中隊にWACが入ってくることとなった」中隊長の言葉にみんなどよめいた。
「確かナンバーには入らないのでは?」「今回が初だそうだ、我が師団はウチだけらしい」「営内班とかは?」「補職は?」「それをひっくるめて、今集まってもらったのだ」
中隊長にも苦悩の色が見える。真面目な人だから断りきれなかったのだろう…これからのことを考えると、先任の胃はまたキリキリと痛み始めた…

67 名前:まいにちWACわく!その2 投稿日:04/02/02 19:24

「まぁまずは、どんな子が入るのかを言っておこう」
そういって中隊長は、その新人の資料を読み始めた。さすがにナンバーに来るだけあってかなりのツワモノのようだ。

1等陸士:赤城龍子
昭和○○年12月8日生まれ
出身は横須賀、父親は海自の方面総監で、母親も元WAVEの看護師
叔父は空自の航空団長、3人いる兄もサブマリナーとF15パイロット、それと現役防大生という自衛隊一家の末娘だ
都内の有名高校を卒業後入隊、知能段階は当たり前のように「7」、新体力検定1級で極真空手2段
趣味はスポーツ全般、特に格闘技
普通科中隊への配属は本人の熱望によるものらしい…

「すごいですね〜」他人事のように田浦3曹が感心する。

「取りあえずだ、まずは補職配置を決めようじゃないか」中隊長が言った次の瞬間、各小隊長はいっせいに目を落とした…

68 名前:まいにちWACわく!その3 投稿日:04/02/02 19:33

「小銃小隊はちょっと…」第2小隊長の岬2尉が渋い顔をする、「やはりムリかね?」中隊長も予想してたようだ。
「なんせ寝るときとか雑魚寝ですからね、しかも穴の中で」すかさず迫小隊長の井坂2尉が「ウチもだよ〜」と口を挟む。
同様に対戦もアウト、となると…
「取りあえず中隊本部、これでいいかね?先任」中隊長が結論を下す。逆らうことは…不可能のようだ。
「それがいい!」「いや〜やっぱり本部だね!」「伝令欲しがってたでしょ?先任」勝手なことを言う小隊長たち。
「あぁ、また胃が…」「先任大丈夫っすか?」「とりあえず、係陸曹集合…」

69 名前:まいにちWACわく!その4 投稿日:04/02/02 19:44

「ウチは2人で十分!」「ウチで引き受けても困るよ〜」「新人に出来る仕事かい!」
15時から始まった係陸曹会議はもうすでに4時間が経過し、日もすっかり落ちてしまっている。
「しかし受け入れると決まった限りは責任がありますよね?」田浦3曹が助け舟を出す。 「じゃあ訓練で引き取れや」「それはできんな〜」訓練Aの中島1曹が言う。「訓練はけっこう動くよ、経験もいるしね」
議論は堂堂巡り、みんな疲れ果てていた。「取りあえず明日にしないか?」「いや、今日中に結論が欲しい!」先任もがんばる。

…さらに1時間後…

「連隊のWACは通信と衛生にしかいない、だったら通信でいいんじゃないか?」誰かが言った。
「それだ!」「そうだな」「それがいい!」みんな賛成のようだ。
「まっ待ってください!」通信陸曹の岡野2曹が叫ぶ「ウチだって体力勝負なんですよ?」
「無線でいいじゃねえか」「まずは部隊通信に行かせたら?」みんなかなり投げやりである。

「…仕方ありませんね、暫定的な処置ですからね!」半ばキレ気味の岡野2曹を尻目に、みんなスッキリした顔をしている。

これでうまくいけばいいが…先任には一抹の不安があった


70 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/02 19:58

昨日の騒ぎが嘘のように平穏な午前。しかし15時。1科長より中隊長が呼ばれたのだ。1科長「連隊としては赤城1士を小隊人員として使いたい!」中隊長「予定では通信補佐と言う予定ですが?」1科長「本人も、迫を希望しているらしんだよ」中隊長「・・・」

71 名前:とっぴぃあ 投稿日:04/02/02 20:50

中隊長「ブチッ!?」何かが切れた! 「いったい連隊はうちに何をさせたいんだ!ワックが普通科と言うだけで勝負なのに、小隊でつかえだと!面白くない!今日はその話はなしだ!」と、どなり帰った。中隊事務所で、冷静になった中隊長は言った「俺はクビだろうか?」

72 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/02 21:09

「と〜と、切れちゃつたんすか、そりゃマズイっすよ・・・・・。」 心配しているのかおもしろがっているのか良く判らない表情で 中隊長室を指さす田浦3曹。

73 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/02 21:19

先任も暗い表情になる。「陸士や若い3曹が切れたって言うならなぁ・・・まさか、中隊長とはなぁ。」 先任の目線には、人事係の机があり、その机の上には、すました赤城1士の写真付き書類がおいてアッタ。

74 名前:とっぴぃあ 投稿日:04/02/03 19:58

中隊長は連隊長より呼ばれた。話あいの末、通信補佐の位置でよいとなった。連隊長「まぁ、本人の意見が通らないのも、この組織だからな。あと、〜〜」何やら耳内していた。
中隊へ帰った中隊長は、すぐに先任を呼びつけ、連隊長の話をそのまま伝えた。内容はこうだった

76 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/03 23:37

「くれぐれも、男関係だけは、問題ださないでたのむぞ。なんせ、とてつもない一家だからな。」だそうだ。溜息をついた

78 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/02/04 13:42

番外編・生活隊舎
「飯島士長〜、事務室で小耳に挟んだンすけど、今度ウチの中隊にWACが来るらしいですよ!」
ここは生活隊舎・談話室。連隊長の「鶴の一声」により営内班が禁煙になって以来、喫煙者の溜まり場である。
「何ャ〜!マジでか!三島君、その情報はどっから仕入れたのかね?」三島士長は丁寧にプレスをしながら答える。
「ダテに中隊長伝令やってませんよ。昨日、中隊長室の掃除してる時に聞いたンすよ。事務室で中隊長が幹部やら係陸曹やら集めて相談してました」
飯島士長は先任士長だ。 「昔さ、重迫にWACが居たけどさァ、ロクなもんじゃなかったぞ。演習ン時だって大変だろ?」
飯島士長は煙草を美味そうに吸いながら続ける。
「それとも三島あたりがヤっちまうかァ〜!?」

そうなのだ、三島士長は「中隊の便利屋」と言われる様にドライバー、通信、らっぱ、炊事、伝令などをその時の要望に応じてそつなくこなす陸士なのだ。
つまりWAC赤城1士と任務を共にする可能性が高い・・・。しかも入校やら支援やらで関わったWACとは何かしらのつながりを残してくる様な男である。
今年の初めにも、音楽祭り支援で一緒だったWACから年賀状が多数届いて中隊で話題になった事がある。
「ま、来てからのお楽しみですな・・・!」
二人は若干淫靡な笑いを共有した。
こうして営内に住む陸士の間に「WAC来たる」の噂は広がっていったのであった・・・。

生活隊舎編、不定期につづく・・・

79 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/04 22:07

そのころ師団司令部では 「というわけでお世話になりますがよろしく・・・。」がちゃん。
赤城総監と師団長は防大の先輩後輩の中である。
師団長がラグビー部で鍛えに鍛えられた4年が今の総監である。
以来幾星霜30年近い付き合いになる。 「そうか・・あの子もな。」
しばらく会っていないがどんな子になったのだろうか?
「母親はひょうばんの美人で仲間のアイドルだったからな・・。」

「はい・・・・・・・・わかりました。そうですか」がちゃん。
「先任・・・。」 「中隊長どうされました」 「師団長検閲が決まった、1週間後だそうだ。」

検閲はつらかった。しかし、終わった。事故もなく
そして、赤城1士が配属された・・・


83 名前:まいにちWACわく!その5 投稿日:04/02/07 17:57

「WAC受け入れ命令」以来上も下もバタバタしてたが(キレた中隊長、通信陸曹の苦悩、ゲットを狙う「不穏分子」の存在)ついに、赤城1士の着隊の日を迎えた。中隊長は先日の「師団長点検」のことを思い出していた…

急な点検が決まって、3日間を「環境の整備」に費やした。生活隊舎は見ないとのことだった。この点検が赤城1士受け入れに絡むということは全隊員が薄々感ずいていた。
実際点検自体は数分で終わり、中隊長以上の幹部と師団長との懇談が連隊長室で始まった。

「連隊もまぁよくやってるねぇ」師団長が横に少し大きい巨体を揺らし発言する。「はっ、アリガトウゴザイマス!」これ以上はないというくらい背筋を伸ばした連隊長が答える。そうした雑談が10分も続いた後、やっと本題に入り始めた。

84 名前:まいにちWACわく!その6 投稿日:04/02/07 18:06

「ところで、今年の曹学の受け入れ準備はどうかね?」「はっそれはもう各中隊が準備を万端にしております!」
「急なWACの受け入れを快く引き受けてくれて助かるよ。赤城1士はどこの中隊かね?」
「ウチであります」中隊長が答える。幕僚や他の中隊長も注目する。
「そうか、全国でもナンバーにWACを受け入れるのは10個連隊しかいないのでな、よろしく頼むよ!」微笑みながら師団長が言う、幹部の微笑みには警戒が必要なことは中隊長も承知している。
「了解しました…」やや警戒しつつ答える中隊長。さらに師団長が続ける。
「赤城1士、いや龍子くんは私も生まれたときから知っている、彼女の父親とは懇意にしててね」目を細め懐かしむように語る。「よく兄たちとおもちゃの取り合いをしてたものだ、知ってるかね?彼女の上の兄は来年防大を卒業、陸に入ることが決まってるのだよ」

85 名前:まいにちWACわく!その7 投稿日:04/02/07 18:15

「ナンバーには本人の強い希望だそうだ、面倒を見てやってくれたまえ」……すぐさま返事をしない中隊長、一瞬の間を置き中隊長は意を決したように話し始めた。
「中隊配属された隊員は分け隔てなく面倒を見て鍛え上げます。赤城1士にも同様に接してよろしいのですね?」「もちろんだとも」「では、私の指導方針にお任せいただきます。問題となるような事があった場合以外、これからは口出し無用に願います!」

空気が凍りついた、幕僚たちは動揺し連隊長も言葉を失ってる…一介の中隊長ごときが師団長に対して意見する、高級幹部の頭では理解できない事態が起こってしまった。

ようやくフリーズから解けた連隊長が席を立ち話そうとする「中た…」それを傍らにいた副連隊長がひざを抑え制する「お待ちを」低くつぶやき師団長の方を見るよう目配せをした。

86 名前:まいにちWACわく!その8 投稿日:04/02/07 18:23

師団長が口を開いた「それはもちろんだ、師団長が一介の陸士の事に口を出すことではないな。これはあの子の父親と私個人の頼みと思って聞いてほしい」そうして師団長は席を立ち中隊長に向かい合う、そして軽く頭を下げて
「あの子のことを頼む、甘やかさずに一人前の自衛官にしてやってくれ。それは彼女の願いでもあるのだから…」中隊長も席を立ち頭を下げる「わかりました」

連隊隊舎前で幕僚と中隊長たちが師団長の黒塗りプリウスを見送る、そして解散となった。誰も中隊長には声をかけない。
先ほどの件を叱責すれば師団長への背信行為になりかねず、激励すれば問題発生時に巻き添えを食らう可能性がある…という考えがあるようだ。中隊長は硬い表情のまま中隊に帰ろうと隊舎に入った、そのとき不意に肩をたたかれ振り返った。

87 名前:まいにちWACわく!その9 投稿日:04/02/07 18:33

「大見得を切ったな」副連隊長だった「ハラを決めましたからね」中隊長が答える。
フッと表情を和らげ副連隊長が言う「ロープ橋で泣いてたレンジャー学生が立派になったなぁ」「『鬼のレンジャー教官』は丸くなられましたね」同じく表情を和らげ中隊長が答える。
「私にできることがあれば協力しよう。一人の女の子を一人前の自衛官にする、やりがいのある仕事じゃないか!」笑いながら副連隊長が言う「どうせならレンジャーに入れてみるか?」「それは無茶でしょう…」

それ以来受け入れ準備は飛躍的に早くなった。営内班長は先任と訓練Bの田浦に任せることになり、営内の指導は本管・通信小隊の中村3曹に任せることとなった。中村3曹も曹学出身なので、なにかと助けてくれるだろう。 中隊の隊員にはセクハラ防止教育も行った。岡野2曹も教育資料をそろえ、受け入れ準備は考えうる限り万全を期して準備された。

そうして、受け入れの日がやってきた。


90 名前:まいにちWACわく!その10 投稿日:04/02/07 18:47

曹学は後期教育を陸曹教育隊で行う、それから各部隊に配属されるのである。今回は本管および各ナンバー中隊に一人ずつ配属されることとなり、本管から1t半トラックで迎えに行くこととなった。
到着予定は1130。10分前から舎後に各中隊の先任、営内班長等が集まっていた。
「時間通りに到着するかな?」先任が本管の先任・泉曹長に聞いている。「今のところ予定通りですね」まだ40代前半の泉曹長が答える。
一方、田浦3曹は中村3曹と何やら話している「よろしくね〜何せWACの班長て初めてだから…」「わかりました。ウチの若い子たちもいるから大丈夫ですよ!」少しふっくらした中村3曹が笑う。
「本管のWACは何人いるの?」「通信に陸士が2、陸曹が私だけ、衛生に今年入った子が2人、計5名ですね。全員私の班員です」「5人になるのか…大丈夫?」「大丈夫ですよ、経歴を見る限りしっかりした子ですし、真面目な子と聞いてますからね」
聞いてる?「聞いてるって?何か知ってるの?」「朝霞(女性自衛官教育隊)の助教から聞いたのです、同期がいるし曹学派閥は縦横の情報網が強いのですよ。ナンバーにWACが入る話も、9月には聞いてましたから。ウチに決まったのは11月らしいですけどね」
「へ〜」感心したようにうなる田浦3曹、「へぇ〜ボタンがあったら押してるなぁ」


93 名前:まいにちWACわく!その11 投稿日:04/02/07 19:01

そうこうしてるうちに1t半が到着した。運転席から降りてきた隊員が後板を下ろす。
隊員たちが吐き出されるように降りてくる、赤城1士は…いた、WACの制服を着て荷物を下ろしている。衣納と衣装ケースがひとつのようだ、他の荷物は逓送されて、昨日のうちに部屋に運び込んでいる。
「山田1士、こっちだ!」「後藤1士、ようこそ本管へ!各中隊の先任が隊員を捕まえている。「赤城1士!いるか?」いないわけはないのだが先任が呼ぶ。

荷物を持った赤城1士が先任、田浦3曹、中村3曹の前にやってくる
「1等陸士、赤城龍子、ただいま着隊いたしました!」
荷物を下ろしそう叫ぶ

身長は160前後、体型は太ってはいないが痩せてもいない。拳には空手経験者らしく少し券ダコが浮かんでいる。
髪型は少し襟足にかかるくらい、当然黒髪、やや浅黒い肌は訓練の成果か?目は細く全体的には広末涼子に似ている。まぁそこまでかわいくはないが、普通科ではマドンナで通じるだろう。
全般的に健康的な感じで、エリート一族にありがちな嫌味さは感じられない。

「ようこそ!」先任が手を差し出し握手を交わした。「私は先任の佐藤准尉だ。隣が田浦3曹と中村3曹だ」
「よろしくな!」 「よろしくね♪」 こうして赤城1士は着隊した、波乱の幕開けになるのだろうか?


94 名前:まいにちWACわく!その12 投稿日:04/02/07 19:17

「とりあえず荷物を置いて食事に行きなさい、中村3曹案内頼むよ」
「わかりました!」元気はいい。
「1300に中隊に来てくれ、中隊長の面接などがあるからね」「あと携行書類をちょうだい」田浦3曹が封筒を受け取る。
「じゃあ頼むね中村3曹」「わかりました」そういって先任たちは中隊本部に向かって帰った。

「来ましたよ、これ携行書類です」田浦3曹が人事担当の倉田曹長に封筒を渡す。
「どんな体型だった?」補給の村上2曹が聞く「いきなりセクハラっすか〜?」「バカヤロウ!被服の請求とかあるんだよ」

先任は中隊長室に入り報告している。
「そうか、来たか…」中隊長がつぶやく「どうだ?印象は」「特に問題は無いように思います。嫌味なところもありませんしね」先任が答える。「顔は?かわいいと思ったか?」「へっ?はぁ…私の年になると子供のようなものですからね。よくわからんです」「田浦に聞くか…」
中隊長室を出た中隊長と先任は、事務所に入り田浦3曹を探す。他の本部要員に質問攻めにあってるようだ。
「盛り上がってるとこすまんが…」中隊長が口を開く。「田浦、赤城1士はかわいいと思ったか?」若干26歳の田浦3曹は「ええ、思いましたが?」と答えた。

「そうか…」眉間に深いしわを寄せて中隊長が帰っていく。「何ですかね?」「色恋沙汰を警戒してるんだろうな」「はぁ…三島とか危険要素がいっぱいですもんね〜」中隊長の苦悩は続くようだ。



96 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/07 19:47

三島士長は隊員食堂に向かっていた。今日は連隊作業員として中隊から1名特命を受けていた。そんな目にとびこんで来た赤城1士 「悪くないじゃん」歓迎宴会が楽しみになった。


97 名前:とっぴぃあ 投稿日:04/02/07 20:08

「中隊長、赤城1士です」と先任が言う。「おぉ、では、面接をしよう。先任、君も一緒に入室してくれ」
「私もですか?」と先任 「あぁ、中隊長室で服務指導、もろもろ指導してくれ」
「解りました」 と言い 面接は始まった。


99 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/08 11:45

「え〜と、え〜〜と中村3曹。あの〜〜さぁ、突き合ってる子といてるんか?・・・じつは・・」バキッ・・・・ドスン。
次の瞬間田浦3曹の体は壁に張り付いていた、中村3曹はこう見えても柔道三段空手道2段。高校時代は国体の常連選手だった腕前。並の男では力加減が微妙ところである。
「あ〜、ひでぇなぁ。いや、違うてば、違うでば。彼女だょ。彼女。赤城一士。」
「ごめ〜ん、なんのことかと思った。いきなりびっくりさせないでくださいよ。」ちょっと紅い顔して答える中村3曹である。
「知ってると思うけど、うちの中隊、三島士長とか馬鹿が多いだろ・・。だから先任やら中隊長やらみんな心配してんだよ。事が事だけに言いにくいし。」
「じゃ、聞いときますよ。朝霞の同期がなんか知ってるかもしれないですし。」
「有り難う、たのんますは。」痛む腕と肩を押えながら中村3曹と別れる田浦3曹。体は痛むが心の中で何かが変わった。


100 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/08 12:00

昼食を食べ終わった三島士長 まだ時間があったので生活隊舎へ行った。飯島士長がいる。「その顔は来たワックと対面したろ?」
三島はニコッとし「なんか、やりがいある気がするんですよねぇ」
おぉ〜!飯島以下の声援が三島の胸に響く。


101 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/08 13:07

赤城1士の中隊長面接が始まった。「君には、通信補佐としてやってもらうよ」一瞬、赤城1士の顔から笑顔が消えた気がしたが。嫌、気のせいだろう。すぐに「はい、頑張ります」と元気な返事が来た。


102 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/08 16:07

番外編 赤城一士のパパ 「うちの娘、自衛隊はいったよ。」
部下「はい、確か陸でしたよね?」「そうなんだ、色イロ心配あるが、水虫だけはならないでほしいよ」
部下「職業病らしいですからね、陸さんは」
赤城パパの夜は吹けていく 番外編 終わり



103 名前:まいにちWACわく!その13 投稿日:04/02/08 16:47

赤城1士が中隊長の面接を受けている最中、中隊本部事務所では…

「今のが赤城1士か、なかなか可愛いんじゃないか?」「空手2段には見えんな〜」いろいろ話が飛び交っている。
「たー坊!これは訓練だな?」倉田曹長が書類の中から検定記録簿を出す。「あ〜どうも!」田浦3曹が受け取る、「どれどれ…」

「体力検定1、腕立て伏せ102回の腹筋104回、3000mは10分33秒
体力検定2、斜懸垂89回の幅跳び5m10、ソフトボール投げは66mか…」
「化け物か?」少し驚いたように村上2曹が言う、「並の男じゃ勝てんな」
「おや、射撃も当たってますよ」これまた驚いたように田浦3曹が言う「初級検定、50点満点中48点、これはすごいな…」

「だがな、カタログスペックで自衛官は語れないからな」横で聞いてた倉田曹長は言う「高橋尚子でも夜中に20kgの荷物背負って30km歩けんだろ?高見盛だって山に入ったらただの的だからな」少しずれてるような気もするが、確かに一理ある。
「男女の差ってのはなかなか埋めれないですからね」田浦3曹が言う「GIジェーンみたいになれないかな?」


104 名前:まいにちWACわく!その14 投稿日:04/02/08 17:02

中隊長室ではまだ面接が続く。
「家族での心配事とかはあるかね?」「特にありません、みんな健康です」(家族での心配事はあるよ!ウチが…)先任は心で叫ぶ。
「初の普通科中隊WACだから、君も我々も戸惑うところはあるだろう。何かあったらすぐ先任か私、言いにくかったら中村3曹に言うんだよ」「わかりました!」

がちゃ…中隊長室のドアが開く。「じゃあこれからは田浦3曹に駐屯地を案内してもらうから、まだ食堂とWAC隊舎しか知らないだろうからね」先任が言う。「わかりました、案内します」田浦3曹が席を立つ。
「ちょっと田浦…」先任が耳打ちする「通信補佐に配属って言われて少しショックのようだ、フォローしてやってくれ」「フォローですか?」「『がんばれば迫にも行けるかも…』とか言ってくれたらいいよ」「わかりました」
そういって廊下で待っている赤城1士のところに行く「じゃあ行こうか!」

「ここが厚生センター、営業時間は朝の9時から夜の9時までやってるよ」
「ここが業務隊と諸隊が入ってる隊舎、貯金業務もここだからね」
「この辺一帯は連隊の駐車場、自訓に行くまではあまり縁がないかな?」
一緒に駐屯地を歩き案内する。
「あいたたた…腰が痛いや」「どうしたんですか?」「いや、ちょっとね。それより補職は通信補佐って言われたって?」「ええ、そうなんです…」やはり残念そうだ。


105 名前:まいにちWACわく!その15 投稿日:04/02/08 17:14

「まぁ仕方ないよ、みんなはじめての事だからどうしていいかわからないのさ」「それはわかります」浮かない顔だ。
「まずは部隊通信に行ってもらう事になると思うよ。無駄にはならない教育だから安心しなよ」少し微笑む田浦3曹。
「それにまずは頑張りを見せる事だよ。そうすれば迫でも小銃でもいけるさ!」肩を軽く叩く。「わかりました、頑張ります!」少し笑顔が戻る。
「じゃあ最後に通信倉庫に行こうか、岡野2曹って人が上官になるからね」

駐屯地の隅っこ、あまり目立たない場所に通信倉庫はある。一見安いプレハブだが、通信機材を入れているために見た目よりは頑丈である。
「岡野2曹いますか〜?」「おーう、田浦か」「赤城1士を連れてきました〜」
岡野2曹は椅子に座り、なにやら書類に書き込んでいる。「赤城1士です、よろしくおねがいします!」「岡野2曹だ、よろしくな。まぁ茶でも飲んでけ」
備え付けのポットからお茶を3人前入れる。「通信は希望か?」「…あ〜いえ、実は迫希望です」「迫なら通信も大事だからな、無駄な経験にはならんさ」
一服終わってから田浦3曹と赤城1士は中隊本部に帰ってきた。


106 名前:まいにちWACわく!その16 投稿日:04/02/08 17:29

「案内終わりました」「おう、ご苦労さん!じゃあ赤城1士、部屋に戻って荷物の整理とかしなさい。終礼時にみんなに紹介するから、1640には戻ってくるようにね」

「で、どうだ?元気になったか?」先任が聞く「大丈夫みたいですよ、前向きな子ですね〜」感心したように田浦3曹が言う。
「実際、中隊長は彼女を迫で使うんですかね?」「それも考えてるようだ、何か知らんが中隊長もハラを決めたって感じだな」師団長との一件は誰も知らない、連隊本部で緘口令が敷かれたようだ。

「明日は朝から連隊長への申告がある、制服を用意させないとな」

そして終礼…本部と各小隊ごとに整列し、係が連絡事項を言っていく。
「明日については午前中は射撃予習、昼からは整備と体育、以上です」田浦3曹が訓練指示を終わる。
「では先任」中隊長が促す。「では本日付で着隊した赤城1士を紹介します」先任が赤城1士を呼ぶ。

「本日付で配属されました赤城1士です、一日でも早く中隊の一員となれるよう頑張ります!」拍手を受け敬礼する。
先任は隊員たちの顔を見る。少し緩んだ顔、不満そうな顔、獲物を狙うハンターの様な目も見える。 (警戒は必要だな)そう先任は思った。


107 名前:まいにちWACわく!その17 投稿日:04/02/08 17:36

課業後…中隊長室に先任と田浦3曹が入り、ドアを硬く閉ざした。

「とりあえず一日目は何事もなかったな」中隊長が口を開く「まぁ第一段階はクリアしましたね」先任が続ける。
「まず明日は、被服や武器の交付があるな」「それと申告です、連隊会議室に0750集合ですね。中隊長と私が臨席します」「そうか、わかった」

一息入れて中隊長が口を開く「ところでだ、こないだから頼んでた件はどうだ?」
赤城1士の着隊前に、中隊長は「不穏分子」の割り出しを先任と田浦3曹に依頼してたのだ「だいたいわかったか?」


108 名前:まいにちWACわく!その18 投稿日:04/02/08 17:49

「では自分から、営内陸士の不穏分子は…」田浦3曹が報告する。

「まずは三島士長、危険度はハブ並です」二人ともうなずく「中央音楽祭り支援に出したら、次の年に5人ものWACやWAVEから年賀状がきたヤツですからね」先任が続ける。
「南は九州、北は旭川からだったな…」中隊長も呟く「正式な抗議も無いので、強く指導もできません」先任も渋い顔をする。

 

「次に坂本士長、飲み屋の姉ちゃんたちをナンパするのが趣味のようなヤツです」「前に営門前で、バーの姉ちゃんにグーで殴られてたな」 「ただ対戦小隊なので、接点は少ないですね」

「次に通信補佐でよく来る野尻士長と具志堅士長、接点が多くなりますから…」「二人とも彼女は?」「いません」

「とりあえず営内陸士はこんなところですね、あと彼女の同期となる1士2士連中ですが…」続けて言う
「10人の新隊員の内8人は彼女がいます。残る二人は松浦1士と須藤2士、ただこいつらは二人とも3小隊ですので接点は少ないです」

メモを置いて一息入れる「危険な連中は以上です。やはり三島が危ないですね」


109 名前:まいにちWACわく!その19 投稿日:04/02/08 17:59

続いて先任が言う「陸曹の不穏分子ですが…」

「まずは3小隊、井上3曹と坂本3曹ですね。井上はイメクラ好き、坂本はキャバクラ好きです」「つまり女好きって事だな?」
「井上は射撃指導係ですので、接点も少なくありません」井上3曹は3小隊のスナイパー要員である。
「坂本は車両整備に回ってます。こいつは大丈夫でしょう」

「次に黒瀬2曹、これまた飲み屋の姉ちゃんをナンパしまくってます」「借金はどうなった?」「何とか完済させました」

「とりあえず危険な連中は以上ですね」


110 名前:20まいにちWACわく!その19 投稿日:04/02/08 18:15

「黒瀬は1小隊だったな」「接点は少ないですね」…少し考え込む中隊長。
「不穏分子はわかった、あとだ…彼女が惚れそうな隊員というのはわかるか?」顔を見合わせる先任と田浦3曹「惚れそうな、ですか?」
「う〜ん、男と女の価値観は違いますからなんとも…」田浦3曹も困り顔だ。

「そうですね、営内陸士なら3小隊の鈴木士長ですね」田浦3曹が少し考えて言う「顔も悪くないですし、レンジャーですからね」
「まぁ真面目なヤツだから、つまみ食いみたいな付き合い方はしないと思いますよ。それに候補生試験の方もありますし…」先任が続ける。

「陸曹なら『アニキ』こと神野1曹ですね」3小隊の小隊陸曹・神野1曹は若干33歳。空挺レンジャーで射撃・格闘とも特級。
難病の妹さんの看護のために空挺から転属してきて3年、卓越した戦技能力と厳しくも優しい性格から「アニキ」と呼んで慕う隊員も多い。

「ただ危険度は全隊員共通して持ってますね。田浦だってそうですよ」先任が言う「え〜WACに興味はないですよ、しかもド官品ですし…」
そう言う田浦3曹だが、一瞬肩の痛みとともに中村3曹の顔が浮かぶ。あわてて首を振り幻影を追い出す。
「どうした?」先任が聞く「いえ、なんでも…」

「まぁとにかく、・処置不穏分子は早めに発見・処置が必要だな」中隊長が言う「我々のEEIは、『不穏分子は誰か?その行動は?』だ」
「わかりました」「了解です」二人が答え、会議は終了となった。


111 名前:20まいにちWACわく!その21 投稿日:04/02/08 18:23

「しかし3小隊の名前ばっかりあがりましたね」と田浦3曹「まぁ若い連中ばかり集めてる小隊だからな」と先任。
「何か理由が?」「10年位前の中隊長の方針でな、『1,2小隊を前衛に、3小隊を遊撃隊として使う』と決めたんだ」
「だから若い佐々木3尉が小隊長なんですね」納得したように田浦が言う「そういや佐々木3尉も危険要素だな…」先任が呟く。

「さて、俺は帰るわ」先任が帰り支度を始める「今日は早いですね?」「重迫と本管の先任と飲みに行くのさ、情報収集だよ」「あ〜なるほど…」

「じゃ、お疲れさ〜ん」先任が事務所を出て行く「お疲れっした〜、自分ももうすぐ帰ります」


112 名前:まいにちWACわく!その22 投稿日:04/02/08 18:35

隊内クラブ「一番星」は、営門のすぐ横にある。平屋1階建てで座敷の宴会場とテーブル、カウンター席に分かれている。
そのカウンター席で先任と本管先任・泉曹長と重迫先任・飯島曹長が並んで座っている。

「WAC来たらしいのぅ、どんな感じや?」広島弁で飯島曹長が聞く。すでに目の前には空になったジョッキがある。
飯島曹長は50歳、四角い体と四角い顔を持ち「千人しばいたから先任になった」と豪語する武闘派である。
「これから苦労しそうですね」メガネを中指で持ち上げて泉曹長が聞く。日本酒をチビチビと舐めるように飲んでいる。
泉曹長は41歳、情報小隊〜連隊2科〜師団2部〜方面調査隊と、ずっと調査畑を歩いてきた。髪を伸ばせば「市役所の職員」で通じる風体である。


113 名前:まいにちWACわく!その23 投稿日:04/02/08 18:53

「重迫にもWACいたよね、どうだった?」先任が聞く「あんまりよくなかったのぅ、うちは二人入ったんじゃ」飯島曹長は苦い顔をする。
「二人っちゅうのは助け合える事もあるんじゃけど、一人が堕落したらすぐもう一人も落ちるんじゃ」
一日限定10個の「馬刺し」を食べつつ先任が聞く「どんな風に?」
「一人は頑張ろうって気があったんじゃ、率先して仕事も覚えようとしとったしな」すでにジョッキ3杯目だ。
「でもなぁ…もう一人が舐めたヤツでな。弾は持てないし有線張らせたら草で手を切ったと大騒ぎ、射撃もヘタクソで書類をやらせたらミスの連発。ありゃひどかった…」
「そんなにか?」「でも努力しようとしちょったら、鍛えてやろうとも思うけんね。あいつは『女だからできな〜い』とハッキリ言いやがった!」ドンと机を叩く。
「もう一人もそんな考えに感化されてな、結局任期満了で辞めていったわ」「二人とも?」「いや、舐めちょったヤツは師団司令部に行きやがった」焼き鳥を口に運ぶ。
「要領ばっか覚えやがって…もうWACなんざいらん!」「声がでかいよ…」先任がたしなめる。

「WAC云々より、個人の資質の問題かもしれませんね」じっと話を聞いていた泉曹長が言う。


114 名前:まいにちWACわく!その24 投稿日:04/02/08 19:02

「本管には今もWACがいるね。中村3曹には世話になるよ」熱燗を注いで先任が言う。「いえいえ、たいした事もできませんで」
「本管のWACはどうなんじゃ?問題ないんじゃけぇうまくいっとるんやろな?」飯島曹長はすでに真っ赤である。
「ええ、まぁウチも受け入れたときはごたごたしましたがね」「例えば?」「そうですね…古手の陸曹が少し甘やかしたのです」酒を舐める泉曹長。
「甘やかした?」「えぇ、キツい指導もなしで…上の陸士長連中は明らかに不満顔でしたね、『俺たちのときと違う!』って」
「今はどうなの?」「通信にWACが入った後に中村3曹が曹学で入ってきまして、泣き言ひとつ言わず部隊通信の教育を終わらせたのです」
「それで意識が変わった?」「ええ、我々も彼女たちも…結局は人によるんですよ、男も女も代わりませんよ」


115 名前:まいにちWACわく!その25 投稿日:04/02/08 19:16

明太子チーズポテトをつまみながら泉曹長は続ける「赤城1士でしたか?真面目そうな子でしたね」「あぁ、真面目だな。血もあるのかね?」
「やはり赤城海将の娘さんでしたか」「知ってるのか?」「元々はP3-Cの乗員で、情報調査のプロですよ。一度勉強会で公演してました、自衛隊屈指の情報の専門家です」

「なんでぃ、先任が3人もそろって湿気た面だなぁ!」ビールを持ってきたのは「一番星」マスターの権藤店長である。
権藤店長は81歳、自称「沖縄戦の生き残り」で「玉音放送を特攻機のコックピットで聞いた」という「ルバング島の生き残り」である。まぁ全部ウソだろうと言われているが…
警察予備隊からずっと自衛隊に在籍し、定年を迎えてから20年以上クラブの店長として働いている。
「先任がそんな面しちゃあいけねえや、部下が不安がっちまうぞ!」ひゃっひゃと笑う権藤翁「ワシが満州で馬賊と戦ってた時なんざぁ…」
「こないだはビルマでえげれすと戦ってたと聞きましたが?」泉曹長は真面目&冷静だ。「おぅ、武勇伝ですか〜」面白がってはやし立てる飯島曹長。

そんな騒ぎをよそに先任は考える(個人の資質か…)


116 名前:まいにちWACわく!その26 投稿日:04/02/08 19:22

同じころ、WAC隊舎屋上…

「もしもし、信ちゃん?」(龍子?元気〜?って今朝別れたばっかりだったよね)同期で同じく普通科中隊に配属された清原信江1等陸士だ。
「どう?配属先は」(だめだめ!「女が何しに来た」ってみんな顔に書いてあるんだもん、龍子のほうは?)「ウチは普通かな?でもやっぱり通信だったよ…」
(それは仕方ないよ〜私なんかいきなり「業務隊に臨時勤務」とか言われたの。あったまきちゃう!)「それはひどいね〜」



117 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/08 19:52

アイタッタッ 頭がズキズキする 「二日酔いだな」と、一人ぶつぶつ言いながら、先任は机に座った。田浦3曹が、「先任?体調でも悪いですか?」と聞いてくる?「二日酔いだよ。」本部の要因が一同に先任を見つめる 「おはようございます」元気な声で赤城一士が現れた


118 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/08 19:59

ぼちぼちと中隊の朝礼時間になるにつれ、隊員が来る
最重要(危険?)人物の三島も来ている。先任は、痛い頭をおさえ、三島の行動を黙って見ていた。以外にも、赤城一士に挨拶されても、不愛想な態度だった。考えすぎ?と先任は少し安堵感に浸った


119 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/08 20:08

三島は少し安心と。思った矢先。しかし、3小隊の面々が赤城を取り囲んでいる。それを見て、頭を抱える先任に中隊長が「とりあえず少しの間様子を見よう、家族があのような人達だ。肝の座った奴じゃないとくどけないさ。」
先任の体から酒が消えた(気分)にさせた一言だった


121 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/08 23:46

番外編 ぱぱ編 昨夜、娘から電話が来た。「私、大丈夫よ」と赤城
「そうか?早く慣れて自分の道をきめるんだぞ」とぱぱ
本当は異性関係について聞きたい。が、ぐっとこらえる。どこかで、幹部一家の娘に手だす(遊びで)隊員なんていないだろ と鷹をくくっていた。


125 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/02/10 00:36

スキップ・ビート 番外編・生活隊舎
「押〜忍、あ、またゲームやってますね!」
ここは生活隊舎、飯島士長の住む居室である。
「お、これはこれは三島クン。」 飯島士長はゲーム画面を見ながら答えた。中隊にWACが来て2日目の夜、思った程の混乱もなく、いつも通りのまったりムードである。
「なんかおもしろい事でもあったか?」
「飯島の旦那、赤城チャン情報で面白いのがありまっせ」 三島士長は妙に芝居がかって言った。
「なに調子よく赤城チャンなんて言っちゃってんだよお前は!で、情報って?」
「赤城ちゃん、とりあず通信で使うみたいなんですけど、本人は実は迫でやりたいらしいですよ」
飯島士長はゲームを中断した。ゲームは「戦国無双」である。
「何ャ〜!ウチの小隊に来たいってか!?しかしそれはそれで面倒くせーな・・・」
どうやら喜び半分、心配半分の様だ。やはり重迫のWACを知ってる人間は、WACだからといって素直に喜べない。
「まァ通信とかで一緒になると思うンで、探りを入れてみますよ」
「そうだな」 飯島士長はゲームを再開した。しかし三島士長は内心では赤城チャンの事を恐れていた。そうなのだ、精強過ぎるのだ。三島士長は後方戦技は何でもこなすが、射撃を除く戦技はからっきしダメだった。飯島士長は画面を見ながら言う。
「しかしよ、ヤマ行って隣にWACが居たら燃えるよな?」 三島士長はニヤリとしながら、
「夜の半装填ですか?」 二人はまた淫靡な笑いを共有した。こうして営内の夜は更けていくのであった。

生活隊舎編・不定期につづく・・・



128 名前:まいにちWACわく!その27 投稿日:04/02/14 16:11

「申告します!1等陸士・後藤喜一以下4名のものは…」連隊会議室で昨日着隊した4名の曹学の申告が始まった。といってもものの10分程度で終わるものだが…
参加してるのは連隊長以下幕僚の面々、各中隊の中隊長に先任たちである。

二日酔いでまだくらくらする頭で整列・不動の姿勢はかなりつらい。同じ会議室には昨日一緒に飲んでいた泉曹長と飯島曹長の顔も見える。
泉曹長はまったく平気なようだ。相変わらずの冷静な顔ですまして立っている。
飯島曹長はつらそうだ。かなり飲んでいた結果、先任と同じように頭痛に悩まされているようだ。

連隊長の訓辞が始まる、官僚的なところのある連隊長は話も長い。
「…諸君が一日でも早く連隊の一員になれるよう我々も最大限の努力をする所存である…」(ウソつけ!)中隊長の心の叫びは誰にも聞かれなかったようだ


129 名前:まいにちWACわく!その28 投稿日:04/02/14 16:26

「さて、申告も終わったし…」先任の机の前には、作業服に着替えた赤城1士がいる。「今日は物品の交付があるからね」
「ハイ!…まずは何したらいいですか?」「とりあえず、戦闘装着セットかな?東野1曹!」補給(戦闘装着セット担当)の東野1曹を呼ぶ。
「準備は出来てますよ」東野1曹は迫出身の49才、そろそろ業務隊で楽隠居を…が口癖である。

「サイズは5Aだね」「いいと思います」補給倉庫で服を渡す。「ためしにこの戦闘外被を着てみてくれ、できれば丁度であって欲しいんだが…」
「少し大きいかな?」「ならいいや、下に着込むからね。業務隊にも在庫がそれしか無くてね…」渋い顔をする東野1曹。
「あとは鉄帽、弾帯、弾のう、背嚢…」次々と物品を渡していく。「無くさないように管理は厳重にね、武器と同じ扱いだからね。あと注記をしっかりするように、今日中に階級証とかも縫い付けるんだよ」


130 名前:まいにちWACわく!その29 投稿日:04/02/14 16:37

次は武器だ「小銃は89式、曹学だから扱い方は知ってるよな?」火器陸曹の高木2曹が言う。軽火器出身の37才、最近太ってきた腹を気にしている。
「わかります」「じゃあチェックをしてくれ、異常は無いかどうかね」慣れた手つきでスライドを下げ、薬室が見える状態で銃を渡す。
「特に異常ありません」「そうか、ところで赤城1士は器用か?」「?」 「武器だけにブキようだと使えないからね〜」「………あははぁ…」愛想笑いをするしかない。

「小銃受け取った?」先任が聞く。「ハイ…」疲れたように言う赤城1士、「どうしたの?」事務所にいた田浦3曹が聞く。
「いや、ちょっと…」「どうせまた高木の親父ギャグ聞かされたんだろう?」さすがに先任、読みがいい。
「またか〜」「いいかげん止めりゃいいのに…」「愛想笑いするから癖になるんですよ」同意したように中隊本部の面々がうなずく。


131 名前:まいにちWACわく!その30 投稿日:04/02/14 16:58

「じゃ、今日は被服の縫い付けとかやってきなさい。夕方から駆け足だから体育服装で集合ね」「ハイ!」

少し静かになる中隊本部「明日の1800から中隊本部で赤城1士の歓迎宴会をやろうと思うんだが、みんな参加できるか?場所は『一番星』だ」先任が声をかける。
「私はOKです」人事の倉田曹長が言う
「私らは全員いけますよ」補給の3羽ガラス、鈴木曹長と東野1曹と村上2曹が言う
「田浦、いけるか?」「自分は行かないといけませんね」「じゃあ訓練もOKですな先任」中島1曹が言う
「ちょっと書類が遅れてて…今日明日は残業しますんで」渋い顔の給養、川井2曹が言う
「そのかわり、田中を出します」「僕は懐具合が…」給養付の田中士長は渋い顔だ。営外陸士は安い給料で大変である
「行きましょう!酒飲みはサケられませんからね〜」親父ギャグを飛ばす火器、高木2曹。誰も相手にしない
「先任のおごり?違うのか…まぁいい、行きましょう」車両の水上1曹が答える

「ところで中隊長は?」田浦が聞く「曹士だけで楽しんで来い、だってよ」「赤城本人は知ってるんですか?」「これから言うさ、問題無いだろう。本管の中村3曹も呼ぶか?」
少し考える田浦3曹「そうですね、いざって時は連れて帰ってもらわないと…」


132 名前:まいにちWACわく!その31 投稿日:04/02/15 16:45

その日の夕方、田浦3曹は駆け足を終えてトレーニング場(といっても鉄棒と腹筋台、砂場と鉄アレイがあるだけ)にやって来た。
(さて、少し筋トレでもするかな?)少し体をほぐして鉄棒の位置まで来た田浦3曹は、そこで赤城1士を見かけた。「おや、筋トレ中かい?」と声をかける
「ハイ!班長も?」「ああ、事務でもやっぱり体動かさないとね〜まだ26だしね」そう言いつつ鉄棒にぶら下がる。横を見ると赤城1士も鉄棒にぶら下がっている。そして…
「フンッ!」と気合を入れて懸垂をはじめる、1回2回…10回やってしばらくぶら下がってから降りてくる。田浦3曹は呆然としてそれを見ていた…
「すごいね…」ボソリと言う「もっと鍛えたいです!」屈託のない笑顔でそう答える赤城1士、肩を回して腹筋台に向かう。 (こりゃ迂闊に手を出したやつはえらい目にあうな…)田浦3曹は少し安心した…


133 名前:まいにちWACわく!その32 投稿日:04/02/15 17:01

「ところで先任から宴会の件は聞いた?」柔軟体操をしつつ聞く「はい、明日ですね?クラブですよね?」腕立て伏せを終えて赤城1士が答える。
「うん、岡野2曹と中村3曹も誘ったよ、ところでまだ未成年だよね?」「はい。あと1年と3日で二十歳です!」「もうすぐ誕生日なんだ?お酒は飲める?」「少しなら…」
柔軟を終えて立ち上がる「じゃあ大丈夫だね、飲みすぎには注意してね」「ハイ!…あの〜少し聞いてもいいですか?」ちょっと上目使いで質問してくる。
「なに?」「今週末の休みは外出できますか?」ちょっと心配そうに聞いてくる
「まぁ今いる1士2士連中も最初の週は外出させてたからいいんじゃないかな?何か用事が?」「はい、中村3曹と本管のWACの皆さんが、宴会開いてくれるそうなんです」ちょっと嬉しそうに顔を赤らめて言う。
「そうなの?よかったね〜じゃあ僕からも先任に言っておくよ」「ハイ!ありがとうございます!」疲れも見せず元気に答える。

「じゃあ風邪引かないようにね」「お疲れ様でした〜!」


134 名前:まいにちWACわく!その33 投稿日:04/02/15 17:19

「…それでは、赤城1士の今後の活躍を祈念して…かんぱ〜い!」「かんぱ〜い!」ガチャンとグラスの合わさる音がする。

翌日1830、クラブ「一番星」の座敷席で歓迎宴会は始まった。上座には先任と赤城1士、机に並んでるのは鍋に刺身、揚げ物少々という定番ものだ。
「まぁまぁまずは…」「…ささ、どうぞどうぞ…」座敷のあっちこっちでビールが注がれていく「さぁ、今日はおごりだからいくらでも飲んでね」先任が赤城1士のグラスにビールを注ぐ。
「先任、未成年にあんまり飲まさないでよ〜」中隊本部のNo2、倉田曹長が声をかける。「あんまり飲めないかい?」先任が一応といった感じで聞く。
「父とか兄たちに少し飲まされてましたから、ちょっとなら大丈夫ですよ」二口ほどビールを飲み赤城1士が答える。
「確か海自の人だったよね?」「ハイ、一応総監なんてやってます」何も気にせずサラッと口にする。「なんでお父さんのとこに行かなかったの?」刺身を口に運びつつ先任が聞く「あ〜俺も聞きたいと思ってたんだよ」横から顔を出したのは田浦3曹だった。

135 名前:まいにちWACわく!その34 投稿日:04/02/15 17:48

「そうですねぇ…私は陸海空どこでもよかったんです」赤城1士は続ける「海自にいったらイージス艦に、空自にいったら戦闘機パイロットを目指すつもりでした」
「やる気満々だねぇ…」先任が感心したように言う「じゃあ特に陸希望じゃなかったんだ?」田浦3曹が串カツをつまみつつ聞く。 「そうですね…もしかしたら父と叔父が気を遣ったのかもしれません、叔父も空自の団長なんてやってるんです」「身内を入れると贔屓してしまうからかな?」「どっちにしろ曹だから、接点はあんまりないんですけどね〜」
「普通科中隊熱望だったらしいね。やっぱり最前線に行きたかったの?」「ハイ!やっぱり自分を試してみたかったのです」
「何のお話ですか?」中村3曹がやってくる「赤城1士の普通科志願の理由さ、知ってた?」田浦3曹が聞く「えぇ、前に少し話してましたよ。頑張ってますよね〜」
「ありがとうございます〜!」少し酔ったのかハイテンションだ「大丈夫?金曜の晩もあるんだから無理しちゃダメよ?」中村3曹がたしなめるように言う、まるでお母さんのようだ。
「まるでおかあ…ウグッ!?」思わず口を開いた田浦3曹の口を先任と倉田曹長がふさぐ。怪訝な顔をする中村3曹「なんでもないよ、なぁたー坊?」倉田曹長がニヤリと笑う。
「お前の言いそうなことはわかるさ、新兵のお前を鍛えたのは誰だったと思う?」耳そばで倉田曹長はささやく。

「おっ、盛り上がってるのぉ」ビールを持ってきたのは権藤店長だ「お〜べっぴんさんが2人も!やるのぅ先任」先任の肩を叩きつつひゃっひゃと笑う。
「昭南島の芸子さんを思い出すわい」「こないだ満州って言ってたじゃない」すかさず先任が突っ込む。
(昭南島ってなんですか?)赤城1士が聞く(シンガポールの事だよ、権藤さんは元軍人らしいんだ)倉田曹長が答える。

わいわいがやがやと宴会の夜は更けていく…


141 名前:まいにちWACわく!その35 投稿日:04/02/21 17:44

翌日…冬晴れが宴会で二日酔いの中隊本部を直撃する、こんな日は暖かい日差しも恨めしい…

そんな中、赤城1士の「通信陸曹補佐」業務が始まった。
「まぁまずは、うちにある資材の事を覚えていってくれ」二日酔いでフラフラになりつつ、岡野2曹が教育を始める「これは1月から始まる部隊通信の教育の予習でもあるから、しっかり覚えるようにな」
そう言って倉庫の中に入っていく「まず普通科中隊の通信は、FM無線と有線が主になっていく…」

一方、中隊本部では… 「あ〜腹いてぇ…トイレ行ってきます」田浦3曹が腹を押さえてトイレに駆け込む(昨日の刺身にあたったかな?)そう思いつつ個室に入る
(ふ〜すっきりした…)出すものを出してすっきりしたその時、誰かがトイレに入ってくる音が聞こえた。その音は小便器の方に向かっていく。
続いてまた誰かが入る音、後から入ってきた人物が声を出した「おぅ、お疲れ近藤曹長」声からすると迫小隊の井坂2尉のようだ。
先に入っていたのは迫小隊の小隊陸曹、近藤曹長のようだ「お疲れです小隊長」という声が聞こえた

しばらくの沈黙、近藤曹長が口を開く「あの赤城をウチに入れるって話があるというのは本当ですか?」「…ああ、そういう話もあるらしいよ」自信無さげに小隊長が言う。
30代と若い井坂2尉に比べて近藤曹長は40代後半、どちらかというと近藤曹長が小隊内でのイニシアチブを取っている。
「女なんか要りませんよ、断ってくれよ小隊長」「いや、しかしだね…」「俺の部下に女が来て何させるんですか?ふざけた事されちゃ困るんですよ!」かなりきつい口調だ。
水を流してジッパーを上げる音が聞こえる「いいですか、断れないんなら私が中隊長に言いますよ」そう言い捨てて近藤曹長はトイレから出て行った。

「はぁ…」ため息をつく井坂2尉、そうしてトイレから出て行った。

(…こりゃあまずいなぁ…)ケツを拭きながら田浦3曹は考えていた…


142 名前:まいにちWACわく!その36 投稿日:04/02/21 18:01

「そうか…」先任が渋い顔をする。
田浦3曹はトイレから帰るなり、先任を日中は使わない当直室に呼んでさっきの件の話をしたのだ。
「まずくないですか?」「そうだな…まぁいつか出る話だとは思っていたがな」腕を組みう〜んと唸る。
「とりあえずこの話は他言無用だ、いつか時機を見て中隊長に話すよ」「わかりました」

先任が事務所に帰ってきたとき「お〜ちょうどよかった、先任電話だよ」と村上2曹が電話の受話器を持ち上げた。
「はい、かわりました佐藤です」(どうも恐れ入ります、戦国茶屋の田中です…)中隊宴会の会場となる「戦国茶屋」からだった。何かの調整事項のようだ

この地域には中隊規模の人員を収容できる宴会場が3つある。3店がしのぎを削っているために料金はかなり安い。
しかし、もし2店が潰れて1件だけになると料金が跳ね上がる恐れがあり、そのために各中隊の先任が「公平に3店を使うよう」調整をしている。

「じゃあ21日に、人数は128名です、少し変わるかもしれませんが…」(わかりました、では…)



143 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/24 19:24

21日 課業終了 赤城は外での宴会の為、風呂を早くすませ、化粧をしていた。ふと、自分の顔を見て 「外に出たら女の子ぽくいかなきゃ、うん合格、合格」と一人照れながら一人事を言った。宴会場へは、飯島士長が案内してくれる。と先任に言われた。「初めて話しするなぁ」


144 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/24 19:33

PX 「飯島士長、おまたせしました」と元気よく言うと飯島は「町に出たら俺達の階級は言わないでね、なんか恥ずかしんだ」と言う。なるほど「はい、わかりました」と笑顔で答える。あれ?けど俺達?視界には飯島一人。不思議に思っていると「おまたせ〜」見ると三島だった


145 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/24 19:38

タクシーの中で三島は赤城を見て「化粧すると可愛いね、けど仕事の時は控えめにね。」とアドバイスしている。赤城は、少し照れながら、「はい」と、一言。事実、飯島、三島がおどろいているのだ。こりゃ今日の宴会、狼が騒ぐぞ。三島の中で何かが騒ぎだした。


146 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/24 19:44

三島の気持ち 「う〜ん可愛いなぁ、こりゃ唾つけとくのも損はないぞ。と、なると、今日は狼どもから、三島を守るふりをしっつ、さりげなく、先輩の振りをし・・・よし!あの作戦だな。楽しみだな」


147 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/24 19:47

飯島の気持ち「なんだか、元がいいんだろうなこの子の顔は、こりゃさらに化けるな。三島も行きそうだが、俺も少し技みせて・・・嫌々、親父の事考えると手だせんわなぁ。ふぅ〜」


148 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/24 19:51

赤城の気持ち 「今日を利用して迫の人と仲良くなろう、三島士長に可愛いって言われたから、多分人受けは、悪くないと思いたいなぁ、けど、ワックを嫌な人も多いかな?今からこの二人と少しでも慣れなきゃ」


149 名前:専守防衛さん 投稿日:04/02/24 19:56

三人の思いを乗せタクシーは宴会場へ到着した。「さぁ〜飲むぞ〜行こう赤城クン」と三島 あっ!赤城クン!?「ごきげんなんですね〜」と、飯島と赤城が笑顔で言いながら、宴会場の扉がひらいた 「いらっしゃいませ〜」・・・ 宴会が始まった

150 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/02/25 11:58

スキップ・ビート 番外編・生活隊舎

「中隊の宴会ン時に残留って切ないですよね・・・」
ここは生活隊舎、迫小隊の営内班である。 「な〜!しかも今日はあのWACも来ンだよな」
柳沢士長と河原1士はボヤキながら「みんなのゴルフ4」をやっていた。
「下っ端はつらいっスね」 「・・・・・」 部屋の中にコントローラーを叩く音だけが響いていた。こういう時は誰かが割りを食うとは分かっていても、文句を言いたくなるものだ。
「自分、ハタチの誕生日なんか消防隊勤務でしたよ」
河原1士は若手にありがちな愚痴をこぼした。
「お前、俺が打つ時に話しかけるんじゃないよ・・・まァ自衛隊ってのはそういうトコだからさ。俺なんかアレよ?年越し警衛よ?」
「うわ〜、それキクなァ〜!しかし柳沢士長、なんかだんだん喋り方が三島士長っぽくなってきましたね」
三島士長と柳沢士長は同室であった。さらに「みんゴル」も三島士長の私物なのであった。
「そう?同じ部屋だしな。そういや三島士長ハリキッテたな」
「あ〜WACが来ますもんね〜!」 柳沢士長は時計を見た。点呼まであと10分だ。
「そろそろやめっか。でもな河原、三島士長って酒飲めねーンだぜ。」
「え〜!そうでしたっけ!?普段から酔っ払ってるみたいなのに!」
PS2の電源を切りながら河原1士は言った。柳沢士長は外被を着ている。
「しかしこんな人が居ない日くらい点呼なくてもいいのになァ」
「ホントですよね〜」 二人は部屋を出た。点呼場所は当直室前である。
こうして営内の夜は更けていくのであった・・・。

生活隊舎編、不定期につづく・・・・


151 名前:専守防衛さん投稿日:04/02/26 19:21

「かんぱ〜い」ワイワイガヤガヤ 宴会が始まって30分
赤城1士の周りには、大量の男が群がっている
「こうなることは予想してたが〜」中隊長が嘆いている
「中隊長、どうぞ」 「おぉありがとう。」三島だった
「三島は確か飲めなかったな?」「はい、ジュースで」



152 名前:まいにちWACわく!その37 投稿日:04/02/27 11:26

宴会(忘年会&赤城1士歓迎会)会場はそこそこの広さだった。テーブルは全部で10個、ひとつのテーブルに12〜3人がついている。
立食でバイキング形式、飲み放題で3300円は破格の値段だ。
約1時間半の予定の宴会は、中隊長の「羽目をはずし過ぎないように!」という言葉で始まった。もうすでにその言葉は無力化しているようだ…
くじ引きで席は決められ、赤城1士の左右に倉田曹長と田浦3曹を(くじを仕込んで)配置してある。が、あまり効果はないようだ…

とほほと頭を抱える中隊長のもとに、危険人物の三島士長がやってきた。

「ジュースだけだと間がもたんだろ?」「まぁ周りが騒いでるのを見るだけでも楽しいですよ」そういって赤城1士の方を見る。
「行かんのか?」「今は人が多すぎますからかえって邪魔っす」やはり行く気はあるようだ。
「…そうか、まぁ羽目をはずさんようにな」渋い顔で中隊長が言う。


153 名前:まいにちWACわく!その38 投稿日:04/02/27 11:39

「大丈夫とは思うんだが…」眉間に深いしわをつくり中隊長がうなる「あの子の両親のことを知っていれば、そう簡単に手は出さんだろ」
「それはなんとももないです言えませんね…」そう答えたのは先任だ「若い陸士には『将軍の娘』なんて気にならないのでは?もし手を出しても処分が下るわけでし…」
「…甘かったか?」「まぁ、しばらく様子を見ましょう。倉田と田浦もいますしね」

その赤城1士の周りでは…
「ビールはいける?」「普段何してるの?休みの日とか〜」「趣味は何〜?」「これおいしいよ!」まるでアイドルのようだ。
「もうちょっと散れオマエラ!」「未成年だから、あんまり飲まないようにね」倉田曹長と田浦3曹が孤軍奮闘している。
当の赤城1士は少し酔っているようだ「もう少し位ならいけますよ〜」笑顔で答える。

やっと一段落ついた「人気者だな、主賓は大変だね」倉田曹長が声をかける「はい!楽しいですね〜」本人は呑気なものだ。
フライドチキンをほお張る田浦3曹に、3小隊の井上3曹が声をかけてきた。


154 名前:まいにちWACわく!その39 投稿日:04/02/27 11:50

「ご苦労さんやな〜」肩を叩きながら井上3曹が言う。田浦3曹と井上3曹は新隊員、自訓、陸教すべて同期という「腐れ縁」の仲だ。
「まあな、班長だからな」「まじめやな〜」そう言いつつ田浦3曹の肩を揉む。
「よう、赤城クン!俺のこと知ってる?」「え〜っと…神野1曹でしたっけ?」「アニキはあっこにおるやん!俺は3小隊の井上や、よろしくね〜」大阪弁でまくし立てるように話す。
「何しにきたんだ?」怪訝な顔で田浦3曹が言う「つれないな〜同期の絆を深めにきたんやん」

「ちょっとトイレ行ってくるわ」倉田曹長が席をはずした。
「からむなって、酔ってんのか?」「ええやん、数少ない同期やろ〜?」田浦3曹は井上3曹にからまれている。
赤城1士が独りになった瞬間、誰かの目が獲物を狙うように光った…


155 名前:まいにちWACわく!その40 投稿日:04/02/27 12:00

「よう、赤城クン!」そう言って近づいてきたのは、やはり三島士長だった。
「どう、飲んでる?」「少しですよ〜三島し…さんは?」「ここでは階級でもいいよ、まわりは自衛官ばっかりだからね」
そういって身を寄せる「まぁまぁ、飲みなよ」「いただきます、三島士長は飲まないんですか?」「俺は飲めなくてね〜」
そういってさりげなく肩に手を回す「さぁさぁ、飲んで飲んで〜」まだ誰も気づいてないようだ「あっちょっと…」赤城1士は少し嫌がる素振りを見せる。
「まぁまぁいいからいいから…」そう言って手に力を入れた三島士長、だが次の瞬間…


156 名前:まいにちWACわく!その41 投稿日:04/02/27 12:14

コップを置いた赤城1士は一瞬にして三島士長の腕を取り、あっという間に腕を後ろにとって間接を決めてしまった
「も〜三島士長ったら冗談ばっかり〜!」赤城1士は笑ってる。三島も照れ笑いしてるので冗談のように見える。しかし…
(あれって決まってるんじゃないか?)そう気づいたのは佐々木3尉だ。全中隊隊員が見ているが、やはり武道経験者は(おや?)という顔をしている。
佐々木3尉も防大の拳法部出身である。あと空挺でCQBを学んだという噂の神野1曹、格闘徽章を持つ迫小隊野村2曹、その他何人かはやはり気づいているようだ。

「決まってますね」騒ぎに気づいた中隊長に佐々木3尉が耳打ちする「少し力を入れたら折れますよ、三島も笑いが引きつってきてます」確かに汗までかいている。
「…まぁいいだろう、いい薬だ」ニヤリと笑い中隊長が言う「そうですね、まぁしかしたいしたもんだ」先任も感心したように言う。

三島士長はやっと開放された「やられたな〜」顔は笑顔だが、そう言う目は笑っていない。
「へへ〜」と言いつつ笑う赤城1士、頭を照れたように掻く「ウーロン茶でも飲みます?」そう言ってビンを差し出す。


157 名前:まいにちWACわく!その42 投稿日:04/02/27 12:22

ウーロン茶を注いでもらいそうそうに三島士長は退却する「さすがやな〜」近くにいた井上3曹が感心したように言う。
「柔道やってたん?」「いえ、空手です。あと、合気道も少し…」「赤城は格闘技が趣味なんだ」田浦3曹が言う。

そうこうしてるうちに宴会終了の時間が近づいてきた「宴もたけなわではございますが…」閉めの音頭は運用訓練幹部、森永1尉だ。

「今年一年お疲れ様でした!かんぱ〜い」「かんぱ〜い」無事宴会は終わった。中隊長も内心ホッとしているようだ。

「二次会行きますか〜中隊長!」先任に声をかけられる「おぅ、じゃあ行こうか」



158 名前:専守防衛さん 投稿日:04/03/01 14:02

スナック道端 ここは、自衛官で持っている店である 「ママ、田浦さんから二次会の電話」そう言うのは若いルミである店員在籍数六名、みなほどよく若い 店が広く多い人数可


159 名前:専守防衛さん 投稿日:04/03/01 14:06

「赤城1士も行くかい?」と田浦3曹 「はい、行きます」と言うと先任が顔をのぞかせ「おいおい、大丈夫かぁ?」「大丈夫です、少しでも早く慣れたいですから」「そうか、無理しないようにな」


160 名前:専守防衛さん 投稿日:04/03/01 19:02

三島も道端にいる。飯島が調子よく「飲みましょう」と、張り切る
先任も嬉しくなり「いくぞ〜!」と猪木ばりの声を出す
当初は行く気は無かったが。「二人の勢いが。」と後に語った。一行は道端へ向かう 主に本部要因と、独身曹士
若者達の興味は、赤城だった

167 名前:専守防衛さん 投稿日:04/03/15 18:52

本日、三島は補給係支援な。田浦3曹が言う 「わかりました」と素直である


168 名前:専守防衛さん 投稿日:04/03/19 00:15

明日は中隊本部で駐屯地の枯れ葉集めします。と先任が言った。皆、びっくりした。


169 名前:専守防衛さん 投稿日:04/03/19 07:21

次の日、大雨が降っていた。しかし、自衛隊
作業します。赤城一士も驚きます。田浦3曹が微笑みながら、「雨だから、作業無いと思ったか?」「いえ、これが当然です!」と気合い込めて言うやっぱり、ワック教育楽な所あったんだな。そう思う赤城だった


170 名前:専守防衛さん 投稿日:04/03/19 09:52

たかが、枯れ葉集め、されど、枯れ葉集め。と言う事で皆、文句言わず、15時までやりました。赤城は寒さに震え、青い顔しています。女の子です。冷え性なのです。田浦3曹は心配した目で見ています



171 名前:まいにちWACわく!その43 投稿日:04/03/20 16:41

最後の落ち葉の山を資材運搬車に積み込み、とりあえず作業終了となった。雨も小降りになってきたが、作業が終わってからはれてもなぁ…と内心思う中隊本部の面々であった。
「ふ〜終わった終わった、みんなお疲れさん!」作業の長に当たった補給・東野1曹が言う、(赤城はどうかな?)田浦3曹はチラリと横を見る。
赤城1士は震えながら手に息を吐きかけている、雨衣はずぶ濡れだが新品なので染み込んではいないようだ。
「お疲れさん、疲れたか?」声をかける「少し…でも大丈夫デス!」少し苦笑いする
「落ち葉とか雑草って、雨を吸い込んで重くなるからな。明日あたり腕がパンパンになるぞ」「今日が金曜でよかったです、雨も上がりそうだし…」空を見上げて赤城1士が言う。
「週末は何するんだ?外出簿には実家って書いてあったけど?」とんぼを肩に担いで歩きながら田浦3曹が聞く
「今晩は前に言ってた飲み会です、日曜までいったん実家に帰って荷物とってきます」
「例の親父さんはいるの?」「いえ、母と祖父母と弟だけです」ゴミ袋を持って赤城1士は答える
「そっか、確か電車で1時間くらいだったな。気をつけてな」


172 名前:まいにちWACわく!その44 投稿日:04/03/20 16:55

「先任、終わりましたよ」事務所に戻ってきて東野1曹が報告する「おぅ、お疲れさん」先任が書類から顔を上げて答える
「次からはもっと作業員取ってやりましょうや、受け持ち業務も止まるからまずいんだよね」車両・水上1曹が渋い顔をする
「すまんな〜1科が急に言ってきたもんでな、各小隊も急に人が出なかったんだよ」申し訳なさそうに先任が答える

「先任、赤城はこの土日に実家に帰るようです」先任の机に向かい田浦3曹が報告する「そうか、まぁ構わんだろう」
「あと今晩はWACだけの飲み会だそうです」「そうか…」「ちょっと本管の中村3曹に、男関係の探りを入れてもらいますね」「そうだな、まぁ心配はしてないがな」
田浦3曹は脱いだ雨衣を廊下に掛け帽子をかぶる「じゃあちょっと通信小隊の倉庫に行ってきます」

通信倉庫は駐屯地の隅っこにある、無線機の手入れをしていた中村3曹を呼び出す
「…というわけで、探りを入れてもらっていいかな?」「わかりました、でも皆さん心配性じゃないですか?」少し呆れ顔の中村3曹が言う
「俺もそう思うんだけどね、中隊長よりもっと上が心配してるみたい」ぼんぼん顔の連隊長が思い浮かぶ「社会人なんだから大人扱いすればいいのに…」
「自衛隊って過保護なところがあるからね、問題を気にしすぎてるのかな?」「そうですねぇ…」
若い二人には昔の自衛隊がマスコミからどんな目にあってたかよく知らないようだ
「まぁ頼むわ」「わかりました」


173 名前:まいにちWACわく!その45 投稿日:04/03/20 17:26

ショットバー「アーティラリー」は駐屯地に程近い駅前にある。店名が示すように元自衛官が経営する店である
店長は某地対艦ミサイル連隊を任期満了退職、その後亡くなった父親の居酒屋をショットバーに改造した。お洒落な店内と自衛官割引が利くのとで、若い隊員には好評である

「かんぱーい!」店の奥のボックス席でカチャンとグラスが合わさり、WACだけの飲み会が始まった。
通信小隊からは中村頼子3曹、東間理沙士長、村瀬香織士長
衛生小隊からは橘ゆきえ2士、中森秋絵2士 そして主賓の赤城龍子1士である

「もう何日も顔をあわせてるのに宴会って、なんかヘンな気分よね〜」東間士長が言う
東間士長は無線班所属の22歳、173センチの長身はよく目立つ。連隊の誰かと付き合ってるらしいが、その現場を見たものはいない
「まぁバタバタしてたからね…」か細い声で村瀬士長が言う
村瀬士長は同じく22歳で信務班所属、身長153センチのずんぐり体型である。彼氏はいないらしい
二人とも中村3曹の同期である
「この時期って忙しいんですよね?」橘2士が聞く
今年入隊の橘2士は19歳、身長が149センチしかない「見込み入隊」である。普通科に配属され最初はビクビクしてたが、最近は慣れてきたようだ
「自衛隊が忙しいなんてろくなもんじゃないわね〜」ドンとジョッキを置いて中森2士が言う
中森2士は連隊独身WAC最年長の25歳、168センチのすらっとした体型であり、シャバでの職歴も多彩でホステスもやったという噂がある。師団衛生隊に彼氏がいるが破局寸前だそうだ


174 名前:まいにちWACわく!その46 投稿日:04/03/20 17:44

わいわいがやがやと飲み会は続く
「今日は落ち葉拾いだったんですよ〜これも忙しいっていうのかな?」赤城1士が言う
「ウチは廊下とかの清掃やったよ、年末休暇前に点検があるからかな?」橘2士はウーロン茶をすする
「毎年同じ事やってるからねぇ、こんなんで税金使っていいのかしらね」東間士長はサラダを独り占めしている
「それが自衛隊だもん、2曹教なんてもっとひどかったのよ〜」中村3曹はカクテルを一気に飲み干す
「服務の2曹教ですか…通信小隊は何で仙台に行くんですかね?」年下でも先輩だから、中森2士は敬語で聞く。飯の数は当然ながら優先されている
「あそこにしか普通科とかの通信の教育してないから…」か細い声で村瀬士長が言う
「で、赤城はどうすんの?」中森2士が聞く「何を?」「陸教よ、部隊通信出たら仙台なんでしょ?」「そうとも限らないわよ」横から中村3曹が言う
「一応は小銃か軽迫モス(特技)になるのよね?」「そうです、できればそのどっちかで行きたいですね」「男ばっかしなのに…怖くないの?」恐る恐るといった感じで橘2士が聞く
「ウチは家族も男ばっかりだもん、大丈夫!ユキは気にしすぎよ〜」赤城1士は明るく言って酎ハイを飲む


175 名前:まいにちWACわく!その47 投稿日:04/03/20 18:03

「で、その男はどうなの?」中村3曹が聞く「へっ?何がですか?」キョトンとした顔をする赤城1士
「ナンバーなんていったら独身の若い男ばっかりでしょう?いい男とかいないのかな〜てね」中村3曹が探りを入れる
「あたしも聞きたいな〜」「どうなの龍ちゃん!」「それは興味あるわね…」「あさり放題だもんね?」みんな興味津々のようだ

「う〜ん、まだ中隊に入ったばっかりだからねぇ。それに今は彼氏作る気無いしね。まずは仕事を覚えなきゃ!」
「まじめねぇ、ホントにいないの?ほら、ウチに入った曹学の子は?」東間士長の言うのは曹学同期、後藤1士の事のようだ
「あの情報の大きい人?」身長185センチの後藤1士は、橘2士には巨人に見えるらしい
「喜一ちゃんですか?アイツとはあわないです!」「何で?けっこうカッコいいじゃない、たくましいしね〜最近の若い人は細いのばっかりだから」中森2士はお気に入りのようだ
「彼とは格闘技の話をよくしたんですけど…」後藤1士は「プロ格闘家」を目指していたらしい「でもアイツったら『格闘技は体格で勝負が決まる』なんて言うんですよ!」
「それはでも事実の一つじゃない?」柔道家でもある中村3曹は冷静だ「結局あの古賀選手だって、無差別では優勝できなかったんだし…」
「格闘技の技術って、体格差を克服するために生まれたものだと思うんです!」熱く語り始める赤城1士、みんな苦笑いしてる
「まぁまぁ、男としてみたらカッコいいんだしいいんじゃない?」タバコをくわえて中森2士がなだめる

その様子を見て中村3曹は思った(彼氏は当分できそうにないわね〜)



176 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/03/22 21:13

番外編・特別勤務

「あっつー元気ィ〜?」 ここは消防車の中である。三島士長は消防隊勤務に上番していた。
「元気ですよ〜!三島士長は調子はどうですかァ?」電話の相手は上田敦子、青森の某部隊のWACである。三島士長と上田1士は音楽祭り支援で一緒だったのだ。
「おう、あっつーが居なくて寂しいよ〜」
三島士長は運転席と助手席の間に足を投げ出しながら答える。顔には淫靡な笑み、口には楊枝をくわえていた。
「まァた調子のイイ事言ってますねー!みんなに同じ事言ってんでしょ〜」
「いやいや、あっつーだけよ、ホント!そういやウチの中隊にWACちゃんが来たンだよ!」
消防隊の前を横切る隊員がチラっとこちらを見た。三島士長は気持ち座席にちゃんと座りながら答えた。消灯時間が近づいてきたので、外出から帰ってくる隊員が増えてきたのだ。
「あー危ないなァー、三島っち狙ってるンじゃないの〜?」 三島っちというのもフザケた響きである・・・
「いやーそれがちょっと精強過ぎてねー。自衛隊の香りが強すぎるンだよな〜。おれは目下、もう1回音楽祭り支援に行く事が目標であります!」
相変わらずのC調である。
「チアリーダーのひらひらミニスカートが忘れられないだけじゃないんですかァ〜?」
上田1士もC調だ・・・
「わははは!あっつーのミニがね!あ、今度写真送るからね〜」
三島士長の軽〜いおしゃべりは続く。こうして特別勤務の夜は更けていくのであった・・・

特別勤務編、不定期につづく。


179 名前:専守防衛さん 投稿日:04/03/31 07:18

「彼氏はいませんよ」と中村3曹は田浦にこっそり報告した
田浦から先任に、先任から中隊長に。少し、ほっ、とした中隊長は週間予定表を見る今日は月曜日
週末、木曜日には会計検査かぁ・・・


180 名前:専守防衛さん 投稿日:04/03/31 16:55

事務所でも会計検査準備に大忙しだ。とくに、給与係
先任や通信係に「この時だけ、赤城を下さいよ〜」なんて言って泣いたふりをしている。と、先任「赤城を支援にだしてもいいが、いいのか?相手は大幹部の娘だぞ、どうせ、誤魔化す為の書類作成、破棄要因だろ?」


181 名前:専守防衛さん 投稿日:04/03/31 17:01

「そうだった」と給与係は、赤城獲得をあきらめた。そして、「三島は?あいつなら前に一度・・・消防か。」とがっくりしている。その日の終令 「営内者、これから飯食い行け!」どなる、給与係がいた


182 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/04 13:30

会計検査は無事終わった。連隊本部で特に問題無しで通った為、中隊まで回らなかったのだ。これで少しは、一息付けるなぁ
中隊本部一同、口を揃えて行っている


183 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/04 16:29

平穏な日が続く 赤城も通信の仕事を少しずつ覚えているようだ。ある日中隊のミーティングをした。各小隊陸曹より、「演習時期も終わり次は戦技です。来週より毎朝、天候に左右されず、駆け足、10キロ行きましょう」と意見がでた



184 名前:まいにちWACわく!その48 投稿日:04/04/05 18:03

会計検査も終わり、あとは年末休暇とその前の「年末行事」を待つだけとなった。
やる気満々の小隊陸曹たちが「毎朝10km駆け足」を中隊ミーティングで提案してきた
「ここ数年、隊員のレベルが落ちてきてるように思うんですよ」迫小隊、近藤曹長が口を開く「やはり毎朝の駆け足くらいはしましょうや」
うんうんとうなずく小隊長たち、中隊長も乗り気のようだ。だが先任は少し渋い顔をしている
(過去何回も「朝の間稽古」を実施したが、数ヶ月でいつの間にか自然消滅してるんだがなぁ)勤務の都合・行事や演習・その他いろんな理由で、やっては消えやっては消えの間稽古だった

「そうだな、新年明けてからはじめるか!科目はまた検討しよう」中隊長の鶴の一声でミーティングは終わった


185 名前:まいにちWACわく!その49 投稿日:04/04/05 18:13

「ま〜た訓練計画作らないと…」と愚痴をこぼすのは訓練・中島1曹である「まぁまぁ、何とかなりますよ」フォローするのは田浦3曹である
先任は何か書類とにらめっこをしている「先任、どうかしました?」「いや、年末行事での支援人員差出の依頼なんだが…」依頼といっても連隊本部が出す文書だから、実際は「命令」と同じである
「え〜と、会場準備・撤収にP×3、来賓受付にS×2うち1名は上曹、接遇に…WAC×1?」目が点になる田浦3曹「赤城以外に誰がいるのかねぇ…」と先任はため息をつく

毎年この連隊では年末行事と称して体育館で軽い演芸&カラオケ大会なるものを企画している。ローカル芸人や隊員有志のかくし芸(?)カラオケでの高得点者には商品も出る
部外の協力者を招待することもあるので「接遇」というのはそれだろうと思われる

186 名前:まいにちWACわく!その50 投稿日:04/04/05 18:22

「一般命令を見る限り、接遇は広報班を除いて全部WACですね」田浦3曹が般命文書を見ながら言う「全部で3人ですね、いつも接遇はWACを使うようで…」
「配属されたばかりのあの子には、こういうところは見せたくなかったんだがなぁ」先任がしみじみ言う「こうやって若い隊員のやる気が減っていくんだよ」
「でも三島なんか嬉々として雑用してますよ?」「あいつみたいなのは例外だよ…まぁ各部隊に一人はいるんだけどな、雑用ユニット」

「まぁ愚痴ってても仕方ない、あの子には終礼時に言っておくよ」そう言って先任はお茶をすする

終礼時…「とまぁピンポイントで依頼が来た、事前教育が前日にあるから参加してくれ」そう言われた赤城1士の顔は少し曇ったようだった
「はい…どんな事をするんでしょうか?」困ったような顔(実際困ってるのだろう)をして聞いてくる「詳しくは中村3曹とかに聞いてくれ、私も行った事はないからね」「わかりました」


187 名前:まいにちWACわく!その51 投稿日:04/04/05 18:36

「う〜ん、接遇ねぇ…」WAC隊舎の一室で中村3曹は腕を組む「赤城1士も接遇なんだ…私もなのよ」と言ったのは通信小隊・村瀬士長である
「後はだれですか?」「橘じゃなかったかな?中森だとキャバクラみたいになるって言ってたような…」と言ったのは東間士長、衛生の2士二人は別室である
「接遇って言ってもお客さんとかOBの人とかにお茶とか出すだけよ、難しくはないわね」そう中村3曹は言う「ただ…」
「ただ?」「OBの人とかってちょっとヘンな人が多いのよ、特にお酒が入るとね…」そう言ってため息をつく
「ヘンな人って?」「なんかちょっとした事で急にキレたりとか、やたら威張ったりとか、すぐに昔話を始めるとか…」「うわぁ、タチ悪そう」顔をゆがめて吐き捨てるように東間士長が言う
「もともとOB会ってのは、自衛隊を退職してから一般社会でうまくやっていけない人が多いのよ。だから過去の栄光にすがりたがる…」「栄光なんてあったのかな?」
「無くてもここに来たら、昔の部下や後輩に威張れるからね。優越感に浸るには絶好の場所よね」「…最っ低」目がきつくなる赤城1士

「でも赤城、怒っちゃダメよ。一応お客様なんだからね」「我慢できるでしょうか…」


188 名前:まいにちWACわく!その52 投稿日:04/04/09 23:13

そんなこんなで年末行事当日、接遇要員の3名は1科広報室に集合した
「じゃ、今日はよろしく頼むよ」広報班長・杉山准尉が言う。取りあえずは行事が始まる前の控え室でのお茶だしがある
「何人くらい来るのかな?」お茶の用意をしながら橘2士が言う「15人って予定表には書いてあったわよ」お茶請けを準備しながら村瀬士長が答える
3人とも浮かない顔だが、一番顔に出てるのは赤城1士である。普段の明るい雰囲気とはまったくの別人のようだ

控え室に来賓たちが入ってきた。父兄会や「励ます会(どういうネーミングだ?)」の関係者数人と、残りはOB連中だ


189 名前:まいにちWACわく!その53 投稿日:04/04/09 23:27

だいたいの人たちがにこやかに談笑する中、ソファーにふんぞり返って座っている人間もいる。どうやらOBのようだ
「おいそこのWACよ、酒は無いんかい」爪楊枝を咥えた60代と思われるバーコード禿げ・太鼓腹のOBが村瀬士長を呼びつける
「すいませんこちらではお出ししてません…会場のほうで出ますので」丁寧に頭を下げて答える「…フン、女はこれだから…」ボソッと呟く太鼓腹
その様子を見ていた赤城1士の顔色も変わる。思わず一歩を踏み出そうとしたとき「お茶のお代わりいただけますか?」横から妙齢の婦人に声をかけられた

「あ、はい」気勢をそがれ素直にお代わりを持ってくる赤城1士。ご婦人は品のよさそうな70代、父兄会の関係者のようだ
「ありがとう、男ばかりの普通科では大変でしょう?」そう声をかけるご婦人「はい、でも希望ですから…」
「私の時代は婦人自衛官も少なかったのよ、今は女性自衛官と言わないといけなかったのかしら?」そう言って小首をかしげる「WACでいいと思いますよ」お茶を出しつつ赤城1士が答える

そうこうしてるうちに年末行事が始まった「では、会場へご案内します」杉山准尉が来賓を連れて行き、広報室に静けさが戻った


190 名前:まいにちWACわく!その54 投稿日:04/04/09 23:36

「まったく…頭にきますね!」そう怒ってるのは橘2士だ。背の低さと顔立ちから「怒ってる」より「すねている」感じだ
「こんなものよ、OBなんかまともに相手にしない方がいいわよ」冷静な村瀬士長だが、顔は明らかに不機嫌だ
「…」無言なのは赤城1士、怒っているようだがさっきのご婦人も気になるようだ

「や〜ご苦労さん。後は行事が終わってからだね、来賓の方たちがここで談笑されるからね。この後もよろしくたのむよ!」空気を読まないのは1科長だ
「取りあえず行事でも見てくるかい?」「私は何度も見てるからいいです、赤城たちはどうする?」村瀬士長が尋ねる
「じゃ、取りあえず行ってきます」「私も行ってきます」二人とも行くようだ「じゃあ行事が終わったらまた来てくれ」


191 名前:まいにちWACわく!その55 投稿日:04/04/09 23:51

体育館の台の上では、ちょうど隊員によるカラオケ大会の真っ最中だった。みんな酒が入ってるせいか、けっこう盛り上がってるようだ まぁもっとも、誰も歌なんか聞いてはいないようだが…

「あら?後藤くん歌うみたいよ」台上を指差し橘2士が言う。情報小隊の曹学・後藤1士が台上で長淵剛を熱唱している
「アイツね〜けっこう目立ちたがりなのよね、陸教でもさ…」赤城1士はやや呆れ顔だ

後藤1士の熱唱が終わり、カラオケ機の採点が始まった「さぁ何点でしょうか?…46点!ざんね〜ん」司会のおどけたような言い方にみんなドッと笑う
「あら〜駄目だったね」橘2士が残念そうに言う「ただ怒鳴ってるだけじゃない?歌じゃないわね」赤城1士は冷静&辛らつだ


192 名前:まいにちWACわく!その56 投稿日:04/04/10 00:06

なんだかんだで年末行事も終わり、赤城1士たちは広報室に帰ってきた
「来賓の皆さん酔ってるだろうから、あんまり真剣に相手しないようにね」村瀬士長が二人に言い含める
しばらくして、来賓たちが談笑しつつ帰ってきた。みんなけっこう上機嫌である
「あの時の演習では…」「三島由紀夫の決起演説の時なんて…」「安保の時はな〜…」どうやら思い出話に花が咲いているようだ

何人かは帰ったようだが、OBを中心にまだそこそこの人が広報室で話している
「この隊舎も昔はぼろぼろだったのになぁ…」「昔の訓練場が倉庫になっとった!悲しいのぅ…」杉山准尉は聞き役に回っている

「おいコラ、何ぼさっと立ってるんだ。さっさと酒注げや!」さっきの太鼓腹が空き缶をまとめていた3人のところにやってきて捲し立てた
「申し訳ありません、もうお酒は…」村瀬士長が答えたが「あ〜?言い訳か!女はこれだから…」またブツブツと言い始める


193 名前:まいにちWACわく!その57 投稿日:04/04/10 00:16

赤城1士がキレた「女だからなんだと言うんですか?」コブシを握り太鼓腹の前に立つ。かなり怒っているようようだ
太鼓腹は少し迫力に押されたようだが、すぐに文句を言い始める「なんだぁ?お前みたいな小娘がオレに反抗するのかぁ?てめぇ何様だ!『上官の命令』に服従せんのか!」
「あなたは上官ではないし、礼儀も知りません。まともに人間扱いしたくもないですね!」負けじと言い返す赤城1士
さすがに回りも騒ぎに気づき、広報室はシンとなった。村瀬士長も橘2士もオロオロしている。杉山准尉も席を立ったが、間に割って入れないようだ 「手前らみたいな女が偉そうに普通科に来るってに我慢ならん!ケツでも触らせとったらいいんじゃ!」そう言って右手で赤城1士の尻をなでるように触った
「!」さすがに我慢の限界、赤城1士の右正拳突きが放たれようとした


194 名前:まいにちWACわく!その58 投稿日:04/04/10 00:25

赤城1士の拳は、横から伸びてきた手によって止められた。太鼓腹は声を失っている
「…いいパンチじゃのぅ」横から手を伸ばしたのは、隊内クラブ「一番星」オーナーの権藤店長だった
「権藤店長…?」赤城1士はキョトンとした顔をしている、太鼓腹は目を見開き「ご、権藤1曹…」と驚きと恐怖の入り混じった顔をしている

「小倉!このボケ!行軍もろくに歩けんかったてめぇが偉そうに普通科を語るな!」権藤店長の拳が太鼓腹=小倉の頭を直撃する
「す、すみません…」「すまんですむか!この自衛隊の恥さらしが…このボケ!」さらに5,6発の拳が叩き込まれる
「もう引退されたかと…」「てめぇみたいなボケを放っておけるか!さっさと帰れ!」ケツに蹴りを入れて広報室からたたき出した


195 名前:まいにちWACわく!その59 投稿日:04/04/10 00:32

「すまんかったのぅ、あいつは昔から性根が腐っててなぁ」権藤店長はすまなそうに赤城1士に謝った
「いえ、そんな…」恐縮する赤城1士「危うく暴力事案を起こすところでしたから」

「や〜権藤1曹!元気ですか?」「権藤助教!お久しぶりです」何人かのOBが権藤店長に挨拶する「おぅ、元気だったか」そういう権藤店長もうれしそうだ
「あら権藤さん?お久しぶりです」先ほどの上品なご婦人が挨拶する「やぁ東雲1尉、まだまだお若いですな〜まだ看護婦を?」
あっという間に権藤店長の周りは人でいっぱいになった。それを見て赤城1士は思う (こういうOBの人もいるんだぁ…)



196 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/10 15:12

赤城は不思議に思った 自衛官って何をしたら、いいのだろう?
元看護婦の1尉 今だに人望ある店長 その店長の一活で立ち去ったセクハラ親父
接待で一日の仕事を終わった私 飲んで歌っての隊員・・・


197 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/10 15:19

早く、演習を経験したいなぁ この日ほどそう思った事はなかった。接偶も終わり、中隊に帰ると皆、少し紅い顔して、「お疲れさん」と声を掛けてくる 先任が「終礼後少し話しあるから」と言われた
多分、さっきの話だろう
終礼が終わった


198 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/10 15:26

先任と中隊長室に入り 「赤城、短気はイカンゾ」と初めから言われる
すいませんとなんども言い 中隊長室をでる 少し落ち込んだ赤城
と、そこで「よっ!どした?元気ですか〜?」と肩をポンと叩かれる
後ろを振り返ると三島だった

199 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/10 15:32

よく見ると私服来ている。「三島士長、どうしたんですか?」「消防隊今日の朝、下番してなぁ、代休なんだよ、それよりどした?なんか、元気ないんじゃないか?」赤城は笑いながら、そんな事と言うが、言うだけ惨めさが増してきて、涙を流していた 「赤城?」


200 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/10 15:40

「なんか悔しい事あったんだな?」「・・・」何も言えない赤城
「自衛官してると、そんな日の1回、2回はあるんだ、赤城チャン今日外出か?」「ハイ、一応・・・」「中隊の若いの、落ち込んだ時、心の清掃出来る場所あるんだ
俺は最近使ってないけど 申し送るよ。」


201 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/10 15:44

夜 赤城と三島の運転する車に乗っていた 三島と二人で外出は嫌だったので橘や中森にも声掛けたが二人とも残留だったのだ
しかし、心の洗濯場にも興味がある 赤城は覚悟を少しもち三島の車に乗ったのだ


202 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/10 16:02

到着。上星空 下夜景 「うわ〜」「どう?元気出そう?」「ハイとても!申し送り、確かに!」と興奮してる。三島は笑い「ごめん、実はここ、中隊で知ってるの俺と赤城だけ、俺、雑用多いだろ
今は平気だけど昔は、嫌でさ」落ち込んだ時、ここに来てたのだと教えてくれた


203 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/10 16:07

「自転車でも20分でこれるよ」と三島 赤城は満足している
「くしゆん」と赤城 やはり冬 寒いのだ 三島は「おぉ、大事な戦力に風邪引かせちゃ大変!」といい着ていたジャンバーを赤城に掛けてあげた・・・


204 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/11 16:19

帰りの車の中で・・・「三島士長は優しいんですね」「そう?」と三島
「はい、噂で、全国のワックのアイドルとか、今ならなんか解ります」三島は苦笑いしている
「今日はありがとうございました」グー 腹がなった


205 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/11 16:23

赤城は照れながら「落ち着いたらお腹へっちゃったみたいです〜」「よし、ご飯食べ行こう、パスタは好き?」「はい」「よし、旨い店あるんだ!いくぜぃ」と張り切る三島だった


206 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/11 16:31

パスタ屋 ミスト お洒落な店だった 楽しそうに、カップル達が食事している
赤城と三島もはたからみると二人もカップルに見えるだろう
窓際に座りパスタを食べてる二人を眺めていた人物がいる
田浦三曹である


207 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/11 16:35

月曜日 「三島〜」呼ぶのは田浦である 「はい、なんです、またまさか臨勤ですかぁ?」と皮肉ぽく言う
「違うよ、金曜日の話しでな、ここじゃなんだから、排煙室行くか」「あぁ、あの話かな?なら大丈夫ですよ」


208 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/11 16:39

「大丈夫?なのか?」と心配そうに聞く田浦
「はい、あの時は優しい先輩自衛官ですから、これからも多分、そんな感じですよ」田浦は少しとまどい「じゃあ付き合ってる事はないんだな?」「はい」田浦は安心顔になった


209 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/11 16:44

「そうか、わかった。それじゃ話変えるが、年明け、うちの師団の記念行事の支援で一名、うちにあたってる、三島頼むぞ」「え〜っ、やっぱりそんな話すか〜しかたないなぁ」と三島は、困った顔するふりをするが気持ち笑っている
師団の作業 さてどんなワックがくるやら〜



210 名前:まいにちWACわく!その59 投稿日:04/04/11 18:36

「…だそうです」「そうか…まぁ一安心だな」「やれやれ、中村3曹からの情報がなければどうなっていたか…」
週明け月曜日、中隊長室で額を合わせる中隊長、先任、田浦3曹の3人
「まぁ客観的に見たら、いい先輩になるんでしょうな」先任が言う
「ただ、その先輩が『あの』三島だってこと、そして相手が『あの』赤城だってのが問題なんだ」中隊長は渋い顔だ

あの日、課業外に中村3曹が「赤城が誰かに誘われたみたいなことを言っていた」と陸士から言われたと、田浦3曹に連絡してきたのだ
「まさか…」と思い三島の外出をチェックすると…まさに同じ日に外出していた。あとは駐屯地周辺の「自衛官ご用達」の店を片っ端からチェックしたのが田浦3曹であった

「しかしよく見つけたな」「はっ、この辺はあまり店が無いので何とかなりました」中隊長から評価され胸を張る田浦3曹
「なんなら2科に推薦してやるよ」とは先任の弁「勘弁してください…これ以上事務はちょっと」頭をかく田浦3曹であった


211 名前:まいにちWACわく!その60 投稿日:04/04/11 18:47

明日は連隊長の年末点検、各中隊も清掃に忙しい。もちろん中隊本部も例外ではなく…
「そろそろ床磨くぞー」「まってくれっ!まだ書類が…」「あ〜パソコンの電源が〜!」「スマン、引っ掛けた!」…とまあこんな調子である
「だいたい年末の忙しい時期に、事務所の点検まで入れるのが間違ってるんだ!」とブツブツ言うのは東野1曹、みんなも同じ意見だが、命令だからどうしようもない

赤城1士は通信倉庫の清掃中、岡野2曹と一緒に有線機材や通信機をキレイに見えるように並べ替えてる
「見栄えだけ整えておけばいいのさ、点検なんてそんなもんだよ」「いいんですか…?何かテキト〜なような…」赤城1士は少し戸惑っている
「陸教ではきっちりやったろ?でも実働部隊でイチイチみっちり清掃してたら、時間がいくらあってもたりないんだよ」そう言いつつ無線機の埃をハケで落としていく
少し困惑した顔の赤城1士(自衛隊ってこんなんでいいのかなぁ…)


212 名前:まいにちWACわく!その61 投稿日:04/04/11 18:55

「こんなんでいいのよ」キッパリと中村3曹は言い放った「やる事はやる、休むところは休む、それが自衛官の心得よ」
「でも見てくれだけってのは…」「見た目すらキッチリできない組織は、結局仕事もろくにできないのよ。それに規律を守るという意味では、清掃も重要な部分だからね」
WAC営内班には今日は中村3曹と赤城1士しかいない。明日の晩からの休暇に待ちきれずみんな外出したようだ
「で、明日はどうするの?」「営内班に人がいれば、通信庫で立戒してくれって言われました」
「じゃ、明日は通信庫ね。ここまで清掃しても点検は一瞬だからね…」「そうなんですか?」「ビックリするわよ〜」



213 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/11 19:04

予備自受け入れ中隊である 訓練の中島 田浦、そして先任は赤城の問題もひと段落ついたので、あらためてこの事について考えてみた
まずは、被服や宿泊の部屋(補給だろ) 次は訓練場所(訓練だな)移動手段で車両だろ
あとは・・・飯と武器だな



214 名前:まいにちWACわく!その62 投稿日:04/04/11 19:10

さて当日…連隊長の点検は午前中、昼からは連隊終礼をやってから休務になるらしい
「早く帰れるなぁ、いいね〜」岡野2曹は喜んでいる「家族サービスされるのですか?」赤城1士が尋ねる
「そうさ!いや〜娘がやっと立てるようになってねぇ…」事後30分、延々娘さんの話が始まってしまった…

ジリリリリ…倉庫の電話が鳴り響く「そろそろ連隊長来られま〜す」誰かの声にみんな反応し、それぞれの配置についた
「私はどうしたらいいですか?」「連隊長が前に着たら姿勢を正して氏階級を言う、それくらいかな?」

「きょうつけぇ!」倉庫の担当である4科補給幹部が号令をかける「通信機材庫!」場所の報告をする
連隊長を先頭に各幕僚がぞろぞろついてきている、そして各部屋をのぞいて回る
赤城1士のいる倉庫に入り、腕を後ろに組みながら「う〜ん」とか言いつつ部屋を見回る。そして赤城1士の前に来た
「はい、赤城1士!」姿勢をただし大声で叫ぶ「…」2,3回うなずいただけで踵を返し倉庫から出て行った
時間にしてわずか10秒しかなかった

「おわり〜」ドカっといすに座り、岡野2曹はネクタイを緩めた「これだけですか?」赤城1士は当惑している
「こんなものさ、連中も暇人じゃないしな」「昨日1日の清掃はいったい…」
「まだマシさ〜陸幕長の時なんか1週間清掃し続けたんだから」平然と言い放つ「…」何か言いたそうな赤城1士だった



215 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/11 23:43

年が明けて、訓練始めは、寒い中上半身裸で、隊内6キロ走がいつもの習わしだが、今年はワックがいるのでみんな迷彩シャツを着ている
しかし、やはり寒い 本部要因からはブーイングもでるそんな日の午後
中隊長以下主要な職務はMMをした


216 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/11 23:49

内容は予備自訓練隊受け入れについて 日程については一月から三月
月2回 一週間の予定で計六回 「落ち着く間がないなぁ」先任は胃が痛くなる
「じゃ、各係、要因はたのんだぞ!」中隊長の激の元、皆やる気はあるようだがやはりいい顔はしていない


217 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 10:05

明けましておめでとう! と寒風吹く中、中隊長の挨拶で始まった新年
訓練初めは六キロ走 上半身は迷彩Tシャツ
下迷彩ズボン 半長靴 雪は無いとはいえ寒い
さすがは1月 そんな中 補給 東野 支援、三島の二名お汁粉を調理していた


218 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 10:18

威勢良く歩調を数得る声が聞こえる そんな中お汁粉組二名は
東野「三島〜なんでお前走ってないんだ?」三島「俺すか?明日から師団の記念日支援なんで、除いてもらったんです、風邪引いたら大変ですからね」 「田浦との取引か?」「いやだなぁ、取引だなんて。話合いですよ」


219 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 10:25

そんな中、駆け足を終え皆戻って来た 皆、寒そうな顔をしていた
特に目立ったのは赤城だった 体力こそ、へたな男に負けないものの、さすがは女の子
冷え性気味なのか 少し青い顔をしている


220 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 10:50

暖かいとこ食べてなぁ!東野の声で着替えを終えた隊員達はみな、お汁粉に飛びつく
「暖まる〜」と言う声がそこらから飛んでいる
さて、次は予備自受け入れだな 中隊長が先任に一言伝えた


221 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 12:43

次の日 三島は田浦が運転する小型車に乗り師団司令部へと旅立った
赤城が寂しそうな顔をしたのは気のせいだろうか?)なんて事を感じながら運転している
等の三島は、相当変な期待しているようだ


222 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 12:51

「田浦3曹、師団の記念日って事は当然師団勤務の子達はもちろん・・・」「おい!行く前から何余計な心配してんだ!仕事だからな!判ったな!」「判ってますって〜ただ、気になるんだよなぁ〜師団長以下のメガネにカナッタ僕の恋人達よ〜」駄目だこりゃ
田浦はこう思った



223 名前:まいにちWACわく!その63 投稿日:04/04/17 15:15

(やれやれ、まったく三島は…)ハンドルを握りつつあきれる田浦3曹であった
(今さらながら思うよ。赤城がこいつの毒牙にかからなくてよかったなぁ)「何考えてるんや?」後ろから声をかけたのはさっきまで寝てた井上3曹である
「いや、何にも…」「同期やないか〜隠し事はわかるで!」この勘の鋭さがスナイパーの所以か
それでも「何もない!運転させろって…」と田浦3曹は答えた、昨日の課業外のことを思い浮かべながら…


224 名前:まいにちWACわく!その64 投稿日:04/04/17 15:16

「赤城〜ちょっといいか?」終礼が終わり国旗が降りた後、田浦3曹は赤城1士を呼び出した
「はい?何かありました?」「来週から部隊通信だったな、コレ貸してあげるよ」そういって差し出したモノは、普通科通信のバイブル「普通科通信必携」だった
富士でしか売ってない「資料」だが、訓練はなぜかこういうモノを隠し持っている
「部通なら絶対に役に立つから持って行きな」パラパラとページをめくる赤城1士「…わ〜これはいいですね、ありがとうございます!」そう言ってピョコンと頭を下げる
「よかった、少し元気になったか?」少し笑って田浦3曹が尋ねる「年末は元気なかったからなぁ」
「そんな事は…あったかも」照れたように答える「自衛官って何なのかな〜ってちょっと思っちゃったんですよ」


225 名前:まいにちWACわく!その65 投稿日:04/04/17 15:18

二人は隊舎の外にある自販機コーナーの前まで移動してきた「はいコーヒー、実家に帰った時、お父さんとかはいなかったの?将官の人なら答えが出ると思うけど…」
「父は付きあいがあるとかで…地方総監ってけっこう名士らしいんです」コーヒーを口に運びながら赤城1士は答える「そのかわり兄たちは珍しく勢揃いしましたけどね」

「新年明けましておめでとうございます」ここは赤城家のお座敷、12畳くらいある部屋も祖父母・母・兄3人・弟1人が入ると狭く感じる
「いや〜久しぶりに全員そろったのぅ、なぁ婆さんや」上座に座る祖父・龍太郎はさっそく日本酒を飲んでいる
「おじいさん、龍彦がいませんよ」祖母・えつ子はおせちを口に運ぶ
「龍彦さんは忙しいみたいで…ま、『亭主元気で留守がいい』とか言いますけどね〜」母・純代はご飯をよそう
「正月早々仕事とは…偉くなんてなるもんじゃねぇなぁ」刺身をほおばるのは長男・赤城純一2等海尉である
「潜水艦乗りは正月に仕事無いの?そんなわきゃ無いわな〜俺たちだってアラート待機してるんだから」次男・赤城翔次郎3等空尉はお代わりのご飯を受け取る。F15パイロットらしく筋骨隆々だ
「ま、お互い忙しいという事で…エビフライいただき!」箸を伸ばすのは防大4年生の3男・赤城三吉である
「あ〜取ってたのに…」影の薄い4男・健四朗は高校1年生、兄たちと比べておとなしい文才肌である
正月早々大騒ぎの赤城家の面々だが、なぜか龍子は食が進んでいなかった


226 名前:まいにちWACわく!その66 投稿日:04/04/17 15:18

「どうしたの龍子?食が進んでないわよ」母が声をかける「食わんのか?なら頂こう」純一が皿の上の肉二手を出す
「…ねぇ兄ちゃん、仕事に疑問を持った事って無い?」肉を取る手を見ながら龍子は尋ねた
「疑問?」母と3人の兄が同時に尋ねた「疑問って?何かあったの?」母が尋ねる「オレはまだ学生のみだからわかんね〜な」三吉はエビフライをかじりながら言う
「ちょっと部隊でいろいろあってね…自衛隊の仕事って何なのかな〜?って思ったのよ」

「そりゃ『この国の平和と安全を守るため』だろう?潜水艦に乗ってたらこの国の平和なんて薄っぺらいモノだってのがよく分かるぞ」「例えば?」「それは言えん…」サブマリナーは口が堅い
「空だって同じだよ。ソ連は無くなったけど、やばい国はいくらでもあるからな」翔次郎はおせちに手を出している
「う〜ん、そういう事じゃなくって…普段の掃除とか点検とか、行事の支援とかって意味があるのかな?ってね」上手く言えないがなんとか説明する
「そりゃ〜あるんだろうな。俺たちには縁がないけどな」「そうそう、だから防大に入ればよかったんだよ」「…幹部ってそういうモノなの?」

「昔は士官と下士官と兵士なんざしっかりわけられていたからのぅ」横から祖父が口を挟む「ワシなんか『海軍少佐』ってだけでモテモテじゃったわい!」ひゃっひゃと笑う祖父・龍太郎
「そういえば外地ではよく遊んだそうですわね〜」そうつぶやくのは横にいた祖母・えつ子である。声は穏やかだが、目が笑っていない

「まだ配属一ヶ月でしょう?これからいろんなモノを見て考えたらいいんじゃない?」母・純代の一言が一番参考になるようだった…


227 名前:まいにちWACわく!その67 投稿日:04/04/17 15:19

「…と言う訳で、あまり参考にはならなかったです」空になったコーヒー缶を捨てて赤城1士はふぅっと息を出す「幹部と曹士ではやっぱり違うんでしょうか?」
「そりゃそうだろうね。特に海空は専門職の人が多いし…海自なんて風呂まで幹部と曹士でわけられてるからね。ウチにもあるけどあんまり使ってないからなぁ」田浦3曹は夕焼けを見ながら答える
「まぁお母さんの言う事が一番合ってると思うよ。オレだって2士の頃は同じ事を考えたからね」「いずれわかる日が来ますか?」「それは保証できないけど、自分なりに納得して仕事ができるようになればいいんじゃないかな?」

「とりあえず来週からの部通で頑張ってみなよ」「ハイ!頑張ってみます」少し元気に答える


228 名前:まいにちWACわく!その68 投稿日:04/04/17 15:28

「…絶対なんかヤラシイ事考えてるやろ?」まだ追求を続ける井上3曹「そりゃ井上もだろう?師団司令部の周りは都会だから風俗多いもんな〜」
「うらやましいんか?」「別に〜ほら、着いたぞ」師団司令部のある駐屯地の営門をくぐる「何度きても思うけどさすがにデカいなぁ」感心するのは三島士長だ
「よし、外来はここだな。じゃあ売られた羊さんたち、頑張ってくれよ!」激励(?)の言葉をかけ田浦3曹はもと来た道を帰っていった…

「帰りました〜先任!」田浦3曹が帰ってきたのはちょうど6時過ぎだった「おぅ、お疲れさん!」残っていたのは先任だけだった
「ちょうど今から中隊長と飲みにいくんだが、田浦もどうだ?」「いや〜帰ってきたばっかりなんでご勘弁を…」
「そっか、まぁお疲れさん!」そういって先任は帰っていった


229 名前:まいにちWACわく!その69 投稿日:04/04/17 15:35

邸内クラブ「一番星」は新年早々から営業している。さすがに客はまばらだが、店長には余り気にならないようだ

「新年明けましておめでとうございます」そう言いつつ先任は中隊長のコップにビールを注ぐ
「いやいや、今年もよろしく頼むな。4/四は忙しいからなぁ…」どうしても暗い話になってしまう

ちょうどそこへ権藤店長がやってきた「おや中隊長、先任もいるのかい。あけましておめでとう!」そういって焼酎片手にテーブルまでやってくる
「あけましておめでとう店長」中隊長が挨拶する
「や〜店長、年末行事ではうちの若い子が世話になったね。お礼を言わんといかんな〜と思ってたんだよ」そういって先任も挨拶する
「ん、まぁな…」いつもと違う店長の雰囲気に二人は「?」と顔を見合わせた


230 名前:まいにちWACわく!その70 投稿日:04/04/17 15:35

焼酎をあおり店長が口を開く「なぁ、普通科のWACってのは客寄せなのかい?あの子は宴会の時に見た限りでは、かなりやる気満々だったんだがなぁ」
そういってコップを置く「部隊での女の子の扱いが難しいのは知ってるが、あんな仕事をさせるために雇ってるわけではないだろう?」いつになく真剣なまなざしに中隊長も先任も圧倒される
「ちょうどWAC一期生の人が来ておってが呆れとったぞ『自衛隊は退化してますのね』ってなぁ…」年末行事に来ていた東雲(元)1尉の事だ
先任が口を開く「しかし1科からの命令だったから…それに雑用も大事なのは店長も知ってるでしょう?」「確かに、だが若いモンのやる気を削るってのはいかんじゃろう」「それはわかりますが…」
聞いていた中隊長が口を開く「私は陸士の時、演習場の宿営地の便所に落ちた車の鍵を拾わされた事がありますよ。あの時は辞めてやろうと真剣に思いましたが…」そう言ってビールを一口飲む
「雑用も訓練も事務処理も、すべてこなしてこそ汎用性のある普通科ですからね。あの子もわかってくれるでしょう」
「訓練させるのか?あの子に何をやらすんだい?」「迫…で使えればいいのですが」少し考える権藤店長「大丈夫じゃろう、体力はあるんじゃろう?最近の迫撃砲は軽いからのぅ〜ワシが満州にいた頃は…」
いつもの与太話が始まり、中隊長も相手をするのに苦労している

それを横目で見ながら先任は一抹の不安を抱えていた…


231 名前:まいにちWACわく!その71 投稿日:04/04/17 15:36

次の週、赤城1士の部隊通信教育が始まった。中隊からはもう一人、対戦車小隊の山崎士長が参加している
「今回は体力面に関して、赤城より山崎の方が心配だなぁ」運幹・森永1尉が心配するように、山崎士長は少々肥え気味体型なのである

「だからあの二人がくっつく事はあり得ないと思いますよ」田浦3曹はこう断言した。ここは中隊長室、いつもの3者会談である
「そうか、ところで田浦」中隊長が口を開く「通信に知り合いはいるか?今回部通に絡んでる人間でだが…」
「履修前同期の金田3曹がいます。すでに話はしていますので…」「さすが早いな。部通での状況によって4月からの配属を考える予定なのでな」中隊長が感心したように言う
「やはり迫、ですか?」田浦3曹が尋ねる「そのつもりだが何か?」
田浦3曹は横目で先任を見る(例の近藤曹長の件、言ってないんですか?)
先任も目で答える(まだなんだ…)

「田中士長、入ります」ノックの音とともに給養付・田中士長が入ってきた「中隊長、お客さんです」
「お〜そうか、じゃ解散だな」そういって3者会談は終わってしまった…


232 名前:まいにちWACわく!その72 投稿日:04/04/17 15:37

寒い中、赤城1士の部隊通信教育は進んでいった
「まぁ学生には1士から3曹までいるわけだが…」厚生センターの喫茶店で額を合わせるのは田浦3曹と通信小隊(部通助教)・金田3曹だ
「その中でも彼女は結構やってる方だと思うがな。中村の再来みたいだな」
眼鏡をかけた金田3曹は顔だけ見れば大学生のようである。が、首から下はまるでラグビー選手のようである。本人曰く「有線は首から下が命!」だそうだ
「無線機の取扱や学科に関してはトップに近いな、有線も中の上ってとこだ。むしろあの山崎ってのが問題かもなぁ…」紅茶をすすりつぶやく「そんなにか」田浦3曹が尋ねる
「ナンバーは通信をなめてるのか?体力勝負だと何度も言ってきたのに…あれじゃあ159ドラム1缶もたんぞ」
もっとも有線の隊員を泣かせる器材の一つ「JRL-159/u」は重さ30kgを超える有線ドラムであり、徒歩で有線の回線を構成する場合はこれを二人で持ちかなりの距離を走らなければいけない

「だいたい通信が楽な仕事と思ってるヤツが幹部には多すぎる…」「わかった、わかったから押さえて押さえて…赤城は159ドラム持てるのか?」
「あの子はいけるよ、ただやっぱり1缶が限界だな。男と女は基礎体力が違うからな」「ま、そこは仕方ないさ。ありがとよ〜ここは奢るよ」
そういって田浦3曹は領収書を持って席を立った


233 名前:まいにちWACわく!その73 投稿日:04/04/17 15:38

「あ〜もう、指がヒリヒリする…」夜のWAC隊舎に赤城1士の叫びがこだまする。部隊通信の課題の一つ「結線」をしている
「課題作り?大変ね〜でも慣れたら指の皮が厚くなって作りやすくなるわよ」横から指南するのは中村3曹である
「中村3曹は何で今回助教に来なかったんですか?」指を動かしながら赤城1士は尋ねる「来てくれたら楽しかったのに…」
「順番だから仕方ないわよ、それに助教も大変なのよ〜そこ、銅線が切れてるわよ」さすがにめざとい中村3曹である
「…この携帯電話全盛期に有線ってのも不思議ですよね」少し手を休め赤城1士はペットボトルのお茶を飲む「ず〜っと昔から変わらない技術なんですよね?」
「そうねぇ…部隊通信の教育を受け始めた人はみんな言うわね。でも電子戦の話とか聞いたでしょう?無線では完全にカバーしきれない部分があるのよ」

それからずっと結線を作り続けて、やっと今日の分が終わったようだ「ふ〜疲れましたぁ…目がチカチカします」
「お疲れ様、まぁとにかく今は教育を受ける事ね」「わかってます、毎日結構楽しいですよ〜他中隊の人とも仲良くなれますしね」
部通学生は全部で12人いる。各中隊から派遣されてくるので、知り合いを作るいい機会でもある
「誰か気になる人はいるの〜?」横から東間士長が口を挟む「ん〜いません、今は教育が大事デス!」キッパリと否定する赤城1士であった


234 名前:まいにちWACわく!その74 投稿日:04/04/17 15:39

「…」先任の机の前で仁王立ちしているのは迫小隊の小隊陸曹・近藤曹長である「なぜウチなんだ?承伏できませんな!」
事務所にはいや〜な空気が漂っている…

田浦3曹の報告を受け中隊長が「4月から赤城を迫に入れる予定である」と迫小隊の小隊長・井坂2尉に告げてから10分後である

「いや、あのね近藤曹長…これは命令だから…」後にいるのは井坂2尉だが、蚊の泣くような声である「理不尽な命令には不服を申し立てる権利と義務があります」近藤曹長は全く意に介さない
「何が不満なんだ近藤?あの子は曹学だからしっかりとモスもあるんだがな。むしろ即戦力じゃないか?」先任がたしなめる
「即戦力になると?たかが1士じゃないですか、しかも女に何ができますか!」近藤曹長の四角い顔が赤く染まる
何事かと事務所をのぞき込んでいたのは3小隊の小隊陸曹・神野1曹である「まぁまぁ近藤曹長、使ってみないとわかりませんよ」後からたしなめるように言う
「…そりゃ何だ、迫なら女を使ってもいけるだろうって言いたいのか?あ?」
端整な顔立ち&182cmの高い身長&胸に光る空挺レンジャーの徽章は無用な敵を作る事もある。今回はまさにそれだった
「いや、そんな事は言ってませんが…あの子なら体力も」
「空挺レンジャー様のお墨付きか!てめえらからしたら迫は楽な仕事だろうよ!」さすがにこの発言には神野1曹もカチンときた
「空挺とかは関係ないでしょう!迫が楽な仕事とも言ってません!」そう反論する神野1曹、少しテンションがあがってきてるようだ
「いってるじゃねぇか!てめぇ何様だ?たかがバッタが迫を語るんじゃねぇ!」
「バッタだと…花火屋のあんたらこそ何様だ!」こうなると売り言葉に買い言葉だ。周りも止めにはいる事ができない
ついに近藤曹長の手が動いた「てめぇ…」そう言いつつ右手で神野1曹の襟首をつかむ
神野1曹も左足を引き拳を握る。横にいた田浦3曹が止めに入ろうとしたそのとき

「やめんか貴様らぁ!!!」ドアの方から中隊長の一喝する声が飛び込んできた


235 名前:まいにちWACわく!その75 投稿日:04/04/17 15:40

事務所にツカツカと入ってきた中隊長はにらみ合いを続ける二人の間に割って入った
「小隊陸曹が衆人環視の元でハッスルしてどうする!考えろ!」と一喝した。二人はにらみ合いを続けつつ、渋々といった感じで離れていった
「井坂、ちょっと中隊長室に来い。田浦、佐々木を呼んできてくれ」そう言って中隊長はきびすを返した。事務所を出る寸前で振り返り、近藤曹長と神野1曹に向かって言った
「今度、こういう騒ぎを超してみろ。一生礼文島で飯炊きやらせるからな…!」

中隊長室に入り井坂2尉がドアを閉める「あの、中隊長…」何かを言いかけるのを手で制し椅子に座る「ま、仕方ないさ。気を落とすな」そう慰めの言葉をかける
「下手したら1年単位で変わる小隊長より、長年部下を見続けて監督してきた小隊陸曹の方が権力を持ってしまうのは仕方がない話でな。ただどこかでけじめはつけんといかんぞ」
「…わかりました…」少し自信なさげに答える。そのときドアをノックする音が聞こえた
「佐々木3尉、入ります」そう言って入ってきたのは第3小隊長・佐々木3尉だ。若干25才にもかかわらず、なぜかいつも自信満々の顔をしている
「ウチの神野1曹が揉めたようで…申し訳ないです」全然申し訳なさそうに井坂2尉に言う「まぁ井坂も佐々木もちょっと座ってくれ」中隊長に促され、二人は応接用のソファーに座った


236 名前:まいにちWACわく!その76 投稿日:04/04/17 15:41

現場にいなかった佐々木3尉に概略の話を説明する「う〜ん、そこまで反対するとは…近藤曹長は何かWACに恨みでもあるんですかね?」佐々木3尉はポツリと疑問を口にする
「小隊陸曹があそこまで言い切ったら、迫で使うのはしんどくなるだろうな」とは中隊長の弁「…確かに、後々の事を考えますと…」井坂2尉も同意した

「と言うわけで佐々木、おまえの所で彼女を使ってみないか?」一瞬の沈黙「…えっ?」

「彼女の能力は男子隊員と比べても比較的高いレベルにあると言える、モスもあるし本人も戦闘職を希望している。何より神野が彼女を高く買っているんだ。どうだ?」
「しかしウチはゲリラ的な動きをする事も多いのですよ。大丈夫ですかね?雑魚寝どころの話では無くなりますが…」
「その点は彼女も覚悟の上だろう、本人も断りはしないと思うぞ」
「ウチは若い連中が多いから、下手な事をするかもしれませんよ?」
「まぁ確かに3小隊は血気盛んな若者が多いのも事実だ、だがおまえと神野で押さえたらその点は問題無かろう?」
「そうですね…神野1曹がしっかり押さえてるので訓練中や演習中にバカさせる事はありませんが…」
「どうだ?悪い話ではあるまい?」
佐々木3尉はその明晰な頭脳でいろいろと考えていた
(ここで彼女の一族に名前を売っておけば、けっこう出世の足しになるかも…あきらめていた「将」に手が届くかも)
(いや、もしヘマしたら?一生をふいにするんでは?)
(でもダメもとってのもあるしな…それにもしかしたら陸上自衛隊で初の試みになるかも…)
(それに命令だしな、いざとなったら突き返せばいいし。それにあの子の能力にも興味あるしな…)

「わかりました、ただしもし使えないようなら中隊本部にお返しする事になります。それでもよろしいですか?」
「もちろんだ、じゃあ頼むぞ!」


237 名前:まいにちWACわく!その77 投稿日:04/04/17 15:42

「…といわけで、3小隊配属を検討しているのだがどうだ?」その日の課業外、中隊長室で中隊長と赤城1士が面接をしている
「ハイ、もちろん喜んで!」赤城1士は一も二もなく同意した
「ただし、使えないとわかれば中隊本部に戻る事になる、いいね?」「ハイ、頑張ります!」「よし、じゃあ後で佐々木の所に顔を出すように」そう言って面接は終わった

そのころ、中隊本部…「えぇっ!マジですか…」「思い切った事するな〜」「まぁ近藤があれではなぁ」「自衛隊始まって以来じゃないか?」
みんな口々に「赤城1士3小隊配属」の事を口にしている「大丈夫なんですかね?」先任に尋ねるのは田浦3曹だ
「まぁ幹部の話し合いで決まった事だからな」そういう先任も首をひねっている「よりによって3小隊か…」

「…と言うわけで、部通が終わったらオレのとこに配属になるからね」「ハイ!よろしくお願いします!」佐々木3尉と赤城1士の面接は、普段は使われない調理室でやっている
傍らには神野1曹もいる「期待してるぞ」そう言ってほほえむ神野1曹
「ウチは知っての通り『遊撃』もしくは『ゲリラ』的な使い方をされる事が多い。だから体力錬成は継続してやるようにね」佐々木3尉が注意事項を言う
「地図は読めるか?女性は苦手だと思うがこれも必須だ。あとはロープワークだな、これから大変だぞ」神野1曹も後を継いで言う
「ハイわかりました!」「よし、まぁ今は部通を出る事を考えるようにね」そう言って面接は終わった

「…こうは言ったが大丈夫だろうか?」佐々木3尉が神野1曹に尋ねる「こればかりはやってみないとわかりませんな」現場の人らしく神野1曹は冷静に答える
「ま、オレは大丈夫と思いますよ。来年度はCTもありませんしね」「ボチボチ鍛えられるという事か…」



238 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 16:26

そんな中三島は一人、奮闘中だった。支援四日目
多部隊から支援来ている中には新隊員前期の同期もいる。今夜は隊員クラブで支援組若手で飲み会である
ワックも数名いる 三島はコーラを飲みながら、酒を飲む同期やワックに負けないくらい盛り上がっている


239 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 16:36

綺麗顔のWACが一人いる 青木3曹(曹学でなったばかり)、司令部勤務
通信職種。三島の一番のお気に入りである 三島「青木サンは綺麗ですね〜、俺、普通科だから女性自衛官って知り合う機会が無くて、青木サンと知り合えて嬉しいな」絶好調である


240 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 16:41

青木「青木でいいですよ〜まだ三島サンより自衛官歴短いですし、年下ですし、今回の作業でも色々助けて貰ってますから。あと、綺麗ってありがとうございます・・・」三島「いゃあ、女性には優しく接しなさい、男の常識でしょ」


241 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 16:49

隣にいるWAC白山3曹(29才、体格にも貫禄あり)「じゃあ三島くん私にも優しくしてくれる?今日は酔いすぎたのよ、オンブして隊舎まで連れてって」三島「え!俺も酔ってますから〜」白山「コーラで?」三島「あっ!しまった?」こんな調子で盛り上がっている


242 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 16:55

青木3曹・・・ 本名青木治美 現在21才
彼氏いない歴 そろそろ一年 性格 奥手で人見知りするタイプ
こんな青木が初めて彼氏を作ったのが通信学校の陸候後期教育だった
彼氏は北海道の部隊である 教育が終わるとともに彼は青木からさって行った


243 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 16:58

3曹になったと同時に通信大隊より司令部勤務となった
半ば彼に捨てられたと言う感もあり、男ぎらいになりかけていた時の司令部勤務はよかった
まわりはおじさんばかりで変に言いよう人も無い
気持ちは寂しくなってはいたが・・・


244 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 17:04

そんな中、三島と知り合った 自衛隊以外の話題も豊富で楽しませてくれる
そして以外に仕事も出来る そして優しい 三島も気にいっているようだ?
飲みが終わりWAC隊へ帰る途中 白山が「青木〜、三島君を結構意識してるんじゃない〜?」と聞いてきた


245 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 17:11

青木は顔が赤くなるのに気づいた と言っても暗いし酒も入ってるのでバレはしないだろう。しかし白山は変化を見逃さなかった「図星見たいだね携帯の番号は聞いた?」「いえ、まだです」
白山はニコッと笑って「ハイこれ、隊舎行ったらかけてあげな」


246 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/17 17:57

青木はすかさず三島に電話をした 今までの色々の話をした。青木には三島が頼もしい年上の男に見えた。「明日一緒にご飯でも、えと、外出出来るんですよね?」
三島「出来るよ、それじゃ、明日は青木さん、三島さんで」次の日二人きり外出をした・・・


247 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/04/21 19:33

番外編・外出
「やっぱオレは<人狼>が一番好きだね!」
ここは娑婆のとあるスターバックス。三島はコーヒーを飲みながら言った。
「あ、三島サンもですか!?私もあれ好きなんですよォ」
青木はアニメが好きな女の子であった。偶然にも三島の趣味と一致している。映画の話から発展したのであった。二人とも暗い話がお好みの様だ。
「あのラストシーンは良かったなァ・・・」
しみじみと三島は言いながらチーズケーキをつついた。
「三島士長ってなんか可愛いですね。お酒は飲めないし煙草は吸わないし。パチンコとかもやらないンですもんね〜あ、あと甘いモノも好きだし!なんか普通科っぽくないですよね。女の子みたい!」
人見知りする青木としては珍しく饒舌である。
「女の子かァ〜!そう言われると複雑だな〜。まァ普通科っぽくないってのはよく言われるケドね」
三島も久々にマニアックな話が出来て嬉しそうだ。
「でもこのスタバのチーズケーキとスターバックス・ラテの組み合わせはオレの中では最強なンだよね!」
カロリーは高いがいい雰囲気である。パっと見はとても自衛官のカップルには見えなかった。青木が言う
「前に付き合ってたカレとは映画の話なんて出来なかったから、なんか凄く嬉しいです。周りにも話が合う人があんまりいなくて・・・なんだか似たもの同士って感じがします!」
三島は少し真面目な表情で言った 「鏡は悟りの具にあらず。迷いの具なり・・だぜ?」
「あ〜!<イノセンス>ですね〜!!」
なかなかイイ感じである。こうして二人の初めての外出はマ二アックな会話が続くのであった・・・。

外出編・不定期につづく・・・


248 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/21 20:56

「では、行ってくるよ」中隊長は岡野2曹は師団記念日参加の為、記念日前日に司令部に向け出発した。帰りは三島を連れて帰る。「あいつは問題なくやってるかな?」と中隊長
岡野は「大丈夫じゃないですか?」と気楽そうである


249 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/21 21:13

「終わった〜!」田浦は予備自訓練の書類をすべて終わらせた。時計を見ると午後九時
明後日から予備自の召集訓練受け持ち中隊 中隊として初めてである。「明日が師団記念日、明後日から召集訓練
ばたばただなぁ」と一人言を呟く・・・


250 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/21 21:21

師団記念の日 中隊長は式典に参加しDr岡野2曹は三島が泊まる外来へと車を走らせていた
「三島〜迎えに来たぞ」「・・・」三島はいない
「なんだよ、今日は作業無いって言ってたのに!」無駄足だったが荷物がまとまっているので、外来駐車場で待つ事にした


251 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/21 21:25

しばらくして・・・「三島さん、あの・・・その・・・」女の声が聞こえる
岡野は(ん!三島さん?)窓から外を覗いてみる
立っていたのは、三島と制服姿のワックである
(に、してもただならぬ感じだな)岡野は出るに出れず困っていた


252 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/21 21:31

「ん?どしたの?青木ちゃん」 「あの・その」この表情を見て告白だなと三島は思った、岡野もそう感じていた。岡野は気まずくなり(出るに出れない・・・)三島の気持ちは・・・後で語られる話である。その時ピリリ〜
携帯がなった


253 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/21 22:09

「中隊長です、岡野2曹、三島は捕まった?式典、会食も終わって帰れるんだ、迎え来てくれ〜」と、電話の音に三島と青木も反応し、「あっ、岡野班長」と三島
青木は少しがっくりしている 「おっ、三島」と岡野はとっさに眠い顔をした


254 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/21 22:15

「いゃ〜よく寝たよ〜ふぁ〜」といかにも寝起きを装う岡野
「三島、準備はいいか。荷物、車に運ぶぞ!もう、中隊長が帰るって言ってるんだ」「了解!荷物まとまってます」と荷物搬入が始まった


255 名前:専守防衛さん 投稿日:04/04/21 22:25

その夜 「じゃあ、告白する瞬間に三島は帰ったわけ?」と白山
青木は少し元気なさそうに「いえ、チャンスはあったんです、ただ、なかなか言えなくて」落ち込んだ青木を見て「よし、今日は飲むよ!」と白山女二人、夜の酒場へと足を運んだ
こうして師団記念日は無事幕をとじた



261 名前:まいにちWACわく!その78 投稿日:04/04/29 20:07

「よ、おかえり」師団司令部から帰ってきた井上3曹に声をかけたのは田浦3曹だった「どうだった?売られた先は」
「ん〜まぁいつも通りやな。それより話を…」いつになく真剣な顔をする「赤城がウチに来るんやって?マジな話なんか?」
「あぁ、こないだ…」事務所であった近藤曹長と神野1曹のするは「…というわけでな、営内班長も神野1曹に変わったぞ。オレが補助に付くのは変わらないんだけどな」
「そんな事があったんや…」井上3曹そうつぶやきち頭を掻く「あれ?反応薄いな〜てっきり『オレが班長になって、夜の個別指導をやったるわ〜!』とか言うと思ったのに」
「あのなぁ…」ょっとあきれ顔だ「オレがそんな風に見えるかぁ?」「見えるけどな」きっぱり断言する田浦3曹

場所を自販機前のベンチに移す
「そりゃWACが来るってなったら冗談でも『ウチに来んかな〜?』とか思うわなぁ。でもマジで来るってなるやろ?こっちの訓練や仕事に絡んでくるんやから真剣になるわな」
「真剣に考えてるのか?」「そりゃあなぁ…」コーヒーを一口飲む
「例えばトイレは?寝るとこは?どこまでの事ができるんや?生理とかもあるやろ?問題点は山積みやぞ。そこまで考えとるんかいなぁ、ウチのボンボン小隊長は…」
「悲観視しすぎじゃないか?あの子の能力は高いぞ」「能力だけの問題や無いと思うが…ま、命令なら従うんやけどな」空になった缶を投げ捨てる

「とにかくあの子の部隊通信が終わってからやろ。いつもの事やけど様子見するわ」「そうしてくれ、考えすぎは健康によくないぞ」


262 名前:まいにちWACわく!その79 投稿日:04/04/29 20:08

クラブ「一番星」では3小隊のメンバーが6人ほど集まって飲み会を開いている
「いやいや、予備自が終わってホッとするよ。あいつらの射撃訓練に付き合うのは命がけだからな〜」そうぼやくのは3小隊のbRである片桐2曹だ
片桐2曹は39才、3小隊の中で最年長である
「そんなに危険なの?」そう聞くのは佐々木3尉だ「危ないですよ〜弾を装填した銃を右に左に振り回すわ、安全装置をかけずに銃を肩から外すわで…」
「ま、お疲れ様だね」そう言ってビールを注ぐのは神野1曹だ
「ホントに元自ですかね?危ないなぁ」と呆れるのは鈴木士長だ。レンジャー鈴木士長は現在陸曹候補生を目指して猛勉強中である
「ま、頭数合わせだからな」たこ焼きを突くのは小野3曹、体育学校でレスリングをしてた経験があり、そのせいか丸太のような腕をしている。そのパワーを生かして小隊では「不朽の無反動砲手」で通っている
「は〜危ないさぁ、そんな人らに援護射撃とか頼みたくないなぁ」そうつぶやくのは具志堅士長だ
沖縄出身の具志堅士長は母親が米軍の黒人とのハーフだったらしく、少し浅黒い肌をしている。名前通り(?)ボクシングでインターハイ出場の経験がある

「ところでだ、例の件はもう聞いたかな?」佐々木3尉が口を開く。「例の件」とはもちろん赤城1士の事だ
「何させるんですか?」と聞くのは片桐2曹「無反動の副砲手?使えるかなぁ…」とは小野3曹だ「いや、通信手じゃないかなぁ〜」とは具志堅士長だ
「具志堅、当たりだ。当初は小隊長通信手で使う予定だ」と神野1曹が言った「具志堅もついに班復帰だな〜」鈴木士長が嬉しそうに言う
「しかし使えるのかね?俺達全員WACと一緒に演習なんて経験無いぞ」そう心配するのは片桐2曹だ。陸士時代が長かったために年の割には階級が低いが、よく上の二人を立ててサポート役に徹している
みんな同様に考え込んだ顔をしている、普段は馬鹿話をしていてもやはり現実問題となると扱いが変わるようだ
「まぁ、まずは彼女の部隊通信教育が終わってからだな。それにクーリングオフも効くから心配すんなや!」少々たとえは悪いが神野1曹がこう言ってまとめる
しかし顔には出さないが、一番不安なのはその神野1曹であった(ホントにうまくいくんだろうか…)


263 名前:まいにちWACわく!その80 投稿日:04/04/29 20:08

中隊でのそんなこんなの心配をよそに、赤城1士の部隊通信教育は順調にそのカリキュラムをこなしていく
そして3月頭、教育の最後を飾る「総合野営」が始まった

「…と言っても1夜2日なんだがな。最初の日の午前中に移動、午前〜午後にかけて無線傍受、午後から有線構成、晩に断線状況、翌朝に小銃中隊の突撃に合わせた追随構成、そして状況終わりだな」
そう説明するのは通信小隊の金田3曹、聞いてるのは田浦3曹だ「結構本格的じゃないか?」「だから各中隊から支援を貰うんだよ」
最後の追随構成のために2コ小銃班、そして食事等の管理要員で各中隊から支援人員が出ているのだ
「ウチからは小銃班に5名、管理にオレを含めて2名来てるよ。そうそう、井上もいるぞ」「アイツが?うるさいんだよなぁ…」
田浦3曹と金田3曹、そして井上3曹は陸曹候補生同期である「まぁまぁどうせ明日までなんだからさ」

車で2時間ほどかかって近くの演習場に到着した。管理要員は廠舎に泊まれるようになっているので、田浦3曹たちはさっそく荷物の卸下を始める
「じゃ、オレは学生どもを見てくるわ」そう言って金田3曹は学生たちの所に向かった


264 名前:まいにちWACわく!その81 投稿日:04/04/29 20:10

『…こちら00、電あり筆記用意、送れ』無線機から流れる電報に学生たちは耳をそばだてている。12名の学生はそれぞれ4人ずつ3コ班に分かれて、各組ごと行動している
「こちら02、001の電了解終わり」電報を取り終わり各班に付いている助教に電報用紙を渡す「できました、金田助教」そう言ったのは赤城1士だった
「ん、貰おうか」そういって用紙を受け取る。武闘派でもやはり女の子、丸っこい字が少しかわいい感じがした「よし、次は1430から有線構成!159とリールの27を用意しておくように」
「はい!」学生たちが返事する「それまで食事。レーションはおいしくないがちゃんと食べておけよ」

「…けっこう早口だったよな?」「いや、あれくらいなら…」「雑音が多くて…」食事をしながらさっきの電報の件を話している
赤城1士を含む「第2班」は、本管の情報小隊の若手3曹である冬木3曹、通信小隊の新兵である森1士、そして山崎士長と赤城1士である
「まずは159の徒歩構成か、最初が一番キツいのって運がいいな」そうニヤッと笑うのは冬木3曹だ「あとがキツい方がいやだからな」
レンジャー助教でもある冬木3曹には1夜2日の状況など屁でもないようだ
「次は車両構成かJDR−8(小型のドラム)の徒歩構成ですね」そうつぶやくのは森1士、大卒で補士として入隊した彼はちょっと線が細く頼りなく見える
「…あんまりおいしくないなぁ」そうぼやきつつレーションを平らげたのは山崎士長だ

「…どうした赤城?元気ないな」普段は明るく元気な赤城1士だが、今日に限ってはなぜか普段より無口だ。それを心配してか冬木3曹が尋ねる
「いえ、大丈夫です」そういう口調にも元気があまり感じられない「ホントか?無理はするなよ」釈然としない顔をしながらもねぎらいの言葉をかける
その様子を見ていた森1士は、小便と称して金田3曹と冬木3曹を人気のないところに誘い出した

265 名前:まいにちWACわく!その82 投稿日:04/04/29 20:12

「彼女、生理じゃないですか?」森1士は開口一番ズバリと言い放った「…そうなのか?」「そうかもしれんな、でもどうしてそう思う?」金田3曹と冬木3曹が尋ねる
「全くのカンですが…僕の彼女も生理の時はあんな感じなんです」
「だが今まであの子がそんな風になったのは見た事無いぞ?」
「山ですし、今日は特に冷えますから」「う〜ん…」そう言って二人の陸曹は押し黙る
「確か衛生のWACが救護員で来てたよな?中森だったかな?」と金田3曹が思いついたように言う「そうですね、一応言っておいたほうが…」と冬木3曹も同意する
「冬木、言ってきてくれ」「え〜オレですか?やっぱり助教の口から言った方が…」「そんな女の子の前で『生理』だなんて…」意外とシャイな金田3曹
「あの子なら経験豊富そうだから大丈夫でしょ」とは森1士の弁だ「じゃあ森、言ってきてくれ。彼女とは同期だろ?」「…まぁいいっすよ、じゃあ言ってきます」

廠舎の救護所には衛生小隊の陸曹と中森1士がいた「姐さん、ちょっと…」同期の間から「姐さん」のあだ名で呼ばれている中森1士であった
「どしたの?」「いや、ウチの班の赤城が…どうも生理みたいでしんどそうなんだよ。でさ、様子を見ておいてもらえないかな〜と金田3曹が言ってたんだよ」
「そうなの?わかったわよ、まぁでもあの子は生理軽いからそんなに心配しなくてもいいわよ」あっさりと答える中森1士「そう?こればっかりは男にはわからないからね」照れたように頭を掻く森1士
「辛いわよ〜味わわせてやりたいわ」そう言ってニヤッと笑う中森1士であった


268 名前:まいにちWACわく!その83 投稿日:04/05/02 02:09

2班の有線構成が始まった。冬木3曹と森1士で159ドラムを持って森の中を歩いていく。その後から付いてくるのは山崎士長と赤城1士だ
(あいたた…お腹痛いなぁ)そう思いつつ有線を縛着していく赤城1士、やはり森1士の予測通り生理中のようだ。傍目から見ても動きがよくないのがわかるらしい
「よし、半分来たな。じゃあ交代だ」金田3曹が指示を出す「山崎と赤城、ドラムを持って前進だ。…赤城?いけるか?」心配そうに聞く金田3曹
「ハイ、いけます!」キッパリと言う赤城1士だが、やはり金田3曹には不安のようだ「無理はするなよ」と声をかける
(意地になってるのかな?危ない兆候だな…)

カラカラカラ…冬の静かな森の中をドラムが回転する音がこだまする、雪こそ無いがやはりかなりの冷え込みだ。みんな着込んでいるので動きにくそうだ
山崎士長と赤城1士は身長差もあまり無く、二人でうまい具合にドラムを保持している。だが…「…わぁ!」赤城1士が足を滑らせた拍子に山崎士長がドラムを落としてしまった
「あぁ、ゴメン!」「…いえ…」やはりちょっと不機嫌なようだ

そんなこんなで徒歩構成が終了、電話機を使い交換に連絡する「…次はJDR−8だ、いったん戻るぞ」連絡を終えた冬木3曹が班員を引き連れていく

一人で持てるドラムJDR−8はその構成距離も短く、その分構成時間もあっという間に終わる。そして最後の「車両構成」までの間に休憩する事となった


269 名前:まいにちWACわく!その84 投稿日:04/05/02 02:10

「ふぅ…」廠舎近くに設置された交換所に帰ってきて、さっそく一服つける森1士「あと一本か〜楽勝だね!」と明るく言う「そうだね…」やはり元気のない赤城1士
そんな時、左手に赤十字腕章を巻いた中森1士が通りかかった「やってますね!差し入れですよ」そう言って冬木3曹に乾燥梅肉を手渡す
そして道ばたの石に座っている赤城1士の隣にやってきた。そして顔を一目見るなり「何日目?」と小声で尋ねた

「3日目…だからあと少しだよ」そう答える赤城1士「無理しちゃダメよ、あとあと班のみんなに苦労をかける結果になるんだから」そう諭す中森1士。確かに症状が悪化して後送することになれば、同じ班員が迷惑するだろう
「引くのも任務のウチよ」「うん、でも大丈夫!ホントにダメになったらちゃんと言うから…」

通信小隊の1t半が帰ってきて、いよいよ車両構成の時間だ。荷台に固定してあるリールに159ドラムを乗せて、いよいよ構成が始まった
「今回も役割分担は交代する。車に乗ってドラムの速さの調整をするブレーキ手と、車の後を走り有線を縛着する縛着手だ」そう金田3曹がいい、まずは山崎士長がブレーキ手をする事となった

車は小走り程度のスピードで進んでいく。ドライバーは通信小隊のベテラン陸士だ
3人は道ばたの木や電柱、草などに次々と縛着していく。慣れてないとすぐに車に置いて行かれるため、かなり素早い動作が要求される
「ん?」車のすぐ後を走る冬木3曹が後方を振り返る、すぐ近くに森1士が有線を縛着している「赤城は…?」少し離されているようだ
「ドライバー、スピード落とせ」車に同乗していた金田3曹が声をかけると、1t半は歩くスピードくらいまで速度を落とした
そうして赤城1士が追いついてきた「やっぱりしんどいのか?いつもならこれくらいは楽勝だろ?」「すみません、ちょっと遅れて…」少し息が荒い
「着込みすぎじゃないか?そんなに寒いか?」外被の上からでもわかる着込みようだ「あんまり着込むと動きが鈍くなるぞ。そろそろ交代だしブレーキ手に付きな」金田3曹が声をかける
「まだ大丈夫…」「いや、完全にバテる前に休んだ方がいい。回復が遅れるからな」そう冬木3曹が言い山崎士長を引きずりおろす
「…」確かに冬木3曹の言うとおりだ、内心悔しいが仕方なく車に乗る赤城1士だった…


270 名前:まいにちWACわく!その85 投稿日:04/05/02 02:12

学生たちが廠舎近くに業務用天幕1号を建てる、通称インディアンテントとも言われかなりの人数が宿泊可能だ
当初は「赤城は別に…」という案だったが、本人の希望により同じ天幕に泊まる事となった
「ま、どっちにしろ服も脱がないし、オレも泊まるしな」廠舎で食事を取るのは金田3曹、田浦3曹、そして井上3曹だ
「夜中に状況作るんやって?」そう聞くのは井上3曹だ「この寒いのに…」
「そうでないと訓練にならないだろ?でも赤城は体調悪そうだったなぁ…さっきもメシをあんまり食べなかったみたいだしな」と田浦3曹「せっかく腕によりをかけて作ったのに…」
「生理らしいんだ、女にしかわからん辛さだからどうしようもないんでな」と金田3曹「そうなのか?」「それはしんどそうやなぁ」
「あまり無理はさせたくないんだが、本人にも意地があるからな」「そりゃあこの状況で泣きは入れれんわなぁ」井上3曹が同意する
「まぁ何とか明日の朝までもってくれればいいんだがな、じゃあオレは行くよ」そう言って席を立つ金田3曹

「心配通りやったなぁ。ホントにウチに入れて大丈夫なんやろか?」「珍しく心配性だな、まずは挑戦あるのみだろ?『誠実・真剣・挑戦』さ!」新しく作られた「誇り高き陸上自衛官の心得」を引用する田浦3曹
「『真剣』やない『献身』やろ?大丈夫か訓練陸曹…」突っ込む井上3曹だった

天幕内はストーブの熱気で少し暑いくらいだった。日没まで構成しててクタクタの学生は、もう全員が熟睡している。明日は5時に起きて追随構成の準備に入る予定だ
12時を少しすぎた頃、「ピーッ」と天幕に笛の音が響いた


271 名前:まいにちWACわく!その86 投稿日:04/05/02 02:13

「起床!」そう言って金田3曹はみんなを起こす
「たった今、有線が切断された。これから各班で断線箇所を発見、修復をせよ。早くしないと寝る時間が削られるからな!」

2班は最初に森の中を張った線が切られたようだ。冬木3曹と森1士が構成先から、山崎士長と赤城1士が交換所から断線箇所を手探りで探していく
「線を引っ張って手応えがなかったら断線を疑うんだぞ、明かりはあまり使うなよ」と金田3曹。ただ今日は月が満月に近く、葉っぱの少ない森の中は想像以上に明るかった
二人は無言で有線を手でもって探っていく、赤城1士が先行し山崎士長は後からついて行っている。そして…「あれ?」赤城1士は小さく声を上げた
目の前には冬木3曹がいた「無かったですか?」そう尋ねる「あぁ、そっちも?」どっちも断線箇所がないまま合流してしまった。とその時「あったよ〜」と言う声が赤城1士の後から聞こえた

「ほら、ここだよここ」そう言う山崎士長の持つ手には、確かに切れた有線があった「…見逃してました」顔を赤く染めて赤城1士が言う
「まぁまぁ、そのためのバディーだから。さてチェックするか…」そう言って冬木3曹は電話機を繋ぎ交換所へチェックの電話を入れた。断線が1カ所なのを確認後に接続、これが手順だからだ
青のフィルターで弱められた懐中電灯の明かりを頼りに接続を終わらせて2班は天幕に帰ってきた。どうやら一番乗りのようだ
「一番に見つけたんだから上出来だよ、さぁ明日も早いから寝ようか」そう言って冬木3曹は横になり、5秒後にいびきをかき始めた

そんな中赤城1士だけが、少し悔しそうな顔をして毛布をかぶっていた…


272 名前:まいにちWACわく!その87 投稿日:04/05/02 02:14

翌朝5時…追随構成の準備のため、学生たちは全員起床した。3班を2つに分けて他の班に合流させ、1コ班6名編成となった
攻撃発揮位置には支援要員が準備を完了していた「0630攻撃開始、各班は中隊長から離れないように!」中隊長役の陸曹は鉄帽にしろテープを巻いている
「おはよう赤城、よう寝たか?」声をかけてきたのは井上3曹だ「少し…」小さな声で答える
「そっか、置いてかれんように着いてくるんやで?」そう言って井上3曹は前に走っていった

0630…日が上がり始め、やっと人の顔が判別できる明るさになってきた「攻撃開始!」中隊長役の陸曹が指示を出し、各隊員は道路沿いの林に沿って進んでいく
攻撃目標は小高い丘の上にあるトーチカで、2コ班が西と北から攻撃をかけるシナリオである。仮設敵も数名準備されており、陣地を構えて待機している

「前方に機関銃陣地!これ以上前には進めません!」前方に出ていた班員が中隊長の所まで報告にくる「よし、射撃支援を依頼しよう」そう言って電話機を取る。傍らには肩で息をする冬木3曹と森1士の姿があった
赤城1士はどうやら遅れているようだ、支援射撃中に追いついてきた
「大丈夫か?」冬木3曹が聞く「はい、行けます!」そうは言うが息が激しくなっている「まぁとにかく少し休みな」班員たちはそれぞれ警戒に付き息を整える

「突撃支援射撃終了5秒前…3,2,1,今!」そう中隊長が叫び、各隊員がトーチカに向かって突入していく
「よし、行くぞ!」冬木3曹が言いドラムを持つ、班員たちも立ち上がり走り始める
トーチカまでは少し急な原っぱで、もう有線を縛着していく必要はない。冬木3曹たちを援護する形で班員は坂道を駆け上がる…二人遅れが出ている、山崎士長と赤城1士だ
「ほら、行け行け!」後から追い立てるのは金田3曹だ、攻撃開始以来妙にハイテンションである

有線が追いついた時には、各隊員がトーチカを占拠し全周警戒の配置に付いていた。さっそく電話機をつなげ中隊長に差し出す
「こちら中隊長、トーチカ占拠しました!」と報告、なにやら指示を受けている。そして電話機を置いた中隊長は「状況終わり!」と嬉しそうに叫んだ


273 名前:まいにちWACわく!その88 投稿日:04/05/02 02:15

「よ〜し状況終わり、各人武器装具の点検!」金田3曹が2班の班員を集め指示を出す
特に以上もなく電話機を使い金田3曹が報告する、そして「30分休憩したのち有線の撤収にかかる、それまで休んでおくように」と班員たちに指示を出す

「ふ〜終わった終わった…」冬木3曹が腰を下ろす「いやいや、状況開始はこれからですよ。撤収のね」とは森1士の弁だ
赤城1士は木にもたれかかりため息をつく「どうしたんや?」そこに声をかけてきたのは井上3曹だ
「いえ、ちょっと疲れました…」珍しく弱音を吐く赤城1士「相当堪えたみたいやな、これからもきついぞ〜ついてこれるか?」「…やるしかないです!」少し意地になったように答える
「ま、ボチボチ頑張り〜な」そう言って井上3曹は立ち去っていった…

有線の撤収が終わり、演習場を出発したのは14時を少し回った頃だった。中隊の高機動車を運転するのは田浦3曹、横には井上3曹だ
「やっと帰れる…でも帰ったらまた書類が山積みなんだよなぁ」そうぼやく田浦3曹であった
「…」井上3曹が珍しく押し黙っている「どうした?」田浦3曹が尋ねる
「不安材料が残ってもうたな」「ん?彼女の事か?もっと前向きに考えたらどうだ?初の状況で緊張してたからとかさ」
「でもなぁ…こればっかりはどうしようもないやろ?体力云々の話やないからなぁ…」そう言って前を走る1t半を見る。そこには荷台で熟睡している赤城1士の姿があった…


274 名前:まいにちWACわく!その89 投稿日:04/05/02 02:36

「疲れた…」駐屯地に帰ってきて終礼が終わり、営内班のベッドに倒れこんだ赤城1士はそう一言つぶやいた
「あら、お疲れね?」そう言うのは中村3曹だ「そんなにハードだった?」
「いえ、彼女『あの日』だったので…」そう言うのは中森1士だ。心配で部屋まで見に来たようだ
「そうだったの?」尋ねる中村3曹「…弱いところを見せちゃいました〜」泣き言を言う赤城1士「情けないとこ見せちゃったなぁ…」
中村3曹が頭をひねる「そう?気にすることないわよ」顔を起こし赤城1士がきょとんとした顔をする「そうですか?」
「そうよ、体に何かハンデのある人なんか自衛隊にはたくさんいるんだから」「?」「例えば…中隊に腰を痛めてる人っていない?」
身を起こし考える赤城1士「そういえばいますね。よく訓練なんかも免除されてる人も…」「でしょ?あとは膝とか首とかね。そういう人たちと私たちが生理になるのってどこが違うのかな?」
考えた顔をする赤城1士、さらに続ける中村3曹「赤城はちゃんと最後まで訓練をやり遂げたんだから、最初から何もしない人たちに比べたらはるかにマシよ。自信持ちなさい!」そういって肩をたたく
「…ハイ!」少し元気が戻った赤城1士であった



277 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/04 01:41

夜の中隊本部編 田浦3曹は下宿として、使用するコーポアミバ(月四万円)205室でテレビをみながら一人、ビールを飲んでいた
(思えば、俺が訓練B、上番してから、大変な事が多いなぁ)などと考えながら
TVではエンターの殿様と言う若手芸人が腕を競う番組をやっている


278 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/04 01:47

最近、流行の元プロレスラー ダッチャ石末の伝説パァト21(歌はかま)のカスタネット漫談も終わりになった時、中隊の先任補給 通信の各陸曹より電話が来た
内容は 今から一緒に飲むぞと言う内容だった


279 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/04 13:16

田浦は飲む誘いを断った そして・・・ 夜が明けた
夜の中隊本部編 完 引き続き本編をお楽しみ下さい



280 名前:まいにちWACわく!その90 投稿日:04/05/05 12:32

そんなこんなで3月下旬、山崎士長と赤城1士の部隊通信は無事終了「特技認定通知、初級部隊通信553…」人事の倉田曹長が二人の人事記録簿に書き込む
「無事終わりましたね」と田浦3曹「これからが大変だろうなぁ…」と先任「ま、とりあえずは来月からだな」

3月下旬の定期異動。運幹の森永1尉ほか10名が転出、幹部1名を含む7名が転入してきた。任期満了退職は4名「−14の+7だから…トータルで−7だな、戦力減だな…」と頭を抱えるのは先任だ
「運幹は岬2尉が付くんですね、新しく来た石田2尉が2小隊長か…」と田浦3曹「何にせよ東野がいなくなったのはきついな」とぼやくのは訓練Aの中島1曹だ
補給の東野1曹は「楽隠居」の夢が叶い業務隊へ転属となった「でもあの人の事だから、楽隠居はできないでしょうね」と田浦3曹

そして3月末のある日の終礼…「4月1日昇任者の紹介を行います」先任が言い赤城1士を含む数名が前に出てきた。中隊長が一人一人に階級章を手渡す
「曹学や補士は一般隊員より早く昇任する、それだけに責任も重大だ。これからも精進するように!」と中隊長が締めくくる

そして終礼後…「よっ赤城士長!」田浦3曹が声をかける「明日付けですけどね〜」ちょっと嬉しそうに答える赤城1士。二人は自販機の前に移動してきた
「襟にマークがあるから曹学ってのはわかるけど、それでも士長になったんだから責任も増えてくるよ」「そうですね〜でも満期金は無いんですよね」そう言って苦笑いする
「その代わり昇任が約束されてるから…まぁ一般で入って陸曹になるのが一番おいしいかもしれないけどね。オレがそうだったのさ〜」「いいなぁ…」
「そういやお金は大丈夫?借金とかしてないよね」ちょっと心配になり尋ねる田浦3曹。最近は借金に関する話が厳しくなり、指導も厳重に…との指示も来ている
「大丈夫です、もう貯金も50万くらい貯まりました〜」「そっか、なら安心だな。また通帳とか見せて貰うね」そう言って田浦3曹は缶を捨てて立ち去っていった


281 名前:まいにちWACわく!その91 投稿日:04/05/05 12:36

そして4月1日、新しい年度が始まった。まずは連隊朝礼、そして中隊長の年計、期計の教育だ。連隊朝礼では連隊長が「今年も頑張ろう」と決まり文句を言って終わった
そして中隊の教場で、年計・期計教育が始まった
「まずは年度の大まかな計画を達する」そういってプロジェクターに計画表を映し出す
「今年は秋に他の連隊のCT、そして年明けに方面のYSがある。よって中隊検閲は7月に実施する。知っての通りCTは無い」誰かが小さい声で「やった」とつぶやく
「あとは…中隊検閲は『対遊撃』だ。山中に潜むゲリラの発見・殲滅が任務となる。各人しっかりと錬成するように!」そう言ってパソコンを操作する
「次は細部計画、運幹頼むよ」そう言って岬2尉にバトンタッチする
「この4月から運幹に上番しました岬2尉だ。何かと迷惑をかける事になるかと思うがよろしく」そういって軽く頭を下げる
そして指示棒を持ち説明を始めた
「まずは4月、桜祭りと#1野営だ。#1野営は射撃メインで、LAM・84RR・軽迫の射撃を実施する。それから5月、#2野営は同じく射撃メインだ。行軍から掃討に移る行動を錬成する。6月は連隊の持続走大会、そして演習場整備。合間を縫って中隊錬成野営も実施する」
そしてパソコンを操作する
「7月は中隊検閲の#3野営、8月上旬に軽迫・ATM射撃の#4野営。これは長いぞ、10日くらい富士にこもるからな。9月は他中隊の検閲の#5野営、そして連隊の銃剣道大会…」
そうして来年3月までの予定を説明していく「…以上で終わる、何か質問は?」無いようだ(何人かは寝ているようだ)「よし、ではこれからは各小隊の指導時間とする。15時から駆け足、わかれ!」



282 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 08:56

「ところで、毎朝駆け足する話やっぱり消えたな」こう話するのは新補給陸曹の林2曹である
林は3小隊の分隊長から補給についた。支援に来ていた三島は「助かりますよ!林2曹、あまりその話して、また再燃させないでくださいね」


283 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 09:03

「若い奴がそんなんでどうするんだ!」と後ろから激が飛ぶ。三島は恐る恐る後ろをみると人事の倉田曹長だった。「いゃ〜すみません」と三島は照れ笑いをしていると「三島、お前、そんなんで、2次は通らないぞ!」


284 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 09:12

へっ?とした顔で「2次?候補生のですか?」と三島が聞く。「そうだ、噂だがな、お前今回、凄く点数よかったようだぞ、詳しくは11時に中隊長から話あるから」林が「やったな!」と三島を軽くこつく
三島は呆然としている


285 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 09:22

「なんか不満そうな顔してるな?」と林が三島に問うと「いえ、あの、自分、今年度限りの自衛隊生活って思ってたんで、教範一度も開いてなかったんで、驚きすぎました、確かに今回、覚えてた所多くて楽なテストと思ってたんですが。」


287 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 09:30

時間になったので中隊長室に行き話を聞いた
そこで連隊での順番の発表があったが。三島は二番目だった。周りは驚いているが「俺は一番信じられない」などと、言動が定まらないほど驚いている


288 名前専守防衛さん 投稿日:04/05/09 09:36

「教練や体力検定錬成は各営内班長にさせて、面接は俺や先任、倉田曹長が面倒見るからな、2次までの2週間全員合格させるつもりでがんがんいくぞ」と気合いの中隊長で早速午後からとりあえずで面接を錬成した


289 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 09:46

その日課業終わって 中隊長と先任と倉田と事務所で話をしていた
「今日の面接はどんな感じだった?」と中隊長が聞くと先任と倉田は顔を向き合わせ「三島を鍛え直さなきゃならんすよ・・・」とため息をつく
中隊長が詳しく聞くと内容はこうだった


290 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 09:56

「三島以外は、特に問題ないでしょう、なぜ三島が問題。今日した質問に今まで一番記憶にある仕事は?としたんです。そしたらあいつ各支援で過去なら音楽祭り、最近は師団記念日と。また、」今回受かったのは本当に運だけのようで、教範関係の奴は全滅で


291 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 10:10

中隊長は納得する。しかし「面接が多少駄目でも体力検・」と口を濁す「他は文句ない体力自慢が受かってますが、三島だけが見劣りします」と先任
「ひっくり返させない為には?」と聞かれ「外禁、錬成でどこまで・・」と、先任は答える
次の日三島は外禁を告げられた



292 名前:まいにちWACわく!その92 投稿日:04/05/09 12:42

「…?」3科から帰ってきた田浦3曹が事務所に入ろうとしたとき、すれ違いざまに三島士長が出てきた。何か顔にすだれがかかっているような感じで、声を掛け損なった
「どうしたんですか三島は?」事務所に入り中島1曹に聞く「2次が終わるまで外禁だってさ、体力練成だと」
「それは…2週間でどこまで伸びますかね?」「それは…ま、大変だな」先任に目をやり中島1曹は答える。視線の先には文字通り頭を抱えた先任と倉田曹長がいた

「それはともかくウチの仕事だ、まず何があるかな?」そう中島1曹が尋ねる「そうですね、まずは…」そう言って書類の山を引っかき回す
「今週金曜に新隊員の入隊式、同じ日に連隊本部山中准尉の定年退官行事、土曜の晩から駐屯地の一般開放、日曜には桜祭りです」「桜祭りの勤務は?」
書類を読み上げる田浦3曹「増加警衛に…」人数を数える「さすがに接遇はありませんね」赤城士長はもう接遇には使わない方針のようだ
「2次受験要員とかも外さないとな」頭をかく中島1曹「三島は使えませんね」
「あとは中隊の焼鳥屋か…調理要員は?」「オレだよ!」そう言ったのは高木2曹「もう菌検索は終わってるよ、インフルエンザは出なかったよ〜」「縁起でもない…」と呆れたのは田浦3曹だ
「おいおい…中隊予算がかかってるんだ、コピー代も欲しいからしっかり売ってくれよ?」とは中島1曹だ
書類が多いためコピー機を支給される海空に比べ、陸上自衛隊の大部分の部隊はコピー代を中隊隊員から集めている。「私物パソコンの管理」と並ぶ悪習の一つだが、改善される予兆すらない

そして15時になった。体力の衰えが気になる田浦3曹は(今年度はできるだけ走るようにしよう)とジャージに着替えて隊舎前に出てきた。すると… 「おや、田浦3曹も走るの?」佐々木3尉と3小隊の面々が輪になって準備体操していた「一緒に走ろうや〜」と声をかけてきたのは井上3曹だ。赤城士長も一緒に体操している (断る理由は無いな)そう思い田浦3曹は体操の輪に入った


293 名前:まいにちWACわく!その93 投稿日:04/05/09 12:43

駐屯地の周り、駆け足コースをゆっくり走る。持続走要員の若い連中が何人かピッチを上げて走り去るのを横目に、佐々木3尉たち主要メンバーはペースを崩さずに走る
「あ〜しんどい、訓練に上番以来サボってたからなぁ…」少し息を荒げ田浦3曹がつぶやく「言い訳やな〜」と横を走る井上3曹が言う
「ハァ…赤城、どうだい3小隊は?…ハァ、ハァ…大丈夫か?」「今の田浦3曹よりは大丈夫かと…」苦笑いして赤城士長が答える。少し汗をかいているが、まだまだ余裕のようだ
「次の野営でLAMの射手になったんだよな?」横から片桐2曹が声をかける「3小隊割り当ての…ハァ…演習弾ですか?」そう答える田浦3曹「まだ実弾には早いだろう」とは佐々木3尉だ
「縮射弾はありますけど、実弾は初めてです!」嬉しそうに言う赤城士長「一回撃てば充分、2度撃ちたい代物じゃないな」と小野3曹、毎回84RRを撃っている小野3曹はもう飽きているようだ
「ハァ…的に当てたら何か…ハァ…おごるよ」「ホンマか?オレも撃つんや〜しかも対戦車りゅう弾」とは井上3曹だ「陸曹は…ハァ…除外!」呼吸を乱しつつ力強く答える

「よし、ペース落として〜」神野1曹が声をかけ、全員ペースを落としてサーキット場に入る。整理体操を具志堅士長の統制で終わらせて、各人の筋トレとなった
鉄棒にぶら下がり懸垂をする田浦3曹、みんな思い思いの場所で体を動かしている。腹筋をしている赤城士長に、体の大きい若い隊員が声をかけている「よう、赤城!」「おや、喜一ちゃん元気?」
曹学同期の情報小隊・後藤士長のようだ「なんやデカいヤツやな〜」「彼が後藤士長か…噂通りデカいな」と井上3曹と田浦3曹がひそひそと会話する


294 名前:まいにちWACわく!その94 投稿日:04/05/09 13:10

やはり同期には普段見せない顔をする、なにやら楽しそうに話す赤城士長と後藤士長「…中隊はどう…」「次の演習に…」
それを見ている田浦3曹に井上3曹「やっぱり同期の絆だな」「俺たちみたいやなぁ」「…それはどうだろう?」
サーキット場ではどこから持ってきたのか、神野1曹がパンチンググローブを持って具志堅士長のパンチを受けている
さすがに元インハイ出場は伊達ではなく、鋭いパンチを何発も繰り出している
「やるかい、赤城?」神野1曹が見ていた赤城士長に声をかける「じゃ、少しだけ…」そういって神野1曹の前に立つ「お手並み拝見だな」

パン!といい音が鳴り響く、空手らしく直線の突きが多い。軽やかに左右に動き、何発もの突きをグローブに叩き込んでいる
「…ほ〜」「意外といい動きだな」「なかなか…」傍から見ている3小隊や他の中隊の面々が感心している
「すごいね、うかつに手を出すなよ?」田浦3曹が隣に立つ井上3曹に言う「俺はああいう野蛮なことはせんからなぁ」そう答える井上3曹

「なかなかやるじゃないか」感心したように言う神野1曹「喜一ちゃんもすごいんですよ」そう言って近くで見てた後藤士長を呼ぶ
「おぅ、でかいな…君が後藤士長か、やってくかい?」「どうも、よろしくです」そう言って後藤士長もパンチを繰り出す。体格が大きいため、一発一発が重たそうだ
「よし、もういいだろう?手が痛いよ」苦笑いして神野1曹が言う「やるね〜君もボクシングを?」そう言ってきたのは具志堅士長だ
「いえ、総合格闘技の方で…」「じゃあレスリングとかもするのか?」そう聞いてきたのは小野3曹だ
「いやいや、やっぱり拳法だろう…」と横から口を挟むのは佐々木3尉だ。そうして格闘技経験者たちの格闘談義が始まった

「つきあってられへんな、先上がるわ」そう言って立ち去る井上3曹「俺も上がるよ」と田浦3曹も後から付いていく
「井上は格闘技経験は?」田浦3曹が聞く「あらへん、スポーツもろくにしてへんからな」
「普通科には珍しいな」「ええねん、俺にはこれがあるから」そう言って右手人差し指を曲げる「射撃だけが俺の技や、これだけは負けるわけにはいかへんからな」
「そうか、技が無い俺よりはましだよ…じゃあな」そう言って部屋に帰る田浦3曹と井上3曹であった


295 名前:まいにちWACわく!その94 投稿日:04/05/09 13:41

「宣誓!われわれは…」体育館で新隊員たちが宣誓を読み上げていく。今日は4月隊員の入隊式だ
桜も咲き晴天に恵まれたこの日から、彼らの地獄の日々(大げさ)が始まるのだ

「でももう2名辞めたらしいですよ」入隊式が終わって事務所に帰ってきた田浦3曹が言った「最近はすぐに辞めさせるからな、いいことなんだか…」と先任
「今日は13時から山中准尉の定年退官行事、集合は1250です」田浦3曹が先任に伝える「そうか…山中さんもついに退官か…」

駐屯地メインストリートの桜並木は、ほぼ9分咲きの桜で鮮やかに染まっていた。道路の両端に各中隊が一列に並んでいる
「これは…何するんですか?」赤城士長が隣の田浦3曹に聞く「定年退官者の見送りだよ、いい日に定年になったな〜」桜を見上げながら田浦3曹が答える
駐屯地のスピーカーから「蛍の光」が流れ始め、定年を迎えた山中准尉が連隊長のエスコートで歩いてきた、みんなが拍手で迎える
「お〜佐藤、先に隠居させてもらうわ!」列に並んでいた先任に向かい握手をする「お疲れさまでした!」先任もがっちりと握手を返す
正門前で万歳三唱を唱え、警衛の捧げ銃を受けて山中准尉は去っていった…

「…」「どうした赤城?」なにやら考えた顔の赤城士長に田浦3曹が声をかける
「いえ…あの人は30年以上自衛隊にいたんですよね?満足だったのかなぁ…」「さぁ?それは人それぞれだからね。でもよかったんじゃないかな?結局戦争も起こらなかったしね」
「それは…」「いい事だよ、俺たちが何か仕事する時は誰かが不幸になってるんだから。俺たちは給料泥棒と呼ばれるのが一番幸せなんだよ」
「…へ〜」「…なんてね、新隊員の時の区隊長の受け売りだけどね」そう言って頭をかく田浦3曹であった



296 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 19:57

その日の午後後段 教練をしている。ここでは三島はまずまず
むしろ1、3選抜がかかる、若手の方がへたである。それを見ていた先任と中隊長「二週間もあれば矯正され、見れるだろう、教練は問題ない。やはり」「はい、三島ですね」


297 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 20:02

「イテテ、完璧筋肉痛だなぁ」と痛がる三島に飯島士長が「ワックキラーも形無しだなぁ」とケタケタ笑いながら言っている
その言葉に反応し「あっ、そうだ、電話しなきゃ」と携帯片手に消えて行った


298 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 20:08

ちゃら〜ん。携帯が鳴る「はい、今晩は、青木です」「三島だよ〜遅くなってごめん」
「いえ、電話来ただけでも、嬉しいです」三島の電話の相手は記念日支援で知り合った青木と言うワックだった
「青木ちゃん、ごめん!」


299 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 20:12

三島と青木は今週土曜日趣味の事で遊ぶ予定だった「実は各カクシカジカで遊ぶの無理なんだよ」青木は「おめでとうございます、頑張って下さい私、合格祈ってます、試験終わったら・・・私、三島さんに会いにいきます、お疲れ様会しましょう」


300 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 20:16

三島は嬉しかった。応援してくれる人がいる。それが女性であり自分ごのみの顔
青木も三島を多分気にいっている 嫌、間違いない
記念日の日別れ際、口を濁していたのは、あれは、告白に違いない


301 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 20:22

三島から告白しようかと思ったが、青木は3曹
三島は士長 自衛隊にいるうちに付き合うのは疲れそうだ。さらに少し遠い駐屯地にいる事を考え止めたのだ。あの時青木が躊躇せず、告白してたらどうだったろう?そう考える日も多くあったが・・・今では懐かしい思い出だった


302 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 20:27

「俺、試験、頑張るよ。その為には、今から、やらなきゃ!挫けそうになったら、声、聞かせてくれるかな?」「私でよければ、時間気にしないでいつでも。」と青木
「ありがとう、頑張るよじゃ、試験後会おう」と電話を切る
顔をパンと叩き机に向かう三島だった


303 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 21:25

その頃・・・ 先任の家 「はぁ〜」と溜息を付く「な〜に、溜息なんか」と奥さんに言われる。「嫌なぁ、なんか仕事に悩み多くてなぁ、無事定年なるんだろか?」「まぁまぁ、あまり悩まないではい、ビール」グビッ、プハー
旨い。


304 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/09 21:31

「はい、つまみ」と奥さんがもって来たのはブリの煮付けだった
「出世魚か・・・」まぁ悩んでもしかたがない
その日先任はビール瓶二本飲んで寝たのだ。
家庭の先任編 完 引き続き本編を楽しみ下さい


305 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/05/10 11:06

番外編・外止め・・・

「しかしこのオレに外止めは死刑宣告に等しいよなァ〜!」ここは三島の住む営内班、三島は柳沢と「Zガンダム」で遊んでいた。
「ホント、2週間くらいじゃ体力は変わンないっスよね」
「だろ〜?だいたいオレは陸曹ンなるなら2任期終わってからって決めてンだよね・・・あっ、シールド取れちったよ」
三島はネモ、柳沢はハイザックで対戦していた。
「シールドの無いネモ、恐るるに足らず!・・・なんで2任期終わってからなんスか?」
「この野郎、ミサイルランチャーばっか撃ちやがって・・・いや、やっぱ満期金だろ。あとオレは音楽祭りの支援に行かにゃならんのだ」
二人ともジョイスティックを使っているあたり、このゲームのやり込み具合を表している。
「やっぱ陸士の方が行き易いんですか?・・・あ、そろそろ点呼っスよ」
  「そろそろ止めっか。この前は陸士が多かったからね。ヤナギ君、点呼終わったら飯買って来てくれよ」
外被を着ながら三島は言った。その時スピーカーから音楽が流れてきた。
「なんだコリャ?」柳沢は天井を見上げる。
「あァ、<スターシップ・トゥルーパーズ>だな。永嶋士長が当直だろ?自衛隊に長く居るとなんでもアリになるから恐いよ・・・」
永嶋士長は飯島士長と同期で先任士長だった。音楽が小さくなって、「1中隊、点呼ォッ!!」と聞こえた。
「狂ってますねェ!」柳沢は嬉しそうに言った。「全くだ」こうして営内の夜は更けていくのであった

外止め編、不定期に続く・・・


310 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/15 11:56

四月も終わりに近い 先任は休暇前の服務教育の為の資料を揃えていた。
「師団では前年飲酒運動が多いなぁ」とつぶやく
「本当だ、凄い」横から口を挟む田浦3曹
なんかすっきりして見える。「うちは大丈夫かな?」と言う先事件は起きた


311 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/15 12:02

事件の内容をつげる電話がなる 「スピード違反
国道501号線で33キロオーバー」先任は一瞬青ざめた
「うちの中隊ですか?」と聞く 電話の先は「嫌、本管だよ」と
先任の顔に安堵の表情がみなぎった


312 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/15 12:41

事件を起こしたのは本管の陸士長だった
そいつは今回の陸候の一次を通過していた。情報は一気に連隊をかけ巡る「あの人らしいよ」「ウッソー、あの人今回3連続で一番の本命だったのに、もったいない」


専守防衛さん 投稿日:04/05/15 12:46

それを聞いた中隊長。「笑い事ではないが。うちの三島にさらに運が巡ってきたな」と一言
中隊本部でも皆口を揃えて言う「運がきた、三島に運が来た」さて、2次試験は連休明け一週目
どうなることやら


315 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/16 09:04

赤城の声が響く「右向け〜左!あっ!訂正、右むき〜!あっ!」「はい、やめ!」ここは駐屯地グランド
試験を控えた三島らが、教練の練習をしている
赤城もすぐに朝霞などに行く事もあり実験的に分隊長動作わさせてみた



317 名前:まいにちWACわく!その95 投稿日:04/05/18 19:58

事務所からでも分隊教練の声が聞こえてくる「あ〜失敗…慌てるからダメなんだよな」と田浦3曹がつぶやく
「やっぱり若いと力が入るからな。もっと冷静に周りを見る事ができたら失敗なんかそうそうしないんだが…」同じく先任もつぶやく
「で、今回はどうですかね?」「受かりそうな人間か?」お茶をすすり先任が答える
「まず鈴木は90%受かるな。あいつは学科も5番だったし2次の課目でも全く危なげない…何より中隊長が押してるからな」3小隊「レンジャー」鈴木士長の事だ
「次は田中…もういい加減受かってもいいだろう、次の演習も不参加だよな?」「で、自分が中隊長ドライバーです。あいつもいいかげんカミさんにいい知らせを持っていってやらないと」
「れいの奥さんか…」「そうです、例の『かなた』さんです…」そう言ってクスクスと笑う田浦3曹、先任もつられて笑う「田中かなた…か、回文だもんな〜」

「あとはどんぐりだな、三島は当落ぎりぎり…」ため息をつく先任「それは仕方ないです。でも今回受かったら赤城と一緒に入校ですもんね〜気合いも入るでしょうね」と田浦3曹
訓練Aの中島1曹が「後期だけだがな」と突っ込む「そう!知らなかったんですよね…」と頭を掻く田浦3曹
「こないだ2次の練習をやってる連中に『受かったら半年赤城と一緒だぞ』ってハッパかけたんです。まさかWACは朝霞に行くとは…」う〜んとうなる田浦3曹
「おかげで『嘘つき』って言われました。いやいや知らない事ばっかりで…」

「合計5万4千とんで52円!」と突然、給養の川井2曹が叫んだ「!…何ですか?」田浦3曹が怪訝な顔で振り返る「こないだの桜祭りの純利益だよ!今までで最高かもな」
先任が嬉しそうに言う「赤城を客引きに使ったのが成功だったか?」


318 名前:まいにちWACわく!その96 投稿日:04/05/18 19:58

時はさかのぼって4月あたまの日曜日…

駐屯地が一般開放され、民間人のお客さんが多数やってきて花見をしている。自衛隊の駐屯地は隠れた桜の名所なのである
そんな中、隊舎の調理室に田浦3曹と赤城士長がいた
「…頼むよ、赤城」「でも…恥ずかしいです」「大丈夫だって、お願いだから…」「…わかりました」そう言って作業服の上を脱ぐ赤城士長…

「…お〜似合うね!」先任が入ってきた赤城士長を見て嬉しそうに言う。田浦3曹に頼まれ、赤城士長は後に「祭」と書かれた派手な法被を着ていた
「ちょっと派手じゃないですか…?」恥ずかしそうに肩をすくめる赤城士長「目立ったら勝ちさ、派手に頼むヨ!」そう後から来た田浦3曹が言う
「じゃ、高木2曹の所に行って手伝ってきてくれ」そう先任に言われ、赤城士長はタタッと駆けだしていった

「さて…あと何人か売り子を確保してきてくれ」そう先任が言う「わかりました」と言って田浦3曹も駆けだしていった
営内に戻り手の空いている陸士を何人か連れて、中隊の焼き鳥屋までやってきた「いらっしゃ〜い!」明るい声が響く。赤城士長が客引きをしていた
「何だ、嫌がっていたのにノリノリじゃない」苦笑いする田浦3曹につられて笑う赤城士長&若い陸士たち
「よぅし、おまえらさぁ働け!」手を叩き若い連中にハッパをかける田浦3曹

こうしてみんな客引きを頑張り、今までの祭りで最高の売り上げを記録したのだった…


319 名前:まいにちWACわく!その97 投稿日:04/05/18 19:59

「ふっふっふ…半年分のコピー代が浮いたぞ」先任が売上金を見てほくそ笑む「なんか、人相悪いっスよ…」ちょっと引く田浦3曹
「まぁこれも赤城のおかげってそう訳で…アイツが真っ先に客引きに頑張ったから、若い連中も乗ったんですよ」そう言うのは川井2曹だ
「戦力になってきましたね」嬉しに言う田浦3曹。その戦力はグランドで号令調整に声を張り上げている

「まわれ〜みぎっ!」「まわれ〜みぎっ!」
「ささげ〜つつ!」「ささげ〜つつ!」
グランドの端と端に別れて2次受検者が声を張り上げている。「号令調整」と言われる「声を出す訓練」だ
グランドには他中隊も展開、訓練している。砂場で走り幅跳びをしてる中隊、駆け足組もいる。彼らが全部ライバルなのだ

「さて、ちょっとパジェロの点検してきます。明日から演習なんで…」そう言って田浦3曹は立ち上がった「たった4日の演習か〜こんな時期に…」中島1曹がぼやく
明日からGWの前日まで射撃演習だ「田浦、休暇証は演習に行く前に書いていけよ!」そう先任が言った


320 名前:まいにちWACわく!その98 投稿日:04/05/18 20:00

ポン…ポン…とLAMの縮射弾が300m先の的に向かって飛んでいく。ここは演習場内にあるRR射場だ
3人の射手が並んで縮射弾を撃っている。赤城もいる、命中率はあまりよくないようだ
「縮射装置は重いからな」双眼鏡で的を見る中隊長が言う。頭の鉄帽に赤白の「射場指揮官」覆いを被している
「持ちきれませんかね?」そう言うのは田浦3曹、同じく双眼鏡で的を見て採点している「土嚢があるから依託すればいいのに…」
「怖がってるんじゃないか?力が入ってるな。あれでは演習弾どうなるか…」そう心配するのは神野1曹だ。「安全係」の青い覆いを被っている

「110mm携帯対戦車弾」通称「LAM」は使い捨ての対戦車火器である。本体自体が弾薬のため練習には「縮射弾」と呼ばれる小さい(それでも18mmはある)を撃って練習する

縮射弾を撃ち終わり次は実弾射撃。井上3曹は対戦車りゅう弾、それ以外は演習弾だ。その前にしばらく休憩となった
「どうだ?調子は」田浦3曹が赤城士長に声をかける「やっぱり緊張しますね〜」そう言って笑う
「緊張すると弾がどこに飛ぶかわからないからね、気をつけてね」「ハイ!」「当たったら何かおごるよ、何がいい?」
少し考えて「同期を2人呼んでもいいですか?『アーティラリー』で飲み会おごってください!」
「え?う〜ん…わかった!」男に二言はない、とばかりに胸を叩いた田浦3曹であった

そして本番…赤城士長は2射群だ。全部で4射群あり、最後は井上3曹一人だけで鉄板の的を撃つ。まずは第1射群の射撃をみんなが見学する
「射手、目標正面の的!立ち撃ち第1…」射撃係幹部が号令をかける、そして全員がLAMを肩に担いだ「射撃用意!1的から撃て!」射撃係幹部が号令をかける
「後方よし!」射手が後を確認して安全装置を解除する。そして一瞬の間をおいて…


321 名前:まいにちWACわく!その99 投稿日:04/05/18 20:00

ドン!

すさまじい轟音と衝撃が射場に鳴り響いた
射手の前後で煙が巻き起こり、その煙の中から青い弾頭部が飛び出してきた
5mほど(比較的)ゆっくりと飛翔し、羽を広げ300m先の的にすっ飛んでいった。そして…
「命中しましたね」双眼鏡を覗いていた田浦3曹が言った。弾頭部はベニヤの的を貫通し、後方の停弾提に突き刺さった

続いて2的、3的と続けて撃つ。結果は3発中2発命中だった「まぁ、悪くはないな」と中隊長も言う
次は2射群だ、赤城士長は2的「ふ〜」と息を吐き緊張をほぐそうとする
「まぁ堅くなるな、一発100万円を一瞬で消費するんだ。楽しんでこいよ」と田浦3曹が声をかける「ハ、ハイ」と笑う赤城士長だが、少し顔も赤くなっている

弾薬交付所でLAM本体と発射装置を受領する。本体を大事に抱えて射座に向かう(リラックスして…)そう自分に言い聞かせて射座まで歩く
射座に着きLAMをおろす、そして射撃装置のチェックを始める。安全装置と撃発の作動をチェックし、眼鏡を覗き以上の有無を確認する
「異常なし!」と射手たちが射撃係幹部に報告する。そして射撃準備の号令がかかった

弾頭部のプローブを伸ばし射撃装置を取り付ける。前方握把と肩当てを伸ばし一気に肩に担ぎ姿勢を取る。前方握把をしっかりと土嚢に依託し、眼鏡を覗き狙いを定める
300mの表示のある十字に的を合わせ、右足を前に出し姿勢を固める「準備よし!」
ずっと心拍数は上がっている。肩が堅くなっているのがわかる。指先にも力が入り震えがくる
(力を抜いて…呼吸を整えて…)赤城士長は今まで習った事を思い出すように、そして冷静になろうと呼吸を整えた
(楽しんで…そう、楽しもう!)そう思ったら少し緊張が解けたような気がした

「1的、射撃用意…撃て!」号令がかかる、隣の1的が射撃する。さっきとは比べモノにならない爆風と轟音が赤城士長を襲う
思わず身が固くなる、アドレナリンが吹き出してくるのがわかる気がした。次は自分の番だ…
「2的、射撃用意」号令を聞き後ろを見る「後方よし!」姿勢を固める。眼鏡の十字を的に合わせる。人差し指に力が入る…

「撃て!」号令を聞き引き金を絞る。引き金に手応えを感じ、撃発が落ちた


322 名前:まいにちWACわく!その100 投稿日:04/05/18 20:01

ごう!と体が衝撃を感じた。轟音よりすさまじい衝撃を受ける
眼鏡の前に砂埃が舞う。着弾は…?うっすらと的が見える
安全装置を条件反射のようにかけつつ、弾着の行方を見る…

「お、当たったな」双眼鏡を覗いていた中隊長がつぶやく「あ〜おごり決定か…」そう言いつつもどこか嬉しそうな田浦3曹
赤城士長の放った弾は的の若干下に命中した。ベニヤの的にきれいな穴があいていた

「は〜…」軽くなった本体部分を返納し、大きなため息をつく赤城士長「お疲れ、どうや?当たったか?」聞いてきたのは井上3曹だ
「ハイ!何とか…ドキドキしました〜」そう言って胸に手を当てる、顔もまだ赤い「次はオレや、1発200万を撃ってくるわ〜」そう言って井上3曹は射座に向かった

赤城士長が対戦車りゅう弾の見物に…と台上に上がった。田浦3曹が「命中したな、おごるよ」と開口一番に言う
「いいんですか…?ホントに」少し心配そうに聞く赤城士長「男に二言はない!」キッパリ言い張る田浦3曹「それよりも射撃見なよ、迫力あるよ」そう言って的の方に視線をやる
射座では着々と射撃準備が進められている。井上3曹がLAMを肩に担いだ、今度のは弾頭部がOD色だ。何か迫力を感じる…
「射手、射撃用意…」号令がかかる「後方よし!」後方を確認して安全装置を解除する
「撃て!」の号令とほぼ同時に対戦車りゅう弾は発射された。300m先の鉄板で作られた的に吸い込まれるように飛んでいく

着弾した!と同時に赤い炎とすさまじい煙が巻き上がる
1秒後…すさまじい爆音が聞こえてきた

「お〜」見ていた隊員たちから歓声が上がる「スゴイ!音が後からくるんですね〜」赤城士長も興奮している。顔を真っ赤にして喜んでいる
「まぁ口ばっかりじゃない、ちゃんと当てたな」そうニヤリと笑う田浦3曹であった


323 名前:まいにちWACわく!その101 投稿日:04/05/18 20:23

「まま、中隊長どうぞどうぞ…」田浦3曹がビールを注ぐ。演習最終日の晩、廠舎の中では宴会が始まっていた
衣装ケースを机代わりに、演習場近くのコンビニ「ぶんぶん」で買ってきた酒とつまみが並んでいる
「や〜アリガトよ、無反動もLAMも終わったな〜命中率も高かったし、言う事なしだな!」かなり上機嫌な中隊長だ
「何より不発弾が出なかった!いいねぇ〜無反動だけに無反応、なんてことにならなくて〜!」とダジャレを飛ばす高木2曹
「LAMは無反動とは違いますよ」冷静に突っ込む田浦3曹

酒が進むと口も軽くなる。中隊長もかなりしゃべるようになってきた
「いや〜ホント、三島にはドキドキさせらっれっぱなしだな。アイツ受かるかね?」「先任たちが必死で鍛え上げてる最中ですよ」そうフォローする田浦3曹
「学科2番なのに不合格、なんてちょっと恥ずかしいぞ!でもなぁ…」ため息をつく中隊長。珍しく弱気だ
「人事は人ごと、ですからね〜」田浦3曹はそんなに深く考えてはいない
「…よし!GWも練習させるぞ!中隊本部持ち回りで教官してもらおうか!」「…!」顔には出さないが、心の中で(それは嫌です)と叫ぶ田浦3曹、だが中隊長は乗り気のようだ
「田浦、また計画作っておいてくれ!」もう止まらないだろう「…はいぃ…」がっかりと肩を落とす田浦3曹だった…

演習場の夜はこうして更けていった



324 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/05/19 14:55

番外編・外止め・・・

「三島、司令部のマニア娘はどうなった?」ここは三島の住む居室である。
三島とマニア仲間の田島3曹は三島のベッドに座っていた。読んでいる本は「イノセンス絵コンテ集」である。三島はゲームを中断した。
「いやァ〜一緒に外出して遊びに行く予定だったんスけどねェ・・・」
TV画面では勇者アーサーがパンツ一丁で佇んでいる。
「外出できなくてもメールくらいしてンだろ?そんなマニアな会話できる娘なんかそうそういないぞ」
田島3曹は半年先輩である。早稲田大学を中退して入隊した異色の普通科隊員だった。三島と同じく普通科らしからぬ雰囲気である。
「そっスね〜でももうちょっとパイオツカイデーだといいっスね〜!」
「綺麗な顔にデカイ乳、言う事ないな」 渋い声で田島3曹が言う。
「さすが戦車殺しの田島先生、わかってらっしゃる!あとはパイパンだったら言うことねーっスね!」
「三島・・いーねー!!」
やっぱり普通科だ・・・。三島は「大魔界村」を再開した。この後も淡々と猥談に花を咲かせる二人であった。

外止め編、不定期につづく・・・


328 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/19 22:23

試験日 三島を初め、受験者、皆自身にみちあふれた顔をしている。重迫の神田士長は三島と同期なのだが。自信にみちあふれた三島の顔を見て驚く「三島、なんかかわったな〜」と神田が聞くと・・・


329 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/19 22:28

三島は「一次受かってから一番、努力したのは俺よ!特に連休なんてヒドいもんよ!思いだしたくもないけどな。けど、今日から外出出来るんだ、とりあえずはりきっていくぞぃ」と言う。「連休?お前とこも午前だけじゃなかった?」と神田


330 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/19 22:32

「あぁ、他の奴はな、なぜか俺だけずっと」と辛い連休を思いだす。連休編
始まり


331 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/19 22:44

四月29日 「じゃあ今日は終わり」と田浦が言う
皆、解散し始めた時、林2曹が来た。「おぅ、三島、午後は13時からな。ジャージでこいよ」と言う。三島はぽかんとして「へ?俺だけ?ですか?」当然とばかりに林も田浦もうなずく。青ざめる三島・・・


332 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/19 22:51

駆け足をし、筋トレをしたのち、体力検定科目を一人黙々とやらされる。今までも、筋肉痛に悩まされていたが。比べ物にならないくらい、痛かった。やめたかった。しかし、夜。青木を初め、各支援で知り合ったワックから、励ましの電話がかかり、元気がでるのだった


334 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/19 23:07

30日 「あたっ!」起きると体が痛い。嫌になる。携帯で時間を見るとメールが1通。(頑張ってる三島士長を応援します、へこんだ時はいい場所知ってまっせ。パクリ屋赤城チャン(笑))俺はモテキャラ?と調子に乗り教練の練習を張り切りであった。午後
来たのは倉田だった。


335 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/19 23:18

倉田を見た三島はホッとした 人事が来た!午後は面接だな。と考えたのだ。しかし、甘かった
倉田曰く、「最近太ってなぁ、昔を思いだしてテンマイル行くぞ」と張り切り、実際走る
その後は、体力検定科目 後面接 疲れている三島に倉田は「明日は岡野だぞ」と告げて帰る


336 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/19 23:23

体が限界に来ていた。風呂に入り、寝ても疲れが取れない。なんか、成果も上がってないような気もする
明日、岡野2曹に正直に言って軽くしてもらおう。決心する三島


337 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/19 23:35

次の日 午前を無事終わった。 岡野2曹がいる「じゃ、午後ジャージな」
「あの、実は・・・」話が話だけに中なか確信に行けない三島を尻目に岡野が「ここだけの話だけど、お前、師団記念の時のワックとどうなった?」と聞く
三島は驚き「えっ?」と、とぼける


338 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/19 23:40

「綺麗な子だったよな、あれなぁお前に告白する所だったと思うぞ」三島は驚きの顔で「え〜!あの時の会話聞いてたんすか!寝てたって?」「あぁ、あれな、あの状況で本当の事言えないだろ普通」三島は少し照れた顔になっている


339 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/19 23:44

その顔だと、まだ続いてるな?と岡野が聞くと三島はうなずく。「いいなぁ若いって。じゃあのワックの為にも今が頑張り所だな」と言われ。何も言え無い三島
結局、この日も連休特別訓練をしたのだった・・・


341 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/20 23:29

五月四日 三島の体も限界だった 今日の午前は何も無し、だった。外禁中の三島には関係ないが・・・
なぜなら三島には午後がある。今日は先任が来る
今のうちに体休めなきゃ ぐっすり昼寝する三島だった


342 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/20 23:33

「おい!三島、起きろ!おい!」その声に起こされる。ぼけー、と見て見ると先任だった
ふと、我にかえる三島 「すみません!今すぐ着替えます!」と大声を発する
「いや、ゆっくりでいいぞ、今日は走らんから」三島はその言葉を理解出来なくポカンとしていた


343 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/20 23:38

「今日は面接の練習して、そのあと少し話しよう」いつになく、真剣な先任
三島はその顔をさっし素直は「ハイ」と言うしかなかった
。面接練習も終わりに近ずいた時「君は今、本当に陸曹になりたいの?」と真剣な顔で質問を受けた


344 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/20 23:42

正直話、悩んでいた三島 さすがに表情は暗い。それをさっした先任は、静かに、そして気合いをいれながら、先任の陸士時代の話をしはじめた。


345 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/21 12:14

先任の話を聞きながら、三島は筋肉痛で顔をゆがめそうになる。「痛いか?」「はい。」「まぁ、しかたがない。」と言ってまた、昔話をする。「昔は、5任期以上の先任士長が〜、で、早く陸曹になったもんじゃ〜、今は〜、先任士長と言っても〜」段々クドくなってきた



349 名前:まいにちWACわく!番外編 佐藤士長の決意1 投稿日:04/05/22 18:55

1972年2月…生活隊舎も無く売店も粗末だった駐屯地。日夕点呼を受けるのは将来の先任である佐藤士長だ

「…最近ちょっとたるんでねぇか〜おまえら?清掃もまともにできねぇで外出なんか…」当直・小倉3曹のネチネチとした話はまだ続く
「おい、佐藤…」点呼の列に並んだ佐藤士長に声をかけてくるのは同期の大村士長だ「アイツ、この寒いのにいつまで話続けんのかな?」
「しょうがないんじゃない?ああやって威張りたいから陸曹になったようなヤツなんだし」小声で答える佐藤士長
「お前もう任期満了で辞める気満々だもんな〜来月だっけ?」「そう、3月末さ。先任とかは『陸曹になれ!』の一点張りだけど」呆れたように言う佐藤士長
列の前では小倉3曹がまだ怒鳴っている「アイツみたいになりたくないしな。大村、お前は残るんだろ?」「あぁ、4月の試験を受けるよ。まぁやらなくても受かるんだけどね」

「おいおい当直陸曹さんよ〜消灯になっちまうんじゃないんですかぁ?」そうはやし立てるのは先任士長・久保田士長だ。5任期士長の久保田士長は小倉3曹より入隊が上である
「もう寝てもいいですかね〜」嘲るように久保田士長が言う、周りの陸士達も嘲笑を押さえる「…点呼終わり」顔を赤くして小倉3曹は去っていった

「あ〜あ、8班の連中はまたいびられるだろうな」部屋に戻りつつ佐藤士長は言う。8班は小倉3曹が班長なのである
「いやいや、明日の外出は『清掃の不備』を理由に不許可になるとかじゃねぇ?」大村士長も呆れたように言う

次の日、駆け足をする佐藤士長と大村士長たち「佐藤も残ればいいのに。まだ娑婆より気楽じゃねぇ?」大村士長が言う
「気楽だからいいってもんでもないだろ?それに立場サイアクだしな、今じゃゲバ棒振り回してるほうがヒーローじゃん。俺達は『体制のイヌ』だぜ?」そう言って呆れる佐藤士長
「いいじゃねえかイヌで、娑婆に出たら『企業のイヌ』だろ?」「どっちもどっちならかわいい姉ちゃんのいる方がいいぜ」そう会話しながら駆け足は続く

そのころ、長野県の山奥で何発もの銃声が鳴り響いた…


350 名前:まいにちWACわく!番外編 佐藤士長の決意2 投稿日:04/05/22 18:56

課業も終わり2士連中が班長たちの靴磨きに精を出している、佐藤士長らは娯楽室でオセロや花札、将棋などで遊んでいた
「よし、王手!待ったなしですよ〜」と大村士長「む…こりゃぁいかんな」そう唸るのは久保田士長だ
「勝ったら外出増やしてくれるんですよね?」「…まだ勝負は付いてない!」久保田士長がそう言って盤面をにらみつける
その時だった「非常呼集〜!残留者は集合!」当直士長が叫んで回る「ん〜、また小倉のボケかぁ?」そう言いつつ外被を着て廊下に出る久保田士長達

廊下に立っていたのは小倉3曹だった。だが何か様子が違う
「本日午後3時頃、『連合赤軍』の連中が人質をとって軽井沢の『あさま山荘』に立てこもるという事件が発生した」行列内からざわめきが起こる
「現在、警察が包囲中だ。だが、この事件を機に各地の活動家が事件を起こす可能性がある!」さらにざわめく班員達
「よって連隊は、当分の間『第3種勤務態勢』に移行する!全員外出は禁止、以上!あとは部屋で待機しておけ」そう言って小倉3曹は立ち去っていった

「おいおい、長野の話なのにこっちまで巻き添えかよ〜」「アカはろくな事しねぇな…」「デートの約束はどうなんの?」口々に愚痴を言う営内者たち
みんな娯楽室に集まりテレビをつける「俺達も出動…するのかな?」不安そうに言うのは大村士長だった
「なんだ大村?ブルってんのか?」そう言って笑う久保田士長「アカどもをボコボコにしたらいいんじゃねえか、簡単簡単!」そう言ってゲヒャヒャと笑い煙草に火をつける
すっと灰皿を差し出すのは佐藤士長だ「あ〜あ〜大変だな…もうすぐ任満なのに」そう言ってため息をつく

廊下からは3小隊の小隊長・権藤1曹の声が聞こえる。どうやら事件発生の一報を聞いて駐屯地に駆けつけてきたようだ
「小倉ぁ、今すぐ動ける人員は何名だ?」「えっ?それはまだ…」「それを調べるのが当直の仕事だろうがぁ!!さっさと行け!」小倉3曹の太鼓腹に権藤1曹の蹴りがヒットする音が聞こえた
「あのバカ、なにやってんだか…」久保田士長はニュースを見つつボソッとつぶやいた


351 名前:まいにちWACわく!番外編 佐藤士長の決意3 投稿日:04/05/22 18:57

次の日からは万が一の出動に備えての準備が始まった
「治安出動用の盾、木銃、催涙ガス弾、あとは…」「よし、これをトラックに積み込んでくれ」「防護マスクの点検は小隊ごと!」 着々と準備が進む「いいか〜柵の外から見えるところで準備するんじゃないぞ!あくまでもコッソリ準備だ」そう中隊長が言う

事件は膠着状態になってきている、日々の報道も変わりない。記者会見に出ている警視庁のお偉いさんも憔悴してる感じだ
「なんか一人殺されたんだって?」娯楽室で久保田士長が聞く「民間人が撃たれたらしいですよ」誰かが答える「へ〜警察の網を突破したのか、すげえな!」

その横で大村士長は落ち着かない顔をしている「俺達は…どうなるんだ…?」佐藤士長が答える「どうにかなるんじゃないか?考えすぎだろ?」
「お前はもう辞めるから…!」「おいおい、何をイライラしてるんだ?」「…すまん、しかしこんな事って…」首を振る大村士長
「ベトナムじゃもっと何人も死んでるんだろ?あっちは戦争だからな」「戦争なんて、俺達には関係ないと思ってたよ…」
肩をすくめ佐藤士長は言う「これが戦争か?俺達が出動する時は、もっとハードな事になるんだろうぜ」

報道のテレビ越しにも警察の焦りは伝わってくる「空挺の同期が『遺書を書いた』とかって電話で…」誰かが言っている
「俺達の出番だろうか?」「警察がやるんじゃない?」そういった会話が中隊内でも聞こえ始めた

そして2月27日、警察は「強行突入」を決意したようだ


352 名前:まいにちWACわく!番外編 佐藤士長の決意4 投稿日:04/05/22 18:58

「…というわけで、警察の突入に合わせてわが連隊の管内でも不審な動きをする団体がいる、との情報がある…」
中隊長が全隊員を前に話をしている「今晩から明日にかけて、中隊は30分以内に出動できる体制を維持する」
「そりゃ『寝るな』って事かな…」列内で誰かがささやいた
「わが日本国の平和と安定は諸君らの双肩にかかっている…」演説のように熱っぽい話し方になってきた中隊長、旧軍時代を思い出しているのだろうか…

「大村、大丈夫か?」佐藤士長が心配そうに聞く「…あぁ、何もなければいいな」やはり顔が青い。深夜1時、各小隊持ち回りで不寝番をしている最中だ
「オレは…こんなに臆病だったのかな?」そうつぶやく大村士長「…」佐藤士長は何も答えない、いや、答えられない
娯楽室の時計の針が回る音がする、交代まであと少しだ
「オレ、間違ってたよ。自衛隊は『気楽な職場』なんかじゃなかったんだな…」深くため息をつき大村士長は言う
「オレも間違ってたかもな。『体制のイヌ』じゃねぇ、俺達は『番犬』だよ。あいつらはヒーローなんかじゃねぇ、悪党だ。俺達みたいなのがいねぇといけないんだ、この国には…」 そしてさらに夜は更けていった…

「お〜行け行け!」「派手だねぇ…鉄球だよ」「この寒いのに放水だって!やられた方は悲惨だねぇ」テレビを見つつヤジを飛ばす。28日、突入の日だ
「今のところ何もなさそうだな、やっぱり60年や70年安保の時と違うな〜」そう言って笑うのは権藤1曹だ
そして夜…人質救出&犯人全員逮捕で突入は終わった。殉職者2名の報に娯楽室は静まりかえった
「死んだ…か」「覚悟はしてただろうけど…」
「自衛隊にとっても、いつか人ごとじゃなくなる日が来るかもな」そうつぶやいたのは大村士長だった


353 名前:まいにちWACわく!番外編 佐藤士長の決意5 投稿日:04/05/22 18:58

結局事件の後、『連合赤軍』の連中が行った凄惨なリンチ事件が発覚し、学生運動は急激に衰え始めていった

「やっぱり任満で辞めるのか?大村…」3月末、継続任用の手続きをした佐藤士長が言った「ああ、わかったんだ。オレは自衛官を続けられないってね」そう言って寂しそうに笑う
「…」「でもお前が残るから、中隊にはマイナスにならないよな」「そういう問題じゃ…」「どうして残ろうと思ったんだ?」そう大村士長が聞いた
「誰かがやらなきゃいけない仕事だって気づいたのさ、それに農家の四男坊のオレにはもう行くところがないからな」そう言って笑う佐藤士長
「オレは実家の工場を継ぐよ、これからは物作りの仕事が大事だろうから…」「そうか、がんばれよ!」

除隊式の日、5分咲きの桜の中を去る大村士長。佐藤士長は見送りもそこそこに、陸曹候補生になるためのなるための勉強に向かった…

「…そうして今、ここにこうしているのさ」そう言って先任は笑った「『命がけの仕事』の覚悟ができなかった大村は辞めた、最近の若い連中にその覚悟があるのかな?と思うんだよ」そう先任は言う
「…」三島は黙って聞いている「不景気だから人材はいくらでも入る、でも頭や体力だけで続けられる仕事かどうか、それは考えた方がいいな」そう言って先任は立ち上がる
「『陸曹になりたい理由』に生活を上げるヤツもいる、それは当然だろう。でもな、ホントにそれでいいのか、考える必要はあるだろうな」そう言って先任は去っていった



355 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/05/24 19:29

番外編・外止め

「そりゃ先任には調子良く言っときますよ〜!」
ここは三島の営内班、青森のお気に入り・上田と話していた。
「でも三島っちどうするの?陸曹目指して頑張るの?」
三島っち・・・相変わらず軽いノリである。 「そうだなァ、今回は見送ってもいいような気がするかも・・・でもまた体力練成すンのめんどうなンだよね〜」
ベッドの上で寝ながら話していた。筋肉痛がキツイ。
「まァたそんな事言って〜一気に行っちゃった方がいいンじゃないの?今回通っても音楽祭りは来れるんですよね?」
「入校は来年のハズ・・・まァ音楽祭りはウチの中隊に支援依頼が来るかわからんしね。なァーんつって連隊広報に根回ししてンだけど〜!」まったくこの男は・・・
「さすがは三島っち〜」 まったくフザケタ会話である。
「でもそんなに親身になってくれる先任が居ていいですね!」
上田もたまにはいい事を言う。 「もし候補生になって支援に行けなかったら辞退しま〜す!」
・・・台無しである。その後もどうしようも無い会話が続いたのであった。
「三島士長はホントWACの知り合いが多いっすよね〜」
電話を聞いていた柳沢が寄ってきた。
「おっヤナギ君、おれはこの後中央音楽隊のお友達にも電話をかけにゃならんのだよ。また後にしてくれたまえ・・・あっ宮野ちゃ〜ん?」
恐るべし三島!冗談と本気の境界線が分からない所がこの男の魅力である。
「この人、さっきはマジ顔で先任との事を語ってたのに・・・」
柳沢も呆気に取られていた。この後三島のアピールと調整は多方面に及んだという・・・。

外止め編、不定期につづく


357 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/24 22:45

五日、夕方 「あ〜あ、なんの為の連休だったんだ〜」
と田浦が叫べば「俺の青春返せ〜」と三島が叫ぶ
そう、今日で連休は終わりなのだ。田浦が三島に「お前がそれを言うなよ!みんなお前の為になぁ」と言っている


358 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/24 22:49

「はい、感謝しています」とお調子物の三島。田浦は真剣な顔をし「しかし、ここ最近じゃ珍しい話だよ、1次受かって外禁なんて、俺以来じゃないか?」三島は驚き「田浦3曹も体力なかったんですか?意外だなぁ」と言う


359 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/24 22:53

田浦はあわてて「バカ、勘違いするな!俺らの時は当たり前だったんだよ。それに俺は体力も教練も面接も優秀だったんだぞ!」三島はニャニャしながら「自分でそこまで言えればたいした人ですね」さらにニャとしている


360 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/24 22:56

「そんな優秀な班長に指導された事を誇りとし、自信をもって2次受けます。無事終わった時はまた、音楽祭り支援行かせて下さい。」と、とんちんかん発言をする三島だった


361 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/24 23:01

田浦は、はぁ?とした顔をし、「早くも予定か?あのなぁ、今は支援より2次の事だけ考えろよ。お前の為に中本のほとんどの人が連休潰して出てきたんだぞ。」
「はい、感謝してます。本当です。」 「よし、それならいい」さらに話は続く


362 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/24 23:05

「よし、こうしょう。二次で三島がそれなりの結果をだしたら支援に名を入れるようにする、期待を裏切ったら、支援には絶対行かせない。よし、これで決定!じゃ俺は下宿に帰るぞ、じゃあな」三島はただ、呆然と立ち尽くしていただけだった


363 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/25 16:25

下宿に帰った田浦3曹編。休暇最後、下宿で一人焼酎を飲みながらネットをやっていた。1チャンネルと呼ばれるサイトを見ると自衛隊板がある。何げに見ると・・・
軍事ドラマ「施設科中本」と言うスレがある。「面白い!」何か、共感を得た夜だった。


364 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/25 17:17

「なんかなぁ随分、うちと似ているなぁ、まぁ自衛隊はどこ行っても同じって事なんだろうなぁ」田浦をそこまで言わせる軍事ドラマ
施設科 中本の気になるスト〜リィを概略説明しよう


365 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/25 18:59

ドラマは2士WACが初配属されたばかりの施設中隊
中本を中心となっている WACを取り巻く騒動
中本に支援要因となっている陸士長のどたばた劇
中本要因の現在と過去のエピソード もちろん日常の訓練、業務、生活などのドラマなのである


366 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/25 19:04

施設の事がよくわからない田浦でも楽しく読める内容に親しみを感じた。多分、今の俺と似た苦労してる人が自衛隊には沢山いるんだろうなぁ
そう思うと、自然と笑みがこぼれる田浦だったのである。次の展開が楽しみだ。
こうして田浦の長く、短い連休は終わった


367 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/25 20:04

「ば、馬鹿な。」
いきなり中国の戦闘機が攻めてきた。
最新型のSu-30MKKである。
圧倒的なその強さに仲間は次々に殺されていく…
バコーン ドカーン シュカーン
「うう…」
部隊は… 全滅した…


369 名前:ばっとかるま 投稿日:04/05/25 21:39

「なんだ〜、こりゃ!」 連休最終日、点呼前の営内に柳沢の絶叫がこだました。
「いや〜、友達がバイトしている会社のソフトらしいんですが
 たまたま帰省した時にばったり会っちゃってほとんど押し売りみたいに買わされちゃったんですよ」
久しぶりに実家に(と言っても電車で2時間ほどの所だが)帰省した川原1士は
営内にかえって来るなり柳沢にこのソフトを差し出し「ちょっとやってみませんか?」と誘ったのだ。

「しかしこのゲーム、バランスがめちゃくちゃだな〜。よく発売する気になったよな?だいたいなんだってこんな所に中共軍が出てくんだよ?」
三島のまめな営業電話を聞かされ続け、挙げ句の果てにこんなクソゲーを知らずにプレイさせられた柳沢は愚痴るように川原に言った。
「すいません。でもその会社、今マジでやばいらしくってそいつも困っているらしいんですよ」
川原はすまなそうに、しかし不幸を共有させたモノ特有の優越感に浸った顔をした。


370 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/25 21:44

キーン フーン 攻撃してきた戦闘機は去っていった。
数時間後、救援が来た。 「おお、大丈夫か?」
「ああなんとか、ありがとう。」 「ほかの仲間はどうした?」
「…皆死んじまった。」 「くっ、畜生が!」

自分は助けられたが何か気が抜けたような感じがした。


371 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/25 22:10

パシャパシャ ワーワー 多くの報道陣に囲まれた。
「今回、中国が攻めてきたのはどうしてですか?」
「戦闘機が攻めてきて何故対処できなかったんですか?」
「何故あなただけが生き残ってるんですか?」
「これは中国の宣戦布告でしょうか?」 一斉に質問をしてきた。
「答えてくださいよ!」 「・・・・」 何も言えなかった。この場がつらかった。
俺は走って逃げた。


372 名前:ばっとかるま@火消し中 投稿日:04/05/25 22:30

はっ、 柳沢はバネ仕掛けの人形のように上半身起こした弾みでを目を覚ました。

辺りを見回すと暗い部屋の中で軽いいびきが聞こえた。
「何だ、夢かよ・・・」 ほっとした柳沢はいびきのヌシ、川原をにらみつけ
「おまえがつまんねーモノやらせるから、変な夢見ちまったじゃぁねえか」
と独り言をつぶやいた。

午前2時過ぎ とりあえず一息つくまで眠れそうにない。
柳沢は静かに部屋を出て喫煙スペースへと向かった。

当直陸曹に気付かれないようにそっと紫煙を吐き出す。
「ふ〜」 普段はあまり吸わないたばこだが精神安定作用は抜群だった。
その成果部屋を出たときは全身汗だらけだったが
今は逆に汗がひいてせいで背中がぶるりと振るわせた。

柳沢はたばこを丁寧にもみ消し、集積缶へ捨てるとかすかに覚えた尿意を解消するためトイレへ向かった。

中隊本部 状況外番外編 終了 引き続き本編をお楽しみ下さい


374 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 15:54

重迫の神田士長に連休の話をし終わり、「本当、なんかしらんけど、よくやったし、やらされたし。で、俺は音楽祭り支援行くからさ、悪いけど、いい結果残すから。」と、自信満々に語ったのだった


375 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 15:59

「うん?あっ、はぁ、まぁお互い頑張ろうや。」と神田が言った所で、「受験者集合〜」と、3科名前も知らない、曹長が叫んだ。三島の受験番号は3番
午前 教練。 午後、前段 面接。後段は受験者全員で体力検定


376 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 16:08

神田は午前、面接 午後後段 教練 だそうだ。「ただいまより〜」1番が早くも受験をしている。少し緊張もしてきている。「別れ!」と気合いの入った声が聞こえた時には三島の緊張は頂点に来ていた。「3番、三島士長」し〜ん
「三島士長!」2度呼ばれ気づく。「は、はい!」


377 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 16:18

状況付与者の所へ行った三島。付与者は初対面の1曹「緊張するなよ、外出でも考えてリラックスだ。」この一言が三島を救った。(今週末は青木ちゃんと会うんだ。知り合いワックの中で1番、好みだからなぁ。ん?音楽祭りも。うん、最低悪評さえださないとOKだろ〜行けるな)


378 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 16:22

試験を受かろうとする三島では無く、音楽祭り行くぞ!外出するぞ!と気持ちを変化させた三島。「あと二分」と付与者が言った時初めて、状況を確認し、構想をたて
試験に望んだ。「三島士長が分隊の〜」〜〜「別れ」と無事終わった


379 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 16:28

「うん、練習よりはるかに上手かったな」と、中隊長は言う「うん、うん」と中本主要メンバーが声を出してうなずく。「陸曹になりたくなったのかな?訓練陸曹、三島の代わりの中本支援要因新しく作るよ〜」と補給の林が言う
皆「うん、うん」と声を出す


380 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 16:34

「今回は冗談ですまない話だな、連休中、みんなの鬼教官ぶりが訊いたんじゃないか〜」と嬉しそうに語る中隊長に倉田曹長が「三島に付き合ってテンマイル走って、次の日筋肉痛になって。いやぁ苦労したかいありました!」と自信ありげに語る


381 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 16:40

そんなこんなで午後 三島は、面接をしていた。長所、短所は?
なんで曹になりたいの? 得意な訓練は? など、聞かれ、三島は練習でやった通りの答えをだす。最後の副連の質問になった「三島士長、君の尊敬する上司は?またその理由は?」と聞かれた。


382 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 16:45

ん?(そんなの練習してないぞ?)三島は言葉に詰まった。(あぁ、音楽祭りが逃げそう)三島は小隊があまり好きでは無かったし、中本での支援をしてても、中本の要因の凄さをあまり感じた事が無かったのだ(やばいなぁ。適当な答えしか)「先任です」とつい言った


383 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 16:49

理由は「私に・」言葉が詰まる(先任を尊敬?外禁にさせた上、連休潰した人間のボスだよ、ありゃテロだ、泥棒だ)など、瞬時に思う
(ん?テロ、そうだあの話だ!)


384 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 16:54

「以前、先任に先任が曹を目指した理由を聞きました。それ以来尊敬してます。内容はこうでした」と三島は連休に先任から聞いた浅間山荘の話をしそれに感動したと話たのだった。そして体力検定


385 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 20:45

「あのほら〜午後からやった3番の、え〜3だからみ・みポン!三島!彼の最後の話よかったよかったね〜」と副連が言うと胡麻擂り科長で有名な1科長
田村3佐が「あっ、副連隊長もですか〜私も感動しまして〜」と言う


386 名前:専守防衛さん 投稿日:04/05/28 20:52

それを見た3科長 『負けられない!』と思った「いゃ〜三島ですよね、さすがに副連隊長、お目が高い、彼は私も前から目つけてましてね〜」と胡麻すり
「ほう?どんな所を?」と1科長が意地悪そうに言う
「・・・」何も言えない3科長であった・・・



389 名前:まいにちWACわく!その102 投稿日:04/05/30 14:37

「中国?」「そう、中国。正式には中華人民共和国」「いや、知ってますけど…」グランドの端で会話するのは田浦3曹と柳沢士長
試験の様子を見に来た田浦3曹に駆け足中の柳沢士長が声をかけてきたのだ
「で、その中国が攻めてくる夢を見たと?」「そう、河原のヤツが持ってきたクソゲーのせいだ」柳沢士長は田浦3曹より年上で入隊も古い
「でも何かリアルでな…」「ま〜警戒は必要でしょうけど、中国はそんなに心配する相手じゃないですよ」事も無げにさらっと田浦3曹が言う
「そうなのか?でも『朝雲』とかによく書いてるけどな…」「『EEZで調査船』とか言うヤツですか?」「そう、あいつら軍拡しまくってるんだろう?」
図版を持つ手を動かし、田浦3曹が口を開く「中国軍は200万人の軍隊といわれています。予備役を含むと1000万、自衛隊の約50倍ですね」「だろ?人海戦術だよな」
「でもその200万の軍隊をどうやって日本に持ってくるんですか?」「そりゃ輸送船とかを使って…」手で柳沢士長の発言を制し、言葉を続ける


390 名前:まいにちWACわく!その103 投稿日:04/05/30 14:40

「中国海軍のレベルは決して高くはありません。軍艦というのはその国の技術の結晶ですから、結局はそのレベルのモノしか作れないのです。軍艦の数は多くても火力は貧弱です」一息入れて続ける
「世界でも最強クラスの海上自衛隊からしてみれば、ただの動く的ですね。200万人が乗っててもみんな魚の餌です。輸送艦や飛行機に乗ってる内は、最強の兵士もタダの的ですからね」「しかし、資源を押さえられたら?シーレーンとか…」
「そんな事をしたらアメリカ、台湾、東南アジア諸国が黙ってませんよ。彼らにとっても死活問題ですから」「しかし…」「それに中国軍は一枚岩ではないんです」さらに続ける田浦3曹
「各地の軍閥というのもありますし、軍の幹部が企業経営してる事も多いのです。もし北京の中央政府が自分の利益を失う戦争を仕掛けたら、彼らはどう動きますかね?三国志の世界再びってとこですか」「群雄割拠か?」
「さらに日本を攻めている間、後方のチベットやウイグル族自治区が黙っているとは思えません。軍には彼らの民族も多く、反逆の機会を狙っていると聞きますよ。」
さらに続ける


391 名前:まいにちWACわく!その104 投稿日:04/05/30 14:43

「それに一人っ子政策の弊害で、下手に兵士を失うと後継者を失う一族の反発もあります。結局の所、中国はぜんぜん一枚岩では無いのです」「ほ〜」
「さらに日米安保があって沖縄に米軍がいる限り、中国は沖縄という橋頭堡を得られないのです。911以降米軍は沖縄から撤退する気はなさそうですし」「やっぱりアメちゃんか」
「米軍をさけて九州を攻めようとしても、待ちかまえているのはイージス艦を備えた海上自衛隊とイーグルを持つ航空自衛隊、そして精強西部方面隊です」「ふんふん」
「日本を占領できる戦力は、今のところアメリカしかないのです。自衛隊って意外と強いんですよ」そう言って笑う田浦3曹
「ま、少なくともあと20年は中国侵攻の悪夢は無いでしょうね。日本が中国に攻め入るのはあと100年は無いでしょうが…」
「じゃああいつら調査船なんか使って何してるんだ?」
「既成事実を作ってボチボチ領土を獲得するつもりでは?最近は日本政府も強気でうまくいってないみたいですが…」そう言って肩をすくめる「社民共産が弱くなりましたからね、世論工作も難しいでしょう。民主党もあんなんだし」
「マスコミの言ってることとは違うな〜」「マスコミなんぞケツの毛の先ほどの信用もありませんよ、この知識もネットで仕入れたんです」

「しかしずいぶん詳しいな〜」感心する柳沢士長「いやいや、2次の面接でよく国際情勢とか聞かれるでしょう?だからオレも勉強したんです、三島とかに教えないといけないから…」そう言って頭を掻く田浦3曹
「当面の的は中国より他中隊だな」急に後から声をかけてきたのは佐々木3尉だった


392 名前:まいにちWACわく!その105 投稿日:04/05/30 14:43

「お疲れ様っす!」二人が声をそろえて敬礼する
年齢では 柳沢士長>田浦3曹>佐々木3尉 だが、階級的には
佐々木3尉>田浦3曹>柳沢士長 という変わった組み合わせの3人だ

「どう?試験は」「ウチはだいたい分隊教練が終わりましたね、あとは体力検定…」田浦3曹が答える「この暑いのに、モデル要員がかわいそうだわ」柳沢士長がつぶやく
分隊教練の試験での分隊員、つまりモデル要員は各中隊から支援を出している。公平を期すために受検者とは違う中隊の人間が分隊員として動くのだ
「一日中歩いたり基本教練したりだもんな〜」田浦3曹の視線の先には、怠そうにしている赤城士長が見えた
「どこの中隊も新兵を主力に使ってるみたいだね」「そりゃ新兵は号令どおり素直に動きますからね、でもさすがに疲れてますね…」気温は25度を超え、真夏日といってもいいほど暑くなっている
5月の日差しは容赦なく作業服を着込んだモデル要員達を襲う「ちょっと様子見てきます」そういって田浦3曹はその場を離れた

「どうだ〜みんな!元気か?」わざと明るく振る舞う田浦3曹、しかしみんな生返事だ「暑いですっ…」ぼそりと答えたのは赤城士長だ
「まぁ後少しだ、がんばれ!」「この勤務を決めたのって田浦3曹ですよね…」誰かがぼそりと言う。みんなの視線が痛い
「ま、ま〜若い内の苦労は買ってでもしろって言うじゃない、ハハハ…」冷や汗をかきながらその場から退散する田浦3曹であった


394 名前:まいにちWACわく!その106 投稿日:04/06/05 14:38

試験もついに体力検定を残すのみとなった。公正を期すために全中隊の受検者約30名が一斉に試験を受けるのだ
候補生試験ではなぜか旧体力検定を実施する。課目は「50m走」「屈腕懸垂」「幅跳び」「1500m走」である

まずは50m走から始まった。全員がグランドに移動し、各中隊の記録要員や応援要員も一緒に移動する。田浦3曹も記録用紙やストップウォッチを持ってついて行く
「やっと命令会報が終わったよ、もうすぐ始まりかね?」先任もやってきた「ええ、今から50mです」そう答える田浦3曹
我が中隊の一番手は鈴木士長、大本命だけあって危なげなく50mを5秒9で駆け抜ける「さすがだな」「また1級取るんじゃないですかね?」
次は田中士長、記録は6秒7「まぁ許容範囲だろうかね」次は三島士長、記録7秒「…う〜ん、悪いな」「イマイチですね」
さらに何人か続き50m走は終わった

次は懸垂、鉄棒にぶら下がりあごを鉄帽の上に上げて、何秒耐えられるかを計測する。何人か一組となって実施するので、けっこう隣が気になるのである
「い〜ち、に〜い、さ〜ん…」踏ん張りすぎて脳の血管を切らないように、実施者は秒数を数えなければならない「ずっと思ってたけど、これは危ない競技だよな〜」先任が呆れて言う
ここでも鈴木士長がダントツ、記録96秒「さすがレンジャーだな」先任が感心する
田中士長は60秒「なんでキリのいいところで落ちるかな〜」田浦3曹が言う
三島士長は51秒「…何やってんだか」「でも、前回よりは上がってますよ」


395 名前:まいにちWACわく!その107 投稿日:04/06/05 14:39

続いて幅跳び、砂場に移動する「佐藤准尉」声をかけるのは本管先任・泉曹長だ「お〜様子見かい?」「ええ、やはり見ておかないといけませんからね」
本管は休暇前に本命一人が交通違反で落とされている「おかげで参りました…まったく」珍しく落胆した表情を見せる泉曹長「というわけで今回、ウチは若干不利です。心証が悪くなりましたからね」
受検者が幅跳びを続ける「ま、そうそう気を落とさなくても…」先任が慰める「WACの子も頑張ってるじゃないか」通信小隊・東間士長が2次まで進出している
「受かればいいのですがね、そうそううまくいくかどうか…」珍しく弱気の泉曹長であった

幅跳びの記録…鈴木士長6m30、田中士長5m02、三島士長4m83

続いて最後の種目、1500m走が20分間の休憩の後にスタートする


396 名前:まいにちWACわく!その108 投稿日:04/06/05 14:40

ピンポンパンポン…「本日1610より陸曹候補生2次の体力検定、1500m走が実施されます。業務に支障のない方は応援に参加されたい…」
駐屯地の放送を聞き多数の隊員がグランドに集結してきた。1500m走のコースはグランドと外柵沿いの一部を利用した一周700mのコースを使用する
「つまり2周と100m走るって事だな、1500mは長距離じゃなくて中距離の分野だから、集中力が大事なんだな」「そうですね〜東間士長はどうかな?」ゴール付近で会話するのは田浦3曹と赤城士長だ

スタート付近では佐々木3尉、先任、そして小野3曹が立っている「昨日の晩、しっかりマッサージしてやりましたからね〜筋肉痛は無いハズです」そう言うのは小野3曹だ。丸太のような腕がTシャツからはみ出している
「体育学校仕込みのスポーツマッサージ?」そう聞くのは佐々木3尉「そういう特技の持ち主がいるのは有利だな。薬も使った?」とは先任
「薬って…アミノ酸やらクエン酸、それに栄養剤ですから合法ですよ」呆れたように言う小野3曹「でもやっぱりドーピングみたいだ…」とつぶやく佐々木3尉

「位置についてぇ、用意…」パン!とピストルが鳴り、受検者が一斉に走り出す。歓声もわき起こる「前について行け〜!」「あご上げるな!」「腕振れ!腕振れ!」外野は好き放題言う
持続走訓練隊の要員が最初から飛び抜けて速い、格好も本格的だ。その後ろの集団に鈴木士長が付いている「鈴木〜前は気にするな!」田浦3曹が声をかける
その後に続くのは田中士長「田中、鈴木を追いかけろ!」そのかなり後に続くのが三島士長「三島!音楽祭に行きたくないのか〜!」


397 名前:まいにちWACわく!その109 投稿日:04/06/05 14:41

1週目が終わり先頭がスタート地点にやってきた。どこかの中隊がラップタイムを読み上げる「1分47、48、49、…」先頭は4分前半か3分台でゴールしそうだ
その後に鈴木士長のグループだ、しかしだいぶばらけてきている「2分20!21、22、…」赤城士長がタイムを読み上げる「鈴木は4分台でゴールしそうだな」
その後に田中士長が通過する「2分31!32、33…」少し苦しそうだ「このペースだと5分ぎりぎりか…」次に三島士長「2分45!46、47…」「これは5分30秒台かな?う〜ん…」

最後尾の東間士長が通過すると、コース周りの隊員が全部ゴール付近に集まってくる。もうすぐ先頭がゴールしそうだ「赤城、水を用意しておいて」「わかりました」そう言って野外机の上にコップを並べ、水を入れていく
歓声が上がった、先頭がゴールしたようだ。タイムは4分を切っているらしい「やっぱり持続走要員は違うね〜」感心したように小野3曹が言う「でも彼らを野外に連れては行きたくないな…」そうつぶやくのは佐々木3尉
「重量物を持ったりとかのタフさには欠けますからね」先任が同意したようにうなずく

鈴木士長がゴールした「4分42秒!」田浦3曹がタイムを書き込む「さ、歩いて歩いて…」赤城士長が誘導する「次来たぞ〜!」田浦3曹が叫ぶ
次にゴールしたのは田中士長だ「4分57か…5分切れたな」そして中隊の最後に三島士長が入ってきた「5分32、おいおい…」「でも前より速くなってるな」様子を見に来た先任がつぶやく

398 名前:まいにちWACわく!その110 投稿日:04/06/05 14:41

中隊が用意した机の周りに受検者達が休んでいる。整理体操をしている者、膝をついている者、倒れ込んでいる人に衛生が酸素マスクを持ってきている
「田浦、オレはどうだった?」息を切らせながら座っている田中士長が声をかける「4分57!5分切れましたね」そう言って親指を立てる田浦3曹

最後尾の東間士長が到着し、全員が集まっての整理体操となった。観客も全員が帰っている
先任や田浦3曹達も事務所に帰ってきた「いや〜やっと終わったな」嬉しそうに先任が言う「GWを潰した甲斐がありましたかね?」と田浦3曹が言う
「みんなのおかげでけっこういい成績が残せたな!」そう言って事務所に入ってきた中隊長「みんなもありがとう!GW分の休み、取れる時に取るようにな!」そう言って笑う中隊長
「そうそう休みが取れたらいいんですけどね…」そう呟く田浦3曹の机の上には、次の野営の計画書が乗っていた…
「ま、俺たちはともかく受検者には休みを取らせるか…」そう先任が言い、各小隊陸曹に休暇処置をさせた「後は中隊長の決裁だな」そう言って中隊長室に入った
「…というわけで休みを取らせようと…」「…そうだな、じゃあ処置を…」「…わかりました」

終礼後…帰ってきた受検者達を集めて先任が話をする「合格発表は6月の中旬、それまで服務事故とか起こさないようにな!」顔だけはまじめに聞いている
「それから…明日から日曜まで休暇になったから、ゆっくりと休むようにな」みんなの顔が一斉に笑顔になる

「休ませるってのはいいですね」事務所に戻った先任に田浦3曹が声をかける「そうだな。でも田浦、気をつけるようにな」「何をですか?」
「今の中隊長は事務所の要員や陸曹の意見をよく聞いてくれるが、人によっては『勝手に決めるな!』ってキレる中隊長もいるからな。よく人を見て行動するようにな」
「そうなんですか?ケツの穴の小さい中隊長ですね…」
「ま、なんにせよ無事に終わってよかったよ。これで肩の荷が下りた…」「いえいえ先任、次の野営が待ってますよ〜」そう言って書類の束を掲げてみせる田浦3曹

各結節はあっても、中隊本部の仕事はず〜っと続く…



399 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/06/05 19:24

番外編・外出解禁

「いやァ〜娑婆の空気はナンテ清々しいんだ!」
候補生試験も終わり、三島と田島3曹は近所の焼肉屋「イムジン・リバー」までの道のりをプラプラ歩いていた。
「しかし外止めにしてまで訓練するんだから、中隊もよっぽど三島を陸曹にしたいみたいだな」
相変わらずの渋い声で田島が言う。 「国家の暴力ですよ!監禁までするなんて!・・・なァ〜んて左の人達みたいな事言ってみたりして」
おどけてながら三島が言った。久々の娑婆の空気が軽い躁状態をもたらしているようだ。
「ま、中隊としては雑用をこなせる<何でも屋>が欲しいんでしょうね」
正確な現状認識である。 「お前は嬉々として便利屋やってるからな」
「そっスね〜、連隊だけで煮詰まってるより世界が広がるンですよ。あんな棒持ってヤーヤー言って喜んでるンじゃダメっすな!わはははは」三島は銃剣道をロクに経験していなかった。若年の合宿隊にも参加していないので、どうしても銃剣道が優遇されるのに納得がいかなようだ。田島3曹がなだめる
「まァそう言うなや。ほら着いたぞ!ここのユッケは最強だからな・・・ん?」
入り口に何か貼ってある。「・・・クラブ・ザビ・・なんだろ?」
三島は「ヤバイ」と思ったが田島3曹はもう扉を開けていた。


400 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/06/05 20:07

番外編・外出解禁その2

焼肉屋「イムジン・リバー」の店内は肉を焼く煙がたち込めていた。入り口にほど近い座敷に屈強な男たちが陣取っている。
2中隊の面々であった。2中隊は連隊内でも陸曹の発言力が特に強い中隊である。それは「レンジャーに非ずんば人に非ず」
という2中独特の不文律があるからだ。今日は2中隊の<ガンダムフリーク>を中心に、不定期に集会を開いている「クラブ
・ザビ」の宴会の日であった。ガンダムフリークとは言ってもザビ家への偏愛を信条とする、頑なな男たちである。その構成
員の濃さと、得体の知れぬ雰囲気を前に田島3曹は呆然としていた。と、そこへ稲村3曹が座敷からおりてきた。
「おう!!三島じゃねえか!お前もガンダム好きだったな!もちろんこっち側(ジオン)だろ?一緒に肉食ってけや!」
・・・声がかなりデカイ。筋肉も隆々である。そしてレンジャーだ。三島は稲村3曹の恐ろしさを、新教の頃に身をもって体験していた。せ
っかくの焼肉を一緒には食いたくない、かといって普通に断れるハズも無かった・・・。どうする?田島が目で聞いてくる。
三島の脳が高速回転を始めた。 「稲村3曹、自分はもちろんジオン側ですが、ランバ・ラル派なんです。ですからジオン・ダイクンには忠誠を誓いますが、この会に参加する程にはザビ家を愛していません」
稲村は目を見開いた。万事休すか・・・?
しかし次の瞬間、満面の笑みを見せた。 「そうか!じゃあしゃァねーな!参加したくなったらいつでも来いよ!」
そう言って稲村は座敷に帰って行った。 「失礼しますッ」
そう言って三島と田島は店を出た。 「三島ァ、お前とっさによくあんな事言えたな!」三島はニヤリとして
「雑魚とは違うのだよ、雑魚とは!」 この後二人は駐屯地からは少し離れた焼肉屋で腹を満たしたのだった。

番外編、不定期につづく・・・



407 名前:番外編:田中士長の戦いその1 投稿日:04/06/27 22:02

時はさかのぼって4月中旬…

陸士長・田中大介。年齢29才、主特技は小銃、現職務は中隊本部給与付兼中隊長ドライバー
所有特技は初級装輪操縦・けん引・初級部隊通信・らっぱ・補助担架と陸士の持つ特技のほとんどを持っている
入隊は飯島士長は柳沢士長より下、田浦3曹や井上3曹より上の季節隊員
高校卒業後電気店で働いていたが、バブル崩壊後の不景気であえなく倒産したために自衛隊に入隊した
当初は2〜3任期で満期退職の予定だったが、入隊前から付き合ったり離れたりしていた彼女と結婚したのを期に陸曹になる事を決意
給与付を命ぜられてから勉強をして3回1次試験を合格。今回が2次4回目のチャンスであり、年齢的にもラストチャンスと言われていた
2次不合格の理由は体力。決して極端に悪くはないが、最近の候補生のレベルでは少し見劣りしていた

今も体力検定科目の1500m走を計測しているが、鈴木士長を始め若い連中にはだいぶ先を行かれている。後ろに三島がいるのが救いか…


408 名前:番外編:田中士長の戦いその2 投稿日:04/06/27 22:05

「5分12!」田中士長のゴールに合わせて倉田曹長がタイムを読み上げる。先にゴールした連中が歩きながら深呼吸している
「もう少し頑張らないとな〜」少し残念そうに倉田曹長が言う「…長距離は…ハァ…苦手で…」息継ぎをしながら田中士長が答える
「持続走は努力次第で伸びる!あと少しで5分切れるじゃないか」「けっこう…ハァ…頑張ってるんですが…」「まだまだ!もうすぐGWだが、しっかり走っておけよ!」

一日の訓練を終えて家に帰る、近くの2DKで妻の「かなた」と二人暮らしだ「ただいま〜って言っても誰もいないか…」かなたはバイトに出ている。食事の支度をする田中士長
ご飯ができあがる頃、かなたが帰ってきた「ただいまっ!ご飯できてる?」セミロングの髪を後にまとめたかなたは玄関を開けるなりキッチンに飛び込んできた
二人で夕食を食べる、今日のメニューは豚肉のショウガ焼きにみそ汁、ゴーヤのサラダだ「今日はどうだった?面接なんて何年ぶり?」質問をするかなた、田中士長は「ん〜?あぁ…」と生返事だ
「ちょっと〜ちゃんと話聞いてよ!」少し怒ってみせる「疲れてるんだよ…」ボソッと言う田中士長、食事もあまり進んでいない
「若い連中と一緒に走り回ってるんだから…勘弁してくれよ」「まだ若いじゃない?30代でも体力ある人いるんでしょ?」「そういう人たちは例外だよ…」「そう?」首をかしげる
「オレなんて人に自慢できるモノが無いんだから…体力も戦技もさ」「…自衛隊の事はわからないけど、今の大介クンは私でも採用しないよ」妻の辛辣な発言に思わず顔を上げる田中士長
「だってさ、そんなイジイジした人が上司になったら部下の人がかわいそうだよ」「…」「体中からオーラが出てるよ『オレは負け犬です』ってね」
さすがにカチンときた田中士長「お前に何がわかるってんだ!毎日化け物みたいな連中と一緒に体鍛えて、後輩連中にも抜かれて働いてるのは誰のためだと思ってるんだ!」
「少なくとも『私のため』なんて言わないでよ、私はあなたが頑張るためのエサじゃ無いのよ」じっと田中士長を見据えて言うかなた
さすがに言葉に詰まる田中士長「…お前にゃわかんねぇよ…」ボソッと言って残りのご飯をかき込んだ


409 名前:番外編:田中士長の戦いその3 投稿日:04/06/27 22:06

今日は朝から分隊教練、昼には演習部隊が帰ってくる。また今晩は中隊長の面接かな…?とみんな考えていた
「GW中も午前中は2次試験の錬成訓練を行う」と先任から伝えられたのは昼の集合時だった「…!」みんなの顔が曇る
「教官要員は中隊本部が持ち回りで実施する」「あの〜先任?代休とかはどうなるんで…」みんなの心配事を口にしたのは三島士長だ
「あのなぁ…そんなの心配してて陸曹になれると思ってんのか!?」と補給の林2曹「はぁ…」不満そうな顔で答える三島士長
そんな二人を手で制して先任が言う「休日の錬成は2日で1日の代休をつける、試験が終わってからも休暇が取れるようにしてやるから…」
みんな不満そうだが仕方ないといった顔をする「頑張りましょうよ!」と元気なのは鈴木士長だ

家に帰る田中士長、妻のかなたにGWの予定が潰れた事を言う「…ふ〜ん、う〜ん…わかった、頑張ってね!」意外とあっさり納得する
「もっと不満そうな顔をすると思ってたけど?」「新隊員の時とかに残留とか訓練とかってあったじゃない?もう慣れたわよ」
「そういや地震で3種勤務がかかってデートの約束が潰れた時もあったもんなぁ」「あの時に一度別れたもんね、よく覚えてるわよ」
お茶を飲んで一息「頑張れるとこまで頑張ってみたら?バイトのシフトも変更して貰うから」「う〜ん、わかった…」


410 名前:番外編:田中士長の戦いその4 投稿日:04/06/27 22:08

暑い中、そしてみんなが休んでいる中で訓練する2次受検者たち「縦隊右へ〜進め!」各中隊の分隊教練の声がグランドにこだまする。どこの中隊もGWは錬成してるようだ
「やってて正解かもしれませんね」今日の面接の練習を担当する田浦3曹が言う「でも休みが欲しい…少しでも…」呟くのは三島士長だ
三島は何故か昼からも練習して(させられて?)いるらしい。身も心もボロボロ…といった感じの三島を無視し、田浦3曹は言葉を続ける
「田中士長はやはり自己アピールが苦手ですね、何か特技とか無いですか?」と聞く田浦3曹「…ピンと来ないんだ」言葉を詰まらせて田中士長が答える
「車両の距離はどうですか?もうすぐ2万Kmでしたよね?」「あと1000Kmもあるんだが…田浦は試験の時何にしたんだ?」
少し考えて答える「『要領がいい』って答えましたね。漠然としてていんですよ」「要領ね…」さらに考えて答える
「田中士長は事務所に長くいるんですから、『事務仕事は得意です』ってのはどうですか?」「事務?陸士がそんな…」「事務はバカにできませんよ、大変なのは知ってますよね?」
そう答えて今度は鈴木士長のところに向かう「鈴木はレンジャー出てるんだから…」と各人にアドバイスをしている
(田浦は頭がいいよな…)ぼんやりと思う田中士長
(昔からそうだった…指示だって一回聞いたらすぐ覚えたし、要領も確かによかったからな。井上には射撃があったし…オレは事務しかアピールできないのかな?)


411 名前:番外編:田中士長の戦いその5 投稿日:04/06/27 22:08

長いGWも終わり試験前日になった。体力検定科目は結局記録更新とはいかなかった
軽く走って汗をかき終礼に出る「じたばたせずに自分を信じろ!」とは中隊長の言葉だ
帰り支度をする田中士長に声をかけてきたのは3小隊の小野3曹だ「よう田中!ちょっとツラ貸せや」そう言って畳敷きの娯楽室に向かった
「体中痛いだろ?」娯楽室に入り小野3曹が言う「ええ、まぁ…」「よし、うつぶせになれ」「?」「ま、いいからいいから…」
そう言って小野3曹は田中士長をねじ伏せた「よし、まずは…」ふくらはぎに激痛が走る「!」「力抜けよ、よけい痛いぞ」丸太のような腕でマッサージを始めた

「よし終わり!」手をはたき立ち上がる小野3曹「…」田中士長は死んだようになっている。ドラクエなら「返事がない、ただの屍のようだ」と表示されるであろう
「あとな…」そう言って袋から何か薬みたいなモノを出す「これはクエン酸、こっちは…」どうやら栄養剤とかのようだ
「ちゃんと飲めば効果が出るからな」そう言って横になっている田中士長の前に置く「どうも…です…」かろうじて礼を言う
「礼なら中隊長に言いな、結構高い買い物だがあの人が自腹を切ったんだから」そう言って立ち去る小野3曹

しばらくしてから立ち上がる「…!」体が軽い、さすが体育学校仕込み…と感心する田中士長であった


412 名前:番外編:田中士長の戦いその6 投稿日:04/06/27 22:09

軽い体で家に帰る「ただいま」おいしそうなご飯のにおいがする「おかえり〜今日は定番だけどカツにしたよ!」
食卓に付く「敵にカツ…か」「定番すぎた?」「いや、いいけど…」そして今日あった中隊長の言葉や小野3曹の事を話す
「期待されてるんじゃない?頑張ってよね!」「うん…」「ま〜だ自信無いの?もう…今日は早く寝た方がいいわよ、私も早番だから」意外とあっさり言われる
「…」食事を済ましさっさと片づけをする妻を見て、田中士長は(オレって妻にも期待されてない?)と疑心暗鬼に陥ってしまった…

翌朝、6時に目を覚ます田中士長。もうかなたはバイトに行ってしまったみたいで気配がない「…おはよう」寂しく一人呟く
洗顔、歯磨きをすまし、通勤服を着てキッチンに入る「?」テーブルの上に朝食と手紙が置いてあった。手紙を開く
(頑張って!)そしてハートマークが描かれている

手紙を置き朝食を食べ始める田中士長、その目には生気が宿っていた…


413 名前:番外編:田中士長の戦いその7 投稿日:04/06/27 22:10

2次試験が始まった。まずは分隊教練、これはミスもなくクリアした。試験を見に来ていた田浦3曹が声をかける
「お見事です!幸先いいですね」「ん?ああ、今日のオレは昨日のオレと違うって事さ!」「…?」

次は面接「田中士長!名札がゆがんでますよ」そう声をかけてきたのは赤城士長だ「あぁ、アリガト」制服の名札をつけ直す
(この子が来る時は大変だったな…でもいい子でよかったよ)「?私の顔に何か?」「いや、何でも…」慌てて頭を振る
「頑張って下さい!一緒に陸教で特技課程受けましょう!」「ああ、行ってくるよ」

面接は連隊本部の会議室で実施される「受験番号14番、田中士長入ります!」基本教練通り会議室に入り、机の真ん中に座る副連隊長に敬礼する
「ん、まぁ固くならずに座りなさい」副連隊長が声をかける。試験官は副連隊長、各科長に人事幹部だ
1科長からは「誇り高き陸上自衛官の心得」に関する質問
2科長からは保全(特にインターネット関連)に関しての質問
3科長からは「訓練での留意事項」に関する質問
4科長からは「物品愛護」に関する質問
人事幹部からは「人事異動」に関する質問だった
(全部予想通り…さすが事務所の人たちは知ってるな)感心しつつ答える田中士長


414 名前:番外編:田中士長の戦いその8 投稿日:04/06/27 22:11

面接も終盤にさしかかってきた「じゃあ自己アピールをしてみてくれ」と副連隊長が言う(キター!)と思う田中士長
「私の特技は…この2年間近く勤務している中隊本部勤務であります」田浦3曹のアドバイス通り、中隊本部勤務をアピールする
「各訓練や勤務等で必要な事、準備の大切さなどを覚えました。陸曹になってもすぐに役に立つ知識を持っていると思います」
一気にアピールを終える(突っ込まれるかな?)との予想に反し副連隊長は隣の科長達とひそひそと話をする

「それでは最後の質問だ」副連隊長が姿勢を正し言う「田中士長、絶対に陸曹になりたいかね?」当たり前の事を聞く「ハイ!」
「何でだ?給料は言うほど高くないし、世間からの名誉も得られないぞ」身を乗り出しさらに続ける
「むしろ一部市民からは蛇蝎のごとく嫌われている、非常呼集がかかれば親の死に目にもあえないかもしれん、イラク派遣でもわかるように、命がけの仕事でもある」
一息入れてさらに続ける「娑婆に出た方が楽かもしれんぞ、それでも陸曹になりたいのか?」


415 名前:番外編:田中士長の戦いその9 投稿日:04/06/27 22:12

一気に言い切った副連隊長、田中士長は少し迷う(え〜?生活のため?いや、そんな理由で陸曹になりたい訳じゃ…)
少し考える、そして…(そうだな、これが理由だな)

「自分には妻がいます、いつかは子供も生まれると思います。日本には、そして世界には自分のような家族が何億といます」
一息入れて続ける「その家族を一人でも多く守りたい、イラクでも東ティモールでも、そして日本でも…」
うなずく副連隊長「ま、もちろん生活のためもあるんだろうがな」「はい、否定はしません。でもそのためだけに陸曹になるわけではありません」
「よし、お疲れさん!退室したまえ」「ハッ!」そう言って基本教練どおり退室する田中士長であった

「ふ〜緊張した…」営外者室に帰りため息をつく(あれでよかったのかな?ま、終わった事を考えるのはよそうか…)
そう考え、昼食を取りに売店に向かった

午後の後段に体力検定、中隊全員でアップをする「面接で何を…」「分隊教練どうだった…」会話しつつ体を温める
「いいか〜明日の事は考えるな!全力でいけよ!」アップを監督する倉田曹長が檄を飛ばしていた


416 名前:番外編:田中士長の戦いその10 投稿日:04/06/27 22:13

連隊の受検者が全員集合して各競技の説明を受ける「もう何回も受けてるんだけど…」そう呟くメンツも多い

まずは50m走、記録6秒7「やっぱり鈴木が強いよな…」そうぼやく田中士長

次は懸垂、鉄棒に飛びつく「い〜ち、に〜い…」数を数える。20秒を超えたあたりから腕がプルプルと震えてきた
(アゴだけでも上げないと…)どんどん体は落ちてきている、何とか踏ん張ってアゴだけでも鉄棒の上にあげる
「ごじゅうろ〜く、ごじゅうひ〜ち…」(なんとか60秒まで…)「ごじゅうきゅ〜う、ろくじゅう!ろくじゅうい〜ち…」ドサッ…何とか60秒まで耐えた
(でも後で「キリのいいところで落ちた」とか言われるんだろうなぁ…)

次に幅跳び、何度も練習してタイミングも覚えた(5m超える!)そう自分に暗示をかけて助走を始める。踏み切り板にピッタリ右足が来た
(キター!)上に向かって体を伸ばす。右足で踏み切り勢いよく飛んだ(鳥みたいだ…)と一瞬感じ着地する
3科の計測員が記録を読み上げる「5m02!」(よしっ!)心の中でガッツポーズをする
あきらめの悪い受検者が3度、4度と飛んでいる「3度目以降はあまり意味無いんですよね」とは鈴木士長の意見だ。彼は余裕の6m越え、さすがである


417 名前:番外編:田中士長の戦いその11 投稿日:04/06/27 22:14

次に大詰めの1500mだ。何かと3戦技の一つである持続走は何かと注目されやすい
「と言っても一つの戦技ばっかりやってる隊員は使えないんですけどね、成績とか出やすいけど中隊本部としてはいりませんね」とは田浦3曹の言葉だ
とはいえある程度の成績を出さねば合格は難しい、中隊の受検者全員で体をほぐす

ピンポンパンポン…「本日1610より陸曹候補生2次の体力検定、1500m走が実施されます。業務に支障のない方は応援に参加されたい…」
「おいおい、応援なんてやめてくれよ〜」誰かのぼやく声がする。放送があってから暇な隊員がぞくぞくと集まってきた
「けっこういるな…」田中士長がぼそりと言った「これはなんかイヤですね」とは鈴木士長だ

スタート3分前、受検者がスタート位置に集合する。持続走錬成隊の要員はランニングパンツにシャツというやる気満々の格好だ。背中には「陸上自衛隊」と書かれている(恥ずかしくないのか…)と内心思う田中士長であった
スタート1分前、みんなの緊張もピークに達する。屈伸する者、太股をぴしぴしと叩く者、いろいろである
ついにスタート10秒前、自分の心臓の鼓動も聞こえてきそうだ。いっせいにみんな無口になる
時計をストップウォッチに切り替えスタートボタンを押す

「位置についてぇ、用意…」パン!とピストルが鳴り、受検者が一斉に走り出す


418 名前:番外編:田中士長の戦いその12 投稿日:04/06/27 22:15

歓声がわき起こる「前について行け〜!」「あご上げるな!」「腕振れ!腕振れ!」(好きな事言いやがって…)と内心思う
いきなり飛び出したのは持続走訓練隊の要員だ、相手にせず自分のペースを守る田中士長
(鈴木は…いた!)少し前に鈴木士長の背中が見える。黒字に白のレンジャー徽章がプリントされ、その上に「#○○RANGER」と書かれている
徽章の下にはレンジャー同期の名前がある。レンジャー訓練隊で作ったTシャツらしく「ここ一番の時はこれを着るんです」と本人が言っていた

筋肉痛は無い、昨日までの疲れが嘘のように体が軽い(小野3曹に感謝だな…)その小野3曹もギャラリーの中にいたようだ
調子よく飛ばす田中士長、1周目の後半まで鈴木士長の背中を追い続けている(このままいけるかな?)と思った瞬間、急に息苦しさを感じ始めた
(やばい!ペースを上げすぎたか…)そう思い少しペースを落とす。スタート地点が見えてきた、ラップタイムを読んでいるのは赤城士長だ

「2分31!32、33…」半分弱で2分半、5分ぎりぎりか少し越えるくらいのペースだ(もう少し…もう少し早く!)とは思うがなかなか足が前に出ない
鈴木士長の背中も遠くなった、300mは離されたか。呼吸も荒くなりアゴも上がる。誰かが「アゴを引け!」と言ったような気がしたが、もうそんな余裕はない
(あと400mくらいか…)コースは外柵沿いにさしかかる、学校帰りの小学生が笑いながらこっちを見ているが、田中士長にはもう外を見る余裕もない
(もう少しペースを落としても…頑張ったじゃないか、もういいや…)あきらめの心境になりペースが落ちそうになったその時

「がんばれ〜!」外柵沿いから妻のかなたの声が聞こえた、ような気がした


419 名前:番外編:田中士長の戦いその13 投稿日:04/06/27 22:16

(!…かなた?)目だけを外柵沿いに向けるが、すでに後ろの方になっているのか誰も見えない
(空耳?いや…聞こえた、はっきり聞こえた!)今までの呼吸の苦しさ、足の重さが急に楽になった気がした
外柵沿いを抜けてラスト200mは直線だ。鈴木士長がゴールするのが見えた
(よし、最後だ!残りの力を振り絞って…)残った力をフルに使い全力でダッシュする。後の事は考えず、首を振りよだれを流して全力疾走する

「止まらないで歩いて…こっちです!」いつのまにかゴールしてたようだ、赤城士長に連れられグランドに入る
先に入っていた連中が、歩いて呼吸を整えたり膝をついて休んでいる。田中士長もその場に倒れ込んだ
頭は真っ白になり呼吸も荒い、誰かが紙コップに水を入れてきてくれた。少し口に含んではき出す、少し呼吸が落ち着いたような気がした

最後の走者、本管のWACが入ってくるのが見えた(確か東間士長だったか…)これで試験は終わったらしい。受検者は数分後に集合のようだ
ふっと思い出したように時計を見る、ストップウォッチは7分になっていた(タイムはどれくらいだったんだろう?)ちょうど近くを通った田浦3曹に聞いてみる

「田浦、オレはどうだった?」持っていた図版に目をやり田浦3曹がほほえむ「4分57!5分切れましたね」そう言って親指を立てる田浦3曹
(そうか…5分切れたか)いままで達成できなかった目標に届いた、田中士長は満足感を覚えた


420 名前:番外編:田中士長の戦いその14 投稿日:04/06/27 22:19

全受検者が集合し整理体操をやって解散となった「試験結果の発表は6月!それまで事故等を起こさないように」人事幹部が注意喚起をする
中隊に帰ってきた、もうすでに終礼は終わっていたらしい「先任、試験終わりました」先任者でもある田中士長が報告する

受検者の前に中隊長がやってくる「全力を出したか?」と質問をする「ま、ここまで来たらあとは俎の上の鯉だ。ジタバタするなよ!」そう言って先任に交代する
先任が言う「合格発表は6月の中旬、それまで服務事故とか起こさないようにな!」もう耳にたこができるくらい同じ事を聞いた
「それから…明日から日曜まで休暇になったから、ゆっくりと休むようにな」やった!とみんな笑顔になる

「やっと休み、いや外出できる〜」と唸っているのは三島士長だ。この半月ずっと外禁だったらしい
(さてオレは…どうするかな)そう思いつつシャワーを浴びて中隊本部に入っていった

「お、お疲れさん!」残業していた先任が声をかける「ゆっくり休めよ、奥さんにも花束くらい買って帰ってやんな」とアドバイスを受ける
(そうか、花束か…)そう思い休暇証を受け取り帰路に就く。先任に言われたとおり近くの商店街で花束とケーキを買った

(そういやアイツ、今日来てたのかな?)1500mのラストに聞いたあの声、自分の妻の声を間違えるとは思えない(…ま、いっか)
今日くらいは難しい事を考えないで、今までいろいろ我慢して励ましてくれたかなたに「ありがとう」とでも言おう…そう思い家のドアの前に立つ

(この花束見たらどんな顔をするかな?)そう思いつつチャイムのボタンを押した…

番外編ー完



428 名前:まいにちWACわく!その111 投稿日:04/07/02 22:46

陸曹候補生試験も終わり、中隊の次の目標は「第2野営」へと移った。今回の野営の主目的は「迫撃砲、ATM射撃」と「連隊40km行軍」だ
中隊本部も準備に大わらわだ 「え〜っと…行軍参加者は…」パソコンで名簿を作成するのは田浦3曹
「使用する弾は…請求の書類を…輸送の調整は4科に…」いつもは親父ギャグを飛ばす高木2曹も真剣だ
「なんだかんだと仕事があるねぇ…ヒマが無いなぁ〜」ぼやくのは先任だ
外では迫小隊が訓練中だ「半装填よし!」などと叫んでいる

「出発は明日の朝0600、というわけで本日の終礼は少し早めの1600だ」先任が事務所の各係に連絡する
「相変わらず早いね〜」と嬉しそうに言う倉田曹長、今回は残留先任だ「明日の昼からさっそく演習場整備をするみたいでね、行軍が終わってからではしんどいからね」とは先任だ
演習場で訓練するたびに必要なのは「演習場整備」だ。内容は草刈り、側溝上げ、木の伐採等多岐にわたる「草刈り機は準備したからな、たっぷり刈ってきてくれ!」とは補給・鈴木曹長だ
「さて…増加食を取りに行くか、来てくれ田中、田浦」そう言って給養の川井2曹は席を立つ

各演習やハードな訓練等には正規の食事とは別に「増加食」と呼ばれるモノが付いてくる
訓練内容等によって中身は変わるが、菓子類からカップ麺にペットボトルなどなど種類は豊富だ。たまに「審査会」を開き、隊員からの意見も採り入れる
「お、今回はカロリーメイトか〜チョコ味好きなんですよね」とは田浦3曹「それとポカリ、まぁ定番だな」とは田中士長だ
「明日からかい?大変じゃのう〜」と笑うのは業務隊に転属した東野1曹だ「こっちも忙しくてな、なかなか楽隠居はできんわい」と苦笑いする
「残りは現地受領だな。さ、積み込んでくれ」そう川井2曹が言い、荷物を手際よくリアカーに積み込んでいく「配分したら後は各小隊に渡すよ」

そんなこんなで終礼「明日からの演習、ケガの無いように!今日はゆっくり休んでくれ。課業終わり!」中隊長が言う
「中隊長に敬礼!」運幹・岬2尉の指示が響く「かしら〜なかっ!」各小隊長の号令にあわせ、隊員の顔が一斉に中隊長に向けられる


429 名前:まいにちWACわく!その112 投稿日:04/07/02 22:47

演習準備の買い出しに来た田浦3曹「…行軍時にはウイダーを…飴も買っていくか」ここは駐屯地近くのスーパー「ニッショー」である
駐屯地に近く品揃えも豊富なこのスーパーは自衛官御用達の店でもある。今日も明らかにカタギじゃない連中がうろうろしている
短髪で背筋が伸びてガタイがいいのはほとんど自衛官である(オレもそう見られてるんだろうな…)ちょっとブルーになる田浦3曹であった

「田浦3曹!」懐中電灯の電池を選んでいた田浦3曹に声をかけたのは赤城士長だった「おぅ、買い出し?」「ハイ!田浦3曹も?」買い出し以外に何の用事があるのだろうか…
「何を買ったの?」「え〜っと…」赤城士長の買い物かごの中には、お菓子類やジュース類がいっぱいあった「そんなに食うのか…?」「多いですか?」恥ずかしそうに聞く
「正直言って今回の演習は行軍以外にやること無いぞ、特に小銃小隊はな〜」「そうですか?何か『射撃時の警戒』ってのに入ってたんですけど…」「それじゃあますます動かないな」
そんな会話を続け、買い出しも終わり駐屯地に帰る二人「オレは一旦下宿に帰るけどな」とは田浦3曹
「下宿っていりますか?」「そうだな…たまには一人の時間が欲しい時もあるのさ」「田浦3曹、実家は遠いんですか?」「まぁね、電車で3時間」「それは遠い…」
暗い夜道を二人で歩く「月は…11才くらいか。行軍時は満月かな?」空を見上げて田浦3曹が言う「月明かりですか?」「あぁ、重要だよ。あと日の出や日の入りとか…ま、これから覚えていくさ」
下宿の前に到着した「じゃ、ここが下宿だから」「けっこういいアパートですね?」興味ある目でアパートを見上げる

ふと(今誘ったら付いてくるかな?)と考える田浦3曹(この子は…男に対してあまりにも警戒心が無さすぎるな)
その性格が自身の強さから来るのか、男ばっかりの家庭から来るのかはわからない。が、あんまり警戒心を持ってないのは事実のようだ
(危ういな…自衛隊で逆によかったかもな)普通に会社勤めだったら、あっという間にホテルとかに連れ込まれるような気がした

(やめとくか…俺が大人にならないとな)そう思い直す田浦3曹「それじゃお疲れさん!」と言ってアパートに入っていく
「おやすみなさい!」そう言って去っていく赤城士長だった


430 名前:まいにちWACわく!その113 投稿日:04/07/02 22:48

演習当日の朝、営内者は0500起床だ「うぁ〜眠い…」半分寝ぼけた顔で洗面等を済ます。各車両のドライバーは一足早く隊舎を後にする
そして0600…「かしら〜なか!」中隊の朝礼をやって出発となった
「ウチが連隊の先頭を行く、営門通過は0615」岬2尉が細部指示を伝達する「着いたならば速やかに荷物の卸下、武器を優先します」
みんな聞いているのかいないのか、ぼ〜っとした顔である「…何か質問は?」し〜ん「よし、各車両ごと乗車、わかれ!」

朝焼けの中をディーゼル音が響く、隊舎の横の道に一列で停めてある中隊車両に隊員達が乗り込んでいく。先頭は岬2尉、最後尾に中隊長だ
岬2尉のドライバーは田浦3曹だ「さて、行きますか」ジープに乗り込みロータリースイッチを回しエンジンをかける田浦3曹、後部には無線機と林2曹が乗り込む
「パジェロならクーラーも効くのに…狭い!」ブーブー文句を言う林2曹「まぁまぁ、いつでも交代しますよ」苦笑いする田浦3曹
「さて、そろそろ出発だな」岬2尉が言う「わかりました」そう言ってウインカーを出す。後方の車両も一斉にウインカーが点灯する
「よし、出発!」ギアを入れクラッチをつなげようと左足を浮かせる「では、出ぱ〜…アレ?」前方に持続走訓練隊の監督が手を広げて通せんぼするように立っている
あわててブレーキを踏む田浦3曹、岬2尉がジープを降りる「今、訓練隊でタイム走してるんですわ、しばらく待っとってください」監督が言う
「ちょっと待って下さい!こっちだって命令に則った出発時間が…」抗議する岬2尉「そうは言ってもこっちも訓練なんですわ」聞く耳を持たないといった感じの監督
そうこうしてるうちに訓練隊の面々が前の道路を走り抜ける。後方を走る自転車の隊員がタイムを読み上げていた「もういいですわ、どうも!」そう言って監督は去っていった…

「こっちは連隊の般命に則って動いてるってのに…」ジープに乗り込んだ岬2尉が言う「まぁ彼らは一種の治外法権ですからね」呆れたように言う田浦3曹「じゃ、出発しますよ」
今度こそホントに出発だ。健康に悪そうな煙を吐き出し、ジープと後続の車両は駐屯地を出発していった


431 名前:まいにちWACわく!その114 投稿日:04/07/02 22:50

途中1度の休憩を挟んで、中隊は演習場に到着した。さっそく全員を集め中隊本部からの指示が始まる
「5号廠舎は中隊本部に1,2小隊、6号廠舎に残りの小隊、武器は…」細部指示を出し、宿営準備となった
さっそく荷物の卸下が始まる。陸士長以上は心得たモノで、全く無駄なく武器から宿営資材、個人の荷物までを下ろしている
「あの〜…」荷物の場所を指示していた先任に声をかけるのは赤城士長だ「私はどこに行ったら…?」当然ながらWACは別の廠舎に泊まる
「お〜そうそう、田浦〜!」先任に呼ばれて田浦3曹が来る「はい?」「赤城を案内してやってくれ」「わかりました」
「WACの宿泊場所はあそこに見える0号廠舎だ」田浦3曹が指す先には、少し新しい小さなプレハブが建っていた「本管のWACも来てるからね、一緒に泊まる事に…」
そこまで言った時、少し離れたところで甲高い怒鳴り声が聞こえた

「持ってきてないって〜!?何やってんだよ〜!」若い1士に背の低い曹長が怒鳴っている「普通は気を回して車に積むもんだろうがよ〜」どうやら何か忘れたようだ
「でも表示もなかったんでわからなくて…」「言い訳か〜?今から駐屯地に帰って取ってこい!」かなり無茶な事を言っている「今晩の酒が無くてどうやって宴会するんだ〜?」

「1小隊の小隊陸曹、木島曹長だよ」怪訝な顔で見る赤城士長に田浦3曹が言う「酒なんか買い出しに行ったらいくらでもあるのにね」
「言ってる間に宿営準備が終わりそうですね〜」呆れたように赤城士長が言う「あんまり『ジメジメ』にはかかわらへんほうがええよ」後から声をかけるのは井上3曹だ
「『ジメジメ』?」「そう、キジマやからみんな『ジメジメ』って言ってるんや。ジメジメしとるやろ?」
「しつこいからなぁ…」田浦3曹も言う「あんまり事務室から出てこないから、赤城はあんまり知らないよな?」「知らない方がええって〜今回は『3兄弟』がそろっとるわ…」井上3曹が眉をひそめる
「『3兄弟』?」赤城士長が聞く「今にわかるよ…」ため息をつく田浦3曹であった


432 名前:まいにちWACわく!その115 投稿日:04/07/02 22:52

宿営準備も終わり昼飯の時間となった。各人が駐屯地から持ってきたコンバット・レーションをほおばる
昼からは演習場整備、中隊の割り当ては…「トーチカ道のこの範囲、側溝から2mの草刈りです」岬2尉が地図を使い各小隊長・上級陸曹に説明する
各小隊の編成を崩して、中隊まとまって整備を実施する。高機動車や中型・大型トラックが整備範囲に向かう

現地に到着「では整備を始めます。草刈り機は陸曹以上で扱って…」整備の長になった(押しつけられた?)のは佐々木3尉だ
「集めた草は一カ所にまとめて、あとでダンプに積載して捨てに行くからね〜」と指示を出すのは田浦3曹だ。中隊本部で一番若いので、こういう作業ではよく出てくるのである
こういった作業に慣れた陸曹が草刈り機を扱う。エンジンの音が演習場に響き草刈りが始まった
ベテランの陸曹達は器用に木や岩をさけて地面スレスレを刈っていく、子供の背丈ほど成長した雑草が次々と倒れていく。回収するのは若い陸士達だ
「お〜い、あんまり草刈り機の近くに寄るなよ。小石とか飛んでくるからな〜」片桐2曹が近くで作業してた若い陸士に声をかける「は〜い」素直に場所を空け別の場所の作業に当たる
「何か順調だね〜」指示をする必要もない佐々木3尉はヒマそうだ。その時…


433 名前:まいにちWACわく!その116 投稿日:04/07/02 22:53

「うわ〜!」「危ない!危ないって!」「遠戸2曹、ストップストップ!」1小隊の面々が作業してた範囲で悲鳴が上がる
「!何事!?」佐々木3尉が悲鳴の上がった方向に向かう。近くで作業していた隊員も何事かと首を向ける
「危ないですよ遠戸2曹!」陸士に言われてるのは1小隊・遠戸2曹だ「どうしました?」やってきた佐々木3尉が声をかける
「え、あ、い、いや…その〜…」要領を得ない遠戸2曹「草刈り機の歯が地面を噛んで…」説明するのはそばにいた陸士だ
足元を見ると見事に地面がえぐれ土や小石が散乱している。草刈り機の鉄の歯も見事に欠けている「けが人は?」佐々木3尉が尋ねる「いません」誰かが答える
「あ、あい、いや…」遠戸2曹は金魚のように口をパクパクさせているだけだ「ここの草ならワイヤーで充分では?」やってきた田浦3曹が言う「鉄の歯は危ないですよ」
「も、もともとつ、付いてたから…」言い訳する遠戸2曹。みんな「…またか」という顔をする
「遠戸2曹は草を集める方に回って下さい、自分が草刈り機を扱います」田浦3曹が草刈り機を奪うように受け取る

その様子を見ていた井上3曹に赤城士長「3兄弟の2人目、『ジ・エンド』こと遠戸2曹や」井上3曹が言う
「作業をやらせたらあんな風になってまう、射撃やったら8習会で屋根を撃つ、ジープも2台ぶつけとる、終わってるやろ?」
「…陸曹ですよね」「しかも2曹や」「…何で?」赤城士長の疑問ももっともだ「ああいう人でも陸曹になってまう時代もあったんや…」ため息をついて井上3曹が言った


434 名前:まいにちWACわく!その117 投稿日:04/07/02 22:54

翌日、朝の5時。朝焼けの中集合してるのは軽迫の射撃時に演習場の警戒をする「警戒員」達だ
「では各人の配置は…」長は片桐2曹、警戒員は若い陸士達がメインだ。赤城士長もその中にいる「車両・人員とも通過はオレの指示を仰ぐように」そう片桐2曹が言う
「無線機もチェックすること…よし、では出発!」全員が高機動車に乗り込む、ドライバーは田浦3曹だ。演習場にある各警戒ポストに人員を配置していく
警戒員は演習場の出入り口と、射撃時に立ち入り禁止となる範囲に向かう道路に配置される。車両の通過等は「警戒長」に許可を受ける必要がある

「神野1曹の生存自活訓練、受けたかったな〜」後部座席でぼやくのは赤城士長だ。射撃に関係ない隊員は神野1曹の「サバイバル訓練」を受ける予定だ
「まぁまぁ、明日もあるから…」そう言って慰める田浦3曹「さ、着いたよ。準備できたら中継に連絡入れるようにね」そう言って赤城士長を下ろす

全員の配置が終わり、警戒長の高機動車は軽迫撃砲の射場に到着した。迫小隊は射撃準備に走り回っている「さて、一日何もなければいいがな〜」そう言って片桐2曹は無線機に手を伸ばす
「こちら警戒長、各人の配置状況送れ」無線で指示を流し、中継がそれを全員に伝える「第1ポスト、異常なし」「第2ポスト、異常なし」…各ポストが報告を寄せる。ところが…
「第5ポスト!異常の有無送れ!」なかなか第5ポストが出ない「こちら〜第5〜ポスト〜いじょ〜なし、送れ〜」かなり間延びした答えがやっと返ってきた
「…第5ポストって…」片桐2曹が声を低くして呟く「えぇ、彼です…」田浦3曹も呟いた


435 名前:まいにちWACわく!その118 投稿日:04/07/02 22:55

ドン!…ドン!と軽迫の射撃が続く。今のところ異常なく射撃は続く
「このまま何もなければいいな〜」片桐2曹が読んでいた週刊誌を放り投げて言った「ですね〜」文庫の小説を読んでいた田浦3曹も相づちを打つ
と言った瞬間、その「何か」が発生した

ザッ…無線機に電波が入る「こちら〜第5〜ポスト〜、普通の車〜1台〜入りました〜おくれぇ」高機動車の中が一瞬沈黙した
「…『入りました』?」田浦3曹がボソッと言う「こちら警戒長!入りましたとはどういう事か、送れ!」片桐2曹が無線機に向かって叫ぶ
「普通の〜車です〜おくれぇ」「民間車両であるか?送れ!」
「そのと〜りですぅ、おくれぇ」「…何故通した!送れ」
「用事が〜あった〜そうですぅ、おくれぇ」「…今後、車両を通す際は警戒長の許可を受けよ!送れ」
「りょうか〜い」ホントに了解したのか不安になる返答だ「まったく…田浦」「了解、第5ポストに向かいます」そう言って高機動車のエンジンをかける


436 名前:まいにちWACわく!その119 投稿日:04/07/02 22:55

第5ポストは演習場の外周沿いにある。万が一ここから入った車も、次の第6ポストで停める事ができる「お〜い、赤城!」第6ポストに到着し、片桐2曹が声をかける
「ハイ!」第6ポストは赤城士長が付いている「民間車両が入り込んだらしい、よく見ておいてくれ」そう指示を出し、さらに先の第5ポストに向かう
「…ん?あれじゃないですか?」田浦3曹が言う、こちらに向かってくるのは軽の4WDだ「止めて話してくるわ」そう言って片桐2曹が高機動車から降りた

道路の真ん中に立ち腕を振る片桐2曹、軽が止まり中から人が出てくる。少しずんぐりしてるが髪が短く体格がいい。片桐2曹はピンと来た(同業者?)
「私有車でスマン、演管の山田曹長だ」そう言って身分証を出す(やはり同業者か…)少し安心した片桐2曹だった
演習場管理班…通称「演管」または「演管班」と呼ばれる彼らは、演習場を管理する駐屯地の業務隊に所属している。その名のごとく演習場の管理が仕事だ
「何かありましたか?」「ちょっとここに行く用事が…」「ここなら…この道に回って下さい」地図を見て指示を出す片桐2曹
「了解、ところでこの先のポストの警戒員は大丈夫か?」やはり言われた…「簡単に民間車両入れたらダメだよ〜」そう言って笑いながら山田曹長は立ち去っていった

「…直接言ってやらんと気がスマン!」片桐2曹はかなりご立腹だ「行きます?第5ポストに…」「…あんまり長く外にいられんからな、帰るか…」 高機動車は射場に向かって走り始めた

ザッ「こちら第6ポスト、軽の4駆1両、乗車者は演管の山田曹長とのこと、目的地西の台、通してよいか、送れ」赤城士長から無線だった
「通してよし」返信を出す「了解」

「まったく…赤城の方がよっぽどしっかりしてるよ。どうなってんだ?あの小畑士長は…」片桐2曹がボソッと言った
「ま、オバQくんに期待しちゃあいけませんよ」「アイツを警戒につけたのはお前だろうが…」「他にいなかったんです…」申し訳なさそうな田浦3曹であった



437 名前:まいにちWACわく!その120 投稿日:04/07/02 22:57

「『ジメジメ』こと木島曹長、『ジ・エンド』こと遠戸2曹そして…『オバQ』こと小畑士長…」一息ついてビールを一口飲む田浦3曹
「以上3名を1小隊の『最悪3兄弟』もしくは『税金泥棒3兄弟』というんや」後を引き継いだのは井上3曹だ
演習も2日目になり、今晩は廠舎で小隊の飲み会だ。弾薬箱を椅子にして、テーブル代わりの衣装ケースの上にはビールにおつまみ等々が並んでいる
「ビールにおつまみ…レモン酎ハイは?」「ハイ!私です」赤城士長は女の子らしくビールではなく酎ハイだ
「さ、乾杯しますか」小隊長の佐々木3尉が言う「何に?」意地悪そうに片桐2曹が突っ込む「それは…行軍頑張ってねってことで!かんぱ〜い」
ビールの缶があちこちでぶつかって3小隊(+中隊本部1名)の宴会が始まった

「そういや田浦、本部の方はいいのか?」「昨日飲み会しましたからね、仕事もありませんし…」「ま〜ま〜いいやないですか!」そう言うのは井上3曹だ

「自衛隊には陸海空あわせて25万人の隊員がいるんだから、上から下までいろんな人がいるんだよ」さっきの話の続きを始める田浦3曹「組織である限り仕方ないんだけどね」
「や、でも皆さん何か特技があるんじゃ…」「いや、無いな。この3人のエピソードを語り始めたら朝まで続くよ。聞きたい?」「ダイジェスト版なら…」


438 名前:まいにちWACわく!その121 投稿日:04/07/02 22:58

「そうだなぁ…まずは木島曹長からだね」そう言って田浦3曹は一口ビールを飲む「あの人は元々連隊本部の1科にいたんだ」
「1科?」「そう、庶務とか人事の担当だね。あの人は最悪だったらしいよ…詳しくは当時連隊長伝令だった大沼3曹に」そう言って隣で飲み会をしていた迫小隊・大沼3曹に話を振る
「ん?ジメジメの話か…思い出したくね〜よ」大沼3曹は少し広がった額の汗をぬぐって答える「ま〜ま〜そう言わずに…」するめいかで買収する田浦3曹
仕方ないな…という顔をして大沼3曹が体を向ける「ま〜1科でも評判は悪かったな。幹部や上級者にはヘコヘコ、連本や各中隊の下級者には高飛車で…」そう言ってするめいかを囓る
「中でも書類関係に細かくてね。文章の発簡なんかも1科の仕事なんだけど、文書の書式が5mmでもずれてたらネチネチと説教たれてやり直しをさせるんだよ」「それは…真面目だとか?」赤城士長の発言に首を振る大沼3曹
「自分で作らないといけない書類をオレとかにふって、できあがったら自分が作ったように科長とかに持っていくんだよ。で、書類で何か言われたらこう言うんだよ」そう言って木島曹長のモノマネをして言った
「『いや〜大沼に作らせたんですが、やはりミスがありましたか。指導しておきます!』…ってね」フンと鼻を鳴らしビールを飲む
「『指導』って言葉は便利だよな。上官は何をしても『指導』と言えば無罪放免なんだから…」そう言ってため息をつく大沼3曹

「と言うわけさ、わかった?」赤城士長に聞く田浦3曹「その後連隊長の推薦もあり師団司令部へ転属。でも仕事自体できる訳じゃないから2年で追い出されて今に至る…てわけさ」
「…そんな人もいるんですね」ビックリしたように言う赤城士長「まだまだ続きはあるよ、次は遠戸2曹のエピソードを…」


439 名前:まいにちWACわく!その122 投稿日:04/07/02 22:59

「遠戸2曹と片桐2曹は新隊員同期なんだよ」そう言って片桐2曹に話を向ける「…同期って言うな」不本意そうな片桐2曹
「オレは入隊時ですでに20代半ばでな、アイツは高校出て1年フリーターをしてたんだよ。ちょうどバブルの真っ最中だったな」そう言って遠い目をする
「あの時の新隊員は凄かったぞ。右と左がわからなかったり自分の名前が書けなかったり…ヤンキー崩れもゴロゴロいたな。今の状況からは想像もできんだろ?」
うんうんとうなずく赤城士長「ま、その中ならアイツも普通だったわけだ。さすがに最初の実弾射撃で連発させたのにはビビッたが…」
「64式でですよね?普通は間違えないでしょう?」田浦3曹が言う「普通じゃないって事さ、まぁ他にも伝説はあるわけだが…」そう言ってニヤリと笑う
「行軍中に『足がちぎれる〜』って泣き出したり、ストーブにガソリン入れて危うく天幕を全焼させそうになったり、まぁとびっきりなのは…」グビッとビールを流し込む
「陸教で機関銃を入れたまま掩体を埋めた事かな?」ブッと酎ハイを吹き出す赤城士長「機関銃!?」
「ま〜時間が無いってせかされたんだろうな。で、パニクって機関銃を埋めちゃったと…」3小隊の面々も笑っている「ビックリしたやろな〜」と井上3曹
「オレはアイツより8期後に陸教に行ったんだが、その時点でも伝説になってたな」小隊の面々も口々に「オレも聞いた」「オレも〜」と騒々しい
「なんで陸曹になれたんですか?」もっともな疑問を口にする「そういうヤツでも陸曹になれる時代だったのさ…」そうため息をつく片桐2曹であった

「最後は小畑士長、彼はデカいだろ?」「ええ、180以上ありますね」「だから目立つんだよな〜アイツに関しては…同期の鈴木に語ってもらおうか」


440 名前:まいにちWACわく!その123 投稿日:04/07/02 23:00

「う〜ん…そんなに面白いエピソードは無いですよ」悩んだように言う鈴木士長「まぁせいぜい『半日の便所掃除』くらいですか」
「半日?」「うん、教育隊で点検のあった日にみんなで手分けして部屋とか公共場所の掃除をやってたんよね」どんな教育隊でもある話、だが…
「便所とか乾燥室、廊下とかを掃除してね。午前中で全部終わって班長が点検してた時に小畑がいない事に気が付いたんだよ」「いなかった?」
「うん、で、探してみたら…」一旦言葉を切る「朝イチで終わらせたはずの教場横の便所を一人で延々やってたのさ」教場は生活隊舎から少し離れている
「『何でこんな所にいたんだ〜』って聞いたら、『誰も〜やめろって〜言わなかったから〜』だって…」口まねが小隊に大受けした。全員大爆笑だ
「半日も…」「オレならお断りだね〜」口々に小隊の隊員達が言う

「ま、他の中隊とかにも伝説の隊員はいるんだがな。この3人が我が中隊の『3兄弟』さ」そう言って笑う田浦3曹「人によっては『妖怪』とか『特殊部隊』とか言うんや」後を引き継いで井上3曹が言う



444 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/07/03 14:00

番外編・三島士長のマイペース

皆が宴会で盛り上がる中、三島は中隊本部の廠舎をシレっと抜け出していた。#2野営での三島の役職は「中隊本部通信手」であった。生来の人見知りしない性格、妙に気が利く所を買われて中隊長及び本部全般の伝令兼通信陸曹補佐として参加しているのだった。先程も持って来たウクレレで「ホテル・カリフォルニア」を披露して本部のオジサン連中、特に中隊長に大ウケしていた。宴会も半ばを過ぎた頃を見計らって、三島は外に出てきていた。とりあえず便所に向かうと、ちょうど河原が小便をしていた。隣の便器につくと
「あ、オス!」と言ってヒョコっと頭を下げてくる。
「おう、河原くん。宴会はどうかな?」 三島が小便を始めると、河原は手を洗いに行きながら答える。
「いや〜、ウチの小隊はよそと比べて食い物や酒がもの凄く充実してますよ!」
その赤ら顔は楽しそうな表情だ。 「三島士長も遊びに来て下さいよ!」
三島は手を洗いながら 「まァボチボチ遊びに行くわ」
曖昧に答えて便所の外で別れた。三島は自分の小隊はちょっと苦手だった。普段でも「吐くまで飲む迫小隊」などと言われている連中が、ヤマに来ておとなしくしているワケがない。酒を飲まない三島にとっては、小隊に顔を出すのはあまり気の進む話ではなかった。ポケットに手
をつっこんで歌を歌いながらブラブラする。 「♪し〜あ〜わ〜せ〜を訪ねて〜 わ〜た〜しは〜行きた〜い〜♪」ちょっぴり孤独を感じたので電話をかける。相手は中央音楽隊の宮野ちゃんだ。彼女は「ビートルズ信者」というのが共通点だった。しかし6回電話を鳴らしても出ないのであきらめた。青木や上田に電話しようかとも考えたが、なんとなくやめる。ふと独り言を呟いてみる。
「男は時に、孤独でいい・・・」 自分で言って笑ってしまった。歌の続きを歌いながら本部に向かう。
「♪イバラ〜の道も 凍てつ〜く夜も 二人〜で渡っ〜て行き〜た〜い〜♪」

こうして演習場の夜は更けていくのであった・・・

番外編、不定期につづく



446 名前:まいにちWACわく!その124 投稿日:04/07/03 21:55

飲み会はまだまだ続く「木島曹長や遠戸2曹はともかく、小畑士長は何で入隊できたんですかね?」もっともな疑問を口にする赤城士長
「どんなに試験の競争率が高くても、やっぱりああいう人間は入ってくるものさ。曹学だって…」言葉を切る田浦3曹「いたでしょ?」
「まぁいましたけど…」「そういうもんやって、入れる側のえら〜い人達は全然考えてないからなぁ」そう言って笑う井上3曹
「えら〜い幹部の皆さんかて変人多いで、前にどっかの特科の大隊長が露天風呂覗いて捕まったって聞くしな」
「…」家族のほとんどが幹部自衛官の赤城士長は複雑な顔をしている。その表情に気付いた田浦3曹が「…おい、井上…」と肘で突く「ん?何や〜」鈍感な井上3曹は気付かない
横で聞いてた片桐2曹が気を遣ってフォローを入れる「ま、組織っていうのはそういうものだよ。米軍から北朝鮮軍まで、国連から町中の中小企業まで、全員がスゴイ組織なんてそうそう無いさ」
「特殊部隊とかはどうなんですかね?」田浦3曹が聞く「ああいう所は選考の段階でかなり削られるからな、それでも『不良品』が混ざる事はあるだろうな」
「不良品って…」「工場とかの検品と一緒、必ず不良品が出るものさ。どんなに慎重にやってもな」片桐2曹は工場勤めの経験もある

「ところでその1小隊は何してるんですかね?」鈴木士長が言う「宴会するって言ってたよ」とは田浦3曹だ「若い連中は嫌がってたけど…」
「そりゃ〜イヤやろ、酒がまずくなるわな」と井上3曹「それもあるけど…」言葉を濁す田浦3曹「どうしたんや?」
「ジメジメのヤツな、若い連中から半強制的に宴会代取ってるんだよ、小隊会費って名目でな」「そうなの?」佐々木3尉が聞く「えぇ、で、若い連中は下働きとかでそんなに飲めないでしょう?」
「ん〜それはいかんな…」唸るのは片桐2曹だ「自分の飲む分だけ金出したらいいのにな」「かなり若い連中に鬱憤がたまってるみたいで…」ため息をつく田浦3曹
「そういうのを見るのがイヤだからこっちに来たんですよ」と田浦3曹、中隊本部は1小隊と同じ廠舎だ
「中隊本部はどうしてる?」「三島が盛り上げてるので問題ないですね」その三島に「後は頼む!」と言って逃げてきた田浦3曹であった


447 名前:まいにちWACわく!その125 投稿日:04/07/03 21:56

「ま、あれだな。『会社は選べても上司は選べない』ってやつだな」とは小野3曹だ。足下にはビールの缶が10本ほど転がっている
「お、何だ小野?オレは選びたくない上司だったってのか〜?」そう言って小野3曹にヘッドロックを噛ます神野1曹
「アイテテテ…いやいや、大満足っす!3小隊バンザイ!」ヘッドロックをふりほどきながら言う小野3曹。みんなも一斉に笑う
「じゃ、我がすばらしい3小隊に…乾杯!」佐々木3尉が〆の挨拶を行い、飲み会は終了となった

WACが泊まる廠舎に向かう赤城士長、外に出ると月がまぶしいくらいに輝いている
部屋に帰ると通信小隊の中村3曹、衛生小隊の橘1士がいた。二人とも雑誌を読んでいる「ただいま〜」そう言ってドアを開ける赤城士長
「おかえり〜飲み会どうだった?」「楽しかったよ、ユキは行かなかったの?衛生は飲み会してないのかな?」「1時間前に終わったよ〜」
寝具を出して寝る準備をする3人「明日歩くのは赤城だけね」と中村3曹が言う「えっ、そうなんですか?中村3曹は?」
「私はCPで無線手、一晩中ず〜っと無線機の前…」つまらなさそうに言って笑う「私はアンビ(救急車)に乗って最後尾を前進するよ〜」とは橘1士だ
「あら〜寂しいなぁ…」とぼやく赤城士長であった


448 名前:まいにちWACわく!その126 投稿日:04/07/03 21:57

翌日の午前中は行軍準備、背のうの整理や武器の脱落防止などをしている「背のうの荷物は重いモノを上に…」「雨はどうかな?だれか天気予報知らないか〜?」
井上3曹が携帯で天気予報を見る「晴れ時々曇り、降水確率30%か…微妙やな」それを聞いた神野1曹「雨衣準備しとけよ〜」
小銃の部品が落ちないように、各部品に黒テープを貼っていく「部品がポロポロ落ちる武器なんて怖いさ〜」とは具志堅士長だ「最初から落ちない用に作っとけってんだ」とは鈴木士長だ
雨の可能性があるので、銃口にビニール袋をかぶせてテープで巻く「ビニールあります?」赤城士長が言う「そこの箱にあるよ」と片桐2曹
「松浦、知っとる?」新兵(補士)の松浦士長に井上3曹が話しかける「何ですか?」「米軍とかは砂漠で埃が入らんように、銃口にコンドーム巻くらしいわ」
ちょっと引く松浦士長(…赤城がいるのにそんなデカい声で…)と目で合図する、が井上3曹は気付かない「そんなんを普段から持ってるってのがすごいわな〜」と大きな声で言う
後で聞いていた赤城士長、だが動じず「でもコンドームってネバネバしません?」と平気な顔で井上3曹に話しかける
「!」すっかり赤城士長の存在を忘れてた井上3曹「え、あ、そうやね〜」逆に女の子に言われると照れる井上3曹であった


449 名前:まいにちWACわく!その127 投稿日:04/07/03 21:57

昼からはゆっくり休憩(仮眠)そして1700,夕飯の時刻になった。みんな少し多めに食事を腹に入れる
1800に集合、岬2尉が全員の前でコースの説明を行う「SPは廠舎の入り口、演習場を出て部外の道を歩く。民間人とのトラブルは避けるように!」いつも言われてることである
「大休止は0100、村役場駐車場前だ。おにぎりの炊き出しがあるから期待しておけ。最後の2行程は演習場内を歩く、RPは同じく廠舎入り口…だが、我が中隊は予定通りこのまま訓練に入る!」
行軍終了後、演習場の一部を使いゲリラ掃討のための陣形を作る訓練を行う…それが今回の演習の目的だった「質問は?」無し「では中隊長…」岬2尉が引っ込み中隊長が前に出る

「一見いい天気だが、いつ雨が来るかわからん。準備はしておけ!ちょうどいい気温で月もまん丸だ」みんな空を見上げると、ほぼ満ちた月が空を照らしている
「いつも言ってる事だが今回も言う、脱落率0%を目標とする!以上」中隊長の話も終わり、中隊は行軍隊型に移行する

きょろきょろと辺りを見渡す赤城士長「どうした?」通りかかった田浦3曹が聞く「いや、例の3人はどこかな〜と…」「あの3人なら歩かないよ」「?」
木島曹長は安全係、ジープでよその中隊に付いていくわ、遠戸2曹とオバQは不寝番&廠舎監視、適材適所さ」肩をすくめて歩き出す田浦3曹であった


450 名前:まいにちWACわく!その128 投稿日:04/07/03 21:59

演習場の砂利道をモノ一つ言わずに数百名の人間が歩く、足音が山に響きかなり不気味だ。夕日を浴びながら演習場の外に出る
アスファルトの道は足の負担が大きい反面歩きやすい、月も明るく足下も見やすい。そして第1休止点に到着した
ここでも無駄な声は発さず、各人が休憩しやすい体型を取る「…赤城、靴ひもはゆるめた方がいいぞ…」後から神野1曹のアドバイスがあった
「靴擦れ等無いですか〜」衛生の救護員が各隊員に声をかける、彼らは休憩時間も忙しい「衛生の人たちは大変ですね」小さい声で前の鈴木士長に言う
「あぁ、普通科衛生は衛生科でも人気無いらしいよ」衛生小隊の隊員は教育を衛生隊で受ける、その時点で普通科を希望する人間は少ないらしい

行軍はまだまだ続く、ただひたすら歩くだけの時間…歩きながら寝る人間もたまにいる。ときどき前の人間にぶつかる音が聞こえる
そんな時…「雨?」少し雲が出てきて、ポツリと顔に雨が当たるようになってきた「…中隊長」先頭を歩く中隊長に声をかける岬2尉「わかっとる、次の休止点までは?」
すぐ後にいた田浦3曹が防水加工をした地図を広げる「あと約2kmですね、半分です」
「…よし、現在地で」「わかりました」そう言って岬2尉は手を挙げて中隊を止める「雨衣着用、5分以内!」すぐ後の隊員に伝え、1列に長く伸びた中隊に逓伝される

中隊が雨衣を着けている間、1コ中隊が追い越していった「抜かされたけどいいのかなぁ…」と赤城士長「びしょ濡れになったら体力の消耗が激しくなるからね」とは鈴木士長だ

5分後…雨は小降りになってきた「正解でしたね」と岬2尉「もちろん」中隊長がニヤッと笑い言った「よし、出発だ」


451 名前:まいにちWACわく!その129 投稿日:04/07/03 21:59

雨は2時間ほどで止んだ「にわか雨でしたね」岬2尉が言う「大休止点まであと少しです」とは田浦3曹
「よし、大休止点で雨衣を脱ごう」と中隊長

村役場前の大休止点に到着した「出発は0200!」岬2尉が指示を出す「マメ等ありますか〜」ここでも救護員は大活躍だ
おにぎりが各隊員に配られる「おいしいぃ〜」赤城士長もがっつくように食べている「食べられるだけマシだな、食欲もなくなったら危ないぞ」声をかけるのは神野1曹だ
「でも少し疲れました…眠いですよ〜」「もうすぐ夜も明けるからな、明るくなったら動きやすくなって体力の消耗も減る、それまで頑張れよ」そう言って他の隊員の様子を見に行った

0200…「各人、装具点検!」出発前に武器や装具を落としていないかの点検をする「異常なし」各小隊から報告が来る「よし、出発!」
夜明け前がもっともくらい時間である、月明かりがあってもさすがに暗い(眠い…)睡魔が赤城士長を襲う…ドンッ!前を歩く鈴木士長にぶつかった
「あ…スイマセン」ペコリと頭を下げる「寝てた?」少し笑う鈴木士長「何か考えたほうがいいよ」小声でそう言って前を向く
(何かか…何かって?)考える赤城士長(そう言えば田浦3曹は「筋を覚えた映画を頭の中で上映する」って言ってたなぁ)
何か映画を思い出そうとする赤城士長(眠気の覚めそうな映画…プライベート・ライアンとか?セカチューは…逆に眠くなりそう)
いろいろ考えて眠気も覚めてきた。辺りも少し明るくなってきている


452 名前:まいにちWACわく!その130 投稿日:04/07/03 22:00

明るくなってきた頃に演習場が見えてきた。隣接する駐屯地の給水塔が朝日を浴びて輝いている
演習場を少し歩き、廠舎に向かう道を歩く。が、中隊はさらに訓練を実施するのだ「我々はこっちだ」廠舎の前を通り過ぎ、訓練場所に向かう
(行軍してから訓練なんて…教育隊は甘いところもあったんだ)と思う赤城士長。周りの先輩方は当たり前のような顔をしている

訓練場所の西の台に到着、各小隊ごと背のうを集積して分散警戒をする「各小隊長は中隊長の位置まで」命令下達のため佐々木3尉も前進する
木にもたれかかり銃を構える赤城士長、ところが…(…あッ!)気付いたら銃口が地面に刺さっている(眠いぃ〜な〜)改めて銃を構える
「赤城、コレやるわ」その時井上3曹が声をかけてきた「?」渡されたのは眠気さましのガムだった「あと少しやで〜」「あ、ありがとうございます」ペコリと頭を下げる

佐々木3尉が帰ってきた「小隊は西の台の東側、この道路に沿って各人間隔10mで展開する。各班長は…」細かい指示を出す「それから荷物監視に1名残すんだが…」そう言って小隊員の顔を見回す
「誰か希望者は?」ゆっくり休めるのは確かだが、この場で「休みます!」とはなかなか言えない「じゃあ…あ」かぎしちょう、と言おうとして佐々木3尉は口をとじた
(WACだからって気を遣う必要は無いか…むしろどこまでできるか見てみるか)そう思い直した佐々木3尉「松浦、残っておいてくれ」と指示を出した

各小隊が1kmほど先の展開位置に向かい走り出す「たまには高機動車に頼らない事も必要だな〜」と言うのは片桐2曹だ。3小隊も展開位置に到着
手信号で各班ごと1列の横隊になって展開を始める。さすがに赤城士長も息が上がってる「大丈夫か?」声をかけるのは小野3曹、無反動砲を軽々持って走っている
「ハァ…は、はい」少ししんどそうだがまだいけそうだ「よし、あと少しだ!」


453 名前:まいにちWACわく!その131 投稿日:04/07/03 22:01

各小隊が展開し、いつでも前進できる体制を取った時「状況終了〜」の声がかかった「各小隊ごと人員装具の異常の有無を報告!」
3小隊も佐々木3尉の元に集まる「健康状態…異常なし、武器・装具…異常なし!いいね〜」

訓練を終え廠舎に帰ってきた中隊の面々。ふっと見ると小畑士長が鼾をかいてぐっすりと熟睡していた
たまらず田浦3曹が「こら〜!オバぁ!行軍もしてないのに寝るんじゃねぇ!」と珍しく雷を落とす
「武器手入れは昼から、それまで仮眠時間とする…別れ!」岬2尉の指示が終わり、やっと眠れる時間となった
ふらふらと廠舎に向かう赤城士長「大丈夫〜?」と声をかけてきたのは橘1士だ「も〜ふらふら…何してたの?」「なんかねぇ、1コ中隊だけ熱発患者がたくさん出て…」
どうやらあの抜かしていった中隊のようだ「雨衣着てなかったから、風邪もひくよね」「それだけじゃなくて…なんか道に迷ったらしいよ」小声でこっそりと言った橘1士
「道に迷った?」「うん、運幹が間違えたらしいよ」「…」片桐2曹の「不良品」発言を思い出す(幹部にもいるのかな…?)


454 名前:まいにちWACわく!その132 投稿日:04/07/03 22:01

昼からの武器手入れも終わり、演習も最後の晩を迎えた「飲み会は…しないか」3小隊に顔を出した田浦3曹が言った
「そっちは?三島が盛り上げてるんだろ〜?」「らしいですね、でも今晩はみんなダウンですね」神野1曹に言う田浦3曹
「そういや田浦?例の道を間違えた中隊、安全係は…」「えぇ、木島曹長です」ため息をつく田浦3曹「ジープの助手席でぐっすり…だったそうです」「あ〜あ…」
「他中隊から来てた陸士のドライバーの子に責任を押しつけようとして、少し揉めてるらしいですよ」「そりゃ〜そこの中隊も黙ってられんだろう?」「先任が頭を抱えてました…」

翌朝…廠舎の清掃も終わり、出発の時間となった「どう、疲れた?」出発までの時間に赤城士長に声をかける田浦3曹
「少し筋肉痛が…マメも痛いです」そう言って笑う赤城士長「でも行軍しかしなかったような気がします」
「そうさ〜野営って言ってもこういうのも多いよ。いつも状況にはいるわけじゃないし…でも次か7月には状況にはいるからね」「ハイ!楽しみにしてます」
(楽しみって…)苦笑いする(若いっていいねぇ)そんなに年でもないのに思う田浦3曹であった「そろそろ出発だぞ〜」誰かの声が聞こえた

駐屯地に帰り事務所に顔を出す本部の面々「よぅおかえり〜」倉田曹長が出迎えてくれた「何か…」「ありました?」先任と田浦3曹が同時に言う
「いや、何にも。平和なもんだったよ」そう言って笑う倉田曹長であった



460 名前:赤城登場提案者 投稿日:04/07/09 12:41

倉田曹長残留編 「1、1、1、2!」と新教隊員の声が聞こえる。新隊員かぁ・・・
右を見ても左を見ても、人はいない事務室で一人物思いにふける。「あの中からうちに来るのも何人かいるんだなぁ」とつぶやき昔を思い出す


461 名前:赤城登場・・・ 投稿日:04/07/09 23:59

今から、20年前 倉田2士 「おい!倉田!掃除が甘いぞ!」怒鳴られる倉田くん
先任士長の三島武市が怒鳴る。新隊員前期で施設科を希望していた倉田には毎日が地獄であった
そんな時・・・ もう一人の先任士長 加賀美が倉田2士を連れ町の居酒屋へ連れて行ってくれた・・・


462 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/10 07:36

加賀美「おい、せっかく外出させたんだ!今日はとことん飲めよ!」倉田「はい!」でも?なんで俺だけ連れてこられたのかな?そんな疑問がある中、瓶ビールが運ばれて来た


463 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/10 07:51

居酒屋にて。「おまたせ、しました〜」運んで来たのは、20代前半だろう
若い娘サンだった 加賀美「おい、あの子どうだ?」倉田「はい?」どうだと言われ戸惑う
「かわいい感じな子ですね」


464 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/10 08:00

だろ?と加賀美 倉田、お前、あの子を誘えよ!
「えっ!なっ?なんですか?」加賀美はあわてて、「嫌、実はな、あの子を気に入っててな、だけども誘えないんだよ。でだ、少し酔ったお前があの子に絡む
で、俺が止める で仲良くなる。と言う寸法だ」倉田「・・・」


465 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/10 13:31

結果は・・・ 加賀美の小細工の効果か?倉田の迫真の演技がよかったのか
加賀美と娘サンはデートをする事となったのだ。
こんな事をふと思いだしていると・・・ 「おい!おい!倉田!倉田曹長」と呼ばれる!はっ!と我に帰り事務室入り口を見ると・・・


466 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/10 13:37

定年をまじかに控えた4科の補給班長が立っている「どうしたんだ?ぼーとして。」「いえ、昔を思いだしていたんですよ。加賀美2尉」「奥さんは元気ですか?」
倉田曹長 残留編 終わり



467 名前:残留編少し追加 投稿日:04/07/10 18:45

日も西に傾き、そろそろ終礼の時間のようだ。新隊員達も列を作っている「ちゃんと横見ぃよ〜」「村田!前とずれてるんがわからんか!」助教達の声が飛ぶ
一時期甘くなった教育だが、最近の不景気でまた厳しくなっている。暴力は御法度だが、助教達はその迫力だけで新隊員達を従わせている
我が中隊からも支援助教が数名出ている。さてさてどんな連中が入ってくるか…
「倉田曹長、終礼しましょう!」自教に行ってる陸士が声をかける、残留者の長は倉田曹長なのだ「よし、終礼だな」

課業外、当直の倉田曹長は風呂場に向かう。夕方の涼しい風の中、風呂場前のベンチで新隊員連中が風呂上がりのジュースを飲んでいた
「よっしぁあ、勝った〜!」「あ〜くそ!3連敗…」数人でジャンケンをして、負けた者が全員分のジュースをおごる「ジュージャン」だ
(3連敗とは気の毒に…)新隊員の給料はそう高くない。まぁ使う機会も少ないのだが…倉田曹長を見かけ一斉に「ご苦労様です!」と敬礼する
「ん、ご苦労さん」答礼をして風呂場に入る倉田曹長

風呂場は2000まで開いてるので、新隊員はだいたい1930頃まで自主トレをしてから風呂に来る事が多い。風呂場の中も新隊員で一杯だった
(ほう…)イヤでも目に付く彼らの体を見て感心する倉田曹長(4月に比べて引き締まったもんだ)4月の当直の時に見たブヨブヨした体の新隊員はいなかった
「体重減ったぜ〜」体重計に乗り喜んだように言う新隊員、鏡の前でポーズを作ってみせる新隊員、割れた腹筋を同期に自慢げに見せる隊員もいる
(若い内はいくらでも鍛えられるからな…今のウチに頑張れよ)少し出てきた腹をさすり、倉田曹長は風呂場に入っていった

翌朝…今日は演習部隊が帰ってくる。めざましテレビを見ていた倉田曹長の元に「今から出発します」と田浦3曹からの電話があった
(さて…)倉田曹長は筆と墨と半紙を出す。そして…「『演習お疲れ様でした!残留者一同』…と」見事な達筆で書き記す
(コレを事務所前に張って…と)さぁまた明日から忙しい日々が始まるな〜と実感する倉田曹長であった



468 名前:まいにちWACわく!その133 投稿日:04/07/10 18:47

その日の夜…WAC隊舎屋上「もしも〜し、翔兄ちゃん?」赤城士長が電話をする相手は3人いる兄の真ん中・赤城翔次郎3等空尉である
(お〜久しぶりだな!正月以来か?)「GWに誰も帰ってこないんだもん、ビックリしたよ〜」(そりゃ仕方ねぇよ、仕事だもん)3人いる兄は誰もG実家に帰ってこなかったらしい
「ま、母さんは海に潜りに沖縄、爺ちゃん達は台湾観光、結局私と健だけだったけどね」(相変わらず元気な年より連中で…)

涼しい風が隊舎の屋上を吹き抜ける「それより兄ちゃん、部下に慕われてる〜?」(…いきなり喧嘩売ってんのか?)当惑した声で答える翔次郎
「いやいや、実はね…」演習中にあった出来事を話す「…部下に嫌われたらアレみたいになっちゃうよ。え〜と…そうそう『裸の王様』!」(オレはパイロットの中では下っ端だからな〜ま、確かに嫌いな上官はいるよ)
「やっぱり?」(どこにでもいるだろう?自分がそうならないように気をつけてるから大丈夫!こないだも整備の連中と合コンに…)
「へ〜」(それより何で俺にかけてくるんだ?純兄ちゃんや三吉は?)「純兄ちゃんは海の底、三吉兄ちゃんは久留米で入校中、連絡なんて取れないよ」
(そっか、まぁ曹士の階級も大変だろうな)「幹部は楽なの?」(そんな事は無いよ!ま〜でも不真面目にやればどの階級でも楽はできるんじゃね?オレはそのつもりはないけどな)
「ま、頑張ってね。1機100億だもんね〜F15って。落としちゃ大変!」(俺たちも一人あたま2億くらいかかって作られたパイロットだからな。要領なんてカマしてたら税金泥棒だぜ)
「やっぱり空はお金あるのね〜ウチなんてコピー代も自腹なのに…」ちょっと待遇の違いに納得のいかない赤城士長であった


470 名前:まいにちWACわく!その134 投稿日:04/07/10 18:48

電話は続く(龍子、幹部になる気は無いのか?)「幹部?う〜ん、まだ何とも…」(陸だと曹士なんて扱い低いだろう?専門職なんてそうそういないんだし…)
「それでもみんな優秀だよ。中には駄目な人もいるけどさ」(いやいや、そう言う事じゃなくて…捨て駒扱いされるのがオチじゃねえ?)
「捨て駒なんて思ってないけど?」(上がそう考えてると思うか?冷たいようだけど曹士はやっぱり組織の手足でしかないんだよ。取り替えの効くな)
「手足ってね〜みんな頭の付いてる人なんだよ!」憤慨する赤城士長(わかってるよ、でも司令部や幕僚の人たちがそう考えてると思うか?)「それは…」
部隊配属になって半年、今までもそういう扱いが無いとは言えなかった(やっぱりさ、組織の頭になるべきだよ。「現場がいい!」って曹学受けたのは知ってるけどな)
「…」(いろんな制度や納得いかない事だって変えるチャンスも出てくるぞ、「正しい事をしたかったら…」)「『偉くなれ』わかってるけど、現場で支える人も必要じゃない?」
(支えるのはお前じゃなくてもいいだろう?それこそ現場で力を発揮できる優秀な人たちに任せたらいい。そこまでの自信あるか?体力面では勝てないだろう)さすが幹部だけあって口がうまい
(現場を知ってさらに偉くなれば無敵だと思うけどな。どうだ?)「そんなの…まだわかんないよ」迷いはある赤城士長
(今ならまだ間に合うだろう?親父か叔父さんに頼めば防大くらいはいけるさ。ま、考えておいた方がいいぞ)そう言って電話を切る翔次郎だった



477 名前:三島もう一つの趣味 投稿日:04/07/11 20:44

外禁もとけ、2次野営も終わり・・・ 久しぶりの週末フル外
金曜日夜 さ〜て、今日は何しよっかな。「そうだ!こんな時こそ!」と車で一人出かけた
そこについたのは、深夜2時 通常であれば、誰もこない場所である。しかし、今日は違っていた


478 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/11 20:51

三島が車で来たその場所とは・・・ 営業時間
昼11時〜13時 夕方16時〜19時 金曜
土曜は深夜1時〜3時 ラーメン おやっさん と小さな看板がある盛り場のラーメン屋である


479 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/11 20:54

実は、三島は隠れラーメン好き 雑誌 口コミ
ネット その他の情報源をもとに、私有車を何時間でも走らせ、一人ラーメンを食べに行くことに時々生き甲斐すら感じていたのだ


480 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/11 20:59

おやっさんのラーメンは札幌ラーメン 寒い札幌
屋台で食べても常に熱い状態で食べれる事を考え太麺、豚骨ベースのスープに炒め野菜を乗せた味噌味
最近、少しずつ話題になっていたのだ


481 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/11 21:03

「らっしゃい!」威勢のいい声 周りの客を見渡すとさすがに皆、顔が赤い
「飲んだあとはここのラーメンだよね〜」サラリーマンが多い店の中にOLと思われる集団もいる「味噌ラーメンとチャーシュウ丼」といい席につく三島だった


482 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/11 21:15

ラーメンが来た うん。悪くない 贅沢を言ったら来るのは冬だな。などと思いながらもくもくと食べる。食べ終わり、車にもどり、三島ラーメンチェックリストを付ける
う〜ん 総合で92点かぁ なかなか100点がでないなぁ


483 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/11 21:19

ふぁ〜 腹いっぱいになったら眠くなってきたな
と言う事で三島は車の中で睡眠をとった


486 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/15 22:12

田浦3曹下宿編 野営も終わり、一人下宿にて飲んでいる。やっぱり寂しい
となると、近くのレンタルビデオ屋よりビデオを一人寂しく借りて来る生活が多いのだ・・・今日は少し違っていた


487 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/15 22:16

田浦の今日の武器 給料が手つかずで5月末まで残っている財布事情
赤城が同じ中隊でなければおそらく・・・な夜を過ごしていた?情事
それらがくみあわさり一人町に消えた


488 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/15 22:24

ラウンジ。ヨシコ ここは、普段、値もはり、中隊や連隊からは嫌われる飲み屋である。ただし女の子の数は多い
そこに田浦は一人飲みに行ってみた。あわよくば・・・最後
女の子を誘う事を夢見て・・・


489 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/15 22:28

しかし・・・何もなく終わったのだった・・・
時は土曜日 午前2時半 一人寂しく下宿に帰る田浦だった・・・
そして月曜日 先任と補給の林の2名の話だった
「田浦〜なんか顔がすっきりしてないぞ〜!」田浦編


491 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/22 20:29

月曜日 (うまいラ〜メン屋が無いなら自分で作るかなぁ)と考えながら朝礼場に向かう三島
(まずは、豚骨で・・・)など深く考えていた。それより少し前の事務室・・・


492 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/22 20:34

なんか曇った顔だなぁ〜などと先任に言われる田浦「・・・」
「まぁ、それはそれとして、2週間後に本管の何個小隊かが検閲だろ、それでなこんなのが来てるんだよ」と先任が差し出した書類
「検閲間における各臨時勤務交代要員差しだしについて」


493 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/22 20:38

田浦は目を通した。「うちからは、糧食に陸士二名ですか。」「そうなんだ、いつもならここで三島って言う名がでるんだが・・・今回はそうはいかないだろ。」
「まぁ、そうですね〜本人はなんて言うか判らないですけど〜」


494 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/22 20:44

「朝礼〜」当直が声をかける。田浦があわてて朝礼場に駆けると一人悩んでいるような三島とならんだ。「おぅ!おはよ!」と声をかける田浦に三島は「はい・・・」と何か元気がない。《何か変だ?悩んでるのか?》


495 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/22 20:49

朝礼が終わり、三島をよく見る田浦。《やっぱり悩んでいるようだな》「おい!三島!今日はどした?」それに対し三島は「いえ、なんでもないんです、ただ、豚骨か鳥か魚どれがいいか悩んでしまいまして・・・」三島の答えに、田浦はわけがわからず、呆然としたのだった


496 名前:専守防衛さん 投稿日:04/07/23 18:43

「多分ラーメンの話じゃないか?」そう、田浦に進言するのは倉田曹長である
《なるほどな、そう言われると・・・》 「なんだ、糧食に行きたくてラーメンの話なのかな?」なんて先任が横から口を挟む。



497 名前:まいにちWACわく!その135 投稿日:04/07/23 21:31

「ふ〜ん、幹部ねぇ…ま、選択肢は多い方がいいとは思うよ」「まぁそうなんですけど…」今日の中隊訓練は射撃予習、休憩中に話すのは田浦3曹と赤城士長だ
「確か防大は21才未満までじゃなかったかな?けっこう年齢的にシビアだよな」「現職の自衛官は23才未満だそうです」さすがに詳しい「まだ何年かあるんですけどね…」
「幹部ねぇ…でも赤城はやる気無いんだろ?」「あんまり魅力を感じないっていうか…父も桧町にいた時はつまらなさそうにしてました」桧町には数年前まで防衛庁本庁があった
「防大が女性を受け入れたのは最近だったよな…」ふと気になり愛用の「自衛隊手帳」をめくる田浦3曹

「平成15年度末の時点で、陸の女性自衛官は全部で7276人。うち5921名が医官や看護関係以外の隊員…」「以外と多いんですね」
「ところが幹部となると1179人中333人しか一般部隊にはいないんだな」「ほとんど医官や看護師ってことですか?」
パタン、と手帳をとじる「その333人もほとんどが会計とかだろうな。少なくとも普通科き章は返上することになるだろう」横目で赤城士長を見る
「パイオニアになれる可能性もあるけどね。まぁ焦って決める事はないよ、流れに身を任せるのも手の一つかもしれないよ」「…」

「休憩終わり〜!」教官の佐々木3尉が笛を鳴らす


498 名前:まいにちWACわく!その136 投稿日:04/07/23 21:31

「もう何度も何度も言ってますが、もう一度言います」前に立つ佐々木3尉が言う
「『射撃は科学、考えれば当たります!』これを念頭に各人ごと練習!」そう言うと全員が2人一組を作り射撃予習を始める

「ええか〜勘とかで射撃が当たるヤツも確かにおる。でもな…」隊員の間を回って指導するのは井上3曹だ
「銃を固定できる姿勢を取って、照準を常に同じに、撃発時には呼吸を止めて、引き金をぶれないように絞る。これだけで絶対当たるんや!」と力説する
「アイツは言うだけあって当たるからね」と田浦3曹「珍しく真剣ですね」さりげなくひどい赤城士長「ま、とにかく練習しようか」「ハイ!」

伏せ撃ちの姿勢を取り引き金を引く赤城士長、それにあわせて田浦3曹がスライドを下げる「…どうだ?2発目以降が狙いにくいとかあるか?」「少し右下に…」「もう少し左肘を前にもってくるんだ」
相手が男なら体を触って姿勢を取らせる事もできるが、WAC相手だとそれもなかなか難しい(セクハラ対策ビデオでもやってたな…)赤城が来る前に見た教育用のビデオを思い出す
「赤城は体が小さいから、銃と体の角度をもっと近づける方がいいな。左肘の上に銃が来るように…」「こうですか?」姿勢を変える赤城士長(ん〜もうちょっと…じれったいなぁ)
この子ならたぶん少しくらい体を触ってもセクハラ扱いはしないだろう…と思ってはいるが、やはりべたべた女性の体を触るのは抵抗がある

「ん〜赤城、もうちょっとケツを前にするんや」そう言って横から手を出すのは井上3曹だ。赤城士長の弾帯をつかみ腰を持ち上げる「…よっと。どうや?」「ちょっと腰がしんどいかも…」「まぁ体格で損しとるからな。少しくらいは我慢や」
そう言って井上3曹は立ち去っていった 「…」「どうしたんですか田浦3曹?」立ち上がった赤城士長が聞く
「ん、いや、何でも…」(アイツずいぶんあっさりと…)少しうらやましい感じもする田浦3曹であった


499 名前:まいにちWACわく!その137 投稿日:04/07/23 21:33

「そんな考え方は逆に失礼やろ?そもそも自衛隊に入る時点でそれくらいの覚悟はあると思うんやけどな」
その日の夕方、食堂で一緒にメシを食う田浦3曹と井上3曹「上の連中は過剰に『セクハラや〜』とか騒ぎおるけどな」
「そういうもんか?」「そうや、だいたい自分は昔から真面目すぎるわ」夕飯の鮭の塩焼きを箸でほぐしながら言う井上3曹
「逆にやで、『セクハラやから』ってちゃんと射撃教えんと戦争になって、その子がへたくそな射撃のせいで戦死したらどないすんねん」
みそ汁を一口すすりうなる田浦3曹「う〜ん、確かに…」「戦死ならまだマシやわな、生け捕りになったらどないな目に遭わされるか…」
ゴクリとつばを飲む田浦3曹「そうだな、俺たちは『軍人』じゃないから、ジュネーブ条約は適用されない可能性があるし…」
旧ソ連は自衛官に対し「ジュネーブ条約を適用しない」と公言してたそうだ
「教育するモンは責任があるんや。射撃に関してはオレは妥協する気は無いしな」「…」

少し教えられた気がした田浦3曹であった



505 名前:まいにちWACわく!その138 投稿日:04/08/02 17:37

次の日…朝イチから武器庫を開けて教習・検定射撃に向かう中隊一同。行く先は近くの山の中にある「極楽山訓練場」だ
極楽山訓練場は3km×2kmほどの広さの訓練場で、中にはレンジャーが使うロープ訓練場やヘリポート、それに屋内射場がある
いくつかの車両に分乗し前進を開始する

「あ〜耳栓忘れた!」「煙草のフィルターで代用したら?」「勝負しようぜ勝負!」「何点取ったら検定合格?」3t半の荷台は騒々しい
いつになくハイなのは、やはり「自衛官らしい=普通の社会人じゃできない」射撃訓練だからだろうか
口では「面倒くさい」とか「射撃後の手入れが…」とか言ってるが、やっぱりみんな射撃は楽しいのかな…とぼんやり思う田浦3曹であった

射場に到着、荷物を全員で下ろして射撃準備にかかる「前段勤務員は配置に…」「警戒旗を揚げてきてくれ〜」赤城士長ら新兵達も言われたままにパタパタ動く
極楽山射場には最新のセンサーが取り付けられており、監的が不要になっている。射撃結果は自動的にプリントアウトされるのだ
「ハイテクだねぇ…もう治痕紙の出番は無いのかな?」感心する先任。紙の的を使ってた時は穴をいちいちシールのような「治痕紙」で埋めていたのだ


506 名前:まいにちWACわく!その139 投稿日:04/08/02 17:38

勤務員が配置に付き、1射群が射撃準備を完了させた「射撃準備完了!」射撃係幹部の岬2尉が中隊長に報告する
「射撃開始!」中隊長の指示を受け射撃が始まった

タン…タン…ドームの中から発砲音が聞こえてくる「始まったね〜」交代係が次の射群を集め銃の点検をしている
「赤城は何射群?」中間姿勢の練習をしてた赤城士長に田浦3曹が声をかける「4射群です。田浦3曹は?」「オレは5射群、まだまだ先だな」
人数を節約する関係上、射撃に必要な勤務員を前段と後段に分け、前段で射撃した者は後段で勤務に就く…というのが一般的だ
ちなみに田浦3曹は後段の的操作である「2射群の薬莢回収員は4射群!」交代係が言う「あ、行かないと…」「気をつけてな」

射手1人には必ず薬莢回収員(コーチ)が付く。実弾の薬莢は100%回収なので、万が一にも無くさないようにするため
それから未熟な射手(新兵など)には、文字通りベテランの陸曹がクリックの修正や姿勢に関してコーチする事も多い
赤城士長の相手は…「…よ〜ろ〜し〜く〜ぅ」小畑士長だ「…は、はい」困った顔を隠すにも隠せない赤城士長であった


507 名前:まいにちWACわく!その140 投稿日:04/08/02 17:40

「おいおい、小畑のコーチに赤城が付くのか…」射場に入ってきた2射群を見て、岬2尉は思わず口に出して言う
「交代させます?」と聞くのは安全係に付く神野1曹だ「…他も全員陸士か。ま、小畑ならまだ大丈夫だろう」

弾倉に弾を込めながら赤城士長は小畑士長の顔を伺う(…)相変わらずのぼ〜っとした顔、身長180cm体重90kgの体はかなり大きく見える
(大丈夫なの?この人…)先輩ながら心配になる赤城士長だった

1射群の射撃が終わり、2射群の番になった「射手、銃弾薬を持ってその場に立て!」岬2尉の号令で待機場所から立ち上がる「射座まで前に進め!」
各人が自分の射座にやってくる「モニター確認」各射座には弾着を表示するモニターがある
「当初、点検射!射手伏せ撃ちの姿勢を取れ」弾着を確認し、標準の調整をするのが「点検射」だ。だいたい3発を3回撃ち調整する
「当初3発、射撃用意!…撃て!」号令がかかりしばらくして「パン」と派手な音が聞こえてくる
薬莢を受け取る網を持ち、赤城士長は油断無く構えていた(もし何かあったら…)銃を振り回したりされないように警戒する赤城士長
そんな心配をよそに小畑士長は3発を打ち終わる
全員が打ち終わったのを確認して「安全装置、銃置け!」岬2尉が号令をかける。安全装置をかけ、脚を立てて銃を置く射手たち
モニターにはすぐに射撃結果が表示され、監的を使うよりかなりの時間短縮となる。小畑士長もモニターを見るが、照星や照門をさわろうとしない
(?)赤城士長もモニターをのぞき込む「…!」モニターに映る的のど真ん中に3発、黒い点が見事に収まっていた


508 名前:まいにちWACわく!その141 投稿日:04/08/02 17:41

2射群とコーチが射場から出てくる「おぅ、お疲れさん。すぐに射撃準備だよ」田浦3曹が赤城士長に声をかける
「あ、はい」置いてある銃を取る赤城士長「…ビックリしました。小畑士長って射撃うまいんですね」ホントに驚いた…と言った顔で言う
「ん?あぁ…ああいうタイプは時々いるんだよ。昔から射撃はぼ〜っとしてる者ほど当たるってね」「そうなんですか?」「何も考えてないからかね?」昨日の佐々木3尉の言葉を全否定する田浦3曹
「体格もいいから銃を押さえ込みやすいしね。その点赤城は不利なんだよな…」銃の大きさは全員同じなだけに、体格の差はけっこう響くのである
「ま、教育隊では当たってるんだ。迷うと当たらなくなるから自信持ってね」「ハイ!」そう言って射場に向かう赤城士長だった

昼食の時間になった。駐屯地から食事を運んできたのは川井2曹だ「残飯処理が面倒くさいから残さず食えよ〜」と若い連中に言っている
「あの3点射ですか…あれで大失敗でした」残念そうな顔をするのは赤城士長だ「弾があっちこっちに…」
「散るんだろ?銃自体も64に比べると軽い上に、2発じゃなくて3発だからね」とは神野1曹だ
一般部隊で行われる中級検定では、最後に「脚使用の伏せ撃ち」がある。64式では連射にして射手自身が引き金から指を離す「単連射(2発)」だ
対して89式は「3発制限点射機構(通称:3点バースト)」があるため、引き金を引きっぱなしで3発を的にたたき込むのだ
銃自体が軽いのと(連射で銃が跳ね上がりやすい)弾数が増えた事から「64より難しい!」との声もよく聞かれる

「まぁ3点射で銃を押さえるコツはいろいろあるんだけどな…また帰ったら教えるよ」そう神野1曹は言う「はい、お願いします」


509 名前:まいにちWACわく!その142 投稿日:04/08/02 17:42

1500ごろに射撃も終わり駐屯地に帰隊した中隊の面々、射撃で使った資材をおろし各人の武器手入れの時間となった
廊下に毛布を敷いて、カチャカチャと小銃を分解・手入れしていく中隊の面々「どうだった?」「いや〜調子が…」「照明が暗くて照星が見えなかった」等々、今日の射撃の感想を言い合ってる
「お〜い、田浦」武器手入れをしてる田浦3曹に声をかけるのは井上3曹だ「どした?」「射撃結果見せて〜な」各隊員の射撃結果は訓練で掌握、運幹や射撃のコーチ等に見せてから各隊員に返すのである
「まずは運幹に…」「その運幹に頼まれたんや」井上3曹は射撃のコーチでもある「そうか、事務所のオレの机の上に置いてあるわ」

カチャカチャ…と89式小銃を組み立てる。最後の部品を組み込んで機能点検をする「連発…3点射…単発…そして安全装置よし!と」そして武器庫に銃を格納する
武器庫から出て事務所に入る。訓練の机に座ってるのは井上3曹、横に佐々木3尉だ
「大沼3曹は…弾着がまとまって…」「じゃあ選手要員に…伸びる余地がある人を…」だいぶ先の話だが、射撃競技会に向けての人選らしい
「お、邪魔かな?」事務所に入ってきた田浦3曹を見て佐々木3尉が言う「いや、いいっすよ。選手要員が決まったらまた教えて下さい」訓練として選手名簿を掌握したい田浦3曹である
「で、井上はどうだった?」ニヤリと笑いB5判の記録用紙を見せる「…伏せ撃ちと中間姿勢で49点!満点まであと1点かよ…」やはりスナイパー要員だけある
「ま〜こんなもんや、ゴルゴと呼んでくれや」少しお調子者ではあるが…


510 名前:まいにちWACわく!その143 投稿日:04/08/02 17:43

射撃も終わり終礼を待つだけとなった。とそこへ補給の鈴木曹長が話しかけてくる「おい、田浦…明後日に作業員5名取れるか?」
「5名?多分いけますよ。でも何で?」「新型半長靴の受領と交付なんだわ」「新型?」はて、半長靴が新しくなるのか…と頭をひねる田浦3曹であった

2日後…「よし、この箱を全部リアカーに積んでくれ」「は〜い!」作業員は各小隊から1名ずつ、新兵ばかりが集まっている「コレって何ですか?」作業員で来ている赤城士長が聞く
「新しい半長靴(戦闘靴)2型さ。赤城のサイズは取るのに苦労したんだぜ」と鈴木曹長「?」新型って何?と言う顔をする新兵たちであった
補給庫に箱を並べる「さて…サイズ26はそこに並べてくれ」そういって新型半長靴を取り出す「お〜」「へ〜」「これは…」新兵たちから声が挙がる
色は全体的に黒く、普通の登山靴のようなデザイン。靴先も本体と一体化しており、くるぶしと足首から上は布のようなモノが張られている
長さも普通の半長靴より10cmは短い「これが戦闘靴2型だ…持ってみな」「…重い!」持ってみて声を上げる赤城士長「中がすげーよ!ゴアテックスか?」誰かが言う
靴の上部まで防水性の素材が張られており、水がしみこまなくなっている「つま先が固いよ」つま先には鉄板が張られている

ひとしきり新兵たちが騒いだあとに鈴木曹長が言う「もう支給されてる部隊では評判いいらしい、まぁ噂だがな。さ、仕事してくれ!」


511 名前:まいにちWACわく!その144 投稿日:04/08/02 17:44

課業外…廊下に新聞を引いて受領した戦闘靴2型を手入れする赤城士長「まずは靴墨を…」支給された黒の靴墨を革の部分に塗っていく
全体にまんべんなく塗り終わったら、ウェスを使い墨をふき取っていく。そしてブラシをかけて靴を光らせる
「あ〜早速新型手入れしてるんだ?」そばを通りかかったのは衛生小隊の橘1士だ
「今日支給されたんだよ。ユキはまだもらってないの」「まだ…」「この子『サイズがない』って言われたのよ〜」と一緒にいた衛生小隊・中森1士である
「サイズ?」「うん…22.5なんて補給処にも無いって」残念そうに言う橘1士「タダでさえ服も装具も苦労してるのにな〜」
体格のいい普通科隊員を基準に作られている装備品は、身長148cm(見込み入隊)の橘1士には大きすぎるのだ「装具だって、弾帯に弾のうとか付けるでしょ?でも全部は付けられないのよね〜」
腰回りに付ける装具には弾倉を入れる弾のうや水筒、包帯を入れる救急品袋、銃剣も含めるとけっこうな量になる
さらに状況によっては折りたたみ式のエンピも付くので、(最近特に多い)やせ形の隊員は弾帯の内側にカバーを入れてまかなっている
だが、橘1士はカバーを付けても装具全部を付けるのは無理なので苦労しているのである
「補給班長は『何とかしてやる』って言ってたんだけどね」そう言って肩をすくめる橘1士であった


512 名前:まいにちWACわく!その145 投稿日:04/08/02 17:45

同じ頃…中隊の幹部室。各小隊の小隊長・小隊陸曹に係陸曹が集まっている「では、6月の勤務調整を始めます。まずは6月の予定から…」前に立つのは岬2尉だ
「6月始めに5日間の師団規模演習場整備、直後に情報・施設作業・管理整備小隊と3中隊の検閲があります」全員が配られた書類に目を落とす
「予定してました中隊錬成野営は…演習場が取れなかったので中止。ただし、極楽山訓練場で1夜2日の錬成訓練を実施します」ほぅ…と誰かが息を漏らす
「そして月末に連隊持続走競技会、距離は5km、コースは駐屯地内、参加範囲は基本的に全隊員。以上、大まかな6月の動きです」そう言って岬2尉は腰を下ろす

次に先任「6月の特別勤務等は事前に示したとおり、不都合等あればまた個別に調整します。それから…」ゴホンと咳払いする「6月前半の2週間、糧食班に1名の差し出しが来ています」
「それは何でですか?」質問するのは木島曹長だ「本管の検閲での交代要員だ。田浦、誰にするか決まってるのか?」書類から顔を上げる田浦3曹「三島を予定してます」
「む〜三島か…候補生も受かりそうだから小隊に返して欲しいんだがな」渋い顔をするのは近藤曹長だ「業務隊から『即戦力が欲しい!』と要望が…」困った顔をする田浦3曹
「泣く子と業務隊には勝てんよ、それに合格者発表もまだだしな。7月までは貸してもらうぞ」先任の言葉に笑いが起きる
「ま〜だ合格者わからんのですか?」と聞くのは神野1曹「人事班の口が堅くてね…」肩をすくめる倉田曹長であった


513 名前:まいにちWACわく!その146 投稿日:04/08/02 17:46

「演習場整備の参加者は基本的に中隊主力です。検閲支援は…」書類をめくる田浦3曹「補助官に各小隊長とドライバー、仮設敵に神野1曹以下3名、以上です」
「帰れないんだね…10日くらい連続で演習か〜」悲鳴を上げるのは佐々木3尉だ
「検閲支援に参加する人は頑張って下さい。代休も計画的に」とあっさり言う田浦3曹。そうそう簡単に代休が取れる状況でも無いのだが…
「あと急な話で何ですが、月末に方面の音楽祭支援があります」ざわざわとざわめく中隊一同「具体的な人員等は後日、1科から示されますので、心の準備をお願いしますね」
「見積等はあるんだろ?」そう質問するのは近藤曹長だ「そうですねぇ…中隊で15名くらいになりそうです」
「それくらいなら…」「主力じゃないのか…」安心したような声が漏れる
「支援に参加したら持続走大会は参加無し?」誰かが言う「いやいや、支援は土日で次の週の水曜日が大会です。もちろん参加っす!」力強く答える田浦3曹であった


514 名前:まいにちWACわく!その147 投稿日:04/08/02 17:49

「次、係陸曹から何かありますか?」岬2尉が言う「まず訓練!」
「先ほど田浦が言ったとおりです。持続走大会はドクターストップがかかってる隊員以外は絶対参加なので、体力錬成をしっかりと頼みますよ!」と訓練Aの中島1曹
「補給!」鈴木曹長が立ち上がる「新型戦闘靴を逐次行進してますが、一部隊員に旧戦闘靴の返納状況が悪い者がいます」後を継いで林2曹が言う
「戦闘靴の返納は墨を使わず靴を磨く、靴の底も水洗いして泥を落とす。各隊員にさらなる徹底をお願いします」
「次は…武器!」「え〜89式の銃床や握把部分、ここに油を付けてる人が散見されます。プラスチックが劣化するので油は極力付けないように!」と高木2曹
「まぁ顔の脂はしゃ〜ないですな」クスクスと笑いがおこる
「給養!」「前から言われてるのですが、営内者の喫食状況がよくありません。できるだけ駐屯地内で食事をするようにしてください」川井2曹は渋い顔だ
「もったいねぇよな〜タダメシならオレが食ってやるのに…」とぼやくのはローンに苦しむ鈴木曹長だ
「人事!」「保険の配当金が来月支払われます。時期については…」と倉田曹長が言う「当日不在の隊員については、代理人が受領して下さい」
「通信!」「7月の検閲でバトラーを使用します。全員にはわたりませんので各小隊は誰にバトラーを装着するか検討しておいて下さい」と岡野2曹
バトラー(交戦訓練装置)とは銃にレーザー発射機、各隊員に受信機を装着してより実戦的な訓練ができるように作られた装置である
「割当数は各小隊5〜10セットくらい、各小隊長と小隊陸曹は必ず付けるようになってます」
「え〜と、次は…先任?」先任が手を挙げている「もうすぐ陸教に行ってる木村1曹と藤井士長が月末に帰ってくるよ。二人とも優秀な成績らしいぞ」
木村1曹は上曹、藤井士長は初級陸曹課程からもうすぐ帰ってくる


「あと何かありますか?」岬2尉が言う。課業外な事もあり全員早く帰りたい、というわけで誰も何もないようだ「では中隊長…」

中隊長が立ち上がる「訓練最盛期となり非常に忙しくなってきている。隊員には逐次代休を取らせるのでそのつもりでな」全員の顔を見渡す
「7月には中隊検閲があるからな。各班長から小隊長まで隊員たちを盛り上げていくように!以上」


515 名前:まいにちWACわく!その148 投稿日:04/08/02 17:50

会議も終わり事務所に戻る面々「いや〜6月も忙しそうだね」と先任「訓練サイドで『訓練管理』があるんですよ…」と田浦3曹だ
「いつ?」「6月末、1/四半期末ですね」各期ごとに各中隊の訓練成果を3科がチェックして、次の期の訓練内容等を指導するのが「訓練管理(指導)」だ
補給関係は「現況調査」等でチェックされ、訓練関係は「訓練費」や「訓練管理」でチェックされる。なかなか気の抜けない中隊本部である

そう言いつつ机に座り仕事を始める田浦3曹、他の面々もなんだかんだで残業のようだ「なかなか楽にならんよ」と先任がつぶやく
先任も師団司令部から回ってきた「師団服務規律強化期間」の所見を書いている
「隊員の服務規律強化」のため年間何度か設定されるこの期間中は「敬礼・答礼・挨拶の確行」や「服務規律強化施策の実行」などが行われる
「て言うか幹部が率先して服務規律違反してるのに、現場部隊に何を守れと言うのかねぇ…」いつも同じ事をつぶやいてるような気がする先任であった
「最近そういう事があったんですか?」つぶやきを聞いた田浦3曹が聞く「知らないのか?GW前に師団司令部でセクハラだよ」と先任「セクハラ?」
ふ〜とため息をつく先任「あぁ、ま〜露骨にケツを触ったとかじゃないんだけどな」

「普通科部隊から転属してきた幹部が、庶務班の陸士WACに『お茶くみは女の仕事だ』みたいな事を言っちゃったんだよ」「それはあんまり良くないですね…」
「ま〜でもそのWACも大人げないよ。いきなり師団を飛び越して方面総監部に直訴したんだ」


516 名前:まいにちWACわく!その149 投稿日:04/08/02 17:51

同じ師団司令部内での告発なら、話を大事にせず内々の処理も可能だっただろう。それを方面総監部に持っていくとは…
「ま、内輪で話をもみ消されるのがイヤだったのかもな」「その幹部はどうなったんですか?」「『戒告』だったかな?」
懲戒処分の中でも「戒告」は一番軽い処分だ。が、懲戒処分は一生その人の経歴に残る。しばらくの間は昇任も昇給もなく、事後の出世も危うくなる
「その幹部はずっと普通科で勤務して、中隊長として勤務してた時は3級賞状まで受けていたんだ」「そりゃスゴイ!なかなかいませんね〜」
連隊長を飛ばして師団長や方面総監から直々に表彰されるというのは、普通科中隊では滅多にない事である。つまりはその中隊長がどれだけ優秀であったかを物語っている
「部下にも慕われ上官からは信頼されていた野戦指揮官も、司令部でのたった一言で未来がパーって事だ。恐ろしい話さ」「…」
防衛庁はセクハラに関して、ほとんどの場合「言った者勝ち」のような処分を下している。過敏すぎる反応と現場でも言われているのだが…
「ま〜最初は心配してたんだよ。赤城が来る時はな」「そうでしょうね、でもいい子で良かったじゃないですか〜」気楽に言う田浦3曹
「ま、お前らもよくやってくれてるよ。まだ心配の種は尽きないんだが…」とため息をつく先任

(しかし普通科中隊最初のWACにああいう子を選ぶってのは…陸幕や方面総監部の連中もバカじゃないんだろうな)密かに思う先任であった


517 名前:まいにちWACわく!その150 投稿日:04/08/02 17:53

6月…ジューンブライドはあまり中隊に関係ないが、梅雨のシーズンであることは大いに関係がある
師団規模で行われている演習場整備、演習場内の廠舎は当然のごとく師団司令部や飛行隊・音楽隊等に取られている
普通科連隊や特科・機甲科等の野戦部隊は宿営地で天幕生活である。サッカー場の数倍はある宿営地に数千人が寝泊まりしている

演習場整備3日目、昨日は晴れたが今日は雨…天気予報では明日からは晴天続きらしい。でもあてになるかどうか…
(去年は「いつ梅雨明けしたかわかりませーん」なんて言いやがったからな、気象庁…)中隊本部の業務用2号天幕(通称:業天)の中で、田浦3曹は読書の手を休めぼんやり考えていた
先任は宅建の勉強中、後ろには…「…井上和香チャンかわいいな〜同じ井上とは思えんわ」「うわ〜やらしいカラダしてますね。井上3曹の好みのタイプなんですか?」
マンガ雑誌を読んでいる井上3曹と、(勉強のために)服務小六法を読んでいる赤城士長だ
「あの〜八尾駐屯地と八戸駐屯地ってありますよね?」「ん?あぁ」「八尾駐屯地業務隊も八戸駐屯地業務隊も略して『八業』になるんですかね?」
車両のバンパー等には部隊の略称が書き込まれている。例えば第11普通科連隊第2中隊なら「11普ー2」第6施設大隊本部管理中隊なら「6施ー本」などだ
「どっちも『八業』になるんですかね?同じってまずくないですか?」「まぁ東北と大阪やから会う事は無いと思うんやけど…田浦?どうなんや?」
「あのなぁ…」本を置き後ろを振り返る田浦3曹「お前らヒマなんか!?」


518 名前:まいにちWACわく!その151 投稿日:04/08/02 17:55

「お〜ヒマや、晩飯の調理開始は1500からでな。誰が俺らを炊事班に入れたんや?」と井上3曹「うんうん」同意したかのように頷く赤城士長
今回の演習場整備でこの二人は連隊全員のメシを作る「炊事班」に入っているのである「ホントは三島を入れたかったんだけど…」と田浦3曹
「三島は糧食班だろ?だから先代『雑用手』井上3曹を入れたのさ」井上3曹は三島士長が来るまで、ありとあらゆる雑用・臨勤をこなす「雑用ユニット」だったのだ
「じゃ、私は?」と赤城士長「若いモンの仕事だから…だろ?田浦」勉強の手を休め先任は煙草に火をつける
「まぁそれもありますし、やっぱり家庭科の授業とか受けてるかな〜と…」チラッと赤城士長の方を見る田浦3曹(調理実習でサンマを炭にしたことがあるんですけど…)とは言えない赤城士長であった

「で、どうなん?」と井上3曹が聞く「何が?」「いや、だからどっちが『八業』なんや?」「そんなの知らね〜…地の果ての話だからな」「八尾は大阪なんやけど…」「やっぱり地の果てだな」あっさり言う田浦3曹
「地の果てちゃうわ〜!日本第2の都市やぞ」「でも飛行隊の駐屯地ってだいたい田舎だよな?」「まぁそれは…実は八尾なんて行った事無いんや」と頭を掻く井上3曹
「ま、いつか行く事があったら確かめりゃいいよ」と先任「メシは何時くらいに上がる?我々で取りに行かなきゃならんからな」
先任たちはメシ上げや不測事態への対応のために残っているのであった「そうですね…1630ごろかな?今日はカレーですよ」と赤城士長「ところで先任は何してらっしゃるんですか?」
「宅建の勉強だよ、近いうちに定年だからね…資格が欲しいところでね」現実的な話をする先任(資料館の管理人とか、楽な仕事に就けたらいいんだけどね)と本音が出そうになるが、若い連中の手前グッと本音を飲み込む
「田浦3曹は?」その手には分厚い小説本がある。実は読書好きな田浦3曹なのだ


519 名前:まいにちWACわく!その152 投稿日:04/08/02 17:57

「今回の演習はヒマになると読んでたからね、もう何冊本を読んだか…」と言って肩をすくめる。よく見たら机の上に週刊誌、マンガ雑誌、パチンコ雑誌etcとたくさんの雑誌が乗っている
「とはいえパチンコ雑誌なんか読んでもね〜オレはしないからね」「オレもやけどな」同意する井上3曹
自衛隊にはパチンコ好きが多いが、珍しくこの二人はパチンコはしないのである「結局はこういう小説が一番時間がつぶれるのさ」

改めてCP天幕のなかを見る赤城士長 業天2号に作られた中隊CPは入り口すぐ右に机が置いてあり、机の前にベニヤ板が立てかけてある。そのベニヤ板には中隊の編成・日程表・無線網図・各種の命令指示文書・宿営地の配置図etc…が張られてある
机の上には携帯無線機・野外電話機・起案用紙に筆記用具などがそろえられている
入って真正面の柱にはベニヤ板がくくりつけられており、演習場の地図とその上にオーバレイが張られている。中隊の作業区域や段列などが青いグリースペンシルで書き込まれている
左側の机の上には食器や飯缶が逆さに向けておかれている。100名を超えるだけにかなりの量だ。天幕の奥には田浦3曹の野外ベッドと荷物が置かれている
「中隊長はどこで寝てるのかな?」赤城士長がボソッと言う「隣の業天2号に先任と田中士長、それに中隊長が寝てるよ」と田浦3曹。田浦3曹は一人で当直のようにCPで寝泊まりしている
「ま〜日中は交代してるしな、明日はオレも作業に出るよ」中隊本部の面々も交代で作業に出ているのだ

1430…「そろそろ戻りますか?」「そうやな、じゃ〜また来るわ」そう言って井上3曹と赤城士長は炊事場へ向けて出て行った「うまいカレー作ってくれよ〜」と二人の背中に先任が声をかけた


520 名前:まいにちWACわく!その153 投稿日:04/08/02 17:59

宿営地の外れに作られている炊事場は、一応コンクリート造りの建物である。電気も水も来ているので調理に困る事はない
「野外炊事の苦労に比べたら…なぁ井上3曹?」今演習の炊事班長である本管中隊(管整)斉藤曹長が炊事車の火加減を見ながら声をかける
「水も電気もありますし、なにより地面が水平なんがええですよね」と井上3曹「屋根も壁もあるから、雨が降っても気にならへんし…」
阪神大震災でも活躍した「炊事車(野外吹具一号)」は、野外で部隊の糧食を調理するための装備で大型トラックで牽引して移動する
還流式炊飯器6個と万能調理機を搭載しており、灯油を使ったバーナーにより炊飯のほか、煮物、炒め物、揚げ物の調理が可能である
ちなみに移動しながらの調理も可能という優れものだ

「お〜い、みんなご苦労さん!今日はカレーかい?」やってきたのは補給班長・加賀美2尉だ「おや班長!忙しい中ご苦労さんです。様子見ですか?」と斉藤曹長
何かと忙しい補給班長だが、時間を作って炊事班の様子を見に来たようだ「みんな朝早くから頑張ってくれてるからね。助かってるよ!」とねぎらいの言葉をかける
本隊と違う仕事をする炊事班やその他の支援業務は、どんな演習においても軽視されがちである
こういう演習場整備でも「俺たちは雨の中頑張ってるのに、炊事の連中は…」という感情を持っている隊員も(特に若い隊員や経験不足の幹部に)多い
各中隊に朝6時に食事を上げるには、炊事班が朝の3時や4時から飯炊きなどの調理を始めないといけない。そのほかにもいろいろ制約や仕事があるため、決して楽とは言えないのだが…


521 名前:まいにちWACわく!その154 投稿日:04/08/02 18:00

その点現場勤めの長い加賀美2尉はよくわかっており、炊事班や風呂炊きと言った支援業務の人間にもよく声をかけている
手と靴の裏をアルコールで消毒し厨房に入る「明日も朝は3時起きかい?頑張ってくれよ〜」各隊員の仕事ぶりを見ながら声をかける

その時、厨房の入り口に3人の陸曹が現れた「補給班長!ちょっとお話が…」一人が声をかける「それじゃ頑張ってくれ…どうした?」斉藤曹長に一言言ってから3人の元に向かう
4科の陸曹と見られる3人は一斉に話し始める
「3中隊からチェーンソーの替え刃を支給して欲しいと連絡がありまして…」
「師団の補給隊から燃料の見積りを早めに出して欲しいと言ってきまして…」
「戦車大隊がウチの給水車を一時借りたいと…」3人ほぼ同時に話し始める
「ちょっと待った!聖徳太子じゃないんだから…一人一人頼むよ」そう言いつつ加賀美2尉は立ち去っていった

その様子を見ていた赤城士長「うわ〜大変そう…」と呟く「4科業務は実際にモノと金が動くからな、大変なんだわ…」斉藤曹長が頭を掻きながら言う
「1科の仕事は人事とかみたいに未来の仕事、2科は情報っていう目に見えないモノ、3科は言ったら動く人を扱ってるけど…」言葉を切り雨空を見る
「4科の仕事は実物がある上に誰かが整備して運ばないといけない『モノ』を扱ってるからね。しかも貧乏な自衛隊だから…」そう肩をすくめて仕事に戻る斉藤曹長
(戦ったり動いたりばっかりじゃ無いんだ…奥が深いな〜)自衛隊の仕事の現実をかいま見たような気がした赤城士長であった



524 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/08/04 18:41

番外編・臨時勤務

「えっ?カレー?あ〜、あんなモンはニンニクを多めに入れときゃみんな喜んで食べるンだよ〜ん」
ここは駐屯地糧食班、三島は休憩時間を音楽隊の宮野との電話に費やしていた。他の面子は喫煙所で
グダグダやっていたが、三島は一人糧食班の外に出てきている。「いやいや、方面の音楽祭りなんざァ
目じゃないのよ。多分らっぱ隊で出ると思うケド・・・おれが目指してるのは武道館よ武道館!ひゃ
ひゃひゃ!」三島の言う「武道館」とは11月下旬に武道館で行われる自衛隊音楽祭りの事である。
三島はその音楽祭りに連隊史上初の出演者として参加した過去があった。それまでは受付、警備、黒子
などの「裏方」で参加した隊員は数あれど、三島は出演者、それも「チアリーダー」として武道館の舞
台に立ったのであった。勿論その支援に来るのはWACばかりであり、(当然である。男ばかりのチア
リーダーなど誰も見たくない)男子隊員は6〜7人にしか満たない。三島はその「チャンス」を逃さず
に各方面に「魅力的な人脈」を築いたのであった。男所帯の普通科連隊において、この人脈はかなり衝
撃的なものだ。今電話をしている宮野は中央音楽隊の所属で、三島とはビートルズ信者というのが共通
点なのだ。「またカラオケ行こうね〜!え?64歳まで愛してやるっつーの〜」か・軽い・・・

こうして三島は休憩が終わるまで「ビートルズマニア」な会話を楽しんだのであった・・・
番外編、不定期に気まぐれにつづく・・・


526 名前:ばっとかるま 投稿日:04/08/05 02:16

番外編・募集戦隊チレンジャー

演習場整備も終わったある金曜日、中隊終礼で命令を読み上げていた先任が顔を上げた。
「明日土曜日、新隊員の採用試験が行われる。解っているとは思うが残留者は駐屯地講堂と衛生隊には不必要に近づかないこと。以上」

課業後、たまたま同じテーブルで食事をとっていた田浦3曹に赤城士長が聞いた「新隊員てこんなに早く試験やるんですか?」
「ん?嗚呼、違う違う今回やるのは8月あたりに入る中途採用の連中だよ」「あ〜、そう言えば2士は一年中募集しているんでしたよね」
すると、少し照れた様に田浦が「実は俺も4月じゃなくって入隊は11月なんだ」「へ〜、そうなんですか?」
田浦の以外なカミングアウトにちょっと赤城が驚くと田浦は話題を変えるかの様に「もっと詳しい話が聞きたければ佐木班長に聞くといいよ」と言った
「佐木班長ってうち(3小隊)の佐木2曹ですか?」「そ、あの人一昨年まで地連にいたから詳しく教えてくれるよ」


527 名前:ばっとかるま 投稿日:04/08/05 02:16

明けて土曜日、赤城は同期の橘1士と共に秘密の花園WAC隊舎から出てきた。「今からで間に合うかな〜」「う〜ん、10時半からの上映なら大丈夫だと思うけど・・・」
「パレスまで30分かかるとして・・・、あ〜やっぱ車の方が便利だよね〜」「でも、駐車場に入れるまで時間かかるんじゃない?」「は〜、そっか〜」

”パレス”とは駐屯地最寄りの駅から私鉄で20分ほどかかるターミナル駅の駅前再開発によって作られた大型複合施設だった。
ターミナル駅はJRと大手私鉄が乗り合う為、その集客力を見込んでショッピングモールの他、シネコン、アミューズメントランド、中小規模のホールなど入っており
不況のさなか(いや、不況故、だろうか)週末ともなれば家族連れからカップル、若い女性でにぎわっていた。
そのかわり予想に反して車で訪れる客が多く、周辺の駐車場問題が深刻となってもいる。
二人はそこで映画を見るつもりの様だった。


528 名前:ばっとかるま 投稿日:04/08/05 02:17

やかましい・・・・いや、かしましい二人の会話は続く
「そう言えば中森さんが」中森とは橘と同じ衛生小隊の中森秋絵のことである。赤城達とは同期であるが
25歳で入隊したため赤城達から見ればずいぶん「お姉さん」である。中森自身が姉御肌な事もあって課業中でもない限り赤城達は”さん”付けで呼んでいた。
「中森さんがこのあいだ言っていた、エスニックのお店」「”ムーンウオーク”だっけ?」「そう!お昼そこにしない?」
そんな会話をしながら正門へと歩き出した。
いつもなら外出はもっぱら自転車だが今日は二人ともおしゃれをしているため駅まで徒歩で向かう。(と言っても歩いて10分くらいだが)


529 名前:ばっとかるま 投稿日:04/08/05 02:18

隊舎を出てすぐ二人は駐屯地講堂の前にさしかかった。
「不必要に近づくな」とは言われていたモノのWAC隊舎からだと正門へ出るのにここを通るのが近道なので仕方がない。
と、二人はほぼ同時に見慣れぬ男が講堂の入り口に立っているのに気が付いた。

男は赤城達の制服とほぼ同じデザインながら色は陸上の松葉色ではなく青を基調とした服を着ていた。
(空自の制服だ!)次兄翔次郎の制服姿を見たことがある赤城は一目でそれが空自の制服であることがわかった。(まあ、色遣いを見れば一目瞭然だが) 年の頃は20代後半だろうか? 肩にはこれまた陸とデザインは同じながら色違いの3曹の階級章を付け、腕には「地連」と書かれた腕章をしていた。
思わず二人は立ち止まり声をそろえて「お疲れさまです!」と挨拶をした。すると、その広報官はニコリと答えた「おはよう!」

「びっくりした〜。あたし空自の人って初めて見た」広報官に声が聞こえないだけの距離をとると早速橘がひそひそと話しかけた。「龍っちゃんは?」 「あたしは二番目のお兄ちゃんが空自にいるから・・・」「あ、そっか〜。でも、あんなに若い広報官もいるんだね」「ユキの担当だった人ってどんな人?」
「う〜んとね、たしか曹長でヒョロってした人」「あたしは反対だったな〜。1曹でドラえもんみたいな体した人だったよ」
と、そこで橘がニヤリと「でも、龍っちゃんの担当だった人大変だったんじゃな〜い?」赤城も笑って「そうかも、あんまり家に来たくなさそうだったし」


530 名前:ばっとかるま 投稿日:04/08/05 02:19

二人が正門に通じるその名も「正門大通り」に差し掛かると前からまたもや見慣れぬ男が歩いてきた。しかも今度は3人。
一人目は20代半ばらしく髪をそろえ、スーツ姿だった。おそらくサラリーマンをやっているのだろう。サラリーマンは赤城達を一瞬見たがすぐに正面を向きせかせかと歩いていった。
二人目は先ほどのサラリーマンとは正反対に金髪をスーパーサイヤ人の様にたてていた。格好も派手なTシャツにハーフパンツ姿。サイヤ人は赤城達に好奇(下心をプラス)の視線を浴びせ続けながらだらしなく歩いていった。
三人目はこれまた先ほど二人とはタイプが異なり、長く伸ばした髪を後ろで束ねた色白眼鏡だった。格好はシャツにジーンズ。赤城達にはおどおどした視線を向けていた。


531 名前:ばっとかるま 投稿日:04/08/05 02:20

3人が通り過ぎたところで今度は赤城が「なに?あれ?」と、つぶやいた。「受験生・・・だよね?」橘も3人のあまりのタイプの違いに驚いている様だった。
(田浦3曹もあんなカンジだったのかな〜)と、赤城は少し田浦に対する認識を変えた。
正門で警衛隊に敬礼し門を出ると、そこにはいかにも「地連のおじさん」っといった1曹(こちらは陸だった)が立っていた。ボードを持っているところを見ると、受験生をチェックしているらしい。
ちょうどまた受験生が来たらしく名前を聞いている。(タイプは二人目に近かった)
おそらく部隊にいれば小隊陸曹として陸士達を厳しく鍛えているはずの1曹が出来損ないのパンクみたいな若者に優しく話しかけているのを見ると、赤城達は少し悲しくなった。
道すがら「地連の人も大変だね」とつぶやく橘に赤城も「うん・・・」と答えるのが精一杯だった。しばらく歩くと橘は「映画・・・思いっきり景気のいいヤツにしようか」と、赤城に勢いよく問いかけた。
「そうだね!スカッとするヤツにしよう!」
赤城達の週末はまだ始まったばかりなのだ


532 名前:ばっとかるま 投稿日:04/08/05 02:21

週が明けて月曜日、 この日は初夏の陽気に誘われて草が勢いよくのびたおかげで中隊総出で草刈りとなった。
金曜日に田浦が行ったことを思いだした赤城は、休憩の時をねらって佐木2曹に土曜に見たことを話した。
「あ〜、そんなのいつものことだか気にする必要はないよ」佐木2曹は噴き出る汗を拭きながら言った。
「あんな連中のだって、バブルの頃に比べたらすっとましさ」「まあ、俺も人のことは言えないが昔は酷かったからね」「尤も不況だからって、黙っても人が集まると勘違いしている方面とか部隊に連中には参るけどね」
「人って・・あんまり集まらないんですか?」おそるおそる赤城が聞くと「集まらないって言うか、このご時世、フリーターでも何とか喰っていけるだろ、若いウチは」
「それに高在性が受験する9月はともかくこの時期だと春に進学したり就職したりした連中はまだ辞めていないからプラプラしているの自体少ないしね」 と、旨そうに麦茶を呑んだ


533 名前:ばっとかるま 投稿日:04/08/05 02:34

佐木2曹は一息つくと意外なことを赤城に言った。
「もし今後、臨勤でもいいから地連に話が来たら一回言ってみな。柵の中と違って世界が広がるぞ!」
「柵、ですか」赤城がクスリと笑うと、佐木2曹は「ああ、そうだよ。いいか、自衛隊って柵の中にいる限り良くも悪くも世間の荒波からは隔離されて生活しているんだ」
「特に営内者なんかは外出しなくっても生活していけるだろう。でも、昔っから娑婆はそんなに甘くはないんだよ」
「だからせっかく定年で再就職を見つけたのに自衛隊の癖がぬけなくてすぐ辞めたりするのも多いしな」
「CGSを出た幹部が一般企業に出向して1年くらい研修する制度だってあるだろ。アレだって世間を少しは知ってこい、ってことから始まったはずだぜ」
赤城は佐木2曹の言っていることに少なからずショックを受けた。(考えてみれば、ウチの家族ってみんな自衛隊だもんな〜。そんなこと考えたこともなかったな〜)
それを見た佐木2曹は笑いながら「あんまり深く考えるな。とりあえず赤城は仕事を覚えて一人前になる方が先だろう。まだ定年までに30年以上有るんだから。」
「まあ、そう言う考え方もある、ってことだけ今は知っておきな」
そう言われて少し気が楽になった赤城は「はい!そうですね」と、明るく笑い取り合えず今日の敵、伸びきった雑草へと立ち向かっていった。

地連番外編 一応終わり



534 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 16:17

ふぅ〜 臨時の臨時勤務 三島は18時を少し過ぎた時間に仕事を終え営内へと戻る
明日は休みであった と、すぐシャワーをあびる


535 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 16:28

シャワーを浴び私服に着替え、私有車を走らせる
今日は、青木と久しぶりのデート?だった。 待ち合わせの場所へ向かう。と、そこに1本の電話がなった。「もしもし・青木です。三島君、今日ね急な仕事で、会えなくなったの


536 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 16:33

さすがに師団で働いている人なんだろう 突然の仕事もあるだろう。
しかし、三島は少しへこんだ。休み前の夜、何しよう。と考えながら車を走らせた先は、いつか赤城を連れて行った事もある夜景の見る場所だった


537 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 16:41

さすがに穴場中の穴場だけあってひっそりとしている。
まぁ人なんていないだろう止まっ確信があるからこそ三島も来たのだが。しかし、よく見ると、時間が1だいある。その自転車の持ち主だろう、薄暗闇から独り自転車に向かって歩いて来ている


538 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 16:44

あれ? 三島し、三島さん? と、自転車の所有者は声を掛けて来た。その声にはききおぼえがある
「おぉ 赤城ちゃん どしたの?ひとりで〜」と言う三島は
少し考え「悩み解決したか〜?」と言った


539 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 16:49

赤城は「いえ、解決はしませんけど、ここで少しスッキリしたんで」と言う
あえて悩みを聞かない三島 「そっか。そりゃ少しはよかった
じゃ次は俺の番だからさ、少し、独りに浸ってくるよ」と三島は言い残し、夜景を見に行った


540 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 16:53

五分もたったろうか?三島は車に戻り、赤城を追いかけた。相手は自動車。すぐ追いつく
「へい!そこのねーさん おいらの車に乗ってかない?」
なんて言う三島に赤城も「え〜 私、家帰るだけですよ〜
変な事しないって約束するなら〜」なんて安っぽい劇のようなセリフをはく


541 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 16:56

結局、赤城と赤城の自動車は三島の車に乗った。さて、何をしよう〜
二人とも、明日が日曜日とあってトクガイ証をもらっている
悩む二人


542 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 17:01

ドウジコク 田浦の下宿 田浦「暇だぁ!」と独り叫ぶ
さしずめ 下宿の中心で暇と叫ぶと言う世界だろう。しかし、本家
セカチュウは何万と言う人に届いたが田浦の独りごとなど誰にも届かない話のはずだった


543 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 17:06

しかし、届かないはずの声が、三島、赤城の2名に届いたのか?「ここ田浦さんの下宿」と三島が赤城に説明していた
偶然前を車で通ったのだ赤城も知っていたので「はい、前にここまで送ったんですよ〜」と話ていた
三島が 今から電話してお邪魔出来るかきこう!と言った


544 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 17:12

田浦の返事は大丈夫との事だった そして、ご飯を食べてるのは三島だけ
と言う事で季節外れの鍋をすると言う事になった。しかも、闇鍋を
田浦を迎えに行き、三人別別に材料を買う 三島は果物類、田浦は正統派だろう
麺類コーナーをみている 赤城はお菓子コーナーの出入りが多い


545 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/05 17:15

田浦の部屋に行き暗くし、闇鍋をかいしする三人。そこから先は悲劇の連続であった
しかし、三人は充分タノシメタようで、今度は正統派の鍋を!と誓い、幕を閉じた。


551 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/19 12:06

番外編・休憩中

三島は通信庫でボーっとしていた。ピンチヒッターで上番した糧食班勤務も終わり、中隊に
復帰したのだった。午後は通信整備に区分されていた。「うおーい、三島ァ。ジュージャンやろうジュージャン」隣の隣の部
屋で作業をしていた3中隊の通信陸曹、浅井3曹が声をかけたきた。浅井3曹とは連隊の通信
連中の飲み会、通称「トオレ会」でロック談義で意気投合した間柄である。しかし三島は違和
感を覚えた…「浅井3曹、ジュージャンじゃなくてジャンジューじゃないっスか?」浅井は怪
訝な顔で言う。「いや、ジュージャンだろ〜!」 「違いますよ!ジャンジューですよ!」三
島も譲らない。「絶対ジャンジューですよ!あ、平野!ジャンジューだよな?」通信庫の外で
喫煙していた3中陸士の平野は突然の質問に面食らったようだ。三島が話しの成り行きを説明
すると、「ジャンジューですね」と答えた。「ほら〜やっぱジャンジューですよ〜」得意気に
言う三島。「い〜やジュージャンだ!」浅井も粘る。「ちょっと通信小隊に聞いてみよう」本
管通信小隊の通信庫は各中隊よりモノが多いので、隣あっているもののドアを隔てた少し広い
部屋にある。「ちょっと聞いてくるわ!」そう言って浅井3曹は本管倉庫に消えた。「あの人
負けず嫌いだからなァ…」平野が呟く。「ぜってージャンジューだよ。世代の違いかな?」な
どと三島と平野が話していると、浅井が帰ってきた。何やら浮かない顔だ。「ほら、やっぱり
ジャンジューだったんだ〜!」三島が喜ぶと、浅井が言った。「ツマンネー事聞きに来るなっ
ておこられちゃった…」「……」

かくして「呼称論争」はうやむやの内に終わりを告げたのであった…
ちなみに「ジャンジュー」あるいは「ジュージャン」は浅井が負けた。

番外編、不定期に続く


552 名前:まいにちWACわく!その155 投稿日:04/08/23 16:21

カタカタカタ…とキーボードを打つ音が聞こえる。中隊本部は今日も忙しい。1/四期末でもあり、もうすぐ中隊訓練もあるからだ
田浦3曹も机に積まれた書類を片づけていく「3日後には一夜二日の訓練があるってのに…仕事終わらないな〜」と珍しく悲鳴を上げる

極楽山で行われる「中隊錬成訓練」は部隊の進入→重要防護施設の防護行動→敵遊撃部隊の掃討の流れである。掃討は1〜3小隊、施設防護は対戦、迫はFOを各小隊に同行させて支援射撃を実施する
「しかしFEBAもObjも無いんだから変わった演習だよな〜」と先任は計画書を読みながら言う「これからは『対遊撃』の訓練がどんどん増えていくんでしょうね」と同意したように田浦3曹が言う

「ただいま〜」中隊の廊下に声が響く、検閲支援に出ていた人員が帰ってきたのだ「お〜お疲れさんです!どうだった…」先任が事務所を出て声をかけに行く
「帰ってきてすぐに演習か…仕事とはいえ大変だな〜」と呟く田浦3曹であった

2日後…事務所では錬成訓練の細部MMが行われている「…というわけで食事は全部戦闘糧食です。残飯等は埋めることなく後送して下さい」と岬2尉「地図はこのMMのあとに配布します。正規の地図ではないので事後の処理は各小隊ごと好きに使って下さい」と田浦3曹
中隊長が腰を上げる「次は検閲が待ってるからな、今回の訓練で仕上げないといかんぞ」


553 名前:まいにちWACわく!その156 投稿日:04/08/23 16:22

次の日…中隊の車両が駐屯地を出てぞくぞくと極楽山訓練場に向かっている「久々の状況さ〜楽しみだねぇ」と高機動車の中で言ってるのは具志堅士長だ
幌を外して偽装網をつけた高機動車に涼しい風が入り込んでいく。梅雨の中晴れかいい天気だ「赤城、高機動車の後部は酔いやすいから気をつけろよ」声をかけるのは検閲支援から帰ってきたばかりの鈴木士長だ
「?そうなんですか?」「ああ、高機動車は4WSだろ。だから後部が変に振れるんだよ」言われたとおりに体を少し前に向ける赤城士長
通学途中の小学生がこっちにむけて手を振ってくる。近所の子供は自衛隊車両を見慣れているが、やはり珍しいのには変わりがないようだ

訓練場に到着、中隊の隊員たちが下車して集合する「状況開始は0900、それまで各小隊ごと準備!」岬2尉の指示が飛ぶ。隊員たちは顔にドーランを塗り偽装を始める
「塗り方も今回はパターンが決まってるからね、右上から左下に緑、黒、黄色だよ」と神野1曹が声をかける。敵味方の識別のためにドーランの塗り方を統制しているのだ
そうこうしてるうちに状況開始の時間となった「状況開始〜!」岬2尉が大きな声で叫び、各小隊長が中隊長の下に集まる
小隊長が命令下達を受けている間、隊員たちは集結地で全集警戒を実施する

小隊長たちが戻ってきて中隊本部と施設防護にあたる対戦車小隊がまず前進する。その他の小隊は施設が襲撃されてから追撃するため、今はまだ集結地に残っている
「さて…まずは1班が警戒、残りは休ませていいいぞ」神野1曹が各班長に伝える。状況中とは思えないくらいのんびりとしてる3小隊の面々
「こんなにのんびりしてていいんですか?」当惑したような顔で質問する赤城士長「かまわんよ、休める時には休まないとな」とは片桐2曹だ
「ま〜状況って言ってもそんなもんやで。後々死ぬほど忙しくなるんやからな〜」と井上3曹に言われ、首をひねりながらも腰を下ろす赤城士長であった


554 名前:まいにちWACわく!その157 投稿日:04/08/23 16:22

何かの物音でふっと目が覚める、いつの間にか眠っていたようだ(あ〜もっとシャキッとしないと…)頭を振り周りを見渡す
木陰に高機動車を隠して林縁沿いに警戒要員が数人銃を構えている。それ以外の人は同じように寝ているようだ。ただ油断無く銃を持っているのはさすがと言うべきか…
ジープの助手席に座っていた小隊長が無線機のマイクを取り上げる「……了解!」力強い返事を返し「3小隊、前進用意!」と隊員たちに指示を飛ばす
数人の警戒員を残し各小隊が動き始める。中隊本部まで車両で前進して車両を残置、徒歩で攻撃開始線まで前進する想定だ

中隊本部地域に続々と入ってくる各小隊の車両を誘導するのは車両陸曹の水上1曹だ。各小隊の隊員たちが下車して歩き始めるのを見つつ田浦3曹は首をかしげる「変な想定だよな…」
(何で最初からこの地域を集結地にしなかったのか、1コ中隊全力で施設防護にあたれば襲撃の時点で敵を殲滅できるのに…)
『対遊撃』は自衛隊でも最近になって始めた訓練なので、実施する方もどこか不自然な想定になりがちである。それでも命令通りにやるしかないのが中隊の辛いところである

林縁沿いの道路に3コ小隊が並列、左から1,2,3小隊の配置で前進する。2小隊長が手を大きく挙げて前に振り、全隊員が前進を開始した


555 名前:まいにちWACわく!その158 投稿日:04/08/23 16:23

施設を襲撃して撃退された敵遊撃部隊は、南北に長いここ極楽山訓練場の「レンジャーの森」に離脱、これを各小銃小隊が捜索・殲滅するのが今回の訓練の想定だ
今回の想定では「銃器使用制限無し・発見し次第殲滅行動に移行」つまり「見つけ次第撃ってよし」となっている。ややこしい「正当防衛」や「緊急避難」は無し、という事だ

全隊員が横一列になり、南から北へと森を進む。ゆっくりと注意深く、あらゆる兆候、物音、不審物、ブービートラップ等を警戒、捜索していく
「慎重に…全身を神経の固まりにするようにな…」通信手として小隊長のあとを続く赤城士長に神野1曹がひそひそ声をかける
今回は検閲ではなく訓練なので、若い連中を鍛える目的もある。細かい指示やテクニックの伝授があちこちでなされている
「当然ながら銃撃戦は高い位置にいる方が有利だ…こういう丘を登る時は注意するように…」だまってうなずき慎重に坂を上る赤城士長
全体が止まり斥候要員が丘の向こう側を覗く。安全を確認してさらに前進する

手信号で休憩の合図が出る。小隊を二つに分けて警戒要員と休憩要員で別れて休憩する「ふ〜」腰を下ろしてリラックスする「休める時に休んでおけよ」と誰かが言うのが聞こえた
短時間で休むのには口では説明できないコツがある。コレばっかりは熟練の陸士長、古手陸曹にならないと難しい。わずか10分の休憩で小隊は前進を開始した


556 名前:まいにちWACわく!その159 投稿日:04/08/23 16:24

無線で報告を受けて地図上のオーバレイに小隊の線を書き込んでいく田浦3曹「ペースとしてはこんなもんですかね?」
ここは中隊本部の業天2号、中隊長は難しい顔をして野外用の椅子に座っている「このペースだと…少し遅いか?」そう言うのは岬2尉だ
「まぁ、相手がゲリラなら致し方ないのでは?」そう先任が言う「先任が若い頃はベトナム戦争のあおりでゲリラ戦全盛期だったそうですね」横から声をかける田浦3曹
検閲や状況となると意外にヒマな中隊本部、普段は警戒要員を出すが、今回は対戦が警戒に付いているのでますます仕事が減り気味だ

無線機から逐次部隊の状況が入ってくる、まだ敵との接触はないようだ。森を半分くらい行ったところで部隊は前進を止めて夜間に備えての防御態勢に入る
3交代で警戒するようにシフトを組み、部隊の前方に「痴漢防止用ブザー」を利用した罠を仕掛ける「これでよし…と」細いピアノ線を低く張り巡らせて片桐2曹が言う
「こういうのって官品なんですか?」その様子を勉強のために見ていた赤城士長が聞く「そんなわけないな、自腹だよ…」小さい穴を掘ってそこにもピアノ線を張る
「お父さんのところ(=海自)は予算に恵まれてるらしいけどね」「そうですかぁ?けっこう貧乏してたような…」


557 名前:まいにちWACわく!その160 投稿日:04/08/23 16:26

明るいウチに戦闘糧食を胃に収め、今は夜中の午前2時。細い月の明かりは森の中まで届かず「草木も眠る丑三つ時」はとても暗い
中隊本部の天幕も起きているのは田浦3曹だけだ「ヒマだ…」と呟く
今回の訓練では他中隊のレンジャー要員から数名の仮設敵を取っている。広い森の中で動かない数名の人間を捜すのは難しいなぁ…としみじみ実感している

同じ頃、警戒に付いている赤城士長。微光暗視眼鏡V−3をのぞき込み警戒している。最初のウチは物珍しさがあったが、狭い視界に緑一色の世界は意外と気分を悪くする
「微光」の名が付くように少しの明かりがないと効果がない。月明かりも小さい今の状況ではあまりよく見えないのが現実だ
(うう…気分が悪い…)何で一緒に警戒に付いてる井上3曹が「コレやるわ」と言ってV−3を貸してくれたのがわかった気がした
(この状況なら裸眼でいいんじゃないかな?)夜目が利くならV−3よりも裸眼の方がいい場合もある。実際、井上3曹はそうしている
(はずしちゃおうかな?…!)V−3に手をかけた瞬間、前方に何か動くモノが見えた


558 名前:まいにちWACわく!その161 投稿日:04/08/23 16:27

急な動きは逆に目立つ、動くモノを見つけて赤城士長は石のように固まった(敵の斥候?本隊?どっちにしろ知らせないと…)
しかし動けば敵に察知される。敵との距離は数十メートルか…(もう少し接近したらみんなを呼ぼう、でもその前に罠に引っかからないかな?)
そう思った瞬間、目の前の人影がバランスを崩すのが見えた。次の瞬間、痴漢防止用ブザーが鳴り始める「敵襲!」と横で叫んだのは井上3曹だ
たちまち何人か警戒線に入り応戦する態勢を取る「赤城!見えるか?」と聞くのは神野1曹だ「えぇっと…一人ぐらいしか」と言いかける
その言葉を待たずに「借りるぞ」と言ってV−3が取り上げられる「前方に2名、他は…無し!斥候ですね」後からやってきた小隊長に報告する
「そうですか…追跡は」小隊長が言う「数名を出しましょう、とりあえず中隊本部に報告を」

「中隊長!先任!3小隊が敵と接触しました」無線機に付いていた田浦3曹が報告する「どこだ?」弾帯を付けつつ中隊長が聞く
「ここです」と地図の一点を指す「斥候のようです、片桐2曹と数名で追跡中。本隊も前進させますか?」そこに岬2尉がやってきた
「せっかく敵が出てきたんです。追跡させましょう!私も前進します」そう中隊長に言う「そうだな…田浦、無線機を」そう言ってマイクをひったくる


559 名前:まいにちWACわく!その162 投稿日:04/08/23 16:30

結局深追いはしないという事で斥候要員も帰ってきた「実戦なら仕留められてると思うんだけどな〜」と片桐2曹がぼやく
付近住民との関係でここ極楽山訓練場では空砲が使えない。バトラーも前の検閲で使用しており今回は使えなかったのだ
「実際に見ないと敵がいるって感じがしませんでした…」ちょっとドキドキしている赤城士長であった

夜明け…明るくなると同時に中隊は前進を開始する。敵の斥候が来てるって事は、敵の本隊の位置も近い…そう考えているのか皆のテンションは高い
だがそれも10時くらいになると中だるみしてくる。実戦ならいつ飛んでくるかわからない実弾に備えて、緊張がとぎれる事など無いハズだが…
「実戦的な訓練は難しいよ。なぁ?」と中隊長が言う「確かに…難しいですね。対遊撃は特にですね」同意する田浦3曹
「空砲も使えませんしね」と相づちを打つ先任「やはり実戦を知る人がいなくなったのが痛いのかもしれませんね」
頷く中隊長「権藤さんにでも支援してもらうか…」


560 名前:まいにちWACわく!その163 投稿日:04/08/23 16:31

敵を発見したのは1小隊だった。小高い丘になっている地点に軽易な陣地を築いていた「これはあれだな…FOはいるか?」岬2尉が迫小隊のFOを呼ぶ
「野村2曹、現在地!」とすぐ後ろで迫小隊の野村2曹が声をかける「お〜あの陣地に落とせるかい?」「…座標が…現在地は…わかりました、小隊に連絡します」
そう言って無線機で座標等の細かい指示を出す「1035から3分間、一旦小隊を下げてください」そう岬2尉に言う「わかった、各小隊長!」そう言って細かい指示を出す

対遊撃に関しては敵を発見するまでが勝負。重火器を持たず陣地も軽易なゲリラ部隊は迫撃砲の前に無力である。最終弾落下と同時に1小隊が突撃
3科から支援に来た審判要員が「敵全滅」の判定を下したのはその数分後だった

「状況終了!」無線機で指示を出す田浦3曹「いつもこの瞬間は嬉しいですね」先任もため息をつく「そうだな…各小隊ごと異常の有無を報告させてくれ」と田浦3曹に指示を出す
「ここでモノを落としてたら洒落にならんな…」補給の林2曹が呟く。訓練が終わったのに這いつくばってモノ探しなんて誰もゴメンである

「3小隊異常なし、了解」全小隊から異常なしの報告を受ける「一安心だな…よし、撤収!」


565 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/23 23:30

運命の日 6月20日編 陸曹候補生 内示受けをしてきた、中隊長


567 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/23 23:48

時間が11時ともなると小隊長、先任、人事などが少しャ純ワしだす。「結局どうなんですかね?」と、言う声がササヤかれる
どうなったか1番知りたいのは、俺なんだがなぁ
と先任も、困り顔で会話をする 今日の朝礼時
中隊長より「本日は内示日である、結果がどうなろうと、終礼時に皆にたっする。なので、作業中に余計な事は頭にいれず、安全に留意すること」
こんな話になると、かたくなに、口を閉ざすのが中隊長なのを先任は知っていた。


568 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/23 23:52

人事の倉田が先任に言う「あんなに頑固な部分もあるんですね、中隊長には」
先任はうなずいた そして、先任は現中隊長が上番し、半年位立った頃の出来事を思い出していた


569 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/24 00:02

当時、中隊の最先任士長に福永士長と言う隊員がいた。最近では、珍しく、5任期終了で満期退職をしたのだが
10月隊員であった福永 10月の満期終了までに就職を決め無ければならない。しかし、不景気も手伝ってか?
はたまた、バブル入隊の福永の知力が足りなかったのか?就職が決まらなかった。
そんな、セッパ詰まった状況にも、動じる事なく、普段通りの生活をする、福永に対し先任はよく、怒鳴っていた


570 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/24 00:05

怒鳴るのも三ドメだったろうか・ 半ば、呆れ返っていた先任
そんな時、「少し福永を俺のとこに預けてくれ」


571 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/24 00:20

それから、しばらくして、中隊長室に福永を呼び出した。
中隊長、福永の二人だけの話しである。 内容なのだが、福永は高校中退であった。就職先を探していたが、今この不景気のせいで、中卒はどこも採用したがらない
で、現実をまの当たりにした、福永はすでにやる気が無い
との事だった 中隊長は頷きながらただ、黙って聞いた。そして次ぎの日・・・
朝礼終了と共に福永を呼び出した。 一時間も立っろうか?
福永が中隊室から出て来た。その後、中隊長も出て来て、先任に「福永、明日から、就職メド着くまで休みやるから
と一言、言い、中隊長室に戻った


572 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/24 00:29

その日から三週間後、福永が就職決まった。
その事を報告に来た福永。皆に感謝の言葉を言っているが、一人だけ別格な人物がいる。もちろん中隊長である
その光景を先任は疑問を感じ、不思議そうに見ていた。
(休みをくれる話しの他に何かをしたんだろう?)あとで、聞いてみよう。と考えていたのだ。
福永は満足そうな撫槐、その日事務室をあとにした


573 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/24 00:32

その日の終礼時、先任が命令を告げ終ると、中隊長から福永の就職決定について話があった


574 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/24 00:40

終礼後、先任は中隊長に、福永とのやり取りに付いて聞いてみた
中隊長の返事は 「福永との約束で、ちょっと先任にもどんな内容だったかは教えられないんだ」と答えが帰ってきた
先任は面を喰らった。就職補導である。今後、まだ、第2、3の福永が出てくるか解らない時代である
先任はそうなる前に今回の中隊長の指導内容を聞いて今後の参考にと考えていた。その事を中隊長も告げたが。
中隊長は、うんと首を縦にふる事はなかった。


575 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/24 00:46

先任はその時初めて、中隊長の頑固な部分を見た
自分が言わないと言ったら何があっても口をわらない中隊長
「まっ、夕方になるなんて、すぐだよ」 と倉田に告げ、よ〜し、飯だな!よし、三島隊員食堂に行くぞ!と今日は補給の支援に来ている三島を呼ぶ
運命の時間まであと約四時間・・・


576 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/24 08:40

「あれ?先任、今日は当直ですか?」三島は、とぼけ顔で言う。その顔を見た先任は少しガッカリ顔だ。「三島なぁ、今日は内示日だぞ、そんなぼけ〜とした顔でどうする!受かってもそんな顔じゃバッチ負けするぞ!」と会話をしながら飯を食べた


578 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/28 13:51

昼礼 中隊長より 三島、鈴木、田中は16時に中隊長室にくるように と指示があった。


579 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/28 18:49

何もなかったかのような静寂な時間が流れた。午後の作業を終り、駆け足をした
すでに、夏の熱さが身に染みる季節だったので体に応える
さて・・・ と、中隊長はシャワーで軽く汗をながし、中隊室にもどる。
時計は、15:52であった 少し、嬉しそうな顔をしているかな?自分でそう思いながら鏡をみて、ニヤリッと不敵な笑を浮かべた


580 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/28 18:51

そうこうしていると、ドアをノックする音、そして、「田中士長、他2名、入ります!」気合いの入った声が聞こえた


581 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/28 18:58

気合いがみなぎる、田中と鈴木、一種独特な感じの三島の3人をャtァに座らせ、先任、人事を自ら、迎えに行く中隊長
しばらくするとゾロゾロと入ってくる。先任、人事は立ったままだ。
「さて、早速結果を教えよう」と中隊長が一言、言う。その瞬間に、皆、顔が怖ばった撫榾なっていた


582 名前:専守防衛さん 投稿日:04/08/28 19:02

田中士長、三島士長・・・・・・ 「おめでとう!」
鈴木士長・・・ 「残念!次こそだぞ! 気を抜かず、勉強と体力頑張るように!



583 名前:まいにちWACわく!その164 投稿日:04/08/29 21:39

時間はさかのぼってお昼過ぎの中隊本部
(先任も落ち着かない顔をしてるなぁ…)パソコンのキーボードを叩きながら思う田浦3曹。田中士長もそわそわしてるが、まぁコレは仕方ない
チラリと横目で中隊長室の方を見る(頑固だよな〜あの人も…)心の中でため息をつく
誰が合格してるか、というのは当然訓練サイドでも重要になってくる。訓練管理の準備と合わせて「音楽祭り支援」と「中隊検閲」の準備もあるので、人の動きは早めに知っておきたいところだ
「田浦…田浦!」向かいの机で訓練Aの中島1曹が呼んでいた「…!は、はい?」慌てて返事する田浦3曹「夏バテにはまだ早いぞ。電話だよ、広報の杉山准尉から」

「ハイ…えぇ…今日中ですか?般命には明日までと…そうですか…わかりました」がちゃん、と電話を切る「まいったな〜」と大きなため息を一つ
「どうした?」先任が聞く「例の音楽祭り支援の名簿、今日中に欲しいそうです。締め切りは明日だったのですが…」といって頭を掻く
「もうだいたいは決まってるんだろ?」「えぇ、しかしあと上曹が一人決まらないんですよ」「その点は大丈夫!」と後ろから声をかけたのは岬2尉だった

「木島曹長に頼んだから安心してくれ」と後ろから肩に手を置く「えっ…木島曹長?」大丈夫だろうか…と一抹の不安がよぎる
中隊の「最悪3兄弟」の一人である1小隊の小隊陸曹・木島曹長は、最低の人格と能力で若手隊員から文字通り「蛇蝎の如く」嫌われているのである


584 名前:まいにちWACわく!その165 投稿日:04/08/29 21:40

「あー岬2尉からの頼みだからな。暇人じゃねえオレが行くんだ、感謝しろよ。あー?」語尾とかに「あー?」と入れるしゃべり方が神経を逆なでする。が、そんな事は顔にも出さないように我慢する田浦3曹
幹部室にいる木島曹長に音楽祭りの書類を届けに来たところだ「え〜感謝してます」と満々の笑みを浮かべる
「取りあえずの資料です。細部は広報の杉山准尉がMMをやるそうです」事務的な話のみを伝える「まったくよ〜また代休たまるじゃねぇか。あー?」とブチブチ文句を言う「おめ〜も考えて勤務決めろよ。あー?」と八つ当たりまで始める始末
「使えね〜上曹なんかいくらでもいるだろ。何でそういうヤツを使わね〜ん…」岬2尉が入ってきたのを見て口を閉じる「おっ早速か〜仕事熱心だな田浦3曹!」と何か嬉しそうである
「ホント田浦は頑張ってますよ〜いやいやほんとに」コロッと話し方も変わる。やれやれといった顔をして早々に幹部室を後にする田浦3曹であった

「…」机に座る田浦3曹。顔に「むかついてます」と書いてあるようだ、心の中でため息をつく
(だいたいあんたも暇人だろうが…毎日17時にすぐ帰ってるのは誰だよ?たいして仕事もできないくせに…ゴマすりだけでオレの倍の給料か…)深いため息をまた一つつく

そんなこんなで音楽祭り支援の名簿ができあがる。中には井上3曹や赤城士長の名前もある。不安な事に遠戸2曹もいる…(ま、いいか)そう思って書類の整理にかかる田浦3曹であった


585 名前:まいにちWACわく!その166 投稿日:04/08/29 21:41

終礼…各係の指示事項や先任の命令伝達、それに運幹の訓練指示が終わり、ついに陸曹候補生の合格者が発表される
「ただいまよりだい10X期陸曹候補生試験合格者を発表します。名前を呼ばれた者は前に出るように!」先任がそう言って中隊長が名前を読み上げる
緊張の一瞬、壇上に上がった中隊長が名前を読み上げる
「…中隊本部、田中士長!」何カ所からかため息が漏れる。みんなラストチャンスである事は知っていたのである「はい!」大声で返事をして前に出る
「迫、三島士長!」おぉっ、と声が挙がる(ホントかよ…)(マジで?)(やった!あとで500円払えよ)などというひそひそ声が上がる「はい!」そんな声を聞いて苦笑いしながら前に出る

「今回は以上2名が合格した。今回落ちた者も腐らず次に向かって努力するように!次の試験はすぐだからな」と中隊長が言い終礼は終わった


586 名前:まいにちWACわく!その167 投稿日:04/08/29 21:42

「鈴木落ちたの…?」「マジで…」「誰か『田中・三島合格、鈴木不合格』に賭けてたヤツ!」終礼後の居住隊舎、ざわざわと居室に向かう隊員たちが話している
同じような話題は中隊でも…「鈴木落ちたか…」ガッカリと肩を落とす3小隊長佐々木3尉「まぁまぁ、赤城が行きますから」と神野1曹
「いや〜大本命が落ちたね。中野浩一が落車したみたいなもんか〜」と高木2曹「中野浩一って?」と田浦3曹
「有名な競輪選手だよ。カツラのCMに出てる…」と先任「へ〜…でも何で鈴木が落ちたんですかね?」「それはだな…」と倉田曹長
「体力面、基本教練、それに面接は良好だったが、学科で少しな…」人事班から情報を聞き出してきたようだ「学科?アイツが?バカじゃないですよ」と不思議な顔をする
「いやいや、一般教養と戦技関係は良好だったんだがな…服務関係はほぼ全滅だったらしい」
陸曹候補生の1次試験は国数英理社のいわゆる「一般教養(中学・高校レベル)」と服務小六法から「服務」さまざまな教範等から「戦技」と大まかに3つに別れている
「そりゃ89式の諸元が完璧でも、『6大義務』や『礼式』がダメだったらちょっと考えるな〜」と頭を掻く先任「そうか…意外な盲点でしたね」と肩をすくめる田浦3曹
「ま、あいつはチャンスがいくらでもあるからな。次に期待だな」と倉田曹長が言い話は終わった

(さて、次は音楽祭りか…)三島をどこに入れるかな、と頭を切り換えて考える田浦3曹であった…



587 名前:スキップ・ビート 投稿日:04/09/01 00:06

番外編・当直室

「いやいやいや、三島クンが合格するとはねェ〜!」
ここは中隊の当直室。本日の当直士長は飯島士長だ。先任士長、それもだいぶ古参の陸士長が上番するとワケもなく緊張した空気が漂う。先程も小銃小隊の若い陸士が緊張の面持ちで外出証を受領していったが、飯島士長を冷やかしに来た三島には関係の無い事だった。
「いやいやいや、自分でも一発で行くとは思いませんでしたよ」
なんだかんだとまんざらでもない様だ。TVを観ながら飯島が言う
「三島、お前の好きな音楽祭り支援だがな、今年も行けるみたいだぞ」
先任士長の人脈だろうか、飯島は断言した。 「音楽隊からのご指名で、今年もチアリーダーの男子隊員は三島が行くんだそうだ。お前なんか手ェ回しただろ?」
三島はニヤリとしながら、机の中にあった「ナイタイ」を見ながら答えた。
「今年も約二ヶ月楽しくやらせてもらいますよ…」
「三島、支援期間中はコンパを期待してるぞ…」
三島は支援の内容を知る唯一の者として、飯島はそのオコボレに預かろうとする者として、淫靡な笑みを交錯させるのであった…

番外編、不定期につづく…


589 名前:まいにちWACわく!その168 投稿日:04/09/04 14:16

ここは総監部にほど近い100万人都市の総合体育館、ここで方面音楽祭りは行われる。ステージの上では数名の隊員が何故かデッキブラシを持って立っている
某アイドルグループのPVのようにデッキブラシを使ったダンスを披露するのだ
タップダンスのようにブラシを床にたたきつけ、保安中隊のドリルのように高々とブラシを振り回す。けっこう様になってるのが不思議だ
「へ〜うまいもんやなぁ」「お、かっこいい!」「何でブラシなのかね?」ステージから離れたところであれこれ口を出す支援要員の面々
中隊から小野3曹と三島士長が警備支援で他連隊の幹部の指揮下に、そして木島曹長以下10数名が地連の支援で受付業務を担当する
当初の予定よりかなり多く取られたのは、遠方の部隊の交通費が出ないからだそうだ…何かと貧乏な陸上自衛隊である

会場の設営は施設団が担当、受付の設置を昨日の内に終わらせて本日金曜日は演技組の予行が実施されている
時間のあいた赤城士長たちは予行を見せてもらっている。明日は総合予行、日曜日に本番である

音楽隊の演奏は見事だ。歩きながらや一糸乱れぬ行進など、普通の楽団ではなかなかできない事もやる「よくこんな長時間演奏できるな〜」と誰かが感心する
「らっぱ特技を持ってたらわかるんやけど、吹奏楽器はすごい肺活量がいるんやで〜」と井上3曹「それを歩きながら吹くってのもスゴイ技術なんやで」 「そうなんですか〜」と感心してみせる赤城士長。そうこうしてるうちにプログラムが終了した
「なかなか面白かったな〜」感想を言いながら席を立つ面々、その時「お前ら遊んでんじゃねぇよ、あー?」という声が聞こえてきた


590 名前:まいにちWACわく!その169 投稿日:04/09/04 14:16

全員が露骨にイヤな顔をする、木島曹長が甲高い声でヒステリックにまくし立てる「遠戸ぉ、ちゃんと受付の準備とかしてんのか?あー?」
遠戸2曹が慌てて「し、し、してます」としどろもどろに答える「遊びにきたんじゃねぇんだぞ、あー?」話も聞かずに文句を言う
「宍戸3佐に許可をいただきました」大沼3曹が答える。宍戸3佐は総監部所属、受付業務の全般統制をしている
受付場所の準備・清掃も終わり、休憩してた隊員たちに「予行見てきなよ」と送り出したのが宍戸3佐だった
その時、木島曹長は準備もそこそこに師団司令部時代の上官とお喋り(ゴマすり)をしていたのだった。さすがに上官の指示だと文句も言えない、グッと言葉に詰まる
「じゃ、みんな受付に帰るか」木島曹長を無視するように大沼3曹が声をかける。全員がついていくのを横目で見ながら「何で連絡しねぇんだよ、あー?」と遠戸2曹に絡む木島曹長

「お前が指導するんだろうが、何やってんだよ〜あー?」帰る道すがら、ずっと絡み続ける木島曹長「あ、い、いやぁ、あの…」としどろもどろの遠戸2曹
伝令時代の恨みからか大沼3曹の木島曹長に対する態度はかなり悪い。露骨に睨みつけ返事もそっけない、必要最小限しか喋らないと言う態度を徹底している
それを知ってか木島曹長は矛先を遠戸2曹に向けている。こっちに来てからずっと泣きそうな顔をしている遠戸2曹であった


591 名前:まいにちWACわく!その170 投稿日:04/09/04 14:17

赤城士長たち音楽祭り支援組は総監部近傍の駐屯地に宿泊している。支援する人員が多いため総監部だけでは宿泊場所が足りないのだ
他部隊も入ってきているため駐屯地の売店は大変な混雑だ。赤、緑、青、黒、オレンジ色etcetc…部隊それぞれのカラフルな識別帽が右に左に動き回る
「まったく、ジメジメうっとうしいよな〜」「消えてくれね〜かな?」「実戦になったら後ろから撃ってやりたい…」売店にやってきた面々が好き放題言っている
当の木島曹長はクラブで知り合いと飲んでいるらしい。かわいそうに遠戸2曹が巻き込まれ連れて行かれた「オレも危なかったわ〜何とか逃げ切ったけどな」と笑うのは井上3曹だ

「あんな人が陸曹なんて…」と憤慨するのは赤城士長だ「最低ですね!」とはっきり言い放つ「だから言ったやろ〜?『最悪3兄弟』って…」と井上3曹
「昔からだ。アイツと話す時は強気でいくんだぞ、そうすれば声をかけてこないから」と大沼3曹「自分より強いヤツには絶対に声をかけてこないから」
「今日もひどかったですもんね〜あのゴマすり…」予行を見終わって受付に帰ってきた後、宍戸3佐に「しっかり予行をやらせますから〜」と言って何時間も受付の予行をやらせたのだ
「気付いてるのかね?宍戸3佐…アイツがどういう人間か」大沼3曹がため息をつく「ま、期待しましょう」気楽に井上3曹が言い放った

「龍子〜元気してたぁ?」後ろからかけられた声に3人が振り向く。そこには曹学のバッチを付けたWACが3人立っていた「わ〜久しぶり!」そう言って3人に飛びつく赤城士長
「久しぶり〜元気だった?」「普通科どう?しんどいでしょ〜」「基通はずっと椅子に座りっぱなしで…」と四方山話に花が咲く
やれやれと肩をすくめる二人「先行ってるぞ〜」と大沼3曹が言う「あ、は〜い!」と返事もそこそこに話を続ける赤城士長だった


592 名前:まいにちWACわく!その171 投稿日:04/09/04 14:17

「昨日は楽しかったか?」「ええ、久しぶりだったんですよ〜」『迷子案内』と書かれた机の前に座るのは井上3曹と赤城士長だ
「こういうイベントやと他部隊の同期とかに会えるからな。いいもんやろ?支援業務も…」雑用ユニットだった(今も)井上3曹がしみじみ言う
「今日は昼から自由時間ですよね?一緒に遊びに行くんですよ〜」と嬉しそうな赤城士長。予行が順調に終われば昼からは外出ができるのだ。そのために外出証も各人が持っている
「そうか〜でもヘンな事はするんやないで。ジメジメに攻撃の口実を与えんようにな…」声を潜めて言う井上3曹であった

『ただいまから総合予行を開始します。各係の者はそれぞれの位置について下さい』スピーカーから声が流れ全隊員が持ち場に着く
「じゃ、よろしく頼むわね」二人の方にポンと手を置くのは迷子案内の長である中川2尉である。衛生隊所属の若いWAC幹部だ
「ま〜泥船に乗ったつもりで、任せて下さい!」と井上3曹「泥船って…」と少し引く赤城士長。さすがに中川2尉は動じない「沈んでも助けないわよ〜」と言って後方に下がる

客の役をするのは総監部や地連の幹部たち、それに予行を見に来た後援会などの関係者だ「赤色の招待状をお持ちの方は…」「こちらからご入場ください!」受付は大変そうだ
受付の横にあるのが迷子案内だ。しかし今日の時点では子供はほとんどおらず、ただ真面目な顔をして座っているだけだ
「大変そうやなぁ…」横目で受付の惨状を見ながらボソリと呟く井上3曹「見て下さいよ、木島曹長って何もしてませんよ」と赤城士長
確かに木島曹長は受付の後ろで腕を組んで座っているだけだ。特に何かを指示している…わけでもない「あれは全般統制のつもりなんやで、多分…」
「宍戸3佐がいるのに?」「自分を偉く見せたいんやろ、よその部隊の人間やから宍戸3佐もきつくは言えんしな〜せこいヤツや」吐き捨てるように呟く井上3曹であった


593 名前:まいにちWACわく!その172 投稿日:04/09/04 14:19

演奏が始まり一段落ついた受付業務「今のうちにトイレとか行ってきてくれ」と宍戸3佐が声をかける
何人かが交代で席を立つ、木島曹長も立ち上がり迷子案内の方にやってきた「寝てねぇだろうな、あー?」と絡んでくる
「も〜バッチリですわ」と愛想良く笑う井上3曹「受付の方はどないです?かなりバタバタしとったみたいですけど?」
「…自分の心配しとけよ」少しイヤそうに顔を歪める木島曹長、シャバでの経験が長い井上3曹は調子よく人を煙に巻く
矛先を赤城士長に向ける「『楽な仕事でラッキー』とか思ってねぇだろうな、あー?」
少しムッとする赤城士長「そんな事思ってません」顔も見ずに答える「ちゃっちゃと働けよ新兵が、あー?」相手が弱いと言いたい放題である
カチンと来た赤城士長が顔を向けようとしたその時「おっ、龍子くんじゃないか!」と誰かが声をかけてきた

真っ白な制服に4段はありそうな防衛記念証、胸には羽のマークの徽章が付いている。肩の階級章は金の太線が4本の陸自とは違う階級章、海上自衛隊のお偉いさんのようだ
「秋山のオジサン!お久しぶりです」席を立ちペコリと頭を下げる赤城士長「陸に入ったんだって?残念だよ〜海自に来たらよかったのに」そう言いつつ机に近づいてくる
「お兄さんたちも元気?」「ハイ!相変わらず…」「そうか、赤城一族は陸海空を制覇したな〜」と言って笑う
「秋山1佐、そろそろ…」横から背広を着た(おそらく)自衛官が声をかける(1佐〜?)内心ビビる井上3曹「そうか、じゃあお父さんによろしく!」そう言って秋山1佐は立ち去っていった


594 名前:まいにちWACわく!その173 投稿日:04/09/04 14:20

「さっきの人は?1佐とはすごいな〜」と尋ねる井上3曹「秋山のオジサンは父の部下だった人です。いい人ですよ〜」
「確かあの人は地連部長じゃなかったかな?」いつの間にか側にやってきた宍戸3佐が言う「そうなんですか?」と赤城士長
いつの間にか木島曹長の姿も消えている「あいつビビりやがったわ」そう言って笑う井上3曹「もう赤城にはちょっかいかけて来ないやろな」
「そうなんですか?」疑問顔の赤城士長「ああいうタイプは自分より偉い人には絶対に逆らわへんからな〜」そう言って笑う井上3曹であった

演奏は順調に続いている。歓声や拍手もときどき聞こえる「楽しそうやなぁ…」と呟く。とその時
「よ〜う、みんな元気してるか〜?」陽気な声でやってきたのはバディーを連れて私服警戒中の小野3曹だ。ジーパンに開襟シャツという出で立ちだが、見る人が見れば一発で自衛官とわかる
「私服で警戒してる意味無いですやん」と井上3曹「そんな腕の太いヤツはそうそういないな…」と呆れる大沼3曹
「何でだよ、どっから見てもシテーボーイだろ?」そう言って腰に手を当てる小野3曹「…どうでしょ〜」苦笑いする赤城士長
「そういや三島は?」「アイツは外周警戒しとるよ。暑い中大変だねぇ〜」とまるで人ごとだ
バディーがちらりと小野3曹の方を見る、確か他中隊の陸士だ「おぅスマンな、じゃあ行くぜ」そう言って小野3曹は立ち去っていった

予行は順調に終わり、受付は帰る人でごちゃ混ぜになっている。相変わらず椅子に座って何もしない木島曹長の姿も…


595 名前:まいにちWACわく!その174 投稿日:04/09/04 14:22

「ふ〜終わった終わった」宿泊してる駐屯地に帰り、高機動車から降りて背伸びをする赤城士長「お疲れさん」と大沼3曹が声をかける
「さて、どこ行く?」「なんかうまいモノでも…」「ガイドブックあったっけ?」みんなも外出に気が向いている。ところが…

「おぅ、全員集まれや」と木島曹長が全員を集め言った「外出する前にやる事やってけや、あー?」顔を見合わせる隊員たち「やる事って?」
「部屋の掃除と服のアイロンがけ、靴磨きとかあるだろうが、あー?ちゃんとやってけよ。遠戸!指導しとけや」そう言い放ち、木島曹長は歩き去っていった…

少し呆然とする隊員たち「…なんて?」「何だよありゃ…」不満が噴出する「え、えと、あの、じゃぁ掃除から、ね?」慌てたように遠戸2曹がみんなに声をかける
言われたからには仕方ない、外来の部屋に戻って掃除を始める「あの〜私はどうしたら?」赤城士長が遠戸2曹に聞く「WAC隊舎の部屋掃除ですか?」
「え、えと、そうだね。うん」「点検は?」「え、あ、じゃあ無しで…」よくわからない事を口走る遠戸2曹。普通は男子隊員がWAC隊舎に入る事はない
「服とかはどうしたらいいんですか?」苛ついたように聞く赤城士長(実際苛ついてる)「え、あ、後で持ってきて」「わかりました…」
立ち去ろうとする赤城士長に井上3曹が声をかける「ホンマに掃除する事無いで、どうせ明日やるんやから」「は、はい…」


596 名前:まいにちWACわく!その175 投稿日:04/09/04 14:23

そう広くない居室なので掃除は1時間ほどで終わった「じゃ、じゃあ靴磨きとアイロンがけね」そう言って遠戸2曹は短靴を二つ(木島曹長の分?)と靴手入れ具を持って外に出て行った
「…ったく」不満たらたらと言った感じでみんなが靴磨きと3種制服のアイロンがけに向かう
「終わりましたよ。どうですか?」赤城士長が遠戸2曹に制服と靴を見せに来た「え、あ、うん、合格」ろくに見もしないで言う
「…」何か言いたそうに立っている赤城士長「え、な、何かな?」「外出は…いえ、やっぱりいいです」みんな終わるまで外出なんかできないな…と思う赤城士長であった

全員が靴磨きとアイロンがけを終わらせてやっと外出できるようになった時には、日が西に傾き始めていた
見ていたかのようなタイミングでどこかから帰ってきた木島曹長が全員を集めてネチネチと説教じみた事を言う
「だいたい支援てのは仕事だぜ、あー?遊びに来てるんじゃねえんだぞ。今からの外出あくまで『好意』だからな?あー?」ジメジメの面目躍如と言ったところか
「いらん事しやがったら全員帰ってから外止めにするからな、あー?わかってんのか?」全員渋々と言った感じで頷く「22時までに帰ってこいや、別れ!」

「くっそ〜ムカつくぜジメジメのヤツ!」「だいたい自分は靴磨きも何もしてねぇじゃねぇか!」「誰かアイツを殺してくれよ〜」営門に向かう道すがら、不満を爆発させる陸士達
「まぁまぁ、外出できるようになったんやからええやん。あんなヤツの事は忘れて楽しんでこいや」と陸士達をなだめる井上3曹「井上さん、頭来ないんですか?」誰かが聞く
「オレはシャバで客商売もしとったからな。ま〜理不尽はどこにでもあるもんや。ああいうは忘れるに限るで!」


597 名前:まいにちWACわく!その176 投稿日:04/09/04 14:24

身分証を見せて営門を出る。門のすぐ側にあるバス停からしか街には出られないようだ「井上、お前はどこに行くんだ?」大沼3曹が聞いてくる
「大人の特選街にでも行ってきますか〜」つまりは風俗だ「大沼3曹も行きます?」「オレはいいや、かみさんに殺される…」肩をすくめる大沼3曹
「特選街?」後ろから声をかけたのは赤城士長だ「うわぁ!」ビックリする井上3曹「特選街って何ですか?」そう言って赤城士長は井上3曹の顔を見上げる
「何でもない、何でもないで〜それより赤城、同期と遊びに行くんやないんか?」ごまかして話を変える「行きますよ。でもだいぶ遅れちゃったなぁ…」
「ホントは昼からの約束だった?」大沼3曹が聞く「そうなんです。まったく…」珍しく怒りをあらわにする

街の中心部にある駅前のバス停でみんなが降りる。大沼3曹と陸士達は飲みにでも行くようだ。井上3曹は小野3曹と合流して『大人の特選街』に前進する
赤城士長は駅前で同期たちと合流する「ごめ〜ん、待った〜?」曹学の同期4人が手を振ってくる「やっと来た〜」「大変だったねぇ」
女3人寄ればかしましい、たちまち話が始まった「取りあえず飲みに行こっか!」


598 名前:まいにちWACわく!その177 投稿日:04/09/04 14:32

「かんぱ〜い!」駅前の居酒屋で女5人の宴会が始まった「うわ〜そのジメジメって最っ低ね!」「いるいる〜そんなヤツ…」まずは『部隊のイヤなヤツ』の話で盛り上がる
「細かい事ばっかり言うヤツっているよね〜ウチは小隊長がそうなのよ」と言うのは施設群所属の土田士長
「ウチはWACの1曹でさぁ…肩肘張りすぎてるのよね〜」とは武器大隊の工藤士長。土田士長と工藤士長は今回、チアガールとして参加している
「ウチは書類バカの隊長!男のクセにネチネチしてて…」と通信群(基地通信)の砺波士長
「何がイヤって先任よ〜配属されていきなり『臨勤行け』だもん」清原士長は赤城士長と同じく普通科中隊に配属されている
砺波士長は通信関係(アンプ等)の調整、清原士長は接遇である
「結局どこも同じか…どんな職場にもいるんだろうね〜」と赤城士長「まだ龍ちゃんは恵まれてる方じゃない?」とは清原士長だ
確かにいきなり臨勤を命ぜられるような中隊よりはマシかな…と口には出さずに考える
「WACってだけで扱いが変わるのよね〜」いつの間にか清原士長のグチ聞きになっている「結局さ、部隊通信行く事になっちゃったし…」
「じゃあ陸教は仙台?」土田士長が聞く「そうなりそう…普通科中隊に来た意味が無いよ〜」
清原士長も赤城士長に劣るとは言え体力は人並み以上にある。バスケ部所属でインターハイにも出場経験があり、普通の男性よりは遙かにタフだ
「も〜あの先任変えてほしいよ〜」「まぁまぁ…飲んで飲んで!」砺波士長がビールを注ぐ。ちなみに赤城・清原以外は全員20才以上だ
そんな同期の嘆きを聞き自分の事を考える赤城士長(私はけっこう恵まれてるな〜)

カラオケで歌いまくってストレスを発散し、時間通り2200までに帰ってきた赤城士長。同期たちと久々に遊びストレスも発散できたようだ
(よし、明日は頑張るぞ!)と決意して消灯ラッパを聞きつつ眠りにつく赤城士長であった



602 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/04 23:17

「三島〜 お前はこれからどーするんだ?」と小野3曹が問う
すると三島が逆に「小野3曹はどーするんですか?」と逆に問う


603 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/04 23:31

二人が会話をしている場所・・・ それは3トン半の中であった。警備を任された二人・・・
受け付け組は昼に作業を終え帰ったが、警備組は少し遅れて、宿泊駐屯地に移動していた
異様な光景だった。警備組の特徴なのだが。私服を着ていながらライナーをかぶっているもの
制服姿にライナー 3トン半でなければ異様な集団だろう
そんな移動中、私服 ライナーの小野3曹が制服、ライナー姿の三島の問いに答える
「あぁ 俺は今から本管の竹川とパチスロ行ってくるぞ
で勝ったら夜は飲みだ」 同じ警備班の竹川3曹は小野3曹と新教の同期だった
さらに小野は続ける「どーせ、みんなすでに外出しているだろうからさ、受け付け組は受け付け組で遊べばいいし、うちらはうちらで遊び行った方いいだろ?」


604 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/04 23:42

「で、どうだ、お前も暇なら一緒に行くか?」と小野は三島に聞く
「いゃ〜 俺スロットも酒もやらんから遠慮しますよ〜」と三島
「そうだったよな、じゃ、あれか?今日は外出しないのか?」と小野が聞くと三島は「いえいえ、さっき雑誌見てて、ここの近くに評判いいラーメン屋あるみたいなんで、そこ行きますよ〜」
「一人でか?」と小野が聞くと「はい、どーせ、みんな飲み行くでしょうからね、それに混じっててのも、今は冷やかししか受けないから・・・」
冷やかし・・・ 奇跡とも言える曹候合格 バッチを付けて間もない三島はいささか、ウンザリしていた
ミラクル三島 奇跡を呼ぶ男 最強大穴戦士・・・
言えばきりがないくらい、中隊は勿論、連隊の知り合いに言われ続けていたのだ


605 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/04 23:52

何時しか車は駐屯地に到着していた。「下車!」と警備班長の声が響く
明日の指示を受け、解散をする 他の部隊は宿泊建物も違うようで三島達とは反対へ歩く
外来の玄関に三島や小野が入ると、井上が立っていた。「あれ?外出しないんか?」と小野が問うと、「奴のわがままが発揮されてなぁ」とため息まじりで喋る
その言葉に三島も小野もすぐ理解し 「三島、すぐにうちらは、でるぞ」あとからなんか言ってきても「知らなかった」で通すからなと小野が言う
数分後・・・井上の理解を得て、小野と三島は逃げように外来、駐屯地をあとにした
そして、それぞれ目的の場所へと移動したのだった


606 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/05 00:03

三島が向かうその場所 三平ちゃんラーメン
ふざけた店名のわりに客は入っていた 雑誌をみるかぎり、スープはトンコツ白濁をベースとし、トリガラベースでつくった醤油
塩のスープを混ぜてつくる店 見た目はコッテリ
しかし、食べてみると以外にあっさり 略してコッサリラーメンと言うのがウリである
三島は塩チャーシュウを注文した 昼に出された弁当もわずかだけ食べ、あとは残飯にしたのはこの為であった
「塩チャーシュウおまち!」威勢よい声とともに、ラーメンがでてきた。
うっ! 旨い!通常、塩ラーメンは味をごまかせない事でしられている
自称ラーメン通の三島もここまで旨いと思うラーメンに出会った事がなかった


607 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/05 00:06

ついに、この日、そして、この店ができた。
三島のラーメンチェック浮ノ百点の店が出来たのだ!


608 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/05 00:14

誰かに教えてあげたい と言う衝動が走る。
やっぱり女の子だよなと考えるあたりは曹候になっても変わらない三島
と、なると、一番この店にこれそうな人はと・・・
と考える そして、電話をかける三島 プルル〜「こちらは〜
お留守番サービス」 「青木ちゃんでないか」そう呟く三島
まぁ、また、今度だな。試験合格報告もしなきゃならんし!と考えながら、一人どこかへ、消えて行ったのだった



643 名前:番外編:先任の土曜日その1 投稿日:04/09/11 21:23:10

土曜日の駐屯地、事務所では先任が机の上でなにやら書類を書いている。師団から提出依頼のあった服務関係の書類だ。まぁ『依頼』と言っても師団から提出を求められた時点で『命令』と大差ないのだが…
そう急ぎの仕事でもないのだが、家にいても特にやる事のない先任は愛車のステップワゴンで駐屯地にやってきたのだ
事務所には先任一人だ、『訓練管理』で忙しいはずの田浦もいない(あいつは土日だけは意地でも残業せんからな〜)慣れないパソコンを叩きつつ一人思う
「ん?あれ…書類のサイズを変えるには…」相変わらずパソコンが苦手な先任である。普段は田浦3曹とかに聞いてるのだが、今日は誰もいないのである
(困ったな〜)頭を掻きつつ麦茶を飲む、とその時…

「お疲れ様ッス〜」と言って入ってきたのは、昨日陸教から帰ってきた藤井士長だ。帰ってきていきなり初動派遣要員として残留しているのである
「お〜藤井、ちょっと…」手招きする先任「?」「いいからいいから…コレどうやるんだ?」そう言ってパソコンの画面を見せる
「あ〜これは…こうして…」「お〜!助かったよ。さすが新進気鋭の3等陸曹!」「まだ陸士ですけど…」3曹昇任は7月1日だ
「ところで何の用だ?」と聞く先任「田浦3曹に用事があったんですが…いませんね」「アイツ、土日は残業せんからな。今日は休日だぞ〜」そう言って笑う先任
「非道い!帰ってきていきなり残留に付けたのは先任じゃないすか〜」泣き言を言って帰っていった藤井士長であった


644 名前:番外編:先任の土曜日その2 投稿日:04/09/11 21:23:55

グランドでは駐屯地サッカー部が活動中、仕事でさんざん体を動かしてなおかつ休みも運動するタフな隊員達だ
書類を一通り片づけた先任は、定年後に備えて宅建の勉強に入る(やっぱり定年後も大事だからな)とその時、またまたお客さんが入ってきた
「おや?先任お仕事ですか?」神野1曹だった「そういう神野は何しに来たんだ?」「こないだの演習で使ったモノを整備しようかと…」

「今日は他に誰もいないんですね」事務所を見回し神野1曹が言う「まぁ休日は休むもんだよ。オレだって仕事してるわけじゃないしな」そう言って宅建の参考書を見せる
「土日休みはありがたいですが、最近持て余し気味なんですよ」そう言って頭を掻く「妹さんはどうなんだ?」神野1曹が空挺から転属してきた理由は『難病の妹さんの看病のため』なのである
「おかげさまで調子いいです。明日はどっかに連れて行ってやろうかなと…」ピン、とひらめく先任「じゃあコレやるよ」そう言って机の引き出しを開ける
「これは?」「方面音楽祭りのチケットだよ。地連の知り合いが『余った』って言ってきてな。明日だけどどうだ?」「確か赤城らが行ってるヤツですよね…」少し考える神野1曹

「そうですね、ありがたくいただいておきます!」そう言ってチケットを受け取る「たすかったよ。ウチの家族も『遠いから行かない〜』なんて言ってな…」


645 名前:番外編:先任の土曜日その3 投稿日:04/09/11 21:24:21

休みの日なのにけっこう人が来るのが中隊本部(みんな暇人かね?)自分の事を棚に上げて先任は思う。その矢先3人目の暇人がやってきた
「あっち〜、おっす先任!」騒ぎながらやってきたのは藤井士長と一緒に陸教から帰ってきた木村1曹だ「先任、休みなのになんばしょっとね?」
木村1曹は九州出身、もう部隊配属になって十何年にもなるのに、未だに九州弁が抜けてない(抜こうとしない?)のである。いつも大声を出し豪放磊落な性格なので、敵も多いが味方も多い
「オレはちょっと勉強。そういう木村は何してるんだ?」「久々にフットサル部に顔を出しちょるんですよ」学生時代サッカー部だった木村1曹はフットサル部の代表者でもある
事務所にある冷蔵庫からペットボトルを取り出しノドに流し込む「ふ〜生き返るわい…先任も運動せんですか?」「もう年だしね…定年前の老体をいじめるなよ」苦笑いする先任であった

「上曹はどうだった?成績は悪くはなかったようじゃないか」「あんなん役に立たね!『今の自衛隊が悪いのはお前ら上曹のせいだ!』なんてこつばっか言いよるんよ」と言って笑う
「バ幹部がてめぇの事を先に考えろってな〜」大きな声で不穏当な事を言う「おいおい…」思わず周りを見渡す先任であった


646 名前:番外編:先任の土曜日その4 投稿日:04/09/11 21:25:38

昼になった。だが営外者である先任は食堂で食事ができない「何か買ってくるか…」席を立ち事務所を出る…そこにいたのは3小隊須藤1士だった
「あれ先任?お疲れ様でぇす」須藤1士は去年入ったばかりの新兵であり、中隊でも一番若手の隊員である。年齢も先任からしたら子供と同じようなものだ
今時の若者らしく派手な柄のTシャツにダボダボの7分丈ズボン、首には派手な銀のアクセサリーを付け身分証の脱落防止も太い鎖を付けている
どうやら外出証の受領に当直室に来たようだ「おう、しかし須藤…なんて格好だ?」ちょっと呆れる先任「ヘンっすか?」「ん〜オレから見たらな…」
(やっぱりもうオレは年よりかねぇ…)自衛隊も一種の社会の縮図である。世代交代も致し方ないか…と思う先任であった

「ところで須藤、どこに行くんだ?」「近くのコンビニっす」「コンビニ?じゃあ何か弁当買ってきてくれ」そう言って財布から千円札を出す
「400円くらいの弁当とお茶のペットボトル、銘柄は任せるわ。おつりはやるよ」「わっかりました〜」


647 名前:番外編:先任の土曜日その5 投稿日:04/09/11 21:26:25

須藤1士が買ってきたコンビニ弁当を平らげ、先任は勉強を再開する…はずだったが、またまたお客さんの登場である「あれ〜?先任お仕事ですか?」
Tシャツにジーパンのラフな格好で登場したのは、3小隊長佐々木3尉だ。こう見てみるとまだまだ若い、今時の若者と変わらないのである「いやいや、勉強中ですよ。小隊長は?」
「ちょっと片づけなきゃいけない書類が…舎後のステップワゴンは先任のですか〜」事務所からは先任のステップワゴンと、佐々木3尉の日産マーチ(中古)が見える
「いい車乗ってますね、うらやましい…」防大出の若手3尉は給料が安い上に官舎生活で出費も多く、同年代の陸士より苦しい生活である事も多い「すぐ給料上がりますよ」苦笑いして先任は言う
「だといいんですけどね…」飛ぶ鳥を落とす勢いのハズである防大出の幹部にも、それなりの悩みはあるようだ

あらためて外を見ると、隊舎の周りやグランド周りには様々な車が停まっている。安い軽に派手なワゴン、車高を低く改造した車も多い
(金かけてるなぁ)若い連中は車好きが多い、整備班など自分で手をかけて改造する隊員もいる。しかし…(問題も多いんだよな…)
手元にある書類の中に「師団交通3悪絶無計画」なる表題のモノがある


648 名前:番外編:先任の土曜日その6 投稿日:04/09/11 21:27:10

交通3悪とは「無免許・飲酒運転・ひき逃げ」の3つであり、特に飲酒運転に関して師団は「発覚しだい処分(懲戒免職もあり)」という方針を打ち出している
もっとも無免許とひき逃げは問答無用で懲戒免職でも文句は言えないのである
(まぁ罰金も厳しくなった事だしなぁ)書類には様々な事例が書かれている。例えば…
「某部隊で検問に捕まった3等陸曹からアルコールが検出される→降格処分→自主的に退職」
「違法改造した車に乗っていた陸士長→警察に検挙される→自主的に退職」etc…
「自主的に退職させる」と書いてはあるが、実際は「退職に持っていく(追い込む)」のが現状らしい…
(脅しみたいだな。相変わらず弱いね自衛隊は…)歩哨が左翼の活動家に刺殺される時代よりはマシになったが、まだまだ自衛隊の立場は弱い
不祥事や事故に対して過敏に反応するのは昔から変わらない。こういう事態に対応するのも先任の仕事だ
(今週末も無事終わりますように…)毎週末心の中でそう祈っている先任であった


649 名前:番外編:先任の土曜日その7 投稿日:04/09/11 21:29:41

「ん〜…」手を上に組んで背伸びをする。夕方に近くなり日も西に傾き始めた(そろそろ帰るか)そう思い先任は机の上を片づけ始める
当直室に顔を出す「お疲れ〜そろそろ帰るわ」当直の中島1曹に伝える「あいよ〜お疲れさんです!」

隊舎を出てふと(生活隊舎に顔出すか…)と思い立つ。一昔前は事務所と営内班が同じ建物にあったが、最近は「職住分離」の名目で居住専用の隊舎になっている
営内者は気楽になるだろうが、非常呼集時などの連絡などで不都合も多い。特に中隊長などが営内者の指導をしにくくなったため、部隊によってはかなり荒れ放題になる事もある

「お疲れ〜っす!」駆け足の後だろうか、上半身裸で若い陸士連中がうろうろしている「おぅ、お疲れさん…そのカッコで外に出るなよ!」
基本的に男ばっかりなのでセミヌードくらいで目くじらは立てない。それよりも便所や乾燥室の方が気になる…あとは喫煙所だ
(清掃はやってるんだが、すぐに汚くなるんだよな〜まったく…)タバコの吸殻が煙缶に一杯になってないかも確認する(ボヤ出したらかっこ悪いしな)

車に乗りこもうとした先任に奥さんから電話がかかってくる。携帯を取り出す先任「もしもし?」(もしも〜し、もうすぐ帰ってくるの?)
「今から駐屯地出るところだから」(じゃあ晩飯の材料買ってきて。何か食べたいものある?)「ん〜別に…」と言いかけた先任の鼻に、駐屯地の食堂からカレーのいいにおいが漂ってきた
「カレーがいいなぁ」(駐屯地もカレーなのね?)そう言って笑う奥さん。さすがに読みがいい(じゃあジャガイモとタマネギと…鶏肉もね)
「わかった、すぐ帰るよ」電話を切って駐屯地を後にする先任であった


654 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:10:42

三島と青木編 ちょっぴりドキドキ 切ない恋編
「青木、お茶を出す時はお客の左から出してくれ!」ここは、方面音楽祭会場、特別招待客
接遇室 方面音楽隊ともなれば、各師団司令部からも作業員として配属される


655 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:18:59

客のお茶出し作業員は各師団司令部で働くワックで集められていた。師団勤務は顔で・・・と噂される位である。青木を初め綺麗所の集まりである。
「休憩」と接遇班の長 方面の2佐が声をかける
皆バラける ワックだけあって、煙草を吸いに行く物も少ない


656 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:22:33

「彼氏も作業来てるんだ〜 だけどこんなに遅いと会えないよね〜」なんて声が何処からか聞こえた。青木はボケ〜としながらその声を聞き、(そういえば、三島さん、この作業は出てないのかな?)と考えていた。


657 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:26:44

1730 接遇班の作業終了 マイクロバスに皆乗り込む
このあたりでマイクロを使えるあたりが、司令部と部隊の違う所だろう
バスの中では話をするもの、仮眠するもの
メールするものとさまざまだ 青木も携帯をチェックした
すると 着信1件の文字がある


658 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:29:26

見ると三島からだった。自然と笑がこぼれる青木。帰ったら電話してみよう
とすぐに思っていた。その時「青木3曹はどうする?」と、他のワックから声がかかった


659 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:33:05

聞けば、明日は本番だから、あんまり遅くまでは無理だけど
有志をあつめて、軽くご飯、酒をと言う話だった「宿舎に帰ってから答え出します」と慎重な青木
青木の頭には、もしかすると三島が・・・と考える部分もあった


660 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:35:59

宿舎に到着。部屋に戻ると青木はすぐに三島へと電話した
「もしもし・・・ 青木ですけど。すみません、電話遅くなって・・・」と三島と会話を続ける
会話が進むにつれ笑顔になってくる・・・


661 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:41:45

シャワーを浴び、化粧をして、私服に着替え、ご飯の誘いを断り。タクシーを呼び、出かけた
行った先には、三島がいた 「お待たせしました〜」と三島の前に立っ
今日は化粧乗りもよく、少し自信があった。事実、三島も青木の綺麗さに少し戸惑っているようだ


662 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:46:05

二人、ご飯を食べ、二人の共通の話題で盛り上がり、また三島が今日の昼に食べたラーメンの話を興奮しながら話すがたに、お互い、笑ったり
はたからみれば、いいカップルだろう 青木はこの上なく幸せな時間を過ごしていた


663 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:49:10

ご飯を食べ終え、これからどーしょうか、と話になった時
時間すでに21時だった お互い明日、本番のため、朝がはやい
もう、帰ろう と話しあった その時三島から思い出したかのように・・・


664 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:55:32

「俺、候補生受かったよ」と一言告げられた
「おめでとございます」と自分の事のように喜ぶ青木
と、少し間が空いたその時、「三島さん、この中見てください」と手をあわせ、そこに隙間をつくり覗かせた


665 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 08:59:36

三島もバカ正直である。「ん?何?何?何が見えるの?」と、除く
必然的に三島の死角が無くなる と・・・! 青木が三島にキスをしたのだ!
三島もすぐに気付きボーゼンとしている


666 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 09:02:37

青木も顔が真っ赤になっている。「お、おめでとうございます。私、三島さん・・・
あっ、あの、とにかく頑張ってください。また今度遊びましょう
明日頑張りましょう 今日は帰ります」と言って、走ってタクシーに乗り込み帰って行った


668 名前:専守防衛さん 投稿日:04/09/12 09:06:42

こんな、甘酢ぱい出来事があった二人 次の日
二人とも異様にテンションが高かったと
あとから語らていた ちょっぴり恋話編 完


673 名前:まいにちWACわく!その178 投稿日:04/09/18 16:04:31

日曜日…いよいよ音楽祭り本番、朝一番で会場にやってきた中隊の面々。会場の駐車場には方面管内各部隊の車両がずらりと並んでいる
高機動車から降り受付にやってきた「さて、準備しますか…」書類やリボン、名札など必要なモノを机の上に並べていく「あと、自分の服装も点検な〜」大沼3曹の指示が飛ぶ
「赤城は体力検定1級持ってるんやな」赤城士長の3種制服の左胸には「体力検定徽章」が光っている
月桂樹に三角形をデザインした、口の悪い人からは「ニセレンジャー」とか言われている。だが体力検定1級を取ったモノだけに与えられる(1年限定)ため、その価値は充分にある
「井上3曹は射撃特級ですね」「コレと記念章が一個だけ…寂しいもんや」左胸のポケットに銃の照星をかたどった「射撃特級徽章」が付いている。その上には紫と黄色の記念章が一つ
「コレは何で貰ったんですか?」「職務遂行の5級、ようするに中隊長から『よく頑張りました』って貰ったんやな」
大沼3曹の胸にはカラフルな防衛記念章が凸型に2段4つ付いている「コレって何でもらったんですか?」と聞く赤城士長
「ん?これか…上の一つは震災(阪神大震災)で貰った4級、下のコレは車両無事故操縦、真ん中は職務遂行の5級、赤いのが10年勤務だな」
一つづつ指を指して説明する「いろいろあるんですね」「いつか貰えるよ。陸曹になる時に一つくれるんだっけな?」記念章を貰うと勤務成績にA判定が出る。すると…「ボーナス上がるぞ」と笑う大沼3曹であった
「ま〜震災で貰うってのも複雑だよな。自衛隊が大活躍って事は、誰かが不幸になってるんだから…」


674 名前:まいにちWACわく!その179 投稿日:04/09/18 16:05:12

ステージでは音楽隊員達が最後のリハーサルに余念がない、受付にも音が漏れ聞こえてくる。定番のワーグナー、映画音楽、最近のヒット曲などなど…音楽隊はレパートリーが広い
警備は配置に付き、接遇班もお茶の準備を整える。受付も準備を整えいよいよ開場となった

「といっても行列ができるようなイベントやないけどな」迷子案内の机に座り、まばらな人影を見ながら井上3曹は言う「そうですね〜子供連れとか来ますかね?」と赤城士長
客層はさまざま、明らかに自衛官の家族連れ、企業の社長や重役といった感じのおじさん達、制服を着た高校生の一団は学校の吹奏楽部のようだ
そんな中、知った顔もある「神野1曹!いらっしゃい〜」と受付から声が聞こえ、控え室で休憩してた赤城士長は顔を出す
神野1曹が線の細い女性を連れて受付の人と話している、ロングの黒髪が美しい美人だ(神野1曹の彼女かな?やっぱりモテるよね〜)と一人納得する赤城士長だった

本番まであと少し…まだまだ迷子は出てこない「そりゃこんな狭い会場で迷子は出んな〜これが駐屯地のイベントとかやったら大忙しやけどな」そう言って笑う井上3曹
「じゃあ何しに来たかわかりませんね」と苦笑い「いやいや、でもいないと困るわよ」とは中川2尉だ「万が一…てのもあるからね」
そんな会話をしてる時…受付の方でちょっとした騒ぎがあった


675 名前:まいにちWACわく!その180 投稿日:04/09/18 16:05:58

「何で私を知らないんだ!私は自○党員だぞ!貴様ら木っ端隊員なんぞ一言でクビにできるんだ…」なにやらスーツを着た中年男性が騒いでいる
中肉中背で少し太鼓腹、薄汚れた灰色のスーツに埃まみれの靴、はげかかった頭はぼさぼさで目が少しイッてしまってる。ど〜も様子が変だ
「ですから招待状のない方の入場はできないんです…」「貴様ら下っ端隊員じゃ話にならん!私は元陸将だぞ!貴様らの部隊の隊長の名前を出せ!」言う事がコロコロ変わる
こんな時に限って宍戸3佐は席を外している。対応に苦慮してるのは大沼3曹だ「他のお客様の迷惑になりますので…」「私が一番偉いんだ!何を考えてる!」
現時点で受付の先任者は木島曹長だ、が…「アイツ逃げおった!」受付の騒ぎを見ていた井上3曹が小声で赤城士長に言った
受付の机の後ろに座っていた木島曹長は、騒ぎが始まったとたんに席を外し逃げ出したのだ「そんな…」赤城士長も驚きの色を隠せない
当然ながら遠戸2曹はオロオロするだけ。受付の後ろで金魚のように口をパクパクさせている

「仕方ないわね…手伝って赤城士長」騒ぎの場に出てきたのは中川2尉だった。騒ぐ男性の前に立ち「何かありましたか?」と聞く。赤城士長は中川2尉の斜め後ろに立つ
「なんだぁ?女はすっこんでろ!」「私が現責任者の中川2尉です。あなたのお名前は?」胸を張り目を細め冷然と言い放つ。身長170センチの中川2尉は威圧感がタップリある
「な、なんで名前を言わなきゃいけないんだ?!」その迫力に狼狽する男性。まだ20代に見える(ホントは30才)中川2尉の意外な迫力に押されているようだ
「お名前をいただかないと名簿の確認ができません。それとも言えない事情が?」「…て、てめぇみたいな下っ端に言う名前なんか無い!」


676 名前:まいにちWACわく!その181 投稿日:04/09/18 16:06:27

「ではお引き取りを願います。大沼3曹、警備に連絡を…」「な、何だと?!」狼狽する男性「わかりました」と言って電話の受話器を持ち上げる大沼3曹
「…て、てめぇら女に使われていいのか?!男のプライドはないのかよ!」「自衛隊は階級がすべてです。男も女もありません。元陸将なら知ってるでしょ?」挑発的に言う中川2尉
顔を真っ赤にして大汗をかく男性。明らかに慌てている「こ、このクソアマ〜!」そう言って中川2尉に手を伸ばし襟首をつかもうとする…その時

斜め後ろに控えていた赤城士長がその手を取り、逆の手で男性のアゴをつかみ上げる「ぐわっ!」と情けない声を出して顔をのけぞらせる男性
そのまま腕を取り背中に回す、背後に立ち襟首を掴みヒザ裏に軽く足払いをかける。跪くような形で男性は制圧されてしまった「動くと痛いですよ」耳元でささやく赤城士長
ちょうどその時、警察官を連れて小野3曹がやってきた「よ〜し、そこまでそこまで…」そう言って小野3曹は男性の襟首を掴み、赤城士長から引き離す
「じゃ、お願いします」「わかりました…さぁこっちに来なさい!」警察官がその男性の脇を抱えて会場の外に引きずり出していった…

「ふ〜怖かったぁ」そう言って苦笑いする中川2尉「ありがとね、赤城士長!」「いえいえ、こんな事しかできませんし」謙遜する赤城士長
ちょうどその時木島曹長がやってきた「あ〜何だぁ、何かあったのか?」としらばっくれる「…」一同誰も答えない。その時宍戸3佐も帰ってきた
「何かトラブルがあったのかね?」「えぇ、実は…」中川2尉と大沼3曹が概要を説明する


677 名前:まいにちWACわく!その182 投稿日:04/09/18 16:07:16

「そんな事が…で、その男性は?」「警備に引き渡して警察官が連れて行きました」「そうか、よくやってくれた!いい対応だよ」と喜ぶ宍戸3佐
返事をしようとした大沼3曹よりも早く、木島曹長が口を開く「や〜どうもありがとうございます!」一同(ハァ?)という顔をする
「ウチの連中は私の指導したとおりに動いてくれまして…」(何言ってんだあいつ!)(嘘だろ…)(えぇ〜手柄横取り?)ざわざわとみんな顔を見合わす
宍戸3佐も「ん…あぁ、じゃあ引き続き頼む。私は警察の所まで行ってくるよ」と言葉を濁しその場から去っていった…

「あんなの非道いです!何考えてんですか?」と文句を言うのは赤城士長だ。休憩を取り自販機の前でコーヒーを飲みながら休憩している
「ああいうのもいるってのが自衛隊の現実や、コレばっかりは現実の社会と変わらんな」と冷静な井上3曹「シャバにもおるで?ああいうヤツは…」
「でも…」「赤城の家族は立派なんやろな、赤城本人を見たらわかるわ。いい意味で親の顔が見たいな〜」と笑う「…そうなのかなぁ、父の部下も立派な人たちばかりでしたよ」
「上官の前でいいカッコしとっただけかもな。さっきのジメジメみたいにな」しれっと言い放つ「…」う〜んと考え込む赤城士長


678 名前:まいにちWACわく!その183 投稿日:04/09/18 16:08:07

休憩を終わって受付に帰ってきた二人、声をかけてきたのは宍戸3佐だ「や〜赤城士長!さっきはありがとうね」と明るく声をかけてくる
「さっきの男性はリストラされてノイローゼだったらしくてね。家族が警察に迎えに来てたよ」「やっぱり…目がトンでましたもんね」同意する井上3曹
「ああいう仕事ならいつでもOKです!」明るくいう赤城士長「そうか、頼むよ〜」と肩に手を置いて立ち去る宍戸3佐であった

演奏の音楽が受付にも漏れ聞こえてくる、プログラムを見るともうすぐ終わりのようだ「よし、撤収準備!」必要最小限の机やモノを片づけはじめる
音楽祭りが終わる頃にはほとんど撤収も完了していた。最後の客を送り出した後、宍戸3佐が全員を集める
「ご苦労さん!この3日間よくやってくれたね。去年も受付やったけど、今年の受付の人たちはよくやってくれたよ!ありがとう」と全員の前で語る
並んだ隊員の右端にいるのは木島曹長、気のせいかそっちは見ないように語ってるように見える(…気付いてるんかな?ジメジメが何もしてへんこと…)話を聞きながら内心思う井上3曹であった

余った記念品のタオルを貰い高機動車に乗り込む一同。時間はもう夕方になっている(帰る頃は夜中だな…)運転する大沼3曹はそう思う
駐屯地に帰ってきた受付要員を「お疲れっさ〜ん」と明るく出迎えたのは当直幹部の中島1曹だった「明日明後日は休みだろ?代休証用意してるから取りに来いよ〜」


679 名前:まいにちWACわく!その184 投稿日:04/09/18 16:08:46

高機動車から荷物を卸し、軽く洗車も終わらせてやっと解散となった「あーお疲れさん、ゆっくり休んでくれ」隊員達の方を見もしないで吐き捨てるようにいう木島曹長
「きょうつけ…別れ」全員が敬礼をしてやっと長い音楽祭り支援が終わった

「あ〜疲れた…」「またジメジメがやらかしたって?」「そうなんですわ〜アイツにはやられますわ」陸士の営内班でゲームをしつつ話すのは井上3曹と飯島士長だ
「またジメジメ伝説が増えたってわけだ」と笑う飯島士長「ロクな伝説や無いですけどね」コントローラーを操作しながら言う二人
「俺らはええんですわ、ああいう連中がゴロゴロおるのも知ってるし…でも若い連中にはしんどいでしょう」「赤城とか?」「そうですわ」
画面の上では3Dのキャラが格闘技の技を繰り出している「ま、いいじゃん。そのうち現実と戦うようになるだろ〜…ほりゃ、KO!」「あ〜しまった…」
「さ、現実と戦って貰おうか。何人いるかな…」営内班にいる陸士の数を数え始める飯島士長「4人か、お前ら井上3曹がジュースおごってくれるってよ〜!」
それを聞いた陸士達が群がってくる「いただきま〜す」「オレ、コーラを…」「ボスのカフェオレ!」飯島士長は「午後ティー、速攻で勝ってこいよ」
「あ〜あ、帰ってきて早々に500円の出費か…じゃあ行ってきますわ」隊舎横の自販機にとぼとぼと向かう井上3曹であった


680 名前:まいにちWACわく!その185 投稿日:04/09/18 16:09:24

同じ頃、WAC隊舎の自室に帰ってきた赤城士長「疲れた…」衣納に詰めた荷物を出すのもおっくうだ。早くベッドにダイブしたい気持ちを抑えつつ、制服などをロッカーになおす
「お疲れ〜…なんか疲れてるね?」中村3曹が入ってきた「何かいろいろありまして…」「ふ〜ん、まぁお疲れ様!」ポンと肩に手を置く「明日明後日と代休ですよ〜」と少し嬉しそうに言う

「あ〜そうそう、言っておく事が…」と中村3曹「?」荷物をなおし一息ついてる赤城士長は、怪訝な顔をして中村3曹を見る「月末に2人、新隊員が入ってくる事になったよ」
「新隊員?後期教育ですか?」「そうそう」「本管?」「いや、重迫。またどんな子が入ってくるかわかったら教えるね〜」「そっか、新隊員か…」もうそんな時期なんだな〜と実感する赤城士長だった

隊舎内の自販機で缶ジュースを買う赤城士長。プルタブを引き上げると炭酸の抜ける音が聞こえる「ふぅ…」ソファーに座り一息
(そっか〜新隊員か…)と物思いにふける(ついこないだまで中隊で一番若い隊員だったのにな…)何か作業があるとかり出されたりする生活ももうすぐ終わりである
(でもなぁ…)自分が人にモノを教えられるようになったのかな?とも考える。しかも来年の今ごろは陸曹になってるのだ(大丈夫かな…)やはり不安はある赤城士長だった



「三島さん・・・ 私・・・ 三島に技決めたい!」・・・「うわぁ〜!」
「はぁハァ・・・」 三島は叫びながら、目を醒ます。まだ、辺りは暗い
異様な夢だった。しっかり目覚めた三島は、なんだか喉に渇きを感じコーヒーを買いにでた

と、廊下に出ると、異様な叫び声に、驚き、何事?とした顔の営内者が数名、廊下に出ていた。「三島〜お前か?どーしたのよ?」皆、一同に心配した顔している。「いゃ〜なんか怖い夢みて、心配かけました。すいません」と丁寧に謝る

皆、各人の部屋へと戻る。三島も気まずいなぁ
なんて思いながら、自販機へと急ぐ。コーヒーを買い・・・喫煙所へ向かい、そこの椅子に腰かける と・・・

真夜中にも関わらず、先客が居たことに気が付いた
誰?と思い、顔を覗く三島。暗いせいもあり、誰か確認できない。三島達の住む居住隊舎の階には三島の中隊の他、重迫がいる
三島も結構連隊内の人物を知っているつもりだったが・・・見覚えがない顔だった

こんな時、人はとても気まずい気持ちになる。三島ももちろん気まずさを感じていた。そして、あの人もだろうと考えていると
小さい声で・・・ 「煙草ある?」と問いかけられた
三島は慌てて、ズボンを触ると、煙草があったので、ありますと告げた

「ありますよ、あぁ、吸われるんならどうぞ」と煙草を差しだし、火を付ける。やはり見た時がない顔だった
転属して来たばかりの人だろうか?と考えながら、自分も煙草に人をつける
すると、また小さい声で「ありがとう・・・
ずっと煙草がすいたかったんだ」と・・・

おかしな事を言う人だと思いながら、三島も思い切って話をしてみた
「重迫の方ですか?初めて見る顔ですね?」など
と色々質問するが「うん、うん」と言うばかりで会話にならない
流石に気まずくなり、三島は「じゃ、自分は帰りますんで」と言い席を立つ

すると、小さい声で「もう一本貰える?」と言われた
なんか不気味な人だなと思いつつ煙草をだし、火をともすと・・・
そこにいたのは赤城だった! 三島「!!?」声にならない絶叫を心で叫ぶ三島すると、赤城は「私、三島を初めて見た時から技決めたくて!」と飛び込んでくる

「ぎゃ〜!」・・・ 「おい!おい!三島、三島!起きろ!」と言う声が聞こえ・・・
目を醒ますと私服姿の田浦が目の前に、部屋の入り口には飯島を初め野次馬達がいた
「ん?あ、あれ?ここどこ?」と寝ぼける三島

朝飯を飯島らと食べに行き、話を聞いて真相が判明した
どうやら、一番初めに見てた夢は、夢の夢であり、コーヒーを買いに行ったと思いこんでいた事も夢であったのだ
しかし、赤城が技をかけたがっているのか?なんて疑問も強烈に頭から離れない
すると「おはようです」

ふりむくと赤城だった 食事をしながら、おそるオソル「あのさ、赤城って煙草、吸わないよな?」と聞く三島もちろん答えはイエスであった
さらに三島は「空手とかって最近練習は?」と聞きとニッコリ笑って
「実はですね〜」と話を続けた

「ここの駐屯地に空手を近所の子供に教えている人がいるらしんですよ〜、それ聞いたら私、なんか久しぶりにしてみたくて〜三島士長、私の技受けませか〜?」
なんて笑いながら言ってくる また、夢かと思い、ほっぺをつねるが痛い・・・

赤く腫れたほっぺ顔でモジモジと「いえ、遠慮しときます・・・」と断る
赤城はその姿にキョトンとし・・・ 飯島は、面白いなぁと思いながらただニャニャするのだった

田浦3曹復か〜つ! 田浦下宿編 田浦は1チャンネルと言う、サイトを見ていた
楽しみなのは、新軍事ドラマ 施設科中隊本部 と言うスレッドであった
施設科中隊の内容はこうであった

「似たような話ばかりだなぁ 自衛隊は」なんて一人言を言っていると、後輩の営内者からメールがくる
(また、鍋しませんか?三島、赤城そして本日は井上3曹も)
こんなメールが来たからこそ、以前、やった時がある闇鍋をまたしなければ
と息こむ田浦だった

そんな中、ここは、居酒屋 まちんるだ 今夜は中隊長
先任、人事と一緒になって一杯行っている、まぁ中隊本部の夜にはごく稀にある風景だろう〜


95 名前:まいにちWACわく!その186 投稿日:04/10/01 14:39:50

まいにちWACわく!本編 休みも明けて週の真ん中水曜日、今日は連隊の持続走大会である「なんで週の真ん中なんだ…しかもこの期末に…」グランドで野外机を設置しながらぼやく田浦3曹
「ま、そう言うなって〜」とは田中士長だ。リアカーから中隊ののぼり、やかん、コップ、クーラーボックスなどを取り出す
ここはグランドのゴール付近、ゴールに到着した隊員のために水などを準備してるのだ。グランド沿いの道路の向こう側には、3科の天幕が立っている。机の上にパソコンなどが置いてあるのは集計のためだろう
「ところでオレの後は誰が来るの?」と田中士長。陸曹候補生に合格した田中士長は7月から小隊に復帰する。中隊長伝令(ドライバー)兼給養付の陸士を誰にするか現在調整中なのである
「そうですね…鈴木あたりが有力ですよ」鈴木士長は先の試験で惜しいところで不合格となったのだ「あとはパッとするのがいないでしょう?」「誰でもいいから早くして欲しいよ。申し送りがあるからなぁ…」

普段より少し早い朝礼の時間に合わせ、中隊事務所前には続々と人が集まっている。グランドから帰ってきた二人は事務所に向かう。とそこで赤城士長を見かける田浦3曹「おっ赤城〜!」と声をかける
「おはようございま〜す田浦3曹」と笑顔で挨拶「おう、おはよう。ところで…月末に新隊員のWACが入ってくるらしいんだ。聞いたか?」渋い顔をして答える赤城士長「田浦3曹で6人目です…」
朝イチに顔を出した中隊本部の前で人事の倉田曹長から、事務所の先任から、小隊長と小隊陸曹から顔を見るたびに同じ事を言われたらしい
「そうなの?まぁ大事な事だしな〜連絡無いよりいいじゃん!」苦笑いして答える田浦3曹であった


96 名前:まいにちWACわく!その187 投稿日:04/10/01 14:40:19

持続走大会の開会式に合わせて中隊の朝礼も早い。今日の持続走大会の流れは…
0800 開会式(グランド) 0900 Aグループ(持続走錬成隊&各中隊上位者)出走
0930 Bグループ出走 1000 Cグループ出走
1030 Dグループ出走 1400 Eグループ出走
1430 Fグループ出走 1500 Gグループ(連隊本部幕僚&各中隊長・先任・幹部)出走
1630 閉会式(連隊本部隊舎前) コースは駐屯地外柵コース(1周2km)を2周半の5km、参加隊員の平均タイムで中隊の順位が決まる。個人は幹部・陸曹・陸士で上位10人(幹部は3人)まで表彰される


97 名前:まいにちWACわく!その188 投稿日:04/10/01 14:40:53

「今日一日はしっかり走って欲しい、無茶をしろとは言わないが妥協はするな!今年こそ連隊No1を目指すぞ!」中隊長もテンションが高い
中隊の朝礼が終わり、グランドに前進する中隊一同。ジャージに識別帽、中隊旗といったヘンな格好の田浦3曹が先頭を歩く

パッパッパッパカパ〜♪とラッパが鳴り響き連隊本部隊舎前に国旗が掲げられる。0800、今日も一日の始まりだ。連隊のほぼ全隊員がグランドに整列している
「連隊長臨場、部隊気をつけ」司会が言う「きをつけ〜」各中隊長の声が響く。連隊長が朝礼台に上がる「連隊長に敬礼!かしら〜なかっ!」全隊員が連隊長を注視し、連隊長も敬礼を返す

「薄く雲もかかり、走るにはちょうどいい天候になった。これも日頃の隊員たちの行いがいいからだと…」相変わらず話が長い。聞いてるフリはしているが、皆心ここにあらずといった感じだ
「…ただし無茶はするな。危険な兆候を感じたらすぐに止まるように!死ぬまで無茶はしないように…」毎年数人は持続走で死亡者が出ている自衛隊なので、健康管理にはかなりうるさい
今回の大会もけが人や「健康上問題のある隊員」は除外されている。心電図を取り出走前の問診も行い、自衛隊病院から医官も呼んでいる

開会式も終わり、各グループごと解散となった。Aグループは早速アップを始めている「Aは誰が走るのかな?」と事務所前の名簿を見る先任。名簿には持続走錬成隊に籍を置く陸曹1名、陸士2名を含む20名の名前がある
「たぶん全員20分以内で入るでしょうね」後ろから田浦3曹が声をかける「オレは最後か…勘弁してくれよな〜」泣きそうな声を出す先任だった


98 名前:まいにちWACわく!その189 投稿日:04/10/01 14:41:58

午前中最後の組、Dグループが集合している。ちょうどBグループが出走したころだ「よ〜し、体操は…小野、頼むわ」グループ長の木村1曹が言う
「へいへい、…手組んで上〜」適当に散らばっているメンバーの真ん中で小野3曹が体を動かす。田浦3曹の前には赤城士長がいる
(赤城はCかBでもよかったかな?)と思う田浦3曹。短パンに薄手のTシャツを着た赤城士長が号令に合わせて体を動かしている
「体の前後屈〜」体を前に倒し足の裏側と腰を伸ばす(おっと…)目の前の赤城士長から目をそらし下を見る田浦3曹。さすがに若い子がケツを突き出すカッコを注視するのは気が引ける
頭を下げて腰を伸ばしたり、大股を開いて股関節を伸ばしたりする。まったく無防備な赤城士長を後ろから見て少し邪な考えが頭をよぎる。よく見たらスポーツブラ?の線もTシャツの下から見える
(…う〜ん)頭を振り邪念を追い払う田浦3曹であった

体操も終わり軽くジョッグで体をほぐす「あ〜自信ねぇな〜」「テキトーに走ろうぜ」などという声も聞こえる。と言っても実際走り始めるとみんな真剣になるのだが
(この辺は高校生とかと変わらんよな)と思う田浦3曹、無口なのはホントに自信がないからだ。隣を走る赤城士長が声をかけてくる「田浦3曹、自信あります〜?」
首を振り「無い…」と答える「ここのところあんまり走ってなくてな〜まぁもともとそんなに速くないんだけど…」「今までの自己ベストは?」「5km?う〜ん、確か20分42秒…」
「オレはもっときついと思うぞ〜この体型だからなぁ」珍しくウツな表情の小野3曹が声をかけてくる。レスリングをやっていた小野3曹は筋肉質、短パンTシャツからはみ出た手足は丸太のように太い
「痩せてる方が有利ですもんね」「何が嫌いって、走るのが一番嫌いだよ…」はぁ、とため息をつく小野3曹だった


99 名前:まいにちWACわく!その190 投稿日:04/10/01 14:42:41

愚痴っても嫌がってもスタート時間は迫ってくる。出走10分前の点呼時間に間に合わせるように、各中隊の隊員達が集まってきた
ゴール付近ではちょうどCグループが続々とゴールしている。Aグループの一着は15分代という化け物のようなタイムを出していたが、さすがにCくらいになると17〜22分くらいに収まっている
「田浦はどのくらい?」と小野3曹「そうですね〜目標は22分以内ですかね?」今までのベストと比べるとかなり遅いが仕方ない「じゃあ田浦についていこうかな…」

天気は相変わらず曇っている、湿気があるので快適とは言えないが、カンカン照りよりはまだマシだ。衛生小隊の橘1士が問診中だ「今朝、ご飯を食べてない人いますか?…」
小さい体で大きな声を張り上げる。一部隊員にマニアックな人気があるらしい…という噂を田浦3曹は聞いた事がある
持続走錬成隊や若手隊員ばかりのAに比べるとB〜Dグループは若手陸曹や中堅隊員が多い。周りにも顔見知りが…「田浦〜お前もここか」通信小隊の金田3曹だ
「お〜金田、元気〜?」「まぁな、20分後は死んでるだろうけど…」筋肉質な金田3曹もまた持続走は苦手なようだ「あれ?赤城もいるのか…何で?」
赤城士長の速さならもう少し上のグループじゃないか?という意味だ「ん〜深い意味はないよ。各グループに少し速めの人間を入れて引っ張ってもらおうとね」
「いろいろ考えてるんだな…たいしたもんだ」ちょっと感心したように言う金田3曹であった


100 名前:まいにちWACわく!その191 投稿日:04/10/01 14:43:29

スタート前でいろいろ勤務に就いているのは連隊本部要員と各中隊から差し出されたドクターストップのかかった隊員達だ
連隊本部要員は交代で走るが、ドクターストップ組は走らない(走れない)ので、一日中勤務に就いている「頑張れよ〜!」と声をかけてくるのはかなり腹の出ている山岸1曹だ
連隊の援護室(隊員の再就職支援や資格試験の案内などを担当)に臨時勤務の形で出されている山岸1曹は、不摂生がたたって高血圧で一度倒れた事もあるのだ
みんな「山さんか…」という顔をする。決して悪い人ではないのだが、普通科で太っている隊員はあまり尊敬されない(特に若い隊員から)のも事実だ。健康管理も自己責任というわけだ
「山根がAグループで3着に入ったぞ〜みんなも頑張りなよ」空気を全く無視して呑気な声をかける

「スタート1分前!」呼び出しを受け隊員達がスタートラインに並ぶ。上着を脱いだりヒザ屈伸をしたり、太股をペチペチと叩くなど落ち着きがない「若い連中は前に出とけよ〜」などと古手陸曹が言う
「30秒前!」少し前に詰める。まだまだ騒がしい
「10秒前!」あちこちでピッ!と腕時計を操作する音が聞こえる
「5秒前!」急に静かになる「3,2,1…」パーン!と鉄砲が鳴った


101 名前:まいにちWACわく!その192 投稿日:04/10/01 14:44:04

「は〜は〜…げぇっ!」ゴールになだれ込む隊員たち。スタートから19分が経過し、そろそろゴールする隊員が増えてきた
我が中隊もゴールしてきた隊員がいる「は〜…は〜…」赤城士長だ「ほら、止まらずに歩くんだよ」と声をかけるのは持続走錬成隊所属の山根士長だ
ゴールした時に貰ったのは薄いプラスチック製の板だ。順位の数字が書き込まれており、その板に名前を書き込んで提出するのだ
3科や各中隊はレシートのような紙に記録が打ち込まれるストップウォッチを持っており、それを使用して各隊員の記録を出すのだ

「ふ〜は〜…」ヒザに手をつき肩で息をしているのは田浦3曹だ「タイムは…」自分の腕時計(大枚をはたいて買ったG-SHOCK)を見る「21分10秒…落ちた」ガクーと肩を落とす田浦3曹だった
さらに遅れて小野3曹、そして続々と入ってくる隊員たち、最後の隊員と衛生小隊の救護員が自転車で入ってくる

「は〜終わった終わった、今日の仕事はコレで終わり!」意気揚々と営内に引き上げる小野3曹「応援もしてあげて下さいね」まだ仕事が残っている田浦3曹はそう呟いて事務所に戻った


102 名前:まいにちWACわく!その193 投稿日:04/10/01 14:45:09

午後…着々と競技は進んでいく「そろそろアップしてくるわ」昼下がりに先任が席を立った「お、いよいよですか〜?」と嬉しそうな田浦3曹
「あぁ…先に終わらせた方が気が楽で良いよなぁ」チラッと田浦3曹を見てため息をつく「先にやったらその日一日仕事にならないんじゃないの〜?」と茶々を入れる鈴木曹長
事務所の前では中隊長以下幹部連中がそろっている「さ、行きましょ〜先任!」一人元気な佐々木3尉。Gグループは統制してアップするのだ

唯一20代の佐々木3尉は元気満々、30代のI幹である井坂2尉は少し元気がない。普通科中隊の小隊長は基本的に20〜30代が多く、まだまだ体が動く年代だ
面子にかけてみっともない走りができないのは中隊長だ「ふ〜佐々木、もう少しペースアップするか?」アップ走で先頭を走る佐々木3尉に声をかける「あんまり本番前に無茶はオススメしませんよ」と冷静に答える
中隊長はユニクロの速乾性Tシャツ(娘さんからのプレゼントらしい)にピチピチのランニング用スパッツ、靴はナイキと格好だけは若々しい
かたや佐々木3尉は「N,D,A(防大)#4X」と書かれたTシャツに太股丸出しのランニング用パンツ、オークリーのサングラスをかけているが今日の天気ではいらないだろう


103 名前:まいにちWACわく!その194 投稿日:04/10/01 14:46:49

ピンポンパンポン…「ただいまから連隊持続走大会最終グループが出走します。多数の応援をよろしくお願いします」駐屯地一斉放送を聞きぞろぞろとギャラリーが集まってくる
「みんな暇人だなぁ…」コースの途中、本部隊舎の舎後に中隊ののぼりを持って出てきた田浦3曹がつぶやく
周りを見れば連隊の隊員だけでなく…基地通信隊の隊員、共済組合の事務官、ボイラー技官(風呂はどうした?)、会計隊員(ボーナス近いのに…)、警務隊の派遣隊長まで…「みんな意外と暇人なわけやな〜」と後ろから声をかけてくるのは井上3曹だ
「そういうお前だって…どうせ今までサボって寝てたんだろ?」井上3曹はCグループだった「人聞き悪いなぁ〜ちゃんと応援しとったで。心の中で…」「ダメじゃん!」「ええ突っ込みやなぁ、仕込んだ甲斐があったわ」そう言ってごまかす井上3曹だった

ざわざわと群衆がうごめくスタート地点、ちょっと太り気味の連隊長はお世辞にも速くなさそうだ。その反面、副連隊長は鍛え抜かれた体躯をしている
アンパンマンのような丸々した顔の連隊長と、浅く日に焼け狼のように精悍な顔(ただし白髪頭)の副連は見事な好対照と言える
各科長、連隊本部の各幹部、各中隊長に小隊長、各先任たちが顔見知りと談笑しつつ体をほぐしている
「あの黒いTシャツが2科長、2科長と話しているのは情報幹部の前田2尉と情報小隊長の真田2尉…」「なんか速そうな人ですね」片桐2曹と赤城士長がスタート前で話している
「あそこで屈伸してるのが車両幹部、よくあの人に殴られたなぁ…」と懐かしい目をする「誰が一番速いんですか?」空気を読まない赤城士長「ん?そうだなぁ…」走る面子を見回して少し考える
「やっぱり佐々木3尉か真田2尉、あとはわからんな〜他中隊のB幹までは知らないよ」やはり若いB幹(防衛大出の幹部)が本命のようだ「若さには勝てないよ、いくら昔は速かったって人でも…」「そうですねぇ」相づちを打つ赤城士長
「同時に男女の体力比もそうそうは覆せないものさ、だから赤城はスゴイとホント〜に思うよ」「まだまだ足りないです、もっと鍛えたいですよ〜」と言って笑う赤城士長であった


104 名前:まいにちWACわく!その195 投稿日:04/10/01 14:47:28

「スタート1分前!」呼び出しを受け選手がスタートラインに並ぶ「連本〜ファイッ!」「重迫〜や〜!」「お〜!」などなど気合いを入れる声が聞こえる「30秒前!」ざわざわと話す声が聞こえる「10秒前!」少し前に詰める
「5秒前!」急に静かになる 「3,2,1…」パーン!と鉄砲が鳴り、最後のGグループがスタートした。ギャラリーからわき出す歓声に応え飛び出したのは…「佐々木3尉、ふぁいっと〜!」赤城士長が声を上げる
佐々木3尉を含む各中隊の若手幹部が団子状態で飛び出した。その後に続くのは副連隊長を含む数名のグループだ

「お、来たかな?誰が先頭か見えるか?」田浦3曹は事務仕事のせいか目があまり良くない「先頭は…お、小隊長おるわ〜!」井上3曹はスナイパー要員だけあって目がいい
「佐々木3尉か?…お、ホントだ」のぼりを振り声を上げる「佐々木3尉ふぁいっと〜!」「がんばれー!」と野太い声で応援する
当然ながら他中隊も応援に熱が入る。太鼓まで持ち出しているのは重迫だ。そんな中…「真田2尉ファイト!」と黄色い声、通信の中村3曹をはじめとする本管のWACたちだ
「やっぱり男の応援より…」「あっちがええわな〜」顔を見合わせる田浦3曹と井上3曹であった


105 名前:まいにちWACわく!その196 投稿日:04/10/01 14:49:53

最後の周回になるとさすがに団子も崩れてくる。2人や3人の固まりが多いのは、速い選手に食らいついてペースを上げようという選手が多いからだ。佐々木3尉も先を走る他中隊の選手に食らいつく
「あの前の人を抜かしたら3着かな?」「そうやな〜でもアゴが上がってきてるわ…」さすがに苦しい表情を見せる佐々木3尉を応援する
「ところで中隊長は?周回遅れに…」「なってへんみたいやで」そう言って視線を向ける。連隊本部の幕僚達と一緒にひーひーと言った顔をしている中隊長がやってきた「先任は…さらにその後か」
その時、ゴール前の直線では… 「お、来たぞ小隊長」片桐2曹が声をかける「あ、ホントだ〜…かなりバテてますねぇ」アゴは完全に上がり前を走る人と差がつきそうになっている「応援だ赤城!」「は、はい!」すぅっ、と息を吸い込み口の前で両手を合わせる
「小隊長ふぁいっと〜!」黄色い声援が飛んだ次の瞬間…佐々木3尉は目を見開き、アゴを引いて猛然とペースを上げ始めた「お〜凄いな…もっと応援だ!」「ハイ!小隊長、ラストで〜す!頑張って!」
佐々木3尉が赤城士長たちの前を通過する、そして…ゴール100m前で前を走っていた選手を抜いた「お、抜いたぞ!」そしてそのままゴールになだれ込んだ

「お疲れ様でした小隊長!」赤城士長が水の入ったコップを座り込んでいる佐々木3尉に差し出す「は〜は〜…ありがと」そう言ってコップの水を一口飲む「ふぅ」と一息
「お疲れです小隊長!しっかしわかりやすいですね〜」片桐2曹がニヤニヤしながら近づいてくる「え?わかりやすいって?」当惑する佐々木3尉「またまたぁ、赤城が応援した瞬間にスピードアップしたじゃないですか〜」
「えぇ?あ〜まぁ確かに…でもそれはさ、小隊の隊員が応援してくれたんだからがんばんないとな〜って、ねぇ?」顔が赤いのは走った後だからだろうか?「そうですかね〜?」ニヤニヤする片桐2曹


106 名前:まいにちWACわく!その197 投稿日:04/10/01 14:50:56

佐々木3尉を含む若手幹部のすぐ後ろに入ってきたのは副連隊長だった「もうすぐ定年だよな、あの人…」ボーゼンと呟く片桐2曹、タイムは19分53秒だそうだ
(だいぶ遅れて)中隊長も入ってきた「はぁ〜…ゲェ!」息も絶え絶えにゴール付近の芝生に突っ伏した「大丈夫ですか中隊長?」と声をかけるのは田中士長だ

「お〜先任帰ってきたで〜」「ホントだ…ラストですよ〜先任!」ゴール前に陣地転換した田浦3曹と井上3曹がゴールに近づく先任に声援を送る「田浦3曹!井上3曹も…今までどこに?」赤城士長が声をかけてきた
「舎後で応援しとってん。小隊長どうやった?」「3位に入りったぞ、あの人意外とムッツリだな」と片桐2曹もやってきた「ムッツリ?」「赤城が声援を送った瞬間に加速したんだよ」顔を見合わせて笑う田浦3曹たち「やっぱり黄色い声援やな〜」「そうだな〜」
「そんなもんなんですか?男の人って単純…」少しあきれ顔の赤城士長だ「先任はどうかな?応援してやってくれ」「は〜い、先任〜ラストで〜す」だが加速する様子は見られなかった…

「お疲れ様です先任」芝生に仰向けに倒れている先任に水を持ってきたのは田浦3曹だ「は〜は〜は〜…すまんな〜」体を起こし水を一口含む「年を実感するなぁ。楽させてくれんかな〜」と弱気な顔をする先任だった

最後のランナーがゴールしてパーンパーンと鉄砲が鳴る「連絡します、閉会式については予定通り1630…」スピーカーから声が流れ、応援していた隊員たちもぞろぞろ帰っていった
「田浦〜手ぇ貸してくれ」そう言って手を差し出す先任「お爺ちゃんじゃないんですから…」と言いつつ手を差し出し先任を引っ張り上げる「すまんな〜とりあえず着替えてくるわ」そう言って先任も隊舎に向かって立ち去っていった
「なんかフラフラしてへんか?」「そりゃな〜定年間近なんだから」「副連もですよ〜」後ろで勝手な事を言う田浦、井上、赤城の3人であった


107 名前:まいにちWACわく!その198 投稿日:04/10/01 14:51:38

「………」事務所の机に突っ伏している先任、その他の人々も似たような状態だ「野戦病院みたいですね」「残念ながらナイチンゲールはいないんだな」まだまだ若い田浦3曹と田中士長は回復が早い
そんな中やってきたのは…「せ〜んに〜ん、いるかな?」明るい声でやってきたのは1科の渡辺曹長だ「…」先任は机に突っ伏したまま一枚の紙を出す「本日の営業は終了いたしました」と書かれている
「そんな事言わないでさ〜先任」ヒザを壊している渡辺曹長は走っていないので元気だ「なんだよ〜ナベさん…」「ちょっと中隊長と一緒に相談があるんだけどさ〜」「中隊長も死んでるよ、多分…」そう言って席を立ち、二人一緒に中隊長室へ入っていった

「そういうわけで、山中さんは退官したし杉山准尉ももうすぐ定年だし…」「広報の…班長候補が欲しいのか?」「最終的にはそうなりますね」「声をかけてるのはウチだけ?」「いえいえ、各中隊に声はかけてます…」
話は「新しい広報班長候補が欲しい」というものだった。1科長の代理で渡辺曹長が来たのだ「1科長も屍になってましてね」との事だ
「何も今日でなくてもいいのに…」「こういう話は早いほうがいいでしょ〜それに今日ならみんないますしね」「…即答はできんな、しばらく待ってもらえるか?」と中隊長「えぇ、もちろんです」そう言って渡辺曹長は帰っていった

「で、どうしますか?」二人きりになった中隊長室で先任が聞く「そうだな…」眉間にしわを寄せる中隊長「木島を…どうだ?」


108 名前:まいにちWACわく!その198 投稿日:04/10/01 14:52:43

「木島曹長?まぁ確かに1科経験もありますしね」「それだけじゃないよ、知ってるだろう?」「えぇ、まぁ…」木島曹長は1小隊の小隊陸曹だが、最低の人格で皆に嫌われているのである
「こないだの音楽祭り支援でもやらかしたらしいからな。総監部にいる久留米(幹部候補生学校)の同期が受付業務の担当だったんだ」方面音楽祭り支援で受付業務を担当していた木島曹長は、暴漢の進入を見てその場から逃げ出すという醜態を演じたのだ
「隊員たちの好き嫌いで上官を選ぶわけにもいかんのは事実だ、だが敵前逃亡する者を小隊陸曹の要職に置くのもな…」そう言ってこめかみを軽く指でもむ「本人が納得しますかね」「させるさ、最悪の場合は命令するからな」

「えっ、広報ですか?」「そうだ、忙しいがやりがいのある仕事だと思うぞ」中隊長室に一人、木島曹長が追加された「え〜あ〜いや、しかし…小隊陸曹の仕事は…」「木村が帰ってきたから心配無用だ」「あ〜まぁ…」言葉を濁す
1科勤務経験のある木島曹長には広報の忙しさを充分知っている。ただ現場もしんどいし…でも部下が一気に少なくなるのも…といった葛藤があるようだ。そこで先任がとどめを刺す一言を口にする
「今の連隊長、連隊本部勤務者は全員A判定出してるらしいぞ」「えっ?」勤務評定でA判定が出ればそこそこ給料が上がるのである

「…わかりました、やってみます」木島曹長はA判定の魔力に屈した「そうか〜ありがとう!8月から入る事になるからな。来年3月までは臨時勤務扱いで…」言質を取ればこっちのもの、とばかりにまくし立てる先任であった


109 名前:まいにちWACわく!その200 投稿日:04/10/01 14:53:45

「…ただいまから平成1X年度第1回連隊持続走競技会の閉会式を行います。連隊長登壇…」連隊本部隊舎前で表彰式が始まった「連隊長に敬礼!かしら〜なかっ!」

司会が成績を読み上げていく「中隊対抗の部、優勝…第2中隊」式の最中なので歓声は上がらない「2位、第1中隊、3位…」残念ながら1位にはなれなかった。やはり精強2中隊の壁は厚い「受賞者、前へ」中隊長と代表が一名、連隊長の前に出る
「おめでとう!」と言いつつ優勝トロフィーと表彰状、そして優勝旗を連隊長直々に手渡す。他中隊からは拍手が響く

「個人の部、幹部、1位…」次は個人の表彰だ「3位、第1中隊佐々木3尉、記録18分12秒…続いて陸曹の部、1位…」呼ばれた隊員は前に出て整列する。そして部隊の拍手の中、一人一人が表彰を受ける

「連隊長訓辞、指揮者のみ敬礼」連隊長が各中隊長の敬礼を受ける「休ませ」「休め!」そして長い訓辞が始まる「…(以下略)以上、訓辞終わり!」 「連隊長に敬礼!かしら〜なかっ!」そして閉会式が終わった

2中隊が騒がしい「中隊長を胴上げだ〜!」などと騒ぎ円陣を組む。そして…「わ〜っしょい!わ〜っしょい…」宙を舞う2中隊長。それを横目に各中隊は終礼場所に向かう

「今回は残念ながら2位だったわけだが、かなりの手応えを感じている。次の大会は9月!各人錬成を続けるように!」中隊長の話が終わり、運幹の岬2尉が号令をかける
「中隊長に敬礼!かしら〜なかっ!」こうして長い長い一日は終わりを告げたのだった



121 名前:専守防衛さん 投稿日:04/10/02 01:16:15

「おい!候補生!もっとしっかり走ろ!」駆け足が苦手な三島も今日の持続走競技会には参加している。候補生だから?注目度も違う
回りの激に答えるべく、力をふりしぼりゴールした三島
「ハァハァ」出てくる言葉はなくただ、呼吸が乱れるだけだった


122 名前:専守防衛さん 投稿日:04/10/02 01:19:41

三島は一人、軽く整理体操をすませ、営内へ着替えに帰った。すると、田中士長、鈴木士長が三島を待っていた。「お疲れ」と田中
すると鈴木が「三島士長大丈夫すか〜?」なんて言ってくる


123 名前:専守防衛さん 投稿日:04/10/02 01:25:08

大分息も回復した三島「大丈夫だよ、この調子で行ったら俺、陸教で賞もらうぞ」なんて強気な言葉をだす
「田中士長、一緒に方面総監賞取りましょう」なんて言うもんだから田中も少し困り顔になる
相変わらず口の達者な三島 まぁそこがみんなに愛されるキャラクなのだが。


126 名前:専守防衛さん 投稿日:04/10/02 01:31:49

すると鈴木が「俺をさしおいて行くんだから二人とも、有言実行ですよ!なんて言ってくる
田中は「嫌、俺は無いぞ、賞に無縁なんだよ〜」と言ってくるさらに話を続け「そう言えば三島よぉ、りっしゅうぜん準備大丈夫かぁ?すると三島はオッケーなんす!と声を出すのであった



174 名前:まいにちWACわく!その201-1 投稿日:04/10/18 15:02:16

まいにちWACわく!本編 6月も末、新隊員の前期教育終了式が行われている。連隊で教育を受けた隊員たちも、約半数は他部隊に巣立っていく
一人一人が配属先の部隊名とともに紹介されていく。何人かは北海道に、そして何人かは飛行隊や会計隊といった特殊な職種に就く。そして…
「…第1空挺団、2等陸士、山下次郎、同じく加藤大介、同じく…」必ず何人かいる空挺志願者、列席する連隊の隊員から(ほぅ〜)と感嘆のため息が漏れる
式が終わり新隊員たちが助教や同期、家族との記念撮影をしている中、連隊の隊員たちはさっさと持ち場に帰っていく。毎年やってる事なので特に珍しくはない
後期教育から連隊に入る隊員(補士やWACなど)が入ってくるのは月末の30日だ


175 名前:まいにちWACわく!その201-2 投稿日:04/10/18 15:02:56

そうして迎えた6月30日。1/四半期の期末であり、新隊員教育の節目の一つでもある。が、何より大きいのは…
「うわ、相変わらず凄い行列!」と驚く赤城士長。厚生センター前の銀行ATMには何人もの隊員が並んでいる「今日はボーナスだからね」と鈴木士長。厚生センターの前には様々な出店が並んでいる
「ボーナスだしもうすぐ演習もあるからね。必要な物を買っておかないと…」そう言って演習物品などを売る店に目をやる「赤城も何かいるんじゃないか?」「何がいりますか?」


176 名前:まいにちWACわく!その201-3 投稿日:04/10/18 15:03:36

店の前に来た二人「そうだなぁ…まずは私物の戦闘服は?」そう言ってハンガーにつるされた戦闘服を見やる「何か種類があるんですね」
「コレが普通の戦闘服、この分厚いのは冬用、薄手のは麻でできた防暑用、さらにノーアイロン、薄手の夏物…」「多いですねぇ…やっぱり私物の戦闘服っていりますか?」
「人によるかな?洗濯の手間もあるし、警衛用や行事用とかで具合のいいのは残す必要があるからね」値段は一万円前後、取りあえず保留…と考える赤城士長だった


177 名前:まいにちWACわく!その201-4 投稿日:04/10/18 15:04:18

「半長靴の私物…」普通の半長靴と戦闘靴、そして内側にゴアテックスが張られている半長靴がある「普通に考えたらいらないな〜オレは一つ予備持ってるけどね。レンジャーで使ったヤツだけど」
「私物弾帯…」官品と同じ弾帯と、米軍使用らしき色違い(留め具も違う)がある「行事用に一つきれいなのがいるな、状況で私物を使う人も多いよ。官品は留め具が割れやすいから…」
そう言って横に置いてあった帯状の物を手にする「むしろ赤城はこれがいるんじゃないか?」手にしたのは弾帯の内側に装着するクッションだ「腰回りが細いと、必要な装具を付けられないぞ」
「弾納に水筒、装具類は?」「無くすのがイヤなら私物かな?ただ脱落防止をすればそうそうは落ちないけどね」
「ゴアテックス製品…」並んでいるのはゴアの雨衣、靴下、手袋など「雨衣と靴下はあったら便利、官品の雨衣は信用がちょっとね」


178 名前:まいにちWACわく!その201-5 投稿日:04/10/18 15:04:58

「速乾性の迷彩シャツ」スポーツ選手が使うような軽くて薄いシャツ、汗がすぐに乾くので重宝する「これは必要だな。駆け足でも使えるよ」
「L型懐中電灯…」最近はLED(発光ダイオード)式の懐中電灯も多い「何にせよ懐中電灯は絶対にいるよ。L型はフィルターがあるから便利なんだよ」状況中は明るい光が使えない、そのために青や赤のフィルターが必要なのだ
「十徳ナイフ?工具類か〜」「コレはシャバで買った方が安いかもな、あと寝袋とかもそうだ。外のアウトドアショップの方がいい物を安く売ってるぞ」 「双眼鏡に暗視眼鏡…」かなり高価な物も売られている「絶対いらん」

179 名前:まいにちWACわく!その201-6 投稿日:04/10/18 15:05:29

手持ちのない赤城士長は取りあえず商品を見るだけ、いくつか目星を付けて後で買いに来る事にした。その足で他の店も見て回る「いろいろ来てますね〜」「まぁ給料にボーナス、保険の配当と今が一番懐が暖かい時期だからな」
スポーツ用品店には各種の靴やジャージがそろっている「『オリジナルTシャツ作ります』…?」店先にあるチラシに書かれてある「教育や部隊ごとにオリジナルのTシャツを作る事があるからね。オレも作ったよ〜レンジャーのヤツね」
銃剣道用品店に並んでいるのは木銃、防具、胴衣、手ぬぐいなど…自衛隊がある限り需要がある銃剣道用品なのである
服やサングラスなどを売る店も来ている、基本的に男物ばかりなので赤城士長は興味ないようだ


180 名前:まいにちWACわく!その201-7 投稿日:04/10/18 15:06:29

次から次へといろいろな店がある、何度か見た事はあるがここまでたくさんの店が来るのは初めてだ。物珍しく見回っている赤城士長の前にチラシが差し出される(んっ?)と思わず取ろうとする
そこに割り込んできたのは鈴木士長だ「おっと…失礼」そういって赤城士長の袖を掴んで直営売店の中に引っ張り込む「どうしたんですか?」ビックリしたように目を丸くする赤城士長
「あの店は要注意だ…」そう言って目をその店に向ける。机にくくりつけられたのぼりには「…高周波電磁治療器…」と書かれており、前を歩く隊員にチラシを配っている
そしてチラシを取った隊員を強引に机に座らせようとしているのだ「あの店はね…ちょっと問題ありでね」


181 名前:まいにちWACわく!その201-8 投稿日:04/10/18 15:07:04

「問題?」「ほら、見てたらわかるよ」若い1等陸士が半ば強引に机に座らせられている。ただでさえ短い昼の休み、早く立ち去りたい1士を前にずっと長口上を切り出している
「前にオレも巻き込まれたけど、賞品の値段が半端じゃないんだよね」「いくらくらいなんですか?」「安いので20万…」「高っ!」
販売員は口がうまい。おそらく「1日当たり○円で〜」や「このままのきつい訓練だと体が〜」もしくは「将来、体壊すよ〜」などという口上を述べているのだろう
「半分詐欺みたいなものだね」「そんな店がなんで駐屯地内で商売を?」「厚生科長か業務隊長当たりが貰ってるんじゃない?」そう言って親指と人差し指で輪っかを作り胸の前に持ってくる
「賄賂…?」「人聞き悪いけどよくある話さ、前にもこんな話が…」鈴木士長が昔話を始める


182 名前:まいにちWACわく!その201-9 投稿日:04/10/18 15:08:03

数年前、駐屯地にやってきたのはオーディオ機器の販売員だった。本来なら相手にする必要もないのだが、その販売員が数年前に退官した方面総監の名前を持ちだした事から話がややこしくなった
「現方面総監からも紹介を受けまして…」と連隊本部に掛け合い、各中隊にセールスをする許可を得たのだ
連隊本部のお墨付きを受けたセールスマンたちは各中隊に半ば脅しをかけた販売を行い、各中隊ごと課業中に全隊員を集め「教育」の名目でセールスをしたのだ
数十万する高価なセットだけに買う人間も少なかったが、それでも何人かはローンを組んでそのオーディオ機器を買ったのだ


183 名前:まいにちWACわく!その201-10 投稿日:04/10/18 15:22:47

「ウチの中隊は誰も買わなかったんだが、そのセールスマンたちは『他の中隊に比べてダメですね。これは報告しないと』と当時の中隊長に脅しをかけたのさ」「それは…」言葉を失う赤城士長
「ま〜中隊長もよく我慢したよ、結局脅しの結果は無かったけどね」「元総監の紹介ってのは本当だったのですか?」「それが本当だった…てのがこの話のオチなのさ」
がっくりと肩を落とす赤城士長「そんな話もあるんですね…」「そんな商売させておいてあんな事言うんだからね〜」目線の先には「金銭事故防止」のポスターが貼ってあった…


184 名前:まいにちWACわく!その201-11 投稿日:04/10/18 15:23:22

先ほどの1士はまだ販売員に捕まってる「ま〜自衛隊なんて言っても役所だからね。何年か前には調達がらみで汚職もあったし…」そう言って販売員の方に向かう鈴木士長「助けてやるか」
椅子に座って洗脳寸前の1士に声をかける「おい!何してるんだ、行くぞ!」まったく顔を知らない相手に声をかけられた1士はキョトンとしている、が察したのか次の瞬間「はい!」と返事をして席を立つ「あ〜あの…」販売員の制止を振り切り厚生センターから離れる
「助かりました…」「気を付けろよ、同期にも教えてやれ」「はい」そう言って助け出した1士は中隊に帰っていった
「やれやれ、苦労するね〜」そう言って笑う鈴木士長「親切ですね」と笑う赤城士長。だが内心にさざ波が立つのを実感していた…



「は〜やっと終わった…」同じ頃、事務所の机に突っ伏すのは田浦3曹「やっとだな…あ〜疲れた」と背伸びをするのは中島1曹だ
ちょうど3科による「訓練管理」が終わったところだ。訓練の計画などは中隊長をはじめとする幹部の仕事なのであまり関係はないが、必要書類をそろえるのは訓練陸曹の仕事だ
「まぁ無事に終わりましたね」「そうだなぁ。しかし3科も無茶言うよな」3科長は訓練時間の少なさに不満のようだった。誰が支援や雑用を入れているのやら…
「ま、これも中島『曹長』が何とかしてくれますよね〜」と笑う田浦3曹、明日の7月1日は定期昇任の時期だ。中島1曹は明日「曹長」に昇任する。他にも数人の昇任者がいる

ふと事務所の窓から外を見る、各中隊から差し出された高機動車や1t半が到着している。そこから各教育隊や他の部隊で教育を受けた新隊員が降りてきた「お、後期新隊員か」と先任
「そういやWACが来るんでしたね…」と田浦3曹。重迫にWACが2名入ってくるらしい「重迫は一回失敗してるからな、慎重だろうな」と中島1曹
重迫には以前WACが2人いたが、わずか一任期で一人は退職、一人は師団司令部に転属してしまったのだ「そうだろうな、重迫先任直々のお出迎えだよ」
舎後には重迫の先任「千人しばいて先任になった」と豪語する飯島曹長が腕組みしをして立っている「あの顔見たら逃げるんじゃなかろうか…」「おまけに広島弁ですしね」

課業後、WAC隊舎…「お疲れ様です!」自販機が置いてある休憩所の前を通りかかった赤城士長に挨拶の声がかかる「あ、はいお疲れ様〜」と照れつつ返事をする赤城士長
「ちょうど良かった、二人を紹介するね」と近くにいた中村3曹がやってきた「彼女たちが重迫の新隊員ですか?」「えぇ、まずは…」二人がその場に立ち上がる
「国枝2士です!」と背の高い方が応える。身長は170センチ以上、すらっと背が高く大人びた顔をしている。実際年齢は23才の大卒、補士で入隊したそうだ
「森永2士です」背丈は155センチくらい、少しぽちゃっとした体型、顔は若く見えるが国生2士と同じ23才、こちらは会社勤めからの転職組だそうだ
(二人とも年上か…)訓練や勤務には年齢より階級や入隊年次が優先だが、私生活では年齢が絡む事もある。ただ誰もあまり気にはしていないのも事実である



同じ頃、中隊事務所…「少し遅くなりましたが、7月の勤務についての勤務調整を実施します」運幹・岬2尉の一声で勤務調整が始まった
「ではまず、7月の予定から」と田浦3曹「7月の…第2週ですね。皆さんお待ちかねの中隊検閲。知っての通り衛生小隊の検閲も同時に行います。それと月末に富士での野営…重迫と通信小隊の検閲ですね。主要なのはこれだけです」
「検閲に関してはもう計画が出ています。この通りに…」と岬2尉「月末の野営も中隊はほぼフル参加です。7月中旬を集中代休所得週間とします。代休を10日以上持ってる人は、なるべく消化するようにして下さい」
休日に勤務した分を「代休」として平日に取るのだが、忙しい人は休めないまま代休ばかりがたまっていくのだ
年末年始やGWなどの長期休暇にくっつけて代休を消化するのだが、それでもなかなか代休が減らないのもまた事実である
代休のない人間は普通の企業で言う有給休暇である「年次休暇」で長期休暇を取るので、不公平という声があるのもまた事実である

「こんなところですね…7月は何より『中隊検閲』が最優先です」と岬2尉が言う「他に何かありますか?」チラッと人事の倉田曹長を見る
「ん、人事から…転出入の時期が近いです。異動内示は明日出ますので、それから書類の整理をしようと思います」8月の異動は4月に比べ少ないので倉田曹長も余裕である
「補給!」「7月頭にテッパチの点検があります。細部はまた連絡します」と鈴木曹長。88式鉄帽・通称「テッパチ」はネットオークションや民間のミリタリーショップに出されるなど、何かと物議を醸す物品である。そのため点検もかなり多い
「給養!」「ん〜特にありません」 「武器!」「右に同じ!」
「通信!」「バトラーの数が決まりました。誰に付けるかは各小隊ごと」

「先任…ありますか?」最後に先任に話を振る「転出者の送別会、転入者の歓迎会について…幹事は順番通り1小隊と2小隊、基本的に陸曹以上の参加とします」宴会の話も大事である
「では中隊長」よっこらしょ…と中隊長が席を立つ「来月はとにかく中隊検閲!これ一本に考えてくれ。それでは解散!」



7月に入り、一気に暑さが増してきた感じがする。中隊にクーラーがあるのは中隊長室を除けば娯楽室と自習室だけだ(生活隊舎は建物に空調が入っている)
狭い事務所はただでさえ体格がよく新陳代謝のいい隊員たちが一杯、さらにパソコンやコピー機の熱気でサウナのような暑さである。こう暑いと仕事にも影響が…
「あ〜汗が地図に…」と呟くのは田浦3曹「まだ地図ならいいよ、オレなんかパソコンに汗が落ちてよ〜壊れなくてよかったよ…」と倉田曹長
脱衣許可が出てみんな上着を脱いでTシャツ一枚で勤務している。分厚い作業服や戦闘服よりははるかにマシである、靴は半長靴のままなので水虫は大繁殖してしまうが…

もうすぐ始まる「中隊検閲」に向けて中隊は全力で動いている。人事書類をそろえる倉田曹長を始め、中隊本部の各係も忙しくなっている
「弾薬配当…え〜っと、空砲が…」 「業天が…発電機を各小隊に…」
「参加者は…編成は…」 「車両の燃料…現地での燃料はどこで受領かな…」
書類に何か書き込む音、パソコンのキータッチ音、鳴り響く電話、指揮システムからはひっきりなしにメール受信音が鳴り響く

忙しいのは中隊本部だけではない、中隊の倉庫前では…「バラキューダはB型と…」「お〜い、野外机は何枚だ〜?」「天幕用の明かりは、球が切れてないかチェックしとけよ〜」
3t半トラックや1t半キャリアに荷物がどんどん積み込まれる。荷物を積む容積が少ない高機動車には、けん引して持っていくトレーラーに荷物を積み込む
「ハンドルちょっと右…左に切って〜はいストップ!」牽引車は「ジャックナイフ」と呼ばれる現象が起こり、バックする時のハンドル操作が難しい。けん引免許を取っても誘導は必要だ
「じゃあ、ここの荷物を積み込んでくれ」と指揮をとるのは1日付で昇任した中島曹長だ。他にも数名、7月1日付で昇任した

「あ〜待て待て、天幕は最後に積むんだ。現地に着いたら一番最初に出すだろ?」残念ながら昇任しなかった片桐2曹が若い隊員に指示を出す
「そうそう、一番最後に積めよ〜」人の言った指示を繰り返すばっかりなのは遠戸2曹だ。ある意味「終わってる」と称される遠戸2曹も今回の昇任はなかった。同期の片桐2曹も取りあえず一安心だろう
「よし、次は…これ積むか!」「りょうか〜い!やるぞ〜!」「ぅお〜い!!」と元気なのは1小隊の陸士たち。最悪の小隊陸曹だった木島曹長が1科広報に出されると発表されたのは先日の異動内示の時だ。その次の日から1小隊の面々はテンションが高まっている、非常にわかりやすいというか…

「で、1小隊は木島曹長の送別会するんか?」倉庫前に山積みされてる弾薬箱に腰掛けて休憩する井上3曹「え〜ど〜で〜しょ〜」ぼ〜っとした顔の小畑士長、相変わらず何も考えてないように見える
「したくね〜っすね」と別の1小隊陸士が答える「アイツと飲み会なんて、暴力事案がおこりますよ」と誰かが言う
「ま〜でもしないわけにはいかんやろ」と井上3曹「けじめやからな〜これが最後と思えば腹もたたんやろ?」
「う〜ん…」「中隊でやるから小隊はいらないんじゃ…」と陸士たち「正式な異動は来年だから、その時にやりゃいいさ」と1小隊の若手陸曹が言う
「ま〜これで1小隊の暗黒時代も終わりやな〜」と嬉しそうな井上3曹「次は木村1曹やろ?あの人体力錬成好きやからな〜これもこれで地獄かもな」笑いながら小畑士長の背中を叩く



課業後…WAC隊舎にて 「…何作ってるの?」部屋に帰ってきた赤城士長は、衛生小隊の二人がせっせと何かを作っているのを見つけた
上から白、黒、赤、黄色、緑に色分けされたボール紙、白の部分が全体の半分を占めている。その色分けされた境界線にミシン目を入れ切り分けやすくしている。さらにその紙を縦に短冊状に切り、白い部分の端に穴を開けて長細いひもを通している
「これ?トリアージ・タグ」と中森1士「今度の検閲で使うのよ〜内職みたいだなぁ」と橘1士。高校出てすぐに入隊した橘1士は内職の経験など無いはずだが…

「トリアージ?」聞き慣れない言葉だ「何それ?」と質問する赤城士長。二人は手を休め「ちょっと休憩しよっか」と背伸びをしたり肩を叩いている
「トリアージってのは…なんて言ったらいいのかな?」と橘1士「簡単に言ったら『患者の選別』みたいな意味かな?」とは中森1士だ
病院等で大量の患者が発生したり搬送されてきた場合に使われるのがこの「トリアージ」だ
「助かるかどうかわからない重体の患者1人」に10人の医者を裂くより「処置すれば確実に救えるであろう患者10人」を10人の医者で処置をした方が、最終的に救える命の数は多くなる
大量の患者を収容時する時に、一目でその処置がわかるように患者の首にかけるのがこの「トリアージ・タグ」なのだ

「軽症の患者は緑、それから黄色、赤と症状のレベルが上がっていって…」そういって中森1士はタグの黒い部分を指さす「この黒い部分しか残っていない患者は『助からない確率が高いですよ』くらいのレベルになるのよ」
「じゃあこの黒い部分も切られて、白い部分しか残ってなかったら?」と聞く赤城士長、二人は顔を見合わせて、両手をあわせて頭を下げる「なんまいだ〜ってね」「もう仏様って意味よ」
「………」ゴクリとつばを飲み込む赤城士長「衛生科にも修羅があるのよ」意味深な言葉を吐く中森1士であった



狭い自習室に隊員たちが集まっている。冷房は一応ついているが、あまり効果があるとは言えない「…とまぁこのように、自衛隊の出動には種類があるわけだ」照明を消してカーテンを引いた薄暗い部屋に、運用訓練幹部・岬2尉の声が響く
中隊検閲を前に「対遊撃」の座学、そして検閲の日程などを教育するのだ「治安出動下において大事になってくるのは『警察官職務執行法』の武器使用に関する項目で…」
パソコンを操作し、プロジェクターで映し出されたパワーポイントの画像が切り替わる。難しい法律の文言が並び、それに伴って武器を持った人の絵が出てくる
「『警察力比例の原則』というのが武器使用の権限にからんでくるわけで…」

ザーッとカーテンが引かれ、7月の明るい光が自習室に差し込んでくる「…というわけで、今の法律では我々が行動を起こす際、十分とは言えない部分も多い」と岬2尉
「今回の検閲では小難しい法律は抜き、今までと同じ交戦規定を使う事ができる。だが本来の対遊撃は厳しい法律の元で行動する必要がある、と言う事を頭に入れておいてくれ」そう言ってパワーポイントを終了させた
「今何時だ?」「10時10分ですね」「よし、10時半まで休憩!」バラバラと隊員たちは席を立つ

教育の内容は、赤城士長にとってはガックリとくるモノだった
自衛隊を取り巻く環境、隊員に「死ね」と命令せんばかりの法律、その法律を作った政治家や官僚たち、そしてそういう状況を黙認してきた国民…
入隊前、父や兄たちの仕事を見て話も聞いてきた。雑誌やニュースなどである程度の現状は知ってるつもりだった
その上で自衛隊に入り、最前線の普通科中隊を希望した
そこで知った部隊の現状、現場と政治、そして世論との乖離、正直「期待はずれだったかも…」と最近思い始めている自分に気がつきはじめている
(何のための厳しい訓練なんだろう…茶番劇みたい)

と物思いに伏せる赤城士長に「なんか暗いな、どうした?」と声をかけてきたのは田浦3曹だった「あ〜いえ、別に…」「まぁあんな話聞いたら暗くもなるわな〜」と横から井上3曹
「はいコーヒーや」と缶コーヒーを田浦3曹に手渡す。自分もカフェオレの缶を開ける「ま〜今回はあんまり法律とかを気にせんでいいから助かるわ」
「しかし実際の戦闘で、ああいう手順を踏めるものかね?」と田浦3曹がコーヒーを飲んで言う「やらんかったら逮捕やろ?かなわんな〜」と言って笑う「いや、笑えないです…」ポツリと赤城士長がこぼす

「まぁ昔は暴徒鎮圧の訓練もあったくらいだし、事が起こったり法律ができてから訓練しても遅いってのもあるんだろうな」と先任が入ってきた
「あ〜なるほど…」納得する田浦3曹「実際に出動する話はあったんですか?」井上3曹が聞く「待機はあったな。『あさま山荘』事件とか東大紛争とか…」3人が生まれるよりかなり前の話だ
「そりゃ〜古い!」「映画見ましたよ」などと口々に話し始める
「ま、我々は我々のやれる事をするだけさ。難しく考えると疲れるぞ」『中隊の母』とも称される先任の言葉にうなずく3人であった



さらに教育は続く。今度は検閲を含む演習の日程や計画だ
「出発は月曜の朝6時、演習場に到着後すぐに天幕設営、隊容検査は火曜の昼、状況開始は夕方から…」岬2尉がパソコンを操作する
「35kmの行軍からここ、プレハブ倉庫の周りに防御陣地を設営、これは対戦車小隊が担当」演習場の地図がスクリーン上に現れる
「迫は少し離れたこの広場に陣地構築、小銃小隊はゲリラの襲撃まで後方のこの森で待機。本格的な行動は対戦が敵を追い払ってから始まる」地図の縮尺が大きくなる
「ここ『小谷川』を越えて『歩兵の森』に敵は脱出する。この森を1列横隊で敵の掃討に入る。状況終了は木曜日H時。2夜3日の状況だな」

「安全管理は連隊の規則通り、着剣はいかなる状況でも禁止する」白兵戦になる可能性が高いので、銃剣を銃に付けると何か問題が起こる可能性が高い
「敵について…敵は7名前後の2コ班、1班は2中隊の荒川2尉が率いるレンジャー選抜隊だ」ホウっとため息が漏れる。荒川2尉は2中隊の運幹で、レンジャー教育隊の先任教官でもある「手強いな…」と誰かが漏らす
「そして2班は、情報小隊長の真田2尉率いる情報小隊選抜隊だ」それを聞いた瞬間、自習室に戦慄が走った「えぇっ…」「真田2尉かよ…」と急にざわめき始める
「?まぁとにかく敵については以上だ」と状況の読めないまま岬2尉が言った

「細部は田浦3曹から」そう言って岬2尉はパイプ椅子に座る「では…え〜まずバトラー器材の受領・装着は行軍終了後に実施します。無線の周波数は…」細かい部分を説明する田浦3曹
「何か質問ありますか?」誰かが手を挙げる「隊容検査時の背のう入れ組品は?」「連隊の基準通り、また提示版に張っておきます」
「弾薬の受領は?」「それは行軍後、車両を停めてる『ヘリポート広場』で。バトラーの受領もです」
「食事は?」「全部携行食、火曜の夕方から木曜の昼まで状況前に一括受領です」よどみなく答える田浦3曹はやはり優秀なのだろう

質問も終わり中隊長がまとめに入る「戦闘団検閲がない今年度は、この検閲が中隊最大の山場となる。全員気合いを入れていくように!」いつになく熱い中隊長だった



事務所に戻ってきた田浦3曹に声をかけたのは岬2尉だった「なぁ田浦、真田2尉って何者?なんでみんなあんな反応を?」「…知らないんで?そうか、岬2尉は多方面から転属されてきたんでしたね」そうして田浦3曹は「伝説」を話し始めた…

数年前に実施された「北方機動演習」北海道は釧路地方の矢臼別演習場に1個師団が移動し、そこで1ヶ月にわたって訓練するという大規模演習だ
その演習の最後に、師団の全部隊が状況に入る「師団規模演習」が実施された。別の師団から補助官が派遣されるという大規模なものだ
我が連隊は他の2個戦闘団を相手に防御→攻撃に移るという任務を受けた。相手の連隊の一つは戦闘団検閲なので、どちらかというと「負け役」のような役割であり、実際に対抗部隊として編成・運用された
「ある程度自由に部隊を動かせる」と判断した連隊長は、各中隊のレンジャー要員を集め「遊撃隊」を編成した。その中の班長が1中隊に所属していた真田2尉(当時は3尉)で、自身を含め10名の隊員で敵の前線後方に潜入した

「そこからがすごかったんですよ…」どよんとした顔を向けて田浦3曹が言う
敵陣に潜入した「真田遊撃班」はまさに忍者のように敵陣を駆け巡り、敵CTCPの位置や地雷原、特科の射撃陣地の位置…などの各種重要な情報を送り続けた
それだけでなく敵の小銃中隊CPに「爆弾」と書かれた箱を置いたり、戦車中隊の陣地に潜入して戦車の砲頭に木の枝を突っ込んだ
さらに各種地雷やトラップなどを要所要所に仕掛け、橋の爆破を成功させたりと、たった10人で1個戦闘団を48時間も足止めさせたのだ
「状況終了時は師団長の宿営天幕まで10mの位置に潜伏してたそうです」と田浦3曹「訓練を視察してた方面総監はいたく感動して、真田2尉に直接お祝いのお酒を渡したとも言われてます」
「真田2尉以下10名の隊員は以降『真田十勇士』と呼ばれ、方面管内では知らないものがいないくらいの有名人になったんですよ」最後をしめたのは先任だ

「…」絶句する岬2尉「そんな人を相手にするのか…」「しかもなお悪いことに…」続ける田浦3曹「真田2尉は今度の転属で空挺に転出されるんですよね」
「…う〜ん」とうなる岬2尉。転属するということは、後腐れなく無茶な事もできるということだ「あの人の性格から言って、今度の検閲も本気で来ると思いますよ…」



昼も過ぎ演習準備もほとんど終わった。週明けの月曜朝早くに出発するため、ドライバー達が車両を駐車場から隊舎の前に配列する
「オイルは…よし、ファンベルトもOK、ブレーキオイル、ウォッシャー液もよし、バッテリーもいいな」中隊長車のパジェロを点検するのは田浦3曹だ。ボンネットを開けてA点検を行っている
レンチを使いタイヤのナットを締める。これもA点検の手順の一つだ。次はタイヤの空気圧をゲージを使って計る「タイヤの空気圧…ちょっと少ない?」タイヤの空気圧が少ないとバーストする危険もある
近くに中隊本部の3t半トラックがあり、補給の鈴木曹長が同じく点検をしている「鈴木曹長〜、ちょっとタイヤの空気入れさせてください」パジェロをトラックの側に停めて声をかける
「なんだ、空気圧が足りんのか?」そう言うと鈴木曹長は運転席から空気用のホースを取り出し、トラックの下にある空気タンクに接続した「ほれ」「どうも〜」ホースを受け取る田浦3曹。鈴木曹長は運転席に乗り込みエンジンをかける
ディーゼルの低いエンジン音が響き、健康に悪そうな黒い煙が吐き出される。これで空気タンクに自動的に空気がたまるようになる「さて…」田浦3曹はパジェロのタイヤに空気を入れていった

「どうも、助かりました」「今度はパジェロか?いいの〜冷房付きのオートマだもんな。代わらんか?」そう言って笑う鈴木曹長。だが曹長は無事故走行24万kmを誇る特級ドライバーなので、3t半でもまったく問題ない。もっとも旧型の3t半に冷房は無いが…
「でも個人的にはパジェロって好きになれないんですよ」と愚痴る田浦3曹「なんか腰が弱いって言うか、軟弱って言うか…」
自衛隊は少し前まで小型車両に「三菱ジープ」を使用していた。第2次大戦の頃から基本設計がほとんど変わってない傑作車両だが「排ガス規制」のため新型の「三菱パジェロ」に更新されている
「それにこいつ高速の料金が『中型』なんですよ?」「いいじゃねぇか。俺たちの金じゃないしな〜」と笑う曹長に「良くないですよ、高速代だって予算削減で減らされてるんですから…」と愚痴るのは、演習用の荷物を車両に積みにきた車両・水上1曹だ
「高速が使えない、でも訓練は減らない、結局下道を使って移動する事になるし…時間もかかるわ車も壊れやすくなるわで…」とため息をつく「陸自は貧乏ですからねぇ」と肩をすくめる田浦3曹「あ、手伝いますよ」と水上1曹の荷物を持つ

1600…検閲前という事で、終礼も普段より早くなった「…本日の関係命令については以上」先任がお立ち台から降りる。代わって岬2尉が前に立つ「では、来週月曜の指示を達します」そう言って手元のメモ帳をめくる
「出発は0600,従って起床は0500とする。営門は0500〜0530の間、開門するように要請してある」普段の営門開門時間は0600だが、早くに出発する部隊がある場合は開門時間を早めてもらう事ができる
「朝食については前日の夕方に上がる。移動経路については提示版に張ってあるので、各ドライバーは確認するように。あとは…」大まかな指示事項を達する。細部は各小隊長や班長が知っているので問題ない
「以上!」そう言って岬2尉が下がり、中隊長がお立ち台に立つ「いよいよ中隊検閲である。各人は今まで訓練してきた成果を十分に発揮するように!あと、この土日はゆっくり休め。事故のないようにな!」演習前に事故を起こされては元も子もない

「中隊長に敬礼!かしら〜なかっ!」岬2尉の号令で全隊員が中隊長に頭を向け、中隊長も敬礼で帰す「…なおれ!」「ごくろうさん!」「っした!」こうしてあわただしい検閲前の日々は終わった。後は本番を残すのみ…



次の土曜日朝10時…田浦3曹は下宿から自転車に乗って駐屯地にやってきた。生活隊舎の裏に自転車を止める「おぅ、ホームズ元気か〜?」日陰で昼寝をしてる三毛猫に声をかける
駐屯地には少なくない数の野良猫が住んでいる。野良犬は目立つので追い出される事も多いが、猫を駆除するのは一苦労なので放置されている事も多い
「ホームズ」は生活隊舎の付近をねぐらにしている三毛猫で、誰かが「三毛猫ホームズ」と呼び始めた事からみんなホームズと呼んでいる。他にも糧食班近くに住む「マイケル」やWAC隊舎近くに住む黒猫「夜一さん」などがいる
声をかけられたホームズは起きあがり、あくびをしながら(うるせーな、話しかけるんじゃねぇよ)と言いたそうな顔を田浦3曹に向ける。そんな非難のまなざしを気にせず隊舎に入る田浦3曹であった

洗面所では若手陸士の連中がバリカンで髪を切っている。丸坊主なら誰でもできるので、若い連中は自分たちできる事も多い。そんな連中を横目に陸曹部屋に向かう田浦3曹
扉を開けるとベッドが4つ並んでいる、うち人が寝ているのは一つだ。そのベッドに近づき寝ている人の耳元に口を近づける。そして…「非常呼集〜」とささやいた 「非常呼集!なんや?状況は?」ガバッと跳ね起きたのは井上3曹だ「お前何時まで寝てるんだ…」とあきれ顔の田浦3曹「『10時には買い出しに行こうや〜』って誘ったのはお前だろ?」
「昨日は飲み過ぎ…うまい酒見つけてな〜」ベッドの横には焼酎の瓶が転がっている。井上3曹はビールからウォッカまで何でもござれの酒好きだ「…営内は飲酒禁止だと…せめて隠せよ」呆れた顔をする田浦3曹であった

井上3曹が身支度する間、フラフラと営内を歩く田浦3曹に声をかけてきたのは1小隊の陸士たちだった「田浦3曹〜安い宴会場所知りません?」
「安いのが一番の条件か?何の宴会だ?」と聞く田浦3曹「ジメジメのお別れ宴会…」と本当にイヤそうな顔をする陸士たち「最低ですよ。ほとんどみんな嫌がってるのに…」
ジメジメとは、1小隊の小隊陸曹「最低の陸曹」と称される木島曹長の事だ。8月の定期異動で広報班に出される事になったのだ
「あらら…ついてないなぁ、ジメジメだけ?」「えぇ…検閲の打ち上げも兼ねてなんです」と言ってため息をつく
聞いてみると小隊長や古手陸曹の何人かが「けじめは必要だろう」と宴会を言い出したらしい。若い陸曹や陸士には嫌われてる木島曹長だが、古手の陸曹や幹部にはうまく立ち回っておりそれなりに人間関係をもっている
「じゃあ『一方亭』だな。1時間半飲み放題で2500円、料理はあんまりおいしくないぞ」一方的にまずい料理を出す事で有名なのが、駐屯地近くにある「一方亭」だ。値段の安さだけが売りだが、それでも何故か潰れていないのは「イヤなヤツとの宴会」の需要が多いから、らしい

営門に続く駐屯地のメイン道路を行く井上3曹のシビック。井上3曹は運良く駐屯地内の駐車場を借りられているのだ
「もう12時じゃねえか、もたもたするから…」と愚痴る田浦3曹「まぁまぁええやん。せっかくの休みくらいはのんびりしようや」と相変わらず軽い
「ん?あれは…赤城やないか?」営門に向かう女性3人の後ろ姿、真ん中にいるのは赤城士長のようだ。クラクションを鳴らすと3人が振り向いた
「お〜い、赤城ぃ!」窓を開けて声をかける田浦3曹「あ〜お疲れ様です」と言って笑う。隣の二人は衛生小隊の中森1士と橘1士だ
「どこ行くんや?」と井上3曹「ちょっと買い出しにホームセンターまで…」と赤城士長「じゃあ送るよ。乗っていかないか?」と(何故か)田浦3曹が言う
「俺の車なんやけど…」と不満顔の井上3曹「イヤか?」「い〜や、乗ってきぃな!」と後部座席を指さす
「じゃあ遠慮無く…」「お邪魔しま〜す」「ど〜も、ありがとうございます!」そう言って3人が後部座席に乗り込んだ



「…で、外柵沿いの怪しい車をオレと歩哨係で見に行ったわけよ。そしたら…ギッシギッシ揺れてるんや〜」「え〜何だったんですかぁ?」「ヤダ〜」ハンドルを握りながら馬鹿話を続ける井上3曹
車内は男2人に女3人という珍しい編成だ。圧倒的に男社会の自衛隊では、グループを作っても滅多に女性の数が多くなる事はない
(やれやれ、こいつは…)助手席で頭を抱える田浦3曹「…で、そのカップルが何言うたと思う?」まだ馬鹿話を続ける
「え〜何ですか?」こう聞くのは中森1士だ「『明るいと盛り上がらないから、ライトで照らすのはやめてくれ〜』やって!」車内がドッと受ける。意外な事に赤城士長も大笑いしてる
(こういうネタ、嫌いじゃないのか)意外な一面を見た気がした田浦3曹であった

「Sマート」は、駐屯地から車で15分の所にある大型ホームセンターだ。大きな駐車場と品揃えの豊富さで、演習前や異動時期になるとあちこちに自衛官の姿を見る事になる
今日も「同業者」の姿があちこちに見える「あれって3中隊長じゃ?」「お、2科の先任…」「ほら、作業小隊の…」こうなると知ってる顔にも会う「おぅ、田浦に井上〜、それに赤城もいるのか」と声をかけてきたのは佐々木3尉だ
「どうも、佐々木3尉」「お疲れ〜っす小隊長」「お疲れ様です!」3人が挨拶する。衛生の二人も同じく頭を下げる
「何買いに来たんだ?」「まぁ雑品いろいろ…そういう小隊長は?」佐々木3尉が押すキャスターの中にはペットボトルのスポーツドリンクやチョコバーなどの食料、電池や靴下や下着などが入っている 「今回は状況が短いからな。出費が少なくて助かるよ」そう言ってキャスターを押して立ち去っていった

「2夜3日の状況って短いんですか?」赤城士長が聞く「あぁ、かなり短い部類に入るね」「そやなぁ…ほら、何年か前のCT覚えてるか?防御の時の…」「あぁ、アレは長かった…」二人して顔を曇らせる
「何があったんですか?」と聞くのは橘1士だ「連続状況6夜7日…」呟く田浦3曹「6夜…」「それは…」「長っ!」3人とも驚く
「穴をかなり掘ったなぁ。個人用掩体を20個は掘ったんやないかな?」「こっちは迫の穴を10個は掘ったよ…」二人とも「思い出したくない」という顔をする「雨だったなぁ…」「あの時の連隊長、雨男やったからなぁ…」
ふっと立ち直る田浦3曹「まぁ、ともかく2夜なんて遊びみたいなもんだ。最初の状況なら手頃でいいかもね」3人に笑いかける田浦3曹だった


「中隊長に敬礼…かしら〜なかっ!」朝日を受けて中隊隊員が中隊長に頭を向ける。中隊長も挙手の敬礼で返す。月曜朝の5時45分、いよいよ演習場に向かう日だ
武器は銃架・銃箱ごと車両に積載している。全員戦闘服に装具の格好だ
「いよいよ中隊検閲である。全員、今までの訓練通り行動すれば問題ない。まずは事故に気を付けて演習場に向かう」中隊長の一言が終わり、いよいよ演習に出発する
出発までの数分、トイレに行く者や自販機に向かう者、ドライバーは車両の点検や暖機に余念がない。7月の太陽が快晴の空に昇る、今日も暑くなりそうだ…

高速や国道、田舎道を経て演習場に到着した。廠舎横の宿営地にさっそく宿営準備をする「オーライ〜オーライ…」「よし、まずは幕体からおろせ〜」あちこちで声が響く。宿営準備が早く終われば、それだけ自由時間が増える。それがわかってるのかみんなキビキビと動く
若手3曹や古手士長が、1士連中に天幕張りを指導する「杭はもっと角度を浅く…」「待て待て、天幕の前の面は、隣とそろえるんだぞ」どこでも「直角・水平・一直線」にこだわる自衛隊である
さっさと天幕を建てた時点で昼食となる。戦闘糧食2型の封を切り、各人はそれぞれの場所で食事を始める

「中隊長、どうぞ」中隊本部の2号天幕、野外用の食器に戦闘糧食2型(レトルト)の山菜ご飯やおかずを並べて中隊長に差し出す田浦3曹。給与付き兼中隊長伝令・ドライバーであった田中士長の後任は鈴木士長が上番する事となった
だが時期が時期であり3小隊も「人手が足りん」という事で、今回の検閲までは田浦3曹が伝令役を務める事となる「ん、ありがとう」ペットボトルのお茶を片手に食器を受け取る中隊長
中隊本部の面々も今回はほぼフル参加だ。人事の倉田曹長は人事異動の時期も近く多忙であり、当直幹部として駐屯地に残っている

「中隊長、昼から早く宿営準備をさせて、1500には課業を終了させようと思うのですが…」岬2尉が中隊本部の天幕にやってきた「それまでに終わりそうか?」「可能です」「ならそうしよう。明日のためにも英気を養わないとな」
終礼が早くなるとわかれば隊員たちの行動も早くなる。発電機の設置からコード延長、各天幕に照明を設置し野外ベッドを組み立てて配置する。若手陸曹と1士たちの天幕には武器が納められた
そして…1440「少し早いが終礼とする。各人は明日に備えて準備をし、ゆっくり休むように!」「中隊長に敬礼!」「かしら〜なかっ!」



さっそく半長靴を脱ぎジャージに着替える隊員たち。検閲前でも何人かは演習場を軽く駆け足している「…ようやるわ〜」とあきれ顔なのは井上3曹だ「まぁ走らないと体に悪い人もいるらしいですよ」と鈴木士長だ
「お〜い、暇人ども。廠舎まで行ってジュース飲もうぜ」と声をかけたのは片桐2曹、さっそく中隊の暇人たちが集まる「私たちも行きます〜」と駆けてきたのは赤城士長に衛生のWAC2名だ
WACは数が少ないため、中隊の編成を崩して天幕の割り振りを行う。風呂なども近くの駐屯地(場合によっては廠舎の風呂)にまとまって入りに行く

廠舎に泊まっているのは連隊本部や各支援要員、そして仮設敵要員だ。なぜ中隊が廠舎に泊まれないかというと…「お、自走架橋」「FH-70がこんなに…」施設や特科が訓練で演習場に来ているのだ
ただでさえ廠舎は狭いので、長期にわたり(といっても10日くらいだが)訓練する部隊が優先的に宿泊する権利がある
廠舎のジュース自販機前でたむろする隊員たちに「よう!元気してっか?」と明るく声をかけてくるのは情報小隊長の真田2尉だ
爽やかな顔は防大時代に何人もの女を泣かせてきたと噂される「今回は真田2尉が敵ですか…」と佐々木3尉が言う。当然ながら防大の先輩後輩だ
「手加減してくれへんのですか〜?」と井上3曹「しねぇよ、最後だから思いっきりやるぜ!」真田2尉の後ろには情報小隊の面々がそろっている。常に連隊の最前線を行く彼らは、なかなか手強い敵になりそうだ
その中の一人、後藤士長が赤城士長と話している「喜一ちゃん、今回は何するの?」「オレも敵役、赤城を見つけたら襲うぜ!覚悟しとけよ」二人は曹学の同期で仲がいい
「おい、後藤!いつまでもラブラブトークしてんじゃねぇ!」情報小隊の先輩に冷やかされて、少し顔を赤らめる後藤士長だった



「じゃ、買い出し行ってきま〜す」高機動車に何人か乗り込む。今晩の飲み会と明日からの演習に備えて近くのコンビニに向かう
さっそくあちこちの天幕で宴会準備が始まっている。こんな日くらいは飲まなくても…と田浦3曹は思う。中隊本部の天幕でも酒を飲む人がけっこういる「飲まんか?田浦」と中隊長
「明日からの事もありますので…」丁重に断る「そうか、オレは飲まんとよく寝られないんでな〜」発泡酒を飲みながら晩飯の余りである鮭の切り身を口にする

天幕に置いてあるラジオからは、地元のローカルFM局の放送が流れている「いよいよだな」と中隊長が呟く「いろいろ気になる事が多いよ…赤城とか小畑とかなぁ」酒が入ると少し弱気になる中隊長だ
「赤城は大丈夫ですよ。本人もやる気ですし…何より3小隊は強者揃いですから、うまくフォローすると思いますよ」と酒飲みに付き合っている先任が言う「フォローされるような状況じゃダメだな…中隊の戦力になって欲しいよ」と中隊長
「田浦、赤城の様子はどうだった?」と先任が話を振る。読んでいた文庫本を閉じて田浦3曹が身を起こす「最近少しテンションが低いようでしたが…」
「なんで?田浦が何か言ったのか?」中隊長が聞く「え〜?自分が原因では無いですよ〜何か仕事に疑問が云々と…」トン、と缶を野外机の上に置く中隊長「仕事に疑問ねぇ…真面目な子ほど考え込むからな」
「そういや田浦もだったな。けっこう凹んでたじゃないか〜?」と先任「え?まぁ…昔の話です」と照れたように言う「ま〜この仕事を続けていたら、テンションの下がる時もあるわな。時間が解決してくれるだろう…」先任も少し酔っぱらってきたようだ
ラジオからは最近のヒット曲が流れ、外からは宴会で騒ぐ声も聞こえる「かなり飲んでるな…大丈夫か?どこだ?」「衛生小隊らしいですよ」「衛生が『患者』になったらシャレにならんな〜」演習場の夜はこうして更けていく…



翌朝、何人かが二日酔いの青い顔をしている「中隊長に敬礼…かしら〜なかっ!」朝6時に起床し、そのまま朝礼する。朝食を食べたら午前中は検閲準備だ
高機動車と各小隊長用のジープは幌を外して偽装網を取り付け、中隊本部のジープにはキャリバ50を取り付ける。高機動車にも銃架を取り付け、上から偽装網をかける 「偽装網は表裏を間違えるなよ!」「どっちが春夏用ですか?」「こっち、この偽装を取り付けているヒモが上に来てる方が秋冬用で…」
「この竹はどこにつけるんですか?」「高機動車のフレームに取り付けて、MINIMIをここから出せるようにするんだ」
「ミラー類や照明のガラス等は全部塞いで遮光するんだ」「無線機の防水を…ビニールをかぶせて…」あっちこっちで騒々しく進む検閲準備。車両の準備が終わったら今度は武器の準備だ。脱落防止のテープを貼り、迫撃砲などを積載する
「各小隊2名、食事の受領に来い」川井2曹がジープで戦闘糧食を受領してきた「白飯が一人6つ、赤飯が…」チョコレートやペットボトルのスポーツドリンクもある「こっちは増加食!持っていけ〜」

7月の太陽は朝から強烈に暑い。この3日間は晴れらしいが、山の天気はあてにならない。各小隊長が中隊本部に集まってきた
「…と言うわけで、特に変更事項等はありません。無線の周波数は…」最終的な打合せをしている「それから演習場管理班から…『残飯は熊が漁りに来るので埋めないように』との事です。これは徹底を願います」と岬2尉が締めくくる

11時には演習準備も終わり、昼からの隊容検査まで個人の準備となった「え〜っと…重たい方が上でよかったんだっけ?」中森1士が聞く「そうそう、中身が動かないように…」と赤城士長
曹学で入った赤城士長は、衛生の二人に比べてこういう知識が豊富である
「よっと…」新型の背のうは縦に大きい。小さい橘1士が持つとさらに大きく感じる「は〜行軍は苦手…」とため息をつく。体格が小さくても装備品の重さはそうそう変わらない、小さい橘1士はこの点が不利なのだ
「だいたい車があるのになんで行軍なんかするのよね〜?」と中森1士「そうそう、車の意味がないじゃない?」と橘1士も同意だ「…」何も言わないが、さすがに赤城士長も疑問はあるようだ
どうも最近、気分が乗らないのがよくわかる。自衛隊の仕事やその他、いろいろな事に疑問を持ってしまう。今回の演習も、行軍する意味がよくわからない
(いったい何の意味があるんだろう…)しんどいから嫌がってるわけではないが、テンションが下がっているのがよくわかる
そうは言っても検閲は検閲、弾帯に弾納や水筒を取り付け金具の穴にヒモを通す。これが脱落防止になるのだ(でも、最初から落ちないような装備にしたらいいのに…そもそも一つ落としただけで訓練がストップするなんておかしな話…)こういった疑問を持つたびにテンションが下がっていく…



個人のテンションに関係なく演習は始まる。まずは受閲部隊の準備を見る「隊容検査」だ。宿営地の空き地に整列する
「ただいまより隊容検査を実施します。各補助官は配置について下さい」3科運幹が司会を務め検査が始まった
補助官が中隊の周りにやってくる。彼らは検閲中に部隊の行動をチェックし、交戦などの際に効果の判定(審判)なども行う。基本的に他中隊の幹部だ
まずは各人の背のうの中身をチェックする「…3列目、背のうの中身を出すように」ランダムに選んだ隊員をチェックする
「着替え…タオル…戦闘服…」各人の中身をチェック「防水処置が甘いね。あとで処置しておきなさい」背のうの中身をビニール袋に入れてなかった隊員がチェックを受ける
各車両の点検、故障の有無や工具そして偽装などを確認する
続いて時刻規制、3科の通信幹部が前に出てくる「時刻規制を実施します。時間は1334に実施」全隊員が腕時計を操作する。あちこちで「ピッ」という音が聞こえる
「30秒前…20秒前…」カウントダウンが聞こえる「5秒前…3,2,1,今!」いっせいに「ピッ」という音が聞こえる「13時34分2,3,4…時刻規制を終わります」

検査が終わり統裁官(連隊長)の訓辞だ「統裁官登壇、部隊気をつけ」統裁官が台に上がる。そして…司会が叫んだ「特別状況、ガス!」
全隊員が鉄帽を脱ぎ腰に付けた防護マスクを取り出す。下あごからマスクを装着し気密点検を終わらせる。この間7秒…数名がもたついたがほぼ全員が時間内に終わらせた
「ガス無し!」同様に司会が叫びまず運幹の岬2尉がマスクを外す。その後全員がマスクを外し袋に入れる
隊容検査に付き物の「装面動作」だ。これが原因で隊容検査のやり直しを命ぜられる事もある。ある事はみんな知っているので、鉄帽のヒモをゆるめたり眼鏡の隊員は眼鏡をあらかじめ外すなどの準備もしている



改めて統裁官の訓辞だ「訓辞…本日より3日間、第1中隊と衛生小隊の検閲を実施する。休ませ…」「休め!」中隊長の号令で直立不動の姿勢を解く
「…対遊撃は今後の自衛隊において主要な訓練となる事は想像に難くない。そこで統裁官として2つ要望する」要望事項は検閲の評価に繋がる大事な部分である
「1つ、常に部隊行動を心がける事。少数精鋭の敵ゲリラに対して優位を保つには、常に敵より多くの部隊で…」うなずきつつメモを取る運幹
「2つ、事故防止。戦力の低下は敵を優位に立たせる原因ともなる…」毎度おなじみの「事故防止」だ。過剰なまでに「事故」を気にするのは自衛隊が左翼陣営から集中砲火を浴びていた頃の名残なのだ

「統裁官に敬礼…かしら〜なか!」訓辞が終わり中隊全員が天幕の位置に帰る。車両も駐車位置まで戻す。行軍の開始までまだ数時間ある
背のうの荷物を積み直す(こっそり中身を抜く)者などもいるが、ほとんどの隊員はゆっくり休んでいる。7月の強烈な日差しが天幕を容赦なく焼く
「…暑い!」ガバッと野外ベッドから身を起こした田浦3曹。行軍開始まで間があるのでゆっくり休もう…と思い横になっていたのだが、あまりの暑さに天幕の外の日陰部分に逃げてきた
折りたたみ式の椅子に座って空を見上げる(天気はしばらく心配はなさそうだな…)ボ〜っと空を見上げる視界の中を人影がよぎる。首を倒してみると、そこには赤城士長がいた
「よう、休まないのか?」声をかける「なんか暑くって…」と手で顔を扇いでみせる。強い日差しが気になるのか、帽子を目深に被って袖も長いままにしている
「袖まくりはしないのか?」「えぇ、日焼けが…」男勝りでもそういう点は女の子っぽい「長袖のままだと暑いだろ?あきらめたら?」「…う〜ん」と悩んだような顔をする
今月に入ってからこの子は妙に元気がない。何か声をかけようか…と思う田浦3曹だが、男社会で暮らしてきたからか、こういう時にかける言葉が思い浮かばない
結局「ケガしないようにな」と当たり障りのない言葉をかける「はい」と返事をして赤城士長は立ち去っていった…



いよいよ行軍が始まった。演習場を少し歩いて外に出る、それから演習場周辺の田舎道を歩きまた演習場に戻ってくるコースだ。距離は35km、行程は10行程、大休止が1回ありその時に夜食が配られる
7月はもっとも夜が短い季節、夕方7時を回っても夕日がさんさんと輝いている。1行程が終わり演習場の外へと向かう中隊一行「…」無言で歩く武装集団は端から見るとかなり不気味だ
田舎道とはいえ車の通りもそれなりにあり、車道にはみ出さないように隊列は一列を維持する。すれ違う車から投げかけられる好奇の目も慣れてしまえば気にならない。むしろすれ違う車の中を見て…(お、かわいい子が乗ってたな〜)と余裕さえ感じさせる隊員もいる

岬2尉が手を挙げて全隊員を停める「現在地で休憩、後方から異常の有無を逓伝せよ」最後尾を歩くのは中隊本部、先任から「異常なし」の連絡が回ってくる
一番前は中隊長、運幹の岬2尉、そして田浦3曹だ「異常なし、了解…2小隊から2名、前方警戒に。後の者は休憩」中隊に指示が伝えられる
銃を整頓して足下に置き、同じく背のうと防護マスクを整頓して置く。あとはどれだけ短時間にリラックスできるかが勝負だ

一番若い1士連中も最近は慣れてきたようで、靴ひもをゆるめ戦闘服のボタンを外す。そしてリラックスした姿勢をとり、スポーツドリンクやチョコレート、キャラメルなどを軽く口に含む
日は落ちてだんだんと空が暗くなってくる。月は夜半に出るらしく、しばらくは暗い状態が続く。田舎道は街灯の数も少ない
「出発3分前」靴ひもを締め直し装具を点検、背のうを背負い銃を担いで「異常なし」の報告を前に伝える。全員の異常無しを確認して中隊長がまた歩き始めた。その後を中隊の全員が無言で付いていく
暑さと暗闇は容赦なく体力を奪っていく。特に今日は蒸し暑い気がする…(この暑さは異常だな)と中隊長の背中を身ながら田浦3曹は思う(脱落者が出なけりゃいいが…)

田浦3曹の心配通り、夜半に入り1人の脱落者が出た。1小隊の遠戸2曹だ
衛生の救護員が中隊長の下にやってきて「熱中症ですね。これ以上は危険です」と進言していく。事実上のドクターストップだ
「…仕方ない、後送してもらうか」中隊長が肩を落とす、検閲で脱落者を出すと後々の評価に響く。しかし、脱落者はこれだけではなかった

大休止地点は村役場前の駐車場、ここでおにぎりが各人に一つずつ配られていく。背のうにもたれかかり中隊長と岬2尉が何やら小声で話をしている
そこにやってきたのは衛生の救護員だ「中隊長、ちょっと調子の悪い者が…」えっ?と言う顔をする中隊長「…また?」
迫小隊の2名が足首のねんざと脱水症状で同じくドクターストップ。これで脱落者は3名となった「…何て事だ…」落胆の色を隠せない中隊長「危なそうなヤツはいるか?各小隊でチェックしてくれ」すかさず指示を出す岬2尉
「危なそうなヤツの荷物を余裕があるヤツに持たせてくれ」訓練にはならないが仕方ない。各小隊が危険な隊員をチェックして荷物の積み替えを実施させる

7月の夜は短い、朝の4時くらいになると空も白み始めてきている。暗い闇の中を歩く事を考えれば体力の消耗も少ない
(あと少し…)(あとちょっと…)心の中でそう呟きながら最後の道のりを歩く。ただこれからが本番なのだ



行軍は無事終了した。朝日の中、フラフラになっているのは1小隊の小畑士長だ「ほら、オバ!あと少しだ、頑張れ!」と二人に脇を抱えられながらのゴールだった
「…」と複雑な顔の中隊長(いきなり脱落者か…)とかなりへこんでいる。中隊は一時状況を中止して、バトラー資材の受領に入る

すぅ…と息を吸い込み軽く息を吐く、銃を持つ腕に力を込め照門をのぞき込む、照星に的をあわせてゆっくりと、力を込めずに引き金を引く…カチン!と撃鉄が落ちる音、と同時に前方にある機械からブザーが鳴り響く

「もう少し右…3クリックくらいかな?」「りょ〜かい…こんなもんかな?」また銃を構え引き金を引く井上3曹。バトラーのレーザー発射機を調整しているのだ
「よし、OK」ブザーが鳴り調整を終えた井上3曹が立ち上がる。狙撃手なので小隊で一人だけ64式小銃(照準眼鏡付き)を持っている
身長170センチ弱の井上3曹が持つと、64式小銃は少し大きく見える
だいたいバトラーの装着は終わったようだ。レーザー発射機のみならず、レーザーが当たればブザーが鳴り響く受信機も装着している「これって重たいし面倒くさいんやな〜」と愚痴をこぼす
「テッパチのセンサーが体の受信機と繋がってるから、脱いでもポンと置かれへんし…センサーをふさぐからって偽装もできへんねんで?」動きにくさに珍しく愚痴をこぼす

バトラーの装着も終わり状況は再開された。中隊本部と対戦車小隊が陣地構築のために「防護施設」まで先発する。迫小隊も陣地まで向かった
小銃小隊は敵の襲撃まで待機している、この前の訓練と同じ流れだ。数名の警戒を出して銃を片手にゆっくり休む。木陰で木にもたれかかる者、高機動車の座席で警戒しつつ休む者…

3小隊の編成は小隊長に佐々木3尉、小隊陸曹に神野1曹、そして通信手に赤城士長だ
小野3曹以下数名が中隊本部に貸し出されている。何に使うかは不明だ

日も上がった10時頃、演習場に空砲の音が鳴り響いた「始まったか…みんな、起きろよ」と声をかける神野1曹。銃声とそれから擬煙火筒(破裂して迫撃砲の着弾を示す筒)の音もする
しばらくして銃声が止み、しばしの沈黙。そして…『各小隊、前進せよ』と無線機に入る岬2尉の声「よし、行くぞ〜!」気合いを入れて全員が高機動車に乗り込み、命令受領するために中隊本部のある「防護施設」に向かう



「防護施設」と言っても、そこは演習場にポツンとあるプレハブの倉庫でしかない。その横に建っている業務用天幕2号が中隊本部のようだ
同じ地域に衛生小隊の救護所もある。天幕をいくつか並べて救護所を設置し、赤十字の旗を掲げる

下車した小隊長たちが命令受領のためそこに向かう。その間、銃を敵方に向けて警戒する各小隊
しばらくして小隊長たちが帰ってくる。さっそく各班長を集めて指示を出す「…小隊は最左翼を前進、右から…」と細かい指示を出す
命令下達が終わり、車両を分散して停める。森の中などに入れて偽装網を広げる。道路の入り口にも木や草を立てかけて偽装する

各小隊はなだらかな20mほどの深さの渓谷「小谷川」の橋を渡り、敵が逃げ込んだとされる「歩兵の森」の前にやってきた。ここから各小隊は分散、横一列になって敵ゲリラを狩り出すのだ
「歩兵の森」は南北に長く東西に短い、真ん中が少しふくらんだ長方形をしている。起伏も少しあり、周りはすべて道路に囲まれている。そこから先は「行動不能地域」に指定されている
中隊は南側から北に向けて前進、敵を狩り出して殲滅する。各小隊に迫のFOが同行しており、敵を発見したならば直ちに支援射撃が要求できる
「かなり俺たちに有利だよな?」「あぁ…相手が真田2尉じゃなけりゃね…」そういう会話も聞こえてくる。確かに攻め手有利だが、敵は全員がバトラーを装備している。小隊長が狙われたらかなり苦境に立たされるだろう
「…と言う訳で、オレも小隊長のすぐ側に付くんやわ」と赤城士長に言うのは井上3曹「敵が集中的に狙うんは小隊長、オレはそれを見つけて逆に狙うんやな」「は〜なるほど…」と感心する赤城士長
「赤城も人ごとみたいに言うけど、通信手も狙われやすいんやから注意せぇよ」と忠告する



「前進開始しました」中隊本部の天幕の中、田浦3曹が中隊長に報告する。天幕の中には統裁官である連隊長やその他の幹部も詰めている。緊張感漂う中隊本部(早く逃げたい…)と内心思う田浦3曹であった
中隊本部は交代でCP(指揮所=中隊本部)の警戒に当たる。それ以外の人員は天幕の中で地図に状況を記入したり書類の記入を行う。川井2曹以下数名は食事の運搬やレトルト食のボイルを実施する
前線に出る小銃小隊の面々は各人携行で食事を持たせてあるため、温かい食事は期待できないだろう。かわいそうだが「メシが食えるだけマシ」と思うしかない

前進が始まってもう8時間になろうとしている。途中、休憩は食事を含めて2度しか取っていない。思ったよりも草が多く起伏もあり、捜索に手間取っているのだ
小隊の少し後ろを歩く小隊長、そのさらに後ろに赤城士長がいる。井上3曹は小隊長から10mほど左手を付いている。いつものふざけた顔とはうって変わって、ドーランが塗られた顔は真剣そのものだ。眼球も見えないような細い目がさらに細められる
(これは…けっこうしんどい…)小高い丘を登りつつ赤城士長は思う。行軍の時はそうでもなかったが、さすがに睡魔と足腰の疲労が来ているのがわかる。さほど重くない携帯無線機が肩に食い込むようだ
ヒザが笑っているのがわかる、銃を持つ腕も怠い、テッパチの重さが頭と首を容赦なく痛めつける。顔に塗られたドーランが気持ち悪い上に、皮膚呼吸がしにくいため苦しくなる
足元ばかりを見ていたため、前を歩く小隊長にぶつかってしまった
「ぉ!」ビックリしたように呟き後ろを見る小隊長「あ…すみま…」謝ろうとしたのを手で制する。そして口元に人差し指を当てる。索敵中は私語厳禁、これもまた疲れがたまる要素の一つである
丘の頂上まで来たようだ、部隊は嶺線上から銃を構える。赤城士長も後方を向き、立ち木にもたれかかりながら銃を構え後方を警戒する
神野1曹が嶺線の向こう側に頭をだして警戒する。そして一通り見終わった後、手信号で(異常なし)と報告する
日もだいぶ落ちてきた。夜間の警戒は低所に位置する方が有利なので、この丘を降りたところに警戒線を設定して中隊は停止する事になった
丘の下に到着、警戒員を前方に配置してピアノ線を使った罠を仕掛ける。ローテーションを決めて残りの者は休憩だ。とは言え銃は手放せない
森の木々の隙間から星空が見える、田舎の演習場は星がきれいだ。無線機をおろし枯れ草の上に寝る赤城士長。心身共にかなり疲労しているのがわかる
(…これはきつい…みんな平気なのかな?)そこらに人の気配はするが、話し声は聞こえない。実際、赤城士長の同期達はほとんどみんな同じような状態なのだが、彼女にはそれがわからなかった
(私は体力無いのかなぁ…)一人落ち込みつつあっという間に熟睡していった…



同じ頃、中隊本部の天幕では…「中隊長、寝ないんですか?」無線機の前に張り付いている田浦3曹が聞く。CPを視察していた連隊長以下の幹部連中はほとんど廠舎に帰り仮眠を取っている。表のパジェロの中で仮眠しているのは副連隊長だ

「さすがに寝る気にはならんな…」う〜んと唸りながら言う。天幕の近く、衛生小隊の救護所からはいろいろ声が聞こえてくる
「向こうは騒がしいな」「衛生は『大量傷病者の受け入れ』をしているそうで…」数多くの負傷者を選別し有効な治療を行う訓練だ。各中隊から患者要員が参加している
「こっちは静かなもんだな」「夜間は向こうもなかなか動けないでしょう…さて、警戒の交代してきます」そう言って田浦3曹は席を立った

天幕を出て空を見上げる。演習場の空は満天の星空だ、田舎なので空がキレイなのだ。空を見上げ一瞬だけ感動する田浦3曹…
が次の瞬間(晴れてるから放射冷却で冷え込むかも…明かりはあるから安心だな)頭を状況中に切り換え冷静に状況を分析する

……夢も見ないで熟睡する赤城士長、むしろ気を失っている状態に近い。時間は午前2時、中隊が止まってから4時間が経過した頃…「ピーッ!」と警戒用の痴漢防止ブザーが鳴り響いた
「敵襲!」誰かの叫びに全隊員が目を覚ます。陸曹やベテラン陸士の動きは素早かった、装備を付けつつ警戒線に張り付き銃を構える
「赤城、まだか?」小隊長の声だ「は、はい!」慌てて声のする方に向かう「ギャッ!」木の根に足をかけてすっころんだ
「赤城、無線機を!」今度は神野1曹の声だ。体を起こしやっと二人の元にたどり着いた。小隊長がマイクをひったくるように奪う
「CP、こちら03。敵と接触、現在地…」無線でCPに状況を送る
敵の姿は確認できていない。斥候を数名送ってきただけなのか、それとも敵の主力が近いのか…それともワナか?判断の難しいところである
『01、02、03、こちらCP。直ちに攻撃前進に移れ』CPからの指示は「前進せよ」だった。ワナではないと判断したようだ
「了解」短く返信を出す。各小隊は罠線を撤収し前進体制に入った



夜間のスピードは昼に比べて格段に遅くなる。敵を捕捉できないまま時間だけが過ぎていく…だが敵には逃げ道もない。このまま追いつめたら勝てる!との確信が中隊の隊員たちの間に広がっていった
日が昇り始めてきた、森の端もあと少しである。目の前にある小高い丘を登り切ったら、あとは林縁まで下るだけ…つまり敵が最終的な陣地にする=敵のいる可能性が高い、という事だ

丘の下に到達した時、上方から「パーン!」という空砲の音が響いた。全員が条件反射のようにその場に伏せ、または木の陰や岩陰に隠れる
「前方200!敵発見!」誰かが叫ぶ「1、3小隊は援護、2小隊、前へ!」指揮を執る1小隊長が叫ぶ。号令にあわせ2個小隊が一気に銃弾を浴びせ、2小隊が一気に距離を積める。バトラーの発信音が敵方からも味方側からも聞こえる
「…こちらFO-1、支援射撃要請、座標送る…」各小隊に随伴している迫小隊のFOが無線で座標を送っている。迫の支援があれば剥き出しの敵陣は一気に壊滅する
小隊全員が迫の射撃を待つ、随伴していた補助官が偽煙火筒を準備する。時計を見る1小隊長「支援射撃10秒前…5,4,3,2,だんちゃ〜く…今!」偽煙火筒の破裂音が響く
「支援射撃終了5秒前…3,2,1、今!突撃〜!」3個小隊が一斉に丘を駆け上がる。赤城士長も何とか付いていく
丘に駆け上がると補助官が「状況、一時中止」と宣言した。敵の何人かが丘の上で鉄帽を脱いで座っている。バトラーが鳴っているところを見ると戦死扱いのようだ
審判の判定中、小隊は警戒を崩さない。若い隊員の何人かは(これで終わった〜)と楽観的に見ているが、ベテランの連中は顔を曇らせている(真田2尉と情報の連中がいない…)



審判の判定は下った。この丘にいた敵の大半は戦死、だが数名が後方に離脱…という扱いになった
「まだあるのかよ〜」と愚痴る声も聞こえるが、小隊は早速攻撃前進の準備に入った。と、そこに『03、こちらCP、送れ』CPから3小隊を呼び出す無線が入った

マイクを耳に当てる小隊長の顔が少し険しくなる「…了解、ふむ…」と考え込む。そして…「3小隊、現在地から離脱する!」命令を下す。全員「?」という顔になる
各班長が小隊長の元に集まる「…何事ですか?」「実は…」顔を寄せ合って話す。隊員たちは全周警戒中、その場にしゃがみ、掩体に身を寄せて体を休める

「ここの敵兵、少なかったと思わないか?」「確かに、1コ班しかいなかった感じですね」「まだ敵が潜んでると?」「だといいんだが…」「…見逃した?」その言葉に全員顔を見合わせる
「中隊長はそう判断したようだ、3小隊は残った敵の発見に全力を注ぐ。中隊本部要員が高機動車を持ってくるから、それに乗って捜索開始だ」小隊長が命令を下し、各班長は「了解」と頷く

鈴木曹長と高木2曹が高機動車に乗ってきた。道路上に出た3小隊と合流し「歩兵の森」のちょうど中央にやってきた
この地点がもっとも東西の幅が広く、見落としたとするなら一番敵の潜んでる可能性が高い地域である
森の中、車両を停めて全周警戒の態勢に入る。小隊長と小隊陸曹が地図をチェック、そして各班長を集め命令を下達する

「よし、前へ…」手を前に振り小隊は前進を開始する。車両には鈴木曹長に高木2曹、そして須藤1士と赤城士長が残っている。新隊員の2人は「バテてるだろう」という判断で外されたのだ
少し不本意な赤城士長、しかし実際かなりバテているので渋々ながら残留している「…」車の周りにしゃがんで警戒する。構えた銃がいつの間にか地面にめり込んでいる…いつの間にか寝込んでいたようだ



(ふぅ…)改めて銃を構え直す、全身に疲労感が広がっている(疲れた…まだ終わらないのかな?)もう時間は10時を回っている。「朝のウチには終わる」と誰かが言ってたような気がするが…

(時間があるなら…)と立ち上がり同じく警戒中の鈴木曹長に声をかける「あの…曹長ちょっと…行ってきてもいいですか?」いきなり言われて「?」という顔をする「あの…トイレです」あ〜なるほど、という顔をして「あんまり遠くに行かないようにね」と声をかける

とはいえやはり女の子、100m以上離れた森の中まで歩いてきて用を足す。ズボンを上げ銃を手に取った時、視界の隅に動くモノが見えたような気がして、あわてて顔をそっちに向ける
木々の間から見えたその方向には沼地が広がっており、その先100mくらいの所は5〜10mほどの崖になっている。その崖の上で何かが動いたような気がした(みんなに言うべきかな?)一瞬迷う。だが車両には4人しかいない、小隊が帰ってくるのもいつになるのか…(まぁいいや、きっと何もないよね)一人で確認に行く事にした

崖の横はなだらかな坂になっている、そこを登って崖の上にやってきた。崖の上はなだらかな丘になっている(何かあるかな…)とりあえず目の前の斜面を見る。枯れ草と土、木の根っこくらいしかない
辺りを見回しても何も無い、動物か何かだったのだろうか…(帰ろっかな)そう思って踵を返した赤城士長だったが、ふと目をやった足下に足跡があるのを発見した
(…?)しゃがみ込んで足跡を見る。太い模様は新型の戦闘靴だろうか?比較的最近のモノのように思える。辺りの枯れ草や落ち葉を足で払いのける、すると…(これは!)隠蔽された足跡が大量に出てきた
慌てて銃を持ち直し身を起こす。この周辺のどこかに敵がいる、それは間違いないようだ。心拍数が上がる、一人で来た事を後悔し始めている(大声出して呼ぼうか…でもその前に逃げられる…)
次の瞬間(!)丘の斜面側に気配を感じた。足を引いて銃を構える赤城士長、しかし…「わぁ!」引いた足を踏み外し崖に転落する…

転落寸前に左手で近くの木の枝を掴み、なんとか崖にぶら下がっている状態になった。しかし掴んでいる木は細く頼りない…(やばい!どうしよう…!)銃を放して両手で崖を上がるか、大声を出して助けを呼ぶか…

しかし銃を落とせば沼地にドボン、大声を出せば敵に逃げられる…訓練だからケガをするよりはマシなのだが、疲れているせいかそこまで考えが回らない。そう思っているウチに枝が折れはじめた
ズルズルと体が下がる(ど、どうしたら…)パニック状態に陥る赤城士長、下は沼地とはいえかなりの高さだ。足下から落ちても骨折くらいは免れないだろう(死ぬよりは…!)足から落ちる事を決意し身を固くしたその時…



「な〜にやってんだよ」と言う声とともに、左手ががっしりと捕まれて引き上げられる。目の前に現れた声の主は赤城士長の曹学同期、情報小隊の後藤士長だった。180を超える身長にプロ格闘家を目指してたという屈強な体の持ち主だ
軽々と赤城士長を崖の上まで引き上げる後藤士長、上下とも米軍の迷彩服を着て体と頭にはバトラーの受信センサーを付けている。敵ゲリラと味方を見分けるために服装を変えているのだ
「アリガト、喜一ちゃん」一応礼を言う赤城士長「危ねぇな、一人で何してるんだよ?」と後藤士長が聞く「え〜っと、それは…」と言いにくそう。敵に助けられたとなるとさすがにバツが悪い
すぐ後ろの斜面に人一人分くらいが入る穴が見える。ここに隠れて中隊の捜索をやり過ごしたのだ「ずっとここに隠れてたの?」そう聞きながら崖を背にして立ちあがる赤城士長「ゴメンね、隠れてたのに…」何故か謝ってしまう
「ん、いやぁ、まぁ気にすんなよ」と照れる後藤士長「だいたい作戦中に単独行動なんて…それが間違ってる!」と照れ隠しに怒ってみる。顔が赤くなってもドーランで隠されてるのが救いか…

「後藤…遊んでんなよ」斜面の中(穴?)から低い声が響く。まだ誰か隠れているようだ「あ、はい阿比留1曹」と返事を返す「取りあえずだ、赤城には捕虜に…」そこまで言った瞬間

「パン!」と沼地の反対側から響く銃声、低い音は64式の銃声だ。同時に後藤士長のバトラーが「ピーッ!」と大きな電子音を立てはじめた

「わっ!撃たれた!?」と叫ぶ後藤士長「後藤!」と叫び斜面の草を押しのけて誰かが出てきた、と次の瞬間「パン!」と銃声が響きまたもやバトラーの電子音が鳴り響く



後ろを振り向く赤城士長、森の中に見える人影は64式に狙撃用のスコープを付けている。狙撃手の井上3曹のようだ
斜面の向こう側から声が聞こえる「阿比留1曹と後藤が撃たれました〜!」「敵は!?」「反撃しろ!」斜面の頂上から数人が身を乗り出し、89式の銃口を突き出す
「危ない!」後藤士長はそう叫び、赤城士長を引きずり倒した
「きゃっ!」と叫び赤城士長が地面に倒された瞬間、斜面の上と森の向こう側から89式の銃声が響き始めた「伏せとけ!」頭をしっかりと押さえられる。斜面の方からの銃声はすぐ止み、誰かの「撤収!」という声が聞こえた

沼地を迂回し小隊の面々がやってくる。撃たれた二人はその場に座り鉄帽を脱いでいる「赤城、無事か?」最初にやってきたのは小隊長だ「あ、はい!」「単独行動は避けろと言ったのに…」とは神野1曹だ「すみません…」と小さくなる
小隊の隊員たちが手際よく全周警戒の態勢を取る「まぁいい、状況は?」「え、えっと、この付近にみんな隠れてました」「連中の残りはどこに?」「斜面の向こう側に…」そう聞いて地図を持ち出す小隊長「この向こうは…」神野1曹も地図を見る「南ですね…」森の南に流れている「小谷川」を渡ると、最初の襲撃地点である「重要防護施設」に着く
「まさか再襲撃を?」「起死回生の一発、あの人ならやりますね」チラリ、と鉄帽を取り地面に座る二人を見る
「オレは何も知らない、と言うか死人だしな」阿比留1曹、と呼ばれた中年の隊員が言う「オレも…」と後藤士長「アビさん、どうせ聞いても答えないでしょ?」とは神野1曹だ

「無線機を」小隊長はそう言って神野1曹の背中にある無線機のマイクを手に取り、CPに状況報告をする

一人になる赤城士長に声をかけてきたのは…「よ、無事やったな〜」井上3曹だった「あ、どうも…」「どうやった?オレの狙撃は…まさに一撃必中!やろ?」と嬉しそう。お調子者のスナイパーというのはかなり危ない(黙ってたらいいのに…)と周りの誰もが思っている

「…では小隊を半数に分けて、追跡と防御に割り振ります」と神野1曹「誰を追跡に?」と小隊長「片桐2曹でいいでしょう。ギリさん、聞いてた?」傍らにいた片桐2曹に話を振る
対遊撃、もしくはゲリラ戦において大事なのは「敵を発見する」事だ。たとえあらゆる戦技を極めたような精強部隊の隊員であっても、正規軍の圧倒的火力の前には全くの無力と言っても良い
この場合、一度発見した敵を見失わないように追跡要員を出すのは妥当な判断と言える
「おう、じゃあウチの班は追跡に…」そう言って班員を集める「井上、具志堅と松浦を連れて前に出ろ。ポイントマンだ」「了解ッス、グシ!マツ!」二人を呼び寄せる
「グシは左、マツは右側に…おい、大丈夫か?」松浦士長の顔色がどうも良くない。ドーランの上からでも疲れが顔に出ているのがわかる
「動けへんのやったら代わってもらうか?」「いえ!大丈夫です」無理してる感じはするが(死ぬ事はないやろう…)と思い、そのまま南の方に向けて追跡を始めた



一方、こちらは中隊CP「中隊長、3小隊が敵を発見しました」無線機の前に座り報告するのは田浦3曹だ「どこだ?」「座標326…」地図にプロットする「2名を射殺、残りは5名、南側に逃走したようです」「マイクを貸してくれ」そう言って指示を出す中隊長

「敵はどうする気かねぇ」地図を見て考える先任「真田2尉の事ですから、おそらくここを再襲撃かと…」と田浦3曹「む、そりゃヤバいぞ。対戦も半数は捜索に出てるんだよな?」と顔を曇らせる先任「運幹も出てます、捜索の指揮に…」と田浦3曹も顔を曇らせる
無線機から指示を出していた中隊長がこちらに向き直る「中隊本部は全力を持ってCPの防御に当たる!武器を取れっ!」そう言って自らも腰の拳銃を抜く
「『保険』はどうされますか?」と田浦3曹が89式小銃を手に取りつつ聞く「当然『打合せの通り』だな。連絡を」「わかりました」そう言って野外電話機JTA-T1の受話器を取り呼び出し用の転把を回した

班の前方100mを前進する井上3曹以下3名。敵の兆候に注意し慎重に歩を進める(グシは…おるな。マツ…かろうじて着いてきてるか)横目で10mほど先の両サイドを歩く二人を確認する
起伏はあまり無い森の中だが、木の根っこなどが剥き出しになり歩くのには苦労する。前を見ながら足下を注意して歩くのは難しい…「ドサッ」っという音とともに右サイドの松浦士長が派手に転んだ。横目で確認する二人
(大丈夫かいな…)手信号で「その場に停止」の指示を具志堅士長に出して、体を右に向けた井上3曹。次の瞬間「ターン!」と軽い銃声が聞こえた。89式小銃の銃声だ
「おおっと〜!」慌ててその場に伏せる井上3曹。銃声のした方向を見るが、隠れているのか敵の姿は見えない

3人のうちバトラーを付けているのは井上3曹だけだ。補助官も付いてきてないので「誰々が撃たれた」という判定も受けなかった
身を伏せて松浦士長の元に駆けてきた井上3曹「マツ、無事か?」「はぁはぁ…ハイ、何とか…」息も絶え絶えといった様子(これ以上速くは動けへんな…)「マツ、お前はここで待っとけや」そう言い残して具志堅士長の方を向く

「グシ!…」力強くささやくように具志堅士長を呼び、手信号を繰り出す(左…50…回り込んで…射撃せよ)
(了解)親指を立ててカモシカのように素早く森の中を駆けていく具志堅士長、井上3曹は銃を前方に構える

しばしの沈黙、片桐2曹たちも銃声を警戒してまだ前には出てきていない。お互い動きもなく数分が過ぎた…と突然「パパパン!」と3発連続の射撃音が、左側から聞こえた。具志堅士長の射撃だ
木に隠れ前方を警戒する井上3曹。散発的な銃声に業を煮やしてか、ロシア軍の迷彩服を着た敵が動き始めるのを確認した
(さて…もうちょっと前に…きた!)照準眼鏡の十字を敵の頭に合わせ、じわりと引き金を絞り込んだ…手応えを感じた瞬間「バン!」という銃声と衝撃を感じた
「ピー」という発信音が聞こえる。照準眼鏡の向こうでは敵が天を仰ぎ鉄帽を取るのが見えた。命中したようだ



「…で、結局彼だけだったというわけか」ブスッとした顔をして座り込む情報小隊の陸士を前に片桐2曹は言った「そうです、足止めやったみたいですね」と答える井上3曹
結局、この一人のために10分近い時間を浪費した。味方の前線を越えて情報収集を行う情報小隊は、連隊でも一番の野外機動速度を誇る
「情報相手じゃもう追いつかんな」「そうですね…」残りは4人、あとは味方の防御網に賭けるしかない…

「小さな谷の川」の名の通り、小谷川は浅い谷の底に流れている。小谷川にかかる2つの橋には防御用の機関銃が据え付けられているため、真田2尉以下情報小隊仮設敵の面々は谷底に降りて川を越えるコースを選んだ
一番川幅が小さく崖もなだらかな地域を事前に偵察しており、もしもの時はそこを渡河すると最初から目星を付けていたのだ
崖を下り川岸にたどり着く。一人ずつ音を立てないように川を渡る…しんがりを努めるのは真田2尉だ(…後方は異常なし、前方は?)手信号で最初に渡った隊員に確認する
(異常なし)の合図を受け、手信号で全員に(前進)の指示を出す。その瞬間、谷の底に一瞬だけ突風が吹いた
その突風で川岸の土手になっている場所の落ち葉が吹き飛んだ。真田2尉がその場所に視線をやる、そこには大型の液晶テレビくらいのサイズの青い板状のモノがあった…

(あれは…!!)戦慄、次の瞬間「指向性散弾!」と真田2尉が叫ぶと同時に、崖の上から「爆破!」という声が聞こえ、同時に「ピピ〜ッ!」と審判の笛が谷底に鳴り響いた



1998年9月30日、日本は対人地雷禁止条約を批准、そして自衛隊最後の対人地雷(教育用の物を除く)が2003年3月に爆破処分された
その代替品として開発されたのが「指向性散弾」だ。中型液晶テレビくらいの大きさ(重さは数倍)がある板状の物で、その中にはパチンコ玉のような散弾が敷き詰められている。一方の面からその散弾が放出されるという仕組みだ

米軍の持つクレイモアを大きくしたような物だが、直接人が操作して爆破させるため、地雷のような「無関係の民間人が巻き込まれる」といった被害は出ない
だがその破壊力は凄まじく、狭い河原に集まった4人を肉片にするには十分すぎる威力を持つ

「爆破成功!判定に移る」そう言って補助官は斜面を降りていった。崖の上に設置された歩哨壕では小野3曹が「よし!」と叫び小さくガッツポーズを決めた
中隊本部が用意した「切り札」として状況開始からずっと穴掘り&指向性散弾の設置をしていたのだ。小野3曹の地味な苦労が一気に報われたのだ
「やりましたね!俺たちヒーローッスよ!」隣にいた陸士も喜ぶ「おいおい、まだ判定待ちだぜ?取りあえずCPに連絡だな」そうは言っても顔が笑っている。電話機の受話器を取り転把を回した

「小野3曹から連絡です『爆破成功、現在判定待ち』だそうです」電話を受けた田浦3曹が報告すると、中隊本部でも安堵のため息が漏れ聞こえた
「まだ状況中だから油断するなよ」統裁官の手前、まだまだ気を抜くわけにはいかない「田浦、小野に84を準備させておいてくれ」と指示を出す

「ああ、油断はしてねぇ。84?…わかった」そう言って受話器を置く小野3曹。そして歩哨壕に置いてあった84ミリ無反動砲を構える「あれ?まだ終わらないんですか?」と陸士が尋ねる
「中隊長は心配性だよ。まぁ判定が出るまでは油断すんなよ」とは言え小野3曹も(もう終わりだろう)と思っている。指向性散弾の直撃を食らってまだ戦闘力を維持できるとすれば、その生き物はもう人類ではない
「…完全閉鎖、後方よし。準備よし!」無反動砲に弾を装填して陸士が小野3曹の肩を叩く。そして腰を支えて射撃姿勢を取る「ま、撃つ必要は無いだろうな」と余裕の小野3曹
指向性散弾の位置、そして敵の配置などを見ていた補助官が無線機のマイクを持ち何か話している。おそらくは判定結果の報告だろう



「中隊長」無線での報告を受けた統裁官が声をかける「は」中隊長も立ち上がり統裁官に向き合う
「1035をもって敵遊撃隊の全滅を確認した。ご苦労だった」「それでは…」「現時刻をもって状況終了とする!お疲れさん」

「状況終了〜!」無線で一斉に放送された「状況終了」の声に中隊は湧いた。この「状況終了」だけはどんなに無線機の調子が悪くても伝わるのだ
「全員、異常無いか〜?銃、銃剣、防護マスク、装具、落としてないか壊してないか確認するように」状況終了を受けて3小隊も全員合流、異常の有無を点検している

「全員異常なし…と」一安心といった顔をする小隊長「終わった終わった〜!」「あ〜疲れたぁ」などと隊員たちもハイテンションだ「お前ら、今からまだ撤収とかあるからな〜」一応クギを刺す片桐2曹

歩哨壕などの穴を埋め戻し、有線を撤収する。そして各陣地の土嚢を集めて土を抜く、土嚢袋も使い捨てではないのである
あちこちで「パパパン!」と銃の射撃音が聞こえる。89式ばかりでなく数少ない64式、MINIMI、そしてM2重機関銃(通称キャリバ.50)などだ。余った空砲も使い切らないといけないのである
「田浦、銃借りるぞ〜」そう言って中隊本部の面々が空砲を処理していく。自分の銃を汚したくない(空砲や実包の火薬から出るガスは、銃の機関部をかなり汚すのだ)ので、田浦3曹の銃を使って支給された空砲を処理するのだ
「…まぁ仕方ないか」これも一番下っ端の宿命…とあきらめる田浦3曹であった



撤収を終わらせ昼食をすませた中隊一同が宿営地に帰ってきたのは15時過ぎだった。さっそく武器を手入れする
「行軍の時はけっこう余裕が…」「お前ばててたろ?」「楽勝だったな〜」「よく言うよ…」検閲が終わった開放感からか、隊員たちの口も軽い
「あ〜あ〜ガスでどろどろ…」89式を分解してため息をつく田浦3曹。たっぷり付いたガスやススは簡単には落ちそうもない。野外ベッドの上に新聞紙を広げて部品を一つ一つ手入れしていく
「なんかよくわからん検閲だったな」とは鈴木曹長だ。3小隊の面々を高機動車に乗せて前進中に状況が終わったのだ「『対遊撃』はそういうもんらしいですよ」と田浦3曹
「まぁ今までやってこなかった分野だからな」と先任「これからは主流になってくるんでしょうね。大変ですよ〜」「オレ定年だから関係ないな」あっさりかわす先任だった

「きれいなウエス無いか?」そう言ってやってきたのは井上3曹「なんでよ?」「照準眼鏡のレンズを拭くんや。油付いたらえらい事やからな〜」「あ〜そこにあるよ」うなずき近くにある箱を指さす田浦3曹
「今回は大活躍だったって?井上」先任が声をかける「3人仕留めたもんな、優秀隊員決定だな?」と田浦3曹「いや〜褒めんなや」頭を掻きながらも嬉しそうな井上3曹、短い髪の毛からフケがボロボロ落ちる
「うわっ!汚ねぇなぁ…」「お前も似たようなもんやろ?」検閲が終わり風呂にも入っていない状態では汚いのが当たり前、汗でべたつく戦闘服も化学兵器のような臭いを醸し出している「早く風呂に入りたいねぇ…」と先任がボソリと呟いた



同じ頃、廠舎地区の連隊本部では…「では衛生小隊の優秀隊員は…」「そうだな、彼女は入れるべきだろう」「それでよろしいですか?連隊長」検閲の「優秀隊員」を誰にするか、連隊長以下幕僚や審判要員たちで会議中なのだ

「どうだい?中川2尉」連隊長が末席に控える師団衛生隊所属の中川2尉に声をかける。以前「方面音楽祭り」で赤城士長と一緒に仕事をしたWAC幹部だ。今回は衛生小隊の補助官として参加している
「よろしいと思いますよ」「じゃ、決まりだな。さっそく表彰の準備を頼むよ。次は1中隊だな、3科長!」スクッと椅子から立ち上がる3科長「は、お手元の名簿をご覧下さい」パラパラ…と書類をめくる音が聞こえる

「…それから迫小隊の野村2曹、FOとして的確な誘導でした。それから3小隊の井上3曹…彼だけで3人仕留めています。それから…」名簿に挙がっている名前を挙げていく「こいつはちょっとアレだな」「彼も入れるべきでは?」と少しだけ熱い議論が交わされる
補助官の主観が多く入ったり、新隊員が有利だったりと結局はオマケみたいな優秀隊員の表彰なので、徹底的な議論が交わされる事もなく表彰者の名簿が作成された「では連隊長、この10名でよろしいですか?」3科長が決心を仰ぐ
「ん、うむ…」机に肘をつきアゴを触る連隊長「…?」一同が怪訝な顔をする「なぁ3科長、ここにだな…赤城士長を入れてみてはどうかね?」名簿を片手に持ち指さしながら連隊長が言った



「赤城…士長ですか?」と3科長「彼女は特に功績を挙げたわけでは…」「だが脱落者多数の本検閲で最後までやり遂げた事は評価すべきではないかね?」連隊長はどうしても赤城士長を「優秀隊員」にしたいらしい。彼女の「父親」を意識しているのか…

「WACなのにこれだけやり遂げた、というのは評価の対象になるかと思うがね」ここまで言われてはさすがに幕僚たちには拒否できない。真っ先に「いいですね〜確かによく頑張りましたな彼女は…」と合意したのは1科長だ
「そうですね」「うんうん、よく頑張ったよ」と各科長は合意していく。満足そうに頷く連隊長、しかし…「それは問題あるかもしれませんな」低い迫力のある声が響く。通信小隊泣かせ(低い声は電波に乗りにくい)の副連隊長だ
連隊長は防大の先輩でもある(直接の面識はない)副連隊長が大の苦手だ。CGS(指揮幕僚課程)を突破したスーパーエリートと、現場一筋の副連隊長では意見の合おうはずもない
「何か不満でも?副連隊長」精一杯の威厳を保って連隊長が詰問する。必死ににらみをきかせるが副連隊長は意にも介さない「『WACが検閲で脱落しなかった』だけで表彰するというのは、他の隊員たちだけでなく彼女に対しても侮辱であると考えます」
他の男性隊員は検閲で脱落しなかっただけで表彰はされない、それなのに「女性だから」の理由だけで表彰を受けるのは明らかに逆差別、同じ条件で評価すべきではないか…と副連隊長は主張する
「…確かにそうだが…」「これは中川2尉の意見も聞きたいところですね」副連隊長は中川2尉に話を振る「そうですね、私も副連隊長に同意です。彼女と同じ立場なら『バカにされた』と逆に憤慨するかも知れません」
「自分も同意しかねます」と手を挙げるのは、半日前まで穴蔵に潜んでいた真田2尉だ。ドロドロの米軍ドット柄迷彩に身を包んでいる「彼女が我々を見つけたのは単にラッキーだったからです。実戦なら崖に落ちそうになっても見捨ててました」端正な顔にはドーランの跡が残っている
各科長たちは顔を見合わせる。一度は賛成した手前、今さら意見を翻すのはバツが悪い「…確かに一理ある。彼女への表彰は無しにしよう」心底残念そうに連隊長が言い、それをきっかけに会議は終わった



「ご苦労さん、今日はゆっくり休んでくれ!」「中隊長に敬礼…かしら〜なかっ!」西に傾いた太陽の下、宿営地に岬2尉の号令が響く「ごくろうさん!」「っした!」
終礼が終わり次は夕食タイムだ。3日ぶりの温食に喜ぶ隊員たち
今日の晩飯は…「カレーだ!」「肉、肉入れろって…あ〜あジャガイモばっかりだ」「卵は?無い?」「卵なんて邪道、ソースだろ!」カレーにはこだわりも多い

演習場が夕日に染まる頃、ボチボチと廠舎地区にある風呂に向かう隊員たち。演習場(廠舎)にある風呂はとても小さく、おまけに演習部隊の隊員たちはとても汚れている。時間帯をよく選ばないと「芋洗い」状態になるか「水風呂」に入る羽目になる。いや、入れなくなることも…
洗面器を持って埃っぽい演習場の道を行く田浦3曹に「おい、田浦〜」と声がかかる。振り向くと3小隊の小隊陸曹・神野1曹が追いついてきた「風呂か?一緒に行こうじゃないか」
「お一人ですか?他の連中は?」「さっさと風呂に入って買い出しに行ったよ。冷たいもんだ」肩をすくめる神野1曹。ときどき風呂帰りの連中とすれ違う
「風呂、混んでたか?」「いや〜今なら大丈夫ですよ」どうやらいい時間に来たようだ
風呂場は見た目は粗末な小屋、中身はさらにボロボロだったりする…それでも風呂には変わりない。脱衣所に入ろうとした時、ちょうど出てくる人間とぶつかりそうになった「おっと失礼、…」「…」出てきたのは迫小隊の小隊陸曹・近藤曹長だった。神野1曹とバッタリ鉢合わせ気まずい顔をする



以前、近藤曹長と神野1曹は赤城士長の扱いを巡り殴り合い寸前まで行った経緯があるのだ。それ以来、二人だけで話しているのを田浦3曹は見た事がない
「…」「…」顔を見合わせ沈黙が続く(まずいなぁ〜)この場から逃げたい田浦3曹である

「……」「……」
「………」「………」
「…何だよ」先に話しかけたのは近藤曹長だった「いや、別に…」と返す神野1曹
「あの…」気まずさに耐えられず田浦3曹が声をかけようとしたその時

「あ〜わかったよ!オレの負けだ!赤城はたいしたヤツだよ」近藤曹長が手を挙げて言った「アイツは使えるヤツだ。認めるよ」ニヤッと笑う神野1曹「でしょ〜?」嬉しそうに言う
「だけどな、オレはWACは信用しねぇ、アイツは例外だぞ!」ビシッと言い切る近藤曹長に「りょ〜かいです」笑みを消さず答える神野1曹。どうやら仲直りしたようだ
安心した田浦3曹が声をかける「曹長、何でそんなにWACが嫌いなんですか?」

「知りたいか?田浦」「ええ、ぜひ…」「そうか…オレが地連にいた時の話だがな…」過去を思い出すように近藤曹長は口を開いた

「オレが地連本部で事務してた時に、部下にWACの陸士が入ってきたんだ。そいつがナメたヤツでな〜ろくに仕事もしない上に、自分が『女』だってのを利用して仕事をサボりまくりでな…」そう言って拳を振り上げる
「で、オレがガツン!と言ってやったんだ『たいがいにしとけよ!』ってな。そしたらそいつは地連部長に『セクハラされた〜』って訴えたのさ」肩をすくめため息をつく
「まぁちょっと調べたらそんなのわかる事だ、でもセクハラなんてのは主観の問題だから何とでも言えるんだ。極端な話『毎日変な目で見られる』ってだけでもセクハラだしな」
「まぁ元から変な目つきの人もいますけどね」と相づちを打つ田浦3曹
「目つきが変、なんていわば一種の差別だと思うけどな。結局ビビッた地連部長が俺を追い出したのは数ヶ月後の話だ…」そう言って口元を歪める

「自衛隊に女はいらね〜よ。文句は多いわ体力無いわ…この持論は変える気はねぇよ。赤城みたいなのは例外、アイツは今日から『男』と思う事にするわ」「でも迫は今回、脱落者が多かった…」思わず神野1曹が口に出す
ジロッ、と神野1曹を見る近藤曹長。が次の瞬間ため息をつく「ま〜言い訳はできんな、は〜ぁ…じゃ、帰るわ」そう言って風呂場の前から立ち去っていった「鍛え直さないといかんな…」と呟きながら宿営地に向かって歩いていった



「いや〜疲れた…」「まさか本気で逃げるなんてな〜」3小隊の面々が何人か集まって飲んでいるのは、小隊長たちが泊まっている6人用天幕だ。狭い中に10人近くがビールや酎ハイを開けている

「お前は3人だけど、オレは4人だぜ〜しかも指一本!」「運やないですか〜連中があの地点で川を渡るなんて…」こう語るのは小野3曹と井上3曹だ
「昨日は一日中、掩体を掘ってたんだから…最後に見せ場くらい無いとな〜他の2組には悪いがな」川沿いに配置された指向性散弾は3つ、渡河しやすい地点に配置していたのだ
「まさにピンポイントだったな。俺たちは運がいい!」と嬉しそうな佐々木3尉「あの真田2尉に一泡吹かせたんだからな〜」そう言って酎ハイの栓を開けようとしたその時…
開けっ放しにしてあった天幕の入り口から太い腕が伸びてきて、佐々木3尉の頭に巻き付いた
「うわっ!」思わず缶を落とす。天幕にいた面子が入り口に目をやると、蚊取り線香の煙の中から真田2尉が現れた「さ〜さ〜き〜、ナマ言ってんな?このやろ〜!」
佐々木3尉の頭に巻き付いた真田2尉の腕がミキミキと音を立てる。筋張った上腕部に血管が浮き佐々木3尉が悲鳴をあげる「ぐわ〜!痛い!痛いッス先輩!」小隊一同の大爆笑が演習場に響く
「いのうえ〜お前もやってくれやがったなぁ?」佐々木3尉をKOした真田2尉は、狭い6人用天幕に入り込む「おおっと〜ちょい待ち小隊長!トドメ刺したんは小野3曹でっせ?」ビール片手に逃げ回る井上3曹
「それはそれ、お前が見つけなかったら後一日くらいはいけたんだから」追いかけるのを断念して野外ベッドに座り込み、弾薬箱の上に置いてあるキムチを勝手につまむ
「見つけたのは井上ではなく赤城では?」冷静なのは神野1曹だ
「あの子…噂の赤城士長だろ?まぁこう言っちゃ何だが『対遊撃』で単独行動なんて危険すぎる行為だな」キムチを豪快に口にする「『見つかった』ってより『助けてやった』だな」
「それは厳しい評価ですね」と片桐2曹「ションベンしたかったらしいですよ。やはりその辺で…とはいきませんから」
「それはそうですがね〜、やはり女性の弱点が出てしまいますね」一回り近く年上の片桐2曹には、さすがの真田2尉も敬語を使う
「真田2尉は普通科WACには反対ですか?」と神野1曹「自分は『あの子くらいの体力があればOK』だと思うのですが。いずれは空挺に行けるかも知れませんよ?」
「そうは言ってもなぁ神さん」これまた勝手にビールを取りノドに流し込む「体力だけの問題かな?生理的なモノを克服できなければ厳しいとは思うよ。やはり女性は不利さ…」「それはそうですが、これも世の流れですよ」達観したように言う片桐2曹
「先輩的には『女性の存在価値はケツと愛嬌』でしょ?」息を吹き返した佐々木3尉が言った「お前は『胸と笑顔』だったな〜!」またも笑いが起きる3小隊だった



(どこかで笑い声が聞こえる…)時間は2030、ここは中隊本部の天幕内。田浦3曹は手にした文庫本から顔を上げた。同じ天幕には野外机に向かい何かを書き込んでいる中隊長に、(疲れからか年のせいか)すっかり熟睡している先任がいる

「…どこかな?」顔を上げる中隊長「おそらく…3小隊ですね」田浦3曹が答える「今回は大金星でしたから、テンションが上がっても不思議ではないです」
他の小隊はもう寝てるか派手な宴会はしてないようだ。特に…「迫小隊は葬式のようだったがな」と中隊長。脱落者を多く出した迫小隊は、小隊陸曹の近藤曹長がかなりお冠らしい。帰隊してからの訓練を考えたらテンションも上がらないだろう
「ま、仕方ないだろう」とあっさり言う中隊長「行軍で脱落されては困るからな」「そうですね」同意する田浦3曹

話のネタになっていた赤城士長はと言うと…
「…」WACの3人は風呂から帰ってすぐダウン、現在すでに熟睡中…靴も脱がず、布団も被らないで野外ベッドの上に突っ伏す3人。電気もついたままだが、WACの天幕には勝手に入れないのでそのままの状態になっている
22時を回り発電機が止められて電気が消える。その時、ふっと赤城士長は目覚めた
(…もう消灯?)先月のボーナスで買ったG-SHOCKを見る。バックライトに浮かび上がった時間は22時を過ぎていた「…」スッキリしない頭を振り天幕の外に出る
満開の星の下、宿営地の外れで歯を磨きに来た赤城士長。疲れた頭でいろいろ考える
(は〜いろいろあったなぁ…)崖から落ちそうになった時の事を思い出す(あの時はホントに運が良かった…は〜みんなの足を引っぱっちゃったなぁ)決してそんな事はないのだが、どうしてもマイナスに考えてしまう
(やっぱり限界があるのかな…?)ふと高校時代を思い出す

赤城士長は東京の某私立校出身、部活はせず外部の空手道場に通っていた。そこそこの進学校であったため、男子生徒は大して強くはなかった。たとえ喧嘩になっても体育会系ではない男子のほとんどより強い自信があった
その自信もあったから兄弟の反対を押し切り曹学を受験し普通科中隊を希望した。しかしやってきた普通科中隊は想像以上にハードで、周りの隊員たちも(一部を除いて)タフな人たち揃いだった
曹学で入った事、そして普通科中隊を選択した事に間違いはない…ハズだった。でも今はその決意が揺らいできている。そして自衛官を続ける意志も揺らいできている…



翌朝、朝6時の起床と同時に各天幕は撤収準備を始める「お〜い、車持ってきてくれ」「天幕から荷物出せよ〜」
わいわいと騒ぎながら1時間後にはすべての天幕を撤収、宿営地は元の空き地に戻った。車両を駐車場に並べて隊員たちは朝食のパンを口にする

「あ〜体中が痛い…」とぼやくのは3小隊の松浦士長だ「筋肉痛か?翌日に来るのはまだ若い証拠だよ」と片桐2曹「オレの年になると3日後くらいに来るからなぁ…」
状況中は緊張もあり筋肉痛はあまり出ないが、状況終了後に一気に痛みが来るのである
「ところでまだ帰らないんですか?」「0800から講評があるからな」

0800,宿営地の空き地で中隊がズラリと整列している。迷彩服に戦闘帽のラフな格好だ「それではただ今より、本検閲の講評を行います。連隊長登壇」白いお立ち台に連隊長が上がる
「連隊長に敬礼、かしら〜なか!」部隊の敬礼を行い講評が始まった。連隊長が懐からメモ用紙を取り出す

「…この点はよろしい。敵の逆襲に備え、接近経路に指向性散弾を配置した配慮はよろしい」全般の評価から行軍、防御、攻撃その他に至るまで一つ一つの事項を細かく評価していく
「次に改善を要する点…行軍時に3名の脱落者が出た点は、日頃の体力錬成が不十分である事の証左である。各指揮官は隊員の能力向上のための…」悪い点も細かく指摘される
「以上、本検閲における第1中隊の評価は『良好』であった。今後も来年のCTに向けた錬成を続けるように」連隊長の〆の言葉の後は、優秀隊員の表彰だ。司会が名前を読み上げる
「…野村2曹、井上3曹、山村士長…」名前を呼ばれた隊員が前に出る「…おめでとう」「ありがとうございます」一人一人が連隊長から記念品を受け取っていく。封筒に入った何かのようだ
「連隊長に敬礼、かしら〜なか!」こうして講評は終わった。後はさっさと駐屯地に帰るのみだ



空き地から車両位置に帰ってきた中隊一同、衛生小隊が講評を受けているのが見える「お、あの小さい子が表彰されたぞ」神野1曹が赤城士長に話しかける
「赤城は残念やったな〜」と井上3曹「お、井上。何貰ったんだ?」手に持ってた封筒を見る「さぁ…」「開けてみろよ」「何?何です?」ぞろぞろと3小隊の面々が集まる

封筒の中から出てきたのは…「隊員クラブ『一番星』の商品券、ビール1缶分…安っ!」思わず悲鳴を上げる井上3曹。周りで見ていた面々が笑う
「お〜いいねぇ」「じゃ、帰ってからの打ち上げは井上3曹のおごりと言う事で…」「ゴチになりま〜す」あちこちから声が挙がる「ちょっ、ちょっと待ってや〜1杯分しかあらへんのに…」と慌てる井上3曹
周りの面々が盛り上がる中、イマイチ話の波に乗り切れない赤城士長であった…

「出発5分前〜乗車!」田浦3曹の声が宿営地に響く。高機動車やジープ、トラックの荷台などにぞろぞろと隊員が乗り込んでいく。ドライバーが輪留めを取り運転席に座る。ディーゼルエンジンのかかる音が響く
先頭に停まっていた中隊長車(パジェロ)が動き出し、各車両も順番通りに動き始める「やっと終わりましたね」バックミラーを見ながら田浦3曹が中隊長に声をかける
「そうだな…」さすがに年のせいか疲れのせいか、中隊長も後部座席に座っている先任も口数が少ない
(…)気を遣って黙々と運転する田浦3曹、中隊長がラジオのスイッチを入れると、地元のFM局からほとんど夏限定で活動するグループの曲が流れ始めた「…もう夏だなぁ」ボソッと中隊長が言う「そうですね、休みまであと一息です」と同意する田浦3曹

田舎の国道を進む車列の前には、巨大な入道雲がそびえ立っていた



駐屯地に帰ってきた中隊一同、優先的に卸すのは武器類だ「おぅ、武器庫は開いてるからさっさと入れてくれ〜」火器陸曹の高木2曹が武器庫前で叫んでいる。装備品の中で一番気を遣うのが銃をはじめとする火器類だ

倉庫で天幕類を車両から卸す「取りあえず放り込め〜手入れは明日だ」「明日って土曜日じゃなかったですか?」「明日手入れして来週多く休むんだと」山と積まれる天幕類
通信機も倉庫に並べられる「不具合は?」通信陸曹の岡野2曹が隊員たちに聞いて回る「部品とか無くしてないだろうな?」これまた気を遣う器材である。厳重にチェックする
荷物を卸した車両は洗車場に向かう。が…「わっ、一杯だなぁ」「そりゃ連隊全部が帰ってきたんだから…」洗車場は他中隊の車両で一杯だった。大規模演習の後は少しの出遅れが致命傷である。仕方なくドライバーたちは順番待ちをする…

中隊本部の面々も帰ってきた「おぉ、お疲れ〜」残留していた人事陸曹の倉田曹長が事務所で一人、仕事をしていた。事務所の表には「検閲お疲れ様:残留者一同」の張り紙がある
「いや、疲れるねぇ…楽隠居させてくれんかな〜」先任がぼやく「何かありました?」と田浦3曹が尋ねる「メール関係は保存してあるから、目を通しておいてくれ」事務所の隅っこにある「指揮システム」端末のパソコンを指さす
「ま、連隊長もいなかったんだから、そうそう大した仕事は来てないさ」そう言って先任は机の上に置いてあった書類を読み始める「えっと…異動者の名簿か」来月8月1日は定期異動の日だ
「あとは…ん?」一枚の書類に目を落とす「どうしたんですか先任?」田浦3曹が怪訝そうな顔をして聞く「…デモ隊が来るらしいねぇ」机から老眼鏡を取り出す先任「えっと…来週の日曜か」

デモ隊が来る時は駐屯地の門が閉鎖される。隊員にとっては迷惑な話だ「何のデモですか?」「市ヶ谷でやりゃあいいのに…」「うるせぇんだよな〜」事務所の面々は口々に文句を言う

「え〜っとね…『世界平和を実現するために連携する地球市民と憲法9条の会』と『ワールド・ピース・ムーブメント』とかいう組織らしいね。両者とも中核派の下部組織だって」デモ隊の後ろに極左暴力集団がいる事は珍しくない
「長い名前ですね」田浦3曹も呆れる「ハッタリだろ?」と切り捨てる倉田曹長「とにかくこれは命令会報で言わないとな…」と言い、書類に付箋紙を貼る先任であった

荷物の卸下も終わり車両の洗車も終了したので、中隊は終礼となった「…というわけで来週日曜の1400〜1700までの間、営門は封鎖される。営内者はそれまでに外出するように。以上」先任の命令会報も終わり中隊長が壇上に立つ
「検閲ご苦労だった、一人の事故もなく帰ってこれた事を嬉しく思う。さて…」咳払いを一つ「明日は仕事だが、来週は多く代休を取るのでサクサクと整備を終わらせるように。再来週から富士に行くので、その準備も始めるように」
今月は2回も演習があるのだ。再来週の演習は東富士で「迫撃砲、ATMなどの射撃」と「第2中隊、通信小隊検閲」で10日間の日程だ
「それでは今日はゆっくり休んでくれ、羽目を外して飲酒運転などしないように!」ここでもクギを刺す中隊長だった

「中隊長に敬礼、かしら〜なかっ!」こうして長い検閲は終わった



番外編:宴会戦線

20畳くらいはある座敷部屋には、机と季節はずれのナベが置いてある。大皿に盛られた具は肉に野菜に魚と定番モノばかり
ここは駐屯地正門に近い居酒屋兼料理屋「一方亭」2Fの宴会場、料理はまずいが安い宴会代で隊員たち(幹事限定?)には好評だ。土曜日の夕方18時45分、宴会を前に座敷には多くの隊員が…いなかった
「みんな遅いですねぇ」1小隊の大島士長が体育座りをしながら言った「宴会は19時からだからな、時間ぎりぎりに来るんじゃないか?」と言うのは、壁にもたれて立っている1小隊の安田3曹だ

今日は小隊のほぼ誰もが望まない宴会だ。最低の小隊陸曹だった木島曹長が、8月の人事異動に会わせて連隊本部広報班に異動(正式な異動は来年3月、それまでは臨時勤務扱い)するために開かれる宴会だ
「だいたいヤツが断りゃ〜いいんだ、なんでみんな嫌がる宴会をするんだろうな?」と愚痴るのは安田3曹「仕方ないですよ、上級陸曹のみなさんには立場があるんでしょうし」と大島士長
「立場ねぇ…」「まぁまぁ、90分だけ我慢しましょうよ〜」屈託無く笑う大島士長は二十歳を超えてるとは見えない笑顔を見せる。童顔なので下手をすれば中学生でも通用するだろう
「あれ?オレが一番乗りか〜みんな何しとんかね?」宴会場に顔を出したのは木村1曹だ「そうです、みんな何してるんですかね〜?会費は大島に…」「3000円です。飲み放題ですよ」
時計は19時50分を指している。木村1曹を皮切りに数名の陸曹がやってきた「同じバスに乗ってきたんよ」とは木村1曹の弁。とたんににぎやかになる宴会場。とそこに主賓がやってきた



「お〜みなさんそろってますね!」とご機嫌な声を出してやってきたのは木島曹長だ「曹長は奥の上座にどうぞ…」と言いかけた安田3曹に対して「おい、なんで若い連中が来てねえんだ、あ〜?」と絡み始めた
「いや、時間までまだありますから…」「ちょっと早めに来て宴会準備を手伝うのが礼儀ってもんだろうが、指導してんのか〜てめぇは?」ネチネチと言い始めたその時、木村1曹が声をかける
「おぅ曹長、席に着かんね?」上座の近くに陣取った木村1曹たちが手招きする「…」不満そうな顔も一瞬「はいよ〜」振り向いた瞬間笑顔になり、上座の席に向かう
(やれやれ…)いつもの事ながら細かい事をジメジメと言う、内心少し腹を立てつつ顔は平静を装う安田3曹。その時、階下で「いらっしゃいませ〜」という声が響き、若手連中の声が聞こえてきた

「会費は3000円、大島に渡してくれ」階段を上がってきた若手陸曹、陸士達に声をかける安田3曹「はいよ」「釣りある?」「万札しか無いんだが…」次々とお金が渡される
「おい!おめぇら…」上座からイヤな声が聞こえてきた。振り向いた何人かは露骨にイヤな顔をする「今来てる人を見て何か思わね〜のか?あ〜?」お互い顔を見合わせ(またか…)という顔をする若手隊員たち



さすがに宴会場で言い返すのはまずい…と考えるところだが、一人だけ空気を読まない隊員がいた「始まる時間は19時じゃないですか?遅れてもいないでしょうが」
口調こそ丁寧だがニコリともせず木島曹長をにらむのは、1小隊の大宮3曹だ
中隊でも若手の陸曹である大宮3曹は口が悪い。特に木島曹長のようなタイプの人間を嫌っており「この二人を組み合わせて仕事させないように」と中隊の裏ルールがあるほどだ
ただし口は悪いが体力・戦技とも高い能力を持ち、レンジャーの資格もある。そして尊敬できる人間に対しては忠義を尽くし、部下への面倒見もいいので、特に嫌われているわけではない
「…」弱者に強く強者に弱い木島曹長は言い返すタイプの人間は苦手、当然ながら大宮3曹を嫌っている。それ以上は何も言わず、不機嫌な顔をして黙り込んだ
「しかし小隊長も遅いですねぇ…」誰かがポツリと言ったその時「間に合ったかな?」と小隊長が顔を出した「お〜小隊長、ささ、こちらへ…」とたんに立ち上がり手招きをする木島曹長であった



コンロに火が入りナベがゆっくりと加熱されていく、机の上に栓の開いたビール瓶が配られていく「皆さん、検閲お疲れ様でした!それと木島曹長が8月から広報班に勤務されるという事で…」幹事の安田3曹が司会も勤める
「ではまず、小隊長から一言お願いします」呼ばれた小隊長が立ち上がり「検閲も無事に終わりまして…」酒好きな隊員たちの注意はビール瓶に向けられている
小隊長の挨拶も終わり、次は乾杯だ「では乾杯の音頭を次期小隊陸曹の木村1曹にお願いします」指名された木村1曹が立ち上がる「それでは皆さん、グラスにビールを注いで…」言い終わる前からビールが注がれていく「ささ、小隊長…」「こりゃどうも…」
全員のコップにビールが注がれた事を確認して「それでは、これからも頑張っていきましょう。乾杯!」「かんぱ〜い!」こうして宴会が始まった

上座には小隊長に木島曹長、木村1曹の3人がまとまっている。その付近には小隊の上級陸曹と、先輩たちに追いやられた1士たち(当然ながら誰も曹長の側には座りたがらない)
酔いの回る前は取りあえず、自分の席で酒を飲みつつ鍋をつつく。店内は冷房も控えめで、宴会場は少し汗ばむくらいだ「あっついな〜ビールくれ」木島曹長が近くにいる和田1士にコップを突き出す「は、はい」できるだけ話しかけられまいと距離を取っていた和田1士だが、名指しで来られては逃げようもない



トクトク…とビールが注がれる「おっとっと…」注ぎ方がまずかったか、注がれたビールは泡ばっかりになってしまった「おい、下手くそだな〜お前」不機嫌そうに言う「すみません…」
憮然とした表情でビールを口に付ける「お前、いくつだよ」「19です」「ビールの注ぎ方くらい覚えろや、あ〜?最近の若い連中は…」ネチネチと説教が始まりそうになった時、横から木村1曹がビール瓶をつきだしてきた
「曹長!ささ、主賓じゃけググッといかな〜!」早くも酔ってるのか、かなり陽気に振る舞う。九州男児だけあってかなりの酒豪だ
「あ、こりゃどうも…」泡だらけのコップを空にしてコップを突き出す。なみなみ注がれたビールは泡の部分が1センチ、見事な「技」と言える「さ、木村1曹も…」同じように返杯を注ぐ。その隙に和田1士は反対方向を向いて先輩と話を始める
「…こんな席で説教なんて、空気読めねぇよなぁ…」小声で話す二人「…えぇ、早く離脱したい…宴会は何時までですか?」「20時半、あと1時間以上あるぞ…」ガクッと肩を落とす和田1士「…酔いが回ってきたらみんなに酒を注ぎに行ったらいいぞ」と先輩からのアドバイスだ



宴会開始から30分が経過…酔いも回り始め宴会も盛り上がってきた「だ〜か〜ら、彼女ができたからって安心するとだなぁ…」「お前、体力ねぇだろ?ちょっとは食った方がいいぞ。小畑を見習え…」とあちこちで話が盛り上がる
次の犠牲者は遠戸2曹だ。木島曹長の横に正座している「…お前も2曹だろうが、ちょっとはしっかりせいよ…」「は、ハイ!ハイ!」機械仕掛けのように首を縦に振る遠戸2曹。神妙な顔をしているが、恐らく話の内容は頭には入ってないだろう
「できねぇじゃねぇんだよ、あ〜?そんなんだから陸士どもがなぁ…」だんだん不穏な話し方になってきて、目つきも悪くなってきている「だいたい今回の検閲だってなぁ…そんなんで陸士に指導ができるのかよ、あ〜?」グチとも説教ともわからない話し方になってきた
そこで話を振ってきたのは小隊長だ「ま〜ま〜曹長、一杯どう?」とビール瓶を差し出す「あ、こりゃ〜どうも!いやいや、ホント手のかかる小隊で…」とコップを差し出す。その隙に逃げればいいものを、遠戸2曹は同じように正座している

「…だれが一番手のかかるって、そりゃアンタですから…」と誰かが口にすると、周囲から控えめな笑いがこぼれる。若手陸曹と陸士ばかりが座っているテーブルの一角、中心にいるのは大宮3曹だ
「ま、これが最後だからいいんじゃね?このままこの世から消えてくれりゃ自衛隊のためにもいいんだけどな」と言って笑う大宮3曹。木島曹長と不倶戴天の敵である大宮3曹の側なら安全地帯…と若い連中が避難してきているのだ



宴会が始まって1時間後、酒の力で盛り上がってはいるが微妙にイヤな空気が漂う宴会場である。ここまで来ると酔いつぶれる人間も出てくるわけで…
「お〜い、和田!生きてるか〜?」部屋の隅で完全にのびているのは和田1士だ。未成年に飲ませるのは本当はダメなのだが…
そんな中、黙々と鍋の中身を食べ続けるのは小畑士長、残飯処理のように肉や野菜を口にする。そこに絡んできたのは、相手がいなくなった木島曹長だ
「おぅコラ、小畑!食い過ぎじゃねえかぁ?」草食動物のようにのんびり首を回して「そう〜で〜すかぁ?」とこれまたのんびりした口調でこたえる小畑士長。これでも酒が入っているせいか、普段より早口になっている
真っ赤な顔をして怒鳴る木島曹長「てめぇ体力検定受かってねぇだろ!ばくばく食うんじゃねぇ!ダイエットしろや、あ〜!?」かなり酔いが回ってるせいで声が大きい。本来なら宴会場が静かになるくらいの大声だったが、みんな(相手にしたくねぇ)と無関心を貫いて騒ぎ続けている
怒鳴られた小畑士長は「……」ぼ〜っとした顔は変わらない、そしてそのまま鍋の中身をあさり始める。腹を立てた木島曹長は「おぅコラ安田!てめぇどういう指導してんだよ、あ〜?」矛先をよそに向ける



店員と何やら話をしていた安田3曹は、突然の怒鳴り声に驚いた「…?何です?料理はもう出ませんよ」キョトンとした顔を向ける「話も聞いてやがらねぇ、何考えてんだてめぇらは、あ〜?」訳のわからない…という顔をする安田3曹
「陸曹見て陸士は育つもんだよなぁ、まったくよくわかるぜ〜お前ら見てたらよぉ」と言って辺りを見渡す。さすがにカチンと来て席を立とうとしたのは大宮3曹だ「あんたがその元凶だろうが…」と言いかけたその時…
「おぅ、やっとるね〜お疲れさん!」顔を出したのは中隊長だった。宴会場にいた全員の目が注がれ「おつかれっす!」と口々に挨拶をする
「どうされたのですか?中隊長」と声をかけたのは小隊長だ「いや、いま仕事が終わってね。帰りなんだよ。ちょっと様子を見に来たのさ」中隊長は官舎住まいだ「盛り上がっているようだね、けっこうな事だ…大丈夫か?」隅でのびている和田1士を見て心配そうに呟く
「だ〜いじょうぶですっ!いざとなったらリアカー持ってきますけん」と木村1曹が言い、場がドッと盛り上がる「大丈夫そうだね、それじゃ飲み過ぎないように」そう言って中隊長は立ち去っていった
勢いをそがれたのか、木島曹長は急におとなしくなる「………」まったく表情を変えず、鍋の中身を食べ続ける小畑士長だった



「な〜アレ放っておいていいのか?」「アレって?…あぁ」同期の指さす方向を見て大島士長は納得する
一人ブスッとした顔をした木島曹長がチビチビと熱燗を飲んでいるのだ
絡みすぎたからかいつものことなのか、宴会も時間がたつにつれ木島曹長の周りには誰もいなくなってしまった
「ま〜自業自得だけどな」と笑うのは大宮3曹、しかし主賓が一人で酒をチビチビ…というのはさすがに絵柄もよくない
「しゃ〜ない、ボクが行ってきますよ」傍らにあったビール瓶をつかんで、大島士長が立ち上がる「いいのか?」「やめとけって…」「ほっときゃいいじゃん」と周りから声が上がる
「幹事ですから、ま、死なない程度に相手してきます」と笑顔を見せる「そうか…武運長久を祈る!」と安田3曹
「そ〜う〜ちょう、ま、どうですか一杯」明るい声でビール瓶を差し出す大島士長「…ん」子供のような笑顔に毒気を抜かれたように木島曹長はコップを差し出す
トクトクトク…きっかり1cmの泡ができ、コップになみなみビールが注がれる「…ふん」文句をつけられずやや不満そうにコップを口に運ぶ
ビールを少し飲みさっそく説教(いちゃもん)モードに入る「…最近の陸士は質が落ちたんじゃねえかぁ?だいたいだな…」「はい、はいはい、えぇ〜そうですねぇ」上手いこと話を合わせる大島士長、時に大げさにうなずき、時に驚いてみせる
愚痴をはき出して少し上機嫌になったのか、木島曹長も文句を口にするのをやめた「ま、なんだ。こいつらにはちょっとくらい厳しくいかなきゃ〜だめだったって事だ、わかるか?あ〜?」「え〜わかります、やっぱりそうですよね〜」うんうんとうなずく「この数年は大変だったさ〜問題ばかり起こしてくれたよなぁ」
視線の先には部屋の端で寝る隊員、総合格闘技の技を「実際」に試している連中、パチンコの話で盛り上がる若手隊員たち…(実際けっこう問題あったかもなぁ)調子よく話を合わせていた大島士長だったが、この瞬間に少しだけ曹長に同情した
借金を作って逃げた隊員や、スピード違反に飲酒運転、援助交際で捕まった隊員もいた。責任逃れは曹長の十八番だったが、すべてに責任をとっていたらクビがいくつあっても足りなかったかな…としみじみ思う
もっともそういった不祥事の責任の一部には、曹長の指導不足もあったのだが…

適当に話を合わせて席を立つ大島士長。宴会ももう終わりに近づいている


「宴もたけなわではございますが…」20時半になり、安田3曹が声をかける「そろそろお時間となりましたので、この辺でお開きにしたいと思います。皆さん席にお戻り下さい…オバ!食うなっての」
ざわざわと騒ぎは収まらないが、ポツポツとみんな席に戻り始めた

「それでは、最後の乾杯の音頭を…」ちょっと言いづらそうにする「…木島曹長にお願いしたいと思います」おざなりの拍手が響く
気まずそうな顔をするが、その場に立ちグラスを持ち上げる「え〜今までいろいろとお世話になりました。これからも演習等あるとおもいますが、頑張って下さい…それでは、乾杯!」きわめて普通の挨拶だ。一応社会人なので、空気を読んでこのぐらいの事は言える
「かんぱ〜い!」がちゃんとグラスの合わさる音が響き、宴会は何とか無事終了した。若干残っている人間もいるが、若手隊員たちはさっさと宴会場を後にした

「お疲れさんです」「ど〜も、お疲れさんでしたなぁ」小隊長と木村1曹は二人で酒を酌み交わす
ここはバー「しがらみ」木島曹長やその他何人かは家に帰り、若手連中は自分たちだけで二次会に向かったのだ
「どうだい?小隊の様子は」と聞くのは小隊長「う〜む…」とうなりビールを口に付ける木村1曹「今は何とも、難しい話ですのぅ」
「難しい?」「やはりちょっと若手連中がひねちょる感じがしますけん。士気を上げるにはどげんしたらよかですかねぇ…」と深刻そうな顔をする
「そんなに下がってるかい?」「理由は知っちょるでしょう?」ぐい、とビールを飲み干す
「ま、何とかしますけん。考えるよりは行動ですたい」「そう!そういうところを見せてやってほしいんだよ。ウチの若い子たちはちょっと後ろ向きなような感じでねぇ」
そこにやってきたママさん「な〜に?男二人で難しい話?」「まぁね」「演習終わったんでしょう?そんな顔しないで飲みましょう!」
なんでそんな話知ってるんだ…とは聞かない二人、駐屯地周辺の飲み屋などが演習日程を把握しているのは珍しい話ではない(もちろん問題です)
「そうじゃのう、飲み直しますか!今日は気を遣った飲み会でしたからのぅ」木村1曹は一気にコップの中のビールを飲み干した



安田3曹と大島士長が会計を済ませて駅前のショットバー「アーティラリー」にやってきた時には、すでに1小隊の若手隊員たちができあがっている状態だった
「遅い!もう二次会始まってるぞ〜」声をかけるのは大宮3曹、奥のテーブル席から二人を手招きする「いやいや、ちょっと手間取ってねぇ…」頭を掻きつつ席に着く

「…で、その時にアイツが何したか知ってるか?一目散に現場から逃げ出しやがったんだよ…」「そりゃ最低だな〜」どうやら木島曹長の思い出話で盛り上がっているようだ
「ホント、この数年は地獄だったよな〜」「何かあったら陸曹集めて『お前等の指導が悪い』とか言って…」「アイツ、オレを糧食班に追いやっておいて『お前は仕事しねぇな』とか言いやがってな〜」思い出話と言うよりはグチ合戦になっている
「でも何が一番ナゾかって、そんなあいつが結婚してることだよな〜」「そうなんですか?物好きな女もいるんだなぁ」陸曹長クラスとなると結婚しなくても営外者(駐屯地の外に住む隊員)になれるので、若い連中は「ジメジメは独身」と思いこんでいたようだ
「娘さんもいるくらいでな…確か小6だったかな?」と安田3曹「けっこうかわいかったですよね?駐屯地の記念行事に来てましたけど」大島士長も見た事はあるようだ
「奥さんはどんな人間なんだろうな?すごい人格者か同等レベルのクソ野郎か…」「クソ野郎じゃねぇか?マイナス×マイナスはプラスだからな〜」大宮3曹が毒舌を吐き、場がドッと盛り上がる「娘さん苦労してるだろうね〜」「オレがかわいがってやろうか?」「お前ロリコンかよ!」周りには民間人もいるのだが、そんな事は気にせずバカ話を続ける一同だった

「次いこうぜ次〜!」「…ウェッ!」酔って吐いて大騒ぎの隊員たち。重圧からの開放感とボーナスの入った安心感からか…
「次、カラオケ行く人〜」「キャバクラ行こうぜ〜」とここから先はまたバラバラになってくる。彼らは夜中の3時近くまで飲み歩き遊んで帰っていった

翌昼前、営内班のベッドで最初に目を覚ましたのは安田3曹だった
太陽がやたらとまぶしく見える。窓の外に目をやり明るい日差しに顔をしかめながら、安田3曹は昨日の記憶をたどり始める…が、すぐに激しい頭痛が襲う
(こりゃーダメだな…なんかジュースでも買ってくるか)どうやら昨日は外出した格好のままで寝てしまったらしい。ジーンズのポケットから財布を取り出す
「!無い!福沢さんがいねぇ!」昨日は確かに3枚あった1万円札が無くなっている「なんで…?」
頭痛をおして記憶の奥底をたどると、昨日の2次会以降の狂喜乱舞が思い出される…「やっちゃった〜」がっくりと膝をつく安田3曹であった

番外編「宴会戦線」完



翌週…代休消化週間ということで、赤城士長も久々の実家に帰っていた
駐屯地から数時間、都内の某所にある一戸建てで祖父母と母、それに高3の弟が住んでいる(父親は単身赴任だ)

しかし家には祖父母も母も気配が無い「…」居間のソファーで横になりテレビのチャンネルを変える。平日のテレビはワイドショーばかり「つまんない…」思わず呟く
「ふぅ…あっついな〜あれ?姉ちゃん遊びに行かないの?」高校から帰ってきた弟、健四朗が冷蔵庫からアイスを持って居間に入ってきた
高3の彼は上3人の兄に比べて、いや、普通の男性に比べても非常に細い体格をしている。体力もあまり無いので、よく「兄貴たちに全部持って行かれた」と愚痴をこぼしている
「高校の時の同級生とかと遊びに行くんじゃなかったっけ?」「みんな大学でサークルとか論文とかあるんだって…私にもアイスちょうだい」「自分で取りに行けよな…」ブツブツ言いつつも冷蔵庫に向かう
「そういうアンタは何してんのよ〜?学校は?」「オレもう高3だよ、テスト休みだよ…バニラでいい?」そう言いつつ居間に入り、赤城士長の隣にあるソファーに座る「はい、アイス」「あんがと」

「久々に家に帰ってきたら誰もいないんだもから…みんなどこに行ったのよ?」「母ちゃんは親父のところに遊びに行ったよ。なんかどっかの海軍さんと一緒にイベントらしいよ」「爺ちゃんたちは?」「爺ちゃんは海軍軍人会の旅行、ばあちゃんはハワイだって」年を取っても元気な人たちである
「まったく…せっかく帰ってきても家族はいない、友達も忙しい、テレビはつまんない、しかも仕事もつまんないなんて…」おっ?と不思議そうな顔を見せる健四朗「仕事つまんないの?」
「つまんない、って言うか…行き詰まってるのよ」アイスをなめつつ愚痴をこぼす。扇風機の風が心地よい「『自衛隊の仕事ってこんなものなのかな?』とか『この仕事続けて大丈夫かな?』とかね…」はぁ、とため息を一つつく



(こんな顔をする姉ちゃんは久しぶりに見たな)珍しいモノを見た、という顔をする健四朗。だが心配はしていない「オレに言われてもど〜しようもないしねぇ」と投げやりな答えを返す
「あんたは気楽ねぇ…」「そうでもないんだけどね。兄貴たちに相談したら?」赤城士長の3人の兄は皆、現職の幹部自衛官なのだ
「純一兄ちゃんは海の底」「いつまで?」「潜水艦隊司令部の人に聞いたら『機密事項につきお答えできない』だって…」潜水艦の動きはどこの国でも秘密事項だ
「翔兄ちゃんは?」「アラスカで訓練だって。米空軍と」「三吉兄ちゃんは…」「久留米で入校中、電話してるヒマなんて無いってさ」「みんな忙しいんだね…姉ちゃんだけ?ヒマなのは」と思わずいらない事を言ってしまう
「あんたねぇ〜!」アイスを口にくわえながら弟に思いっきりヘッドロックをかます「ちょっ、ちょっとタンマ!痛い!アイスが落ちる!」体力面で姉に勝てない弟である。ジタバタしながら腕をふりほどこうとする
「こっちだって先週はずっと山の中だったのよ〜」胸が当たるのも気にせずグイグイと弟の頭を締め付け、ぐったりしてきた頃合いを見て手を離す「…あ〜まったく…本気で締めんなよな〜」ぐったりした様子でソファーに沈む弟であった
「ヒマな時間も考え物ね〜余計なことばっかり考えちゃう…」テレビは芸能人がどうのこうのと、まったく興味のない話を流し続けている
「じゃ、帰ったら?家にいてもつまんないだけでしょ?」と健四朗「そうね〜…」生返事をする赤城士長であった



結局、実家に帰ってもやる事がない…と言う事で、赤城士長は日曜日の夕方に駐屯地に帰ってきた。駅前からバスに乗るが、駐屯地近くの道路が渋滞しているようだ
(事故でもあったかな)と思ったが、その理由は駐屯地前のバス停を降りた時に明らかになった

「じえ〜たいのぉ〜海外ぃ〜派兵ぃ〜はんたぁいぃ!〜!」「米軍の〜ぎゃくさつこういを〜許すな〜」駐屯地前の道路を占拠しているのは「労組」や「自治労」「○○大学」などと書かれた赤い旗を持ち、シュプレヒコールを繰り返しているデモ隊だった
人数は100人くらいか、前で声を張り上げる数名の若者は大学生くらいの年に見える。が、髪型や目つきがどうも尋常ではない。まるで一昔前に物議を醸したカルト宗教の信者のように見える
「…われわれはぁっ〜憲法第9条を破るぅ〜自衛隊を〜許さないぞ〜!」やる気満々の若者たちに比べて「ゆるさないぞ〜」列中の中年男性や家族連れはテンションが低い
デモ隊の端にはヘルメットを被りサングラスをかけ、口にタオルを巻いている一団もいる。交通整理をしている警官とときどき小競り合いを繰り広げている

閉ざされた駐屯地の門と、向こう側に見える警衛隊の姿、そしてデモ隊の異様な風景…バスを降りた赤城士長は思わず立ちすくんだ「そういや今日だったっけ…」先任が演習の終わった日に「日曜にデモ隊が来る」と言っていたっけ…と思い出す
営門は閉ざされており、しばらくは入る事もできなさそうだ。どうしたものかと思案する赤城士長に一人の男が声をかける



「お〜い、赤城クン。そこにいると危ないよ」バス停の待合所に座っているのは、丸い顔に丸い体の中年男性だった
ポロシャツに綿パン、普通の人のように見えるが…(なんで私の名前を知っているんだろう…)と一瞬訝しむ「危ない…ですか?」

「そう、そんなところでぼ〜っと立ってたら自衛官ってまるわかりだろ?連中に襲われるからこっちに隠れておきなさい」と男は手招きする「…なんで私の名前を?」警戒を解かずに聞いてみる
「君は連隊内では有名人だからね。僕は2科先任の角田曹長だよ」赤城士長には面識がないが、よく見ると確かに「同業者」の臭いがする
素直に待合所に入りベンチに腰を下ろす「いや〜暑いのに彼らも頑張るねぇ」丸い顔からは汗がにじみ出している。デモ隊は何度も同じフレーズを唱え、シュプレヒコールを繰り返している
「ほれ、あの端っこにいるヘルメット集団…彼らは中核派のメンバーだよ」手に持っていた扇子でデモ隊を指す「本気で人の頭を鉄パイプでかち割る連中だからねぇ…自衛官とばれたら危ないよ」「じゃあなんで角田曹長はここに?」もっともな疑問だ
「僕は2科だよ、情報収集さ。襲われても逃げられるしね〜」と言って笑い、裏にある自転車を指さす
赤城士長は知らないが、角田曹長は連隊のレンジャー出身者から「鬼の角マル」の異名で呼ばれ恐れられたレンジャー助教だったのだ。たとえ襲われても10人くらいなら相手にできる自信がある



「我々は、平和を愛するアジア市民を代表して、海外に展開して米軍の侵略戦争の先方を担ぐ自衛隊を即時撤退させる事を要求します。これは、憲法第9条に謳われた…」デモ隊の代表者らしき人物が声明文を読み上げる
デモ隊の中にいる人たちはアクビをしたり、横を向き隣の人と何やら話している。暑さのあまりへたり込んでいる女性もいた「大丈夫かな?」直射日光に1時間近く当たっているのだ、危険な状態も予想される
周りにいた眼鏡をかけた大学生風の男が近寄る、助けるのかと思いきや…女性の腕を掴み無理矢理立たせようとしているのだ。嫌がる女性に大声で怒鳴りつけている「…平和のために闘争…統括を…」などという声が聞こえてくる
「デモ隊の大半はバイト学生か労働組合から狩り出された人だからね。真剣味が無いねぇ」のんびりした口調で角田曹長が言う「真剣にやってるのなんて1割もいないよ」「そんなもんなんですか?」「有名な話さ、基地祭に抗議しに来たデモ隊のメンバーが、午後には基地祭見物にやってきている…なんてのはね」
次に声明を読み上げているのは「元自衛官」と名乗る30代の男性だ「…私も隊員だったので、皆さんの不安はよくわかります。海外に派遣されて米軍の手先となる事がはたして…」
つまらなさそうに声明文を聞く角田曹長「元自もいろいろ、在隊期間3日でもマスコミの報道では『元自衛官』になるからな…」といささか不満そうだ
「最近の彼らのトレンドは『隊員の味方』みたいな顔をすること、らしいからね〜」「トレンドなんてあるんですか?」思わず聞き返す「阪神大震災以前は彼らも『自衛官は平和の敵』みたいな事を言ってたんだけどね」と角田曹長は肩をすくめる
「カンボジアの時なんかひどかったからね〜地道な行動がやっと実を結んだ…ってとこかな?まぁその代わり仕事は増えたけどね」



最後に大学生と思われる女性がヒステリックに叫び続ける「…自衛隊にしか入れなかった皆さんの辛い立場はよくわかります。しかし!今求められていることはぁ、平和を守るために憲法9条を世界に広め…」このフレーズに赤城士長はカチンと来た

「『自衛隊にしか入れなかった…』?!」明らかに隊員(含む自分)をバカにしたような発言に思わず腰を浮かせる「おおっとぉ、まぁ落ち着きなさい」角田曹長が腕を引く「しかし…」「今言ったところで連中が聞くと思うかい?言いように利用されるのがオチさ」
渋々といった感じでベンチに座る「ま、彼らの存在を守ることも大事さ。これが『民主主義』僕らの守るモノ…だからね」達観したかのように言う「…」確かにそうだが、何か納得のいかないモノを感じる赤城士長だった

デモ隊が去り営門が開けられた「…開いた」日が西に傾き始めている「お疲れさん」と声をかける角田曹長、とそこに、陰気な顔をした背広姿の二人組が現れた
「お〜お疲れさんです」と陽気に声をかける曹長「…どうも、それでは失礼します」ペコリと頭を下げて二人組は立ち去っていった
「あの人たちは?」赤城士長が聞く「県警公安部の人だよ…あまり言わないようにね」そう言って人差し指を建てて口に当てる
「公安?」そう聞く赤城士長の脳裏には、大ヒットした某刑事モノ映画が思い浮かぶ。スパイ活動、身内の監視、存在すら感じさせず独自に動く特異な集団…そういうイメージが「怖いですね…」という言葉を口にさせた
「そりゃ〜仕方ないさ、情報戦とはそういうもんだ。でもね…」一度言葉を切り、一気に語り始める「国の安全のために悪役の汚名を着て、危険な任務に身を晒し、何の見返りも求めない…まだ称賛を受ける事もある我々とは違うよ。彼らは僕たちよりババを引いてるのさ」そう言って笑う
「君のお父さんも情報関係に身を置く人だ。わかるだろう?」「…」何も言えない赤城士長だった

営門の前に落ちてあったデモ隊のビラを拾う。これ以上はないというほど醜く描かれた時の首相の顔、そして銃弾を女性や子供に浴びせる自衛官の絵、ビラの表題には「米軍の侵略戦争に荷担する自衛隊の犯罪行為を糾弾する」とある
ビラの中身は現政権と自衛隊、そして米軍を徹底的に汚く書き「自衛隊に入るしかなかった人々を救います」と結ばれている。そして電話番号と、それより大きく書かれたカンパ振込先の口座番号…
「…」これ以上はないほど醜いモノを見た、という表情でそのビラを握りつぶす赤城士長だった



翌月曜日、中隊の朝礼に並ぶいつもの面々 「…本日は水曜日からの演習準備、可能であれば15時から体育、以上!」運幹の指示が飛び、課業開始のラッパが鳴った

小隊ごと、もしくは各勤務区分ごとに隊員たちが別れていく「さて…ウチらもやりますか〜」と中隊本部も動き始め、いつもは事務室にこもりっきりの係陸曹たちも倉庫に向かう
しかし、先任と田浦3曹は事務室に戻ってきた。今回の演習には二人とも参加しないのだ「ここんとこ演習に連続参加だからなぁ。今回は中島曹長に任せてゆっくり休んだらどうだ?」と先任が言う「なんかヒマになると急に落ち着かないんですよ…」と根っからの仕事人間である田浦3曹

今回の演習は検閲に重火器の射撃と盛りだくさん、東富士演習場で10日間の日程だ。水曜に出発して次の週の金曜まで…期間が長引くほど準備にも手間がかかる。今日明日は演習準備で潰れるだろう
倉庫地域で天幕や野外ベッド、寝具などの積み込みが行われている。荷物を積むトラックを待つのは各小隊の作業員だ「いやいや、昨日のデモ隊にはやられたわ〜」と文句を言うのは井上3曹だ
「飲みに行こうと思ったら門が閉まっとんねん。デモすんのは勝手やけどオレらの生活の邪魔はせんとって欲しいわ〜」「命令会報で言ってたんだから、それまでに出たらよかったんじゃないですか?」「いやいや、昼寝しとったら起きれんかってなぁ…」と頭を掻く



「昨日のデモ隊の事、新聞に載ってるぞ」と声をかけてきたのは補給陸曹の鈴木曹長だ。手には朝○新聞が握られている
「朝○なんか取ってるんですか?」と誰かの驚く声
「あ〜これなぁ…個人的にはイヤなんだけど、近所にある温泉センターのタダ券が付いてくるから…」と肩を落とす「ウチのかあちゃんが止めたがらないんだわ」
新聞に群がる隊員たち「お〜どれどれ…『平和団体や市民団体が抗議行動…』あの物騒な連中が平和団体ね〜」と笑い声「『約300人の参加者は口々に平和を訴え…』だって。300人もあの狭い道路に入るかっての」
その話を聞きながら一人憮然とした顔をするのは赤城士長だ。どう考えても「平和」からはほど遠い連中が「平和団体」と新聞に書かれ、さらに人数の水増しまでされている「…まったく」納得のいかない話である
「お、どうしたんや?不機嫌そうな顔して」井上3曹が声をかける「いえ…私も昨日デモ隊を見たんです」

昨日見たデモ隊の話をする赤城士長「…おかしい話ですよね?『平和団体』何て怪しい連中、それにど〜考えても嘘みたいな参加者の発表とか…」と憤る「ふ〜ん、ま、いつもの事や」特に興味も関心も示さず井上3曹は答える
「いつもの事って…」「赤城かてデモ隊見たのは初めてやないやろ?親父さんの仕事場とかに来んかった?」「あんまり見たことないです…」「そりゃそうだろ、官舎まで入り込んでくるデモ隊なんて滅多にいないからな」と横から入ってきたのは片桐2曹だ
「ま、所詮は朝○新聞だからな。俺たち自衛官にとっては不倶戴天の敵ってヤツだ」「そういや田浦の時も朝○やったな〜」と井上3曹
「田浦3曹?何かあったんですか?」「いやな、何年か前にあいつが…」と井上3曹が途中まで言いかけたとき、荷物を積むトラックがやってきた「お〜い、荷物積むぞ〜」と鈴木曹長の声が響く
「お、来たか。ほな行くで」「あ…は〜い」話の途中でいささか不満顔の赤城士長だった



水曜日の朝6時、朝焼けが照らす駐屯地の営門を車両の列が通過していく。東富士演習場に向かう連隊の車両だ
パジェロを筆頭に高機動車、1t半、ダンプ、大型、106SP、その他いろいろ…朝のきれいな空気の中、ディーゼルの黒い煙を出しながら駐屯地を次々に出発していく

駐屯地に残るのは自動車教習所などの入校・被教育者、糧食班などの臨時勤務隊員、そして各中隊の残留者だ。手の空いてる隊員たちが駐屯地内の道路に整列して、演習に向かう車両の列を見送る…その中に赤城士長もいた
「いってらっしゃ〜い」と手を振る相手は通信小隊の中村3曹やWAC隊員たち。WAC隊員も赤城士長と教育隊の2等陸士2名を除いて全員が演習に向かう、残留要員として今回は赤城士長が残ることになったのだ

「は〜」人の少なくなった事務室でため息が響く「…疲れたか?」と顔を上げて聞くのは田浦3曹だ。扇風機が回る事務室には先任、倉田曹長、田浦3曹、そして赤城士長の4人しかいない
赤城士長は田浦3曹の手伝いで書類整理を行っている。残留者がほとんどいないため、訓練しようにもできないのだ「書類仕事って疲れますねぇ」と手を組んで背伸びをする
「演習に行きたかったなぁ…」「物好きだな〜10日も富士なんて気が滅入るぞ」と笑う田浦3曹「天気がよかったらいいんだけどな。雨男がいなきゃいいが…」パソコンのキーボードを叩きながら倉田曹長が呟く



事務室には指揮システムを除き官品のパソコンがない。先任も私物のノートパソコンを開いている「あれ?ど〜もよくわからんなぁ…」とモニターを見ながら首をかしげる
「事務の皆さんはパソコン持ってるんですね」と赤城士長
「私物だけどね…」と皮肉めいた笑いをするのは田浦3曹だ「そうなんですか?」「そうさ〜陸自は貧乏だからね。コピー代だって自腹なんだから…」事務室の端っこにあるコピー機には、大きく「無駄遣い厳禁!」の貼り紙が貼ってある
「係陸曹になるからパソコンを買った…って人も多いよ、オレは買ってからだけどね。私物なのに持ち出し禁止とか管理されるのはちょっと変だと思うけど…」係陸曹は名簿等の個人情報を扱うことも多いので、パソコンの管理は細かく見られることも多い
「最初から官品を出すか、パソコン無しでできるような仕事をさせて欲しい…てのが本音だけどね」自衛隊の上層部の言い分は

「パソコン使って仕事をしろとは言ってない」
「指揮システムのパソコンがあるだろう」
「個人情報を漏らしたら自己責任だ」
と言ったところだ

「ま〜そんなもんだよ自衛隊なんて…っと」元気のない顔をする赤城士長を見て(言い過ぎたかな?)と思い口を止める田浦3曹。しばらくは事務室に沈黙が続く…

ふとこの前に井上3曹が言ってた「朝○新聞」の話を思い出す赤城士長「そういえば田浦3曹…」「ん?」「あの〜この前井上3曹が言って…」そこまで言った時に電話が鳴った
「はい中隊本部、訓練田浦3曹…はい、はい…今ですか?わかりました〜」がちゃんと電話を切る「先任、3科まで行ってきます」そう言って何枚かの書類を持ち、田浦3曹は事務室から出て行った
聞きそびれた…とちょっと不満そうな顔の赤城士長(まぁ帰ってきてから聞いたらいいや)と思った瞬間、また電話が鳴り響いた
「はい、第1中隊本部、赤城士長です」(お〜赤城か、岡野だけどちょっと支援にきてもらっていいか?)電話の相手は通信陸曹の岡田2曹だ
「先任に聞いてみないと…先任?」事情を話す「いいんじゃない?向こうも山崎しかいないんだろ?」「わかりました〜…じゃ、今から行きますね」がちゃんと電話を切る
(なんか聞きそびれちゃったな〜)と思ってたのも束の間、課業終了の時にはすっかりそんな話も忘れていたのだった



演習部隊が出発して一週間が経った火曜日、まだまだ残留要員はのんびりムードだ
7月の太陽が駐屯地を容赦なく照らす。グラウンドでは新隊員教育隊が訓練しているのが見える

「防衛出動待機命令、命令権者と承認者は?」パソコンから目を離さず田浦3曹が言う「え〜っと…命令権者は防衛庁長官、承認者は国会…」答えるのは赤城士長
「違う、承認者は内閣総理大臣だ。この辺は重要だからな」「あ〜そっか〜!難しいですねぇ…」と頭を掻く「出動関係だけでいくつもあるんですねぇ」その手には服務小六法がある
「オレの時はこの辺…『国民保護等派遣』とか『警護出動』は無かったんだ」と田浦3曹「この辺は有事法制や9.11の後に作られた条文だからな」「そんなに頻繁に変わってるんですか?」と赤城士長
「オレが陸曹候補生の指定を受けたのは9.11の前だったからな〜」そう言って先任の方を向く「先任の時はこの辺…『地震防災派遣』とかは無かったと思うよ。ですよね?」
その声に顔を上げる先任、老眼鏡を顔から外す「そうだな…その辺は阪神大震災の後に作られた法律なんだよな〜」「なんか後手後手ですね…」と不満そうな赤城士長
「そりゃしょうがないよ。『何かあってから法律を作る』のは日本人の悪いところさ」と肩をすくめる田浦3曹



昼過ぎ…赤城士長は通信庫で岡野2曹の手伝いをしており、事務室には男ばかりが残る
「そうだ、田浦よ〜明日と明後日休んじゃえ」先任が急に口を開いた「突然何ごとですか?」ポカンとした顔をする田浦3曹
事務所にあるテレビからは台風の九州への接近を伝えるニュースが流れる「おまえ、代休がもう15日もあるじゃないか。消化しないといかんぞ〜」田浦3曹の代休簿をヒラヒラと顔の前に持ってくる
「台風がくるのに?それにどうせ盆休みで消されますから…」とあきらめ調子だ

年末年始や盆休みの長期休暇では「特別休暇」が数日間割り当てられる。その特別休暇に民間企業の有給休暇に当たる「年次休暇」を付けて長期の休みを取る事が多いのだが…
休日に勤務した際に付く「代休」が残っている隊員は、年次休暇よりも先に代休を使わされる事が多いのだ
つまり…「仕事を多くした者の方が不利」という状況になってしまうのだ。しかも年次休暇は30日以上残った場合は切り捨てられるのである

「だからこそ今のウチに休みを取るんだよ、誰もいないから気兼ねなく取れるぞ。台風も日本海に抜けそうじゃないか」と先任はテレビのボリュームを上げる「先任は休むんですか?」「ん?ん〜休みなぁ…」自分から「休みを取れ」と言っておいてなかなか先任は休もうとしない。上官が休まないと部下も休みにくい…という事も多い
「ま、気が向いたら取るよ」と先任「じゃあ自分も遠慮無く取りますね」そう言って休暇証を取り出し記入を始める田浦3曹
「倉田曹長は休まないの?」「もうすぐ異動だからなぁ…それに今半週は当直だしね」7月末は人事異動の時期だ。人事陸曹の倉田曹長は休めない
「代休減らしてよ〜あんまり多く残してると、年次監察とかで文句言われるしね…」

「…という訳で、本日の関係命令は無し。見ての通り中隊は今、人がほとんどいない状況だからね。事故等を起こさないように!」終礼時、20人程度しかいない中隊の残留者を前に先任が命令会報を行っている
「台風の接近に伴い災害派遣などがあるかもしれないから、各人連絡手段は常に持っておくように…それでは解散、別れ!」



ここは東富士演習場、滝ヶ原地区。月明かりと星明かりが富士山を照らす
立ち並ぶ6人用天幕の中で、いつもの一同が食事の後ののんびりした時間を過ごしている

「今日の夜食はチキンラーメン♪…っと、お湯沸いたかな?」キャンプ用品の携帯コンロに折りたたみ式の鍋をかけてお湯を沸かしているのは井上3曹だ
「夜食なら買い出しについて行ったらよかったのに…」と同じ天幕にいる片桐2曹「お金がね〜あんまり無いんですわ」「酒ばっかり頼んだんだろ?まったく…」とあきれ顔だ
東富士演習場でもかなり上の方にあるのがここ滝ヶ原地区だ。斜面の下を見ると滝ヶ原廠舎、その下に滝ヶ原駐屯地、その道路向かいには米軍富士キャンプ
今日は天気がよく、下の方には御殿場市、明かりは少ないが市街地の夜景が輝いている
目を反対側に向ければ富士山がそびえ立っている。ここ数日は雲が富士山にかかっており、今日やっとその姿が確認できたのだ
滝ヶ原駐屯地を下るとコンビニがあり、他の面々は買い出しに向かっている

「重迫の射撃は何時から?」「もうやってるハズです…ほら、照明弾」ド〜ンという爆音が鳴り響き、数秒後に空が明るく染まる
「ど〜も、お邪魔します」その時、天幕に顔を出したのは鈴木士長だ。陸曹候補生に指定された田中士長が小隊に復帰して中隊本部の伝令要員が不在になったため、7月から中隊本部で勤務しているのだ
「おぅ、中隊長ほっといてええんか?」「なんか話し合いとか何とか…」頭を掻きつつ野外ベッドに座る「何の?」「赤城の入校の件らしいですよ」



「赤城を陸教で『軽火器』に入れるか『迫』に入れるかで…今、連隊本部の人事幹部と佐々木3尉を交えて話してます」
持参してきたビールを開ける「そんなん、軽火器でええやん」チキンラーメンをすすりながらあきれ顔を見せるのは井上3曹

「軽火器で通用しとるんやから…中隊配属までしといて『陸教はダメよ』なんて理屈はヘンや」「でも軽火器ってキツいんでしょ?」そこで片桐2曹が話に入る
「まぁな。でもやってできん事は無い、と思うけどなぁ」天幕に転がっていたエロ本を読みながら言う「原隊復帰なんてさせたくないんでしょうね、中隊長は」と鈴木士長
「そんなんは上の都合やろ?本人の意志を無視したらアカンわ…」といいことを言った、という顔をする井上3曹だが…その時、天幕の外に高軌道車の音が聞こえた
「お、酒キタ〜!」一も二もなく飛び出す「…」あきれ顔の片桐2曹と鈴木士長であった

月明かりの下、雲が早く流れ始めたことに誰も気づかない…

赤城士長はWAC隊舎前で空を見上げていた。手には靴磨き用のブラシ、傍らには戦闘靴2型が置いてある
靴墨をつけて布で拭きブラシをかける、いつもやってる手順だが今日は何となく空を見上げて考え込んでしまう

「は〜…」誰が聞くともしれないため息を一人吐く。物思いにふけっているためか靴磨きはあまり進んでいない(どうしよう、このまま仕事を続けるかなぁ…)
ここ1ヶ月、自衛隊にとって陰の部分ばかりを見てきているような気がする。そこでふと思いついた(そういや私、何で自衛隊に入ったんだろう)
父も自衛官、母も元自衛官だった。3人いる兄は当然のように自衛隊に入り、今も幹部として第1線で活躍している。そんな家庭環境からか、何の疑問もなく自衛隊に入ってきたのだ。ただ違う点は兄たちのように防衛大や航空学生といった幹部の道を選ばなかった事だけだ
高校の進路相談でも1年生の最初から自衛隊に入ることを決めていた。数少ない日教組の教師に絡まれたりもしたが、それでも意志は変わることがなかった
(でも…考えなかっただけかもなぁ〜他の進路を…)前期教育隊の同期でも、もうすでに退職した隊員も多い。同じように疑問を持ったのか、他にやりたい事を見つけたのか、それともただ飽きたのか…



考えがまとまらない、じっとしてても仕方ないので靴磨きを続ける
とその時、物陰から一匹の黒猫がゆっくりと出てきた

優雅な物腰で辺りを睥睨する、赤城士長とも目が合うが全く意に介さず玄関の横に座り込む「夜一さん」と赤城士長が声をかける
会計隊に所属するマンガ好き(自分でも書いているらしい)の士長が名付けたというその黒猫「夜一さん」は、WAC隊舎を縄張りにする野良猫だ
何人かのWACがエサを与えたりしているらしいが、プライドが高いのかあまり人の手を介したエサは食べないらしい

「猫か…いいねぇ、自由に生きられてさ。気楽だろうねぇ」そう言って手を差し出して撫でようとする。「夜一さん」はちらりと一瞥をくれただけで、そのまましきりに顔を洗っている
「…」ふぅ、と鼻息を一つ吐き出し空を見上げる。月明かりに照らされた雲が見た目でわかるほど早く動き、通信塔の避雷針が激しく揺れている
「…風、強いのかな?」夜陰の中を風が走り抜けていく…

翌朝、下宿で熟睡中の田浦3曹は携帯電話の着信音で目を覚ました。寝ぼけながらも枕元にある携帯を手探りで取りあげる
携帯の液晶画面には『佐藤准尉』の名前がある
「ふわぁい、たうらでふぅ…」アクビをしながら応答する(田浦か?今どこだ?)「下宿でぇす〜」まだ半分寝ぼけている
しかし次の瞬間(非常呼集)の声が受話器から飛び込んできた



一瞬で目を覚ます田浦3曹。布団をはねとばしテレビのチャンネルを探す
「状況は?訓練ですか?実状況ですか?」時々だが連隊や師団レベルで「訓練非常呼集」というのがかかる事もある

(連隊長が演習中なのに訓練呼集がかかるわけあるまい。台風だよ)と先任の声
テレビをつけてNHKにチャンネルを合わせる田浦3曹、何かと非難の的に晒されているNHKだが、こういう場合の情報はNHKがもっとも信頼できるのだ
「…あ〜見事に進路が変わっちゃってますね」九州に上陸すると思われていた大型台風が、まるで狙いすましたように駐屯地のある地方に向かっている
(今はまだ1種だが、いつ3種がかかるかわからん。今日は休みだろ?でも遠出はしないでくれ)呼集レベルは1種から3種まであり、1種と2種は指定された要員だけの呼集となる。3種がかかると全員集合だ
「了解しました」そう言って電話を切る。いつもの抑揚のない声でNHKのキャスターが台風情報を読み上げる「…現在、大型で非常に強い台風7号は、時速30kmで…」このままだと直撃のようだ
「仕方ないなぁ…」そう言って田浦3曹は起きあがった



「お疲れ〜ッス。いや〜ひどい雨、ってより風で…」事務室に顔を出した田浦3曹、部屋には当直腕章を着けた倉田曹長しかいない
「おぅ、ちょうどよかった!…たった今、3種がかかったぞ」「!…かかりましたか」頭を掻く田浦3曹
3種がかかっても「即出動」というわけではない。むしろ待機はしても実際に出ないことの方がはるかに多い。この時点ではそれほど焦る必要はないが…
「先任が命令受領に行ってる、取りあえず着替えてこいよ」「わかりました、取りあえず迷彩服ですね?」「そうだろうな」そこまで聞いて田浦3曹は自分の居室に向かう

迷彩服に着替えた田浦3曹が事務室に帰ってきたときには、すでに出動準備が始まっていた「車両、何台動ける?」「高機動車が…3台、ジープが1台、あと…」「燃料!業務隊に連絡を…」
事務室の自分の机につく田浦3曹「さて…」訓練としては人員の掌握が最優先だ「おぅ、田浦」先任が声をかける「連隊本部からだ」そう言ってメモ用紙を渡す
「…『残留者の車両操縦、部隊通信、大型特殊etc…これらの特技保有者の人員数をOSPで提出せよ』か。よし…」名簿を手に人数をチェックする
連隊のほとんどが演習に行っている状態なので、各中隊の編成を崩して災害派遣に当てるらしい。O(officer=幹部)S(sergeant=陸曹)P(private=陸士)ごとの人数を出す



「土嚢、エンピ、十字、バケツ、あとは…」「水缶、メシバッカン、食器は…」「飯ごうを使わせろ、実数が無いからな」
倉庫地区でも大忙し、各中隊少ない人員でバタバタと動き回っている

「無線機はこれだけか…電池を入れてチェックしてくれ」通信庫でも岡野2曹と山崎士長、それに赤城士長が準備中だ「…『本日は晴天なり、本日は晴天なり…』よし」台風直撃の悪天候ではギャグにしか聞こえないが、これも無線のチェックだ
「携帯無線機、全部異常ありません」と赤城士長「電池は…よし、これだけ持っていこう」「しかしホントに出るんですかね?」山崎士長が口にする
「それはどうだろう?いつも準備はしても実際に出ることは滅多にないからな」と岡野2曹「ま、準備するに越した事は無いさ」
「富士の演習部隊、どうなってるでしょう…」心配そうに富士山の方を向く赤城士長、窓の外では雲が激しく動いていた



「…1中隊、準備できたとの事です」「あと残ってるのは?」「3中隊、対戦…」「そうか、昼までには終わらせるように」
連隊本部、作戦室。たいそうな名前ではあるが、ただの広い部屋に椅子と机、電話、警備隊区の地図、ホワイトボード、無線機などが置いてあるだけだ

当直司令についている警備幹部の報告を報告を受けるのは副連隊長以下残留している連隊本部要員、そして会計隊の幹部に業務隊の幹部と陸曹だ「3科の方は、人員集計は?」「できてます。名簿はこちらに…」書類を手渡す
「4科の方で燃料と食事、その他物品の手配を」「燃料の方はOKです。食事なんですが…」4科の補給幹部、加賀美2尉はチラッと業務隊の二人の方に目を向ける
「この待機がいつまでになるかわからない状況ですね?営外者の分まで食事を作るのに材料が不安で…」と業務隊幹部「レトルトのカレーとか、非常用のがあるでしょ?」「あれは非常用でして…」
「今は非常時です。食事の確保を願います」キッパリと言い切る副連隊長
「しかし予算の方が…」「会計隊の方で処置は可能ですか?」副連隊長は会計隊幹部の方に顔を向ける
「え、あ、まぁその〜この待機が師団の方からの命令ですので、その点は可能かと思います」若い会計隊幹部はしどろもどろになりながらも説明する
「何よりも最優先に願います。次は2科、前田」「はい」情報幹部・前田1尉だ「地図の方は?」「準備できてます。どの地域に災害派遣がかかっても対応可能です」「よし!」ぱん、と手を叩く副連隊長
「出動がかからないことを祈り、どんな状況にも対応できる準備をしよう。阪神大震災の轍は踏まん!以上、解散」



正午の飯ラッパが駐屯地に鳴り響く。風の音、そして雨の音で屋外ではラッパはほとんど聞こえないだろう
副連隊長は2科にいる「…直撃か」ニュースを見て呟く
連隊長が不在であるため、残留部隊の指揮は副連隊長が執る事になっている

「そのようですね、やれやれ…」新聞をチェックしながら耳だけテレビに向けているのは2科先任・角田曹長「危ないのはこの河…この堤防…それから…」地図のチェックに余念がないのは前田1尉だ
前田1尉は普通科には珍しい「U幹(一般大学卒→幹部候補生)」だ。どこか雰囲気があか抜けているのはそのせいである。防大出の幹部の多くが丸坊主やスポーツ刈りにしているのに比べて、髪も若干の長髪である
「副連隊長は震災(阪神大震災)には?」角田曹長が尋ねる「行った、と言うよりその場にいた、だな」口をへの字に結ぶ副連隊長「当時、私は3師団にいたんだ、ひどいもんだった…」と言い目を閉じる
「あの時の悲劇は繰り返してはならん。外出も帰宅もできずに待機する隊員たちには気の毒だが…な」「まぁ仕事ですからなぁ」ハハハと笑う二人、とその時電話が鳴った
緊張が走る「…はい2科先任・角田曹長…え?」ふんふんと頷く「副連隊長、2中隊が『明日の警衛要員はどうするのか?』と…」警衛に付く隊員を災害派遣に出していいのか、という話のようだ
「そうだな、明日の分は外しておくか」「了解…だそうだ…うん、そう…外してくれ」がちゃんと受話器を置く「ま、いろいろありますわなぁ」苦笑いを浮かべる角田曹長。その手元にある電話機がまた鳴り響いた
「忙しいなぁ」あきれ顔の前田1尉「ハハハ、ホントにねぇ…はい、2科先任…」笑顔で受話器を取る角田曹長、だが次の瞬間…

「師団長より災害派遣命令!了解です…県知事からの要請?…はい…」電話で受けた話をその場で復唱する。ガタッと席を立つ副連隊長に前田1尉
「…はい、替わります」受話器を副連隊長に差し出す「はい、替わりました…うん、そうか。…わかった」話を聞きつつメモを取る「あとは指揮システム端末で…了解!」がちゃんと受話器を置く。そして「放送をかけろ、それと各中隊先任者集合だ!」



再び作戦室「1220,県知事からの要請により師団長から災害派遣命令が下った」
集まった面々が副連隊長に注目する

「任務は堤防の補強、並びに危険地域の住民避難誘導」手に持った資料に目を落とす各中隊の先任者「出動地域は県北部・A市一帯。S川上流の降水量が安全基準を大幅に超えたとの事だ」
前田1尉が立ち上がる「すでに情報小隊から先発情報収集班が出動しています。県の地方連絡部からLO(連絡幹部)が県庁に、そして地区施設隊も出動準備を整えている、との事です」
災害派遣時に県庁や市町村役場に派遣されるのがLO(連絡幹部)部隊と行政のパイプ役となる。地区施設隊は方面直轄の「施設団」隷下にある部隊である
「師団司令部も待機に入りました…今回は連隊主力が演習中なので、中隊編成を崩し部隊を再編します。長となる方は確実な人員掌握をお願いします」他中隊の人間となると顔も知らない相手もいる
「さて、我々のこれからの行動を説明します」前田1尉はそう言うと、壁に貼ってある地図の前に立つ。オーバレイと呼ばれる透明なシート(分厚いラップのようなもの)に青や赤のマジックでいろいろ書き込まれている
「駐屯地を出発して県道30号線を北上…」指揮棒で地図をなぞる「集結地はA市市役所、ここに連隊CP(指揮所)を設置します。施設作業小隊を主力とする堤防補強隊はこの地点、市立高校グラウンドを拠点とします」真剣な顔でメモを取る
「避難誘導隊はここ…武道館を避難場所とし救護所もここに設置します。あとは…」細かい説明が続く



「以上です、何か質問は?」さっそく手が上がる
「燃料や食料の補給場所は?」
「後ほど管整小隊が追求します。場所は未定ですが、武道館前のグランドか市役所駐車場になる予定です」

「無線機はこれだけ?」「基地通信隊からも借りました。もう鼻血も出ません」その言葉に作戦室がドッと沸く「ま、通信小隊が検閲だからなぁ」「そういや、演習部隊は?」災害派遣がかかれば演習も中断する事が多い
「演習部隊は現在、宿営地の撤収を開始したとの事です。出発予定は1700…」「間に合いませんなぁ」「主力は当てにしない方がいいですね」

一通り質問が終わり副連隊長が席を立つ「これで動けるな?では出発準備!目標は…」腕時計に目を落とす「今から30分後、1330を目標とする!編成完結を連隊本部隊舎前で実施する。以上、別れ!」全員がガタガタと席を立つ

「おい、車持ってこい!」「水、食料、後は…」「俺は誰の指揮下で動くんだ?」中隊は大騒ぎ、誰も彼もが右に左に走り回っている
「名簿はどこだ〜!」「はいはい、ただいま…」田浦3曹が中隊本部前の掲示板に編成名簿を張り出す「俺は堤防補強隊か…」「え〜っと、誘導隊?高機動車のドライバーね」提示版の前は黒山の人だかりだ
「み、見えない…」その人混みの一番後ろで困っているのは赤城士長だ「どうした赤城?」田浦3曹が聞く「あの〜私はどこに?」「あぁ、俺と同じ連隊本部の支援だよ」「?」
手にするのは無線網図だ「部隊通信を出た要員が欲しいらしくてね。俺、山崎、赤城、それから先任も連隊本部のお手伝いさ〜」「そうですか、何かいるものは?」「そうだなぁ…雨衣は絶対に用意しとけよ。後は食い物だな」いつも必ず食事が来るとは限らない。自衛策として軽い食事(カロリーメイトなど)を用意するのは現場隊員の心得だ



1315…予定通りに各中隊は準備を完了、連隊本部前に集合した
「点呼を取りま〜す、第1中隊の…」「車両はこの隊舎の舎後に…」堤防補強隊の指揮を取るのは施設作業小隊長だ

施設作業小隊は連隊内でも「職人集団」で知られている。土木工事系いわゆるガテン系集団であり、実質の指揮は小隊陸曹である間島曹長が取る
「おぅ、おめぇら!常に俺の言うとおりに行動しろ。素人がヘタ打つんじゃねぇぞ!」カンボジアPKOにも参加したという間島曹長は、まるで現場監督のごとく集まった隊員に檄を飛ばしている

編成完結式のため、各部隊が並び始める。右端に連隊本部、真ん中に堤防補強隊、そして左端に避難誘導隊だ
「副連隊長に、敬礼!」第4中隊長が号令をかける。4中隊は教育隊を受け持っているので、中隊長も演習には行かなかったのだ。第4中隊長は避難誘導隊の指揮を取る
「各人、全力を持って任務に当たって貰いたい。以上!」シンプルかつ力強い副連隊長の言葉を合図に全隊員が車両に向かう
雨の中、各車両が震えディーゼルの黒い煙を吐き出した。田浦3曹も高機動車のハンドルを握る、横には先任だ「さて出発か…」「ですね。では…ん?」一人の若い男性が大きな鞄を抱え走り寄ってくるのが見えた
「ハァ…ハァ…間に合った〜!」運転席のドアにとりつきその男性は言った「これに乗っていけといわれたんだ」窓を開けて応答する田浦3曹「あなたは?」
雨に濡れた眼鏡をそのままに、その細い男性は雨衣の襟をずらす。OD色の作業服の襟には1尉の階級章が縫いつけられている「医務室の宮本1尉です。副連隊長に支援を依頼されまして…」どうやら医務室にいる医官のようだ
駐屯地に常に医官が常駐してる訳ではない。この医官…宮本1尉は自衛隊中央病院から週に1回往診に来ているのだ。1尉の階級章をつけてはいるが、その細い体と白い顔はあまり自衛官に見えない
そんな事は知った事じゃない田浦3曹「とにかく乗ってください。赤城、ドアを開けてくれ」後部座席に座る赤城士長に言う「あ、はい」レバーを引きドアを開ける
「いや〜すごい雨だねぇ」と赤城士長に笑いかける「座ってください、もう出ますよ」と田浦3曹「あ、すみません」と座席に座る
アクセルをゆっくり踏み、高機動車は動き始めた



連隊本部の悌隊がA市市役所に到着したのは1400…出発から45分後だ
鉄筋4階建ての建物、その3階にある会議室に連隊本部CPを設置する

「無線機はこの机、ベニヤ板はそこの壁に…」「アンテナは屋上に設置、連絡交信を…」会議室には県庁から派遣された職員、市の職員をはじめ警察、消防、NTT、電力会社などの人々が集まっているがほとんどが連絡要員のようだ
そこそこ広い会議室も迷彩服の人員ばかりが目立つ。部屋の中央には会議用の机、正面の壁には市の全域地図が張られている「や、どうもご苦労様です。私は市の助役で…」「これはどうも、早速ですが状況を…」前田1尉が背広の男性と何やら打ち合わせを始める

そんな中、無線機の前に張り付く田浦3曹たち「あーあー本日は晴天なり、本日は晴天なり、ただ今試験電波の発射中…」無線機のマイクを持ちプレストークスイッチを押す。電波を出し無線機のチェックをする
「どうです?」横に座る赤城士長「OK!さて…」その時、無線機に声が入る『CP、こちらテイボウ01、感明送れ』堤防補強隊からの連絡交信だ
「感よし、感送れ」
『感よし、堤防補強隊は現地に到着。市役所の職員とコンタクト、これより作業に入る』
「CP了解」手元の紙に時間と交信内容を記録する



3科の陸曹が声をかけてきた「早速か、状況は逐次報告してくれ」
そう言ってベニヤ板に張ってある地図になにやら書き込んでいく

「無線の感度もいいねぇ、これなら安心…」ボソリとつぶやくのは山崎士長だ。無線機にはこの3人に岡野2曹を含めた4人がついているのだ。後ろでは連隊本部の陸曹たちが携帯電話を片手に何やら忙しく動き回っている
副連隊長と前田1尉、そして医官の宮本1尉も加わって市役所、消防、警察の職員などと話をしている
中隊本部とは違う一種独特の緊張感に含まれた雰囲気、田浦3曹も緊張気味だ「なんか忙しそうだよな…」と後ろを振り向く「おぅ、しっかり無線傍受しとけよ」と言いつつ肩に手を置いてきたのは先任だった
「先任は何を?」と聞く赤城士長「俺はねぇ〜宿泊場所の確保、調整さ。天幕は全部演習場だろ?」数百人が動く部隊だ、食事や宿泊、入浴にトイレetc…とやるべき事は山積みである「長引きそうだしね」と窓の外に目を向ける先任、雨と風が窓を叩く…

「ハザードマップは?無いのですか?」強い調子で迫る副連隊長「あ、はぁ…」あいまいな返事を繰り返すのは市役所の職員だ
災害時に危険な箇所を事前に調査して、その場所を示すのがハザードマップだ。これがあれば災害の未然防止、危険箇所の住民非難などに役立つのだ
阪神大震災以来このハザードマップを用意する自治体も増えているのだが…



「まぁ大丈夫ですよ。いろいろ危険な状況は経験してますから」危機感のない市役所職員を前に顔を見合わせる副連隊長と警察・消防の職員
同じような仕事をしてる三者だけに、備えの少なさが気になるようだ

「避難誘導隊、県道34号線を北上中です」無線機に入った報告を伝える山崎士長「34号線…この集落だな」地図にプロットする「もうすでに3個集落の住民誘導が終了か…」前田1尉が時計をちらりと見る。時間は1500…15時を指している「順調だな」ニヤリと笑う
「油断はするな前田、危機管理は…」副連隊長が肩に手を置き話しかける「『最悪を考えて行動しろ』ですね。現状で最悪な状況になるとしたら、どんな状況がありますか?」質問する前田1尉
「そうだな…」考える副連隊長「我々の車両が事故を起こすとか…」そこまで言いかけた時、会議室の床が微動した

「?」一瞬動きを止める田浦3曹、周りも一様に「?」という顔をしている「今何か…」赤城士長が言いかけたその時…

ドン!と突き上げるような衝撃、続いて横揺れが市役所を襲う「地震だ!」「うわぁ!」「危ない!」口々に上がる怒号や悲鳴
「くそっ!」机に張り付き無線機を落ちないように押さえる田浦3曹「おおっと!」先任もパソコンの乗った机を押さえる

ほんの数秒だったのか、それとも数分は揺れ続けたのか…地震が収まった時、会議室は机や電話、書類などが散らばっていた「状況は!?」副連隊長が声をかける
「無線機、無事です」と田浦3曹「パソコンも何とか…」と先任。まず機材から報告してしまう自衛官の悲しい性だった「人員は?怪我は?」みんな周りを見渡す「異常なし!」と誰かの叫ぶ声が聞こえた
「無線で両隊の状況を確認、誰かテレビを!」副連隊長の指示が飛ぶ。テレビが付けられチャンネルがNHKにあわせられる。まだ地震速報は出ていないようだ
「両隊とも異常なしです」田浦3曹が報告する。その時テレビから地震速報の音が流れた。みんなの目が一斉にテレビに向けられる「…震度は…5弱か」「来たねぇ」「土砂崩れとか大丈夫かな?」口々に心配する声
「…」苦虫をかみつぶしたような顔をする副連隊長「これも最悪のウチですね」と前田1尉。ジロッとにらまれあわてて目をそらす



「県道42号線が土砂崩れを起こしてるそうです」と報告してきたのは消防の職員だ
「救急車から報告がありました」「どの辺ですか?」3科の陸曹が場所を聞いて早速プロットする

K集落はS川に流れ込む支流沿いにある小さな集落だ。道路は県道42号線が下流から上流側の隣県に向かって延びている
渓谷沿いを走る片側1車線の県道、その1点に印が加えられる「土砂崩れか…」「道自体が崩落してたら復旧が大変で…」地図を見ながら話す関係職員
「ちょっと待った、救急車?」その話を遮り消防職員に尋ねるのは副連隊長だ「なぜ救急車がそんなところにいるんだ?」
顔を見合わせる面々「確かに…確認します」そう言って消防職員は電話を手に取った
「…はい…えぇ、わかりました」がちゃんと電話を置き注視する面々の顔を見る「どうもこの川の上流…K集落で妊婦さんの様子が急変したようです」ざわざわと顔を見合わせる面々「大丈夫なのか?」と尋ねたのは市の助役だ
「あぁ、上流につながる隣県から代わりの救急車を要請しましたから、特に問題はありませんよ」安堵のため息が漏れる
「まぁそれなら一安心ですな」「この集落には医者がいないですからなぁ」
その時、電力会社職員とNTT職員が青い顔をして部屋に入ってきた「土砂崩れで送電線が切れました…」「電話線も切られました、不通です」と助役に報告する
「なんと…」言葉を失う「でも携帯があるだろう?」「それがK集落一帯の携帯も不通なんです」顔をゆがめるNTT職員
「携帯の中継局は一応、数時間分のバッテリーが備え付けられてあるのですが…K集落にある中継アンテナが何らかの不具合を出したようです」
「不具合?」
「おそらく『アンテナの物理的破損』かと…」ふぅ、とため息をつく助役
「仕方ないなぁ…駐在さんはいるのかい?いなかったら隣県から誰か人を…」その時、消防職員が悲痛な顔をして駆け込んできた「…県道42号、隣県側の橋が崩落してるそうです…」



あたりがざわつく「崩落?」「渡れないのか?」さっそく地図にプロットされる
「これは…」地図を見た面々が言葉を失う

山あいのK集落には県道42号線以外に道路が通っていないのだ。上流側と下流側がそれぞれ塞がれ、このK集落は完全に孤立した形になってしまった
「おい、なんか患者が出てるんだろ?」「どうするんだよ〜!」慌てる面々

「だいたい土砂崩れするような箇所を放っておいたのが悪いんだ!土木課さん、どうするんだ!?」
「な…それは予算がないから…予算課が悪いんだ!」
「冗談じゃない!だいたい契約課が業者の新規入札をさせてないから…」
「おいおい、責任転換するなよ!だいたい都市計画課が最初からそういう集落を作らない計画を…」
口々にお互いをなじりあう面々、助役は右往左往して止めることもできない。その時…

「やめんか貴様らぁ!!」ドンと机を叩き庁舎中に響き渡るかのような怒号を発したのは副連隊長だった


ビクッと体を震わせ黙り込む面々、悲鳴を上げてトレイに載せたコーヒーを落とす女性職員、会議室内全員の目が副連隊長に注がれる「言うことはそれだけか!今、何をするべきかよく考えろ!」顔を真っ赤にして辺りを睨み回す
あわててフォローにはいるのは前田1尉だ「今はですね〜その集落に孤立した住民の皆さんの安全確保をすべきですよね?」なだめるように言う「まずそれを考えましょう。妊婦さんのことも気になりますし…」そう言って会議室の真ん中にある大きな机に手を向ける
「お知恵を拝借しても?」ニコッと笑い率先して席に着いた「…」「まぁ…確かに」ぞろぞろと席に着く一同「まずはホントに道がないかどうかから考えますか」



「川をボートでさかのぼれないかな?」「橋を崩落させるような流れを?」
「ヘリは…」「この暴風だろ?飛ばせられんよ」
対策を考えては見るが、なかなか結論が出ない…というより対策のしようがない状態だ

道路の土砂崩れを取り除く案は「被害状況の確認ができてない」事と「2次災害の危険性」から却下された。橋をかけ直す案も同様だ
「自衛隊さんには橋がありましたよね?」自走架橋は確かにある、が…
「我々の部隊は普通科ですので…」「?」「ああいう装備品は施設科しか持ってないのです。それに川までの高さとかで条件が厳しく…」苦労しながらも説明する前田1尉
さらに上記の案が出されたがいずれも非現実的である「…」誰もが黙り込んで難しい顔をしている

「…空気が重い…」無線機の前に座りながら冷や汗をかく田浦3曹「ホント、どうするんですかね…」と隣に座っている赤城士長も小声で言った
辺りを見回すと、コーヒーをこぼした女性職員が片づけしてるのが見えた。無線も入ってくる気配がないし、手伝おうと席を立つ田浦3曹
「はい、どうぞ」落ちた紙コップを拾い上げて差し出す「あ。スミマセン」と若い女性職員が頭を下げる。とその時、目の前のA市地図に目が止まった
市役所のある市の中心部、そこから山を挟んだところにK集落がある。その間の山中に幾筋かの点線が描かれているのが見えた



「あの…これは何ですか?」地図上の点線を指さし女性職員に聞く田浦3曹
「えっ?あぁ、ハイキングコースですよ」そう言って地図を指さす

「山自体がなだらかなので小学校の遠足コースにもなってるんです、この展望台からは市が一望できますよ」
市役所側から登ってすぐのところに展望台と三角点がある、が、田浦3曹の目は別のところに注がれていた
「ここ…この場所が問題のK集落だよね?」山を越えた反対側、点線がとぎれている箇所を指さす
「えぇ、そうですが…」何を言ってるんだろう?という顔をして当惑する女性職員
市役所側から山を越えて集落側までの距離を指を使って距離を測る「約10km弱か…」ボソリとつぶやく田浦3曹
その時、背後から「何がだ?」と声をかけられた

慌てて振り向くとそこには副連隊長を始め会議中の面々が揃っていた「何が10kmだ?」「は、はい。この点線なんですが…」
指さした地図を注視する面々。副連隊長の目が険しくなる
「この点線…登山道か」「それほど厳しいわけではないようです」
地図に顔を近づけ点線を指でなぞる副連隊長「等高線は…距離は…」何かを測るように熱心に地図を見続ける
しばらくして顔を上げた副連隊長は開口一番「これは行けるな」と周りの面々に向かって言った
「いけるとは?」誰かが質問する「決まってるじゃないか、歩いていくんだよ。K集落まで」



一瞬静まりかえる会議室「なるほど〜」と感心したのは警察・消防の両職員だけだった
「そんな無茶な!」「この台風の中ですよ!?」慌てるのは市の職員達だ

「だいたい歩くっていっても、10km近くあるんですよ!」「それを言うなら『10kmしかない』ですな」平然と返す副連隊長「陸上自衛隊に入った者なら、誰でも10km程度は歩いてます。入隊1ヶ月目にね」一般2士の教育では10km行軍が入隊して1ヶ月目に行われるのだ
「しかし…」助役の不安そうな顔「今は迷う時ですか?時間がありません」そして近くにいた前田1尉を呼ぶ
「前田!編成を取ってくれ。すぐ動ける隊員で若手を中心に…」
「それなんですが、堤防補強隊や避難誘導隊の連中は呼び戻すだけで1時間近くかかります」
「つまり…」
「日没も近いです。時間的なことを考えると、ここにいる連中だけしか使えない、って事ですね」
周りを見渡すと、連隊本部の中年隊員だけが目にとまる(若い隊員も連隊本部にはいるが、ほぼ全員が演習に行ってるのだ)
「それに医者も必要ですが…あと医療道具もありますね」「それについては考えがある。…仕方ない、ここの連中で編成を取ってくれ」「わかりました」



「えぇっ…!しかし僕は…」市役所内の給湯室で不安そうな顔を隠せないのは救護所にいた宮本1尉だ
医務室に週一回の勤務に来ていた自衛隊中央病院所属の医官である

災害派遣の支援を要請されここまで来たが、まさか「この台風の中、山道を10km歩いて孤立した集落に向かう」なんて仕事は想像もしてなかった
「そこを頼む、人命が危険にさらされているのだ!」真剣な顔を近づけるのは副連隊長だ「基礎の訓練は受けてるだろう?」
「いや、しかしもう5年近く野外訓練なんて…」青白い顔がいっそう青くなる
「…君は中央病院の所属だ。連隊の隊員ではない君に俺が『命令』するわけにはいかん。だからこれはお願いだと思って欲しい」そう言って両肩を鷲掴みにする
「頼む!どうしてもというなら俺が一緒に行ってやる!責任は全て俺が取る!だから…」肩を掴む手に力が入る、真剣な眼差しに宮本1尉は折れた
「…わかりました、そこまでおっしゃるなら…」「そうか!よし、最高のメンバーを付けてやる!安心してくれ」

会議室ではK集落に向かう要員が選ばれていた
「…衛生小隊の岩田2曹、来たね」「はっ、…しかし何をするので?」「それはだね…」前田1尉から任務の説明を受けているのは衛生小隊所属の救急救命士・岩田2曹だ
北海道の普通科連隊でレンジャー訓練を受け、その後「准看護士」試験に合格、優秀な成績で「救急救命士」の教育を受けてこの連隊にやってきた岩田2曹は若干28歳、見た目は細いが胸にはレンジャー徽章がしっかりと縫いつけられている



「田浦3曹、君は体力は?」前田1尉から突然声をかけられる「え、まぁ人並みには…」そこに先任が入ってくる
「田浦はレンジャー訓練で6想定まで行ったんですよ。バリバリですよ」と言って笑う

「え、そうだったんですか〜?」後ろから驚いた声を上げるのは赤城士長だ「何で言わなかったんですか?」「結局は原隊復帰になったんだから、自慢げに言う事じゃないよ…自分も行くので?」と前田1尉に聞く
「ああ、君が一番若そうだ、それと…そこのえ〜と」指さした先には無線機に張り付いてる山崎士長がいた「え、自分ですか〜?」ちょっと肥え気味の山崎士長だが、他に若い隊員がいないらしいのだ
「それと中継が必要ですな」と声をかけてきたのは2科先任・角田曹長だ「中継?」「無線の中継ですよ。ほら…」地図を指さす「山一つ越えてるでしょう?携帯のアンテナも壊れてるそうですからな」
「じゃ、自分が上がります」岡野2曹が手を挙げた
「一人では…誰か若い隊員を付けますか」辺りを見回す前田1尉「いないなぁ…若いのが」「いるじゃないですか」岡野2曹が指さした先には…

「赤城士長!ちょっと来てくれ」手招きする岡野2曹「一緒に山登りしないか?」「?」
それを聞いて慌てる前田1尉「えぇ?おいおい…大丈夫かい?」赤城士長を不安げな顔で見下ろす「赤城なら大丈夫ですよ。なぁ?」と声をかけてきたのは先任だ
「?」状況が飲み込めていない赤城士長「つまりさ…」任務内容を説明する「…一晩は見ておいた方がいい、いけるか?」「…ハイ、頑張ります!」背筋を伸ばし拳を握りしめる
「よし、じゃあすぐに準備してくれ」そう言って岡野2曹も無線機の準備に入った「は、ハイ!」回れ右をして背のうを取りに行った

「ホントに大丈夫なんですか?佐藤准尉…」不安そうな顔を隠せない前田1尉だ「山の中ですから、何かあっても救援とかできないんですよ」
「大丈夫ですよ、けっこう体力ありますから彼女は」あんまり難しく考えてない、という風に先任は言った



高機動車に乗って10数分、一同はハイキングコース入り口に到着した「ここか…」山を見上げる田浦3曹
時間はちょうど1600…16時を指している「日没は何時か知ってますか?」岩田2曹が聞いてくる

「確か19時過ぎだったと思いますよ」「ちょうど3時間ですか…」階級は岩田2曹の方が上だが、年齢はそれほど変わらないためお互い敬語になっている
下車した隊員達が歩く準備を始める「あ〜山崎士長、医薬品とか入ってるから荷物は大事に…」そういう宮本1尉の荷物は小さなリュックサックのみだ
K集落に向かうのは宮本1尉、岩田2曹、田浦3曹、そして山崎士長である。田浦3曹が無線機と医療道具を少し持ち、あとの2人が医薬品などを背のうに入れて持っていく
無線の中継に当たるのは岡野2曹と赤城士長、こちらは無線機と食料に一晩過ごすための簡易テントなど…山を上がってすぐの展望台に中継所を設置する
「展望台は屋根もあるしっかりした建物らしいから安心しなよ」と赤城士長に話しかけ笑う岡野2曹であった
「よし、じゃあ頑張ってきてくれ!ケガするなよ〜」とややお気楽な先任の言葉に押されて、4人+2人は登山道を登り始めた

登山道はさすがに小学生も登るだけあってよく整備されている。ところどころに階段もあり、この天気でも足場はあまり悪くない
雨や風も山の木に遮られており、歩くのにそれほど支障はない。だんだんと雨衣の中が汗で蒸れてくるのが不快だが…
「登りやすいですね」と前を歩く岩田2曹に声をかける田浦3曹「いやいや、これからが不安ですよ」この先、山の中に踏み込んでいけばどうなるか…それが心配のようだ
「急ぎますか」「そうですね…でもなぁ」そう言って後ろを見る田浦3曹、すぐ後ろにいるはずの宮本1尉がさっそく遅れている
「ハァ…ハァ…」息を荒げながらも何とか着いてきている。その後ろには山崎士長、これまた荒い息を吐いている。その後ろは岡野2曹、まだまだ元気だ
最後尾を歩くのは赤城士長、しっかりした足取りで雨にも負けず前を見据えている
「これ以上ペースを上げるのは…」「しかし時間も心配ですね」顔を見合わせる二人



そんなこんなで展望台が見えてきた「あれか…」田浦3曹が指さす先には、思ってたより頑丈そうな木造の建物があった
「これなら一晩くらいは楽勝ですね」岩田2曹が言ったその時…

「痛てっ!」ドサッという音とともに悲鳴を上げたのは山崎士長だ
「どうした!?」慌てて駆け寄る二人、山崎士長は片膝を付いてうずくまっている「足首を…」「足首?」振り向くとハァハァと息を切らせながら宮本1尉が立っていた
「どれ、あの展望台で診よう」引っ張られながらも全員が展望台に入った

「…ふむ、じゃあこれは?」「痛ててっ!」さすがに宮本1尉は医官だけあって、手際よく足の具合を診てテーピングやシップを巻いていく
「こりゃ捻挫だねぇ…歩けないことはないけど、この山道をこれ以上歩くのはオススメできないな」宮本1尉は少し離れたところで岡野2曹と岩田2曹、田浦3曹に耳打ちする
「どうする?田浦」「山崎士長の荷物、我々で分けますか?」3人は額を寄せて話し合う「早くしないと日没が…」分厚い雲が太陽を遮り、辺りも暗くなり始めている
「3人でいけるか?田浦」岡野2曹が聞く「いや…」田浦3曹は少し考える顔をする、そして後ろを振り向き山崎士長に何やら話しかけてる赤城士長に声をかける
「赤城、山崎から荷物を引き継いでくれ」

「えっ…?」「山崎の代わりに俺たちと一緒に来てくれ、って事さ」「私ですか〜!?」驚いた声を出す赤城士長
「できないか?」「…いえ、わかりました!」驚いたのも一瞬、すぐに気を取り直して山崎士長の持っていた荷物を受け取る



驚いたのは2人の陸曹も一緒だ「おいおい、田浦…」「だ、大丈夫なんですかぁ?」
ヒソヒソ話ながら驚きと不安は隠せない

「ここから先はリタイアなんかできないんですよ。台風が来てる山の中に放置なんて事になったら…」
「あの子なら大丈夫ですよ、ねぇ岡野2曹?」
「う〜ん…」岡野2曹は腕組みをして考える「そうだなぁ…他に手はないしな」それを聞き神妙な顔になる岩田2曹
「彼女をよく知るお二人が言うなら従いますが…」「じゃあ決まりですね」そう言って無線機のマイクを手にする田浦3曹

「CP、こちらタンゴ、送れ」すぐに返信が来る『こちらCP、送れ』
「山崎が負傷、赤城と交代させる、送れ」そこまで一気に言うと無線機のプレストークボタンを放す。マイク越しにもCPにいる面々の息をのむ気配がして、それから20秒ほど沈黙が続いた
「…どうしたのかな?」田浦3曹が言ったその時、背のうの中に入れてある携帯がけたたましく鳴り始めた
慌てて防水用のビニール袋を取り電話に出る。発信者名は「佐藤准尉」とある

「はい、田浦です…」『田浦〜何事だ?山崎がどうしたって?赤城を使うって…』「ちょ、ちょっとストップ!今から説明しますから…」電話口で一気にまくし立てる先任を遮って、田浦3曹は経緯を説明する

「…というわけです」『そうか…しかし赤城で大丈夫なのか?』
「…みんな同じ事を言うんですね。大丈夫です、自分が保証しますよ」『…う〜ん…』
何か言いたそうな先任、その時電話口で『替わってくれ』という声が聞こえた
『田浦3曹か?オレは…』電話口に出た声は「…副連隊長!」思わず背筋が伸びる
『赤城士長を連れて行くのか、貴様の判断か?』「は、はい…」『そうか…』そう言って2〜3秒の間だけ無言の状態が続く
「あの…」沈黙に耐えきれず話しかける田浦3曹、その時『信頼してるのか?』と副連隊長が言った



『彼女なら大丈夫、と信じられるのか?田浦3曹』よく通信小隊員から「電波に乗りにくい」と文句を言われるほどの低い声だ
迷いもなく田浦3曹は言った「もちろんです」

『…そうか』納得したように言う副連隊長『よし、すぐに出発するんだ。時間がないぞ!』電話口から(えぇっ!)(いいんですか?)(大丈夫かよ…)などと言う声が聞こえる
『責任はすべてオレが取る!行ってこい』力強い声「わかりました!」田浦3曹も応える

再び先任が電話口に出る『ま、そこまで言うんだから大丈夫だろ…行ってこい』「りょ〜かいです、それとここから先は恐らく圏外になります」山の頂上や展望台といった場所は見晴らしがよく電波も届きやすい
『そうか、無線もあるから大丈夫だろ』「そうですね…それでは」電話を切った

「さて、準備は…と」「できてます!」元気な声が背後から聞こえる「うわっ!」いつの間にかすぐ後ろに赤城士長が立っていた
「…いつからいた?」「ついさっきです」「聞いてた?」「…少し」そう言って嬉しそうに笑う
「頑張ります!」「頑張るよりも任務の完遂を考えてくれ」照れ隠しのようにちょっと素っ気なく言う田浦3曹だった

宮本1尉も医療道具をしまい込み、岩田2曹も準備を整えている
「じゃあ行きますか」と岩田2曹「そうですね…じゃ、岡野2曹。中継よろしくです」アンテナを建てている岡野2曹に声をかける「お〜ぅ、気ぃつけてな」まるで外出者を見送るように手を振った



天気のいい日なら絶好のハイキングコースであろう道を4人は進む
山の木々で防がれてるとはいえ、激しい雨も強い風も止む気配は無い

一番歩みが遅いのはやはり宮本1尉だ。赤城士長も雨に打たれているせいか動きに疲労の色が出てきている
「…」先頭を歩く岩田2曹が最後尾を歩く田浦3曹に向かって振り向いた「…?」「一回休憩を入れますか」そう言って腕時計を指で指す。時間は1800…18時を少し回ったところだ

その場にへたり込む宮本1尉、赤城士長もヒザに手をついて肩で息をしている「水と甘いものを口に入れておけよ」声をかける田浦3曹も少し疲れが見える
「現在地はおそらくここ…あと3kmくらいですね」地図を広げて岩田2曹が言う「あと一息、一気に行きたいところですね」田浦3曹も同意する
普通の道なら走って12〜3分もあれば着く距離だが、山道の上に荷物を背負いこの悪条件の中歩く…そう考えると3〜40分はかかりそうだ
「日没も近いですしね」空もどんどん暗くなってきた「…」2人は宮本1尉と赤城士長を見る
木の根っこに座ってうつむいている宮本1尉、赤城士長も座り込んで水筒の水を飲んでいる「あんまりがぶ飲みするなよ」と田浦3曹が忠告する
「さて、そろそろ出発しますよ」岩田2曹が声をかける。ヨタヨタと立ち上がる2人「ヒザとか屈伸しといた方がいいですよ」とアドバイスする



ふたたび歩き始めた4人、平坦な道が続き真ん中の2人もさっきよりは軽快に歩いている
「しばらくこんな道ですよ」後ろから声をかけると(わかった)と言う風に宮本1尉が手を挙げた

暗くなってきたので足元を見て歩く田浦3曹、急に視界の端に宮本1尉の半長靴が見えた「うぉっと」急ブレーキをかける
頭を上げて前を見るとそこには呆然と立ちつくす岩田2曹「どうしました…!」
前をのぞき込んだ田浦3曹が見たものは、土砂や倒木がなだれ込んだ登山道のなれの果てだった…

「これは…!」「上の方の斜面から滑り落ちてきたみたいですね。土砂崩れというより…」そう言って言葉を切る岩田2曹
「地滑り、ですか?」聞く田浦3曹、無言で頷き斜面の上に懐中電灯を向ける

単3電池使用の小さな懐中電灯ではあまり上までは照らせない。だが数10m上くらいから斜面がえぐれているのがわかる
「…どうする?」ハァハァと息を切らせながら宮本1尉が聞いてくる「この土砂の上を渡っていくかい?」「それは…」倒木が乱立し地盤もゆるんでいる、ここを通るとなるとかなりの労力と時間を要するだろう
しばらく辺りを見回していた田浦3曹「この上は?迂回できないですかね?」斜面の上を指さす「しかしどこからこの地滑りが始まってるか…」渋い顔をする岩田2曹
「そ、それにさ〜いつまた地滑りするかわかんないよ!危険だよ〜」慌てたように宮本1尉が言う「ここは残念だけど一旦帰ってから…」
そこまで言ったとき、赤城士長がポツリと呟いた「…事に臨んでは、危険を顧みず…」



振り向く3人、慌てたように手を振る赤城士長「あ、いや、宣誓の中にあったな〜って…」
自衛隊法第52条(服務の本旨)そして自衛隊法施行規則第39条(一般の服務の宣誓)にある「宣誓」の一部分だ

全隊員が入隊時にたたき込まれる宣誓文だ。当然他の3人も知っている「…事に臨んでは、危険を顧みず…」また赤城士長が呟いた
「…身をもって、責務の完遂に努め…」岩田2曹も後を継いで呟く
「…もって国民の負託に、応えることを…」最後は田浦3曹だ「…誓います。か」そう言って宮本1尉の方を向く
「…」深く考え込んだような顔をする宮本1尉「どうします?」田浦3曹が聞く
「自分は行きます、ここまで来て帰るのはイヤですし…」と岩田2曹
「帰る方が手間かもしれませんよ。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』とも言いますしね」と田浦3曹
「…」赤城士長はじっと宮本1尉の顔を見る

ふぅ、とため息を一つ「…そうだな、わかった、行こう!行きましょう!」あきらめたように宮本1尉は言った。雨に濡れた眼鏡を指先で上げて、斜面の上をじっと見た

その時、激しい雨と風がスッと消えた「?」顔を見合わせる4人
「これは…」「何?何だ?」「急に静かに…」その時、赤城士長が叫んだ「空を!空が…」みんな一斉に空を見上げる
さっきまで空を覆ってた分厚い雲が消え、深紅に染まった空と月が辺りを照らした

「台風の目…?」「みたいですね、これは…」全員、顔を見合わせる「行きましょう、こんな幸運を逃す手はない!」岩田2曹が叫び、全員がうなずいた



市役所CP、時間は19時半に近づいている「…」腕を組み険しい顔をする副連隊長
「…堤防補強隊、全ての工事を完了したとの事です」3科の陸曹が報告する「…宿泊場所に前進させても?」

「あぁ、そうしてくれ」顔を上げて副連隊長は答える。避難誘導隊ももうすぐ避難活動を終える予定だ
隊員達はよくやってくれた、避難を支援した人は1000人を超え、堤防の決壊も無し。台風の目が通過した今が一番雨風の強い時だが、これを乗り越えたらこの災害派遣も一段落だろう
問題は…「おい、まだ連絡はないのか?」無線手の隊員に声をかける
「いえ…18時半頃に『休憩を終えて前進する』の報告があっただけです」
K集落に向かった4人からまだ連絡はない。信用はしてるが不安がないわけではない副連隊長(大丈夫だろうか…)腕を組み地図を睨みつける
その雰囲気を察してか、CP内にも緊張感が走る。誰一人無駄口を叩こうとしない。落ち着かない様子なのは市の助役だ、手に持っている扇子を開けたり閉めたりしている

ザッ、と無線機のスピーカーに雑音が入る「!」CPにいる面々の注意が一点に集中する
『CP、こちらテイボウ01、宿営地到着、閉所する』ドッと緊張感がとぎれる「こちらCP、了解」返信も投げやりだ
思わず顔を見合わせた前田1尉と助役が笑う
「いやいや、緊張しますな」「まったくです。CT検閲を受閲しているようで…」「CT?」「えぇ、大規模な演習で…」
そこまで話した時、またも無線機から雑音が入った



『CP、こちらオスカー、送れ』中継に上がっているオスカー(岡野2曹)だ。またもCPに緊張が走る、全員の注意が無線機に向いた
「送れ」無線手が返信する

『タンゴより報告…』ゴクリと誰かがツバを呑む、K集落に向かってるタンゴ(田浦3曹)からだ『目的地に到着、異常なし、送れ』
その瞬間…「よしっ!」「やったぁ!」という声とともに拍手が起こった「こちらCP、了解!」返信の声にも力が入った

山あいの小さな村…K集落に到着した面々、台風の目は去り激しい風雨が彼らを襲う「…暗いですね」「停電らしいから…」登山道を降りた先は集落全域を見渡せる高台だった
「田浦3曹、あそこ…」赤城士長が指を指した先に、明かりのついている建物があった「あれは?」「公民館…みたいだな。とりあえずあそこに向かうか」

建物はやはり公民館だった。平屋コンクリート造りで自家発電装置が付いているらしく、どこかでエンジンの音が聞こえる
玄関をのぞき込むが誰もいない、ガラスの扉を開けて入る「すみませーん、誰かいますか〜?」控えめな声で田浦3曹が呼びかける
「はいはい…わっ!」出てくるなり驚いた声を発したのは50代の女性だった「あ…あなたたちは?」
「陸上自衛隊の者です、こちらの集落に患者が発生したと聞きまして…」ポカンと口を開けてた女性がハッと我に返る
「患者?そうそう、大変なのよ〜!和田さんとこの娘さんが急に産気付いちゃって…」ゾロゾロと他の住人も顔を出してきた
「患者はどこですか?」そう聞くのは宮本1尉だ「あ、はいはい、コチラの医務室に…」そう言って住人の一人が案内する



「それじゃ行こうか、岩田2曹」「はっ、了解です」医官の宮本1尉と救急救命士の岩田2曹が雨衣を脱ぎ始める
「休憩しなくて大丈夫ですか?」心配そうに声をかける赤城士長

「歩くのは君たちの仕事。ここから先は僕の仕事さ」そう言って笑う宮本1尉「ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、そんな…」そこまで言った時「おい、赤城!手伝ってくれ〜」住民から質問攻めにあっている田浦3曹がいた
「君らは君らの仕事があるさ」そう言って笑い、宮本1尉は建物の奥に消えていった

「この集落はどうなってるんだ?」「電気も電話も通じないんだが…」「隣町に弟夫婦がいるんじゃがの〜」住民の質問攻め似合いてんてこ舞いの田浦3曹
「ちょ、ちょっと待ってください!まずはここの責任者の方に…」そこまで言った時『タンゴ、こちらオスカー、状況を報告せよ』と無線機のスピーカーから報告を催促する声が流れてくる

その後の田浦3曹達は…
集落の住人の安否を確認して、被害状況を掌握し、住民からの質問に答え、今後の避難活動などについて(わかってる範囲で)説明する…など、文字通り休む間もなく無線機に向かい公民館を走り回った
深夜1時を回った頃、赤ん坊の泣き声が聞こえた「無事生まれました、女の子です」そう言って医務室から出てきた宮本1尉に家族が駆け寄ってきて口々にお礼を言っている
「無事生まれましたね〜よかったです」その様子を横目で見る赤城士長「そうだな、苦労した甲斐があったよ」と田浦3曹
「さて、赤城…朝まで仮眠しとけよ」「えぇ?そんな〜田浦3曹は?」
「オレも休むよ、もうちょっとしたらね。宮本1尉達にも言っておくよ」そう言って二人の元に向かった
「…」さすがに疲れが溜まってるのがわかる。どこか適当な場所を見つけ、備え付けのソファーを持ってきた。背のうを枕にして寝る姿勢を取り目をつぶる
(今日は疲れたな…でもいい事したよね…)そう思いつつ、急速に眠りに落ちていった…



翌朝…目覚めた赤城士長は、同じ場所で寝ている宮本1尉と岩田2曹を起こさないように玄関に向かった
そこには…「寝てないんですか?田浦3曹」

「いや、寝たよ〜ふわあぁ…」そう言って振り向きつつ大きなあくびをする
いつの間にか雨も止み、東の空が少し明るくなってきている。時間は0500…5時過ぎだ

「どうだ?」急に田浦3曹が尋ねてきた「えっ?何がですか?」キョトンとした顔を向ける赤城士長
「悪くないだろ?自衛隊の仕事ってのもさ〜」そう言って照れたように笑う
「ずっと悩んでたみたいだったからな。これで少しは悩みも解消できたんじゃないか?」
「それで私を連れてきたんですか…?」
「そんなバカな」そう言って笑う「あの状況でベストの選択をしたまでだ。まぁ結果オーライかもな」
「…」考え込む顔をする赤城士長「ま、難しく考えるなって事さ」そして田浦3曹は、赤城士長の頭にポンと手を置いた

「そういえば田浦3曹…」「何?」「以前何かあったんですか?マスコミ絡みで…井上3曹が言ってましたよ『田浦の時も朝○新聞が…』どうのこうのって」
ちっ、と舌打ちをする田浦3曹「あいつ、口が軽いんだから…まぁ隠してた話じゃないんだけどね」
そう言って田浦3曹は玄関前の段差に腰掛けた「オレが陸士の時、レンジャー学生だった頃の話さ…」



まいにちWACわく!その44:blog版その13(番外編:レンジャー田浦の受難)

「レンジャー浦口、あれを…」
完全装備に身を包み、ドロドロになった迷彩服に身を包む二つの影、その片方が子声でささやいた

数年前…まだ90年代だった頃、後に訓練陸曹となる田浦士長は演習場内でレンジャー訓練の「想定」に入っていた
厳しい「体力調整」を終え、山中をひたすら歩く。屈強な普通科隊員でも泣きを入れる…地獄とも称される「レンジャー課程」もいよいよ佳境だ
夜通し山中を歩き拠点を設けたレンジャー隊、そして日が昇った演習場内の斥候に出ている二人…「レンジャー田浦」とその相棒(バディ)「レンジャー浦口」は、細い道を歩く私服の中年男性を発見した
「あれは…敵か?」「さぁ…あんな助教(教官)いたかな?」異様に鋭い眼光を向け小声でささやく二人「まずいな…拠点の方に向かってる」
一見したところ普通の人だが、ここは演習場だ。もしかしたら助教が変装しているのかも…しかも歩く先にはレンジャー学生達が設けた拠点がある
拠点を発見されたら一大事…二人はドーランを塗りたくった顔を見合わせる「押さえるか?」「無力化を…」うなずいた二人は獣のような俊敏さで走り出した
歩く男性を前後に挟むような態勢を取り、二人が一斉に道路に飛び出した「動くなっ…!」力強くささやき銃口を向ける

「うわぁっ!」普通の山歩きをする格好の中年男性は、まるで熊か虎に出くわしたかのような声をあげた。そして恐慌状態に陥ったのか、突然道路から飛び出し崖の方に向かって逃げ出した。これがまずかった
(こんな山の中で道以外を走るなんてただ者じゃない、あれは助教か仮設敵だ!)そう判断した二人、この数ヶ月厳しい訓練を一緒に乗り越えてきたバディだけに、お互いの考えはよくわかる
二人は鬼の形相で逃げ出した中年男性を追いかけ始めた



数秒もしない内に追いついた…となるハズだったがそうはならなかった
「止まれ!」レンジャー田浦がそう叫んだ瞬間、その中年男性が崖から転げ落ちたのだ。尾を引く絶叫、そしてドサッという音、そしてうめき声が聞こえてきた

「あっ!」「大丈夫かな?」崖をのぞき込む二人、5〜6m程度の崖で下も草が生えている。中年男性は「うぅ〜!いてぇ…!」とうめき声を上げている
「死んではいないみたいだな」「助けないとマズイか…?」そういって顔を見合わせた時、後ろから足音が聞こえてきた
「おい!何ごとだ?」後ろからやってきたのはレンジャー教官の真田3尉だ「レンジャー!」条件反射で叫ぶ二人(レンジャー訓練中は「レンジャー」と返事しなければならない)
「斥候はどうした?」「レンジャー!それが…」事情を説明する二人

話を聞いてから真田教官は、崖を降りて中年男性の元まで行った「おまえらは戻れ、それと救護員と車両を回すように言え!」真田教官が二人に言う
「レンジャー!」そういって二人はその場を離れた

拠点に戻り報告する二人、助教たちが何やら慌ただしく動き始めた
「あの人、民間人だったのかな?」「さぁ…でもラッキーだな。今の内に休もうぜ…」次の拠点への出発予定時間が延び、数時間ではあったが休める時間ができたのだ
一気に眠りに落ちた二人、しかしすぐに起こされる。次の拠点への移動は夜の内に行われるのだ

(…眠い…疲れた…)中途半端に休んだせいか、意識が飛びそうになるレンジャー田浦。ここ数日で100kmは徒歩で移動し、睡眠時間も2〜3時間しか無かった。当然食料は極限まで減らされている
この状態でも歩かないと行けない、それがレンジャー訓練だ

暗闇を明かりも付けずに歩く学生達、フッと意識が飛んで頭を木の枝にぶつけたり膝を付いたりする隊員も増えてきた。送れそうな学生が出るたびに、助教たちが持つ杖で学生のケツを突く
細い道を歩くレンジャー田浦、しかしその瞬間…意識が飛んだ、そして足を道の外に踏み出してしまった…



「…ここは?」目を覚ましたレンジャー田浦の目に白い壁が飛び込んできた。身を起こそうとした時、ヒザに激痛が走るのを感じた
「いてっ!」よく見たら足に包帯と添え木が巻かれてある、何か全身も痛い

「…目が覚めたか?」
ヌッと顔を出したのは衛生科の「アスクレピウスの杖(蛇と杖)」をかたどった職種徽章を付けた制服姿の男性だった
「…ここは…」「あぁ、寝てなさい。君は崖から落ちたんだ」「そういえば…」記憶がよみがえってくる
朦朧とする頭、暗闇の中ひたすら2本の足を前に出す。そして…足場の無くなる感覚と落ちる感覚。それから先の記憶がない…
「ヒザはたぶん骨までいってると思う、頭も検査しないといけないからね。もうすぐ近くの病院に行くからね」そういって衛生科の男性は部屋から出て行った
どうやらここは演習場近くにある駐屯地の医務室のようだ。夜は明けているようだ「…」この足ではもう教育期間中の復帰は無理だろう
「原隊復帰か…」そうつぶやいて天井を見る。悔しくもあるし残念でもあるが、不思議と安堵した気持ちになる
本当に久しぶりのまともな睡眠時間…病院の車が来るまでまたも眠りこける田浦士長であった



精密検査をした結果、ヒザの骨にひびが入っている以外は特に大きな怪我も無かった
全治3週間の診断が出て、田浦士長は連隊がある駐屯地近くの病院に入院することとなった

「今日付で原隊復帰だよ、残念だったなぁ…」見舞いに来た先任・大城曹長が言う。まだ40代半ばの先任は方面他師団からの単身赴任者だ
「いやぁ、ゆっくり休めるのは嬉しいですよ」田浦3曹が言う。半分は強がりだがもう半分は本音だ
「ま、ゆっくり治せ。ほれ、着替えだ」単身赴任の先任は田浦士長らと同じ営内者だ。ジャージや下着、本や雑誌、教範や服務小六法もある…「勉強しとけよ」そう言い残して先任は帰っていった

レンジャー教育中とはまるっきり違うのんびりした時間、病院の天井を見上げるといろいろ考え込んでしまう
(レンジャーか…もう一度挑戦は…)そこまで考えて首を振る(もういいや、次考えよう。それより陸曹になるかどうかだな)
2任期に入り陸曹候補生の試験を受けられるようになった。しかし今後一生自衛隊に残るか、それとも退職して別の人生を歩むか…何気なく枕元の服務小六法を手に取る
「勉強ねぇ…」分厚い服務小六法の表紙を眺め、つぶやく田浦士長であった



お見舞い客は毎日来る。一昨日はレンジャー教育隊の先任教官に先任助教、昨日は後輩の陸士たち、そして今日は…
「見た見た?さっきのナース!すっげぇ胸!」「いやいや、受付の子の方が…」「ああいう清楚なタイプもいいよな〜」新隊員同期の連中だ

田浦士長は11月入隊の隊員で、普通に高校や大学を出て入隊する「3,4月隊員」に比べると人数は少なく、個性的(変人?)な経歴や性格の隊員が多い
「あのなぁ…ここは柵の中じゃねぇんだぞ?」お見舞いのバナナを食べながら田浦士長はあきれたように言う「『品位を保つ義務』があるだろうが…」
「相変わらず堅いね〜田浦よ」同期の一人が言う「別のとこ、堅くしてるんじゃねぇかぁ〜?」下品なギャグで一斉に笑う
大部屋に入院してるが、患者は今のところ田浦士長一人だけだ「一人部屋だしいいじゃん」「そうだけど…婦長さん怖いんだぞ?」「営内より環境いいんじゃね?」「ウチの部屋は先任士長が臭くて…」
中隊バラバラになった同期が集まることはあまりない。まるで見舞いというより同窓会の様相を呈してきた
「ま、ゆっくり休んだらええやん」土産と称してエロ本を持ってきたのは、同じ中隊の同期である井上士長だ。同期といっても田浦士長は迫小隊、井上士長は小銃小隊なので部隊配属されてからはあまり接点はないのだが

「まぁあんな新聞記事も書かれたけど、気にすること無いからな〜……ぁ」思わずポロッと漏らした…という感じで井上士長が口を押さえる「バカ!」「いらん事を…」数人に頭をはたかれる井上士長
「何?何だよ新聞記事って?」田浦士長が言う「…」顔を見合わせる同期たち「…おい、井上」「なんや?」「おまえが言えよ、責任取って」ため息をついて頭を掻く井上士長

「田浦よ、レンジャー訓練中に民間人を追っかけ回したんやって?」「民間人?あぁ、あの私服の…」演習場内に潜伏してた時、仮説敵と思い追いかけた私服の中年男性だ「民間人だったのか?」
「あぁ…山菜取りに勝手に演習場に入り込んだらしいんやけど…」少し顔を伏せ、言いにくいように手を口に当てる
「その件が記事になって、おまけにそのオッサンが市会議員と一緒に『自衛隊を訴えてやる』ゆうて息巻いてるらしいんや」



「…なんで?」目が点になる田浦士長「演習場内に勝手に入ったんなら、その人の責任になるんじゃないのか?
「まぁ理屈ではそうなんやろうけど…」言いにくそうな井上士長「新聞いうのが例の朝○やからなぁ…」

反自衛隊、反政府、親左翼的な記事を書く事で有名な「朝○新聞」その名を聞いた時、田浦士長の顔が歪んだ「朝○か…」「明日くらいに駐屯地に来るらしいわ」困った顔をして言う井上士長
「ま、師団から法務官も来るらしいし」別の同期が言う「気にするなよ、今はケガを治すことだけに集中しな〜」
その時、見舞い時間終了の放送が流れた「じゃ、また来るわ〜」そう言って同期連中は帰っていった

(朝○か…)田浦士長は松葉杖を手にベッドを降りた、向かう先は待合室だ。ここには2〜3日前までの各新聞が置いてある
目当ての朝○新聞を見つけ、待合室のベッドに腰を下ろす(たぶん社会面だろうな…)テレビ欄の方から新聞をめくる。昨日の新聞の社会面、その隅っこに小さくその記事はあった

「自衛官に銃を向けられ男性ケガ」
○○日午前9時頃、××村山中で同村に住む自営業の男性(56)が山中を歩いている時、突然訓練中の陸上自衛官に銃を突きつけられるという事件があった。男性はその場から逃げ出し、崖から落ちて全治2週間のケガを負った
隊員は△市に所在する第○○普通科連隊の隊員で、当日は山地に潜入して破壊活動などを行う訓練をしていたという
△市市会議員、岡ハツ子(社○)「訓練とはいえ一般市民に銃を向けるという行為は断じて許されません。厳重に抗議して謝罪と事件の再発防止を要求します」

松葉杖を引きずり、亡霊のようにズルズルと歩き病室に戻ってきた田浦3曹、脱力してベッドに倒れ込む
記事は確かに真実だ。しかし、真実の一部しか書いていない

その山中が演習場であったこと
その男性が勝手に演習場に入り込んでいたこと
破壊活動などを行う訓練…間違ってはいない、だが明らかに悪意ある書き方だ
そして、当事者とは言えない市会議員のコメントを載せること…

(なんなんだよ、これは…)嘘を書いてはいない、だが…明らかに不公平で尚かつ悪意のある記事
今まで自衛隊がこういう扱いを受けてきたことは知っている
それでも、自分が当事者になったからか…憤慨のあまりその日はろくに寝ることもできなかった田浦士長であった

翌日…夕方を過ぎて現れた見舞客は「よぅ、田浦士長!元気か?」制服姿で現れた中隊長、渡1尉だった
防大出のスーパーエリートで若干30才の中隊長。しかし嫌みのない豪放磊落な性格で、中隊の隊員からは好かれている

「ついてなかったなぁ、6想定までいっててなぁ」そう言う中隊長の胸には空挺徽章とレンジャー徽章が付いている
「いえ、それは仕方ないです。あの、中隊長…」言いよどむ田浦士長、さすが中隊長は伊達にエリートと呼ばれている訳ではない「例の件か?」「はい」
それを聞いてプッと吹き出す中隊長「いやいや、これが傑作なんだ…」そう言って事の顛末を話し始めた



連隊本部にある応接室、ここに件の男性、社○党所属の岡エツ子市会議員、そして朝○新聞記者にカメラマンが揃っていた
自衛隊側は連隊長、中隊長、レンジャー先任教官、そして師団から派遣された法務官だ

一言一句を記録しようと身を乗り出す朝○の記者、親の敵を見るような目で制服の4人を見る岡議員、そして頭に包帯を巻いた当事者の男性だが…なぜか落ち着かない顔をしている

「今回の一件は国家権力による明らかな人権侵害です!」開口一番、岡議員は飛ばし始めた
「これは憲法にも定められた国民の権利を侵害し〜(略)〜憲法9条に違反した自衛隊が〜(略)〜まるで戦前を〜(以下、同じような言葉の繰り返しなので省略)」
50年間自衛隊が言われ続けてきた罵詈雑言・誹謗中傷をそのままなぞるように、岡議員は5分間もしゃべり続けた
(おい、写真撮れよ)記者がカメラマンに命じるのが聞こえる。渋々といった顔でパチリと写真を撮るカメラマン
「以上、今回の件に対する政府および防衛庁・自衛隊の正式な謝罪と賠償を要求します!」そこまで言って椅子に座った

(これはどうしたものか?)(さぁ…)(いったい何が言いたいんですかね?)ヒソヒソと額をあわせて話す連隊長たち(まぁ…私が話してみます)法務官が言った
「え〜と…」法務官も困ったような顔を見せる「まず、あなたが連隊の隊員に追いかけられたのは、自衛隊の演習場であったことは知っていますよね?」当事者の男性に言う
「え…えぇ…」顔を伏せうなずく男性「そんなことは関係ないでしょ!あなた達には反省が…」口を挟む岡議員に法務官が「少々お待ちを」と言い放つ
「謝罪と賠償を求めるのは結構ですが…国の管理する敷地内に無断侵入したという事では、あなたも刑事犯に問われる可能性があるということですよ」そこまで言った時、またも岡議員が噛みついた
「まぁ!国家機関が国民に対して脅迫を行うなんて!聞きました?記者さん!」と新聞記者に向かってまくし立てる
「えぇ、これは明らかに国家権力の暴走ですよ!まるで戦前のようです!あぁ怖い怖い!」まるで首振り人形のようにうなずく朝○記者
「これは明らかに権力の暴走、戦前回帰よ!憲法違反の自衛隊が市民を弾圧する動かぬ証拠…」ここまで言った時、当事者男性が立ち上がった



「いい加減にしてくれ!だいたい話が違うじゃねぇか!」その剣幕に黙りこくる岡議員
「オレは『保険金の支払いが円滑に行くようにする交渉を手伝います』って言われたから来たんだぞ!」

ハッとした顔をする岡議員「あ…あの、ちょっと話し合いましょう?これから交渉を…」「なにが交渉だ!テメェらオレを何に利用しようってんだ!」拳を握り顔を真っ赤に染めている
「保険金ですか?我々も保険屋とは何かと縁がありますので…誰か紹介しましょうか?」話を聞いて事の顛末を知った連隊長が話しかける
「お〜そうですか?それは助かります…いやね、保険金が出るなら私も不満は…」当事者男性も連隊長の方を向いて苦笑いする
「な、何を言ってるの!?あなたは平和のために国家権力と戦うという気は無いの!?平和を愛する一市民として…」「うるせぇ!オレを政策に利用しようとしやがって…バカにすんな!」まるで子供の喧嘩だ

もはや大勢は決した
怒りに唇を震わせ、岡議員は席を立つ「これは国家権力と右翼反動の策謀よ!断固、抗議しますからね!」捨て台詞を吐いて風のように部屋を飛び出していった
「あ、先生!ちょ、ちょっと待って…」朝○新聞の記者も後を追って飛び出す、後に残るはカメラマンのみ…
「あの〜帰ってもいいですか…?」気まずそうな顔をしてカメラマンが聞く「えぇ、ど〜ぞど〜ぞ」笑いをこらえつつ中隊長が言った
「何でこんな仕事引き受けちゃったかなぁ…フィルムの無駄遣いだ…」一人ブツブツ言いながら、カメラマンは部屋を出て行った…



「いやいや、あれほど面白い『ショー』はなかなか見れんぞ」まるでおかしくてたまらない…という風に中隊長は語った
「どういう事だったんですかね?」話を聞いてるだけではイマイチよくわからない田浦士長

「要するにだ…社○党と朝○新聞が仕組んだキャンペーンだったんだよ。その男性を甘言で釣って俺たちを訴えようとしたんだな」そう言って大笑いする「ん〜な上手く話が進むかってんだ!なぁ?」
曖昧にうなずく田浦士長「え、えぇ…」その顔を見て笑いを引っ込める中隊長「ま、気に病む事はない。あの連中もせいぜいあと数年の命だ。よくわかったよ」そう言って窓の外を見る

「なぁ田浦、吉田茂を知ってるか?」唐突に話し始める「え?確か昔の政治家…首相でしたね?」
「あぁ…その人が防衛大の卒業式で語った言葉があるんだ」そう言って振り向いた中隊長

「君達は自衛隊在職中決して国民から感謝されたり歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。ご苦労なことだと思う。
しかし、自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは外国から攻撃されて国家存亡のときとか、災害派遣のときとか、国民が困窮し国家が混乱しているときだけなのだ。
言葉をかえれば、君達が『日陰者』であるときの方が、国民や日本は幸せなのだ。耐えてもらいたい」
昭和32年2月、防衛大学校第1回卒業式にて

「ようするに俺たちは『日陰者』でいることを幸せに思うべきなのさ」そう言い残して中隊長は去っていった



中隊長の言いたいことはわかる。自衛隊は警察予備隊として創設以来、ありとあらゆるマスコミや「市民」と称する団体からの罵詈雑言、誹謗中傷、職業差別、家族に対する攻撃、殺人行為を含むテロetc…を受けてきた
それでも国民の幸せのために『日陰者』でいる事を誇りに思うべき…

理屈は判る、だが感情はそれを許さない。訓練で汗を流し、冬山で寒さに震え、夏の演習で灼熱の太陽に焼かれる、この訓練は、努力は何のためか…
「くだらない仕事だよな…」田浦士長は誰もいなくなった病室で一人そうつぶやいた

大学入試に失敗し、予備校の入学費を払い込む当日に父親がリストラに遭い失業。兄の収入だけでは妹の学費も払えない…そこで田浦士長は自衛隊に入ったのだった
父もリストラされた友人たちと立ち上げた会社の経営が軌道に乗っており、妹も無事、国立大学に入学できた
満期金や防衛庁の定期積立でそれなりの金もある
(辞めてもいいかな…こんな仕事。大学に入り直すとか…)病院の真っ白い天井を見ながら田浦士長は考える、とその時

「おっちゃん、じえーたいさんなん?」

突然声をかけられビクッとして体を起こす。ベッドの脇に車いすに座った少女がいた
「…君は?いや、ちょっと待て…おっちゃん!?オレはまだ20…」「ねーねー、おっちゃんじえいたいさんなん?」聞いちゃいない…少女は小学生の低学年くらいに見える。関西弁が同期の井上士長を思い出す
「…ああ、そうだよ。なんでわかったの?」おっちゃん扱いに不満はあるが、聞こうとはしてくれないようだ
「さっき、制服着たおにーちゃんがおったから」(何で中隊長がおにーちゃんなんだ!オレより年上なのに…)内心穏やかではない田浦士長
「で、自衛隊さんだったら何?」大人げないとはわかっていても、憮然とした顔で言う「ん〜なんでもあらへん」そう言う少女の顔は嬉しそうだ

「まゆちゃ〜ん、どこにいるの?」廊下から看護婦の声が聞こえる。そして病室に入ってきた「あ〜こんなところにいた!先生が待ってるわよ」少女を見つけて怒ったように言う
「あ〜あ、みつかってもうた」そう言って少女は車いすを操りその場でくるりと回る「じゃあね〜おっちゃん!」手を振りながら病室から出て行った
(何なんだ、今の子は…)頭の中に「?」マークが浮かぶ田浦士長であった



それ以来、その少女…まゆちゃんはちょくちょく田浦士長のところに遊びに来るようになった
「おっちゃん、おるー?」「だ〜か〜ら、オレはおっちゃんじゃないって!田浦って名前があるんだから…」

といってもこの少女、まゆちゃんは遊びに来ても何をするわけでもない。ただ田浦士長の顔をじっと見て、時々ニヘラ〜と笑うくらいだ。あとは…
「おっちゃんはじえーたいでどんな仕事してるん?」「え?そりゃ穴掘ったり走ったり…たま〜に銃も撃つかな?」と、自衛隊関係の話を聞きたがるのだ
「じゃあな〜また来るわ」「はいはい…」彼女の去った後の病室は急に静かになる。一人なのだから当たり前だが…(暇つぶしにはなるよなぁ、あの子と話すのは)

「あら?まゆちゃんは帰ったのね?」包帯や薬を持って看護婦さんが入ってきた「田浦さん、明日受ける先生の診断次第では、退院が来週になるかもしれませんよ」
「そうですか…」正直、もう少し休みたいのが本音だったりする「ところで看護婦さん。あの子、まゆちゃんって何者なんですか?何でいつもオレのところに来るのかなぁ」
それを聞いて複雑そうな表情を浮かべる看護婦さん「…あの子は『震災』で両親を失って、家の下敷きになって下半身が不自由になったのよ」
「震災って…阪神大震災ですか?」「そう、あの子は自衛隊に救出されたらしいのよ…だから自衛官を見ると嬉しいのかもね」駐屯地に一番近い総合病院だけあって、自衛官はよくこの病院を利用するらしい
「だから田浦さんのところによく来るんじゃないかな?」「そんな事が…」と考え込んでしまう田浦士長
「もうすぐ手術で、下半身の機能がある程度回復する可能性があるの。でもちょっと怖がっててね…話し相手になってあげてね」そう言い残して看護婦さんは病室を出て行った



(…)考え込む田浦士長、中隊長の残した言葉が重くのしかかる
「…『日陰者』でいることを幸せに思うべき…」一人つぶやく、誰も聞く者はいないが…

その時、カラカラという音とともに車いすが入ってきた
「おっちゃ〜ん…」なんだか元気の無さそうな声「だからおにいちゃんだって…どうしたの?」
うつむき加減に答える「手術せんと歩かれへんよ、って…でも手術が失敗したら…」声がどんどん小さくなってくる
ベッドから身を起こす田浦士長「まゆちゃん…何か将来の夢みたいなのはあるの?」顔を上げて答える「え〜っとねぇ…人助けができる仕事がええなぁ」
「人助け?」「うん!ウチも助けてもらったから。じえーたいとかしょーぼーさんとか…」
「自衛隊はあんまりオススメはしないな…。人助けどころか人から恨まれるのが仕事みたいなもんだし…」「何で?」「え…?そりゃ…」
憲法だ平和団体だの難しい話をしても判るとは思えない(どう言ったものか…)と考え込む田浦士長の顔をまゆちゃんがのぞき込む
「ええやん!ウチは好きやで、じえーたいさんのこと。…おっちゃんもな〜」ちょっと顔を赤らめて言うまゆちゃん「足なおしたらじえーたいに入れる?」
ちょっと考え込む田浦士長「(身体機能は入隊時にチェックされるからなぁ…)努力次第じゃないかな?」
「そっか〜じゃあ頑張るわ。おっちゃんも頑張る?」「何を?」「しごと〜!おっちゃんも頑張るんやったら、ウチも頑張るわ〜」そう言って小さな手を差し出す「指切りしよ!約束やで」
小さな瞳にじっと見つめられ、田浦士長は思わず苦笑いをする「…仕方ないなぁ」そして大きな手を差し出し、小指を立てる
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます」歌うように言う二人、さすがに田浦士長は照れているが…
「じゃあな〜約束やで!」そう言ってまゆちゃんは病室から出て行った



またも静かになった病室でじっと小指を見つめる。まだ小さくて暖かい指の感触が残っているようだ
(…しごと、かぁ)そしてため息を一つ「約束しちゃったものは仕方ないか」そう言って一人、苦笑いした

「じゃ、お世話になりました」病院の受付で深々と頭を下げる田浦士長、今日は退院の日だ「さすが自衛官は鍛え方が違うね、こんなに早く回復するとは思ってなかったよ」感心する主治医
「お〜い田浦、行くぞ〜」後ろから声をかけてくるのは私有車で迎えに着た先任だ「ではまた診察の時に来ますので…」そう言って頭を下げ、松葉杖を突いて振り向いた時…
「おっちゃ〜ん」聞き慣れた声で呼び止められる、振り向くとそこには車いすの少女がいた
「退院するん?」「あぁ、短い間だったけどね」「ふ〜ん…」チラリ、と上目遣いで見てくる「約束…忘れたらアカンで」
苦笑する田浦士長「あぁ、君もね」そう言って頭を撫でる

「じゃ、また来るよ〜」そう言って玄関に向かい歩き出した「じゃあね〜」後ろからの元気な声が聞こえる
「?何か嬉しそうだな、田浦よ」先任が怪訝そうな顔をする「あ〜いや、別に…」そう言いつつ車に乗り込む

(約束…か)じっと手を見て考える
少し前までは退職するつもりだったが、今は違う。約束をしたのもあるが…
「日陰者」でも「嫌われ者」でも、必要とされる時はやってくる。その日が来ないことを願いつつ、その日の為に備えるのが自衛隊の仕事だ…
(やってやろうじゃないか!)じっと窓の外を見て考える田浦士長「どうした、田浦?」先任が気にして声をかける
「あ〜いえ、何でもないです…」「おまえ、頭打ったんじゃなかろうな?」「いえいえ、そんな…あの、先任?」運転席の方に向いて言った
「次の陸曹候補生試験、試験範囲はもう出てますか?」

番外編〜完〜



山あいの集落に日が昇り始める。台風で飛ばされ散り散りになった空の雲に朝焼けが反射する
公民館の玄関で座っている二人…田浦3曹に赤城士長だ

「そんな事が…で、その女の子はどうなったんですか?」「さぁ?」首を捻る田浦3曹
「さぁ、って…」呆れた顔をする赤城士長に顔を向ける
「診察に何度か行ってそのたびに会ってたんだが、完治してからは病院にもあんまり行かなくてね。いつの間にか退院してたよ」
「連絡先とかは…」「聞いてない。ヘンタイ扱いされるのもごめんだったしね」そう言って笑う
「あの子は親戚の家に引き取られてたらしいから、今もその家にいるんじゃないかな?今頃は高校生くらいかなぁ」「…」不満そうな顔をする赤城士長に田浦3曹は言う
「あの子が元気でやっててくれたらそれで充分、そのために俺たちの仕事はあるんだから…感謝も賞賛も非難も中傷も『困っている人たちを助ける』っていう仕事の前には軽いモノさ」
そう言ってポン、と赤城士長の頭に手を置いた
「カッコつけすぎたかな?」「いえ、そんな…」少し小さい声で赤城士長はささやいた

その時、空からかすかに爆音が聞こえてきた「来たか…」田浦3曹が立ち上がる

「来たって、何がですか?」キョトンとした顔をする赤城士長。あさっての方向を向いている田浦3曹に聞く
「アレだよ、まだ見えないが…」そう言って空の一点を指さした



朱に染まる空の一点、黒い粒のようなモノが動いているのが見えた。こちらに向かっているらしく、だんだんと大きくなっていくその物体は…
「…ヘリ?」「そう、患者さんを運ぶために朝一番で飛んできたんだ」大きなローターを回し、こちらに向かってくる影

左右に付いてある燃料タンク、カモノハシを思わせる機首の形状…陸上自衛隊が誇る最新鋭のヘリコプター「UH−60JA」通称ブラックホークだ

「お、来たね」後ろから声をかけてきたのは医官の宮本1尉だ「昨日はお疲れ様でした」ピシッと敬礼をする田浦3曹
「僕は患者さんと一緒に病院まで行くから…迎えは来るのかな?」「大丈夫だと思いますよ、自分から連隊本部に伝えておきます」そんな会話をしている間にも、ヘリはどんどん近づいてきている

風向きを考慮して目の前の上空でゆっくり旋回する。あまり広くはない公民館前の駐車場に右側からゆっくり進入してくる…
駐車場の上空1mでいったん止まり、そのまま徐々に高度を落としていく…強烈なダウンウォッシュが公民館前にいる人たちを襲う
ふわり、という音がするかのようにヘリのタイヤが駐車場に着いた。辺り一面の水たまりから水しぶきが舞い上がる
着地したヘリはメインローターの回転数を落とした。辺り一面に航空燃料の甘い香りが立ちこめる
スライドドアが開き、中から白衣を着た数人の男性がストレッチャーを持って降りてきた。その後から降りてきたのは連隊本部第2科情報幹部・前田1尉だ

「お疲れさん!よくやってくれた」田浦3曹達を見かけて駆け寄ってくるなり前田1尉は言った
「ホント、CPでハラハラしっぱなしだったよ〜」朝からやたらとハイテンションだ

ストレッチャーに乗せられて女性が一人運ばれてきた。どうやら昨日の晩に出産を終えた患者のようだ。後ろから白衣の男性が生まれたての赤ちゃんをそっと抱いて付いてきている
「え〜っと、宮本先生!いますか?」白衣の男性の一人…救急隊員らしき人物が宮本1尉を呼ぶ「は〜い、今行きます」そう言って宮本1尉は田浦3曹と赤城士長の方に振り向いた
「助かったよ、いい経験させてもらったよ」スッと手を差し出す「いえいえ、こちらこそ…お役に立てて何よりです」そう言って田浦3曹も手を差し伸べる。そして二人は固い握手を交わした
「じゃ、行ってくるよ」そう言ってきびすを返し、宮本1尉はヘリに乗り込んでいった

気づいたら周りには公民館に避難していた住民たちが集まっていた。祈るような面持ちでヘリを見ているのは患者の家族だろうか…
ヘリのメインローターが回転数を増す、航空灯が赤い光を放ち始めた。またも辺り一面の水たまりから水しぶきが舞い上がる
回転数がさらに上がった…その瞬間、フワリとヘリが地面から離れた。ゆっくり上昇して機首をもと来た方向に向ける
ゆっくりとヘリは高度を上げ、機首を町の方に向けた。そのままスピードを上げて、ヘリは飛び去っていった…



「赤城…見てみろよ」田浦3曹はそう言って目線を横に振った。そこには両手を合わせたり涙を浮かべている人たちの姿…患者の家族のようだ
「よかったですね…助かって」「あぁ」そう言って田浦3曹はまたも赤城士長の頭に手を置いた

「捨てたモノじゃないだろ?俺たちの仕事もさ」そう言って田浦3曹は微笑んだ
「…!」突然ドキッとする赤城士長、なぜか耳まで赤くなる(あれ…どうしたんだろう?)少し心臓の鼓動が早くなった気がする…

「ん?どうした赤城士長」後ろから声をかけてきたのは岩田2曹だ「顔が赤いよ、風邪でもひいたんじゃないか?」
「い、いや!何でもありませんっ!」慌てて否定する赤城士長(何でドキドキするんだろ…)チラリと田浦3曹の顔を見る
「ん?」怪訝そうな顔をする田浦3曹「ホントに風邪じゃないか?」「い、いやいや大丈夫です!」

「お〜い、3人とも来てくれ」突然3人を呼ぶのは前田1尉だ
「疲れてるところ悪いが、住民の避難誘導を手伝ってくれ。ここじゃ電気も電話も止まってるし、交通手段も遮断されてるからね」住民を集落の外に誘導するらしい
「わかりました、何から始めますか?」「そうだねぇ…取りあえず住民の皆さんに集まってもらうか」

名簿の作成、ヘリに乗せる順番、家財道具・貴重品の持ち出し支援、避難を承諾しない住民に対する説得…それからの仕事はまたも多忙を極めた

「ヘリに乗る時、降りる時は絶対に機体の後ろに行かないように!テイルローターに巻き込まれますから…」夕方近くになり、最後に避難する住民に説明する前田1尉
消防・警察・自治体がチャーターした数台のヘリに住民を分乗させ、市内の避難場に誘導。ここに残る数名が最後の住民だ。どんな事故現場・災害現場でも女子供と老人を優先させ、最後には若い男と公職にある者が残る
前田1尉を始め残った4人の自衛官も最終便に乗って帰る「歩いて帰れ、って言われなくて良かったよ」と岩田2曹
そして最後にやってきたヘリは、朝に来たのと同じUH−60JAだ
「全員乗ったか!?」爆音が響くヘリの中で声を張り上げる前田1尉「OKです!」同じく大声を張り上げて親指を立てる田浦3曹
ドアが閉められ、ヘリがゆっくりと上昇を始めた。フワリと体が浮く感覚、エレベーターに乗っているような感じだ
「わぁ…」住民と一緒に外を眺めて感嘆のため息を漏らす赤城士長。レンジャーや演習でなんどかヘリに乗った事のある田浦3曹は苦笑いだ(オレもあんな風だったのかな?)
ぐんぐんと小さくなっていく山肌、西に傾いた太陽、台風一過の空はスモッグやホコリが飛んでひときわキレイに映る
まるで子供のように目を輝かせている赤城士長を横目に見て田浦3曹は思う(ま、悩みも吹っ飛んだみたいだし…よかったな)
窓から外を見るとOD色の自衛隊車両が周りを走り、迷彩服を着た隊員たちが見える。連隊の主力が富士の演習場からやってきたようだ

ところどころに明かりが見える町の上空を、ヘリは爆音を響かせて飛んでいった…



災害派遣命令から2週間後の駐屯地、3種制服を着た連隊隊員たちが8月の太陽に照らされたグランドに整列している
壇上に上がる連隊長、そしてその横に並ぶのは第1種夏制服を着た十数名の隊員たちだ

A市の被害は堤防の決壊や冠水等がほとんど無く、一部を除いて土砂崩れ等の被害も無かった
全国的に5名ほどの死者・行方不明者が出た大型台風だっやが、A市の死者は0、けが人も数名程度。復旧作業を市側に引き継いで連隊は1週間ほどで撤収した
今日は連隊の臨時朝礼、そして災害派遣に関しての表彰式…連隊長から4級賞詞が授与される壇上の隊員の中に、田浦3曹と赤城士長、そして岩田2曹がいた
「1等陸尉、前田正一、右の者は平成11年4月、当連隊に所属以来…」連隊長が賞状を読み上げ、一人一人に手渡していく
炎天下の中、長袖の1種制服はかなり暑い。しかし表彰を受ける隊員たちは一様に晴れやかな表情だ
「3等陸曹、田浦伸也、災害派遣に関する功績、おめでとう!」田浦3曹が賞詞を受け、次は赤城士長だ

「陸士長、赤城龍子、災害派遣に関する功績、おめでとう!」
以前から赤城士長の父親…赤城龍彦海将に対する心遣い(ゴマすり?)からか、彼女に何か「賞」を渡したかった連隊長は嬉しそうだ
だがゴマすり云々を口にする隊員はいない。今回の災害派遣…岩田2曹以下3人(宮本1尉は連隊の隊員ではない)の活躍は連隊隊員全員の知るところだからだ

「ありがとうございます!」満面の笑みを浮かべ、賞状を受け取る赤城士長だった



「ま、今考えたらけっこうきわどい命令だったかもな」副連隊長室…連隊長室に比べて若干狭い個室。連隊の隊員でも個室を持てる人は数少ない
「ええ、話を聞いた時は驚きました」話を聞くのは中隊長だ。応接用のソファーに座っている

表彰式が終わった後、中隊長は副連隊長に呼ばれたのだった。二人は昔からの個人的な知り合いでもある
「まさか赤城がねぇ…いくら非常事態とはいえ、やはり不安はあったのでしょう?」例の「山越え」の件だ
「田浦3曹…だったか?彼が『大丈夫』と言い切ったからな。部下を信じるのも上官の仕事のウチさ」そう言って笑う副連隊長
「それより宮本1尉が大丈夫だったか…そっちの方が不安だったよ。オレは昨日、中央病院までワビ入れに行ったんだぜ」
「へぇ…それで?何か言われましたか?」
「感謝されたよ」そう言って笑う副連隊長「『貴重な経験をさせてもらったよ。病院勤務だとそういう修羅場を経験する機会が少ないからな』だってよ」
宮本1尉も病院長から賞詞を授与されたという

「そうそう、赤城士長の陸教入校はどうするんだ?」話を変えて副連隊長が言う「軽火器?迫?それとも部隊通信か?」
「う〜ん…」考え込む中隊長「まだ何とも…」
「そろそろ決めなきゃマズイ時期だろ?オレとしては軽火器でも充分いけると思うんだがな」



数日後、夏期休暇を控えた駐屯地正門。昼下がりの太陽が警衛所を容赦なく照らす
哨所の立哨が日に焼かれ溶けそうなほどの日差し、警衛所内のおんぼろクーラーがフルパワーで動いている

「予算が付いたら真っ先に建て直す」事が決まっているこの警衛所だが、近年の予算削減で改築の日程は未だ決まっていない
「あぢぃ…」クーラーの送風口の前に立つのは警衛隊に付いている井上3曹「これはアカンわ…」頭にかぶる中帽から汗が落ちている
「そんなところに立つんじゃねぇ!暑いんだから…」文句を言うのは警衛司令の片桐2曹だ。3種上衣を着ているだけまだ涼しいが、この気温では焼け石に水だ
「このクーラーも全然きかへんなぁ」警衛所と同じ歴史を持つ大型のクーラーはすでに耐用年数を大幅にオーバーしている
胴体部分には拳や半長靴の跡が残り、その上から「暴力禁止」の貼り紙が貼られている

「ホンマにやられますわ〜田浦も運のええやっちゃなぁ」クーラーから離れてぼやく井上3曹「4級でっせ4級!羨ましい…」この前の表彰の事を言っているらしい
「そう言うなって、台風の中10kmも歩いて人命救助なんて大変だったろうよ」とフォローするのは片桐2曹だ
「これでボーナスが大幅増加!何かおごってもらわなアカンなぁ…」「なんだ、金の話かよ」その言い方に警衛所から笑いが漏れる

「ん?」そう言って外を見る片桐2曹。哨所の前で立哨が背広の二人組を前に何やら困った顔をしている。やや小さな壮年の男性と細身でメガネの若い男性だ
「何だろな…?井上、ちょっと見てきてくれ」「へ〜い」警衛所を出て哨所に向かう井上3曹
「どした〜」立哨の側に来る「あ、井上3曹…これなんですが…」1等陸士の立哨は困った顔で二人組が持っているモノを指さす
「ん…?」二人組の手元にあるのは…「あぁ、これは海上自衛隊の身分証や」陸の物とは様式も違う海上自衛隊の身分証は井上3曹も見るのは2回目だ
「え〜っと…」若いメガネの方は20代の3等海尉、そして壮年男性の方を見る…階級をチェックすると、そこにはただ一文字「将」の字が書かれていた
(将…将って…将官!?)思わず直立不動の姿勢を取る井上3曹「服務中、異常なしっ!」そう叫びビシッと敬礼する



「ど〜したんですか?」目を丸くする立哨「アホ!この人は海将や!」思わず大声を出す井上3曹
「あ〜いや、そこまでしなくてもいいよ」と壮年男性…海将は言った

「どうした?」何事かと警衛所から出てきた片桐2曹「あ、司令…この人は…」そう言って身分証を指さす
「ん?えっと…赤城龍彦…海将!?」同じように直立不動の姿勢を取る
「楽にしてくれよ〜話が進まないんだが」苦笑いしながら赤城海将は身分証をしまう「それより、1中隊の中隊本部はどこかな?」
「1中隊?ウチの中隊に用件が…」そこまで片桐2曹が言った時「あっ!赤城士長のオヤジさん!?」突然叫んだのは井上3曹だ
「娘を知っているのか?…あぁ、君が井上3曹か。娘から話は聞いてるよ」胸の名札を見て赤城海将は言う「だったら話は早い、中隊長に面会したいのだが…」
「あ、はい。ウチの中隊はですね、この道をまっすぐ…」「ありがとう、じゃあ通らせてもらうよ」そう言って歩き出す二人、ふと足を止めて赤城海将は振り返る
「あと、私が来た事はあまり言わないで欲しい、特に娘と連隊長にはね…頼んだよ!」

休暇前でも相変わらずの中隊本部、忙しそうな人もいればヒマそうな人もいる。そんな中、内線電話が鳴り響いた
「はい中隊本部…なんだ井上か」(なんだって何や〜!)不本意そうな声
「お前今日は警衛だろ?どうしたんだ?」(あのな〜赤城の父ちゃんが中隊長に面会に来たんや)
「赤城の父親が中隊長に?今日は…大丈夫だけど。そこにいるのか?」ん?といった顔を向ける中隊本部の面々
(いや、もうそっちに向かったで)「何で止めないんだ…こっちの予定とかだってあるんだぞ?」
(ほ〜将官クラスの人間を下っ端3等陸曹で止めろと?)何か楽しそうな声だ「おい、赤城の父親って…」「確か海自のお偉いさん…」「地方総監だっけ?」
「将官?………あっ!」(早よせな間にあわへんでぇ〜)楽しそうな言葉を残し電話は切れた



「おい!高いコーヒーあっただろ?」「紅茶は?いいのがありますが…」「お茶菓子は!?無かったら買って…」突然慌ただしくなる中隊本部
将官クラスとなれば営門の出入りだけでラッパが吹かれるほど、普通科中隊の隊員にとってはまさに「雲上人」だ

陸と海の違いはあれど将官には違いない、中隊本部の慌てようも仕方ないと言えよう
「今日は暑いから麦茶の方が…」田浦3曹が言う「将官が麦茶なんて飲むか?」すかさず突っ込むのは倉田曹長、その時
「飲みますよ」と横から急に声をかけられた

メガネの若い男性を連れたやや小柄な壮年男性が立っていた「急に来てしまって…」誰でもわかる、この人が赤城海将だ
「気をつけっ!」誰かが号令を発する「あ〜いや、あまり大騒ぎされては…」困ったような顔をする赤城海将
とその時、中隊長が出てきた「ようこそいらっしゃいました、さ、どうぞ…田浦、麦茶とお茶菓子を頼む」と言い残して中隊長室に入っていった

「急に押しかけて申し訳ない、仕事の関係でこちらに来る用事があったものでね」応接用のソファーに座り赤城海将は口を開いた
「いえ、大丈夫です。この時期は休み前であまり演習もないので…」同じようにソファーに座る中隊長「で、娘さんの事ですか?」
「えぇ、まぁ…」照れたように笑う赤城海将「親バカですかな?」
「いえ、そんな…」中隊長がそこまで言った時、ドアがノックされ「田浦3曹、入ります」という声が聞こえてきた

「どうぞ…」カチャン、とテーブルに麦茶と菓子を置く「君が田浦3曹かね〜娘からいろいろ聞いてるよ。その節は娘が世話になったようだね」と笑う赤城海将
「は、それは…どうもありがとうございます」照れながらもペコリと頭を下げる
「そ、それでは失礼します…」逃げるように田浦3曹は中隊長室から出て行った

「娘からは何かと相談を受けていたんですよ、この…」そう言って懐から携帯電話を取り出す「携帯でね。まぁ娘とは『める友』とかいうヤツでしてね」照れたように笑う赤城海将
「それはまた…」背中にイヤな汗をかく中隊長、何かマズイ事はあったか…と記憶をフル回転させる
「三島士長…だったかな?面白い先輩がいると」中隊長は思わず口にした麦茶を吹きそうになった



「やはり心配はしとったのです。男ばかりの普通科に娘を入れるとなると…きっと潜水艦みたいな世界なんだろうと」手を組んで渋い顔をする赤城海将
「潜水艦とはまた…」「いや、将官でもそうそう他幕の事はわからんものです」そう言って一口、麦茶を飲む

「何であの子が防大に行く事を拒んで、陸の曹候補学生を選んだのか。そして普通科を選んだのか…あえて現場の道を行こうと考えたあの子の気持ちはわかります」ため息を一つ
「それでもやはり心配はありました…それで矢沢に頼んで、この部隊の様子を見てもらってね…公私混同ですな」「矢沢?…あぁ、師団長ですか」
赤城海将と師団長・矢沢陸将は防大での先輩後輩だと聞いた事がある。しれっと師団長の名を呼び捨てにする辺り、やはりこの人は海将なんだなぁ…と実感する中隊長
赤城士長の配属前に師団長が部隊視察に来た事を思い出す。あの時は…「『口出し無用』と一喝された、と矢沢は笑ってました」そう言って笑う赤城海将
「普通科中隊のWAC配属は初めての事で、市ヶ谷(陸上幕僚監部)でも間違いのない部隊選びをした…と聞きました」中隊長の顔をのぞき込みうんうんとうなずく
「陸幕人事課の目は確かだったようですな」そう言って笑った

「いや、過分な評価で…」と中隊長「いやいや、そんな事はありませんよ。聞いてるとは思いますが、全国にいる娘の同期10人の内、普通科中隊に残っているのは娘を含めて5人しかいないそうですよ」
「それは確かに聞いてますが…」「娘も悩んでいたみたいです、普通科でやっていけるのかどうかを…」そう言って頭を振る
「だがこの前の災害派遣で何か吹っ切れたようです。これもひとえに中隊長のおかげですな…ありがとう」そう言って赤城海将は中隊長に頭を下げた「これからも娘を甘やかさずに鍛えてやってください」

しっかりと扉が閉められた中隊長室の前、じっと立つのは赤城海将の付き人だ。片手に小さな鞄を一つ持ち、メガネの中にある細い目は油断無く周りを見渡している
事務室にいる田浦3曹たち中隊本部の面々も落ち着かない「何の話してんだ…」「気になる…」「う〜ん、この前危ない目に遭わせたからかなぁ?」小声でヒソヒソと話しているその時、中隊長室の扉が開いた
「では、これで失礼」「どうもお疲れ様でした」中隊長が頭を下げる、メガネの付き人がすかさず動いた
「皆さんも娘をどんどん鍛えてやってください」中隊本部の面々に頭を下げて、赤城海将は帰っていった

「何の話だったんですか?」先任が中隊長に聞く「ん?いや、何でもない」そう言う中隊長の顔はなぜか満足げだった…



数日後、夏期休暇が終わり隊員たちも元気な顔を見せる
少しだけクーラーの効いた中隊長室、中隊長は先任を前に一枚の書類を見せる

「赤城士長の陸教入校、特技は『軽火器』に決定したよ」と中隊長は言った「軽火器ですか…ま、いいんじゃないですかね」先任も納得したようにうなずく
「あの子なら大丈夫だよ。もうね、心配はしない事にしたよ。あの子ならやれるさ」そう言って窓の外を見る

中隊長と先任の脳裏にここ9ヶ月の記憶がよみがえる
WAC配属と聞いた時はどうなるものかと思ったが…
受け入れ準備で大騒ぎ、師団長に大見得を切って、宴会ではハラハラのし通し、中隊隊員との軋轢もあった
数多くの演習、行事、業務、そして災害派遣…助けは借りても全てを乗り切った彼女なら、軽火器で陸教に入校してもやっていけるだろう

「あの子の今後も考える時期だな…実はね」中隊長は振り向いた「空挺の基本降下課程やアメリカ海兵隊徒手格闘学校への派遣などにWACを出そう、という話もあるらしい」
「それに赤城を出そうと?」驚いた顔をして先任が聞く「…ま、あの子なら大丈夫でしょうな」

夏の太陽が照りつける駐屯地、外では新隊員教育隊が駆け足をしている。歩調を数えながらの駆け足に、助教たちの怒声が混じる
それを聞いて苦笑いをする中隊長と先任
「我々もあんな時期があったなぁ」「そうですなぁ」自衛隊生活も終盤を迎えた二人が感慨深そうに言う
おそらくは自衛隊が警察予備隊として発足した時から、そして自衛隊がこの先どんな名前になろうとも、老兵が去り若い新隊員が鍛え上げられていく…
男女の区別も時代の変化も関係なく、この流れは変わることなく続いていくだろう

いつか自衛隊が不必要となるその時まで…

そして中隊長は大きな封筒を取り出した「ところで先任、この9月に入ってくる新隊員の話だが…」

〜完〜



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