負け犬たちの夜 後編

パーティー会場はどこにでもあるホテルのどこにでもあるどこにでもある大広間
テーブルの上に並ぶオードブルは3000円の会費にしてはけっこう豪華なように見える
各中隊ごとのグループに別れてくじを引き、女性グループの待つ各テーブルに振り分けられる
何回か自衛官グループがテーブルを移動して、できるだけ多くの人と話せるようにする…というのが主催者側の狙いだ

小野3曹たち4人がくじを引いてテーブルに向かう。そこにはすでに数名の女性が待っていた

「ど〜も、はじめまして!」真っ先に声をかけたのは井上3曹、得意(?)の大阪弁を駆使して女の子たちに話しかける
「だいぶ待ったんですか?来たばっかり?それはよかった、やっぱり女の人を待たせたらアカンしねぇ…」勢いよくペラペラとしゃべり続ける
話しについて行けないのは小野3曹と中隊グループに入った1小隊の大宮3曹、顔を見合わせて苦笑いするばかり
女の子たちがちょっと引き気味なのを見て、藤井3曹が声をかける「あの〜井上3曹?まず自己紹介とかからした方が…」
「お?そうか?ほな…」とそこまで言った時、壇上で曹友会長の挨拶が始まった

「…というわけで、今日ばかりは日頃の訓練を忘れて、大いに楽しんでいって欲しいと思います」挨拶が終わり拍手がおこる
料理や飲み物についての注意事項(料理はテーブル上のオードブルで終わり、ドリンクはビールなど飲み放題)などが言われた後、各テーブルごとに自己紹介が始まった

「…で、陸曹っていうのは何なんですか?」藤井3曹の隣に立って話をしているのは「森川」という看護婦さん
「え〜っと、下士官…って言ってもわかんないよね?まぁ正社員というか何というか…」こういう質問が一番答えにくかったりする
男ばっかりの職場があるという事は、その逆に女ばっかりの職場もあるという事だ
自衛官のこういったパーティーや合コンなどでは、よく「看護婦」や「美容師」などといった職場の人が来る事が多い

「わかりやすく言うとお医者さんと看護婦みたいなもんかな?医者が幹部で看護婦が僕ら陸曹…」
「あ〜なるほどぉ。普段はどんな事してるんですかぁ?」次々と質問されて答えに困る藤井3曹、ただ話す事が無いよりはマシかもしれない
「え〜っと、それはねぇ…」説明しようとした時、壇上から司会の声が聞こえた



「…本日ここに来られてる皆さんは、我々自衛隊が普段どんな事をしてるかほとんど知らないと思います」皆の視線が司会に集まる
「そこで、我々の活動に関するビデオをご覧ください」そこまで言って照明が一斉に消された
壇上のスクリーンに映し出されたのは、司令部の広報や地連などが持っている自衛隊の活動や訓練などを紹介した広報ビデオだ
数十秒や数分程度の短いものから、1時間以上あるような本格的なモノまであるそれは、当然の事ながら自衛隊の活動でも派手な部分や格好いい部分を切り取って編集してある
猛スピードで走る戦車、爆音を立てて飛ぶヘリ、C−1輸送機から次々と飛び出す空挺隊員…などなど、見た目に派手な映像が映し出されるたびに「お〜」といったどよめきが起きる
数分程度のビデオが終わり、照明が明るくなってまた会話が始まった

「普段からあんな事してるんですか〜?」目をきらきらと輝かせて藤井3曹を見上げる森川さん
「いやいや、いつもあんな事してたら体が持たないですよ〜」これもよくある会話の流れ
大学を出て陸自に入隊した藤井3曹は、やはりそれなりに遊んできたからか女の子との会話もある程度は慣れている

「あ、いや、だから戦車とかは我々普通科には無くて…」不器用ながらもいろいろ説明するのは小野3曹だ
レスリング一筋の高校生活からそのまま陸自に入隊、体育学校でこれまたレスリング一筋だった小野3曹は女性との会話にけっこう不器用なところがある
「まぁ外科と内科の違い、みたいなモンかな〜?」軽いノリで話すのは井上3曹、大阪人らしい調子の良さだ
「…けっこう仕事きついよ」毒舌で知られる大宮3曹だが、さすがに初対面の女の子相手には話しにくいようだ
だがそれでも会話自体はそれなりに盛り上がっている。皆が(好感触じゃない?)と思い始めた矢先に「各グループ、テーブルを移動してください」という司会の声がかかった
「え〜?」「残念やなぁ…」「…」不満は不満だが、最初から決まってる事なので渋々ながらも移動する4人
「またあとで、戻って来れたら来るね〜」そう言って次のテーブルに移動した藤井3曹だった



…数時間後、4人はホテルに近い市内の飲み屋にいた。もちろん4人だけ、女性の姿は見あたらない
「やらかしちゃったよなぁ〜」と嘆くのは小野3曹だ
移動先のテーブルにいた女の子たちと話が合わず、酒を飲むペースが上がっていった4人
まずやらかしたのが小野3曹、力自慢なところを見せようとテーブルを高々と持ち上げてホテルの人に総出で止められるという醜態を演じてしまった
井上3曹は飲み過ぎてろれつが回らなくなり、会場の隅っこで椅子に座ってパーティーが終わるまで眠りこけるという大失態
大宮3曹は話しかけてきた美容師の女の子に、ひたすら中隊と仕事と上官に対する愚痴を延々とこぼしてしまった…
藤井3曹は3人の暴走を止められず、パーティーが終わるまでえんえん飲み続け…気が付いたらこの飲み屋に来ていたのだった

「いや、だいたいあいつらの態度が悪すぎですわ。露骨に『つまらん連中が来おった』みたいな顔するんやから…」
「そうは言ってもなぁ…」「…」ハァ…とため息をつく4人
「テーブルチェンジなんかするからだよな」と大宮3曹「バカか?曹友会は…」その口の悪さが女の子を引かせた原因なのだが、それに構わず毒舌を吐く

「もうええわ!女なんかいらん!」突然、井上3曹が叫ぶ「そうでしょ?メンドくさいしすぐ機嫌悪ぅするし…」
「そうだよな〜面倒だよな」「そうそう!一人でも困る事が無いですもんね」と同意する小野3曹と大宮3曹
「…」同意しかねる藤井3曹だが、ここはうまい事話を合わせる
「そうですね、彼女なんかいらないっすよ」
「そうだ!俺たちは独身を守るぞ!」そう言って小野3曹はグラスを手に持った「独身貴族に乾杯!」その声で皆もグラスをガチャンと合わせる「かんぱ〜い!」



次の日、もうすぐ昼のメシラッパ(食事の時間になるラッパ)が鳴りそうな時間に藤井3曹は目覚めた
(あれ…あの飲み屋の後にどうしたっけ…)ガンガンする頭を抱えて、営内班のベッドから身を起こす
どうやら昨日のままの服装のようだ。ジーンズを脱いでジャージに履き替える(あのあと、たしかキャバクラに行ってカラオケに行って…帰ってきたの何時だっけ?)
洗面所で顔を洗い、多少は意識がはっきりしてきた(朝の3時か4時くらいに帰ってきたんだけなぁ)蝉の鳴き声が駐屯地に響いている、二日酔いにはかなり辛い
(何か飲もう…)そう思いジーンズのポケットから財布を取り出す。すると、一枚の紙が落ちてきた

(?)紙を拾い上げる、するとそこには…
『連絡待ってます 森川』と女の子らしい丸文字で書かれ、その下に携帯のメルアドが書かれていた

「…」フリーズする藤井3曹、だんだん昨日の記憶がよみがえってくる
(そういやパーティー会場から出る時に、あの看護婦さんから何かもらったような気が…)一番話のあった看護婦の森川さんからもらったのは一枚の紙切れ
何を言っていたのかは思い出せないが、大事なモノだからと財布の中にその紙を入れたのを思い出した…

「…キター!」思わずガッツポーズする藤井3曹
周りを見渡して誰もいない事を確認、そのまま生活隊舎の屋上に向かう
やましい事がある訳ではないが、昨日独身宣言をした3人に見つかったら何を言われるか…そう思い日光に灼かれた屋上の物干場にやってきた

メルアドを携帯に打ち込み、メールの文面を考える(さぁ、どうしようかな…)
昨日の大失敗から一発大逆転のチャンス、はやる心を抑えながら一文字一文字を打ち込んでいく藤井3曹であった…

〜完〜


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